• [0]
  • オペラ&クラッシック音楽雑談スレッド

  • 投稿者:YUKI@管理人
  • 投稿日:2009年 4月23日(木)14時04分18秒
 
ここはオペラやクラッシック音楽の様々な事に関して雑談するスレッドです。
好きなオペラ歌手の話題やコンサートの感想等を書いて頂けたらと思います。
書き込みはクラッシック音楽のみとさせて頂きます。
ポップス等他のジャンルはご遠慮ねがいます。
だけど、ポップス等でもクラッシック音楽にまつわるネタであればOKです。^_^

(ご注意)
マナーは守って下さいね。
公的秩序乱す内容や誹謗中傷や個人攻撃は予告なしで削除します。

演奏家に対する批評はOKですが、行き過ぎた批判にならないようにだけお願いします。

このスレッドは保存可能なログの上限があるようですので、今後、PCから投稿の場合、一人の投稿者による短時間内の連続投稿はなるべく控えて下さるようお願いします。

PCからの投稿の場合はページの下の「自分の投稿の編集・削除」でパスワード無しで書き直しが可能です。
但し、編集や削除は最初に投稿した時と同じPCで同じブラウザでないと編集・削除が出来ません。

クラッシック音楽関連で質問をしたい方は[クラッシック音楽関連何でも質問スレッド]をご利用下さい。
クラッシック音楽関連のイベント案内は必ず[クラッシック音楽専用イベント宣伝BBS]をご利用願います。
こちらの掲示板への宣伝書き込みは削除対象ですのでご注意願います。

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [66]
  • 319. ギュルツニッヒ・ベネディッティ、シュテフェンス 

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年12月14日(木)05時52分29秒
  • 返信
 
12.12.2017 Dienstag 20:00 Uhr

7時の恒例の解説にミヒャエル・シュトルックが出て来た。WDRで何時も現代音楽解説してるし、ヘンネッフに住んでいるらしく一緒に電車で帰ってきた事もある。先週はSWRのFMのロシア音楽のアナウンス1週間してた。いろんな放送局を回っているらしい。それに今から10年前ベルリンフィルでクラリネット吹いてたのモーゼル出身でバイエルン放送響にもいた指揮者も一緒で、いろんな問題点は一昨日と昨日の解説で話したらしい。

まずはブラームスの3番の解説から映画音楽で有名な3楽章を聴く。演奏はアーベントロートとライプチヒ放送響だそうだ。何でアーベントロートかと言うとケルンでもその昔良く振りに来てたらしい。その次にジャズの編曲、これは指揮者が好きだからという理由。次に第二楽章の副次テーマ。4楽章で重要な活躍をするからで、指揮者は「心臓の鼓動」と感じるらしい。

それで「作曲する意味は構成すること」と定義する。当時のブルックナーとの対話でいろいろ作曲に注文つけられたブラームスが好きなように書きたいんだと突っぱねたセリフは、最近でもラッヘンマンに追及されたヘンツェの返答と全く同じだ。好きなように書いてなぜ悪い?と抗議!ブルックナーの最終楽章の壮大なコラールはブラームスでは微弱で弱いものとなってしまうカトリックとプロテスタントの違い。劇性が弱い強弱の変化の少ないブラームスが好きだと語る。

次は指揮者論。ハンス・リヒターやヘルマン・レヴィなどの初演者やブラームスの取り巻きが出てくる。ジュリーニは教会の礼拝の司祭みたいだと言う。

次のイタリアの12音主義者ダラピッコラ。なぜ選んだか?何時ものように問われる。ミヒャエル・ギーレンの言葉を引用。「耳直し」ではなく「耳の掃除」と言う。

ここで指揮者が退場して、シュトルックの補充解説になる。この変奏曲は普通で言う旋律のテーマがない。これは最初バッハの音楽帳のようにピアノ・チクルスで作曲され、後で管弦楽曲に編曲された。その元のピアノ曲と当時の標題をすべて消し去ったオーケストレーションされた版を特に対位法に注意して比較して聴く。

本番のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は12、10、8、6、4.ティンパニはほとんど木のような固いもので叩いている。ホルンとトランペットは自然、弦はヴィブラート無し。ソリストの楽器はこの前のイタリア人のようなストラジバリのような最高級の音ではないと思う。管楽器と弦楽器のバランスが良い。カデンツァはティンパニ付きの版。23分55秒。管と弦が押さえないがかなりの音量が出てもヴァイオリンは掻き消されない、ピチカートも大きく良いバランスを保っている。9分14秒。しかしソリストは不鳴り臭い音と高音弦と低音弦の交換の時の雑音の処理に甘い。8分43秒。アンコールにイギリス民謡の何かと言うが後ろの客席向けて話してたので聴き取れない。

変奏曲は打楽器5、2管だがチューバあり14、12,10、8、6。12音でもオスティナートも入っている。シェーンベルクやウェーベルンとは違った12音音楽はスイスのフランク・マルタンのように明るくて聴きやすいが、あくまでもモデルはシェーンベルクの作品31の方であろう。15分。

ブラームスの作品90は最初から全管弦楽に鳴らせっ放し。地味で劇的効果の薄いブラームスが好きだなんてどこ吹く風。普通のテンポで繰り返しあり。13分38秒。コンバスはピアノ曲のように記譜よりも良くオクターヴ下を弾くらしい。9分15秒。第三楽章はウィーンフィルのようにチェロが1本の音楽とは行かないようだ。結局はフィナーレも暴れまくってちっとも中庸な曲ではなかった。9分14秒。すぐに出て行って電車に飛び込む!

菅野茂

Kölner Philharmonie

Nicola Benedetti Violine

Gürzenich-Orchester Köln
Karl-Heinz Steffens Dirigent

Ludwig van Beethoven
Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 61 (1806)

Pause

Luigi Dallapiccola
Variazioni (1954)
für Orchester

Johannes Brahms
Sinfonie Nr. 3 F-Dur op. 90 (1883)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:15
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [64]
  • 317. WDR現代音楽、モノローグ、フンクハウス、11月30日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年12月 1日(金)20時08分1秒
  • 返信
 
まず初めに木曜日なので公開プローベに行く。パトリック・ハーンが紹介するには、ベルリンフィルの楽員だった30も行かない若い小さなお姉ちゃんが指揮者に転向。カネラキスはギリシャ系の名前。最近はBPから楽器を辞めて指揮者に転向する人が多い。有名なのはルートヴィックスハーフェンのシュテフェンやマインツのボイマー。楽器が上手いのですぐ指揮科に入れ直せるらしい。

昼のプローベはただなので夜の本番よりも客が入る。チャイコフスキーの1番のフィナーレ、練習番号10の8小節前から。低音金管ばかりが充実。意外と弦のプローベに甘い。外国人なのでそんなに練習が上手いほどではない。練習箇所EとD.の弦の馬鹿なりが止まらない。やたらと説明が長い。最後まで行ったので第一楽章に戻る。

その後音大に行ったらケルン国際音楽コンクールの声楽部門の練習やってたので後でまた来ることにする。図書館でヒンデミットの「キャデラック」のオペラのピアノ譜を買って来てそのあとでまた音大に戻る。審査員がすごい。マリアーナ・リポチェック、元ウィーン国立歌劇場の合唱指揮者のヘルムート・フロウシャウアー、ケルン・オペラのインテンダンティンなど。案の定2次予選は韓国人ばかり残っている。そのうちの最後の3人を聴く。

韓国の女性。この声の水準ではオペラで歌ってもおかしくはない。ぴっちーには曲一面を声ばかりで埋める間違った努力。オペレッタになるとかなり暗くて真面目過ぎる。単純さが不足。ヴェルディは徹底さに欠ける。細かいテキストに配慮が欠けるがそれでも使える。

2番目はドイツ人。日本人の伴奏者はオケで実際どう響くのかわかっていない。ヴィブラートで安定し無い言葉を味わわない歌唱。声の中に言葉の意味が溺れてしまう。しかしフランス語のあいまいなオペラにはこのやり方が意外と合う。最後はアメリカの安っぽいオペラ歌手。曲が多すぎるのかプッチーニは割愛。オペレッタも何とか雰囲気を保つ。

最後も韓国人で同じ韓国人の伴奏。ヘンデルの細いがはっきりとした声はキャラクター・ソプラノ。コロラトゥーラまでもう少し。オペレッタは表情が豊か、これは明日のフィナーレまで行きそう。最後の声の伸びもフレーニを思わせ演技も完全に体に入っている。ドニゼッティは今までのグルベローヴァなどのルチアとは違うが実際のオペラに投入するのは問題がない。巧みにいろんな役をこなせる。カデンツァもその声でやってしまう。スミ・ジョーのレベルまであと少し。

7時15分から作曲者の解説。英語だけじゃなくてイタリア語もフランス語も達者でニコニコしてるコルネリア・ビットマンが司会。今日は弦楽四重奏の話。ミュラーユの他に、バスケンラントのラスカーノとデンマークの若手グラーアップも招待されている。

このデンマーク人は演奏されない第一弦楽四重奏曲の発展の形で2番を時間の発展の興味がないサミュエル・バケットの文学作品の助けを借りて作曲。しかし弓の押しつけはあるそうだ。バスケン人は今までの後を振り返ったプロセスとして作曲したので他の芸術とは関係ないエネルギーの豊富な建築的絶対音楽。ミュラーユも第一SQ。ベルリオーズの固定想念を持ってくる。リゲティのテクニックも多量に挿入だが違って聴こえると言う。演劇のようにオルガニゼーションしてるとも言う。

本番にはビットマンが衣装を替えて出現して同時に生放送が始まる。デンマーク人は北欧的に透き通ったしゃれた曲。弱音気を付けたまま。一旦初めのユニゾンに戻る。そのあとにアレグロが来てプレスも始まる。また元の静寂が来るが小さな細かいフガートなどで十分に静かにならない。またプレス、良い曲なのに金属の弱音器を床に落としてしまう。

B・A・ツィマーマンのダイアローグに対するモノローグの版があるのを初めて知った。多分ソリの部分の楽譜だけで演奏時間が1分だけ協奏曲より短い。曲の良しあしがわからないがただ与えられた仕事だけを黙々とこなすというピアノ・デュオ。WDR来年の生誕100周年に向けてB・A・ツィンマーマンの録音を片っ端からしまくっている。バッハのカンタータ140番の引用。次は音の塊でかなり乱暴なクラスター。印象主義の復活などで構成。

ロルカーノはノーノのSQのように微分音。ディオティマ・カルテットにふさわしい音色の戯れ。プロセス作曲法。予定の13分よりかなり越しているが良い曲である。

ミュラーユはオクターヴも4分音もあるらしい。駒の上だけで弾いたような側面奏法。太鼓のようなピチカート。書き慣れているが無名新人のようなフレッシュ感はないいつも頭の部分が戻ってくる構成法。4分音は重ねるのではなく音階的にいつも下がってくるそれ以上の曲でないしそれ以下の曲でもない。メシアのトリルもあるが30分で終わらない曲だったのですぐに帰りの電車に飛び込む。

30.11.2017 Donnerstag 20:00 Uhr
Musik der Zeit - Monologe.
Quatuor Diotima, GrauSchumacher Piano Duo: Glerup, Lazkano, Murail, Zimmermann
Funkhaus Wallrafplatz

Quatuor Diotima
??? Yun-Peng Zhao Violine
??? Constance Ronzatti Violine
??? Franck Chevalier Viola
??? Pierre Morlet Violoncello


GrauSchumacher Piano Duo
??? Götz Schumacher Klavier
??? Andreas Grau Klavier

Musik der Zeit - Monologe

Tristan Murail
Songes, ombres et fumées (2017-2018)
Quatuor à cordes
Deutsche Erstaufführung

Bernd Alois Zimmermann
Monologe (1964)
für zwei Klaviere

Ramon Lazkano
Etze (2016)
für Streichquartett
Deutsche Erstaufführung

Rune Glerup
Neues Werk (2017)
für Streichquartett
Deutsche Erstaufführung

Bach und Messiaen, Beethoven, gregorianische Hymnen und Boogie-Woogie: Bernd Alois Zimmermanns Klavierduo ?Monologe? ist ein ?weit verzweigtes Gebilde von musikalischen Zeit und Erlebnisschichten?. Die beiden Pianisten ?monologisieren?, hängen ?ihren ?eigenen Gedanken?? nach, spielen gleichzeitig, doch stets auch ? in heikler Balance ? unabhängig voneinander. Während die ?Dialoge?, aus denen die ?Monologe? 1965 hervor ? gegangen sind, am Folgetag zu hören sein werden, trifft das Klavierduo hier auf neue Streichquartette von Tristan Murail, Ramon Lazkano und Rune Glerup.

Ort: Klaus-von-Bismarck-Saal

Die Preise zu dieser Veranstaltung finden Sie auf der Webseite des Veranstalters.

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [63]
  • 316, 子供用音楽劇「ここにいなかった熊」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年11月23日(木)05時19分35秒
  • 返信
 
Der Bär, der nicht da war11月21日ケルン音大

パフォーマンスだと思ったが小さな話の断片の集まりで始終クラリネットとファゴットがつく音楽劇。朝9時から始まるので非常に早く自宅を出た。5分遅れで開始、前列には幼稚園児とみられる小さい聴衆が数十人座っている。左奥にはミキシングとみられるアド・ホック・シュピーラー。いろんな打楽器的な効果を醸し出しそれを増幅変換してスピーカーで出す。語り手もやる。野菜を始終切り刻む。今年のベートーヴェン音楽祭との共同制作で音大における再演はこの後午前11時からもある。

かっこ悪い熊と称するおっさんが出てきて転んでもなかなか立ち上がれない。プロコフィエフのピーターと狼のような音楽をパーシケッティー風に近代和製感で包む。野菜を切る様子はスクリーンにも映す。それを見ながら更に演技。作曲者は書いてない。

ダイアローグ。風船を口に入れて膨らませる。空気を抜く時のゲオゲロ音も音楽にマッチさせる。突然チャイコフスキーの「白鳥の湖」。アド・ホックの一人が小さいおじさんを演技。アド・ホックのキーボード演奏。木管の無調的分散和音。タクシーのおばさんに変身と盛り沢山。熊もおばさんも一緒に歌う。キーボードに付いているリズムも加わる。手の影絵で狐か狼を演技する。熊は切られたミカンを食う。口によるパーカッション。スクリーンに自分を映す。生だと思ったらあらかじめ取られたヴィデオと会話する。それを真似してずっと切っていた野菜を食べる。45分。

ちょっとしたおかしな顔の表情一つで子供を笑わせる演技は見事。ヴィデオカメラも雑音の変換もみなちょっとした工夫で子供たちを始終笑わせ飽きさせない。テーマも断片的でつながっていないがその都度物事を解決させることができる。
21.11.17
Dienstag, 09:00 Uhr, Konzertsaal (Köln)
Musiktheater-Uraufführung nach dem gleichnamigen Bilderbuch von Oren Lavie
für Kinder von 4 bis 8 Jahren
Es war einmal ein Juckreiz. Der kratzt sich und ist plötzlich: Ein Bär, der vorher nicht da war. Er findet einen Zettel auf dem steht: “Bist du Ich?“ ?Gute Frage“, denkt sich der Bär und macht sich auf den Weg es herauszufinden.
Auf seiner Suche begegnet er dem bequemem Bergrind, dem saumseligen Salamander und dem vorletzten Vorzeige-Pinguin, lauscht seiner eigenen Stille und folgt ihrem Klang, erfreut sich an Blumen und schönen Gedanken, verirrt sich beim Geradeausfahren auf dem trägen Schildkröten-Taxi und findet schließlich und - zu seiner großen Freude ? sich selbst.

?Der Bär, der nicht da war“ erzählt lustvoll und philosophisch von der Suche nach der eigenen Identität und der Freude an der (Selbst-) Erkenntnis und ermutigt dazu, der Welt offen, neugierig und gelassen zu begegnen.
Eine Koproduktion von Theater Marabu, Beethovenfest Bonn und dem Jungen Nationaltheater Mannheim in Kooperation mit der Hochschule für Musik und Tanz in Köln und der Alanus Hochschule für Kunst und Gesellschaft.
Autor: Oren Lavie; Komposition: Markus Reyhani
Regie: Claus Overkamp; Ausstattung: Regina Rösing; Künstlerische Mitarbeit Video: Norman Grotegut
Performance & Musik: Tina Jücker, Bene Neustein, Faris Yüzbaşioğlu
Tobias Gubesch (Klarinette), Daniel Staravoitau (Fagott)
Theater- und Musikpädagogik: Melina Delpho, Marion Dietrich, Corinna Vogel
Regieassistenz: Anaïs Durand-Mauptit

Rechte: schaefersphilippen, Theater und Medien GbR, Köln
Illustration: Wolf Erlbruch mit freundlicher Genehmigung durch den Kunstmann Verlag

Informationen zu weiteren Spielterminen in 2017:
www.theater-marabu.de
Gefördert von: Ministerium für Kultur und Wissenschaft des Landes NRW, Stadt Bonn, Landesbüro freie darstellende Künste NRW, Kunststiftung NRW und dem Kultursekretariat NRW Gütersloh
Eintritt:
Erwachsene 8 Euro / erm. Kinder 6 Euro
Tickets:
Kindergruppen ab 15 Personen: 5 Euro pro Person Reservierungen über mail@theater-marabu.de oder 0228/ 433 97 59
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln
Termine:
Uraufführung: 23.09.2017, im Rahmen des Beethovenfestes Bonn;
Spielort: Theater Marabu, Kreuzstr. 16. 53225 Bonn
Aufführungen in Köln:
Di. 21.11. 9 Uhr & 11 Uhr


夜は6時から音大のフルート・クラスの発表会。こういうのはプロの世界では売れないからほとんどやらない。音大時代の無料発表会が最高の花である。有名なプーランクのソナタ。中国系の学生による演奏。黒人の学生譜めくり。カール・エラートのソナタ。特殊奏法がない無伴奏。ピアッツォラのギター伴奏はバランスがいつも理想的に出る。ムジンスキーのソナタはやたらと暴れまくる。マルタンもフランス系ソナタだが無調。ここで自分の第3フルート四重奏曲に「不確定性」という表題を与えることを思いついた。
有名なニールセンの協奏曲。ベリオのセクエンツァIは現代フルートテクニック入門の書。さっき譜めくりやってた黒人学生の音量の凄いこと。なかなか安定して音量があり上手い。今まで女性ばかりだったのでその差が歴然としている。ヒンデミットの8つの小品も白人の男でやはり音量がすごくある。フランスの作曲家ボッツァもフルート作品が多い。みんな音のミスはしないが男女で音量の差が極端にあるのには驚いた!最後のモーツァルトのフルート四重奏曲。弦が3人出てきてこういうことに東洋人の学生はしょっちゅう使われる。中国系2人が入りみんな上手いが日本人ほど良い楽器を持っている人はいないらしい。休みなしで2時間近く。
21.11.17
Querflötenabend
Dienstag, 18:00 Uhr, Kammermusiksaal (Köln)
mit Studierenden der Klasse Prof. Robert Winn
Achtung: Die Anfangszeit wurde von 19.30 Uhr auf 18.00 Uhr vorverlegt.
Eintritt:
frei
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [62]
  • ドミトリー・ホロトフスキー

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年11月22日(水)20時10分44秒
  • 返信
 
ロシアの歌手のドミトリー・ホロトフスキーがガンで死去。55歳!!

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6

ゆき@管理人
ここ数年前からネットで内職するようになって、オペラの事を調べる余裕がなく、御無沙汰してました。^^;
このニュース、今日のYahooニュースで見てびっくりでした。
2年前から闘病してたそうですね。
脳腫瘍の闘病しながら舞台に立ち続けたとの事で、凄いプロ魂を感じます。
私が応援しているテノールのルイス・リマとの共演も何度もあっただけに残念です。

  • [61]
  • 315. 子供のための「ラインの黄金」11月8日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年11月 9日(木)19時13分16秒
  • 返信
 
車が故障したので近くの駅まで歩いて行ったので電車が1時間遅いのに乗り10分余りの遅刻。第一場がちょうど終わったとこだった。しかしその後の音楽野カットを聴いてやはり序奏は低音部のEbで始まったと推測されかなりの無駄な繰り返しを省略し第一場を10分程度にまとめたことが伺える。何時ものようにラインの乙女たちがアルベリッヒを小さいと馬鹿にしたのでアルベリッヒが怒ってラインの黄金を盗んだらしい。

この子供用の1時間余りのオペラは調性の古典物でも現代の無調でも区別なしにドイツのどの劇場も毎日のように積極的にやっていて、予定表では既成の大人用オペラと比べても上演回数はほぼ同じであり、毎月のように新しい新演出かヴィーダーアオフナーメを出し、如何に手を抜かないで子供たちのためにオペラの聴衆の後継者作りをしているかが伺えるが、今回はそのクラシックオペラの短縮版である。案の定この日の晩の正規のオペラは休んでいる。さすがに本来に「ラインの黄金」は2時間40分と子供達にとっては長すぎるので1時間ちょっとにカットしたステファン・べーリッシュの一管編成の編曲版が使われるが、正式の筋を壊さない生演奏であることだけは手を抜かない。

正規のそれは今年はすでにデュッセルドルフで見たが、休みなしで長いので大人にとってもきついが、要は音楽の理解にかかっているので、これを子供のころから親しむのは、幼児ソリスト教育の楽器や幼児外国語教育と全く同じで、子供時代が一番抵抗が少なくすんなり出し物が入っていくので、最初難しく感じても楽に音楽的に教育できるのである。

これは無調の新作オペラでも全く同様である。それで子供用の大半のオペラは1時間程度のクラシックが圧倒的に少ないので新作・無調が断然多く、どこの歌劇場の躊躇なく子供のために上演し誰でもそれが当たり前のものとして大人になっていく。ここで確実に言えるのは子供たちにとっては無調の音楽を舞台美術とともにどんどん聴かせても全く問題は無いことである。

ところでその編曲された楽器編成であるが、予想通りあの「ジークフリート牧歌」の1管編成を基本にしている。弦楽五重奏を主体としてトロンボーン、チューバ、ハープ、2人の打楽器奏者が付くだけである。最近はBクラス以下の劇場でもショット社の3管編成の伴奏パート譜が良く使われるが、108名の4管編成を十数名の室内管弦楽に縮めてなぜそれでも十分な効果があるのかは「ジークフリート牧歌」を聴けばすぐわかるはずである。それでもドイツのオーケストラはヴァイオリンなどの低音を除いて十分な厚みを作ることができるが、声とのバランスも全く問題ない。

肝心な筋であるが、時々全音楽を止めてセリフだけにして話の進行をレチタティーヴォのように速めていることがわかる。肝心のヴォータンは韓国人が演じている。正規の上演は白人が演じるがいつもかっこ悪い役が多いので韓国人でも違和感はないしドイツ語の訛りもない。さらに巨人がしょっちゅう出てくるのでヴォータンはむしろ小さい方がコントラストが付いて良い。巨人族のコスチュームが子供たちにとってはそれとすぐわかるように良くできていて、小柄なフライアを担保に担いでいくところは子供たちにとっては見ものになる。更に今回はダイアローグ以外子供オペラに珍しい字幕が付いている。

しかしわき役のミーメやエルダ・ドンナーなどは人件費の節約のために出て来ない。管弦楽で象徴的に奏されるだけである。金床は部隊の登場人物も一緒に叩く。大蛇はやはり韓国人のアルベリッヒが背中から巨大な尻尾を出し、蚤は背負っている枕みたいなものを膨らませてぴょんぴょん跳ねる。面白いやり方である。ヴォータンはアルベリッヒからリングを毟り取る。ファーフナーは脇で呪いをかけたアルベリッヒが見ている中弟を金塊で撃ち殺す。雷の頂点は鍋の蓋か壊れた洗面器みたいのを叩いてハンマーの代わりで何ともかっこ悪い音になる。ラインの乙女も節約して2人だけ。しかしちゃんと最後の変二長調の和音まで入っている。何と子供達でも解りやすい演出であろうか?75分。

Richard Wagner
Das Rheingold für Kinder
in einer Fassung von Rainer Mühlbach und Brigitta Gillessen
Arrangement von Stefan Behrisch
Text und Musik von Richard Wagner (1813 - 1883)
für Kinder ab 8 Jahren
Dauer ca. 65 Minuten

StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:35 / ? 12,5,-/7
Inhalt
Im ?Rheingold?, dem Vorabend zu ?Der Ring des Nibelungen?, lässt Richard Wagner das ganze Personal der nordischen Mythologie auftreten: Götter, Riesen, Zwerge sowie Drachen und die verspielten Rheintöchter. Alle befehden sich um den zaubermächtigen Ring, der von Nibelungenzwerg Alberich aus dem geraubten Rheingold … geschmiedet wurde. Nur durch den Verzicht auf die Liebe konnte er dieses Werk schaffen, so wie die Rheintöchter es verkündet hatten:
?Nur wer der Minne Macht entsagt,
nur wer der Liebe Lust verjagt,
nur der erzielt sich den Zauber,
zum Reife zu zwingen das Gold.?
Als Göttervater Wotan den Ring mit Hilfe des listigen Loge raubt, und die Riesen Fasolt und Fafner den Ring als Lohn für ihre Arbeit an der Götterburg Walhall einfordern, nimmt die verhängnisvolle, zeitlos gültige Geschichte um Gier, Selbst? sucht und Ausbeutung ihren Lauf.
Inszenierung
Die Oper Köln bringt Richard Wagners Gesamtzyklus ?Der Ring des Nibelungen? in einer neu eingerichteten Fassung für Kinder heraus. Dieses große Projekt erstreckt sich über vier Spielzeiten. Die Fassung von Regisseurin Brigitta Gillessen und dem Musikalischen Leiter Rainer Mühlbach in der Orchestrierung von Stefan … Behrisch stellt das Zeitlose und Märchenhafte der ?Ring??-Opern in den Mittelpunkt, so dass Kinder und erwachsene Einsteiger sich mit Richard Wagners dramatischem Kosmos vertraut machen können.
?Weia! Waga! Woge, du Welle!? (Rheintöchter)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Nicol Hungsberg / Dramaturgie Tanja Fasching /
Wotan
Insik Choi
Loge
Dino Lüthy
Alberich
Hoeup Choi
Fasolt
Miroslav Stricevic
Fafner
Lucas Singer?/ Yunus Schahinger
Fricka / Floßhilde
Judith Thielsen
Freia
María Isabel Segarra
Woglinde
Maria Kublashvili
Wellgunde
Sara Jo Benoot
Stimme der Erda
Jing Yang
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [60]
  • 314. 「あるセールスマンの死」10月27日、

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年10月29日(日)05時07分33秒
  • 返信
 
Tod eines Handlungsreisenden
von Arthur Miller
Deutsch von Volker Schlöndorff

著者のアーサー・ミラーはアメリカ人。1915年にニュー・ヨークに生まれて2005年にコネチカット州で89歳で死んでいる今まで知らなかった劇作家。それをシュレンドルフがドイツ語に訳したもの。

ここも何時もの仮設劇場だが、オペラの様な変な作りはしない。ギリシャ風建築のように一番下にステージがありそれから階段状に客席があるから舞台の見えない部分はない。今同時にやっている「ペール・ギュント」や「ファウスト」ほどの人気はないが客席はほぼ埋まっている。

まず初めにフリューゲル・ホルンと思われるジャズ風の音楽だが実際はトランペットを弱音している。これが電子音と重なる。次にセールスマン業の夫婦が出てきて長い会話。真ん中に机を椅子が置いてあるが昔見たウイーンのブルク劇場の「シェークスピアの「嵐」のように舞台一面に水が張ってある。

次に友人が出てきて会話。ミュートされたトランペットの生の音。カリフォルニアとかアラスカとかフロリダとかニュー・ヨークとかが儲かるとかアメリカの地名が出てくる。トランペットは弱音気つけていても電気的に増幅され変化されライブ・エレクトロニックになっている。更に口笛が乗っかる。

ちょっとした喧嘩が始まり水面に寝転んで水浸しになる。周りの人は主に見ているが、トランペットのように動いて演技もしているベヴェーグンクスコアの役割も果たす。

突如トランペットがミニマル音楽風の断片を吹く。ママと息子たちの車が壊れたとかセールスが上手く行かないとかの会話。

トランペットは動きながら断片を奏す空間音楽。家族みんなでの会話。トランペットと一緒にボディー・パーカッションをやって増幅する。

みんなで踊りが始まりこれは更にびしょ濡れになる。今度は同僚の会話。トランペット奏者は口笛も吹く。息子たちの不良交友の女友達は父親の愛人だった。父親と愛人は脱いで水の中で事を始める。今度は舌打ちのリズムだけを増幅。2人の兄弟は水の中で争い戦う。

最後にセールスマンがあっけなく水の中に倒れて死ぬ。途中で客がかなり出ていくので不人気な作品と見えるが、やはりかなりの客も入ってきて、または戻ってきて、拍手は立つ人もいるほどの盛況。まあ―、一口に言ってオペラ化には難しい作品ではある。1時間55分。


Unterm Strich lief es doch eigentlich ganz gut. Fast vierzig Jahre lang war Willy Loman als Handlungsreisender unterwegs. Und auch wenn er es nie bis nach oben geschafft hat, hat es irgendwie doch immer gereicht: Um die Familie mit den beiden Söhnen zu ernähren und sogar, um die Hypotheken für das kleine Mittelschichtshaus abzubezahlen. Doch der Traum vom kleinen Lebensglück ist ein zerbrechlicher: Kurz vor dem Ruhestand geht Willy die Puste aus. Die Welt dreht sich zu schnell für den alten Handlungsreisenden. Die alten Kontakte greifen nicht mehr, er verliert seinen Job und bei genauerem Hinsehen geht es nicht nur bei ihm, sondern auch bei seinen Söhnen ans Eingemachte. Wie konnte ihm das passieren? Hätte er noch härter für die eigene Zukunft arbeiten können? Gibt es eigentlich Gerechtigkeit? Oder hat Willy sich einfach ein Leben lang geirrt?

Arthur Millers Stück stellt 60 Jahre nach seiner Uraufführung die Fragen nach dem gefühlten und tatsächlichen Abstieg einer ganzen Gesellschaftsschicht mit erschreckender Aktualität.

