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  • オペラ&クラッシック音楽雑談スレッド

  • 投稿者:YUKI@管理人
  • 投稿日:2009年 4月23日(木)14時04分18秒
 
ここはオペラやクラッシック音楽の様々な事に関して雑談するスレッドです。
好きなオペラ歌手の話題やコンサートの感想等を書いて頂けたらと思います。
書き込みはクラッシック音楽のみとさせて頂きます。
ポップス等他のジャンルはご遠慮ねがいます。
だけど、ポップス等でもクラッシック音楽にまつわるネタであればOKです。^_^

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演奏家に対する批評はOKですが、行き過ぎた批判にならないようにだけお願いします。

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sage

  • [141]
  • S-3. 書評:ジャズピアノ教本ガイドブック。1936年から現在まで、河合明、河合考治

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 7月11日(木)05時05分36秒
  • 返信
 
検索すると
2018-09-08
ジャズピアノ教本
本書は1936年以降、日本及びアメリカで出版されたジャズ・ピアノ教本(作・編曲、理論書も含む)について紹介しています。ジャズ教本創成期(?)の今では入手しにくい絶版書もなるべく紹介するようにつとめました。尚、掲載した本は著者が実際購入し、弾いてみた教本だけに限らせていただきました。それはアルバム評と同じように聴いていない音楽を批評することなどできないからです。従ってジャズ・ピアノ教本史(?)全体において、重要と思われる教本、教育者や学習者の間で評判の良い本でも、今回掲載できなかったものは数多くあると思われます。この場を借りて、お詫びしておかなければいけませんが、それらは以後の改定版で反映させたいと思います。
ジャズ・ピアノ教本の変遷:1936年から現在まで
作者: 河合孝治,河合明
出版社/メーカー: TPAF
発売日: 2018/08/19
メディア: Kindle版
とある。

2018年の出版と言うことになっているが実際には2019年に出された本も乗っている。所謂書評であるがその書評の書評をジャズの素人である私がやってみるという段取りである。

まず筆者が急いで書いたので多数の誤字や印刷ミスがあるとのこと。これは最後の方に見受けられた。文章も論文調の理論家タイプではなく俗世間的に付け足し的な書き方なので反って肩がこらないで親しみが持てるが、実際の著者は既に十数冊の本を出していて作曲やピアノも弾く事実上の民族音楽とジャズの音楽学者である。

さすがに素人の私にとって知らない人物や専門用語なども出て来るがそれでも何らかのコメントを入れてみたいと思う。

ジャズの教本の歴史となると1936年からと言うことでさすがに古い歴史を持っている。それでどれだけ即興の極致に入れるかは別として、今までに膨大な情報の山が積み上がっている事だけは確かである。

人名としてアンドレ・プレヴィンとか出て来るとさすがにクラシックと共有しているので指揮者で活躍していると同様にジャズに頭から親しみを持ってしまう。しかしジャズではないけれどもTVで自分はオスカー賞に4度輝いたが、その前に16回ノミネートされて落ちていると正直に人生論を語るのは人間臭さが凄くにじみ出ている。

もちろんチック・コレアとかもキース・ジャレットなどはちょっとは知っているがクラシック・ピアノに出てきたからのであって普段は自分は自主的にジャズを聴く習慣はない。毎朝かけっぱなしにしているFMラジオの繋ぎに良く流されるので自然に耳に入ってくる程度であってその曲名も作曲者名も全く覚えてはいない。ドイツの音大には必ずジャズ科があるがそこに顔を出したことは一回もなく、ただ10年ぐらい前にボンで木曜日の夕方に街の広場で良くジャズ・バンドを呼んでやっていて立ち止まって聴いたことはある。

現代音楽家からのジャズを見るとやはり普通は調性はあるし、旋律はあるし、リズムはあるし、コードはあるしでどうしても音楽としての保守的に見えてしまう。しかしその最大の保守性はポップスに共通な繰り返しである。これがなくなるとジャズは即刻死ぬらしい。

今日の少子化の影響もあって大半のジャズの音楽学校は潰れているらしいが、クラシックが一般大学の役割に対して、売れれば手っ取り早く儲かるポップス系の音楽はやはり私立の音楽学校の役割である。大手の尚美学園はまだ残っているが少子化と大学の乱立には苦心しているらしい。

ドナウエッシンゲン音楽祭の2日目の夜のジャズ・セッションなどの練習を見たりラジオをオン・エアなどを聴くともうジャズと現代の境界がなくなるような団体を毎年探して呼んでくる。結局は何をもってジャズなのかの定義は現代音楽と同じく非常に混乱しているらしい。

例えばブルーノートと言う和声的な技法がある。これはクラシックの対斜、から来ているのがまざまざとわかる。和声学の対斜は半音が隣り合って間接的にぶつかるだけであるが、徐々にブルックナーはこれをカノン風で対位法化したり13の和音を半音でぶつけて、フィボナッチの数列からなるバルトーク対斜はまさにブルー・ノ-トの様にほぼ同時に鳴り易い。

それと即興音楽の直接関係はないが、即興は簡単に言ってしまうと音楽の話言葉に似ている。我々は普段即興で話しているが、それをピアノなどで音楽で閊えることなくやってしまうのが即興であると自分は教えていて、それは十分な訓練を経れば可能なのだとも言える。

例えばバッハに代表するバロック時代の即興例。当時の教会音楽家は礼拝の前に実際に前奏曲とフーガやコラール前奏曲の様に今残されている楽譜そのものの様に即興をやってのけた。なぜなら毎週規制の譜面に書かれたトッカータとフーガをさらっていくのが面倒だからである。その伝統は今でもドイツのAクラス教会音楽家の演奏によって礼拝で聴くことができる。今時バッハ様式の前奏曲とフーガを完璧にしても決して受けないのかもしれないが、今でも彼らが実際にアレグロの4声フーガを規則通りにできることは自分がシュトットガルトの学生時代に即興のレッスンを毎週1時間受けてみてまざまざとその実態を体験した。従ってバッハなどの今残っている楽譜はその演奏がたまたま良くできたのでまた聴いてみようと楽譜に残したに過ぎないことがわかってきた。