Besetzung
Willy Loman
Martin Reinke
Linda Loman
Birgit Walter
Happy Loman/ Howard Wagner, Willys Chef
Peter Miklusz
Biff Loman/ Bernard, Charlys Sohn
Seán McDonagh
Charley, Willys Freund und Nachbar
Winfried Küppers
Ben, Willys verstorbener Bruder
Benjamin Höppner
Die Frau in Boston, Willys Geliebte/ Miss Forsythe
Ines Marie Westernströer
Musiker
Pablo Giw
?
Regie
Rafael Sanchez
Bühne
Thomas Dreißigacker
Mitarbeit Bühne
Hedda Ladwig
Kostüme
Maria Roers
Musik
Pablo Giw
Licht
Jan Steinfatt
Dramaturgie
Thomas Laue

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [59]
  • 313. オットマール・シェックの「ペンテジレア」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年10月21日(土)18時34分10秒
  • 返信
 
PENTHESILEA VON OTHMAR SCHOECK、10月20日、ボン
最近ケルンのオペラがよくやるようにオーケストラが舞台の奥に行って歌が前に出てきて歌うと言うセッティング、は音響に問題が無い限り演出がペーター・コンビチュニーにとっては絶対に躊躇しない。演歌のように声がよく聴こえるのが取り柄である。コンチェルタンテと間違いやすいが、舞台はあるしその大道具は2台のフルコンのピアノであリ、演技が入り、「下着」の衣装も作られている。
台本のハインリッヒ・フォン・クライストは自分にとっては非常に親しい。昔30年も前にウィーンのブルク劇場で彼の戯曲を散々立ち見で見たからである。オーストリアでは当時よく上演される劇作家であった。
舞台にも客席があり聴衆と合唱団が半々ずつごちゃごちゃ入り交ざって座っているらしい。もちろん合唱団が座る席のチケットは販売してない。それが一般客席の前の方の列にもあリ一般聴衆と混ざっている。コーラスの行動はワーグナーのそれとは違ってバラバラに演技し行動して何時もカオス状態になる。出演者と聴衆を全く分けない演出設定。
肝心の舞台にはピアノ2台があるが実際はオケの中のアップライトの2台のピアノとパート譜を分けて弾いているので演技演奏とも言うべきである。椅子はピアノに固定されいていくら動かしても音が出ない設定になっている。
スイス出身のオットマール・シェックはよく出版社の作曲家カタログに出てくるが実際にそんなに直接聴いたことはない、シェーンベルクと同じ世代の作曲家。プロンプターは客席の一番前に陣取っているが、座っている形跡がなく主に複数のモニターでアインザッツを確認しているらしい。
オケはコントラバス5であるから第一ヴァイオリンは12のはずで、これは思うに4管編成にしか使われない大きさなので、よく見ると実際は変則的な編成で実際にクラリネットは8本でこれは現在リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」にしかない大きさである。しかし金管はホルンからトロンボーンまで4本ずつで打楽器奏者は5人の重量級の規模。
5分遅れで開始。最初は原始主義に近いアタックなのでストラヴィンスキーと想起させる。歌手がすぐに客席の入り口から出て来る。ヒンデミット的な音楽を予想してたが、印象主義的な和声、バルトーク的な暗さはシュレッカーの「刻印された者たち」に似ている。違うのはオケの和音を下敷きにして語るセリフが多い事。演奏時間は80分と言われるがナクソスのCD1枚に入りやすい長さである。マーラーのハンマーを想起させる幾分小型のハンマー。
後半にアルプホルンが出てきてへたくそな音が出るが、わき役の歌手がわざと吹いているらしい。多分スコアには書かれていないスイス音楽の象徴としての演出みたいだ!オケの中の4本の若い奏者のホルンは最高の品質で、ケルン放送響とても言えどもここまでは吹けない。
タイトルロールのペンテジレアはエレクトラのように高音部を容赦なく歌いまくり、彼氏を射殺し自分も自殺する。最後に残った配役によるマイクを通した長いダイアローグ。登場人物の一人は演技ピアノの楽譜を2台同時にめくりまくる。
ラジオのレポートでは80分かかかると言ってたが実際は90分かかった。

- in deutscher Sprache -

Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist in einem Aufzug
Dichtung vom Komponisten?
Koproduktion mit dem Landestheater Linz
Penthesilea ist die Königin der Amazonen, sie zieht mit Pfeil und Bogen bewaffnet in den Krieg gegen die Griechen. Dabei geht es nicht nur darum, ihr Land zu verteidigen, sondern auch, sich einen Liebespartner zu erobern, denn laut amazonischem Gesetz dürfen sich die Kriegerinnen nur mit von ihnen besiegten Feinden paaren. Bei Homer nur angedeutet, später im Umfeld der Ilias verschiedentlich ausgeschmückt, wurde uns die Legende überliefert, dass Achilles sich in Penthesilea verliebt hätte, nachdem er sie tödlich verwundet hatte. Achilles muss erleben, dass sein Sieg ihn teuer zu stehen kommt und ihm die Geliebte für immer entreißt. Diese Geschichte inspirierte Künstler aller Zeiten und lebt in verschiedenen Gemälden und Gedichten fort. Bei ihm ist es nicht Achilles, der die Geliebte tötet, sondern umgekehrt Penthesilea, deren fehlgeleitete Liebesenergie in Wahnsinn umschlägt und sie zur Mörderin macht. Schonungslos legt Kleist die Mechanismen bloß, wie aus liebesbedürftigen jungen Menschen durch politische Manipulation mordende Ungeheuer gemacht werden. Unermüdliche Kriegspropaganda, falsche Ehrbegriffe und der Zwang zum Siegen verhindern das Liebesglück und führen mit tödlicher Konsequenz zum tragischen Ende. Die entsprechend überhitzte, oftmals explosive Sprache scheint zwar auf den ersten Blick für eine Vertonung als Oper eher ungeeignet, doch dem Komponisten Othmar Schoeck ist das Kunststück gelungen, ein atemberaubendes Stück Musiktheater zu schreiben, indem er aus dem Drama die wirksamsten Szenen auswählte und mit seiner expressiven und gefühlsgeladenen Musik für die Bühne nachempfand. Seit der Uraufführung 1927 an der Dresdner Semperoper hat dieses Stück Dirigenten, Regisseure und Publikum immer wieder fasziniert, obwohl ? oder vielleicht gerade weil ? es sich nicht so einfach in eine musikhistorische Schublade stecken lässt. In der Inszenierung von Peter Konwitschny sitzt das Publikum wie bei einem Boxkampf in der Arena und kann unmittelbar Anteil nehmen an dem gnadenlos blutigen Lebenskampf der Heroen. Mit PENTHESILEA stellt sich der neue GMD Dirk Kaftan dem Bonner Opernpublikum vor.
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 1. OKT 2017, 11 UHR
Moderation: Michael Struck-Schloen, Autor und Musikjournalist
mit Brunch
…und außerdem…
OTHMAR SCHOECK LIEDER
OPERNFOYER | MO, 13. NOV 2017, 19.30 UHR

HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung



Penthesilea
Dshamilja ?Kaiser
Prothoe
Aile Asszonyi
Meroe
Kathrin Leidig
Die Oberpriesterin der Diana
Ceri Williams
Erste Priesterin
Marie? Heeschen
Achilles
Christian Miedl
Diomedes
Johannes Mertes
Ein Hauptmann
Christian Specht
Zweite Priesterin
Brigitte Jung
1. Amazone
Christina Kallergis / Martina Kellermann
2. Amazone
Katrin Stösel / Nina Simone Unden
Bühnen-Pianisten
Lucas Huber Sierra
?
Meri Tschabaschwili


Chor des Theater Bonn // Extrachor des Theater Bonn // Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung
Dirk Kaftan
Inszenierung
Peter Konwitschny
Ausstattung
Johannes Leiacker
Licht
Thomas Roscher
Konzeptionelle Mitarbeit & Dramaturgie
Bettina Bartz
Choreinstudierung
Marco Medved


Regieassistenz
Andreas Beuermann
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Musikalische Assistenz
Carolin Barbara Nordmeyer
Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Christopher Arpin / Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst



op. 39 Penthesilea Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist, in einem Aufzug. Widmung: Werner Reinhart gewidmet Komponiert: 1923-1925 in Brunnen und St. Gallen. Revidiert 1927. Personen: Penthesilea, Königin der Amazonen - Mezzosopran - Prothoe, Meroe, Fürstinnen der Amazonen - Soprane - Die Oberpriesterin der Diana Alt - Achilles, König des Griechenvolkes - Bariton - Diomedes, König des Griechenvolkes - Tenor - Ein Herold - Bariton - Griechen und Amazonen. Ort der Handlung: Schlachtfeld bei Troja. Orchesterbesetzung: Fl (auch Pic), 2 Pic (auch Fl), Ob (auch EH), 6 Kl, 2 kl Kl in Es, 2 Baßkl, Cfg - 4 Hr, 4 Trp, 4 Pos, Tb - Stierhorn - Pk, Schlgz (kl Tr, gr Tr, Bck, Trgl, Rute, Tamt) - 2 Klav - 4 Solo-Vl, Str (nur Vla, Vc, CB). Hinter der Szene: 3 Trp in C Dauer: 1 Stunde 20 Minuten Autograph: Partitur in Privatbesitz. Einlagen von 1927 in CH-Zz, Nachlass Othmar Schoeck, op. 39. Entwürfe zum Textbuch in CH-Zz, Mus OSA Ms 11; Gedruckter Klavierauszug mit hs. Änderungen von Schoeck (d.h. die Umarbeitung von 1927): Mus OSA Ms 46 (Beil. OSA Ms 51). Handexemplar der Orchesterpartitur aus dem Besitz von Max Conrad (Dirigent der UA der revidierten Fassung): Mus OSA 88 Verlag: Musikhaus Hüni, Zürich 1927, später: Bärenreiter, Kassel. Part. (M.H.Z. 205), KlA von K. Krebs (BA 3652), Aufführungsmaterial leihweise. Uraufführung: 8. Januar 1927 an der Sächsischen Staatsoper in Dresden (Dirigent: Hermann Kutzschbach). Erstaufführung der revidierten Fassung: 15. Mai 1928 am Stadttheater Zürich (Dirigent: Max Conrad).

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [58]
  • 312.  ケルンの「タンホイザー」10月6日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年10月 7日(土)19時34分47秒
  • 返信
 
何か昔ケルンで一回「タンホイザー」見たと思ったら2008年5月10日にステンツの指揮で見てる。当時はドレスデンの通常版で何の変哲もない。2時間55分20秒かかってる。

今回は10年も経たないのにまた新演出。40分前に予告した解説によるとバレエが節約できる予算配慮に優しい同じドレスデン版であるが、計5稿あるうちの第一稿。要するに初稿の初稿。ドレスデンの最終稿が1845年、パリ版の最終稿が1861年。まあ―、ほかには番号オペラの廃止とかゥォルフラム・フォン・エッシェンバッハとかヴェーヌスベルク―ヴェーヌスとヴァルトブルク―エリザベートの対比とかチューリンゲンの聖エリザベートの伝説とか普通の当たり前のお勉強会になる。

演出のキンマンスはすでにケルンでバタフライやリングの衣装や照明を担当して今回演出に回ったとか?

開幕10分前にバイロイト風にシュトットガルトの外でもでもやったようにロビーで大行進曲のトランペットの生のファンファーレ。まあ―上手く行った。

オケは舞台の真ん中を大きくくりぬいて全部入れて歌手の演技はその周りでやる。多分歌唱は潰されないで聴こえるがオケそのものの音響はどうだろうか?ハープは2台に増幅、コンバスは6ぐらい入っていて豊からしい。それは良いとしても第一と第二ヴァイオリンが聴こえない。何時ものお得意の霞み奏法も災いして全面的に聴こえない。ティンパ二だけ飛び出して煩い。更に他の楽器とアインザッツが合わない。とにかく変なバランス。ピットの周りに布もあってかなり音が吸収されているらしい。プロンプターは客席に陣取っている。

序曲からパントマイムが動いている。バレエ団の連中なのでパリ版のバレエを節約したわけではないらしい。アレグロの移る前の楽想がこの版では少し違う。カナダのヘルデン・テノールはかなり苦しく120%の力で声になっているのは70%ぐらいか?若き日のスパース・ヴェンコフって感じの声質でそんなに音程が正確なわけでもなし。オテロよりはきついがトリスタンやジークフリートよりは楽なはず。それにしても劇的な高い弦の細かいパッセージが聴こえないのは音響のせい。布に吸収されているか前のピットの板に止められているのか祖の両方かわからない。ヴェーヌスはヴィブラートが多すぎ鬼婆の様な声。「マリア」後の舞台転換は証明が変わっただけでつまらない。ホルンのファンファーレが周りの空間からやって来る。ちょっと速く59分22秒。

歌手は客席まで遠く離れても子音まで聴こえる。男声陣の燕尾服演出はシュトットガルトと同じ。タンホイザーは依然として滑らかさが無く純度の低い声である。エリザベートの声はこじんまりとしている。行進曲のファンファーレは後ろから。12本のトランペットは7本の縮小されているがそれでも煩い。音の不純物が多いのでシュトットガルトのように学生使っているのかと振り向くとみんな若い顔だらけ。シュトットガルトも練習でミスだらけでも本番では完璧にやってたがここは逆か?タンホイザーが斧で女性を切ろうとする。エクストラ・コアが多量に入って総勢150人くらいで大音量だが、後ろ向きに歌わせるのでトランペットの7人のファンファーレに完全に負けている。テンポが意外とせっかちで68分22秒。

第三幕の前奏曲は東京の学生時代散々ピアノで弾いて室内管弦楽に編曲して自分で振ったことがあるので非常に良く知っているが、この初稿と言う奴は後で出て来る指導動機とか万遍なく出て来て全曲に散らばり非常に長く軽く11分超してしまう。とにかくこの2転3転してしていきなり決まった指揮者はアインザッツが合わない。ロートは「べヴェヌート・チェルリー二」も初稿持って来たので来年のB・Aツィンマーマンの「兵士たち」のプレミエも極度に難解な初稿でやる可能性あり楽しみだが。ただ誰かが風邪で欠けると代替えが効かない。弦と管楽器、ティンパ二何時もバラバラ。次のレチタティーヴォもオケがかなり動く。合唱は弦バスの支えが良く効いてる。ヴィルフラムの「夕星の歌」の声はリリックすぎて「ヘルデン」テノールのフォクトみたいだ!最後の残りのチェロは蚊のように聴こえないので全然物足りない。最後に真ん中から出て来るエリザベートの死体の火葬と生きた今までのエリザベート2体が出て来て合計3体になる。何の意味があるのか解らない。テンポが速めでも1時間近く58分13秒。このドレスデン版は長い方で全曲3時間5分57秒。


Richard Wagner
Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg
Große romantische Oper in drei Aufzügen
Libretto und Musik
von Richard Wagner (1813 - 1883)

StaatenHaus Saal 1 / 18:30 ? 22:35 / Vorstellung / 15 ? - 93 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
In der Lebenskrise des Minnesängers Tannhäuser offenbart sich der Konflikt zweier Prinzipien, die ihre Verwirklichung in streng voneinander getrennten Welten erfahren und jeweils von einer Frau repräsentiert werden:
In der Welt der Wartburg mit Elisabeth als weiblicher Lichtgestalt gefällt man sich im Besingen … von Idealen und in einer auf sittliche Sublimierung angelegten Lebens?weise. Im Venusberg wird dem Hedonismus und der Ich-?Erfahrung gehuldigt, die Bewusstseinserweiterung im Rausch gesucht und der Sex vergöttlicht. Tannhäuser, gleichermaßen mit künstlerischem Genie wie mit der Fähigkeit zum Genuss begabt, hat es in jeder dieser beiden Welten weit gebracht ? und dabei zugleich die jeweiligen Unzulänglichkeiten dieser Lebenskonzepte an sich selbst erfahren. Sein Versuch, sich dem von ihm empfundenen Wahn des Venusbergs zu entziehen und in die Sphäre seiner Seelenfreundin Elisabeth zurückzukehren, scheitert skandalös, als er sich während des Sängerwettbewerbs auf der Wartburg zu einer Eloge auf Venus hinreißen lässt. Damit führt er nicht nur seinen Ausschluss aus der Gesellschaft herbei, sondern zerstört auch das Leben der geliebten Freundin. Von nun an ist für Tannhäuser keine Welt mehr greifbar, in der zu leben für ihn eine Perspektive darstellen könnte.
In seinem Künstlerdrama stellt Richard Wagner einen charismatischen Charakter in den Mittelpunkt, dessen Aufbegehren gegen überlebte Normen und verbrämte Konventionen auf der einen Seite ihre Berechtigung hat, auf der anderen Seite, qua Überstrapazierung, die Gefahr des Selbstverlustes in sich trägt.
Wagners Beschäftigung mit dem Stoff dokumentiert sich in den verschiedenen Ver?sionen, die er von dieser Oper vorlegte, und sie fand nie wirklich ein Ende. ?Ich bin der Welt noch einen Tannhäuser schuldig?, äußerte er noch kurz vor seinem Tod.
Inszenierung
Generalmusikdirektor François?-Xavier Roth wird Richard Wagners ?Schmerzens?kind? in der puristischen Dresdener Urfassung von 1845 dirigieren. Der britische Allround?-Künstler und Ästhet Patrick Kinmonth, an der Oper Köln zuletzt mit ?Die Gezeichneten? und ?Solaris? vertreten, begibt sich mit seinem Ausstatter … Darko Petrovic in die verunsichernden Grenzbereiche zwischen virtueller und realer Welt.
?Doch such ich wen, der mir den Weg wohl zeige ...? (Tannhäuser, 3. Aufzug)
Besetzung
Musikalische Leitung Arne Willimczik / Inszenierung Patrick Kinmonth / Bühne Darko Petrovic / Kostüme Annina von Pfuel / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Georg Kehren /
Hermann, Landgraf von Thüringen
Karl-Heinz Lehner
Tannhäuser
David Pomeroy
Wolfram von Eschenbach
Miljenko Turk
Walther von der Vogelweide
Dino Lüthy
Biterolf
Lucas Singer
Heinrich der Schreiber
John Heuzenroeder
Reinmar von Zweter
Yorck Felix Speer
Elisabeth
Brit-Tone Müllertz / Kristiane Kaiser
Venus
Dalia Schaechter
Ein junger Hirt
María Isabel Segarra
Vier Edelknaben
Eva Budde / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang
Susanna Martin / Mariola Mainka / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Barbara Ochs / Mariola Mainka / Susanna Martin / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Martina Sigl / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [57]
  • 311. ドイツ音楽局指揮者コンクール 

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 9月30日(土)20時52分9秒
  • 返信
 
9月29日、ケルン・フィルハーモニー

指揮者コンクールと言うと人の曲と人の楽器で音出しするので作曲以上に誰が本当に実力者かちっともわからないのが特徴。棒が上手い人でも練習が上手い人でも暗譜が得意な人でもない。それはあったほうが良いという程度の話である。あんまり個性が強すぎるとアーノンクールやシュルティ、ブーレーズ、バーンスタインのようにカラヤンに左遷されるし良く解ったものではない。その最終日を観る。

10時からギュルツニッヒ・オケで魔笛の第一幕のフィナーレのレチタティーヴォで良く指揮のオペラ講習会などで出る。自分もガーディナーのとこで学んだ。意外と難しい箇所。少年コーラス無しで入る。弦は86443の編成でドイツ人最終選考者が35、50、58、59、68小節と止める。弦のトリルはウィーン・フィルのように完全に合うわけじゃないし、音をどうしても出したくなりヴィブラートすると弦が強くなって重たくなる95小節。弦の純度はかなり混ざっているザラストロの113小節。古楽の影響でテンポは速め。良く聴いているが棒が意外といい加減。テヌートが来ると曲が重くなる152小節。スビトPは残響が残るので間を開ける常識。通しでコンバスの第5弦が美しいがトロンボーンは煩い。最後のウィリアムテル序曲はやはり速めで案外合わない。チェロのソロは安物っぽい。嵐はテンポ。音階は見過ごしたが打楽器にアインザッツがあっても良い。トランペットのファンファーレはPでちっぽけなもの。マーチのテンポが遅く燃えない。瞬発力がない。審査委員長のツァグロセックもその傾向があるがピッチが甘い。ここで最初の休み。

次はロッシーニのリゴレット第三幕の4重唱No.18。イラン人の候補者。外国人は言葉が不自由なのでそこから素質を見出されるのが大変だ。マーラーの「復活」交響曲イランで聴いたらあ指揮者になりたくなったのだそうだ。コンバスが4になりチンバッソが本格的に入る。以外と乱暴でアレクサンダー・ラハバリを思い出す。男は皆韓国人。一人はこの前の子供オペラの出演者でネズミ役。パヴァロッティまがいのテノール。押して押してもどんどん声が出て来るが音階上同じ声質には留まらないしフレージングもまだ未熟なのが若いところ。19、24、49、68、70小節と止める。88小節はアクセントを言うがイタ・オペはどうしても感情的な歌手への指導が中心になり、監視すべきオケに何もしないと勝手にどんどん音が大きくなるのがドイツのオケ。Tb.が煩すぎる。暴力的なアラブのクレッシェンド。sfzは34と37小節。又ロッシーニの序曲。今度はソロのチェロの安っぽさが少なくなるがまだある。更にソリのアンサンブルになる。嵐の木管の雨粒の音程はましだがもう少し詰められる。大太鼓とティンパニのバランスは同じでなければならない。トロンボーンはドイツのそれだが悪魔的なのでこのままで良いだろう?ストリングスが弱い。ホルンはきれいに割れて問題なし。田園のテンポは先ほどより落ち着いて直っている。ファンファーレは少し大きくなったがPのとこだけ大きくffは何処に行った?。ティンパ二は固すぎて煩い。ホルンは弦をかぶせない。最後の和音は長すぎない。またパウゼ!

フィガロの結婚の第二幕のフィナーレ。昔メクレンブルクのオペラのオケを振ったことがあるから良く知っているし良く出る演目。まずオケだけ857小節、899小節と止める。ハンブルクで勉強してるロシアの女の子だが英語で練習する。チェロのスケールが聴こえないが、木管はただのアップゼッツェンなので弱くて聴きたくない。ヴァイオリンのレガートはあんまり一緒に出ない。やはり木管のピッチが合わない899小節。同じ個所に歌を入れるが余り振らない851小節。最後のトランペットのドミソの和音形ぐらい派手に欲しい。戻って671、589小節。ホルンが大きすぎて弦が聴こえない。26小節でも注意。3度目のロッシーニ。ソリが慣れすぎて注意力が薄れてちょっと崩れて来る。ちょっと速め。嵐はリズムは合うがピッチは完全に直ってない。大太鼓のバランスが良くなった。ホルンは素晴らしく割れる。田園のテンポも良くなっている。ファンファーレもfまでは良くなっているがffではない。弦も大きくなったがシンクロンが完全なわけではない。

午後もあったが音楽図書館に行ってB・A・ツィンマーマンのスコアを買いまくったので見てない。

本番の前の解説はない。余りにも誰でも知っている演目すぎるからだ。ケルン放送響でまずブラームスから暗譜で。重い指揮ではないが音は重い。木管の迫力はないがバランスよくまとまっていてもハウプト・シュテインメが小さすぎる。係留音も小さすぎるが和音そのものはよく合っている。弦は16型で十分に厚いしヴィオラの精度も良いがこんなにシンクロンが合わないか?管楽器は弦ほど霞み切れない。14分07秒。

イラン人のマンフレッド序曲。国家に核兵器開発を止めさすにはそこの音楽を振興するしかない。ファジル・サイの様な乱暴さがある。第3トランペットはppしか出てこない代物。
木管の一緒に出るアインザッツは上手く行かない。12分20秒。

ドイツ人の「ティル・オイレンシュピーゲル」。ドルチェで始めるのが難しい。スコアにあるトランペットとホルンの倍管の演奏って見たことないがここでもそうだ。誰かがクラリネットの蓋を落とす。最後の小太鼓はスネアがあったほうが死刑にできる。Esクラは絶叫で音がひっくり返って全部出て来なくなってミスだが反ってこの曲に合ってる。15分54秒。

休みの後ギュルツニッヒ・オケに代わって、魔笛。タミーノの良い声。やっぱりここのレチタティーヴォが一番難しい。次にリゴレット。ここでケルンとボンの市長が出て来て話す。所為賞金の1万ユーロは税金から、残りの1万ユーロは金持ちからの寄付らしい。指揮者はオペラとコンサート同等に振れて初めて一人前とか話す。最後のフィガロ。一時歌手のテンポが速くなるが持ち直す。それで休みで出て行くときにボンの市長と選挙で首刺されたケルンの市長の会話がイラン人は出て来るのが苦労してるから良いとか丸聞き。それからバレンボイムとそのイスラエル・アラブ・オケの会話が耳に入ってくる。最後のウイリアムテルはもう3回練習で聴かされたので汽車も無くなるからここで出てきた。多数決に決まってるが誰が一位がは知らない。

こういうのは必ず国籍や性別がバランスよく配慮されるのは何処でも決まっている。楽器のようにカーテンではなく作曲のように名無しの楽譜プログラムのスコア審査でもないのでとにかく見ないとわかんないからである。言葉で有利なドイツ人も入る。だから最終にドイツ人、イラン人、ロシア人が入り、女が一人残るのはどこでも同じである。後はヨルマ・パヌラが言うように完全に宝くじであるが最後は非常に政治的である。今SWRのラジオで言うにはイラン人が一位でギュルツニッヒ・オケのアシスタントが約束された。北朝鮮人だったらもっとよかっただろうが亡命されるので参加させられない、市長らが決めたわけでもないがこれで原爆開発の抑制と世界平和が少し促進される。音楽が豊かな甘ったれ国から来た指揮者の順位は言わなかったので知らん。

29.09.2017 Freitag 20:00 Uhr
Karten bestellen
Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert.
Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln, WDR Sinfonieorchester Köln, Gürzenich-Orchester Köln
Kölner Philharmonie

Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln

WDR Sinfonieorchester Köln

Gürzenich-Orchester Köln

Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert

Namhafte Wettbewerbe für junge Musiker gibt es viele, aber nur wenige für Dirigenten. Der Deutsche Dirigentenpreis wird 2017 erstmals vergeben und soll als Sprungbrett für große Karrieren dienen. Denn den Preisträgern winken nicht nur hohe Preisgelder, sondern auch Konzert-Engagements und Assistenzen bei deutschen Orchestern und an Opernhäusern. Durch die Nachwuchsförderung wird ein wichtiger Beitrag für die von der UNESCO-Kommission als immaterielles Weltkulturerbe ausgezeichnete deutsche Orchester- und Theaterlandschaft geleistet.

2 Pausen | Ende gegen 22:45

Das Konzert im Radio: WDR 3 live

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [56]
  • 310.Die Heinzelmännchen zu Köln 

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 9月20日(水)19時01分38秒
  • 返信
 
ケルンへのヘッジホッグ(ハリネズミ)9月19日

プログラムは売ってない。予習無しの子供でもすぐ解るように曲も話も演出されているから。子供と同じく車椅子の老人も第一列目に多い。子供用のオペラと言うことだが舞台と各席の配置が前回とはまた異なる。本来のオペラハウスではないメッセ用の広い空間なので毎回自由にアレンジできるのである。ジャズ・オペラと言うことで伴奏するのはジャズバンドが正面の舞台の天井に配置、歌手は客席のモニターでアインザッツを見る。天井のコンボはサックスがクラリネット持ち替えで、クラシックなバイオリンも1丁入っている。

始まる前から指揮者無しでジャズバンドによる序曲が始まる。所謂地域オペラでこれだけの為で残らない方が多い。器楽も作曲する名が通った作曲家だとノーノ、シュトックハウゼン、リゲテイ、ラッヘンマンのように外国に出るのが多いが、地域オペラはまず外には出て行かない。

歌手の伴奏のジャズ・コンボはほとんど即興はしないと思う。その都度変られたら歌手のアインザッツがわからなくなって混乱する可能性があるからである。実質は吹奏楽で伴奏したオペラと言う感じの出来上がり。

歌手がチンドン屋のように打楽器を体に背負って叩く。字幕は横にあるが薄くて全く見えないので意味なし。歌手が伴奏の前なので後が煩くとも良く聴こえるが、更にマイクも通しているので当たり前。台詞があるのでオペレッタでもあるが、歌いながらの踊りもあるから事実上のバーンスタインみたいなミュージカルである。しかしヴァイオリンのソロはクラシックの要素も思い起こさせる。何時も出て来る韓国人の台詞も訛りはないヘルメットをかぶったハリネズミ。

原色が多い子供用の舞台。突如キーボードの音色をチェンバロにして古典的なレチタティーヴォ。ジャズ、クラシック、オペレッタ、ミュージカルの総合舞台。間奏の間に舞台転換。携帯電話の電波が来ない演技。紙飛行機がブーメランでよく飛ばない。プッチーニの「ジャンニ・スッキッキ」の引用歌唱。合唱指揮の真似。

ケルンはジャズ・オペラが昔からある。B・A・ツィンマーマンの「兵士たち」にも入っていて異常な効果を出している。管弦楽曲にも素材としてよく入る。

ジャズ・バンドが背広を反対にして衣替えと同時に歌詞たちも服装チェンジ。会場の子供たちにも歌わせる。最後のほうに照明がディスコみたいになってくる。声が増幅されているのでどの方向から誰が歌っているのかがわからない。ジャズバンドが9人なのでクルト・ヴァイルの様な「3文オペラ」にも近い。

最後の打楽器、コンバス、ピアノ、ヴァイオリン以外のジャズ・バンドが行進して出て来る。最後には完全にディスコ。80分。

Ingfried Hoffmann
Die Heinzelmännchen zu Köln
fröhliche Jazzoper für Kinder
Text und Musik von Ingfried Hoffmann
empfohlen für Kinder ab 6 Jahren
Auftragswerk der Oper Köln
19 Zum Kalender hinzufügen
Di /
Sep 17
StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:50 / Vorstellung / ? 12,5,-/7

Inhalt
Wer glaubt denn an Heinzelmännchen? Peter, der ein berühmter Musiker werden will, jedenfalls schon. Doch er muss die New Yorker Musikstudentin Eve erst von der Existenz der Heinzelmännchen überzeugen. Obwohl Heinz und die anderen Heinzelmännchen immer wieder heimlich in die Begegnungen von Peter und Eve eingreifen, … lacht Eve über die Leichtgläubigkeit Peters. Erst als Heinz die beiden jungen Musiker auf die Bühne einer einzigartigen Live-Show bringt, lässt sich Eve umstimmen. Denn es gibt nur ein Zaubermittel, mit dem Heinzelmännchen sichtbar werden können: die Macht der Musik.
Inszenierung
Vergnügte Melodien, hitverdächtige Songs und raffinierte Harmonien kennzeichnen die Kompositionen von Ingfried Hoffmann, der sich bereits mit der überaus erfolgreichen Jazzoper ?Vom Fischer und seiner Frau? in die Herzen ? nicht nur die der Kinder ? schrieb. Es inszeniert Kinderopernleiterin Brigitta Gillessen, … die im StaatenHaus zuletzt Carl Orffs ?Die Kluge? in Szene setzte.
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Philipp Wiechert / Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Tanja Fasching /
Eve
María Isabel Segarra
Peter
Dino Lüthy
Heinz, Chef-Heinzelmann
Matthias Hoffmann
erstes Heinzelmännchen
Young Woo Kim
zweites Heinzelmännchen, umsatzverrückter Ladenbesitzer
Insik Choi
Heinzelkindchen, shoppingsüchtige Passantin, erste übermütige Kellnerin
Maria Kublashvili
erstes Heinzelfrauchen, zweite übermütige Kellnerin
Judith Thielsen
zweites Heinzelfrauchen, dritte übermütige Kellnerin
Sara Jo Benoot
Orchester
Jazz-Ensemble der Kinderoper Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [55]
  • 309. WDR今シーズンの第一回定期、9月15日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 9月16日(土)22時37分45秒
  • 返信
 
まずは何時ものように1時間前の解説から。お姉ちゃんが出て来て自己紹介。ケルンの大学で音楽学やってその後音楽マネージメントも学んだとか?ここの職業教育だけはちゃんと正しい人が正しい仕事をしている。

まずはショスタコ―ヴィッチの1953年の10番から解説。これもマーラーの5番と同じ共良くやりすぎる演目。アマチュアも良くやる。前回は同じWDRでビチコフの指揮でハイドンの44番のホ短調の交響曲と共に聴いている。最後にティンパニのソロのパッセージで良く濁ってしまうもマーラーの5番と同じである。カラヤンが生前にレコードに入れたたった1曲のショスタコ―ヴィッチなので後続の弟子指揮者たちもやるわやる。楽器編成が手ごろで歌はないし演奏時間も50分超えるので時間つぶしも十分にできるプログラムである。

何時の通りスターリンの死の話が出て来る。音例として曲の冒頭から聴く。第二楽章のスターリンの暴力シーン、第三楽章のD.SCHモティーフ、対4楽章の喜び組シーンは何時もの通りで、それぞれ音例が付く。

次に今晩のカレヴィ・アホの打楽器協奏曲の解説が続く。今までなんかの現代音楽の教科書でスェ―デン人かと思ったが、もう一人のサーリアホと同じくフィンランドの作曲家だった。音例を聴くがやはりリズムがあるのでちょっと失望。

とにかく作曲者が来てたので舞台に上がってもらって解説。子供の頃はマンドリンで育つ、作曲界のヨルマ・パヌラと言われるこの前死んだラウタヴァ―ラの弟子。ドイツ語は喋れるがボソボソと早口で話すので聞き取りにくいがまあーわかる。英国の打楽器い奏者のために2010年に作曲。ドイツだけでも去年だけで12回の再演。タイトルは初めにあるのではなく後からでっち上げで付く。舞台のセッティングは20m必要。1日1ページ書き3か月もかかっているので速く作曲すると本人は言う。オーボエ協奏曲のようにアラビアのリズムも使って、会場の質問ではピアノ使うのかとか基本的な質問ばかり。普通はわかる。実際に音が出ると思ったよりも良いとわかるのは同僚と同じ。後で見直すのも非常に少ない、当たり前か?委嘱無しでも作曲はできる、これも当たり前。

実際のコンサートではこの前死んだペーター・サドロのようなスター打楽器奏者のグルービンクが鉄棒・重量挙げ選手のように滑り止めの粉を手に塗っているらしい。太鼓を背負って日本太鼓のような始まり方。彼が有名になったのはその実力よりも毎週放送される世界のソリスト紹介のTVで司会をやっているからである。これを世の人は世界最大の打楽器奏者と簡単に思い込んでしまうのはトランプのフェイク・ニュースと昔から同じ現象。

ソリストは体操選手みたいに動き回るので譜面台観てる暇なくて全部暗譜で演奏する。次第にポップ長にリズムで調子に乗る。フィンライド調に流れる音楽。3管編成14型、サックス、オケのティンパニ6個はソリスト的役割。両脇の2X 2 のステレオ大太鼓が印象的。TVカメラが入っている。ノルウエー人のお姉ちゃんが打楽器との長いデュエット。ペーター・サドロの様な見世物場面でスター的太鼓叩きは毎夏日本から来る日本太鼓グループにもある。ヴァイオリンとのソリ。日本の安物時代劇の様なパッセージまたは楽想。ショーマンシップ旺盛。FMラジオの予告で40分と言ったが実際にかかったのは37分。

それで調子に乗ってアンコール。撥の後ろで叩いたり見世物ばかりするから、ほどなくして撥を落とす。終わったら客が帰ったのか少し少なくなった。

ショスタッコの10番はヴィオラが一番冴えてる。ティンパニがダメ。木管も良い。次に低音弦。並なのが高音弦、ホルンは甘すぎて最悪。23分23秒、4分30秒、12分12秒、序奏のオーボエの極度のダイナミックのコントラストが素晴らしい!12分00秒。手を叩く暇もなしに電車に飛び乗る。

15.09.2017 Freitag 20:00 Uhr
Karten bestellen
Martin Grubinger in Köln
M. Grubinger, WDR Sinfonieorchester Köln, J. Saraste: Aho, Schostakowitsch
Kölner Philharmonie

Martin Grubinger Percussion

WDR Sinfonieorchester Köln
Jukka-Pekka Saraste Dirigent

Martin Grubinger in Köln

Kalevi Aho
Sieidi (2010)
Konzert für Percussion und Orchester

Pause

Dmitrij Schostakowitsch
Sinfonie Nr. 10 e-Moll op. 93 (1953)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:00

SinfoniePlus 5,50 Euro (Einheitspreis bis 25 Jahre/keine Ermäßigung)

Das Konzert im Radio: WDR 3 live
und im Livestream auf www1.wdr.de/orchester-und-chor/sinfonieorchester/
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [54]
  • 308.国際無声映画祭、ボン、8月18日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 8月20日(日)05時32分3秒
  • 返信
 
その前に雨の中ボンからデュッセルドルフまで図書館に回る。ホリガーの木管五重奏曲「h」はスコアが無いがパート譜だけ売りに出ててた。特に構造や形式は見なくとも木管楽器の専門家が書く譜面は信用できるから個々の楽器の奏法の勉強でも信頼できるので買いである。ベートーヴェンのハ長調ミサのパート譜も手に入れたがこちらは全部揃っていなかった。一方ケルンの図書館はデンマークの作曲家ベアヴァルトの1番があった。これから新しく研究しようとする作曲家である。結局メンデルスゾーンの合唱曲やヘンデルの合唱曲含めて両方の図書館で17冊を10ユーロで済ませた。

途中地下鉄の映画音楽のポスターに目が留まった。どうも最近フィルハーモニーでライブのオケの映画音楽やらないと思ったら数万人入るアレーナの方でやっていた。どんなに高くとも売り切れるので最近出てこないなと思ってたら巨大なアレーナに引越ししていたのだ。今回は「スター・ウォーズ全曲」らしい。ここでは日本の自己満足的なCDやDVDは売れないで、その代わりどんなに高くともみんなライブ音楽の方にだけ集まる。とにかく雨が酷い1日だった。

2年ぶりにボン大学の構内に入るともう準備が始まっている。2人の音楽家は始まる前からウォーミング・アップ、と言っても書かれた音楽ではないから練習してもしかたが無いのであるが。今回はドラムセットが入っているのが珍しい。何時ものように即興演奏しか興味が無いから即興演奏家の後ろの席に座る。演奏家だけにテントがある野外映画館。生のフィルムに焼き付けない二度と聴けない即興音楽の無声映画は、集まりが違って雨天でも最前列以外はほぼ満員。

始まりが遅れている。フィルムの長さは決まっているので演奏は急げない。日本の戦前の東京の風景。文部省の制作。予想通りに五音音階で始まる。汽車の旅。日本語の字幕も載ってる。そこに西洋音階が混ざって来る。田舎の駅の切符売りの様子。

最近は即興演奏家の小さなミスまで細かく解るようになった。自分でも何度も経験あるからだ。高音を半音で隣の音も触ってしまった。このミスを隠そうと素材として思い直して使って堂々と展開・発展させてしまう。途中で何回もピアニストはヴィオリンに持ち替え。雨が降ってきて会場がザワザワとなる。脇の石の廊下に引っ越して立って見た。顎に抱えたままピアノも弾く。ドビッシーの「沈める寺院」の様な5度の音楽。音楽の多くは自由な調性。これが原爆や宇宙映画だと無調に変化するはずだ!