そのほかには通奏低音や転調の即興演奏があり、作曲科の入学試験や卒業試験に良く課せられる。これらも実際個人レッスンを受けてみるとその懐の深さに驚いたものだった。

この観点から見るとジャズの即興は実はその巨大な即興世界の一分野に過ぎないことがわかり一様式に過ぎなくはない。ジャズらしさも必ず関係者に会うとフリードリッヒ・グルダの様に皮肉的に言われるが、実際にはジャズの境界もそんなに明確にはないことがわかってくる。

従って後書きの「1冊の教本を完全に仕上げる」や写譜に繋がる「コピーの重要性」、「固定した価値観などはない」と言う教義は全く正しいことが良くわかる。即興の上手い下手はあるにしても、音楽の様式上の境界がない以上ジャズの様式の境界もないのは当然のことと言える。

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/


  • [140]
  • 392. GO アルプス交響曲Sinfoniekonzert 12

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 7月10日(水)18時19分44秒
  • 返信
 
Dienstag 09.07.2019, 20:00

1時間前の解説はWDR3のミヒャエル・シュトルークが出て来る。今日のプログラムは音楽の境界の経験をすると言っている。ウェーベルンの作品6が1913年、音列も少し使ってバシュメが初演したシュニトッケのヴィオラ協奏曲が1985年でその中にアルプス交響曲が入りすべては20世紀のいろんなスタイルの作品を抱合している。

ヴィオラ協奏曲はバルトークやヒンデミットでも有名であるが皆20世紀の作品である。ショスタコーヴィッチは晩年にヴィオラ・ソナタを書いてすぐ死んだ。このシュニットケの作品はトッカータとでもエチュードともいえる。BAsCHEの音列を使っているが、ヴォルガ出身のロシア系ユダヤ人にとって父親がフランクフルト出身でドイツとのつながりが特に深い。ダンス音楽の傾向もあり、映画音楽のキャラクターもある。特に最後の楽章はサロン音楽の情景も、ショスタコーヴィッチのような皮肉、最後に自らの葬送行進曲とレクイエムのエレジー。初演は1986年の西側のアムステルダム。そのほかの病弱時代の当時の作品はオペラ「阿呆との生活」がある。

ウエーベルンの作品6は1913年3月31日のムジーク・フェラインのニューイヤー・コンサートで初演?https://ja.wikipedia.org/wiki/6%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%93%81_(%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%B3)

他の曲はシェーンベルクの第一室内交響曲、マーラーの「亡き子を偲ぶ歌」、ツェムリンスキーやベルクの作品とも一緒に演奏されたため例の無調のために何時もの警察が出て来るスキャンダルが絶えなかったそうだ。音例、第4曲の葬送行進曲。

アルプス交響曲は冒頭の変ロ短調のクラスターは最後にも表れる。音例、最初の部分からコラールまで。「山が呼んでいる」、R・シュトラウスもワーグナーと同じ登山家で散歩好き。頂上のモティーフ前半はすでにブルッフの第一ヴァイオリン協奏曲の第二楽章に出てきた素材。

しかしこの定期のコンサートのチケットの平均価格20ユーロはいつ来ても魅力的だ!それで各定期3晩もできるのであろう。今回は今シーズン最後の定期で12回目、年に36回やる計算になる。ちなみに普通のオペラのオケの定期は2回ずつ年に10回だから年に20回。ケルンはフィルハーモニーのオケがないのでその分オペラが少なくコンサートの定期を多く持たせられる。

多分セッティングの都合で変則形式のシュニットケの協奏曲から始められる。要するにヴィオラが隠れるヴァイオリンをすべて抜いて音色的に豊かにするためにピアノ、チェレスタ、ハープ、チェンバロなどをヴァイオリンの場所に入れる。トランペット4の3管編成、打楽器7名、弦はヴァイオリンなしの0,0,8,8,7.

独特の微分音クラスター和音だが単三和音も後で引用的に頻繁に使われる。同じく引用的に調性カデンツもよく出て来る。グロッケンシュピールや小太鼓の使い方がショスタコーヴィッチ的。シンバル付きの大太鼓2でユニゾンではないので意図的に書かれいる。伝統と微分音の間を揺れ動く音楽。最後にブラームスのような葬送オスティナート。31分。

アンコールはユダヤ的な民族音楽を8人のヴィオラ奏者の長い音で伴奏して休憩。

作品6はせっかくアルプス交響曲で4管編成を集めたので当然ティンパニ3の初稿でやる。
どういうわけかヴァイオリンは16型だろうがコンバスだけは1人欠席したのか7人。この曲の第一曲は昔シュトットガルト音大のライナー・ヴェーヒンガーにゼミで半年間散々聴かせられて徹底的に言葉にさせられて喋らされたものだ。1分12秒、1分24秒、0分50秒、第4曲の葬送行進曲の鐘は舞台の裏らしい。舞台裏含めて打楽器奏者7名で4分22秒、2分24秒、終曲も舞台裏の鐘が入っている。1分15秒。

アルプス交響曲もコンバスは欠席された7人のまま。ホルンは最初は6人、日の出には使わないらしい。スコアは2冊持っていて相当記憶してるがこういうことは実演に接してオケの近くで実際に見ないとわからない。残りの2人は森のファンファーレ隊に行っている。3パートなのでもう一人要るのであろうが、舞台裏ではなく高台の客席の後ろなので12本の代わりに3人で済むらしい。更にトランペット2パート、トロンボーンはユニゾンで2人。この2人ずつはウェーベルンで6人も使ったのでそれぞれ余っている。

この曲は木曜日の昼の時間にそれぞれ半分ずつデュダメルとステンツだったかそれぞれ半分ずつフィルハーモニーで聴いた記憶がある。舞台のトロンボーンのアンサンブル隊がやたらと大きな音を出す。悪くはないが始終音を割るのでバカでかい。やはりコンバスが7人でも耳に染みるくらい唸りまくるのでヴァイオリンは指示通り18人は欲しいのかも?打楽器奏者6.カウベルだけは複数で舞台の両脇の通路の袖に用意。「危ない瞬間」にトランペットがピッコロに持ち替えもしないでC管のまま楽々完璧にEを出す。頂上手前になってやっとホルン2が帰ってくる。頂上のシンバルは2人。49分37秒。そのまま中央駅の電車に突進。
?
38,-
30,-
24,-
16,-
14,-
9,-
Z: 16,-
zzgl. Vorverkaufsgebühren

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:10
Mitwirkende
Lawrence Power Viola
Gürzenich-Orchester Köln
Nicholas Collon Dirigent
Programm
Alfred Schnittke
Konzert für Viola und Orchester (1985)

Pause

Anton Webern
Sechs Stücke für großes Orchester op. 6 (1909)

Richard Strauss
Eine Alpensinfonie op. 64 TrV 233 (1899?1915)
Tondichtung für großes Orchester

Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Empore

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  • [139]
  • 391. 「ゾフィーとこの世界の秘密のささやき」ボン7月5日

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 7月 6日(土)06時30分19秒
  • 返信
 
SOPHIE UND DAS GEHEIMNISVOLLE FLÜSTERN DIESER WELT
ab 9 Jahren

その前に講談社の3月の出版案内書を電車の中で読みながらボンに着く。現在池袋のジュンク堂に積み上げられてる日本だけじゃなくてヨーロッパでも大人気のマルクス・ガブリエルが寄稿している。やはりこの哲学者は我々一般人にわかりやすい文章を書く。現代の分析について矛盾は全くない、その通りだが、何でこんな簡単なことが今まで語られなかったのであろうか?可笑しさのほうが先行してしまう。ボン大学の教授だがその読んでしまった出版案内とコンサートのチラシなどを要らないので、ボン大学のチラシのコーナーに何時もの様に置いてからシューマン・ハウスまで30分かけて歩いていく。何時もの楽譜目当てでマックス・レーガーのヴァイオリンソナタやシベリウス、ボリス・ブラッヒャーのバイオリンとピアノの曲など6冊を2ユーロで買ってカバンが何時もの様に重くなってしまう。

ケルンの演劇と同じくボンではコンテナの中で子供のための音楽劇をやる。本当にコンテナ一個でやるので客が最大20人ぐらいしか入らない採算を無視した丁寧な音楽劇である。今回は最後の公演で子供10人、大人数人の少なめ。

中に入ると暑いので水を持って入るように言われるが、持っているのはスーパーで買ったコーヒーだけ。やはり鉄の塊なのでエアコンが付いていても本物のコンテナは暑い。6時ちょうどに始まるが、登場人物はゾフィーと呼ばれる役者の女性と多分ベートーヴェン・オケから駆り出されてのであろう一人のトロンボーン奏者の二人だけ。これで1時間の公演をしてしまう。音楽劇なので入って早々何かしらの音を出さなければならない。まだ楽器などは両者とも使わず口などを主に利用したケルパー・ゲロイシュ一色。ラッヘンマンなんかと違うのは子供に慣れてもらうために何度も繰り返すこと。ポストセリエルの大衆への失敗は雑音の素材も含めて繰り返しのないセリエル化を保持してしまったことであろう。それをやめたサルバドーレ・シャリーノは現在一番成功しているがこれはあくまでも売れ行きの問題であって質の問題ではない。もちろん体の音の出る部分はすべて利用する。小さな雑音はマイクを通す。録音やライブエレクトロニックも利用する。トロンボーンはあらかじめ入れといた自分の音と二重奏もする。更に歌手でない女性の声も歌ってしまい3和音を作り出してはもってしまう。

それが終わるとやっと本文に入る。トロンボーン奏者は自分の楽器で更に特殊奏法を追求。循環呼吸やクラリネットのマウスピース、ベダルトーンなどはお手の物だ。女性の役者は詩のような物語を語り始めるが、トロンボーンの音がどんなにいろんな弱音器をかぶせても更に手で蓋をしても強力なので良く聴こえない、始終マイクを通さないとちっともバランスが取れない。

コンテナはこの音楽劇のために屋根とかすべて改造されているが、いろんな瓶を並べてそこに電球を入れたのは効果的で予算が安くつく格好のアイディアである。天井に多くにチューブをぶら下げているが、これはすべて後でトロンボーンと繋いで付加のバルブを通して音を出させる。または水の中に入れて循環呼吸で泡をブクブクさせる。作曲者が書いてないのでほとんど役者2人による即興音楽劇だと思うがなかなか下手な現代オペラよりも面白い。明確な楽譜はなくジャズ的なコンツェプトだけでやっているものと思われる。

最後に箱の中に何が入っているか開けて見せる。中身は今までの音楽劇の自分たちの縮小人形だった。58分。

Letzte AufführungFamilienvorstellung
05 Jul
18:00 H
Theatercontainer
Hörtheater für vermischte Ohren nach SOPHIECHEN UND DER RIESE von Roald Dahl
Und dann war er plötzlich da! Acht Meter groß war er. Seinen schwarzen Umhang trug er so elegant wie ein vornehmer Herr. Die dünne Trompete hatte er in der Hand…