宿屋の風景。また五音階。外の空で誰かが光るドローンを飛ばしている。日本橋・上野公園・動物園。ライオンに移った時の音楽の変化は凄く遅かった。小さなミスの一つ。予め映像は見てるはずだが、音楽に集中し過ぎてスクリーンを見てなかったのか?帝国図書館、講演会。チャップリンの様なコメディーはみんなが笑う。最後は「さくらさくら」で汽船が出向して終わり。休憩。

WIE MAN SICH IN TOKIO BENIMMT
Freitag, 18.8.2017, 21.00 Uhr ? Arkadenhof der Universität Bonn
Von einem Provinzbahnhof aus treten ein Vater und seine erwachsene Tochter eine Reise in die Hauptstadt an ? drei Jahre, nachdem das Große Kantō-Erdbeben 1923 weite Teile Tokios zerstört hat. Durch die Augen der Reisenden nehmen die Kinozuschauer inszenierte Alltagsszenen entlang der Strecke und dokumentarische Bilder des Bergs Fuji wahr. Vom ältesten Sohn, der sie am Tokioter Bahnhof erwartet, werden die Gäste vom Lande im offenen Automobil zu öffentlichen Plätzen, Geschäftshäusern und Sakralbauten chauffiert. Nach einem Mahl im Verwandtenkreis geht es mit der Tram quer durch die Stadt, von alten Wohnquartieren zu den großzügigen Neuanlagen. Bei diesem Sightseeing lässt der volkspädagogische Film keine Gelegenheit aus, den Neuankömmlingen in der modernen, wachsenden Metropole in lustigen Episoden falsches und richtiges Verhalten zu demonstrieren ? in der Straßenbahn, in der Universitätsbibliothek, bei Vorlesungen und im Restaurant. Jörg Schöning
The Ministry of Education became aware of the importance of film as a medium for documentation and reportage just after the Great Kanto Earthquake, and continued to produce educational films after that. In 1925 they produced as many as 20 films. PUBLIC MANNERS: TOKYO SIGHTSEEING introduces the tourist spots of Tokyo just as the city is recovering from the earthquake damage. The film also shows what the Westernized and urban lifestyle was like at the time, and
humorously highlights the geographical and psychological distance between the city and the countryside. Kaname Mori (1878?-?) was a veteran director who had started making films at Yoshizawa Shoten, and continued to direct a large number of period films at the Shochiku Kamata studio. By the time Mori directed this film he had moved to Teikoku Kinema, after the earthquake, and switched to making educational films. Fumiko Tsuneishi, Le Giornate del Cinema Muto, Pordenone 2005
Zur Verabschiedung des Sohnes besuchen Vater und Tochter zum ersten Mal die Groß stadt Tokio. Der Film wurde vom japanischen Bildungsministerium produziert, um aufzuzeigen, wie man sich in der Stadt zu verhalten hat. Die vergnüg liche Rah men handlung führt uns in beeindruckenden Bildern das von westlicher  Kultur beeinflusste Großstadtleben vor, das die Protagonisten staunen lässt. Das  National Film Center in Tokio hat den Film wunderschön restauriert. / Father and daughter travel from the country to the capital to see their son and brother off and visit the attractions of Tokyo. This film was produced by the Japanese Ministry of Education to display the rebuilt capital, following the  devastating earthquake of 1923. The enjoyable background story guides us through impressive images of the Western-influenced metropolis. A beautiful restoration by the National Film Center of Tokyo.
KOSHU SAHO TOKYO KEMBUTSU Japan 1926 Regie / Directed by: Kaname Mori Kamera / Cinematography by: Shigeru Shirai Darsteller / Cast: Kaoru Hose Hanako Kitamikado Namiko Matsuyama Teiichi Yanagida Produktion / Produced by: Mombusho Format: 35mm Farbe / Color: schwarzweiß / black and white Länge / Running time: 57 min Zwischentitel / Intertitles: japanisch mit englischer und deutscher Übersetzung / Japanese with English and German translation Musik / Music by: Günter A. Buchwald (piano & violin)

雨が演奏者に当たるらしく背中もビニールで覆う。ピアノは交代して次のイギリス人の演奏者はアコーディオンに持ち替えるようだ!アメリカ映画の前に2分間に短いフィルム・ファンファーレ!ピアノとドラムセットの即興演奏は良く合う。更にこのピアニストはフルートにも持ち帰るようだ!左手で演奏して右手でピアノを弾く。

アリゾナ・バー。ライアーの音が聴こえる。あまり使わない高音域にプレペアードもしているのか?またフルート持ち替えてモノローグ。喧嘩の風景。又右手でピアノ。今度は内部双奏法か?しかしどっちかと言うとジャズの様なポップス音楽。とにかく電車が無いので15分前に出る。帰りは何時もの地獄の風景で家まで徒歩でたどり着いた。午前2時。

BRANDING BROADWAY
Arkadenhof der Universität Bonn ? Freitag, 18.8.2017, 22.30 Uhr
23
Hart spielt seine übliche Rolle des Wild-West-Schlägertypen, bis er vom Sheriff an Händen und Füßen gefesselt und auf einen Schnellzug Richtung Osten gesetzt wird. Da er auf Abenteuer aus ist, geht er nach New York. Was für ein Ver gnügen, Hart in einer ganz neuen Rolle zu sehen, wenn sie auch auf seiner bevorzugten Linie liegt. Und was für ein Vergnügen, eine köstliche Komödie zu sehen, mit brillanten Zwischentiteln von einem Mann, der weiß, wie man sie schreibt! Die Geschichte ist fast bis zur Farce überspannt, aber so logisch aufgebaut, dass sie durchweg möglich erscheint. Das gemeinsame Bestreben von Autor, Regisseur und Hauptdarsteller bringt eine feine Kunst hervor. Die
Komödie ist in ihrer Entwicklung weitgehend körperbetont, voll zeitgenössischem Sportsgeist, aber sie sprüht vor Humor. Louis Reeves Harrison, in: Moving Picture World, 7.12.1918
In this new Artcraft William S. Hart brings his breezy, highhanded western methods east and gets away with a lot of rough stuff right in New York. For the first time in his screen career the star is seen in a dress suit and he wears his clothes remarkably well. The only thing that does not suit him is a “topper” for which he seemed to have a particularly unfriendly feeling. Mr. Hart directed the picture himself, under the supervision of Thomas H. Ince. The story was written by C. Gardner Sullivan and it is one of the best he has done for the star. From Bob Sands, a hard riding, hard drinking cattle puncher, to a guardian and “nurse” to the obstreperous son of a New York millionaire, Mr. Hart gets a wide scope of acting and fills the bill to a nicety in both extremes. Wonderful locations west and east have been chosen and the photography is unusually good. BRANDING BROADWAY will undoubtedly be a popular feature. Variety, 29.11.1918
William S. Hart war der große Westernheld des frühen amerikanischen Stummfilms, der am Ende der Filme nach gelöstem Konflikt regelmäßig in die weite Landschaft davonritt. In dem Film BRANDING BROADWAY, den das Museum of Modern Art in New York restauriert hat, landet in New York und arbeitet als Bodyguard für den verzogenen Sohn eines reichen Eisenbahnmagnaten. Die sehr unterhaltsame Komödie, die Hart selbst inszeniert hat, zeigt ihn von seiner besten Seite. / William S. Hart was the great Western hero of early American silent film, who regularly rode off into the
sunset after resolving a conflict. In BRANDING BROADWAY,  restored by New York’s Museum of Modern Art, the westerner finds himself in New York to work as a bodyguard for the spoiled son of a rich railroad magnate. This very entertaining comedy, directed by Hart himself, shows him from his best side.
BRANDING BROADWAY USA 1918 Regie / Directed by: William S. Hart Drehbuch / Written by: C. Gardner Sullivan Kamera / Cinematography by: Joe August Darsteller / Cast: William S. Hart Seen Owen Arthur Shirley Lewis W. Short Andrew Robeson Produktion / Produced by: William S. Hart Productions Premiere: 15.12.1918 (New York) Format: 35mm Farbe / Color: viragiert / tinted Länge / Running time: 59 min Zwischentitel / Intertitles: englisch / English Musik / Music by: Stephen Horne (piano) Frank Bockius (drums)

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [53]
  • ヨアヒム・カイザー、音楽評論家

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 8月 9日(水)06時16分43秒
  • 返信
 
ヨアヒム・カイザー、音楽評論家、批評界の法王とも言われる。88歳で5月11日に死去。フランクフルト大学のテオドール・アドルノの弟子のひとり。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [52]
  • 307. ボンの「ピーター・グライムス」7月15日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 7月17日(月)01時29分52秒
  • 返信
 
これでこの演目も「ヘンゼルとグレーテル」、「トスカ」などとともにケルン、デユッセルドルフ、ボンと3つのハウスでそれぞれ違った音楽家と演出で全部見たことになる。しかもデユッセルドルフのように有名な歌手が演出したというのは同じで、更に美術も担当し自分も自らタイトルロールも歌うという公演にぶつけるためだが、5月は現代音楽があってダメで、6月は代役で7月まで待ってて結局は今シーズン最期の公演になってしまった。今回はこのオペラを見る前にピアノでヴォーカル・スコアを全部自分で弾いて確認した。

木管が何時ものように正面に座ってて耳のバランスに優しい。騒ぎの音。オーケストレーションが歌手を邪魔しない様にきちんと配色されている。これだけ上演されるとこの曲の価値は「リング」や「ヴォッツェック」様な革命的な音楽史に残らなくとも、常時演奏されるベートーヴェンの「フィデリオ」やウエーバーの「魔弾の射手」の価値に匹敵する。序幕は中幕を通した裁判対話形式。ケルンやデユッセルドルフでも時々出すスター歌手だが普通狙って行かないが、今回のホセ・クーラははっきり聴こえる張りのある声でもそれでも脇役も質が高いのでかなり埋まってしまう。オケがドイツ風にがさついている。最初から音そのものを磨いて無ければ!

第一の間奏曲、コントラ・ファゴットが良いスパイスを効かせる。ブリテンの分三和音による印象主義的和声効果。ウィーンやヴェローナのような伝統的な舞台は本職の演出家ではなくて素人の歌手が演出したせいで非常に解り易く暗い。韓国人のダメ牧師の声が良いし、黒人のエレンは舞台がイギリスなので違和感がない。プッチーニの「三部作」の最初の2作の様なので事は深刻な音楽に乗って運ぶ。第二の稲妻と雷を伴う嵐の間奏曲は回り舞台。イサン・ユンを思わす弦の語法。戸が風で回って音をわざと立てている。ワーグナーの「パルジファル」に見られる同度カノン風の語法。頻繁にオスティナートの伴奏の上に交響組曲「シエラザード」のような歌などが繰り返さない自由に動く。53分11秒。

二幕は第三間奏曲の後にその家に十字架の穴を開けただけで教会にする。面白い工夫だ!合唱が何時も前で歌ってくれるので良く聴こえて頼もしい。音楽を犠牲にするプロの演出家とは正反対である。間奏曲としてのパッサカリア。またイサン・ユン的なヴァイオリンの語法が聴こえる。バルトーク風の音響音楽。最初の指導動機が歌に現れる。46分56秒でリヒト・パウゼなので聴衆は出て行かれないで次の幕を5分間ぐらい我慢して待つ。

第三幕の間奏曲。舞台上のバンダは意外と長時間演奏する。「ヴォツェック」の安っぽいダンスみたいなのを踊りまくる。この合唱の場面はかなり集中し長く圧倒するので「ボリス・ゴドゥノフ」のような異常な凄さを少し感じる。ヴィラッソンのようにしょっちゅう幕を下ろし結局家の4面体をすべて見せ少しずつ舞台を徐々に変えていく。組曲には含まれない無名の間奏曲。骸骨の家。グライムスが死んだ3人の子供を船で引き連れている。最初の呑気な指導動機が歌に表れる。戦争レクイエムのような合唱の伸びた増4度。ショスタコ―ヴィッチとそんなに変わらない長いモノローグ。又無名の間奏曲。船を沈めて自殺するように歌わないでよくわかるように舞台照明で船長に喋らせる。死んだ子供はエレンを迎え誘導する。何時もと変わらぬ宴会は続いている。37分27秒。

カーテンコールではクーラが後の裏方まで舞台に出した。
PETER GRIMES
Premiere
07 Mai
18:00 H

10 Mai
19:30 H

13 Mai
19:30 H

26 Mai
19:30 H

11 Jun
18:00 H

22 Jun
19:30 H

30 Jun
19:30 H

08 Jul
19:30 H
Letzte Aufführung
15 Jul
19:30 H
Opernhaus
Benjamin Britten
Oper in drei Akten und einem Prolog
Libretto nach George Crabbe von Montagu Slater
in englischer Sprache mit deutschen Übertiteln
In Koproduktion mit der Opéra de Monte-Carlo
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Erfolglos als Chirurg und unerfüllt als anglikanischer Pfarrer, von seinen Zeitgenossen wie Jane Austen oder Lord Byron jedoch als Dichter geschätzt, spielt George Crabbe heute als literarische Größe freilich kaum mehr eine Rolle ? wenn er nicht in seinem reale Personen widerspiegelnden Gedicht THE BOROUGH eine Figur beschrieben hätte, die auf überraschende Weise zur Unsterblichkeit fand: Letter XXII dieses Gedichts trägt den Titel PETER GRIMES, und es ist dieser Abschnitt aus der poetischen Chronik des Städtchens Aldeburgh, der Benjamin Britten und seinen Librettisten Montagu Slater zu einem der raren, aber tatsächlichen Welterfolge der Oper des 20. Jahrhunderts inspirierte. Mindestens 38 Neuinszenierungen allein in den zurückliegenden drei Jahren seit Brittens 100. Geburtstag verzeichnen die einschlägigen Seiten des Internets, hinzu kommen noch jene, die an den großen Repertoirehäusern eine noch längere Laufzeit haben. Zahlen sind zuweilen von beredter Ausdruckskraft!
Seit der Uraufführung am 7. Juni 1945 im Sadler’s Wells Theatre in London ist Brittens erfolgreichste Oper unumstrittener Bestandteil internationaler Spielpläne. Die Geschichte um einen Außenseiter, der ? durchaus durch eigenes Verschulden wie z. B. übertriebenen beruflichen Ehrgeiz als Fischer und Rücksichtslosigkeit ? von einer feindseligen Dorfgemeinschaft in den Tod getrieben wird, hat wegen ihrer unverminderten Gültigkeit bis heute nicht an Unmittelbarkeit verloren.
José Cura, der in den zurückliegenden Jahren bereits in einigen Vorstellungen der Oper Bonn (als Cavaradossi in TOSCA und als Calaf in TURANDOT) zu erleben war, gibt mit der Produktion nicht nur sein Debut in einer Traumpartie, sondern wird auch selbst im eigenen Bühnenbild inszenieren.
Weitere Informationen:
- "In allen Aspekten der Arbeit": Interview mit José Cura über die Arbeit am THEATER BONN

Weitere Veranstaltungen:
Einführungsgespräch
OPERNFOYER | So, 23. APR 2017, 11h
Besetzung
Peter Grimes - José Cura [P] / Johannes Mertes [11.6., 22.6., 30.6.]
Ellen Orford - Yannick-Muriel Noah?[P] / Johanni van Oostrum [13.5., 26.5.]
Balstrode - Mark Morouse
Auntie - Ceri Williams
1. Nichte - Marie Heeschen
2. Nichte -??Rosemarie Weissgerber* [P] /?Panagiota Sofroniadou?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Bob Boles - Christian Georg
Swallow -?Leonard Bernad
Mrs. Sedley - Anjara I. Bartz [P] / Susanne Blattert?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Pastor Adams -?David Fischer?[P] / Jonghoon You [10.5., 26.5., 8.7., 15.7.]
Ned Keene -?Fabio Lesuisse* [P] / Ivan Krutikov?[26.5., 11.6., 8.7.]
Dr. Crabbe - Goswin Spieß [P] / Jan Löcher [10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Hobson - Daniel Pannermayr
Fischersfrau -?Asta Zubaite?[P] / Marianne Freiburg?[10.5., 13.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Fischersmann - Nicholas Probst
Ein Anwalt - ?Georg Zingerle [P] / Dong-Wook Lee?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
John (Der Lehrling) - Jaydon Morouse [P] / Moritz Hamelmann / Clemens Risse
William - Clemens Risse / Mika Wagner
Chor / Extrachor des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Jacques Lacombe
Inszenierung und Ausstattung: José Cura
Licht: Thomas Roscher
Choreinstudierung: Marco Medved
Regieassistenz und Co-Ausstattung: Silvia Collazuol
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Christian Raschke
Bühnenbildsassistenz:?Ansgar Baradoy
Musikalische Assistenz:?Stephan Zilias
Inspizienz:?Karsten Sandleben
*gefördert von den Opernfreunden Bonn
Aufführungsdauer ca. 2 Stunden. 45 Minuten; eine Pause nach dem ersten Akt.

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [51]
  • 306. 「烙印された者たち」Franz Schreker (2度目)7月12日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 7月14日(金)04時51分13秒
  • 返信
 
今まで見たオペラ・ケルンのうちでもう一度見るとしたらこれに限るということで最後のチャンスで言ってみた。ミュンヘンオペラ祭でも今年はこの曲がプレミエである。

途中雨が降って来たので駅にゴミ箱の上にカバンを置いて雨傘を取り出した。時間があるのでデパートにCD見に行ったらさっきまであったオペラのチケットがない。まさかこんなのシュレッカーのオペラ見たくて盗む人もいないのにと最期に見たのは電車の中だが、今日は「オペラの日」なので全席15ユーロ均一で前売りで安いので買い直そうかと思ったが、売り切れたらアウトだし、冷静にどこでカバンを開けたか思い出してみて、図書館で現代音楽のコラール前奏曲の楽譜だけを買って、ケルン・ドイツまで戻ってみた。落ちたとしたらゴミ箱しかない。どこでカバンを上げたか覚えていた。分別してあるので他は汚いので紙くず箱の上。でも中深部まで恥かしくも浮浪者のごとく手で探ったがやはりない。ここでなければホームしかないがありえないので、最後に勇気を振り絞って底まで手で探ったらやっとあった!これで入場のみならずそれに付いている帰りの電車代まで助かった。ただしこの騒動で中国食料品店に豆腐とモヤシを買いに行く時間は無くなった。

今回は40分前に解説するとちゃんと予告してあったので早めに入って出てきたのだが、例の口が上手く原稿なしのシェフ・ドラマトゥローグではなくて原稿読みのおばさん。一通りの代表作:「遠い音」とか「宝探し」、「炎」。「狂える焔」はクレンペラーの指揮でケルンで初演されてナチに邪魔されて56歳で死んだユダヤ人作曲家の事。戦前は大成功した作曲家だが戦後は顧みられず発掘・復活上演されたのが70年代。ケルンもこの曲は1979年が最後だった。

このオペラの特徴は20人もの配役。歌わない役も含めてやはり20人を超すR・シュトラウスの「ばらの騎士」に匹敵する。台本は自分で書いたらしいが、それでもディヒテュンク「詩」らしい。場所と時代は16世紀のジェノヴァ、ルネッサンスだがここの演出はヒッチコックの映画のように現代に持ってくる。音楽だけ改定は絶対に許されない。

音楽は発音的でベルカントらしく、R・シュトラウス、プッチーニ、ドビッシーの影響があるらしいが後者の2人の作曲家は余り、または全然感じない。印象主義に特徴な平衡5度等の連続も無いのだ。すべてはポリフォニー的に繋がっているドイツ音楽。前奏曲以外有名なアリアもない。

No.161の2013年と比べて指揮者がステンツからショルテスに代わり会場も変り舞台装置と4管編成の管弦楽の位置も変った。演技が前でオケが後ろになった。歌が良く聴こえる反面オケのクライマックスが良く聴こえないという欠点がある。昨日に続いて今日もギュルツニッヒ・オケと付き合う。プラデリウムよりも装置が少なくなっているような気がするが余った廃車などの大道具は重ねて舞台の外に出して展示している。

この曲の作品の地位としては「リング」や「ヴォツェック」みたいな革命オペラではないが、少なくとも「フィデリオ」や「魔弾の射手」などの価値にはとどまるであろうと思っている。

対斜的な和音の伴奏形の繰り返しを印象主義と見るのであろうが、そこに他の声部が対位法的に割り込んでくる。様式としてはマーラーの第7交響曲や「大地の歌」などの透き通った暗い夜の寒い風景である。勿論この様式はツェムリンスキーにも近いスタイル。ハウシルトのように不器用だが同じハンガリー人のショルティ―のように派手に動いて飛び上がる。ここの「ベンヴェヌート・チェルリーニ」のようにしょっちゅうバレエが割り込んでくる。あくまでもドイツオペラなのでメノッティのようなベルカントは感じない蛾」音楽は物まねのそれよりも優れている。46分32秒で休みなしに次の幕。

ハンス・ザックスのような声。印象性は暗くプロコフィエフやスクリヤービンに近い。45分18秒で休憩。

出番の多いバレエ。配役が入り組んで多いのはR・ワーグナーの楽劇とは反対の方向だがただし17人の「マイスタージンガー」は除く。コーラスをもコレオグラフィーして全員セックスのシーン。3幕は合唱が大量に出る。黒人のドイツ警察は頼もしい。最期は殺して終わり。第三幕は67分05秒で前回は通算2時間50分かかったような気がする。解説では3時間。テンポが速かったのか?

Die Gezeichneten
Oper in drei Akten
Libretto nach ?Hidalla? von Frank Wedekind
mit Kurzeinführung
Mi / Jul 12  Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 2 / 19:00 ? 22:15 / Begleitveranstaltung
Die Kurzeinführung zu Franz Schrekers ?Die Gezeichneten? beginnt um 18:20 Uhr.
Inhalt
Der genuesische Edelmann Alviano macht sich aufgrund seiner Hässlichkeit keine Hoffnung auf Liebe. Carlotta, die künstlerisch ambitionierte Tochter des Bürgermeisters von Genua, fühlt sich von ihm angezogen und möchte seine ?schöne Seele? malen. Alviano versteht dieses Interesse an seiner Person falsch und wähnt … sich ernsthaft geliebt. Als Carlotta dem moralisch haltlosen Verführer Tamare verfällt und an dieser Beziehung zugrunde geht, tötet Alviano den Rivalen und wird wahnsinnig.Franz Schrekers in der Zeit der Renaissance spielende, 1918 in Frankfurt uraufgeführte Oper ?Die Gezeichneten? ist musikalisch dem Expressionismus verpflichtet. Im Zentrum des Geschehens, in dem auf fesselnd bildhafte Weise der Themenkomplex ?Liebe und Kunst? reflektiert wird, steht mit dem missgestalteten Außenseiter Alviano ein sogenannter ?Gezeichneter?.
Inszenierung
Das digitale Programmheft zu ?Die Gezeichneten? finden Sie hier.
Die Kölner Erstaufführung der ?Gezeichneten? fand im Jahr 1920 statt, gefolgt von Aufführungen weiterer Opern des Komponisten Franz Schreker, der mit seinen tiefenpsychologisch angelegten und emotional aufwühlenden Musikdramen in dieser Zeit zu den … meistbeachteten Komponisten auf deutschen Opernbühnen zählte. Von den Nationalsozialisten mit Aufführungsverbot belegt, geriet sein Werk über mehrere Jahrzehnte in Vergessenheit, bevor in den vergangenen Jahren eine Wiederentdeckung seiner opulenten musiktheatralischen Schätze einsetzte.
Patrick Kinmonth, der an der Oper Köln gemeinsam mit Robert Carsen Richard Wagners ?Der Ring des Nibelungen? realisierte und hier in der Folge mit ?Madama Butterfly? und ?Solaris? eigene Arbeiten ablegte, zeichnet für die Inszenierung verantwortlich, die im April 2013 Premiere an der Oper Köln feierte. Freuen Sie sich auf eine erlesene Besetzung, u. a. mit Gast-Stars wie Anna Gabler, Marco Jentzsch, Bo Skovhus und Oliver Zwarg. Am Pult des Gürzenich-Orchesters steht Maestro Stefan Soltesz.
Besetzung
Musikalische Leitung Stefan Soltesz / Inszenierung, Bühne & Kostüme Patrick Kinmonth / Co-Kostüme & Co-Bühne Darko Petrovic / Licht Andreas Grüter / Dramaturgie Georg Kehren / Chorleitung Andrew Ollivant / Choreografische Mitarbeit Athol Farmer /
Herzog Antoniotto Adorno
Oliver Zwarg
Graf Vitelozzo Tamare
Bo Skovhus
Lodovico Nardi, Podestà
Bjarni Thor Kristinsson
Carlotta Nardi, seine Tochter
Anna Gabler
Alviano Salvago, genuesischer Edelmann
Marco Jentzsch
Guidobaldo Usodimare, Edler
Martin Koch
Menaldo Negroni, Edler
John Heuzenroeder
Michelotto Cibo, Edler
Insik Choi
Gonsalvo Fieschi, Edler
Miljenko Turk
Julian Pinelli, Edler
Lucas Singer
Paolo Calvi, Edler
Matthias Hoffmann
Der Capitaneo di giustizia
Oliver Zwarg
Ginevra Scotti
María Isabel Segarra
Martuccia, Haushälterin
Adriana Bastidas Gamboa
Pietro, ein Bravo
Michael Pflumm / Ralf Rachbauer
Ein Jüngling
Young Woo Kim
Ein Mädchen
Maria Kublashvili
1. Senator / 1. Bürger
Alexander Fedin
2. Senator / 2. Bürger / riesiger Bürger
Martin Kronthaler
3. Senator / 3. Bürger
Julian Schulzki
Vater
Miljenko Turk
Mutter
Astrid Schubert
Kind (Junge)
Solist des Kölner Domchores
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [50]
  • 305. GO ブルックナー、ラッヘンマン、7月11日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 7月12日(水)17時54分20秒
  • 返信
 
なんでスイス人の司会のパトリック・ハーンは数年前にまだ大人にもなってない美少年だったのに最近いきなり太ってあんなに髪が無くなった嫌らしいおっさんにしまったのか?年間のギュツニッヒ・オケのプログラムは彼と常任のロートで組んでいるらしい。今日のコンサートもネットでただで見て聴けるらしい。

まずラッヘンマンとブルックナーの音楽を組み合わせた理由をロートに聞く。この作品にはほぼ100年の開きがあるらしい。ロートの父はオルガニスとで長いブルックナーは嫌いらしい。これは「津波」だとか変な形容が入る。音楽家はいい加減な矛盾の答弁をしても証人喚問にかけられることはまず無い治外法権職。ただその作品に付いて嘘でもいいから何かいっぱい言うだけでみんな聴く気になるものだ。まあ―、8番はブルックナー様式の完成した作品だろう。

指揮者はブーレーズの様にフランス人らしくハーモニーばっかりに注目しているらしい。勿論それはあるがブルックナーで大切なのはゼクエンツなどの「連結」である。第一楽章の提示部の終わりを聴く、何と遅い!スーパー・オーケストラだとか言ってそこのホルンとワーグナーチューバとコントラバスチューバの音色の違いを聴き分けさせる。やはりギュンター・ヴァントの意識はあるが、彼のようにはどうしてもできないで、自分はどう料理するかだけだと白状する。

彼の過去のプログラムのブルックナーの4番もシェーンベルクやブーレーズと組み合わせた。来シーズンもリゲティと組み合わせるらしい。それを「電気ショック」と言わせる。今回のラッヘンマンも自分でもシュトットガルトを除いてもケルン放送響の1回限りの現代音楽に続いて2回目で完全にクラシック音楽のレパ-トリーに定着してしまった。今回は定期なので日・月・火と3回同じのやる。今後はベートーヴェンの生誕250周年に向けて同じことやるという。とにかくこの「タブロー」を聴いたことある人に手を上げさせる。やはり聴衆が違うので2・3人しかいない。とにかく前回のWDRの音源を流してみる。後は何時もの作曲者の言葉、「新しい美学」、「伝統への躊躇」、フランス語の「ムジーク・コンクレート・アンストルメンタル」。

1890年作曲改定のブルックナーは1楽章の最後の「死の時」を録音で聴く。音楽が徐々に静かに死んでいく。フィナーレのエンディングはヴァントの録音。第一楽章のテーマを強調する。

最期にこの演奏もタダで映像付きで実況生中継するのでみんなで携帯電話で家族や友達に知らせて見るように言う。有料のBPやメトにかなわないので全部無料にしたらしい。最近はウィーン国立歌劇場もそうなったらしい。何でも秘密が好きな日本の演奏部門はどんどん置いて行かれる。そんなの隠すの誰も聞かない!!!!