Sophiechen liegt wach im Bett. Sie kann nicht schlafen. Sie lauscht in die Dunkelheit. War da was? Nein: Lautlose Stille - kein Geräusch!
Klingt so die Geisterstunde? Nach nichts? Und wenn, was ist das? Oder gibt es das nicht: Nichts! Stille! Vielleicht muss man aber auch nur ganz genau hinhören, immer tiefer in die Stille hinein, hinter die Dinge, die sich (nicht) klingend verwandeln. Große Ohren könnten helfen, riesige Ohren - dann könnte man vielleicht sogar hören was nicht zu sehen ist: Gedanken, Gefühle, Sehnsüchte und vor allem Träume!!!
Besetzung
Schauspielerin: Nadine Schwitter
Musiker: Matthias Muche
Regie: Sebastian Bauer
Kostüm: Tobias Maier
Video: Yves Maurice Itzek
Bühnenbild:?Sebastian Bauer
Dramaturgie: Angela Merl und Inga Waizenegger
Produktionsassistentin:?Inga Waizenegger
Produktionshospitantin: Paula Veenema

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  • [138]
  • 390.WDR サラステ・マーラーの6番、6月29日

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 7月 1日(月)05時29分39秒
  • 返信
 
サラステのプレ・さよならコンサート。その前に日本文化センターで「赤い天使」を見るが感慨深い映画だった。

いつもの様に時間前に解説がある。ミヒャエル・クルーゲレケと言うWDR専属の解説者が出てきた。放送局の専属の評論家・ドラマトゥロギーの人材も非常に厚い。サラステはこの常任時代に9年間216回のコンサートを指揮したらしい。まずなんでこの25歳でコペンハーゲンで作ったグリーグのコンツェルトとマーラーの6番組み合わせたのか理由を述べる。ノルウエイの作曲家だけれども学んだのはライプチヒ。マーラーはチェコの生まれのオーストリア人だけれどもユダヤ人。両方ともドイツ系の作曲家ではある。40歳で作った6番のほうはラットルがベルリンフィル辞めるときに選んだ曲でもある。両方の調性はイ短調。協奏曲のほうはシューマンのイ短調の影響を受けているが、妻のクララの作品7の協奏曲もイ短調。マーラーの妻も作曲家としては有能であった。マーラーの場合は悲しき調性で寂しさが漂っている。グリーグはシューマンの協奏曲をクララの演奏でライプチヒの音楽院で実演を聴いている。

ここで協奏曲の音例。第一楽章の冒頭。第三楽章の冒頭。彼の父は病気で64歳で亡くなる。この曲を昔ブラームスハウスで住んでいた時にバーデン・バーデンフィルハーモニーで聴いた覚えがある。有名でもそんなに易しくはなく新人のピアニストがやっと弾いてた。

次のマーラーの謎解きで問題なのは終曲がカタストロフで終わるので前楽章の予告を探すことに力が注がれる。音例。第一楽章の冒頭。この時点でマーラーがグリーグの協奏曲を聴いている。問題は第一楽章と第二楽章の始めが同じキャラクタで始まること。それで作曲者も混乱して第二楽章と第三楽章を交換したりしているが、これを中心動機、日本語ではモットーの一部とみれば固定観念や循環形式的な理解で納得はできる。音例、光明の箇所、展開部の後半はアルプスのアルムの場面。音例は第一楽章のアルマのためのコーダ。第三楽章だけが変ホ長調で異端的調性だがオアシスになる。終曲は消極的な終わり方。ハンマーのシーンで世界の滅亡を予告されているがその萌芽は前楽章で出揃っている。

本番のギルトブルクはロシア・ユダヤ系のピアニスト。最初の下降分散和音が濁った。暗譜はしているがピアノにタブレットを置くのは最近の流行か?今日のコンマスはブルーメンシャインが座っている。ウィーンの国立歌劇場クビになったのか調べると名前は両方入っているので兼業らしい。14型の弦楽。ファゴットの大きな音を初めてして伴奏は控えめではなくみんな大きい。第二ヴァイオリンだけ右。2楽章もかなりの伴奏力、6分。そのまま3楽章で9分53秒。アンコールはシベリウスの悲しきワルツ、北欧系の音楽はいつも寒しい。

マーラーは16型で何時もの最終第三稿。最近はオイゲンブルクの第一稿のスコアが世界中に出回りすぎているのでオーケストレーションの違うそっちの方をやって欲しい気持ちにかられる。精神統一をするまでもなくすぐに始める。この曲は当時ウィーンでバーンスタインと練習から朝9時の複数の録音の取り直しまで付き合って当時の最高の演奏を学んだ覚えがある。木管が非常にきつい音で弦楽器群に混ざってくる。どうしても平土間で聴いているとティンパニが底から突き上げるような音響になるが、上で聴いているとそれほどでもない。

緩徐の部分は北欧らしくテンポが落ちないのでテンピが一様で生理的納得しにくい。チェレスタの音が大きく新鮮に聴こえる。第二ティンパニはウイーン国立歌劇場の「バラの騎士」の最後のようにトライアングル持ち替え。23分32秒。第三稿の第二楽章もテンピが速め。12分00秒。第三楽章もアンダンテよりも事実上のモデラートのテンポ。13分00秒。終楽章もそんなにスケールが大きいわけではない。カウベルは手の空いている打楽器奏者5人でやる。更に舞台裏の鐘とカウベルも鳴る。ルーテも複数。3ベッケン。金管が静かすぎる。結局2人のハープは全然聴こえなかった。3回目のハンマーも打っている。29分10秒。
Grieg & Mahler
Samstag 29.06.2019, 20:00