ラッヘンマンはあの「マッチ売りの少女」の初演の際に作られたもので、オペラの前奏曲みたいな機能を持っていて、4管編成でコンバスやホルンが8でも第一ヴァイオリンはピットに合わせて12だけ。打楽器も多いが5人だけ。後の席から聴くと特殊奏法だらけでも意外と大きな音がする。

開始3分半で突然指揮をやめる。音が間違ったのかなと思いきや、さっき1時間前に解説に来なかった聴衆のためにオケを使ったゲシュプレッヒ・コンツェルトが始まる。弦を解剖して第一ヴァイオリンの長三和音や第二ヴァイオリンの短三和音を見せてくれる。この時代はもう自由に書かれていてクラスターでさえもオクターヴを含むようになったと自分で言っている。やはりフランス人だとドビッシーのような連結しないまたは弱いハーモニーにこだわっている。多くのドイツ音楽は実際には連結している。更にその両者のヴァイオリンが同時でトリルでスル・ポンテチェロで単純な正体を完全に隠されるテクニックを披露する。その他には駒の上の奏法も説明。ノーノから来た空間シンバル。自分で勝ってに感動してフランス語でAlor!!!!!その後各楽器奏者を回って不快かどうだかインタビュー。現代音楽の都市のオケらしく違和感なく文句なくやり慣れていてそういうものだと肯定的な意見が続出。ブルックナー80分の中全部の内容がラッヘンマンに詰め込まれていて最後に全曲。10分25秒。通算30分で休憩で打楽器やピアノを片付け弦を16型に増強する。

ブルックナーはラッヘンマンのハープ1に対して3台入れるというサービスぶり。りまあ―、出番が少ないので退屈そうではあった。普通の16型でシンバルとトライアングルは暗譜。これだと自分も暗部で7番と同じくシンバルやトライアングルができる。

テンポはかなり遅く出るが徐々に速くなる。80分かからないかもしれない。ギュンター・ヴァントをみんなで思い出してるような演奏。15分30秒。

チェロのマーチのようなアーティキュレーション。やはりハープが3台でも響かない。しかし今日のチェロは勢いが良い。15分00秒かかって、ここでもう一度音全部合わせ。

アダージョの木管の経過句をクライマックスのように演奏してる。遅いようで意外と速い24分37秒。

何処でも12型でリングやるオケなので16型あるとさすがにトランペットの低音のファンファーレは聴こえなくなるすごい勢い。意外と楽想の転換にツェーズアやヴオータを入れている。やはり速く22分56秒。



11.07.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Gürzenich-Orchester Köln, F.-X. Roth: Bruckner, Lachenmann
Kölner Philharmonie

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Helmut Lachenmann
Tableau (1988/89)
für Orchester

Pause

Anton Bruckner
Sinfonie Nr. 8 c-Moll WAB 108 (1890)

Pause gegen 20:20 | Ende gegen 22:00

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [49]
  • 204. ボンの「トスカ」、7月6日 TOSCA

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 7月 7日(金)18時37分14秒
  • 返信
 
これで「トスカ」はケルン周辺の3つの街のオペラハウス全部見たことになる。特にケルンは会場を替えて2回。今回は最後のオペラ・ボンの公演。ケルンはシュレッカーの決して忘れられない「烙印された者たち」を来週もう一回見る予定。

今回は若い中学生か高校生が多い。多分学校ぐるみで貸切って来ているのであろう。余った席だけを一般に販売しているのでそんなに良い席は残っていない。

今回も木管楽器群が指揮者の前で頼もしい。変な音色的な偏りの不満がなくなる。5分遅れで開始。幕が開くと自転車で電話をかけてる味気のない背広を着たモダン演出?壁はそれでもあのローマのボロボロなので舞台上の雰囲気は出ている。指揮者は余りこの曲を知らないようだ。楽器とテンポのバランスがおかしい。変なところで立ち止まったりする。音自体には余りローマの匂いはしない。パリの匂いとは全然違うのである。特にミスするわけではないが板に付かない演奏。黒人のトスカはタバコ吸ってカヴァラドッシに水をかける悪女。かなり弦が薄く多分12、10、8、6、4.イタリアの愛の情熱が入らない。20分経過した時点でオペラが止まる、いや止める。コンピューターの故障で次の幕が開かないトラブルらしい。昔ウィーンの「ジークフリート」第三幕にもあったが、こういう問題は現代的らしい。5分待って再開。合唱が良く揃っている。演出家が余り動かさないで何時も舞台の前で歌わせせいであろう。やっと少しずつ音楽が燃えて来た。スカルピアは韓国人の代役か?歌良し、演技良し、しかし黒人のように有色人種。テ・デウムは交通事故で死亡者が運搬される状況を報道陣と警察が囲んでいる。結局第一幕は3ビルダーであった。43分53秒で休み。

第2幕で第4ビルトは拷問をバケツの水に頭を突っ込む。この韓国人バリトンは小さくないので遠くから見ると意外と様になる。ナポレオン戦争で買ったの負けたのを電話連絡で決める。トスカはスカルピアの首絞めて殺す。休みなしに第三幕。40分10秒。

第5ビルトで4本のホルンのユニゾンは乱暴に不純物を含んでいる。ここの専属合唱団の息子であろう子供の声のヴィブラートも付けるレベルの高さは昔何度も見たウィ―ン少年合唱をしのぐ。カバラドッシを処刑の前に散々殴り蹴飛ばす。しかしこのテノールは無名でも世界最高水準。今日の歌手の順位としてはカヴァラドッシ、スカルピア、トスカの順であろう。やっと音楽が板に乗って来るが完璧とは言えない。和音の美しいバランスがあくまでもドイツのオケが勘違いしてポリフォニー的に処理してしまう。カヴァラドッシは死ぬ前にタバコを吸わせる。銃撃隊が来なくて漫才トリオがもたれ合いでふざけてる間に冗談でテノールを撃ってしまう。トスカも飛び降りないで銃を奪って自殺してしまう。25分53秒。
Wiederaufnahme
25 Mai
18:00 H

04 Jun
18:00 H

15 Jun
18:00 H
Letzte Aufführung
06 Jul
19:30 H
Opernhaus
Melodramma in drei Akten
von Giacomo Puccini
Libretto von Giuseppe Giacosa und Luigi Illica
nach dem Drama von Victorien Sardou
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln?
In seinem 2010 erschienenen Buch Zwei ungleiche Rivalen ruft der Schriftsteller Helmut Krausser anschaulich in Erinnerung, wie durch List und Winkelzüge des Verlegers Giulio Ricordi ein bis heute ununterbrochen anhaltender Welterfolg der Opernliteratur entstehen konnte. Das bereits vollendete Libretto war für einen anderen [und eigentlich zu der Zeit noch erfolgreicheren] Komponisten der Casa Ricordi geschrieben worden: Alberto Franchetti, der mit ASRAEL und CRISTOFORO COLOMBO in Folge zwei Opern herausbrachte, die ihn sogleich mit an die Spitze der jüngeren Komponistengeneration nach Verdi katapultiert hatten.
Und doch spürte der Verleger instinktiv in Giacomo Puccini den längerfristig mehr Versprechenden. Und tatsächlich fügt sich der nur auf den ersten Blick reißerische Stoff nahtlos in die Folge seiner Opern ein, die fast ausnahmslos dem Erfolgsrezept des französischen Dramatikers Victorien Sardou [und angeblich auch Gustave Flauberts] zu folgen scheinen: ≫Quäle deine Heldinnen!≪ Darüber gerät aber gern aus dem Blick, dass TOSCA sozusagen den Inbegriff eines Politthrillers darstellt, der nicht nur auf dem Hintergrund des Konflikts zwischen römischen Republikanern und neapolitanischen Royalisten gesehen werden muss.
Rom, 1800. Bis auf ihre gelegentlichen Eifersuchtsanfälle führt die berühmte Sängerin Floria Tosca eine glückliche Beziehung mit dem Maler Mario Cavaradossi. An dem Tag, als Mario einem Staatsfeind zur Flucht verhilft, ändert sich jedoch das Leben des Liebespaars von Grund auf. Tosca gerät ins Visier des mächtigen Polizeichefs Scarpia. Dieser lässt Cavaradossi gefangen nehmen, und Tosca wird unversehens zum Spielball. Für eine Liebesnacht mit ihm, Scarpia, verspricht er ihr, den Geliebten laufen zu lassen. Mit Recht misstraut Tosca diesem Erpressungsversuch und sieht keinen anderen Ausweg, als ein Verbrechen zu begehen.
Besetzung
Floria Tosca, Opernsängerin -?Yannick-Muriel Noah?[WA] / Izabella Matual [4.6.]
Mario Cavaradossi, Maler -?George Oniani?[WA]
Baron Scarpia, Polizeichef -?Mark Morouse
Cesare Angelotti, politischer Gefangener -?Leonard Bernad
Der Mesner - Martin Tzonev
Spoletta, Agent der Polizei - Martin Koch [WA] / Cornel Frey [6.7.]
Sciarrone, Gendarm - Fabio Lesuisse?
Ein Schließer -??Egbert Herold [WA] /?Hartmut Nasdala?[4.6., 15.6.]
Ein Hirt -?Scarlett Pulwey [WA] / Emily Mrosek [4.6.] / Merle Claus [15.6.]?
Chor des Theater Bonn
Kinder- und Jugendchor des Theater Bonn
Statisterie des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
[WA] = Bitte beachten Sie, dass die mit [WA] gekennzeichneten Künstler grundsätzlich an allen Aufführungen beteiligt sind. Alternativbesetzungen werden explizit mit Datum genannt.
Musikalische Leitung: Jacques Lacombe
Inszenierung:?Philipp Kochheim
Szenische Leitung der Wiederaufnahme: Barbara Schröder
Licht: Thomas Roscher
Kostüme: Gabriele Jaenecke
Bühnenbild: Thomas Gruber
Choreinstudierung: Marco Medved
Einstudierung Kinderchor:?Ekaterina Klewitz
Abendspielleitung:?Christian Raschke
Bühnenbildsassistenz:?Ansgar Baradoy
Kostümassistenz:?Dieter Hauber
Inspizienz:?Karsten Sandleben
Sprachcoach:?Maria Teresa Picasso-Menck
Länge: 2:30 Stunden, plus Pause

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [48]
  • 303.デュッセルドルフの「ラインの黄金」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 6月30日(金)20時23分1秒
  • 返信
 
Richard Wagner Das Rheingold 29. Juni 2017

まずフィルハーモニー・ランチから。BPのキリルではなくて、英国で人気を博しているヴァジリーの方。何で人気を博するのがわかった、棒はサラステの様な変な持方でそんなに上手くないが、オケの立ても横の線もきちんと合う。ラフマニノフの交響的舞曲は全部やった。35分。しかし弦がドイツ風に厚め。3管のサックスとハープ、打楽器7名のフル編成。この曲は誰でも最近よくやる。昔ウィーンで聴いたフェドセーエフのレニングラードは「怒りの日」の後に最後に「カルミナ・ブラーナ」のようにデジャ・ヴが付いていて45分かけて今でも重くて忘れられない。
29.06.2017 Donnerstag 12:30 Uhr
Vergangene Veranstaltung
WDR Sinfonieorchester Köln, V. Petrenko:
Kölner Philharmonie

WDR Sinfonieorchester Köln
Vasily Petrenko Dirigent

30 Minuten einer Probe erleben: Eine halbe Stunde vom Alltag abschalten, die Mittagspause oder den Stadtbummel unterbrechen und das tägliche Einerlei vergessen.

PhilharmonieLunch wird von der KölnMusik gemeinsam mit dem WDR Sinfonieorchester Köln und dem Gürzenich-Orchester Köln ermöglicht.

PhilharmonieLunch ist für den Besuch mit Babys und Kleinstkindern nicht geeignet. Wir behalten uns vor, bei diesen Veranstaltungen Kinder erst ab dem Kindergartenalter (3 Jahre) in den Saal einzulassen.

Bitte nutzen Sie stattdessen die zahlreichen Musikangebote für Familien mit Babys und kleinen Kindern unserer Reihe PhilharmonieVeedel.

今回の30分前のドラマトゥロギ―のおばちゃんの解説には間に合った。1848年に最初の草稿や粗筋等一般的なことしか言わない。面白いのは2013年のワーグナー生誕2013年には全ドイツで合計12本の「リング」のプロダクションがかかったらしい。今や何処でもオペラハウスの目玉商品である。イギリスやアメリカ人のワグネリアン入って調満杯の売り切れ。

最近シュトックハウゼンの他にカール・オルフがオペラのチクルスで作曲しているのを再発見した。おなじみの「カルミナ」から始まって「時の終わりの劇」までである。最初は3部作2回、後期は4部作2回、合計14曲となっている。残らないのはその幼稚の繰り返しの多用。文字のよって演出は見ればすぐわかるのであんまり言わない。シュリンゲンジーフを思い出すが、ルール・トリエンナーレ、資本主義、終末思想、バライティー舞台、城、コラージェ、隣の向かい側の美術館のマックス・エルンストの霊感などそんなに新しくない言葉が出て来る。

本番の音楽が鳴る前にローゲが出て来て訳の分からないことを言う。FMラジオでも先週言ったが12型らしい。ハープは2、木管はそれでも4管編成でやるらしい。4分半かかるEbの和音の連続はラモンテ・ヤングの硬直した動かない音楽を思い出させる。

今日の上演は最初から声が出ていて音程も合っている。ライン側は近くにあるのに出てこない室内だけの装置。アルベリッヒがHでラインの乙女たちを誘惑。乙女たちも娼婦の様に誘惑。チューバは両サイドにしょっちゅう移動。ボンのように奥行に金管があるピットにすれば移動しなくて良くなると思うが、今日の金管もよく合っている。これだけの水準は何時でも欲しい。ヴォータンが最初良く聴こえないと思ったら車椅子で痛々しく布をかぶって出て来る。巨人じゃなくてアラビア風ヤクザの借金の取り立てに見える。舞台の床が山形に板を張った形になっている。今日の金管は暴れても声がきちんと大聴こえるのが楽しい。

地下はテーブルの下に潜り込む。多分普段プロンプターに使っているのだろう?すさまじい地獄の光景。金床は録音みたいだ。大蛇じゃなくて石が天井から降って来るだけのつまんない舞台。ドンナーが頼りない声、経験がないのか?ハンマーで椅子を壊す。リーゼは金塊をなかなか持って行かないで弁当を食べている。弟の殺し方も何も出てこないでつまんないし良く見えない。この速い短いテンポ設定がバイロイトのK・ペトレンコやヤノフスキ―に影響を受けたのであろう。最後のメロディーはトロンボーンにも吹かせれてよく聴こえさせるJ・レヴァイン方式。2時間24分53秒。午後10時にハウスを出たらいまだにライン川沿いに夕方が続いて明るかった。

Aus den Tiefen des Es-Dur-Dreiklanges entsteht zu Beginn des ?Rheingolds“ die Welt der gesamten ?Ring“-Tetralogie. Doch die hier evozierte heile Ur-Natur hat bereits Brüche, bevor die Rheintöchter Alberich verhöhnen, dieser die Liebe verflucht und alle Konflikte um den Ring ins Rollen kommen. Göttervater Wotan, der einst sein Auge für die Weisheit opferte und seine Weltordnung in den aus der Weltesche geschnitzten Speer geritzt hatte, muss gegen die eigenen Gesetzmäßigkeiten verstoßen, um den mit den Riesen geschlossenen Vertrag einhalten zu können. Richard Wagner (1813?1883) erkannte ganz klar: ?Alberich und sein Ring konnten den Göttern nichts schaden, wenn diese nicht bereits empfänglich für das Unheil waren.“ Niemand interessiert sich für die Rheintöchter, die das Gold bewachen, und während Alberich das Rheingold raubt und die Welt damit auch materiell ins Wanken gerät, geben sich diejenigen, die die Verantwortung tragen, ihrem Wohlstand hin. Wotan ist der Gedanke an die Rheintöchter und diesen ?Störfall“ lästig, er lässt sie von Loge verhöhnen und zieht mit seinem Tross in das scheinbar ewige Walhall ein. ?Ihrem Ende nun eilen sie zu / die so stark im Bestehen sich wähnen“, resümiert Loge, wohlwissend, dass in der Welt, deren natürliche Ordnung nicht zuletzt durch Wotans eigenen Umgang mit Verträgen zu zerfallen droht, bereits das Ende aufdämmert, vor dem Urmutter Erda bereits warnte.

Die Neuinszenierung des ?Ring des Nibelungen“ ist die vierte Produktion von Wagners Opus magnum an der Deutschen Oper am Rhein, die auf eine große Wagnertradition zurückblicken kann und nach wie vor über ein ausgezeichnetes Ensemble für die Interpretation von Wagners Gesamtkunstwerk verfügt. Seit 2009 steht mit Axel Kober ein Generalmusikdirektor an der musikalischen Spitze des Hauses, der eine Vorliebe für das Werk Richard Wagners hat. Große Erwartungen richten sich auch auf die szenische Umsetzung, für die der seit über 30 Jahren im Schauspiel und in der Oper außerordentlich erfolgreiche Regisseur Dietrich W. Hilsdorf gewonnen werden konnte, der sich mit seinem Bühnenbildner Dieter Richter und Kostümbildnerin Renate Schmitzer nun erstmals der Herausforderung stellt, den gesamten ?Ring“ zu inszenieren.
Vorabend des Bühnenfestspiels ?Der Ring des Nibelungen“
Text vom Komponisten
In deutscher Sprache mit Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, keine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Mehr Weniger
Vorabend des Bühnenfestspiels ?Der Ring des Nibelungen“
Text vom Komponisten
In deutscher Sprache mit Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, keine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Besetzung Weniger
Musikalische Leitung
Axel Kober
Inszenierung
Dietrich W. Hilsdorf
Bühne
Dieter Richter
Kostüme
Renate Schmitzer
Licht
Volker Weinhart
Dramaturgie
Bernhard F. Loges
Wotan
Simon Neal
Donner
Torben Jürgens
Froh
Ovidiu Purcel
Loge
Norbert Ernst
Fricka
Renée Morloc
Freia
Sylvia Hamvasi
Erda
Susan Maclean
Alberich
Michael Kraus
Mime
Cornel Frey
Fasolt
Bogdan Talos
Fafner
Thorsten Grümbel
Woglinde
Anke Krabbe
Wellgunde
Maria Kataeva
Floßhilde
Ramona Zaharia
Orchester
Düsseldorfer Symphoniker

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [47]
  • 302. GO チャイコの4番、6月20日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 6月21日(水)20時41分8秒
  • 返信
 
まずは1時間前の解説から。音例から始める。プロコフィエフのヘブライの主題による序曲。これはその室内楽版が良くラジオで流されるがオケ版があったのが今回のちょっとした発見。シカゴの委嘱オペラの「3つのオレンジへの恋」が指揮者の死で中止になり代わりにユダヤ協会から委嘱があった曲でヘブライのメロディーを使うように強要されるが本人は嫌がって自作にユダヤ風メロディーにすり替え。

次はエルネスト・ブロッホでありふれた「シェロモ」のユダヤ音楽が続く。ダヴィデの子の「ソロモン」であるが正妻が700人、複妻が300人いて合計1000人の妻たちに囲まれていたと会場を沸かせる。その当時の楽器の原始的なシューファーの音を聴かせる。

最期にチャイコの4番は今更言うまでもない。1877年はチャイコ?の自殺未遂の年。生まれながらのホモである運命の人生。ファンファーレを聴く。続いて第一主題はシベリウスの先駆者の「悲しきワルツ」。何時も下降形のゼクエンツが特徴的で鬱病に悩まされた結果できた音楽。これだけで30分の説明が過ぎてパトリック・ハーンが時間だからやめろと言っている。しかしたくさん用意してきたらしく、次に第二主題と小結尾。展開部は劇的な戦い。結局第一楽章までで終わって40分かかった。

実際のプロコフィエフの演奏はどこでもあるユダヤ音楽のマンネリ化。やっぱりオーケストラ版はあるらしい。フルートとコントラバスを数オクターブで重ねるなどやっぱりプロコフィエフそのもの。普通の古典的2管編成にピアノと太鼓が付く。ティンパニなし。指揮はチェリビダッケから影響を受けたバレンボイムのコピー。約6分。

次のブロッホもマンネリ化してる。第三トランペットの引退した爺さんが出て来る。エキストラを使わない工夫である。3管14型、ハープ2、チェレスタのスイス音楽のユダヤ音楽はロシア人がロシア音楽、フランス人がフランス音楽するように当たり前臭くてちっとも新鮮味がない。それでもフルートとトランペットの低音ユニゾンは管弦楽法上少し面白い。E・インバルのような死に物狂いの指揮。約21分。アンコールはサン・サーンスの「白鳥」。

隣のお姉ちゃんがロシア語で煩い。前回の男の英語のイギリス人の2人組は今回も常連らしい。こんなに頻繁に来られるのは平均20ユーロと言うチケットの安さであろう。これで3晩やるので2000X3で毎回6000人の聴衆の需要があることになる。事実ほぼ埋まっている。

ホルンは指揮が力み過ぎて精度が落ちる。トランペットは成功だが弱い。余り弦の固さは抜けない。TVカメラは今回も入っているがWDRではなくてメトやBPのようにネット配信の為らしい。18分14秒。

多分ドイツオーボエ、柔軟性がない。煩く固く出る。チェロは何と印象がない事か?ヴィオラのほうが今回は優秀。9分38秒。

トリオもやはり遅め。木管楽器のロマンさはユダヤ的に流れが悪くなってゴロゴロしてる。トランペットが幾分消極的。スコア見てるとあまり気が付かないが、日本人のピッコロはこの楽章から入るのが確認。指揮を止めるとリズムとテンポの精度が落ちる。5分55秒。

やかましいのは良いが、その後のロシア民謡は消極的であまり聴こえない。コーダのトロンボーン+チューバとたった2本のトランペットの対等の強弱バランスはどうしても必要。弦はもっと合わないと!8分44秒。



20.06.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
N. Altstaedt, Gürzenich-Orchester Köln, L. Shani: Bloch, Prokofjew, Tschaikowsky
Kölner Philharmonie

Nicolas Altstaedt Violoncello

Gürzenich-Orchester Köln
Lahav Shani Dirigent

Sergej Prokofjew
Ouvertüre über hebräische Themen c-Moll op. 34b (1919)
für Klarinette, zwei Violinen, Viola, Violoncello und Klavier. Fassung für kleines Orchester (1934)

Ernest Bloch
Schelomo (1916)
Hebräische Rhapsodie für Violoncello und Orchester

Pause

Peter Iljitsch Tschaikowsky
Sinfonie Nr. 4 f-Moll op. 36 ČS 24 (1876/77)

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:50

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [46]
  • 死んだ!

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 6月16日(金)04時48分58秒
  • 返信
 
今ラジオで面白い事言ってる。

ニーチェ:神は死んだ!

ブーレーズ:シェーンベルクは死んだ!

ラッヘンマン:音楽は死んだ!



http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [45]
  • ジェフリー・テイト

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 6月 3日(土)03時19分13秒
  • 返信
 
バーンスタインが彼の「ばらの騎士」を見てひれ伏したというイギリスの指揮者のジェフリー・テイトがイタリアのベルガモで死去。74歳。ホモでケルンのワーグナーのリングは最強の演奏だったね。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [44]
  • 301. ヤナーチェク、ベートーヴェンGO、5月30日 ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月31日(水)19時47分19秒
  • 返信
 
何時ものように7時からレクチャー。年寄がボケ防止に毎回立ち見まで出るほど集まって来る。司会は大学出たてのような若い音楽評論家で担当に見た目に頼りないが、いやいや閊えもしないで喋るわ喋る。フィルハーモニー専属の評論家の訳が分かった。普段は新聞などに書いているので今回のコンサートに付いて批評するのは禁じられていると前置きして、まず代役のベルリン・フィルのオーボエのアルブレヒト・マイヤーを登場させる。始めアルソン・バルソムのトランペット協奏曲なのだが病気でキャンセルとか?実態は妊娠中で出産とのことだから病気ではない。

とにかく自分が最近発掘した誰も知らないハンガリーの作曲家のヒダシュ・フリジェシュのオーボエ協奏曲に付いて説明する。最初中国で演奏したらしい。どうして中国かは当時社会主義国で西側に出ずにハンガリー、ソヴィエト、中国と東回りで出回ったらしい。それを発掘してベリルンまで持って来た。そのコンサートの後でこの作曲家知っていると言うハンガリーのクラリネットの女性に会って話が繋がったらしい。ブダペストの音楽監督なので国内人には有名だったのだ。

第一楽章はマジャール語のように最初の細かいアクセントが付いて後に長い音が付くハンガリー的だと言う。それをBPに客演したハンガリー語訛りのイヴァン・フィッシャーに聞いたらしいが東フィル団員じゃなくとも木管奏者は世界中金管の次にアホを言うのでとにかく面白く聞ける。第二楽章は後期ロマン派、ショスタコーヴィッチやワーグナーを模索していると言う。第三楽章はタランテラとBPに客演したムーティが言ったそうだ!それで循環呼吸が必要だとかで簡単だと言って口から息を吐いて同時に鼻で息を吸う練習を会場の聴衆全員にやらせる。誰もできもしないでとにかく楽しめれば良いと言って去る。

ヤナーチェク、コサック隊である自分の2人の息子と自分のポーランドでの壮絶な死の物語。調性があるが印象主義のような近代音楽。各楽章のカギになる楽器。第一楽章:イングリュッシュホルンから始まるがオーボエ、第二楽章:クラリネットとポザウネ、第三楽章:ポザウネ。

ベト7、パトリオート、ナポレオンによる勝利。第一楽章の序奏はその評論家にとって序曲だとする。クライバーのバイエルン国立管弦楽団の音例。第二楽章長い2分音符と短い4分音符に繰り返しはミニマル音楽に繋がる。葬送曲はマーラーの先祖?

本番:オーボエ協奏曲は2022-2200、Hf ,Cel, ,Pk, Sch 3 ,14型。コダーイの様式である。最作曲。聴きやすい。オーボエはホリガーほど極端には吹かないが安定した音。第一楽章6分。第二楽章6分、第三楽章はタランテラよりもスペイン舞踊に様に聴こえる。8分。コダーイが作曲したら当然こうなると言う音楽。アンコールの前に何が美しいかわからないと客を笑わせる。バッハのカンタータからのシンフォニアらしい。弦は4型。

「タラス・ブールバ」16型。ロシアの指揮者なのでアインザッツが冷たくはっきりする。GOの悪い癖が直っている。ピッコロトランペットに持ち替えている。8分20秒。ロシア系はダイナミックのコントラスト度が違う。5分17秒。第一ヴァイオリンの高音も緊張・硬直しない。信用された音。クレッシェンドがロシア風に膨らむ。8分25秒。

ベト7.隣の客は英語を話す2人の男の旅行者。ケルンの観光産業が上手く行っている。ティンパニとトランペットは古い楽器を使う。ヴィブラート無し。10,10、6、6、4、でも弦のほうが音が大きい。完全にヴィブラートが無いのでトランペットと音色がマッチする。トランペットはサロネン風に劇的に良く割る。第一楽章は繰り返しなし。11分46秒。ppの降下が効果的にはっきり付く。8分35秒。第三楽章の前にオーボエがチューニング始める。何時も硬いティンパニの撥を変えないのは飽きが来る。スケルツォは第二トリオまで全部繰り返す。8分50秒。シングル手締めティンパニなので終楽章の前にFからEに締めなおすので時間がかかる。昔アバドWPの練習聴いたような耳に優しく健康的な音が欲しくなる。終楽章も全部繰り返す。やはりppに落ちるときに精密にはっきり音量を落とす。トランペットの長い音は常にクレッシェンドしてこの曲の物凄さを始終アピールする。8分50秒。予定通り10時に終わる。

菅野茂

30.05.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
A. Mayer, Gürzenich-Orchester Köln, I. Volkov: Beethoven, Hidas, Janáček
Kölner Philharmonie

Albrecht Mayer Oboe

Gürzenich-Orchester Köln
Ilan Volkov Dirigent

Frigyes Hidas
Konzert für Oboe und Orchester (1958)

Leoš Janáček
Taras Bulba JW VI/15 (1915?18)
Rhapsodie für Orchester nach einer Erzählung von Nikolaj Gogol'

Pause

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 7 A-Dur op. 92 (1811?12)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:00

Die Trompeterin Alison Balsom muss aus gesundheitlichen Gründen ihre Auftritte mit dem Gürzenich-Orchester Köln absagen.
Wir danken Albrecht Mayer für die kurzfristige Übernahme der Konzerte und bitten für die Programmänderung um Verständnis.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [43]
  • 300. 「ドン・パスクアーレ」Gaetano Donizetti

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月27日(土)20時00分19秒
  • 返信
 
Don Pasquale, 26. Mai 2017, Opernhaus Düsseldorf

このオペラは元々知名度がかなりあり途上国の市町村の田舎オペラでさえすぐ良くかかり学校オペラでさえたまにやられているらしいが、生に接したのか今回が初めてだった。かの有名で声が出なくて歌えなくなったローランド・ヴィアッソンが演出するからである。ケルンの図書館にもゲストで来たとき時間が無く行かなかったが、更に首相候補のSPD(社民党)の党首まで呼んでTVで放送するケルンの市立図書館の格は凄い。

弦が徹底的に節約されて86543.煩いと言う意味もあるけど、ソリストに近いので音色的にとげとげしく生々しい音になリ反って歌を疎外しやすい。ホルンや木管が積極的に出て来ている。これはポプリの序曲ではいいが歌が加わった場合どうなるかはある程度解る。丁寧に仕上げてはいるが、このオペラのオケの不完全さは変わらない。単純に音のミスをするわけではないが、余り揃わなかったり、音程が余り合わなかったり、バランスがぎこちなかったりするのは何時ものことである。

舞台には普通の装置にモナリザは例外として女性の裸体の有名な絵画だらけ。みんな知っているので、見るだけでも綺麗だ。最初から声は出ているが音程は不完全のまま進行する。音全体はオケが中心に流れるが、かなりオケばっかり振りすぎている。変なコロラトゥーラ。弦は常に振られているのでしょっちゅう表面に出て来て鋭くよく合いきっていない。若干乱れるので何時もの悪い癖もまだ入っている。

登場人物はネクタイ・背広だが、時代様式との違和感は建物のせいで出て来ない。ボンなどと比べてそんなに良いエルネストだとは思わない。ヴィアッソンが直接出てきた方が良かったかも知れないし、それともこの時点で立ち上がりだけが悪いのか?今回はチェロだけが優秀。ソロもトゥッティも最高水準。今回は伝統的に中央にプロンプターを付けているが舞台の床の色と同じ色で低いので決して邪魔にならないし余り気が付かない。それでしてもかなり音程を外す歌手たちだが、ボンではほとんどお目にかからない。

舞台転換をしょっちゅうするのでオケは鳴り止むが客が話し始めるといけないので常に人物を登場させてほとんど声を出さないパンとマイムをさせ飽きない。ノリーナは「コジ」のデスピーナのような潰れた声を発さないのでちょっと残念。オペラ・ブッファなのでムンターとレジェーロのキャラクターがもっと欲しい。オケはいくら丁寧に弾いても声を考えて聴いていないのでffと書かれていたらクソ真面目にそのままやってしまうので相変わらず煩い。これに指揮者として注意すると譜面にそう書いてあるとすぐ言い訳するのがドイツの二流オケ。

インドの修行僧と思われるのが出て来て笑いを誘うが実は結婚証書を作るノタール。背が低いので東洋系と思われるが韓国人ではないようだ。45分02秒。

すぐに第二幕で舞台転換の間パントマイムをやっている。音楽無しの演劇。トランペットのソロも上手いがオケに隠れないでもっと表面に出て来ても良い。ノリーナはもっと下品に歌わないと後で立派なあばずれ女にはなれない。エルネストの高音がどうしても高い方に当たってしまう。舞台美術は治外法権。安っぽいコカ・コーラの看板が堂々と出て来てしまう。しょっちゅう中幕も入れて奥の舞台を転換してその前で演技だけをする。天井からは関係のなさそうな悪魔装束がしょっちゅう降りて来て劇の進行の邪魔をする。ノリ―ナがよく脱ぐがその都度ドン・パスクアーレの血圧がすぐ上がリ倒れそうになる。インドのみっともない修行僧が出て来て弁護士としてタイプライターで結婚証書を作成する。カラヤンのような素人演出ではあるが、初めてオペラを見る聴衆には優しくとても解り易い筋進行。正面の2人のコンマスが別々の譜面で弾いているのは、スコアには特に書いてないが、ソロが多すぎるためか?34分38秒。

第三幕までティンパニの消音する時の手で止める雑音が煩い。完全に止めない方が自然で良いのではないか?ノリーナがどんどん声の調子を上げて来た。スピントではあるがブッファではない。エルネストも同じ。しかし指揮者は歌よりもオケのほうを気にしすぎるのでもっと声に気を気を配ってもらいたい。給仕のローラースケートはバレエのセクシーなダンサーとも交差して喜歌劇の雰囲気をさらに盛り上げる。マラテスタも調子を上げたがどちらかと言うとテノールの声質である。終わりの早口の場面はロッシーニのように恐ろしく驚くほど速くしないと聴衆が音楽的な醍醐味を感じない。最後の黒人の悪魔が正体を現し美しい金髪の美女だったことをばらす。舞台転換でインドの僧が声の入った下手なガムランみたいな音楽をやる。44分43秒。

菅野茂

Fr 26.05.
19.30 - 22.15 Uhr
17,10 / 23,40 / 35,70 / 52,10 / 57,40 / 69,70 / 75,10 / 81,50 ?