?
45,-
36,-
27,-
18,-
16,-
9,-
Z: 27,-
zzgl. Vorverkaufsgebühren

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 22:00
Das Konzert im Radio: WDR 3 live
Mitwirkende
Boris Giltburg Klavier
WDR Sinfonieorchester
Jukka-Pekka Saraste Dirigent
Programm
Edvard Grieg
Konzert für Klavier und Orchester a-Moll op. 16 (1868)

Pause gegen 20:40

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 6 a-Moll (1903?05; rev. 1906?07)
"Tragische"
Veranstalter
Westdeutscher Rundfunk
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Konzertsaal

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  • [137]
  • 389.ボンの「シチリア島の夕べの祈り」6月27日

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 6月29日(土)18時09分50秒
  • 返信
 
DIE SIZILIANISCHE VESPER
このオペラもめったにやらない代物。33年目にやっとボンで当たった。「ドン・カルロ」のように長く4幕版に省略して上演できない3時間15分の財政に壁に突き当たりやすい長編グランドオペラである。

オーケストラはベルリオーズ様式のそれ。コンサートのように金管が正面。木管は左横だが、弦は第一、第二、ヴィオラ、チェロ、コンバンスの順でコンサートみたいに並んでいる。10,8,6,6,4トランペットとコルネットそれぞれ2本ずつにイタリア風のチンバッソ。

アバドの「ドン・カルロ」のようにフランス語原典版で上演するので曖昧にしか聴こえないが発音のコーチもこの前死んで新しく変わったせいもあるのかも知れない。まずテノールの声が詰まっている。バリトンはその分声量でカバーしているという感じ。単純な装置だがコスチュームは意外と歴史的に作ってある。

第一幕、合唱の前に邪魔になる装置や登場人物で指揮者となかなか合わないが棒はそれでも音楽をしっかりと固めている。ひとえに演出のせいだと思われる。35分。

第二幕。合唱がなくなりソロが多くなるがカデンツァは完璧に出来上がっていない。作曲者が後でイタリア語版に直すわけがわかったような曖昧な発音。小さな規模のバレエ団を今回も借り入れて始終躍らせていてスケールが小さい。合唱の前で踊らせるのでまた合唱と棒が合わなくなる。33分。

第三幕、やっとフランス語が徐々に聴き取れるようになったが不自然がまだ残る。処刑のための骸骨でその分効果は上がる。50分。

1回だけの休憩の後の第四幕。地味な蝋燭の舞台。デュエットの終わる前にフライングで拍手が鳴ったので指揮者が聴衆にやらないように睨みつける。文字通り四幕の終わりは壮大に終わる。35分。

第五幕。有名なアリアは傑作であると思うし最高の歌唱とは言えないまでも名演になったと思う。舞台の部屋を狭めることによって虐殺を演出。最後は爆弾を見せてテロみたいにJ843F-R4YEP-GNECE-ZK7HZ
吹き飛ばしたことにするらしい。27分。丁度3時間で全曲が終わった。
LES VÊPRES SICILIENNES


27 Jun
19:30 H

29 Jun
19:30 H

05 Jul
19:30 H

GIUSEPPE VERDI (1813 ?1901)

Oper in fünf Akten Libretto von Eugène Scribe und Charles Duveyrier nach dem Libretto Le Duc D’albe aus dem Jahr 1839
??In französischer Sprache mit deutschen Übertiteln ?
Koproduktion mit der Welsh National Opera, Cardiff
Dauer: 3 ? Stunden inkl. einer Pause nach dem dritten Akt
Als ?Sizilianische Vesper“ werden die Massaker bezeichnet, die um Ostern 1282 in Palermo von der einheimischen Bevölkerung an den französischen Besatzern unter Karl I. verübt wurden. Der Widerstandskämpfer Henri ist in Herzogin Hélène verliebt, deren Bruder vom französischen Gouverneur Guy de Montfort (der historisch ein Engländer war) getötet wurde. Hélène möchte Henris Liebe erwidern, wenn dieser den Tod ihres Bruders rächt. Gemeinsam mit Jean de Procida wollen sie den Umsturz in Sizilien herbeiführen. Henri erfährt durch Montfort, dass dieser in Wahrheit sein Vater ist. Während eines Maskenballs verhindert Henri einen Anschlag auf Montfort, die Revolutionäre werden verhaftet. Um weiteres Blutvergießen zu verhindern, setzt Montfort zum Zeichen des Friedens die Eheschließung zwischen Henri und Hélène an. Doch die Hochzeitsglocken dienen als Signal für das von Procida in die Wege geleitete Gemetzel an den Franzosen: die ?Sizilianische Vesper“.
Obschon er bereits mit JÉRUSALEM eine französischsprachige Fassung seiner LOMBARDI ALLA PRIMA CROCIATA vorgelegt hatte, war dieses große fünfaktige Werk das erste, das Verdi gezielt für die Pariser Opéra schrieb, wo es tatsächlich 1855 auch seine Uraufführung erlebte; hier bedient er sich aller Mittel, die zum Stil und den Traditionen der Gattung der grand opéra gehören ? ohne freilich dabei seine eigene Handschrift zu verleugnen.
Nach dem Zyklus mit vier Frühwerken des Komponisten eröffnet die Produktion von LES VÊPRES SICILIENNES eine neue, von Starregisseur David Pountney entwickelte Reihe mit drei zentralen Werken aus der mittleren Schaffensperiode.
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 5. MAI 2019, 11 UHR
Moderation: Uwe Schweikert, Musikpublizist und Verdi-Forscher

Besetzung
Hélène
Anna Princeva
Ninette
Ava Gesell
Henri
Leonardo Caimi [P] / Michal Lehotsky [9./15./23.06.]
Guy de Montfort
Mark Morouse / Davide Damiani
Jean Procida
Pavel Kudinov
Thibaut
Jeongmyeong Lee
Danieli / Mainfredo
David Fischer [P] / Woongyi Lee*
Robert
Giorgos Kanaris
Le Sire de Bethune
Leonard Bernad / Alexander Milev [15.06]
Le Comte de Vaudemont
Martin Tzonev
Tänzerinnen und Tänzer
Jessica Akers
Hellen Boyko
Paula Niehoff
Javi Ojeda Hernandez
Jack Widdowson
Hayato Yamaguchi


Chor des Theater Bonn

Extrachor des Theater Bonn

Beethovenorchester Bonn



Musikalische Leitung
Will Humburg
Regie
David Pountney
Bühne
Raimund Bauer
Kostüme
Marie-Jeanne Lecca
Licht
Thomas Roscher
Choreographie
Caroline Finn
Choreinstudierung
Marco Medved


Regieassistenz und Abendspielleitung
Tibor Torell
Musikalische Assistenz
Hermes Helfricht
Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Igor Horvat, Miho Mach
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Sprachcoach
Sylvain Teston
Yannick-Muriel Noah
Choreografiehospitanz
Margherita Dello Sbarba, Vincent Wodrich
Korrepetitionshospitanz
Jinsil Choi
Inspizienz
Karsten Sandleben
?
*Student/in im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln / ** gefördert von den Opernfreunden Bonn

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/


  • [136]
  • 388.6月22日、韓国と日本の芸大のピアノ?ジョイント?コンサート

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 6月29日(土)17時58分54秒
  • 返信
 
両国に国立の芸大は一つずつしか無いらしい。ここまで日韓は似通っている。
イ?チャンギュの Hob- 16:46. トップだけあって流石に素晴らしい安定感。音がもつれるのはテクニックではなく慣れない音響の問題であろう。このホールは必ずしもリサイタル向きではない。
...
上田の月光ソナタ。昔の芸大のピアノ科入学試験曲。果たして40年経った今でも解釈の余地はあるか?
ムン?ジスの子供の領分。1-2-3-6.本人が頷くぐらいの言わばこういう曲である。多彩な響き。
京増のショパン作品22.雨だれのような前奏。有名な経過句。派手なワルツ。
秋山のベートーヴェンの27番は10度に渡る伴奏が難しいが教育科の入学試験でもよく彈かれる。
ユ?テウンのラフマニノフ、モモ?ムジコー、作品16の1-2-4.協奏曲のように音が多すぎてエネルギーの消耗が早い曲。
尾城のリスト。準例の年s161-1.交響詩に見られる山に登るような素晴らしき和音の移行。とラ?カンパネラ。
イ?ジェユのラヴェルのラ?ヴァルス。ソロ版はめづらしく普通は連弾。色彩とブリリアントな多彩な効果。


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  • [135]
  • 387.コンポージアム2019,オペラシティ、武満作曲賞、6月9日

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 6月29日(土)17時48分12秒
  • 返信
 
今回は4人のファイナリストのうち3人が中国人。匿名でフランス人が審査してこうなった。中国人はいま黒人と一緒に東京の超高層ビルも作っているが電気自動車やITだけじゃなく作曲界の技術の発達も毎年目覚ましい。民音指揮者コンクールと同じように国際的になるとそれだけ日本人の入賞は難しくなるのはスポーツだけではあるまい。
ゲンの作品は二管で12型。形式は単純でエントロピー的な展開? 発展法。リゲティ進行、クライマックスの意識、シンセサイザーの導入、音が止まると反って音楽らしく聴こえる。混沌な中から日本の作曲家のようなオステイナートが出現する。14分。
...
2番目のジンの作品も似てはいる。14型。劇的に始まるが使う技法は同じらしい。特に同じパッセージの繰り返し。マヌリのように音が飛ばないから演奏は難しくない。12分。
東フィルは昔と比べても弦はそんなに強くなっていない。したがって管打をマスキングするためにニューヨーク? フィルのように雛壇を用いないのであろう。
リントナーはトリルで始まる。ラテン?アメリカの作家としては珍しく曲が乾いていない。トレモロでもきちんと微分音で音を重ねている。弱音期のようなものでチェロの弦を擦るが何らかの音が出たとは思えない。明らかに日本や中国の作曲技法の影響は受けていない独特な作品である。チェロとコンバスの末端でカトリックのコラールのようなものが。14型、13分。
リュウは増幅のためかスピーカーを使う。かなりのドイツ語法はラッヘンマンを思わせるが特殊奏法を多用しているわけではない。悪魔のような第一楽章、準悪魔のような第二楽章、準々悪魔のようなグリッサンドを多用したかなり静かな第三楽章。最後に晴れ渡った長3和音はシベリウスを思わせる。10分。
...
さいごに審査結果はゲン、リンドナー、リュウ、ジンの順。自分はリンドナー、リュウ、ゲン、ジンの順。リュウのドイツ的なあらっぽさがフランス人には合わなかったらしい。
返答でゲンは日本語でスピーチした。グラーツでヒューラーに習っただけで日本に住んでいないのに武満が好きで自分で密かに勉強したらしい。

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  • [134]
  • 386.5月26日、文京区民オーケストラ定期演奏会。

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 6月29日(土)17時40分43秒
  • 返信
 
ここの前指揮者で作曲家の松下功氏の追悼演奏会。最後に聴いたのはやはり東京でISCMのコンサートでアラバスターだった。入場の際招待券貰ったので買わなくて済んだ。ロビーに最初の曲の楽譜が展示されている。当時と晩年までのスタイルがあまり変わらないアカデミックさは変わらない。フランス風なテクスチャー。3 W, Cb.6 の14型の涅槃交響曲的な音響。WWのパッセージが出てこない。アラバスターにもあったティンパニ上のシンバル。混ぜるともう聴こえて来ない。一柳風のオステイナート。打楽器5、ハープ、ピアノ。松村禎三風名rhythm。武満構造法。ユンのような極東に取り残されたような旋律型。バルトーク対斜のようなブルーノート和音ヴォツェックのような長三和音の増減法の終わり方。26分。