Tagesbesetzung
Musikalische Leitung Nicholas Carter
Inszenierung Rolando Villazón
Bühne Johannes Leiacker
Kostüme Thibault Vancraenenbroeck
Licht Davy Cunningham
Chorleitung Gerhard Michalski
Dramaturgie Hella Bartnig
Don Pasquale Thorsten Grümbel
Doktor Malatesta Dmitri Vargin
Ernesto Ioan Hotea
Norina Elena Sancho Pereg
Notar Daniel Djambazian
Kunsträuber Susanne Preissler
Chor Chor der Deutschen Oper am Rhein
Orchester Düsseldorfer Symphoniker
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Alter schützt vor Torheit nicht. In dieser Quintessenz ist die Geschichte von Don Pasquale keineswegs ein Einzelfall. Schon die Commedia dell’arte, die alte italienische Stegreifkomödie, nahm den Typ des eitlen, verblendeten oder sich selbst überschätzenden Alten gern aufs Korn. Zur Spottfigur eignete er sich besonders dann, wenn er wie Don Pasquale auf Freiersfüßen geht und nach einer Frischzellenkur verlangt. Dann kann ihm sogar der eigene Hausarzt zum Feind werden. Dottore Malatesta jedenfalls ist ein Verbündeter der Jugend. Um dem unglücklichen Neffen Ernesto zu helfen, fädelt er eine Scheinehe zwischen Pasquale und Ernestos Auserwählten, der schönen, aber mittellosen Norina, ein. Doch kaum ist die Hochzeit gefeiert und das Vermögen geteilt, da verwandelt sich die liebreizende und sanftmütige Braut in eine boshafte Furie. Sie stellt verschwenderische Ansprüche, lässt sich teuren Putz und Kleider liefern, macht sich über den alten Pasquale lustig und demütigt ihn, wo immer sie kann. Um die häusliche Plage wieder los zu werden, ist Pasquale bereit, seinen Neffen und dessen Verlobte in seinem Haus aufzunehmen, und muss erkennen, dass er Opfer einer gemeinschaftlichen Intrige geworden ist.

Gaetano Donizettis (1797?1848) Oper ?Don Pasquale“ ist ein Nachtrag zur Opera buffa. Als sie 1843 in Paris uraufgeführt wurde, war die Blütezeit dieser Gattung bereits vorüber. Eine neue Empfindsamkeit und Dramatik beherrschte die Opernbühne und räumte der quirligen Komödien rossinischer Prägung mehr Sentiment ein. Malatesta darf seine Heiratskandidatin in schwärmerischem Ton anpreisen, Ernesto sich kurzzeitig in Weltschmerz ergehen und der Ohrfeige, die Don Pasquale von der wildgewordenen Norina empfängt, haftet etwas leicht Tragisches an. Dennoch, auch Donizettis Figuren können musikalisch richtig in Fahrt kommen und den Lebensnerv der alten Musikkomödie treffen.

Rolando Villazón ist als Startenor besonders im italienischen und französischen Opernfach zu Hause. Seit 2011 hat der mexikanische Sänger auch sein Faible für Musiktheaterregie entdeckt und verschiedene Opern für Lyon, Baden-Baden, Wien und Berlin in Szene gesetzt. Jetzt ist er erstmals an der Deutschen Oper am Rhein als Regisseur zu Gast.
Mit freundlicher Unterstützung des Freundeskreises der Deutschen Oper am Rhein e.V.
Dramma buffo in drei Akten
Libretto von Giovanni Domenico Ruffini und Gaetano Donizetti

Eine Koproduktion mit der Volksoper Wien
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Mehr Weniger
Dramma buffo in drei Akten
Libretto von Giovanni Domenico Ruffini und Gaetano Donizetti

Eine Koproduktion mit der Volksoper Wien
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Dauer: ca. 2 ? Stunden, eine Pause
Empfohlen ab 12 Jahren
Besetzung Weniger

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [42]
  • 298. ジョン・アダムスの「メアリーによるゴスペル」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月12日(金)17時36分11秒
  • 返信
 
THE GOSPEL ACCORDING TO THE OTHER MARY、5月11日、オペラ・ボン

最初の予想ではミニマリストだからバーンスタインと同じミュージカルだと思った。休みが一回だし、演奏時間も2時間ちょっと。ダンサーが出て来るので歌って踊ってばかりいるのであろうと思われた。

ピーター・セラーズはその昔モーツァルトのダ・ポンテ・オペラのWSのヴィデオでスケベ黒人と白人女性をキスさせたとかで当時物議を醸しだした変わった演出家だが、今回はその台本も担当している。前回のベンジャミンの「スキン」と同じくまたイギリス・ナショナルオペラとの共同制作。

実際の音楽は繰り返しはあるが意外と真面目でかなりブリテン風。黒人も東洋人もまんべんなく出て来るのでそれでもアメリカ風なミュージカルの特徴も同時に備えている。ここの劇場で以前に見たのはグラスの「サテイアグラハ」のみだが、その以前にシュトットガルトでグラスの初期の3部作見ているのでグラスの陳腐は音楽語法は知っているが、今回の場合は同じ後発のミニマルでもそうでもなく、経過部などは普通のオペラの様に繰り返しをかなり避けてプッチーニの「トゥ―ランドット」の様に闇の中の余韻の様に流れが一方通用になっている。

それにしても黒人の女声の声がレオンティン・プライスの様に良いこと、さすがにミュージカルとは違ってオペラハウスは本当に良い歌手だけを集められる。ガムラン風なゴングは調子が完全ではないので微分音風に聴こえるし、更に脇のチェンバロンがその傾向を促進させる。

3人のカウンター・テノールはみんな粒揃いでバランスが良い。音大でもその専攻が確立されていて3人も同質の歌手を集められる時代になったのだ!それにしても繰り返しはそんなに頻繁ではないのがちょっと予想に反した。グラスの「浜辺のアインシュタイン」のような抽象物語ではなくちゃんと台本が50セントで売っているので買ってみたが、どちらかと言うとオペラではなくオラトリオのテキストである。従ってこの曲もストラヴィンスキーの「ェディプス王」と同じくオペラ・オラトリオと命名してるわけだがどちらかと言うとミュージカル・オラトリオかゴスペル・オラトリオに近い。とにかく調性はグラスのような「転調」はあってもほとんどあり、リズムもジャズのそれであるが、クラスターなどでグラスとは違う現代性も出ているし、全オーボエの微分音のポルタメントの絡みはグラスには単純に無かったキャラクターである。

題名がゴスペルになっているがゴスペル音楽そのものではなくゴスペル的な音楽物語を使ったオラトリオと言ったほうが似合う。ペデレツキの様な不確定要素も組み込みジャズ風のトランペット・ソロでラザロの復活を物語る。黒人歌手の優れたテノールに対するグラス風の分散和音の伴奏もまだ残っているが、とにかく儀式ばっかりしてて罪がどうのこうのと煩い宗教音楽。ミニマル主義と言えどもかなりの部分をクラシック音楽処理したムジーク・テアター。マーラーの1番を思わせる全弦のオクターブは引用臭い。

最近2週間にいないに2つの現代オラトリオを聴いたことになるが、エトヴェシュとこのオペラは対極にある。とにかくあの「ウィキペディア」の台本はカーゲル風で面白かったが、このアメリカ人による台本はキリスト教原理主義で既成の範疇を超えているとも思えない。

弦のフラジェオレットの多様で無調も演出。アイヴスの「答えのない質問」を思わせる全弦の和音の下敷きの上に乗っかるトランペット。クラスターの複調的な木管と弦の交差。80分。

3管編成だが、金管はトランペットとトロンボーン2管ずつ、コントラファゴットの代わりに異様な形のサリュッソホーンはどす黒い異常な音を立てる。弦は徹底的に削られて10,10,6,6,4。ティンパニのない打楽器4、ピアノ、ハープ、ミュージカル用のエレキギター。

第二幕では合唱団がみんな絶対音感ないので皆始まる前に予めはもっている。激しい合唱音楽はストラヴィンスキーの詩編交響曲を思わす。ミュージカルでもエルンステ・オーパーでもないが完全なアメリカ宗教の物語り。弦楽器のトレモロ・クレッシェンドとホルンの高音の吠えはストラヴィンスキーの春祭の「大地礼賛」の部分から来ている。

東洋人の男1人と、黒人と白人女性のダンサーの3人組は奇妙に背丈が全く同じでバランスよく取れている。又ジャズのシンコペーション。iPhoneの喋ってる真似。安っぽいスチールドラムの音はゴスペル感を助長させる。意外とガ―シュインの「ボギーとベス」にも近い。3本のフルートのミニマル点描音楽。シンバルとタムタムのアルコがこんなに減のフラジェオレットに近いのは意外な発見。又ジャズに戻りソロ・クラリネットの朗誦。ユダヤ人と思しき両脇の外の合唱がバラバラにしゃべり始め十字架の処刑で奇妙なサリュッソホーンが活躍。その後のピエタは受難曲そのものでこのオペラが今年の受難節にプレミエされた訳が解った。後奏の本管と弦楽器のユニゾンがそれぞれ続く。

カエルか鳥の鳴き声が録音で流される。舞台の後ろにコーラスが入って歌うか聴こえないらしく薄くスピーカーで増幅されている。ティンパニのない打楽器軍の原始の踊りはミュージカルの様に全員が踊る。静かなエピローグが既成の受難曲よりも長く70分かかった。計2時間半。このオペラもそろそろ降ろされる。

菅野茂


26 Mrz
18:00 H

01 Apr
19:30 H

21 Apr
19:30 H

23 Apr
18:00 H

11 Mai
19:30 H

14 Mai
16:00 H
Opernhaus
John Adams
Opern-Oratorium in zwei Akten für Orchester, Chor und Solisten
Libretto zusammengestellt von Peter Sellars mit Texten aus dem Alten und dem Neuen Testament sowie Texten von Dorothy Day, Louise Erdrich, Primo Levi, Rosario Castellanos, June Jordan, Hildegard von Bingen und Rubén Dario
in englischer Sprache mit deutschen Übertiteln
In Koproduktion mit der ENO ? English National Opera, London
Deutsche szenische Erstaufführung
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Im Schweizerischen Rundfunk beschrieb Thomas Meyer anlässlich der Aufführung von John Adams’ Opern-Oratorium im Rahmen des Lucerne Festivals das Stück wie folgt: ?Es sind die Frauen, die Jesus nach Golgatha begleiten und am Morgen an seinem Grab erscheinen. Die Kreuzigung wird in diesem Oratorium eher knapp, aber äußerst pointiert dargestellt. Wichtiger ist das Thema der Auferstehung. Erzählt wird nämlich zunächst, wie Jesus den bereits seit vier Tagen toten Lazarus wieder zum Leben erweckt. Das Werk endet schließlich nicht mit der Klage, sondern mit der Auferstehung Christi, also mit einem Zeichen der Hoffnung.
Weit gespannt zwischen Leben und Tod sind deshalb die Ereignisse und die Emotionen, weit dimensioniert auch die Musik von Adams. Der in Kalifornien lebende Komponist hat seinen Stil stark weiter entwickelt. Natürlich gibt es auch die für ihn typischen ekstatischen und rhythmisch so bewegten Momente. Gleichzeitig aber verdichtet er seine Tonsprache, schärft sie dissonant, bringt fremdartige Elemente ein ? wie zum Beispiel ein Zimbalon, ein ungarisches Hackbrett ? oder lässt die Vokalstimmen in bittersüßen Harmonien singen. Damit erreicht er eine außerordentliche Intensität. Und so entsteht eine neue Passion für unsere Zeit.“
Nach der konzertanten Uraufführung in der Walt-Disney-Hall in Los Angeles im Mai 2012 folgte zehn Monate später an gleicher Stelle eine halbszenische Version, in der das Stück auf Tournee um die halbe Welt ging. Diese Fassung inszenierte ? wie auch die dann 2015 an der Londoner English National Opera in Koproduktion mit dem Theater Bonn herausgekommene erste vollgültige szenische Aufführung ? der Librettist des Werkes, Meisterregisseur Peter Sellars.
Einführungsgespräch
OPERNFOYER | So, 12. MRZ 2017, 11h?
...und außerdem...
Christopher Arpin spielt amerikanische Komponisten des 20. Jahrhunderts -
mit Werken von u. a. John Adams, John Cage, Lou Harrison, Charles Ives und Henry Cowell
OPERNFOYER | Mo, 8. MAI 2017, 19.30h
Weitere Informationen:
- "L.A., London, Bonn" - Tanz-Casting mit Star-Regisseur Peter Sellars
- "Es gibt immer noch Raum für Veränderungen" - Interview mit Dirigentin Natalie Murray Beale am Welt-Frauentag
Besetzung
Mary Magdalene - Christin-Marie Hill
Martha - Ceri Williams
Lazarus - Ronald Samm
Countertenöre - Benjamin Williamson,?Russell Harcourt, William Towers
Tänzerinnen: Iamnia Montalvo Hernandez, Kanako Minami,?Carmen Mar Cañas Salvador
Tänzer: Keisuke Mihara, Erik Constantin
Chor des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Natalie Murray Beale
Inszenierung: Peter Sellars
Bühne: George Tsypin
Szenische Einstudierung:?Elaine Tyler-Hall
Kostüme: Gabriel Berry
Licht: James F. Ingalls
Soundddesign: Mark Grey
Choreinstudierung: Marco Medved
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Mark Daniel Hirsch
Musikalische Assistenz:?Mike Millard
Hauptkorrepetitor: Miho Mach
Bühnenbildassistenz:?Ansgar Baradoy
Kostümassistenz: Dieter Hauber
Inspizienz:?Tilla Foljanty / Karsten Sandleben
Sprachcoaching: Cynthia Grose

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [41]
  • 297. ギュルツニッヒ、チン、ブリテン、ラヴェル、ドビッシー、5月9日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月11日(木)05時15分51秒
  • 返信
 
解説は何時ものように1時間前から始まるが、今日は何時もの話したがる指揮者が出て来ない。10分待ったが来ないのでドラマトウロギーであろう、バーバラ・エックレと言う凄く綺麗なお姉ちゃんが一人で解説し始めた。

「海」がテーマらしい。ブリテンはドラマのコメントとして、チンはシレーヌが海の怪物として、ラヴェルは海原の小舟、ドビッシーは海そのもの。

ブリテンの「日曜日の朝」で音を聴いてみる。田園的か?そいうでもありそうでもない!寒いと言う。そうでもありそうでもない!3曲目は何が起こったが?何も起こっていない?僕はうねりを感じる。次にドビッシーの第一楽章の終わりの「日の出」と東洋の琴の音楽を聴いてみる。日本の音楽かと思ったが中国の琴の音楽らしい。凄く似すぎている。グリッサンドやポルタメントは東洋の手法。ここにペンタトニックがあるらしい。分析したことないからちょっと意外。更にシンバル、ゴング、タムタムは中国の楽器。これらの楽器はドビッシーがパリの万国博覧会で仕入れて来たものらしいが、最も強く影響を受けたのがガムランらしい。

チンの曲にもガメラン風な箇所があるらしい。しかし分析的ではないのでどうでも解釈できる曖昧な解説に終始してしまう。ジャズのコンバスのピチカートがあり、ピアノの内部奏法あり、ドビッシーの夜想曲みたいに祝典的でもあるそうだ。かなり刺激的なアタックの連続。

本番はTVカメラが入ってみんな燕尾服なのに弦の一人だけただの黒のスーツなのは面白かった。カメラマンの脇に座ったのでヘッドホンから指示がひっきりなしに聴こえる。

最後にコンサート形式で聴いたのは音大オケ。最近「ピーター・グライムス」のピアノスコア全部弾いているので常に新しい発見がある。2管編成なのに何時もよりも固めの16型の弦が出過ぎる。威力あり過ぎて木管とのバランスが良くない。3分30秒。2曲目はホルンが重い。弦は強力なまま。フル―トのオブリガートだけ小さい。鐘が煩すぎないか?その文弦が聴こえない。3分30秒。第3曲は静かな波のうねり。トランペットは3番のソロの時だけピストン使っている。4分16秒。第4曲はトランペットが太くなる。海のハープのグリッサンドは一番後ろなのに大きく派手に鳴る。4分30秒。

チンの歌は楽屋の入り口から歌を暗譜で歌い始める。弦が2人ずつ減って14型。すぐにジャズのピッチカート。速いパッセージと和声感は絶対にリゲティから来てる。2から3管編成で打楽器6.ピアノの内部奏法は欽を落としプレックトルム様ななもので擦りトレモロ。歌とここの楽器とのアタックは「アヴァンチュール」から来てるリゲティ構成法。木管楽器の扱いはリゲティのヴァイオリン協奏曲から来てる。ピアノの増4度のオスティナートはちょっとB・A・ツインマーマンを思い出し、弦のフラジェオレットはベリオか?前回のチェロ協奏曲よりも傑作だとは思えない。17分08秒。

ラベルの「オーシャン」はスコアをいまだに見たことがない意外と地味な編成だが色彩的には凄く豊か。ピアノ曲のほうが好きだ。6分49秒。休みなしにすぐドビッシー。

何時ものように16人のチェロの箇所はカネがもったいないので今回は11人だが頑張って16人前の音を出す。ホルンがぼやけて聴こえる。8分20秒。2楽章は意外と起伏にとんだ解釈。6分45秒。3楽章はコルネットが入って来て4人のバス―ンと共に5人のトランペット族で事実上ベルリオーズのような編成の大きい作品である。最後の弦のトレモロってそんなに潰れるか?トランペットを取ってあるので最終稿だと思われる。7分42秒。

と言うことで最後の曲が終わって今まで沈黙してたやっと指揮者がどういうわけか英語で喋り始める。アンコ―ルでもやるのかと言うとそのようで今日は3つの意味で特別な日だと言う。まずFCケルン(サッカー)勝ったで笑わせ、次にフランスの大統領選挙でマクロンが勝ったで喜び、最後に自分はこのオケで何時も好きな現代音楽を自由にやらせてもらえるで凄く満足してる、と言って今日はアメリカと日本とEUの為にピアノの近くに来てマイクを持って「海」のシャンソンを歌い始める。ヴィブラートは付けないが下手ではない。すぐにオケが入って来るが指揮者がいないのでヴァイオリンの人がやる。自分で編曲したんだかドビッシーの「海」の動機の断片がところどころに入る。それで最後にクライマックスで「海」と全く同じく終わる、何じゃこりゃの作品。電車が出た後だった!1時間待ち!!

菅野茂

09.05.2017 Dienstag 20:00 Uhr
D. Michel-Dansac, Gürzenich-Orchester Köln, F.-X. Roth: Britten, Chin, Debussy, Ravel
Kölner Philharmonie

Donatienne Michel-Dansac Sopran
Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Benjamin Britten
Four Sea Interludes op. 33a (1945)
für Orchester. Aus der Oper "Peter Grimes"

Unsuk Chin
Le Silence des Sirènes (2014)
für Sopran und Orchester. Text von James Joyce

Pause

Maurice Ravel
Une barque sur l'océan (1906)
aus den "Miroirs" für Klavier. Fassung für Orchester

Claude Debussy
La Mer L 109 (1903?05)
Drei sinfonische Skizzen für Orchester

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:45

Das heutige Konzert wird im Rahmen von GO PLUS aufgezeichnet. Der Video- und Audiomitschnitt ist in einigen Wochen auf der Homepage des Gürzenich-Orchesters unter www.guerzenich-orchester.de/go-plus verfügbar.
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [40]
  • 296. 07.05.17, Musikhochschuleオケ、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月 8日(月)04時56分37秒
  • 返信
 
ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln | Lunch Sonntag, 12:30 Uhr, Konzertsaal (Köln)

昼の練習風景から入るが練習ではなくて本当に断片的な解説。最初から3管の総編成でオケが入っている。3人のトランペットと4人のホルン全員が女。5人の打楽器男全員が東洋人、たぶん韓国人だと思う。フルートには珍しく黒人のお兄ちゃんが真金髪に染めている。まず最初の指揮者のゴールドシュミットの曲の説明が長い。これではお客が帰ってしまうかも知れない。8分の9拍子のタムタムと大太鼓が常時特徴的に鳴る。
次のボガツはルバートが大きな役割を果たすとか?とにかくセッティングに時間がかかりすぎるので興味も徐々に薄れて来る。A音の調律に時間がかかる。ブーレーズのような打楽器による音楽運び。
チンも解説するがまた打楽器にセッティングに時間かかり過ぎ。2人のハープで始まる。イサン・ユン伝来のグリッサンドを含むメロディー。第二楽章はチェロの速攻足す打楽器。それが全弦に伝播。ジャクリーヌ・デ・プレを見に来てるようなチェロ。第三楽章、微分音のフラジェオレットのコンバスのメロディー、もしくは学生なので未熟でそう聴こえたのかもしれない。楽譜がないわけだからそう書かざるを得ない。第四楽章、小太鼓の1打ちと弦の短いパッセージ。それにチェロのソロが乗って来る。
総じてこの段階で昨日ラジオで聴いたWDRヴィッテンの音楽祭:
Clara Iannotta
Paw-marks in wet cement für Klavier und Ensemble, Uraufführung der
Neufassung

Ondrej Adámek
Conséquences particulièrement blanches ou noires - concerto für
Airmachine und Ensemble, Uraufführung der Neufassung
Wilhem Latchoumia, Klavier; Roméo Monteiro, Airmachine; Ensemble
Orchestral Contemporain, Leitung: Daniel Kawka
Übertragung aus dem Festsaal

Lisa Streich
"Augenlider" für präparierte Gitarre und Orchester
Laura Snowden, Gitarre
Deutsches Symphonie-Orchester Berlin
Leitung: Manuel Nawri

Milica Djordjevič
"The Death of the Star-Knower" für Streichquartett
Armida Quartett
Produktion: Deutschlandradio Kultur 2016/17
よりは面白いとは思わなかった。前者は素材の徹底さと充実性による前衛性、後者は保守的な素材でも巧みな構成で光っていた。本番まで2時間あるのでメッセの方向に散歩に行く。
ORCHESTER DER HOCHSCHULE FÜR MUSIK UND TANZ KÖLN?
PROF. ALEXANDER RUMPF | Dirigent
Auszüge aus dem Programm um 15:00 Uhr
Im Rahmen von Acht Brücken. Musik für Köln ACHT BRÜCKEN gemeinsam mit der Hochschule für Musik und Tanz Köln.
Eintritt:
frei
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln
ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln
Sonntag, 15:00 Uhr, Konzertsaal (Köln)
本番になるとこれらの曲の全体がわかって来た。最初の2曲が学内か国内かのコンクール入賞曲。ゴールドシュミットは2管編成でトランペット、トロンボーン、チューバ無し。微分音のクラリネット、プレスされた弓のヴァイオリン。大太鼓は祭囃子の様に始終叩き方を替え消音撥も使いながら鳴る。10、10、8、6、6の弦の微分音はクラスター専用。木管楽器はポルタメントの微分音専用。こう言う曲でも2回目だと親しみも沸く。11分。
ボガツは3管編成。オーボエと弦で微分音とチェロのフラジェオレット。演奏しながら微分音を合わせる。その部分は指揮しないで十分に不確定の時間でスペースを取っている。ヴィオラに移り指揮もやはり無い。10、10、8、6、4.こういう曲は完全に不純物を取り除かないととても聴く気になれない。ゲオルク・フリードリッヒ・ハースの微分音オーケストラを思い起こされる。ホルンもポルタメントで微分音。大太鼓を指で擦ってワルトトイフェルのような音を出す方法は当たり前のようで新鮮だ。弦が今度はクセナキスのようなトレモロに変身。オーボエの重音奏法は全員ちゃんと同じの出るかどうかはわからない。25分。
客が帰ってしまうといけないので休みなしで打楽器のセッティングだけ替える。3管編成だがトランペットとトロンボーンが4人。チンのチェロ協奏曲はやはり2人のハープで始まる。すぐ来る韓国風の旋律は2時間前に聴いた。ヴィオラのマルテラートのトレモロ。イサン・ユンの様に盛り上がり独奏者の名前見たらヴァイオリンのクリスティアンの妹のタンヤ・テツラフではなので通りで上手いはず。何か今度はロストロポーヴィッチ風の凄みも見える。朝鮮風の乾いた打楽器群。ピアノはチェレスタと合理的な持ち替え。ソロ・チェロの直線上にトゥッティ・チェロとヴィオラが和音を始終替えていく。
第二楽章は練習と同じ始まり。ソロのチェロはストラジバリの様にとても良い楽器に聴こえる。全曲聴くとさっきに断片よりもいい曲に思える。またソロ・チェロの棒上に弦のハーモニックスが色彩を与える。そしてメシアン風のアコードの上にメロディーが始まる。更に現に微分音和声が加わる。何時も間にか最三楽章に入っていた!
4楽章も練習と同じように始まる。グリッサンドを伴ういろんな形の和声形弦で何時も静かに伴奏するのが好きなようだ。何時も静かな伴奏が繰り返しに当たり気まずくなる。更にサンダーシートのピアニッシモとトレモロとの組み合わせ。走って電車に乗る。30分。
ORCHESTER DER HOCHSCHULE FÜR MUSIK UND TANZ KÖLN?
TANJA TETZLAFF | Violoncello
PROF. ALEXANDER RUMPF | Dirigent

Werke von Goldschmidt, Bogacz und Chin
Als Video auf Youtube -?Unsuk Chin und Alban Gerhardt sprechen über ihr Cellokonzert: http://www.achtbruecken.de/de/programm/orchester-der-hochschule-fur-musik-und-tanz-koln/118252
Auch in diesem Jahr ist das Orchester der Hochschule fu?r Musik und Tanz Köln wieder im AchtBru?cken Festival vertreten. Auf dem Programm steht neben zwei Urauffu?hrungen das Cellokonzert von Unsuk Chin, das Extreme von Ruhe und explosiven Ausbru?chen auslotet. ?Der erste Satz ein abstraktes Rezitativ des Cellos, kommentiert von geisterhaften Orchester-Echos. Der zweite ein Ausbruch nervöser Energie, im dritten Ruhe und schier u?berirdische Schönheit. Das spannungsvolle Finale erzählt von Angriff, Standhalten, sich ausweitenden Konflikten.? (Barry Millington) Chins Konzert fordert vom Hörer höchste Aufmerksamkeit und eine einfu?hlsame, virtuose Solistin.

FRANCISCO C. GOLDSCHMIDT
Recuerdos sin nombre (2007/2017)
für Orchester
Uraufführung
VLADIMIR GUICHEFF BOGACZ
La Maleza (2016)
für Orchester
Uraufführung
UNSUK CHIN
Concerto for Cello and Orchestra (2006?08)
Das Konzert im Radio: Mittwoch 07.06.2017, WDR 3 Konzert, 20:04 Uhr
Der erste Satz ein abstraktes Rezitativ des Cellos, kommentiert von geisterhaften Orchester-Echos. Der zweite ein Ausbruch nervöser Energie, im dritten Ruhe und schier überirdische Schönheit. Das spannungsvolle Finale erzählt von Angriff, Standhalten, sich ausweitenden Konflikten. Unsuk Chin hat für das alte Problem der Klangbalance zwischen Cello und Orchester gleich mehrere beeindruckende Lösungen gefunden und das überschaubare Repertoire des Instruments um ein wahrhaft großes Konzert erweitert.

Im Rahmen von Acht Brücken. Musik für Köln
ACHT BRÜCKEN gemeinsam mit der Hochschule für Musik und Tanz Köln.
Eintritt:
6 Euro / erm. 4 Euro
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [39]
  • 295.ACHT BRÜCKEN IV Freihafen

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月 3日(水)04時05分14秒
  • 返信
 
18:00
Funkhaus Wallrafplatz
前回のコンサートが終わっても客がどんどん入ってきてなかなか始まらない。もう満席で一つも空席が無いように詰め込まれた。さっきの2000人の聴衆がそのまま放送局にやってきたようだ。今回だけはその大部分を追い返さない様にとありとあらゆるスペースに押し込んだようだ。やはり目当ては評価が確定してるノーノだろうか?

10分遅れでツライから始まる。各スピーカーが音の開始をすべて遅らせる。単純だが意外と思いつかなかった方法。もちろん既成のライブ・エレクトロニックのテクニックを用いる場面も出て来る。6分15秒。

TVカメラの不調で次のノーノがなかなか始まらない。初めて聴いたのが第一回ウィーンモデルン。晩年の凄さがしみじみと出ているが今回も辛くて眠ってしまった。16分58秒。

次にウンスク・チンになる。パフォーマンスで弦を紙やすりでこすってマイクで拾う。楽器を振ったり動かしても特殊な音が出る。1つの素材でいろんな効果を出す。このアメリカ人のジェンナ・シェリーの演技が素晴らしいし、かわいい子は皆どこでも得をする。14分42秒。

ワン、しゃべる声が聴こえないくらい音量が煩い。ライブ・エレクトロニックの効果は何処に行ったのかほとんど聴き取れない。歌手がしょっちゅう右手を裏返す動作がわからない。とにかく大きすぎる音は聴衆の耳を悪くさせディスコに行ったのと変わらない。
Noa Frenkel | Alt Jenna Sherry | Violine Ensemble Experimental  Noa Frenkel | Alt Maruta Staravoitava | Flöte Andrea Nagy | Klarinette Jozsef Bazsinka | Tuba Jenna Sherry | Violine, Viola Daniela Shemer | Violoncello Nico Couck | E-Gitarre Olaf Tzschoppe | Schlagzeug Rei Nakamura | Klavier Experimentalstudio des SWR  Michael Acker | Klangregie  Thomas Hummel | Klangregie  Sven Kestel | Klangregie  Maurice Oeser | Klangregie Detlef Heusinger | Dirigent
PROGRAMM
Vito Žuraj *1979 Zgübleni (2012) für Mezzosopran, Ensemble und Live-Elektronik
Luigi Nono 1924 ? 1990 Omaggio a György Kurtág (1983 ? 86) für Alt, Flöte, Klarinette, Tuba und Live-Elektronik
Unsuk Chin *1961 Double bind? (2007) für Violine und Elektronik
Ying Wang *1976 ROBOTICtack (2016/17) für Alt, Ensemble und Live-Elektronik Uraufführung
Keine Pause | Ende gegen 19:15
Das Konzert im Radio:  Mi 31. Mai 2017,  WDR 3 Konzert, 20:04
Im Anfang war Musik.
次のコンサートの30分前にまたインテンダントが解説。トロヤンが出てきた。音楽劇と管弦楽曲の違いを聞かれる。今夜のテキストはブーレーズが良く使うルネ・シャーらしい。ラウム・コンポジションであることも付け加えた。大した驚かない。

20:00 のコンサートはラッヘンマンを最大の頂点として半分ぐらいに減ってしまった。結局は放送局が全員は入れるように2,000席のホールで全部やるべきだった。
アンヌルフ・ヘルマンは余り特殊性がない殴り書きのような何時もの音楽。取り上げる原因はドナウエッシンゲンで起きた矛盾したポピュリズムであろう。この前にも何処でも多くは無数のアメリカの作曲家がこういうのを出してくる。しかし1種のプロセス・コンポジションにはなっている。16分30秒。
トロヤンは1区に4人:SATBのヴォカール・グループをアンサンブルの両側2つと客席の後に4つ配置する。2つのピッコロ・トランペットで始まる。なかなか2人のソプラノはフランス人でフランス語でドリーブの「ラクメ」の二重唱の様に良い声だ!語りもあるのでフランス人でなければな訛りが出る。コントラ・ファゴットとコントラバス・クラリネットが目立つ。クリストフ・マイヤーもそうだけどこの人の作品はこのおとなしいまま生涯が終わりそうな作品群。これ以上どうしても行きそうもないクライマックス。ヴォーカル・グループは微分音をうまく歌ってはいるが?27分44秒。
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Kölner Philharmonie
Sarah Aristidou | Sopran Elsa Benoit | Sopran Kölner Vokalsolisten Michael Ostrzyga | Einstudierung Ensemble Modern Duncan Ward | Dirigent
Arnulf Herrmann *1968 rondeau sauvage (2013) für sieben Musiker
Manfred Trojahn *1949 Les dentelles de Montmirail (2017) für zwei Soprane, Vokalensemble und Ensemble nach einem Text von René Char aus ?Quitter? Kompositionsauftrag von ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln,  gefördert durch die Ernst von Siemens Musikstiftung Uraufführung
Keine Pause | Ende gegen 21:00
19:30 Einführung in das Konzert mit Louwrens Langevoort
Das Konzert im Radio:  Mi 10. Mai 2017,  WDR 3 Konzert, 20:04
Medienpartner FONO FORUM
?Obsession, ständiger Lesekampf, ein seelisches Baden…?
21:00
帰りに外のジャズを1分だけ聴いて電車に乗る。
ACHT BRÜCKEN Lounge
ACHT BRÜCKEN Festivalzelt
Klassische Besetzung, zeitloser Stil. Das Quartett der Kontrabassistin Hendrika Entzian glänzt mit ausgefeilten Arrangements und hoher Spielkultur

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [38]
  • 294.ACHT BRÜCKEN III  Freihafen

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月 2日(火)19時50分15秒
  • 返信
 
Kölner Philharmonie 16:00

これは演奏30分前にこの音楽祭のインテンダントによる解説があったが、出てきたのはイザベルだけでラッヘンマンは省略。典型的なドイツ的な暗い論理の考え方しかできない女だ。譜面は何時も素晴らしいのだが何時も今度も音響がその分面白く無いことを期待させる。

人が混んでいて聞いているのが大変なのでやむなく展示の方を見る。あの面白いウィーン出身のゲルハルト・リュームがケルンに住んでいたのは知らなかった。この作曲家も30年前シュトットガルトのグラング・ラウムの地下室で発見した作曲家・何でも屋だった。あのシェーンベルクよりも10年早くトローペと言われる12音音楽を始めたヨゼフ・マティアス・ハウアーの弟子だったことはこの日まで知らなかった。

今度の音楽祭のテーマはヴィズエレ・ムジークで目で見える音楽の本や楽譜の展示会。みんな詩のように音楽を「本」で出版している。今のリューム、一番有名なシュネーベルの「モノ」、さっきのカーゲルの映画たち、その他クルト・シュヴィッタ―ス、フェルデイナント・クリヴェット、ステファン・フロライクス探せは10人ぐらいは直ぐ出て来る。ついでに一昨日演奏されたエトヴェシュのオラトリオ「ハレルヤ」もラッヘンマンの「2つの感覚・感じ」も展示されていた。
Allison Cook | Mezzosopran Helmut Lachenmann | Sprecher Ensemble Modern Duncan Ward | Dirigent
Helmut Lachenmann *1935 ?… zwei Gefühle …?, Musik mit Leonardo (1992) für Sprecher und Ensemble. Text von Leonardo da Vinci, deutsche Übertragung von Kurt Gerstenberg
Isabel Mundry *1963 Im Fall (2017) für Mezzosopran und Ensemble. Texte von Thomas Kling u. a. I. II. III. Kompositionsauftrag von ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln, gefördert durch die Ernst von Siemens Musikstiftung Uraufführung

4時からのコンサートは2000人入る会場がほぼ埋まった。アンサンブルモデルンは前世紀を過ぎたと言われるがかなり世代交代が進みメンバーが変わって、未だに知っているのはみんな白髪の奏者だけだ。

作曲者が声で出ないと旅費が出ないのか、今回はCD通りの演奏。指揮者だけが若い世代になっている。この曲のCDだけで3種類展示されている。バイエルン放送のTVでも撮られてよく放送されている。

ピアノの屋根を楽譜の指定通りに上げ下げする係りがいるが以前の演奏には見られなかったので今回は新版だと思う。更にその一番前の演奏はチューバがピアノの内部でジョージ・クラムのように吹くことはなかった。結局これで第一稿、第二稿、第三稿の新版まで生で聴かされたことになる。これだけ長年そこら中でそうするので完全にやり慣れて板に付いたパフォーマンス。このコンサートもタダなので後の席の方で赤ちゃんの泣き声がする。たぶん放送用のFMの録音も取っているだろうに、それでも抵抗のない赤ちゃんでさえもラッヘンマン聴かせる愛嬌か、聖なる現代音楽の日本では全く考えられないことである。何時ものようにラッヘンマン的な解体形式。テインパニの撥を別の撥に充てて皮の上でこする。21分02秒。この音楽の拍手が終わった時点で聴衆が大量に出ていく。やっぱいシュトックハウゼンのスーパー・スターの地位を奪ってしまったのだ!
Den Text singen lassen
ZU DEN WERKEN
Helmut Lachenmann ?… zwei Gefühle …?, Musik mit Leonardo (1992) für Sprecher und Ensemble. Text von Leonardo da Vinci, Codex Arundel, AR. 155r., R 1339, deutsche Übertragung von Kurt Gerstenberg
So donnernd brüllt nicht das stürmische Meer, wenn der scharfe Nordwind es mit seinen brausenden Wogen zwischen Scylla und Charybdis hin und her wirft, noch der Stromboli oder Aetna, wenn die Schwefelfeuer im gewaltsamen Durchbruch den großen Berg öffnen, um Steine und Erde samt den austretenden und herausgespieenen Flammen durch die Luft zu schleudern, noch auch die glühenden Höhlen von Mongibello, wenn sie beim Herausstoßen des schlecht verwahrten Elements rasend jedes Hindernis verjagen, das sich ihrem ungestümen Wüten entgegenstellt … Doch ich irre umher, getrieben von meiner brennenden Begierde, das große Durcheinander der verschiedenen und seltsamen Formen wahrzunehmen, die die sinnreiche Natur hervorgebracht hat. Ich wand mich eine Weile zwischen den schattigen Klippen hindurch, bis ich zum Eingang einer großen Höhle gelangte, vor der ich betroffen im Gefühl der Unwissenheit eine Zeit lang verweilte. Ich hockte mit gekrümmtem Rücken. Die müde Hand aufs Knie gestützt beschattete ich mit der Rechten die gesenkten und geschlossenen Wimpern. Und nun, da ich mich oftmals hin und her beugte, um in die Höhle hineinzublicken und dort etwas zu unterscheiden, verbot mir das die große Dunkelheit, die darin herrschte. Als ich aber geraume Zeit verharrt hatte, erwachten plötzlich in mir zwei Gefühle: Furcht und Verlangen. Furcht vor der drohenden Dunkelheit der Höhle, Verlangen aber mit eigenen Augen zu sehen, was darin an Wunderbarem sein möchte.
次のイザベルは少ない聴衆の中でやられる。アンサンブルを喋らせる特に面白くもないアイディア。歌手の息を吸う音が聞こえない。歌手が後ろを向いてする指揮も意味がなさそうなパフォーマンス。ピアノの内部奏法のトレモロ。後ろの打楽器の何時もジャラジャラ煩い機械は日本から持って来たパチンコ台らしい。こんな重いもの運ぶだけで大変だ!
次のコンサートはやったんだかやらないんだか?とにかく150人しか入らないのでさっき2000人近くいた聴衆はほとんどが入れないオルガニゼーションミス!どうせなら全部シュターテンハウスで全部一括してやって欲しかった。
17:30
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Funkhaus Wallrafplatz Kölner Willkommenschor  Joachim Geibel | Leitung  Nicole Lena de Terry | Leitung Maximiliano Estudies | Klangregie
Jakob Lorenz *1993 did I ask too much? more than a lot? (2017) für Chor und Zuspiel Uraufführung
Der junge Kölner Komponist Jakob Lorenz gibt Geflüchteten eine Stimme

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [37]
  • 293.ACHT BRÜCKEN II Lunch 12:30

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月 2日(火)18時33分34秒
  • 返信
 
Mo 1. Mai 2017 12:30 Kölner Philharmonie, Foyer
ACHT BRÜCKEN Lunch Alice Rossi | Sopran Peter Schöne | Bariton Laetitia Mazzotti | Rezitation Das Neue Ensemble  Daniel Agi | Flöte Udo Grimm | Klarinette Stephan Meier | Schlagzeug Adam Weisman | Schlagzeug Josje ter Haar | Violine Martha Bijlsma | Violoncello John Eckardt | Kontrabass Stephan Meier | Leitung

今回は練習風景ではなくてすぐにコンサートが始まるのでセッティングの時間が無くてロビーに予め打楽器などが設置されている。大ホールの聴衆がそのまま出て来たので椅子は無く全員立ち見で溢れかえっている。12分遅れで始まってバートウィッスルの作品から始まり、コンバスとスネア・ドラム、歌手は指揮棒をもってグエロをこする。テノールの声はどっかブリテンのピーター・ピアーズのよう。コンバスの調弦を低くして曲は終わる。

次のセクエンツァIIIも良く現代音楽の教科書に載る。この曲をシュトットガルトの地下室で初めて生で見た時にハンナ・アウアーバッヒャーのおばちゃんが素晴らしい演技で暗譜でやったものだった。この曲はカウンター・テナーでもできるのでやってみる価値はある。普通は3分ぐらいで終わるが、意外と長くかかって8分15秒。

パターの曲は歌、ヴァイオリン、フルート、チェロ、打楽器の編成。サンダーシートの指のトレモロは全然きつくない音響。フランス語は十分に美しいがそれにしてもかなり平坦な曲だと思う。楽器奏者にも喋らせるのは決して珍しくはない。

第二楽章は速攻。ホルツ・トロンメルの繰り返しはドラムセットみたいなポップスの繰り返し。マルテラートとコル・レーニョ・バトウートの組み合わせ。ヴァイオルンは軽い金属棒を当ててプレックトルムでグリッサンドを演出。チェロの調律を緩めて曲は終わる。19分00秒。

最後に去年と同じく地元の信用金庫による水のサーヴィス。
PROGRAMM
Harrison Birtwistle *1934 Song of Myself (2006) für Bariton, Kontrabass und Schlagzeug. Text von Tom Phillips Peter Schöne | Bariton
Luciano Berio 1925 ? 2003 Sequenza III (1965/66) für Frauenstimme. Text von Markus Kutter Alice Rossi | Sopran
Frédéric Pattar *1969 Cendres (2005) für Sprecherin und fünf Instrumente. Texte von Lise Bellynck I. prologue II. andante affanoso III. presto crudele Laetitia Mazzotti | Rezitation ACHT BRÜCKEN Freihafen
Kölner Philharmonie

Die Stimme als Instrument, das Instrument als Stimme.
次は併設されている何時も良く即興で映画音楽を上映する映画館でカーゲルの「映画音楽」ではなくて「音楽映画」の2本立て。当時のTV用に制作したものでキネマスコープではない。制作した放送局はシュトットガルトの当時のSDRとスイスのSF。

1本目の「真夜中の作品」は昔90年代にシュトットガルトのコンサートでルぺルト・フーバーの指揮で実演を聴いたことがあるが、その前の80年代に作曲者の指揮で初演してその映画まで作っていたのは知らなかった。とにかく地味な映画は昔デッテンハウゼンで見たジョン・ケージのナンバーピースの104を思い出す。フランクフルト放送響の演奏だったがわざと白黒で光に照らされた壁ばかり90分間映すのでダルムシュタットの彼のフリーマン・エチュードの様に聴衆はみんな出て行った。

2本目の寄り色彩的な「フォノフォニ―」も同じ。黒人の役者・歌手が全部一人絵演技・演奏するが結局何をやっているんだ?という定型的カーゲル・パフォーマンス。タバコを吸いながら歌ったり、音は音楽にならない効果音程度で構成法や美とかは全く考えていないらしい。音楽の構造が全く崩壊した作品。構成美が全くない芸術音楽映画。

14:00
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Filmforum
Mauricio Kagel 1931 ? 2008 Mitternachtsstük (1987) über vier Fragmente aus dem Tagebuch von Robert Schumann (1828) / 33 Min. / Buch und Regie: Mauricio Kagel
Mauricio Kagel Phonophonie (1979) vier Melodramen von Mauricio Kagel / 39 Min. / Regie: Mauricio Kagel / mit Mauricio Kagel und William Pearson
Eine Filmpräsentation verschafft einen exemplarischen Einblick in das epochale Werk des Komponisten Mauricio Kagel

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [36]
  • 292.ACHT BRÜCKEN Freihafen

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月 2日(火)17時32分12秒
  • 返信
 
Ein ganzer Tag Musik bei freiem Eintritt Das Neue Ensemble | Ensemble Modern | Kölner Willkommenschor | Ensemble Experimental | Experimenatlstudio des SWR | Kölner Vokalsolisten Experimental | Experimenatlstudio des SWR | Kölner Vokalsolisten
11:00 MO 01. Mai |  Kölner Philharmonie
この日は去年と同じく一日中入場が無料の日。去年は警察の間違ったスピード違反検査により200ユーロも罰金とられたので今年は車に行くのやめて電車にした。問題は警察が間違って罰金取っても点数は取り消さないしカネは返さない国のためなのだ。
1曲目のチンはロンターノで始まる。ベリオのセクエンツァⅢの様に歌が遊び始める。ソプラノは韓国人でとても良い声だが何しろ声が小さいので良く聴こえない。録音はマイクを増幅すればいいが生はそうはいかない。イサン・ユンのような東洋的な打音も頻繁にある。色彩的ではあるが先輩のような粘りはない。それはその中間の世代のユンギ・パックパーンの世代にも言える。西洋の思想や語法を吸収するのに苦労が徐々に無くなっているせいだろう。

2曲目になるとかなり声が大きくなる。オーボエのポルタメントや弦のグリッサンドなどが多くなって速い。

3曲目は細かいパッセージ。やはりテンポは速いまま。ただ声は決して悪くはなく小さいけれども韓国ではいくらでも歌の人材があることをまざまざと見せつける。

4曲目はまた歌とティンパニで東洋風のグリッサンド。バンジョー・マンドリン奏者も口笛で応答。

5曲目、微分音のような朝鮮はバルトークの「青髭公の城」を思いだす。

6曲目、マンドリン・バンジョー奏者のアメリカ的な諧謔曲。

7曲目、トランザクションの和声感はシェルシに近い東洋風。そのうねりは黛敏郎の涅槃交響曲を思い出す。全曲18分33秒。

バートウィッスル、歌手が代わってラテンアメリカか欧米人なので声が大きい。何時の様に特殊奏法の少ないヘンツェに近い無調作品。イギリス現代楽派の典型であり創始者、大御所!9分28秒。アンコールのようなもう一曲。プロコフィエフの様に繰り返しが出て来て速くなり、カスタネットを撥で叩く。あくびが出る3分19秒だが初演なので作曲者が来てた。意外と小柄。

リゲティのアヴァンチュール、現代音楽の教科書的作品。教科書や論文、作曲科の試験に良く引用される。付加打楽器などの準備が大変なのでめったにやらないが、自分は30年前のウィーンのコンツァルト・ハウスでウィーン・フィルのメンバーがやったの見たことがある。当時の指揮はフィリ―ドリッヒ・ツェルハで聴衆はこういう曲を全く知らないせいか始終笑い転げていた。ドイツはもっとポピュラーなのでみんな予め知っていてほとんど笑わない。

ハーの呼吸で始まり微分音、大太鼓をはじく形式的にはあくまでもリゲティ様式。紙袋を叩きコンバスの調律を低くする。12分17秒。

コンバスの調律を治してすぐにヌヴェレ・アヴァンチュールが始まる。何しろセッティングが大変なのでこの両曲は何時も同時演奏が望ましい。

歌の特殊奏法はシュネーベルやヘルツキーまでは行かない段階。ベリオのセクエンツァと同世代か?新聞紙を破き、筒はメガフォンよりも声が変わる。指揮者がその間の休符をしっかり守る。缶を木のハンマーで潰す。布を引き裂く。ウイーンは皿を落としたが今回はガラスのグラスを地面に落とす。バートウィッスルも聴いていたがもちろん知っていると思うがどう思っていたかは不明。12分09秒。
ACHT BRÜCKEN Freihafen
Kölner Philharmonie
Alice Rossi | Sopran Yeree Suh | Sopran Kai Wessel | Countertenor Peter Schöne | Bariton Das Neue Ensemble Stephan Meier | Leitung
Das Wortspiel als Singspiel
PROGRAMM
Unsuk Chin *1961 Akrostichon ? Wortspiel (1991/1993) Sieben Szenen aus Märchen für Sopran und Ensemble. Texte von Lewis Carroll und Michael Ende Versteckspiel Das Rätsel von den drei magischen Toren Die Spielregel ? sträwkcür tieZ Vier Jahreszeiten in fünf Strophen Domifare S Das Beliebigkeitsspiel Aus der alten Zeit Yeree Suh | Sopran
Harrison Birtwistle *1934 Songs by Myself (1984) für Sopran und Kammerensemble I. ?O Light set the flame in amber? II. ?I lean against a shade? III. ?Cold statements? IV. ?Steps? V. ?The silence before light? Alice Rossi | Sopran
Harrison Birtwistle dear dusty moth (2017) für Sopran und Ensemble. Text von Robin Blaser Kompositionsauftrag von ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln,  gefördert durch die Ernst von Siemens Musikstiftung Uraufführung  Alice Rossi | Sopran
György Ligeti 1923 ? 2006 Aventures (1962/63) für drei Sänger und sieben Instrumentalisten. Text (phonetisch) von György Ligeti Agitato ? Presto ? Conversation ? Allegro appassionato ? Sostenuto grandioso ? Action dramatique Alice Rossi | Sopran   Kai Wessel | Countertenor   Peter Schöne | Bariton
György Ligeti Nouvelles Aventures (1962 ? 65) für drei Sänger und sieben Instrumentalisten. Text (phonetisch) von György Ligeti I.  Sostenuto (Ritornell) ? Più mosso ? Hoquetus ? Commérages ? Communication II.  Agitato molto ? Choral ? Agitato molto ? Les horloges  démoniaques ? Prestissimo misterioso ? Coda Alice Rossi | Sopran   Kai Wessel | Countertenor   Peter Schöne | Bariton

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [35]
  • 291. ?Halleluja - Oratorium balbulum?, WDR, 4月29日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 5月 1日(月)04時21分33秒
  • 返信
 
最初に日本映画に行く。昔TVで見た「柔道一直線」や「サインはV」の様にスポーツの根性物語で今でもせっせと作られているらしい。何時もの様に音が小さい。2009年に制作された映像は傷だらけ。今でもデジタルになっていないのか?日本選手で先のオリンピックで活躍した黒人のメンバーも出て来るところが今までと違った部分。

KAZE GA TSUYOKU FUITEIRU風が強く吹いている
FEEL THE WIND

Regie: Ômori Sumio
Spieldauer: 133 Min.
Produktionjahr: 2009
Sprache: OmeU
Das Regiedebut von Ômori Sumio dreht sich um eines der größten Sportevents japanischer Universitäten, den Hakone Ekiden. Der im Fernsehen übertragene zweitägige Staffelmarathon findet jedes Jahr Anfang Januar statt, erstreckt sich über etwa 220 Kilometer zwischen Tokyo und Hakone und bringt den teilnehmenden Hochschulen einen bedeutenden Prestigegewinn. Im Film wachsen zehn sehr unterschiedlich qualifizierte Studenten mit eigenwilligen Charakteren als Laufteam zusammen und kämpfen vereint für ihren Sieg.

7時から何時ものように8陣コンサートの解説。ケルンでやったベリオの過去の「コロ」と言う作品は合唱とオーケストラを完全に新しく定義し直したと解説して、まずレヴァクーゼンの高校プロジェクトで生徒のエレキ・ヴァイオリン、アコーディオン、チェロ、ツィッター、ヴィブラホーンでアイヴスのアスペクテの暴力的に増幅された雑音を使った何らかの曲を試みる。即興ではないので再現はできるらしい。

エトヴェシュの作品はまず最初のWPの2008年の委嘱から始まったらしい。2009年にペーター・エスターハージーにテキストを作らせて、2010年に終わり作曲したがかなりカットしたらしい。その後の共催としてのっかった委嘱者が凄い。ザルツブルク音楽祭、ウィーン・コンツェルトハウス、ウィーンモデルン、ミュンヘンのジーメンス財団、ブダペストの芸術宮殿、WDR、アハトブリュッケン、チューリッヒのトーン八レ、シドニー交響楽団。少なくともこれだけ再演が予定されているらしい。エトヴェスの「ハレルヤ」は過去の「ハレルヤ」の培養形となる。

シュマンIはセクエンツァIIの管弦楽版だが何でセクエンツァIをシュマンIとしなかったのかは不明。3つのスーパー・ハープが重なるように配置。それから特殊奏法のデモンストレーション。ペダルと常に動かしてトリラー・アルペジオ、低音の響かせ奏法、バルトーク・ピチカート、音響版打ちなどを紹介。

本番はこの音楽祭がインターネットでも1週間聴けると言う事、毎年20000万人の聴衆が来ることなどをWDRのインテンダントと市長が紹介。ケルンはこれからも現代音楽で売り出す町となるのが確定で、補助も市・州・国から少なくとも三重に政治レヴェルから入っていてその他にスポンサーや放送局などが加わる形になっていて、今流行のフェイクニュースに対抗すると現代的に宣言。
本番のシュマンはブーレーズのノータシオンに似ていて過去の小規模作品の晩年における拡大培養形だが、結局全部のセクエンツァの編曲はブーレーズ同様未完成に終わる。ハープのソロで始まる。ピアノ、チェレスタ、チェンバロを含む鍵盤楽器付きの3管の大編成だが打楽器が全くない。そこにはソロの特殊奏法はマルテラートやキーノイズの様に管弦楽にかなり埋もれてしまう。しかし第一ソロが男性なので大きくて良く聴こえる。13分55秒。

エトヴェシュのオラトリオは現在でも受難曲と共に生きているという前提のために作曲。TVカメラが入っていて、かなり大胆に始まる3管編成の打楽器9人とアコーディオン。語り手はマイク。ヴァイオリン・ソロで過去のオラトリオから引用。余りギャラの高いいい歌手は使えないが、筋の運びはカーゲルの「聖バッハ受難曲」に似ている。並行4度の合唱はバルトーク。

テキストが現代的で面白い。いきなり安っぽく皮肉られたウィキペディアが出て来て聴衆が笑う。音楽とは何かの哲学が始まる。更に経済の話。もしバルトークにハレルヤがあったら音楽は「カンタータ・プロファーナ」みたいに鳴る。バッハのBWV-21.WPからWDRにオケの変更はベリオのシンフォニアから来ている。ニーチェも出る。第一部16分50秒。

政府の官房長官。9.11のワールド・トレードセンター、トマトジュース、ヴォツェックのようなB・A・ツィンマーマン風の音楽。コーラスの口笛、ティンパニのジャンプ打ち。そこに労働組合で笑。「ハレルヤ」は作曲できないと語り、今度はムソルグスキー。第二部12分30秒。

サラエヴォ危機、ザルツブルク音楽祭初演の2016年が今年の2017年に変更、これもベリオから来る。どもりのテキスト。ノーノの「イル・カント・ソスペソ」のように音楽よりもテキストに比重がある。ここで文化の問題を述べる。ゴスペルの「ハレルヤ」も引用。ツァイト・ビルト。第三部は10分10秒。

アタッカで共産党の終焉に言及。今日のフェイク・ニュースに繋がるテキストが続く。このオラトリオについての査定を述べる。モーツァルトとブルックナーの「ハレルヤ」の引用。塩・胡椒で最後に短三和音からなる引用で終わる。9分40秒。計49分10秒。

最後のアイヴスの4番は実は初めて実演を聴く。小澤氏は一人で全部指揮するらしいが、今回はスコア通り2人に指揮させるシュトックハウゼンに「グルッペン」の先駆者。左に木管楽器、真ん中に弦楽器、右に金管楽器だけを集めたのはそのせいらしい。打楽器9、鍵盤楽器4、フェルン・オケ2、フラグメントの積み重ね。すぐにフェルン・オケがモニターで反応。3分36秒。

第二指揮者を移動させて第二楽章のカオス。11分03秒。その後打楽器4人がフェルン・コアに移動。

第三楽章は弱進行付きのフーガ。7分05秒。

第四楽章は新版だと思う。トランペット4、トローンボーン4の大きな編成。8分10秒。計29分54秒。

帰りに予告なくただで出たビール2杯飲みながら岸野さんに会う。N響トゥモロ―を話したら虐められないかなと心配してたが、多分大丈夫でしょうと言ったが思い直して、いや待てよ、自分は昔札幌交響楽団の第二ファゴット奏者にパート譜に「この人キチガイ」と書かれたことを話してやった。

その後はまだ電車が来るまでに時間があるのでツェルトのジャズを10分だけ外で立ち見で聴く。ヴィブラフォンのアルコが鳴らないドナウエッシンゲンのような前衛ジャズ。

WDR Sinfonieorchester Köln | Eötvös, Chiacciarini
?Heutzutage ein Prophet zu sein ist eigentlich unmöglich; alles ist unvorhersehbar. Oder die Zukunft ist schon Gegenwart, bevor ein stotternder Prophet seine Vision fertig ausgesprochen hat …? (Peter Eötvös)

Andreas Mildner | Harfe
Iris Vermillion | Mezzosopran
Topi Lehtipuu | Tenor
Matthias Brandt | Sprecher
Paulo Álvares | Klavier

WDR Rundfunkchor Köln

WDR Sinfonieorchester Köln
Peter Eötvös | Dirigent
Mariano Chiacchiarini | Dirigent, Choreinstudierung


Luciano Berio
Chemins I (sur Sequenza II) (1964?65)
für Harfe und Orchester

Peter Eötvös
Halleluja ? Oratorium balbulum (2015)
Vier Fragmente für Mezzosopran, Tenor, Erzähler, Chor und Orchester
Original ungarischer Text von Péter Esterházy, Deutsche Übersetzung: György Buda
Kompositionsauftrag der Salzburger Festspiele und des Wiener Konzerthauses gemeinsam mit Wien Modern, unterstützt von der Ernst von Siemens Musikstiftung, dem Müpa Budapest ? Palast der Künste, dem WDR und ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln, der Tonhalle-Gesellschaft Zürich und dem Sydney Symphony Orchestra
Deutsche Erstaufführung

Pause

Charles Ives
Sinfonie Nr. 4 (um 1912?25)
für Klavier, Orchester und gemischten Chor
Pause gegen 21:00 | Ende gegen 21:50
Das Konzert im Radio: Live, WDR 3 Konzert
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung ins Konzert durch Michael Struck-Schloen mit Andreas Mildner und Peter Eötvös
Westdeutscher Rundfunk

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [34]
  • ローランド・ヴィアッソン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 4月24日(月)04時21分35秒
  • 返信
 
ケルンの図書館は凄いよ。明日ローランド・ヴィアッソンが来る!

http://www.stadt-koeln.de/leben-in-koeln/freizeit-natur-sport/veranstaltungskalender/rolando-villazon-lebenskuenstler

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [33]
  • 290. ブンデス・ユーゲント・オーケスター、4月21日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 4月22日(土)17時58分46秒
  • 返信
 
その前にケルンの図書館に入る。ポスター見ると間もなくあのなんとスター歌手のローランド・ヴィアッソンが図書館に来てインタビューに答えるそうだ!4階にピアノがあるが歌うどうかは未定。彼は数年前に声壊して最近はオペラであんまり歌えないのでヨーロッパ各地でオペラの演出を手掛けている。TVによく出て来るが英語、スペイン語、イタリア語、フランス語、ドイツ語等が訛りなく完璧なので、良くクラシック番組の司会をやっている。今回デュッセルドルフの「ドン・パスクアーレ」の新演出のためにNRWに滞在しているので簡単に呼べるわけだ。クラシック音楽鑑賞会で我慢しなければならない予算の極端に乏しい日本の図書館では考えられない。

今年がイサン・ユンの生誕100周年記念年であることは最近になって知った。同じ日に知った嵐野英彦死の死去と重なり何か言葉に表せない厳しさと怖さの共通点を感じる。自分がプフォルツハイムの講習会の呼ばれた時はもう優しい東洋のおじいちゃんだった。最初ドイツ語で喋り合っていたが、後半からは閊えるドイツ語よりも日本語のほうが楽なのか完璧な日本語になってしまった。

最初の曲「レアク」は彼の膨大な文献にあるように良くその終わり方が話題になる。初演のドナウエッシンゲンのディレクターに最近の現代音楽は皆静かに終わって困ると言われてffffで終わるようにした作品は、同じ話を例の1990年のプフォルツハイムのペンクラブの講習会でも聴かされた。今まで機会あるごとに録音でしか聴いたことがないので生は今回が初めてで、予め1987年にラッヘンマンと初めてドナウエッシンゲンに行って買ったそのスコアを眺めていたがやはり実際に生で楽譜無しで聴いた方が曲の構造が良く解る。こうなるのは学生時代に聴音アナリーゼを良く受けたのでそういう能力なのかよくわからないが、耳で聴くとすぐそのスコアの風景が見る事よりも現実に思い出される。

これを聴いてわかるのは後期の新ベートーヴェン主義に繋がる動機展開の仕方が良く解るという点だ。ウェーベルンのように動機の逆行などの組み合わせも入っていることが良く認識される。録音で聴いたときはこの時代はそんなに鳴らない音楽と持っていたが後期の5つの交響曲ほどではなくともそうでもないらしい。3管編成だが16型でやっているので弦が充実している。

雅楽みたいな笙風の和音は絶対に朝鮮半島の民族音楽から来ていることを再認識させる。4分の1音のグリッサンドも東洋のものだ。トロンボーンは2でチューバと組み合わせて3管としているが、この管弦楽法はユンが講習会で提案した編成と同じで何かの癖らしい。どちらかと言うとベートーヴェンの動機展開主義ではなくて新民族主義とでもいうべきである。3本のオーボエのユニゾンも雅楽風である。同じモティーフの繰り返しはあるが離れていれば大丈夫と言うのは、1988年に一番初めにダルムシュタットに参加して知り合った大阪音大の教授がイサン・ユンにベルリンで習っていた時に、ラッヘンマンの一切の繰り返しの厳しい禁止に反論して言っていた言葉と同じである。我々はこの問題をシュパイアーの大聖堂に行く途中のバスの中で話し合った。

終わりはffffで吹いているはずではあるが木管なのでそう感じるわけではなくて意外とあっけなく終わる。16分23秒。

その後にベルリンフィルのように現代音楽のイサン・ユンを避けてわざと遅れて来る聴衆が入って来る。そのためにベルリン・フィルハーモニー・ザールでは良く演奏順を組み替えて最初にクラシックを最後の良く現代音楽を持ってくるがここではそうはしなかったのでちょっと失敗している。まあー、最初によく現代音楽聴かせるのはクラシックの後で聴衆を帰らせないで最後まで聴いてもらうためであるが!