後半のラプソディー?イン?ブルーはどこでもやるポピュラー音楽。音響は悪くないが後ろの方ではかなり濁る。21'50", Ymaue,Tsuchiya,BKO.アンコールはロマンチックな組曲。全然松下らしくない。
コンバスは七本とも5弦、トランペットは二本ともロータリーで文京のあマチュアの楽器の充実ぶりがわかる。13’35”。ヴィブラートを点けないコンマスのソロはこの曲では初めてだ!8'45" 。眠りと活性作用のバランス感覚。5'15"。離れている楽器ほど合いにくい。クワジ?アレグロ。アッチェレランドは難しい。17'55"。
アンコールは松下功の通りゃんせ。外山雄三のラプソデイーみたいなもの。ホルン7、東京臭い音楽。

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  • [133]
  • 385. GO, 5月7日

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 5月 8日(水)19時02分45秒
  • 返信
 
まず田舎の終点駅の電車に乗る。黒人がやってきて英語解るかと聞かれる、ウンと言うとこれはジークブルクに行くのか?と聞く。行くと答えるが、これから来る急行のほうが速いからそっちの情が良いよと言う。しかし彼は無視して乗り換えらない。黒人は皆そうだからそのままでいいかと思う。どこの田舎でも黒人が身近になった。
Récitations Dienstag 07.05.2019, 12:00
アペルギルの主にソロ・ピースに子供たちが振り付ける公演。演奏担当は皆音大の学生がやる。このようにして子供たちは皆幼い時から無調の音楽を体を使って抵抗なく覚えていくのは非常に効果的で効率よく我々の遺産を伝える事ができる。黒人の子供も数人交じっている。今日も作曲者もどういうわけか来て見ている。第1曲はクラリネット、トランペット、フルートの曲。バランスもあるだろうが弱音器を遣うのが好きな作曲者。ストラヴィンスキー風な和音構造。第2曲、ピアノ・ソロ。べリオのアンコールピースの「リーフ」に似ている。3曲目、歌のソロはべリオのセクエンツァⅢの親戚でフランス語。第4曲はピアノとマリンバで強い和音で短い曲。第5曲目、ヴァイオリンソロはフラジェオレット多用の短い曲。第6曲は第4曲の続きで細かいパッセージとの交差。第7曲も歌の第3曲の続きで歌謡曲のように後ろで踊る。第8曲はヴァイオリンとヴィオラとチェロのフラジェオレット多用の曲で短い曲。実質全6曲、45分。
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:
Eintritt frei!
Schülerinnen und Schüler tanzen zu Werken von Georges Aperghis.
keine Pause | Ende gegen 12:30
ACHT BRÜCKEN Lunch wird ermöglicht durch die OTTO FUCHS KG und die Schüco International KG.
Mitwirkende
Studierende der Hochschule für Musik und Tanz Köln
Corinna Vogel Künstlerische Gesamtleitung
Schülerinnen und Schüler der Klasse 5c und der Klasse 10 der Kaiserin-Augusta-Schule Köln
Programm
Georges Aperghis
Triple (2010)
für Flöte, Klarinette und Trompete

Georges Aperghis
Quatre Pièces fébriles (1995)
für Marimba und Klavier

Auswahl

Georges Aperghis
Récitations (1978)
für Frauenstimme

Georges Aperghis
En un tournemain (1987)
für Viola

Auswahl

Georges Aperghis
Pièce pour jeunes pianistes (2009)
für Klavier

Veranstalter
ACHT BRÜCKEN gemeinsam mit der Hochschule für Musik und Tanz Köln

夜まで暇なので図書館でアリベルト・ライマンのオペラ「メデア」のフル・スコアを見る。完全にオペラの1大様式に到達している。更に毎日新聞を電子版で見る。ロシアではプーチンを批判をすると侮辱罪で罰金取られて、プーチンを褒めてもフェイク・ニュース罪で罰金取られる独裁国になったらしい。その後途中フランスの小学生の修学旅行とみられる団体がたくさん路面電車から出て来る。音大に行ったら学生オケまでコンマスのオーディションするそうだ。世の中どんどんプロ化する。

夜は解説から。ソリストが出てきてアコーディオンは元々がボタン式で鍵盤式は戦後失業したピアノの先生たちがアコーディオンも教えられるように改良したものらしい。音例としてべリオのセクエンツァXIII.シャンソンでヴァイオリン協奏曲のように名人芸らしい。両方鍵盤があるのでステレオ効果。アペルギスの曲にはウッドブロックだけじゃなくてヴィデオまで要求するのがあるらしい。作曲者が仕事するときソリストが弾く場面の霊感が必要なのは言うまでもなく、技巧の限界まで行くのも当然だ。この30分かかる曲はオルガンも入っていて、その音色の微妙な違い、オルガン、アコーディオン、(鍵盤・ムント)ハーモニカの違いを聴き分けられたら良いらしいが、自分としては更にここに笙(中国のSheng)も入れたい。スーパー・プライベート・シアター。古楽と同様な新世界を現代音楽にも演出する。
バンドニオンも演奏できるかの問いにできないという答え。全然違うらしい。テクニック的に部品が6000もあるアコーディオンのほうが桁違いに複雑で多いようだ。

実際の協奏曲ではこの前のエチュード同じく4管編成にオルガンが付く。いつもの平面作曲法で28分。自分の管と打楽器を徹底的に排除した弦合奏だけのアコーディオン協奏曲のほうがずっと出来が良いと思った。しかし弦は12型だった。