モーツァルトは6・6・4・4・3でチェロ以外の奏者全員が立っている。ピチカートのバランスが小さいが弦は優秀である。このブンデスユーゲントオケは他のヨーロッパ室内やグスターフ・マーラー・ユーゲント、ユンゲ・ドイッチュなどとは違って音大以上だけではなく高校生でも東洋人でも上手いのは全部入れてしまうらしい。このオケを初めて聴いたのがフレアンクフルトのアルテオーパーで、シュトックハウゼンの指揮の講習会になってない作曲の講習から抜け出して、指揮はルドルフ・バルシャイで、ショクタコの4番でその上手さには感心したものだった。トゥッティも一緒に弾くゾリステンもオケのメンバーらしいが音の質と鋭さは一流。13分17秒、10分40秒、6分07秒。アンコールはモーツァルトのデュオB-Dur?から第二楽章。たった2人でも以外と聴きごたえのある曲になってる。

ラフマニノフは普通は行かない。何も革新性がないのでグラズノフと並ぶもう一人のロシアのブラームスみたいな感じの作曲家。せっかく弦がはっきりと動機を鳴らしているのにすぐに木管の吹き流しで消してしまうスタイルが嫌いだ!しかしこの弦は通常の放送オケやオペラのオケと違ってふくらみ度が全然違う。そこにブラームス的な地道な動機の展開をごちゃごちゃいじくる。このままプロオケとして外国に輸出したいところだが、ギャラが発生し、更に70%の補助金で食わせられる国はそうは無いのでそうは行かないので宝の持ち腐れだ。

ホルンの和音の膨らみはあたかもハリウッドの映画音楽の様に聴こえる。これも既成のプロ・オケにはできない芸当。それでもロシア音楽である限りグラズノフのようにチェレスタを多用し打楽器を加えて色彩的ではある。問題は何時もストラヴィンスキーのような革新性も欲しいとこである。WDRやギュツニッヒのように弦の高音も狭くはならないよその国のオケのようであるが、ドイツに置いてある限りトランペットもティンパニもコンバスの弓もドイツの物を使っている。とにかく弦が並外れて上手いので圧倒されてしまう。第二楽章はシベリウスのように中間部でプレストで突進し、第三楽章はコープランドのロデオのような西部劇のリズムに聴こえる。最後に管も強大な弦に支えられて凄く派手に終わる。何時もこのフィルハーモニーのコンサートが帰りの電車が出発する頃終わるようにわざと設定されている。41分。

21.04.2017 Freitag 20:00 Uhr
Karten bestellen
L. Ferschtman, N. Mönkemeyer, Bundesjugendorchester, L. McFall: Mozart, Rachmaninow, Yun
Kölner Philharmonie

Liza Ferschtman Violine
Nils Mönkemeyer Viola

Bundesjugendorchester
Leo McFall Dirigent

Isang Yun
Muak (1978)
Tänzerische Fantasie für großes Orchester

Wolfgang Amadeus Mozart
Sinfonia concertante Es-Dur KV 364 (320d) (1779?80)
für Violine, Viola und Orchester

Pause

Sergej Rachmaninow
Sinfonie Nr. 3 a-Moll op. 44 (1935/36)

Pause gegen 20:55 | Ende gegen 22:00

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [32]
  • Re: 189. メンデルスゾーン版のマタイ受難曲、WDRケルン、4月7日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 4月21日(金)19時54分19秒
  • 返信
 
訃報:作曲家・編曲家の嵐野英彦さんが、2016年10月14日に逝去されました。《TV AGE》シリーズでは、「スキャット、ボッサ&シンギング・インストゥルメンタル~嵐野英彦CM WORK」を発売させていただきました。ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申しあげます。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [31]
  • 189. メンデルスゾーン版のマタイ受難曲、WDRケルン、4月7日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 4月 9日(日)04時03分52秒
  • 返信
 
バッハのこの名作の生はまだ一回しか行ったことがない。それもドイツではなくてスペインのムルシアの大学音楽祭に夫婦で飛行機で招待された際の無料の券だが、演奏はアマチュアでアムステルダム大学の演奏だった。それでも正式で演奏時間はたっぷり3時間超えてたが、あらかじめ知っていたし連れにも予告していたので辛さも覚悟済で何とか乗り越えることができた。

その後のドイツでは行ったことがない。誰でも学生でさえもやるし、何処でもやるので希少価値を感じない。

今回のWDRのプロダクションはメンデルスゾーンの編曲版だということで特別に行くことにした。解説は無いがTVカメラも入っているし放送局もかなり力を入れてプロダクションしている。ベーレンライターの楽譜で指揮のパークマンはここの放送合唱団の常任で、一昨年もヘンデルの「メサイヤ」でもクラリネットの入ったモーツァルト版を年末に演奏している。

コントラバスは各1ずつで、弦の大きさは1組6・4・3・2・のステレオ・オーケストラになり、2重合唱も取り入れてシュトックハウゼンの「グルッペン」の先駆的な音楽の一つになる。プロテスタント教会では受難説にはカンタータができないからこの季節は毎年何処でも受難曲だらけになる。来週の聖金曜日はギュルツニッヒの「ヨハネ受難曲」もある。第一管弦楽にはクラリネット2が入っていてバセットホルンと持ち替えている。ポシティーヴ・オルガンは中央の1つだけで通奏低音のファゴットが全くない。

曲はかなり速めに始まる。ピリオド奏法ではなくてほとんど現代奏法。まあー、ロマン派の編曲なので古楽にする意味がない。歌よりも小型オーケストラの伴奏がかなり強く響く。ソリスデン達は合唱の部分も一時歌う。やはりクラリネットが合唱のトゥッティで入って来るのはモーツァルトのメサイヤの様に奇妙だ。多くは第一オケだけの伴奏で進行する。

通奏低音はもっぱら第一オケでコンバスとチェロの重音によりガンバのようなアコードを何時も作る。この場合は指揮者が入りだけを与えて指揮しない。指揮するのが弦全体の伸ばしの和音があるときのみである。プロテスタントの教会よりも客の入りが良く神は特に信じないがバッハは絶対信じる様な聴衆で埋め尽くされている。ソリストたちはオケの中に散らばって歌い、時々合唱団員からも臨時のソリストが出てドゥラマトウロギーの役を果たす。

途中がかなり省略されて第一部56分25秒。

絶対的にオペラの演出法を強く意識した配置。第二部もカットが多い。ソプラノとチェロとヴァイオリン都のアリアはテンポとリズムが良く合わない。通奏低音のアコードも芳しくない。無理して重音ばかり弾かせているからか?指揮者がほとんど指揮しないのが原因らしい。

今回の放送合唱団の女性が男性よりも多いにもかかわらず弱い。それはソリストにも言える。この編曲版にもウェーベルンのバッハの「リチェルカーレ」のような新鮮さはモーツァルト同様に見られない。62分00秒。

07.04.2017 Freitag 19:00 Uhr
Karten bestellen
Matthäuspassion.
S. Rubens, I. Danz, J. Dürmüller, C. Immler, S. Wartig, WDR Rundfunkchor Köln, R. Blank, WDR Sinfonieorchester Köln, S. Parkman: Bach
Kölner Philharmonie

Sibylla Rubens Sopran
Ingeborg Danz Alt
Jörg Dürmüller Tenor
Christian Immler Bass (Arien)
Sebastian Wartig Bass (Christusworte)

WDR Rundfunkchor Köln
Robert Blank Einstudierung

WDR Sinfonieorchester Köln
Stefan Parkman Dirigent

Matthäuspassion

Johann Sebastian Bach
Matthäuspassion BWV 244 (1736)
Passion für Soli, zwei Chöre und Orchester. Text von Christian Friedrich Henrici-Picander

Fassung und Bearbeitung von Felix Mendelssohn Bartholdy, Leipzig 1841

Pause gegen 20:00 | Ende gegen 21:25

Das Konzert im Radio: Freitag 14.04.2017, WDR 3, 15:05 - 17:30

Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [30]
  • 288. ボンの「コジ・ファン・トゥッテ」COSI FAN TUTTE、3月31日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 4月 2日(日)05時46分5秒
  • 返信
 
このオペラはもうウィーン時代から聴き疲れたが、それでも何かしらの新しい発見があるのは、そのオペラの複雑性とその膨大性であろう。学生時代からピアノ伴奏や指揮法でしょっちゅう教材に出されるが極めきれ無いのはその3時間と言う音楽の巨大性である。
しかしあの「皇帝ティトウスの慈悲」を除いて「後宮からの誘拐」以降のオペラ群ではもっとの変化に乏しい地道な作品である。

幕が無く最初から舞台が見えていて序曲の間にせわしく演技が始まっている。ウィーンのような背景にナポリの明るい海は無いが大きな大邸宅の大広間である。この地方で覚えているのは20年以上も前に学生券で入ったケルンの「コジ・ファン・トゥッテ」の舞台である。今回はピットの上に舞台の張り出しがありかなり演奏に邪魔そう。幾分早めのテンポでピリオド奏法であるが、一昨日の「ジュリアス・シーザー」よりも古楽風に聴こえる。ティンパニがリンガーの手締め、トランペットは現代のピストンだが大きく出させて割るとちゃんと古楽仕様に聴こえて来る。

デュッセルドルフほど酷くはなくとも、主役の2人の女主人公の立ち上がりが完全な100%の音程とは言えなくとも徐々に精度を上げていく。一昨日歌った韓国人も同じ歌手だが今回だけちょっと立ち上がりが遅かった。男性陣の2人はアインザッツの間違いか一時同時に歌いだしてしまった。しかしすぐに元に戻り何事もなかったように続ける。総じて歌手陣は皆激しい声でドルチェと言うよりもヴェルディ用のスピントの配役と間違えそうな強靭な声の連続だった。

10分ぐらい軍隊の行進の部分をカット。合唱が少ししか出て来ないので予算削減で全面的に省略したようだ。音楽的にはかなり失望してしまう。その後2人の色男を舞台の裏で歌わせるのでかなり聴こえない。またアリアが終わらぬうちにすぐにレチタティーヴォに繋げてしまう。アップラウザとイタリア語で拍手を要求するが、そういう言語も少し知ってないとこれは楽しめない仕組みにっている。レチタレィーヴォ中に中断し長いオケ合わせ!このような女の口説きの心理オペラはワーグナーのそれと同じなのでたっぷり3時間かけないとどうしても心の経緯が充足しない!突如伴奏無しのドイツ語になりお笑いをさらに加速。ドイツ語の台詞が続き字幕にあべこべにイタリア語が表示される。それが終わるとすぐに第一幕のフィナーレ。

デスピーナの潰れた医者に化けた声は優秀。治療の磁石の後も痙攣が残る。ファッチアーモ・パウザ!ここもイタリア語知ってないと楽しめない。83分20秒。

こういうオペラは何回も自分も劇場を替え、演出を替え、歌手を替え、指揮者を替え31年かけて徐々に解り、少しづつ楽しんだものだ。学生時代試験で伴奏したことがあるデスピーナのアリアはカデンツをいっぱいつける。2人の男主役の操り人形。シュプリッヒ・デュを何回も繰り返しレチタテイーヴォが進まない。

逆カンデンツがあるソプラノのアリアは韓国人が十分に歌いつくす。その後にワインを彼氏に引っかける。オケに対して声が大きすぎる。その後の男のアリアはティンパニが入らない。指揮者が慌てて見るのでミスである。そのあと良く曲を中断させて演技を優先させる。又兵隊の合唱は来ない!1時オケの代わりにピアノフォルテでオケの伴奏を全部弾く。結局6人の主役だけの全舞台。77分20秒。


12 Feb
18:00 H

18 Feb
19:30 H

18 Mrz
19:30 H

25 Mrz
19:30 H

31 Mrz
19:30 H
Opernhaus
Wolfgang Amadé Mozart
Dramma Giocoso in zwei Akten
von Lorenzo Da Ponte
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Drei Männer wetten: Der lebenserfahrene Don Alfonso ist von der Untreue der Frauen überzeugt, die jüngeren Ferrando und Guglielmo glauben so fest an die Treue ihrer Bräute Dorabella und Fiordiligi, dass sie sich auf ein gefährliches Spiel einlassen: Die beiden jungen Männer täuschen eine Kriegseinberufung vor, kehren verkleidet zurück und werben überkreuz um die Gunst der jeweils anderen Frau. Natürlich unterliegen die Frauen den ?falschen? Geliebten denn: ?Così fan tutte ? so machen’s alle!? Und wenn sich am Schluss die ?richtigen? Paare wieder finden, bleibt doch die Ungewissheit, ob die ?falschen? Paare nicht die ?richtigen? gewesen wären.
COSÌ FAN TUTTE ist eine psychologische Versuchsanordnung, eine Studie über verborgene Erwartungen und offene Enttäuschungen, Zynismus und Verbitterung. Stringent, witzig und ironisch demonstrieren Mozart und sein Librettist da Ponte die großen Themen um Liebe, Verführbarkeit und Treue. Die polierte Oberfläche der Heiterkeit zeigt jedoch Risse.
Hinweis |?Auch bei ausverkauften Veranstaltungen besteht die Möglichkeit auf Restkarten an der Abendkasse.
Besetzung
Fiordiligi?-?Sumi Hwang
Dorabella?-?Kathrin Leidig
Despina?-?Susanne Blattert
Guglielmo?-?Giorgos Kanaris
Ferrando, Offizier?-?Christian Georg
Don Alfonso?-?Priit Volmer
Constanza, donna delle pulizie?- Volker Hoeschel
Statisterie des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Stephan Zilias
Inszenierung: Dietrich W. Hilsdorf
Spielleitung:?Alexander Grün
Abendspielleitung: Mark Daniel Hirsch
Bühne: Dieter Richter
Kostüme: Renate Schmitzer
Licht: Thomas Roscher
Bühnenbildassistenz: Ansgar Baradoy
Inspizienz:?Tilla Foljanty
Sprachcoaching:?Teresa Picasso Menck
Aufführungsdauer: ca. 3 Std. inkl. 1 Pause

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [29]
  • 287. ヘンデルの「ジュリアス・シーザー」演奏会形式、

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 3月30日(木)19時40分9秒
  • 返信
 
GIULIO CESARE IN EGITTO [KONZERTANT]、ボン3月29日。

今日はヘンデルの「ジュリアス・シーザー」演奏会形式1曲だけ。自分はデュッセルドルフに続いて2回目だが財政難でコンツェルタントはとても寂しい。それでも舞台の飾りつけが幻灯機などで工夫してるようだが普通3回で落ちるとこ計全5回の公演である。

ヘンデルのオペラはあの膨大な傑作オラトリオ群全25曲よりも多い、倍近くの42曲を残している。チェンバロなどの室内器楽曲が少ない分生涯の時間の多くを対策に注ぎ込んでいるのは現代のハンス・ウェルナー・ヘンツェに似ている。それにもかかわらずオラトリオよりは上演回数がかなり少ない。その中で「ジュリアス・シーザー」は中期の代表作と言うべき1724年に初演された作品であるが、名前だけは昔の名曲解説全集時代から知っていても音楽になじみがない。

この曲を聴いて辛いのはシューマンのような管弦楽法的な色彩の問題であろう。バッハと同じく当時は管弦楽法と言う概念は無かったのではあるが、ロマン派・近代を通り非常に越えた現代の耳で聴くと地味な色彩感はとても辛い。それでも音の小さすぎるチェンバロやリュートは指揮者の傍の一番前に配置。弦はコンバス2、チェロ3なので、恐らく6,5,4,3,2であろうが、ヴィブラート付けない割には余りピリオドの音はしない。ホルンが自然の楽器ではなくて高音が難しいせいか現代のそれを使うので中途半端。

シーザーはカウンター・テノールで歌わせるが禿なのでかっこよくはない。もう一人カウンター・テノールを起用しているがこちらはデュッセルドルフオペラのように発声途上で立ち上がりが非常に悪いが、徐々に回復して最後にはシーザーと対等に歌えるとこまで近づく。クレオパトラ役は韓国人だが、歌唱のみならず様子も大柄で色白でちょっと遠くから見ると東洋人だとは気づかない出来栄え。

レチタティーヴォは最初の入りだけでモーツァルトのオペラのように指揮はしない。勿論全曲イタリア語でドイツ語の字幕は付くが特に見ない。どういうわけか全員新人ばかりを集めたらしく1人も暗譜で歌う歌手はいない。数年前のデュッセルドルフの暗譜の舞台上演のメンバーは全てチリジリになってしまったらしい。

奏者のソロはオラトリオのように立たせる。このオペラはソリのトゥッティはあるのだが合唱が無いのが寂しい。途中でオケの第一奏者が更に一段上の舞台に上がり更にハープとヴィオラ・ダ・ガンバが加わる。ウィーンだと何時でも無理なく歌劇場の専属オケが練習無しでいきなり本番できるように、ビューネン・オケがウィー・ンフィルとは別に養成してあるのだが、ドイツの中小オケは予算削減のために自分で舞台裏まですべて奏さなければならない。Nr.27番まででいったん休憩前半。70分30秒。

後半はレチタティーヴォの後のヴァイオリン・ソロを探したがスコアには見当たらず、さらにリコーダー・ソロが加わってアリアが始まりテレマンの家庭音楽のような雰囲気になる。コロラトウーラはシチリア・バルトリほど正確でしつこくなくともまあーこの生の上演では許容できるレベルだ。カットが非常に多く後半60分42秒。オペラはやはり舞台に限る。絵があるととっつきやすさが桁違い。

01 Jan
19:00 H

07 Jan
19:30 H

28 Jan
19:30 H

29 Mrz
19:30 H

15 Apr
19:30 H

Georg Friedrich Händel
Dramma per musica in drei Akten
Libretto von Nicola Francesco Haym nach dem Libretto von Giacomo Francesco Bussani
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Nach den rasant neubebilderten Szenen um das umkämpfte Jerusalem in RINALDO geht die Bonner Oper mit Georg Friedrich Händel historisch um tausend Jahre zurück, aber nur vergleichsweise wenige Kilometer weiter südöstlich: Bis ins ägyptische Alexandria hat Julius Cäsar seinen geschlagenen politischen Gegner Pompejus verfolgt. Um sich bei Cäsar beliebt zu machen, lässt der ägyptische Herrscher Ptolemäus ihm das abgeschlagene Haupt des Pompejus als Gastgeschenk überreichen. Pompejus’ Gattin und Sohn schwören Rache für den Ermordeten. Kleopatra, Schwester des Ptolemäus und Mitregentin, will den Thron für sich allein haben. Mit ihren Reizen versteht sie es, Cäsar auf ihre Seite zu ziehen. Was ja nicht nur Freunde der barocken Oper oder des opulenten Hollywood-Schinkens aus erster Hand wissen, sondern vor allem natürlich die ergebenen Asterix-Leser unter den Opernliebhabern.
Eine berühmte Episode der Weltgeschichte hat Händel als Stoff für seine 1723 komponierte und ein Jahr später am King’s Theatre, Haymarket, London, uraufgeführte Oper gewählt, in der Privates und Politisches unentwirrbar miteinander verwoben sind. Das gesamte Spektrum barocker Arientypen, ausdrucksstarke Rezitative und die Farbigkeit eines reichen Instrumentariums verleihen diesem Stück seine herausragende Stellung innerhalb der Barockopern.
Mit GIULIO CESARE IN EGITTO setzt das Haus nicht nur einerseits die beliebte Reihe mit Aufführungen von Werken Händels fort, sondern bereichert nach Bizets PERLENFISCHERN und Piazzollas MARÍA DE BUENOS AIRES auch die Folge der konzertanten Opern mit der bislang ausgesparten Farbe des Barock. Mit Wolfgang Katschner kehrt der gefeierte Leiter der Erfolgsproduktion RINALDO ans Pult im Bonner Opernhaus zurück.
Besetzung
Gaius Iulius Caesar - Terry Wey
Curio - Daniel Pannermayr
Cornelia - Ceri Williams
Sextus Pompeius - Kathrin Leidig
Cleopatra?- Sumi Hwang?[P]
Ptolemaeus -?Owen Willets
Achillas -?Giorgos Kanaris
Nirenus -?Manon Blanc-Delsalle* [P] / Susanne Blattert [28.1.]
*Student/in im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln
Beethoven Orchester Bonn?
Musikalische Leitung: Wolfgang Katschner
Licht:?Friedel Grass
Inspizienz:?Tilla Foljanty
Sprachcoaching:?Teresa Picasso-Menck
Cembalo: Gerd Amelung

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [28]
  • 286. Der Revisor検察官(戯曲、1836年。日本語題名『査察官』とも)

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 3月25日(土)05時06分37秒
  • 返信
 
まず何時ものように12時半からのギュルツニッヒのプローベに行く。マルクス・ステンツが1時戻って来てウォルトンの第一交響曲を抜粋して見せる。この曲はめったに演奏されにくいようで意外と親しい。昔ノリントン指揮のシュトットガルト放送響の放送局で3時間にわたりプローベを見せてもらったのでかなり頭に入っている。先週のエルガーの1番と合わせてイギリスの第一交響曲の連続演奏が続く。

最終楽章に2組のティンパニが入っているのがニールセンの4番と似ている。今回もWDRの首席ティンパニを第二奏者として借り出している。まず指揮者はなぜこの無名な曲をやるのかパトリック・ハーンに聞かれる。好奇心と答える。理性的な音楽とも表現する。第一楽章のフガート風の入りが懐かしい。シベリウスの4番のようなどす黒いチェロの低音も飛び出す。ホルストの「惑星」の「火星」風のオスティナートは全楽章を支配。2楽章割愛して3楽章はメランコリッシュと指揮者が説明。4楽章はオプティミスムスと言う。又フガート風になり2人のティンパニのクライマックスを経て静かに終わる。

ohrenauf!-Schulkonzert03.
Gürzenich-Orchester Köln, M. Stenz: Walton
Kölner Philharmonie

Gürzenich-Orchester Köln
Markus Stenz Dirigent und Moderation

ohrenauf!-Schulkonzert03

William Walton
Sinfonie Nr. 1 b-Moll (1931?35)

Für Grundschulklassen
keine Pause | Ende gegen 10:30

Kostenlose Begleiterkarte für Gruppen à 10 Schüler

Kartenverkauf nur über:
Kartenservice der Bühnen Köln
in den Opern Passagen
Montag bis Freitag: 10.00 - 18.00 Uhr
Samstag: 11.00 - 18.00 Uhr


Websites der Künstler:
Gürzenich-Orchester Köln
Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln
夜はコンサートもオペラもつまらないので演劇。作者のゴーゴルは我々ショスタコ・ファンには親しい。奇想天外の面白歌劇「鼻」の原作者である。客が遅れてきているので4分遅れで始まる。首をひねるとき奇怪な音が出るので壊れたのかとみんなが笑う。ロシア風のブラック・ユーモア。細かい音響効果が素晴らしい。2人のおとこおんなのギャグ芝居。その検察官はフィガロ、ファウスト、ノルマ、アンナ・カレーニナ、ドクトル・ジバゴの作者とウォットカを飲みながらホラ八百をこく。

昨日のTVで東ドイツの劇場の極右の圧力による外国人排斥のニュースを思い出す。そこにアメリカのMr.Presidentのやっていることが重なる。それでも舞台はズボン下げたり、桂取ったり、急所を蹴ったり、ロシア風の荒っぽい音楽と共に演じられる。更に缶ジュースを飲み、絵を盾に掛ける。

その後検察官は賄賂を全員から集める。最後にPanasonicならぬPanasonioのTVも受け取る。親子でパンツを脱がせて生殖の場面で娘も持って行こうとする。チャイコの1番を電気オルガンで。最後に検察官でないことがばれて終わる。2時間2分。
Komödie von Nikolai Gogol
Nächste Vorstellung23.03.
Gerade noch rechtzeitig ist es durchgesickert: Ein Revisor kommt! Groß ist die Angst, und auf Aufforderung des Bürgermeisters macht sich jeder sofort daran, in seinem Bereich zu vertuschen, was geht. Doch der zweite Schreck ist noch größer: Ein junger Mann wohnt seit zwei Wochen inkognito im Gasthaus, schaut den anderen auf den Teller und bezahlt die Rechnung nicht. Sofort wird der Unbekannte hofiert, bestochen und geschmiert, bis der falsche Revisor abreist und der echte sich ankündigt. Zwar spielt Gogols Komödie aus dem Jahr 1836 in einem russischen Provinznest, doch Korruption und Vetternwirtschaft haben die Jahrzehnte überlebt und finden sich auch heute sowohl bei den Großen wie FIFA und VW als auch bei den kleinen Fischen. Linus Tunström gehört zu den renommiertesten Theatermachern Skandinaviens. Der Intendant und Regisseur ist derzeit Mitglied der Theaterleitung des Stockholm Stadsteater und war mehrfach zum schwedischen Theatertreffen eingeladen.

Eine Produktion des Düsseldorfer Schauspielhauses im Austausch mit GESCHICHTEN AUS DEM WIENER WALD des Schauspiel Köln.


Besetzung
Anton Antonowitsch Dmuchanowskij, Bürgermeister
Thomas Wittmann
Anna Andrejewna, seine Gattin
Cathleen Baumann
Marja Antonowna, seine Tochter
Lieke Hoppe
Luka Lukitsch Ohlopow, Schulinspektor
Markus Danzeisen
Ammos Fjodorowitsch Ljapkin Tjapkin, Kreisrichter
Tabea Bettin
Artemij Filippowitsch Semljanika
Jan Maak
Iwan Kusmitsch Schpekin, Postmeister
André Willmund
Peter Iwanowitsch Dobtschinskij
Cennet Rüya Voß
Peter Iwanowitsch Bobtschinskij
Christof Seeger?Zurmühlen
Chlestakow, ein Petersburger Beamter
Moritz Führmann
Swistunow, Polizist/ Der Kellner des Gasthofes
Daniel Fries
?
Regie
Linus Tunström
Bühne und Kostüm
Alissa Kolbusch
Musik
Rikard Borggård
Dramaturgie
Felicitas Zürcher, Armin Kerber
Licht
Christian Schmidt
Kommentare
Premiere am 10. Januar 2017
Vorstellungen
Do 23.03.2017
19.30 - 21.30
Depot 1

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [27]
  • 285.ノリントンのエルガーの1番 ケルンGO3月14日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 3月16日(木)05時42分15秒
  • 返信
 
何時もの様に1時間前に解説があるが肝心の話好きの本人は出て来ない。音楽評論家みたいな音楽学者みたいなここのホール気付けの人が出て来てマーラー的だのブルックナー的だのエルガーの1番についてとにかく50分かかる曲なので話し込む。

それとブラ―ムスのヴァイオリン協奏曲につての関連。ピアノ協奏曲同様ヴァイオルン付きの交響曲とするがすぐに取り消す。今回のカデンツァは何時もの様にヨアヒムのカデンツァ。しかしそれでは面白くないので録音でカイザーのカデンツァと聴き比べてみる。演奏はパールマン、ジリーニ、シカゴ響とファウスト、ハーディング、ヨーロッパ室内。更に序奏も聴き比べてみる。まあー、違う。その他クライスラー、オイストラフ、レオ・フリード、SKBと行く。フーバーマンと最晩年のブラームスの1896の出会いとヴァイオリンとオーケストラのための「幻想曲」の約束。今夜の演奏はピリオドであるが当時のヨアヒムは散々ヴィブラートかけまくって不評であったことなども話す。

またエルガーに戻って有名過ぎる威風堂々第一番を流す。エルガーが音大によらない独学者であったことを紹介、1899年のエニグマ変奏曲との関連を示すがどうしても同世代のマーラーと関連付けたいらしい。

本番になるとノリントンが出て来るがもう椅子に座っている。ヴィブラート付けないので音は弱いがそれでも12型入れているので管楽器とは釣り合う。フランチェスカ・デゴは初めて聞くイタリア人であるがもうDGからCDが出ている。かなりのテヌートとルバートで歌謡の様に演奏する。21分48秒。2楽章はノリントンが2拍子で指揮するからかなり速くなる。8分07秒。終楽章も早い8分00秒。計37分55秒。デゴのスカートが長すぎて階段に引っかかって出られない。アンコールはパガニーニか、ディエス・イレエが出て来るやつ。ヴァイオリンの音質が最高、こういう音は多分ストラジヴァリだと思う。ノリントンはふざけているが出入りの足腰が弱すぎる。

後半のエルガーの1番はシュトットガルトと同じように指揮者による長々と解説が入る。だから1時間前の解説に出て来なかったのだ。ほぼ同じ解説をSWR2のラジオでも聴いた。ベート―ヴェンもブラームスもいいがエルガーもいいではないかと言う言葉が当時印象的だったが、この指揮者どうしてもエルガーの交響曲もブラームスと同じ傑作群にしたいわけだ。フルよりも少し小さい3管14型のオケはシュトットガルト放送響と同じ音がする。当時は序奏がヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」や「アイーダ」前奏曲に見られるような安らぎから出発するが、単純なせいかもうこの物語には感動しなくなってしまった。

弦楽器群の構造が協奏曲並みに複雑で休みが無く特に内声、チェロとヴィオラの活躍が目立つ。ヴィブラートをかけないのでどれだけ合っているかは不明だが何時ものバカ鳴りが耳をつんざく。木管楽器も意外と合うまでに時間がかかる。また第一楽章終わると聴衆が拍手。指揮者が調子に乗って「1920年以降いつもこうだった」と笑わせこの曲への賛辞を絶やさない。休み無しで第三楽章。最後のデジャブは意外と対旋律が邪魔をして安らぎが戻ってこない。

この曲がなぜブラームスよりも評価されないのかはこうやって比較されると良く解る。ブラームスのほうが構成的に遥かに優れているのだ。更にブラームス以上に音楽史を更新しなかった印象派に入れられてもロマンティックな曲。普段の演奏よりもちっと早く52分。

14.03.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Vergangene Veranstaltung
F. Dego, Gürzenich-Orchester Köln, R. Norrington: Brahms, Elgar
Kölner Philharmonie

Francesca Dego Violine

Gürzenich-Orchester Köln
Sir Roger Norrington Dirigent

Johannes Brahms
Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 77 (1878)

Pause

Edward Elgar
Sinfonie Nr. 1 As-Dur op. 55 (1907/08)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:00
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [26]
  • アルベルト・ツェッダ

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 3月 7日(火)21時15分9秒
  • 返信
 
イタリアのロッシーニ指揮者アルベルト・ツェッダ死去。89歳。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [25]
  • クルト・モル

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 3月 7日(火)20時14分54秒
  • 返信
 
バス歌手のクルト・モルが死去。78歳?

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [24]
  • 284. バレエ「眠るな」2月16日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 2月18日(土)05時11分40秒
  • 返信
 
昼のWDRの「ペトル―シュカ」から行く。オケを見るとかなり珍しい4管編成のオリジナル版。ピアノは指揮者の前。第一トランペットとコルネットはピッコロ・トランペット持ち替えるそうだ。最後の方に頻繁にハイCが来る。まず解説があってこの物語をドイツのティル・オイレンシュピーゲルと比較する。ついに愉快な主人公が悲劇的に終わり最後に幽霊が出ると言う事でバルトークの「中国の不思議なマンダリン」と比較する。指揮者は大きなカーマスのスコアで指揮する。30分でおさまりきらないのでピアノ編曲版のように「ロシアの踊り」から始める。ドイツのコルネットはヤマハのようにはどうしても甘い音が出ないので持ち替えの意味のないことが多い。

第4部はミニマル音楽の先駆者。意外とテンポが不安げで先行きすぎる。打楽器奏者6名。この原典版は3管編成の編曲版よりは音楽的にいや寧ろオーケストレーション的に劣る。3管編成になるとこの作曲者が如何にロシア最大の色彩の大家だったかがわかる。同じ現象が「火の鳥」にもある。原典版は4管編成だが1919年版・1945年版と編曲し続けることによってどんどんオーケストレーションの色彩とアクサンが上がって行く。指揮的にも「ペトル―シュカ」は「春の祭典」より困難だと感じる。特に最初と最後の5拍子と2拍子の同時進行は恐ろしい。これを自由自在にできるのはブーレーズしか知らない。

20時からは演劇のデポー・ハウスにバレエを見に行く。ブラジルの客演なのだがさすがに音楽は生は使えなくて録音でやる。それでも通常の料金でやるので隣の演劇ハウス2も含めてチケットが全部売り切れた。その混乱は行きのトラムから立ち通しだった。客席にも全部入りきらず7分遅れの開始。

舞台は馬の死骸が飾ってある。たぶんブラジルで剥製にしたものを持ってきたのであろう。全体的に相変わらず汚らしいぼろ舞台。マーラーの第二交響曲の合唱の部分の2人のソリによる重唱から始まる。次に一番の頭の音。バレーの方はシュネーベルの「オヴィドの変容」やフェルドマンの「ナイザー」を思わせる現代的振付が主である。ダンサーがお互いに服を脱がせ始める。いや、ボロボロに毟り取る。五番の四楽章全部。徐々にアカデミックに踊って来る。三番の四楽章。激しい動きで喉を震わせ声を出す。第九の四楽章の最後。二番の一楽章の一部。パレストリーナの合唱曲。七番の第四楽章。ブラジルのフォルクローレ。六番の第一楽章は足の鈴入り。またフォルクスヴァイゼ。ダンサーの5度の重唱は踊りながらもプロみたいにきれいに響く。第四番の第三楽章。全体がポリフォニックな振り付けは何時までも続く。

しかし会場内が非常に暑い。30度は軽く超えていたと思う。寒がり屋のブラジル人が抜いて踊るので気を聴かせて暖房を最高にしたのだろう。「眠るな」と言う題名でも眠くなってしまう。最後に第二交響曲の第一楽章を全部。所要時間103分。


nicht schlafen
Nächste Vorstellung15.02.
Für sein neuestes Werk lässt sich Platel von Mahlers Musik und Biografie inspirieren, vor allem von Ort und Zeit: Österreich und Europa an der Wende vom 19. ins 20. Jahrhundert. Seine Aufmerksamkeit gilt besonders den unruhigen Jahren vor 1914 ? Mahlers letzte Lebensjahre -, die zu großen Krisen und den Tragödien zweier Weltkriege geführt haben. Das eindringlich diese Zeit beschreibende Buch ?Der taumelnde Kontinent? des Historikers Philipp Blom ist für Alain Platel der Ausgangspunkt der Probenarbeit. Blom entdeckt nicht nur Parallelen zwischen den damaligen Ereignissen und unserer Gegenwart, er zeigt auch, inwiefern Mahlers Musik und die Kunst im Allgemeinen ein Ausdruck der Wirrungen und Emotionen jener Zeit war. Beeinflusst hat Platel auch das Werk der Bildhauerin Berlinde De Bruyckere, deren Skulpturen oft verletzte und leidende Menschen zeigen. Das Ensemble setzt sich aus neun TänzerInnen und zwei kongolesischen Sängern zusammen.

Les ballets C de la B aus Gent, Belgien, wird 1984 von Alain Platel gegründet. Heute genießt die Kompanie großen Erfolg im In- und Ausland. Über die Jahre entwickelt sie sich zu einer künstlerischen Plattform für viele verschiedene Choreografen. Nach wie vor wird großen Wert darauf gelegt, Künstlern aus den unterschiedlichsten Disziplinen zu ermöglichen, am dynamisch-kreativen Prozess mitzuwirken. Daraus folgt, dass sich ?Les ballets C de la B? mit seiner ?einzigartigen Mischung künstlerischer Visionen? schwer einordnen lässt. Dennoch ist ein eigener, volkstümlicher, anarchistischer und eklektischer Stil erkennbar, dessen Motto lautet: ?Dieser Tanz ist fürdie Welt und die Welt gehört uns allen?. In Köln waren sie in der letzten Spielzeit mit ?En avant, marche!? zu sehen.

Eine Produktion von Les ballets C de la Bin Koproduktion mit der Ruhrtriennale und La Bâtie-Festival de Genève, Torino Danza, Biennale de Lyon, L’Opéra de Lille, Kampnagel Hamburg, MC93 -Maison de la Culture de la Seine-Saint-Denis, Holland Festival, Ludwigsburger Schlossfestspiele. Mit Unterstützung der Stadt Gent, der Provinz Ost-Flandern und der flämischen Regierung.


Choreografie: Alain Platel
Komposition und musikalische Leitung:Steven Prengels
Dramaturgie: Hildegard de Vuyst
Musical dramaturgy: Jan Vandenhouwe
Artistic assistance: Quan Bui Ngoc
Lichtdesign: Carlo Bourguignon
Sound design: Bartold Uyttersprot
Bühne: Berlinde De Bruyckere
Kostüme: Dorine Demuynck
Tänzer: Bérengère Bodin, Boule Mpanya, Dario Rigaglia, David le Borgne, Elie Tass, Ido Batash, Romain Guion, RussellTshiebua, Samir M’Kirech


http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [23]
  • 283. ハッピーアワー、シューマンの合唱曲、WDR, 2月9日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 2月11日(土)05時45分57秒
  • 返信
 
何時ものタダのビールの出る1時間のプログラムはまず昼の無料の公開プロ―ベから入り込む。前の横の席で聴いているが合唱がオケのひな壇の割には意外と聴こえる。手締めのシングルスクリュー・テインパニ。コントラバス5.男のハープ奏者は指揮者の前。チューバ。ハインツ・ホリガーが解説。シュトット放送響の首席客演で同僚のハインリッヒ・シフが死んでからオーボエよりもかなり寂しく指揮を続けている。新作の作品の発表も聴かない。ラッヘンマンやツェンダーーと同じく現代作曲家の中でシューマンが好きで全曲のCDを任せられているが交響曲と協奏曲が全部終わったので合唱曲に入ったらしいが、何しろやったことも聴いたこともないので、かなりカタツムリ状態で指揮する以外には無いらしい。スコアもドーヴァーでも出版されていなくてコピーで指揮する。

『エーデンハルの幸せ』(作品143)と『うたびとの呪い』(作品139)を混ぜてカットした型で通してみせる。ギリシャ悲劇からの作詞。各役割があるのでオラトリオの一種である。様式はあの最晩年の「ファウスト」からの情景と全く同じ。シューベルトが転調の名人に対してシューマンは偶成和音の大家。意外と間のメンデルスゾーンが抜けていてそれでもロマン色彩オーケストレーションの先駆者と言えようか?ただCDにしてはまず売り上げは無いから最優先は放送用の録音。

3本のトランペットの素敵なファンファーレ。ベートーヴェン風の6の和音。女声よりも男声陣のソリが優秀。単純な音起こしの作業は意外と疲れる。指揮者のカットの譜めくりでで大きな中断。ハープが救いだが何時ものキチガイ・オーケストレーションは健在。世俗合唱曲の歴史はこの時代に大きく花開いだ。指揮者は合唱に比重を置く事はない。10分オーバーで終了。

09.02.2017 Donnerstag 12:30 Uhr
WDR Rundfunkchor Köln, WDR Sinfonieorchester Köln, H. Holliger
Kölner Philharmonie

WDR Rundfunkchor Köln

WDR Sinfonieorchester Köln
Heinz Holliger

Auszüge aus dem Programm von 19:00 Uhr:

Robert Schumann
Das Glück von Edenhall op. 143 (1853)
Ballade für Soli (Männerstimmen), Männerchor und Orchester. Text von Richard Hasenclever nach Ludwig Uhland

Robert Schumann
Des Sängers Fluch. Ballade op. 139 (1851/52)
für Soli, gemischten Chor und Orchester. Text von Ludwig Uhland, bearbeitet von Richard Pohl

30 Minuten einer Probe erleben: Eine halbe Stunde vom Alltag abschalten, die Mittagspause oder den Stadtbummel unterbrechen und das tägliche Einerlei vergessen.

PhilharmonieLunch wird von der KölnMusik gemeinsam mit dem WDR Sinfonieorchester Köln und dem Gürzenich-Orchester Köln ermöglicht.

PhilharmonieLunch ist für den Besuch mit Babys und Kleinstkindern nicht geeignet. Wir behalten uns vor, bei diesen Veranstaltungen Kinder erst ab dem Kindergartenalter (3 Jahre) in den Saal einzulassen.

Bitte nutzen Sie stattdessen die zahlreichen Musikangebote für Familien mit Babys und kleinen Kindern unserer Reihe PhilharmonieVeedel.


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

8時からではなくてこの規格は何時も7時に始まる。合唱の後ろに席を構えるが今回はそんなに良く聴こえない。声がオケの中に入り込みすぎている。隣の客は上品そうに小さな声なのでフランス人かと思ったが実際は良くしゃべるイタリア人。2本のホルンはナチュラル。残るはバルブ。最初に解説があって、ホリガーはスイス人だから変なドイツ度だが何とかわかるでしょうと言う事で演奏。作品143は男性ソリ2人。トライアングル。11、10、8、6、5の弦。メンデルスゾーンの「ワルプルギスの夜」のようにソリとコアが何時も交代で話が進みオペラのような雰囲気。ティンパニ3個。とにかくみんなにとって新曲同様で慣れていない。あんまり要点がつかみ切れていない。コアの中のソロもあって13分で終わる。

また少し解説があって作品139(1952).トライアングルなしトランペット2.交響曲にないチューバはそのまま残る。ソリ・コーラスと共に女声が弱い。同じようにオペラのように劇的に進行。ホルンが良く割れるのは2本の自然ホルンがあるおかげである。

何時ものようにすぐに無料のビール1杯だけ飲んで電車に飛び込む。隣の電話しているお姉ちゃんは今度は本物の上品なフランス語だった。


09.02.2017 Donnerstag 19:00 Uhr

Happy hour ? Klassik um Sieben.
J. Borchert, I. Danz, C. Elsner, D. Schmutzhard, M. Bittner, WDR Rundfunkchor Köln, R. Blank, WDR Sinfonieorchester Köln, H. Holliger, M. Bongard: Schumann
Kölner Philharmonie

Julia Borchert Sopran
Ingeborg Danz Alt
Christian Elsner Tenor
Daniel Schmutzhard Bariton
Manfred Bittner Bass

WDR Rundfunkchor Köln
Robert Blank Einstudierung

WDR Sinfonieorchester Köln
Heinz Holliger Dirigent

Matthias Bongard Moderation

Happy hour ? Klassik um Sieben

Robert Schumann
Das Glück von Edenhall op. 143 (1853)
Ballade für Soli (Männerstimmen), Männerchor und Orchester. Text von Richard Hasenclever nach Ludwig Uhland

Robert Schumann
Des Sängers Fluch. Ballade op. 139 (1851/52)
für Soli, gemischten Chor und Orchester. Text von Ludwig Uhland, bearbeitet von Richard Pohl


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

09.02.2017 Donnerstag 19:00 Uhr
Karten bestellen
Happy hour ? Klassik um Sieben.
J. Borchert, I. Danz, C. Elsner, D. Schmutzhard, M. Bittner, WDR Rundfunkchor Köln, R. Blank, WDR Sinfonieorchester Köln, H. Holliger, M. Bongard: Schumann
Kölner Philharmonie

Julia Borchert Sopran
Ingeborg Danz Alt
Christian Elsner Tenor
Daniel Schmutzhard Bariton
Manfred Bittner Bass

WDR Rundfunkchor Köln
Robert Blank Einstudierung

WDR Sinfonieorchester Köln
Heinz Holliger Dirigent

Matthias Bongard Moderation

Happy hour ? Klassik um Sieben

Robert Schumann
Das Glück von Edenhall op. 143 (1853)
Ballade für Soli (Männerstimmen), Männerchor und Orchester. Text von Richard Hasenclever nach Ludwig Uhland

Robert Schumann
Des Sängers Fluch. Ballade op. 139 (1851/52)
für Soli, gemischten Chor und Orchester. Text von Ludwig Uhland, bearbeitet von Richard Pohl

Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [22]
  • Re: 282. オルフの「賢い女」Carl Orff 2月1日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 2月10日(金)17時05分55秒
  • 返信
 
テノールのニコライ・ゲッダが死去!

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [21]
  • 282. オルフの「賢い女」Carl Orff 2月1日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 2月 3日(金)06時05分0秒
  • 返信
 
子供のための11時半からのマチネーでさすがに100人余りの聴衆にフルの3管編成とは行かなくて、あのルぺルト・フーバーの指揮した「カルミナ・ブラーナ」のCDのように、ピアノ2台と打楽器3人に縮小して行われる。オルフの楽曲は弦が活躍しないしピアノのほうがリズムがはっきり付くのでほとんど曲の本質を損なうことは無いのである。「カルミナ・ブラーナ」の合唱付きの吹奏楽編曲もそれに沿った例である。

この良く解説書に書いてある80分という演奏時間はマスカーニの「カヴァレルア・ルスティカ―ナ」とレオンカヴァロの「道化師」のように大人向けの上演の2本立てが可能な演目である。これと同じ規模の「月」を組み合わせえるのが理想的であろうが、1時間かかる巨大編成の「世の終わりの劇」なども聴いてみたい演目の一つであるが、子供を対象にしている以上「月」の方を先に聴いてみたい。

ピアノ伴奏譜はどうもヴォーカル・スコアから、3人の打楽器はオケのパート譜からほとんど編曲もしないで取れるらしい。最初、杵と臼を発見した百姓の場面なしで刑務所から始まるがスコアもそうなっているみたいだ。音楽の容易さは小学1年生か2年生向けである。折りしも昨日生誕80年を迎えたフィリップ・グラスの繰り返しの先駆者である。バカでも非常に理解しやすいが、音楽的に内容が非常に薄くすぐに捨てられてしまいそうな偏差値40の音楽である。だからオルフも「カルミナ」以外はほとんど残っていない。誰もその内容と価値を認めないからである。従って限りなくロックなどのポピュラーに近い音楽である。

この主役の王様は韓国人が素晴らしい声で歌っているが、続く長い台詞も訛りのないアクセントも完璧なドイツ語で驚嘆に値するほどである。何かこの安っぽいガラクタ演出のクソ・バカ王様役が嵌っているが、そのタイトルロールの賢い娘と対比して、アメリカのトランプ国王と政敵のヒラリーをわざと皮肉ったんじゃないかと思うと笑ってしまうような役作りである。こうやって子供のうちから大人になっては違和感を感じる韓国人の王様役に自然に慣らされるのであろう。だから西側で育った国民は外国人を見てもびっくりしないで焼き討ち事件なども少ないのである。逆に東ドイツや日本はまだまだ外国人に慣れない未だに野蛮人の国のままである。

さすがに60分を超すと王様が眠らされ、変化が無くなって子供たちがざわざわしだす。しかしここは計算したらしく舞台転換で舞台を消して、客席の子供たちのに3人の浮浪者が入ってきて電車の検札みたいにチケットを拝見しては日付けが間違っているとか席が間違っているとか笑いを誘い出す子供参加型の演出法で良い気分転換。何時もの雄弁なドラマトゥローグが常に最後列に座っているのは、子供たちに最後の盛大な拍手を教えるためらしい、日本語で言う「さくら」をやっている。それも演出法の一つと思っているところが凄い!75分25秒で何時も80分はかからない単発オペラ。

曲全体はストラヴィンスキーの「放蕩者の成り行き」と思い出させるような曲の構成だった。
Die Kluge
Die Geschichte von dem König und der klugen Frau
Libretto vom Komponisten nach den Gebrüdern Grimm
in einer Fassung für zwei Klaviere und Schlagwerk
empfohlen für Kinder ab 7 Jahren
Dauer ca. 80 Minuten
Musik von Carl Orff (1895 - 1982)
01 Zum Kalender hinzufügen
iCal/Outlook Kalender
Google Kalender
Yahoo Kalender
Mi /
Feb 17
StaatenHaus Saal 3 11:30 ? 13:00 Vorstellung ? 12,5,-/7
Ticket kaufen
Inhalt
Inszenierung
Besetzung
Weitere Termine
Inhalt
Locker und leicht entlädt sich in der ?Klugen? das Feuerwerk des psychologischen Spiels, der lichternden Vieldeutigkeiten, ungebunden, unakademisch, geistesverwandt mit der Commedia dell’arte, der Opera buffa. Gerade aber die Orffsche Stilisierungskunst lässt das Elementare dieser Burleske zur vollen Wirkung kommen, …
Inszenierung
?Elementare Musik, Wort und Bewegung, Spiel, alles, was Seelenkräfte weckt und entwickelt, bildet den Humus der Seele, den Humus, ohne den wir einer seelischen Versteppung entgegengehen. Gleich wie der Humus in der Natur das Wachstum überhaupt erst ermöglicht, so entbindet elementare Musik im Kinde Kräfte, die …
?Oh, hätt' ich meiner Tochter nur geglaubt!?
(Der Bauer)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Nicol Hungsberg / Dramaturgie Tanja Fasching
Der König
Insik Choi
Der Bauer
Lucas Singer
Des Bauern Tochter
María Isabel Segarra / Ivana Rusko
Der Kerkermeister
Miroslav Stricevic
Der Mann mit dem Esel
John Heuzenroeder
Der Mann mit dem Maulesel
Wolfgang Stefan Schwaiger
1. Strolch
Dino Lüthy
2. Strolch
Michael Mrosek
3. Strolch
Julian Schulzki
Klavier
Michael Avery / Theresia Renelt / Amandine Duchênes / Luca Marcossi
Theresia Renelt / Michael Avery / Amandine Duchênes / Luca Marcossi

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [20]
  • ルドルフ・ビーブル

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 1月29日(日)02時03分19秒
  • 返信
 
メルビッシュ湖上音楽祭日本公演2015
6時間前 ?


ウィーンのフォルクス・オーパーからの連絡でマエストロ・ビーフルが本日突然にご自宅でお亡くなりになったそうです

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [19]
  • 281. ギルツニッヒの「英雄の生涯」1月24日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 1月26日(木)05時38分9秒
  • 返信
 
ジークブルクの図書館のコピーはタダなので何か楽譜をコピーしようと行ってみる。時間が無いのでフンパーディンクのチェロとピアノの小品を試みる。オペラの解説書が1ユーロで放り出されてたので演劇とコンサート・レパルトワーも含めて全3巻3ユーロで買ってくる。現代音楽やリートの専門の解説書も出されていて最新版は豆本だが1000ページを超える。これでオペラは3冊目になった。中学時代から愛読した音友の「名曲解説全集」みたいなものである。

ケルンでは久しぶりにCD屋に行く。リポル・ペシェックのドヴォルザーク全集が安いので買ってくる。かつてはコシュラーなどと並び称された指揮者だが、チョコ・フィルは2回とも若手のでももう若くはないノイマンみたいにビエロフラーベックに取られてしまった。

その後で楽譜屋に行って3週間前に注文したベルリーニ「の夢遊病の女」のスコアを買ってくる。最後にローマにいたときに欲しくて買おうとしたら次の日にもう店じまいで全く開かなくて残念を見たのだ。

夜7時からの解説は何時もの指揮者が出て来て始まる。スイス人の小柄なパトリック・ハーンの司会はジークブルク作曲コンクールにも入賞してもうケルンの現代音楽の解説をやめたと思われたが、実は数年前とは全く変わっていて太って剥げて別人のようになっていた。ここでもさすがにアメリカの新大統領の皮肉から始まる。指揮者に今回のプログラミングの何が面白いかの質問から始まる。「快楽」と言う単純な言葉だけが返ってきて、このケルンが「ドン・キホーテ」の初演などで切り離せないことなどが強調される。今でもフランクフルト音大のチェロの教授をやめないで指揮活動に来ているらしい。指揮者の前は20年オケで弾いてたらしいが、トーマスのように親の紹介で指揮に転向。ブリテンの1920年代から30年最初に書かれたピアノ協奏曲の解説から始める。

第二楽章のワルツはショスタコーヴィッチのようにグロテスクだというがマーラーや現代音楽聴きなれた我々の耳には録音でちっともそうは感じない。壊れたラヴェル。第一楽章はトッカータ。今日のピアニストはリーズのピアノコンクールで東洋人で初めて入賞した当時18歳の韓国人らしい。第三楽章は即興曲でサティを思い起こされる。終楽章はグロテスクなマーチ。以上は当時のS・リヒテルの演奏。

ホルンの特徴あるR・シュトラウスの作品40はロート指揮のSWRの録音。Face・Bookのタイム・ラインのように絶えず音楽が移り変わるそうだ。

ロビーはウンスク・チンの楽譜の展示会?何時から韓国特集になったのだ。まあー、良く書ける秀英作曲家。

本番の「イドメネオ」序曲はピリオドの10、10、6、4、3.「ドン・ジョヴァンニ」のような演奏会用の結尾もないのにどうしてこれを演奏するのかはイドメネオも「英雄」としても謎で中途半端に終わる。5分。

ブリテンの協奏曲は近代音楽だがプロコフィエフみたいに荒いリズムで若干繰り返しが少ない速い第一楽章。大きな2管編成。長くここで終わりそうなカデンツァ。第二楽章はまじめな楽章。「ピーター・グライムス」のパッサカリアようなコンバスのピッチカートが特徴だが中間部で協奏曲らしく速くなる。第三楽章ブルー・ノートみたなスケール。第四楽章で再びプロコフィエフに戻る。ロシアやバレエの「ロメオとジュリエット」を意識したのか増減法でクライマックスを築いてはっきり終わる。35分。

「英雄の生涯」はおおよそ前回書いた。同じチェロなのに先ほど死んだハインリッヒ・シフより耳が良いとは思えない。第二ヴァイオリンがファンファーレの少し前でみんなG線を少し上げたように見えるのはどうしてか?スコアに書いてないので謎だ。シンバル2人。ホルンがシュトットガルトのように鳴り捲らないのは残念。「ドン・ファン」の弦楽の伴奏がガチガチと煩すぎる。最後のトランペットの最低音のEsは普通のBb管では出ないが管をめいいっぱい外れそうになるまで引き出すと可能である。何時も1時間に1本の電車が出発する時間に終わる。拍手をしないですぐ脱出。46分40秒。



24.01.2017 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
S. Kim, Gürzenich-Orchester Köln, M. Sanderling: Britten, Mozart, Strauss
Kölner Philharmonie

Sunwook Kim Klavier

Gürzenich-Orchester Köln
Michael Sanderling Dirigent

Wolfgang Amadeus Mozart
Ouvertüre
aus: Idomeneo KV 366 (1780?81)

Benjamin Britten
Konzert für Klavier und Orchester op. 13 (1938, rev. 1945)

Pause

Richard Strauss
Ein Heldenleben op. 40 TrV 190 (1897?98)
Tondichtung für großes Orchester

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:00
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [18]
  • 280. プーランクの「声」とバルトークの「青髭公の城」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 1月21日(土)06時11分49秒
  • 返信
 
Francis Poulenc / Béla Bartók 19.01.17

何時ものようにギュツニッヒのプローベからR・シュトラウスの45分かかる「英雄の生涯」を中間を省略して30分で聴かせる。ミヒャエル・ザンデルリンクは親が死んだ直後もここで「戦争と平和」のオペラを指揮してた。短気の兄のトーマスに比べて若すぎてちっと未熟性があるのが特徴的だ。兄弟で指揮者やっているのは東欧に多く、腹違いのビチコフ、ヤルヴィ親子、ハンガリーのユダヤ人のフィッシャー兄弟に似ている。自分も持ってる安物のドーヴァーのスコアしか指揮者のスコアはないらしい。今のペータースの正式スコアは「イタリアから」に入れ替わっている。ケルンは当時「ツァラトウストラ」や「英雄の生涯」を初演したフランクフルトと交響詩の競争し合って「ティル」や「ドン・キホーテ」などを初演している。当時は放送オケは無かったので両者はオペラのオケでなければいけない。明日が子供だちのための演奏だというのでヴァイオルン・ソロが生々しい。ベルリン・フィルのコンマスの入団試験に使われるだけあってベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」と並んで難しい役らしい。この本番は何時もの最後の日・火曜日に来る。ファンファーレはマーラーの1番のように全部で5本ある管弦楽団から3本のBb管で編成できるらしい。複数形のシンバルのトレモロはバーンスタインがマーラーの6番でやっていたようにすり合わせる。スコアだけ見ても気が付かないことが良くある。

その後に1ユーロ・ショップで2ユーロのエーリッヒ・ヴァレンティンが書いたモーツァルトの伝記を買う。1ユ―ロのCDやDVDの他にこういうのもぽっとおいてあるのがドイツらしい。

6時からベッヒシュタインのピアノ屋でケルン音大の教授陣によるコンサートを3人目まで聴く。学生ではないのでみんな安定感が抜群である。音大よりも音響が良いのにも助けられ気持ちが良い。全員が国際コンクールの入賞者らしい。熱くて喉がむせて咳をしていたら水をサービスして貰った。まず最初がショパンのスケルツォ第一番、男なので打鍵力がある。次が司会も務めた女性のシューマン、3人目は博士号も持っている女性でジョージ・クラムの「ミニチュア組曲」とドビッシーの「喜びの島」。クラムの準備中に時間がかかるので同時に解説もしている。「トリスタン」やドビッシーの引用が多い曲らしい。

その後でオペラがあるが、40分前と予告しないで勝手に解説しているので、ピアノのせいで遅くなって聴けなかった。

プーランクの「声」はかつてシュトットガルトの音大の学校オペラでゥィルヘルマ・テアターで見たことがある。ピアノ伴奏だったがシェーンベルクの「期待」と同じ小さなモノローグオペラなのでこれが原典かとすっかり思い込んでしまったが、実際の正式上演は大きな2管のフル編成で少しびっくりする。演出法は現代にふさわしく受話器電話ではなくて携帯電話でやる。モノローグのユリアーネ・バンゼはシュトットガルト時代のバッハ・アカデミー時代から親しい、その後現代物も歌えるのでオペラにも進出したが、完全に役に嵌りきっていてフランス語も問題なし。舞台も森の中で綺麗でこれは飽きなかった。綺麗にオーケストレーションされた音楽は一種のメシアンの繰り返しを思わせるところがあるが「カルメル派修道女の対話」やラベルの「スペインの時」よりも遥かに美しかった。42分。弦が12、10、8、6、4のまま次の大編成のバルトークへ。
ウィーン=シュトットガルトと見て歩いて最後はWDRの演奏会形式。この舞台もみんなこじんまりに細かく作られている。クッスヌだからダンケの意味で、このオペラはスコアはドイツ語しか売って無いがチェコ語より難しくないのか原語上演が多い。予めベットに何のためかもう一人寝ている。4つの扉までは無体に出てこないので意外につまら無い。やらしいセックスを描写した演技が多く、第5の扉から舞台に風を吹かせて面白くなる。指揮者が金管よりも弦をかまうからクライマックスがずれている。どういうわけかその後でタイトルロールの韓国人が運動用の自転車に乗るのが意味が解らない。ティンパニは1時2人になる。6番目の扉は風呂場。7番目の飛ぶらの前にユーディットを殺し舞台に雨が降って来る。風呂場から3人の前妻達が全裸で出てくてドレスを着せられる。たぶんバレエの人だろう?その後で殺したユーディットの幽霊にもドレスを着せる。一旦逝かせられるがまた出て来て無言の別の予め寝ていた青髭とベットに寝る。愛しすぎて嫁に嫁いだ先に古い妻たちがいるのは現代もキリスト教を捨てイスラム教徒の家に嫁いだ欧米白人女性の悲劇と重なるどうしようもない絶望感を与える。後半は面白いがあんまり演出の意図が解らない。61分18秒。
Bechstein Konzerte - Young Professionals
Donnerstag, 18:00 Uhr, C. Bechstein Centrum Köln (Köln)
?
Star-Besetzung gestaltet Auftaktkonzert
Prof. Sheila Arnold, Prof. Gesa Lücker, Prof. Florence Millet, Prof. Ilja Scheps, Prof. Josef Anton Scherrer, Prof. Anthony Spiri und Prof. Nina Tichman
Adresse:
Glockengasse "Opern Passagen" 6, 50667 Köln
Internet:
www.bechstein-centren.de

La Voix humaine / Herzog Blaubarts Burg
? La voix humaine (Die menschliche Stimme)
Text von Jean Cocteau, Musik von Francis Poulenc
in französischer Sprache mit deutschen Übertiteln
? A kékszakállú herceg vára (Herzog Blaubarts Burg)
Text von Béla Balázs, Musik von Béla Bartók
in ungarischer Sprache mit deutschen Übertiteln

Begleitveranstaltung
Die Kurzeinführung zum Doppelabend ?La voix humaine?/?Herzog Blaubarts Burg? beginnt um 18:50 Uhr.
Inhalt
Was wäre die Oper ohne Liebe? Sie würde ihres ewigen Themas, ihres Kerngehalts beraubt sein. Die beiden Musiktheaterwerke des 20. Jahrhunderts ?La voix humaine? und ?Herzog Blaubarts Burg? an einem Abend nebeneinander gestellt, beleuchten den geheimnisvollsten aller Zustände auf subtile und faszinierende Art ? …
Besetzung
Musikalische Leitung Gabriel Feltz / Inszenierung Bernd Mottl / Bühne und Kostüme Friedrich Eggert / Licht Wolfgang Göbbel / Dramaturgie Georg Kehren / Orchester Gürzenich-Orchester Köln
La Voix humaine
Die Frau
Juliane Banse
Herzog Blaubarts Burg
Herzog Blaubart
Samuel Youn
Judith
Adriana Bastidas Gamboa


http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [17]
  • 279. つばめ、Swallow、1月5日ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 1月 7日(土)05時54分58秒
  • 返信
 
その前に今年最初のオケ・プローベに行く。ギュルツニッヒもWPの真似してProsit Neues Jahr! 日曜日にやるニューイヤーコンサートの準備。一回しかやらないので日曜日に来れない人はここが最初で最後になる。今日のためにレスピーギの「ローマの祭り」だけ通しで準備しておいたらしい。

ダニエレ・ルスティオーニはイタリア系の指揮者らしいがコヴェントガーデンやメトで振っているらしい。この演奏の違うとこはファンファーレのトランペットにローマのカエサル時代の古代トランペットを複製したのを使っていること。当時の絵にあるようにスーザ―ホーンのように小型のものを体に撒いて吹く。音が荒っぽく原始的で少し不安定で古臭く聴こえる。司会者はイタリア語で質問して指揮者が英語で答える。古楽器なので当然少し強くなっただけで割れやすい。コンマスの後ろで聴くがオケのパート譜は予想のリコルディに反してブライトコップフが受け持っているようだ。

とにかく何度もイタリアに言った経験からして何時もAmoreの民謡音楽だ。この曲はウィーン時代にウィーン響でデ・ブルゴスの指揮でプローベから本番まで付き合った事があるが、とにかくおもちゃの様に明るく血しぶきをあげてイタリア臭い。25分15秒。

帰りに韓国のSQの公演のポスターを見る。イサン・ユンの第一SQをケルンに持って来るらしい。戦争の混乱で紛失したと聴かされていたが最近発見されたらしい。それまでは作品表は第3SQから始まっていた。聴いてみたいが木曜日じゃないとなかなか来れないので残念!

夜は8時からオペラじゃなくて演劇に行く。なぜ演劇か?オペラと関係があるのはもちろん、オペラの下手な曲目や演出よりは面白い。それよりも最近の演出法が見える。今回は思い切って役者の表情が良く見える一番前に席を取った。

1年前のデポーのコンテナ劇場と同じ役者の顔ぶれ、この東洋人は知っている。最初から電子音と即興ピアノが流れているのも同じ。現代演劇と言ってもパフォーマンスの一種。美台にあるらくがきとほとんど変わらぬ舞台装置。ピアニストはマイクで自分の声を変調。各席は若者多し。ストロボ。英語のよる朗読が次第にドイツ語に変わる。板を壊し、女の男役はパンツにタオルを突っ込み男にする。ヘイトだけの台詞も十分芸の素材になる。プラスチックコップを握りつぶす。言葉の電子音の間奏曲。

歌をゴムで縛って醜くする。ダイアローグは互いに関係なく詩のように発展する。PCの伴奏で歌。メトロノームが出て来て速くなりさらに2つになる。詩も文学も同じ最初に何にが良いのかちっとも誰にもわからない。ダンス。顔の表情が良く解る。エレキギターの伴奏。

女同士がキス。簡易打楽器。ワイシャッツを切る。胸を出して女であることが解る。音楽家は逆にスカートを履いて演奏。パリのテロの台詞が出てくるので比較的最近の作品。世界の社会問題が出てくる。ヒットラー美術大学、ワギナがバカとかいろんな言葉を積み上げていく。ついにディスコ。本当にアルコールの匂い。パンティストッキングが破れてめちゃくちゃ。タバコの煙の臭いもすごい。ペリカンと称してビニールの袋を飛ばす。85分。

その後のタンツバーはタダだけども酒飲まされ煩そうなのでパス。

von Stef Smith
Nächste Vorstellung06.01.
?My body is a prison of pain?

Anna, Rebecca und Sam ? drei Frauen, deren Krisen Realität geworden sind: Anna verlässt ihre Wohnung seit fast zwei Jahren nicht, Rebecca zerschneidet ihr Gesicht mit einer Glasscherbe und Sam hält es nicht mehr aus, als Frau leben zu müssen. Drei Leben, die geprägt sind von Selbstzerstörung, Isolation und einem
tiefen Wunsch nach Veränderung ? die eintritt, als sie sich begegnen …
Das Stück wirft Fragen nach der Handlungsfähigkeit von vermeintlich kranken Körpern auf, in einem System, das ?gesund sein? als Normzustand begreift und sich selbst nur erhalten kann, wenn andere daran zu Grunde gehen.

Die schottische Autorin Stef Smith hat mit SWALLOW, das beim Wettbewerb des letztjährigen ?Fringe Festival? in Edinburgh den ersten Platz belegte, einen radikalen Gegenwartsbericht geschaffen. Sie vereint Drastik und Poetik und zeichnet eine intime Aufnahme gesellschaftlicher und geschlechtlicher Differenzbilder.

Nicola Gründel
Sam
Magda Lena Schlott
Rebecca
Ines Marie Westernströer
Musiker
Antonio de Luca
?
Regie
Matthias Köhler
Bühne
Elke Auer
Kostüme
Nadja Zeller
Musik
Antonio de Luca
Dramaturgie
Stawrula Panagiotaki
Kommentare
10.12.2016 23:03
Dr.Ralf D.Rizzi schrieb zum Stück “Swallow”
Habe heute die Premiere gesehen.Hervorragende Inszenierung mit herausragenden schauspielerischen Leistungen
Neuen Kommentar einstellen
Stef Smith
"One of Scotland's most gifted young playwrights"
(The Scotsman)

Stef Smith kommt aus dem kleinen Ort Stirling in Schottland. Sie studierte Drama and Theatre Arts mit Ausrichtung Regie an der Queen Margaret University in Edinburgh. Stef Smith ist eine herausragende Autorin, die es schafft mit ihren liebevollen Figuren und ihrer direkten Sprache eine ganz eigene Welt zu erschaffen. Stef Smith gewann 2012 den Olivier Preis. 2013 war sie Residenzkünstlerin des Banff Centers in Albert, Canada. Seit 2015 ist sie assoziierte Autorin des Traverse Theatre in Edinburgh.
Deutschsprachige Erstaufführung am 10. Dezember 2016

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6



レンタル掲示板