次のブルックナーは2管編成なのに今の協奏曲やオペラとは逆に16型。さっきの協奏曲とは正反対。最近放送響も聴かされてこればっかり聴かされる。現代音楽の指揮者なので特にテンポが休めず落ち着かないので期待できないが、第一楽章は3連符からテンポが落ちる。しかし木管は限度があるにしても金管に対して弦が強すぎる。16分10秒。アダージョのそんなにゆっくり始まってはいないと思う。第三主題は葬送行進曲ではなくて普通の行進曲のように聴こえる。それでも後半テンポが落ちて18分15秒。スケルツォはティンパニに硬い撥を使う傾向は変わっていない。変なバランスと矛盾。8分30秒。フィナーレは金管が出てきて弦とバランスが良くなってきた。特に経過部はじっくり丁寧に行かせる。更にコーダの最後はテンポをさらに落とすのがで良い解釈の一つ14分25秒。欲を言えばベルリン・フィルやウィーン・フィルは最初から完璧なバランスでやれる。57分20秒。暗譜でやっているので自信があるのだろう?
Georges Aperghis: Konzert für Akkordeon und Orchester
Dienstag 07.05.2019, 20:00
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:

Gemeinhin verbindet man mit dem Akkordeon eher Folkore als Kunstmusik, und diesen rustikalen Charakter will Georges Aperghis nicht ganz verleugnen. In seinem Konzert bewegt sich das Soloinstrument wie ein Fremder durch die große sinfonische Welt, bisweilen an die Hand genommen von seiner respektableren Verwandten, der Orgel. Die spielt, obwohl sie nicht spielt, auch in Anton Bruckners Sinfonik eine bedeutende Rolle: als Vorbild für die kirchlich-weihevolle Stimmung mancher Abschnitte, vor allem aber für die Registrierung der Klangfarben und eine grandiose Raumwirkung.

Pause gegen 20:35 | Ende gegen 22:00
Das Konzert im Radio: Dienstag 21.05.2019, WDR3 Konzert, 20:04

Mitwirkende
Teodoro Anzellotti Akkordeon
Gürzenich-Orchester Köln
Emilio Pomarico Dirigent
Programm
Georges Aperghis
Konzert für Akkordeon und Orchester (2015)

Pause

Anton Bruckner
Sinfonie Nr. 6 A-Dur WAB 106 (1879?81)
Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln Begleitprogramm
Einführung in das Konzert、19:00 Uhr, Empore

昨日、東ドイツの作曲家ゲオルク・カッツァーが死去、84歳!

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  • [132]
  • 384. Musik der Zeit ? Mana、WDR 5月4日

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 5月 5日(日)20時58分24秒
  • 返信
 
ACHT BRÜCKEN Lunch
TRAVEL MUSICA
TRAVEL MUSICA - High-powered CHING DONG Band , Youth Brass Band NRW, M. Schädlich: Aperghis, Honda, Nomoto
SA 04. Mai | 12:00 ? Christuskirche Eintritt frei
後で展覧会みたいのするからパフォーマンスだと思ったらそれから始まる。ピッコロとクラリネットの奏者だった。実際はアペルギスの曲。それからいきなり指揮が始まる本田裕也の音楽。オルガンがなくて礼拝用のピアノパートはタブレット見て演奏。チンドン屋バンドは吹奏楽と合同演奏。主にチンドン屋調のレパートリー。打楽器がチンドン屋式に組み立てる。現代音楽よりもほどんどポップ調。この教会は昔シュトックハウゼンの「クラング」で一番初めに行った教会だが両脇に住居が教会とくっついて建てて全く変わってしまった。どうも日本のお寺の駐車場と同じく教会の財政難対策らしい。それでも音響がかなり悪い。作曲者はシューベルトと同じ28歳の夭逝でB・A・ツィンマーマンと同じく自殺しているのがケルンとの共通点。ロベルト・シューマンもボンのライン川で自殺未遂。イギリスバンド用の原曲ではなくてほとんど編曲してるらしい。復調やアイヴス風のカオスの濁り。バスはスーザー・ホーン持ち替えてマーチング・バンドでソロに出ていく。穏やかな裏打ちがエネスクのルーマニア狂詩曲も思わせる。おしまいに作曲者の母親とマネージャーに出会った。このバンドはケルンではなくて日本に本拠地があるらしい。どおりでケルンでは聴かない作曲者と演奏者だったが主催者がテーマで上手く合わせたらしい。
ACHT BRÜCKEN Spezial
coin | collaborative intervention
ACHT BRÜCKEN Spezial
collaborative intervention.
Studierende der Kunsthochschule für Medien Köln, h. w. koch, K. Lingnau
SA 04. Mai | 13:00 ?
Christuskirche
GroßstadtPolyphonie ? das Festivalthema ließe sich kaum besser umsetzen: Nicht einer einzigen, reinen Kunstform gehört das Projekt der Kölner Kunsthochschule für Medien an; vielmehr verbinden sich Architektur, Animation, Design, experimentelle Informatik und Klang zum vielstimmigen Ganzen. Realisiert wird es auch nicht nach den Vorstellungen eines einsamen Künstlers, sondern in gemeinschaftlicher Arbeit und Autorschaft. Und den Rahmen bietet statt eines neutralen Ausstellungsraums ein bewusst gewählter, ins Konzept einbezogener städtischer Ort, die Christuskirche.
30分遅れで次のパフォーマンスで聴衆参加型で説明に時間がかかりすぎ。ケルンのメディア芸大のパフォーマンス。1時間で出てアラビア人の経営するコピー屋に行った。
ACHT BRÜCKEN Spezial
aus vierundzwanzig
ACHT BRÜCKEN Spezial
aus vierundzwanzig.
M. Sander-Fett , J. Ecke, U. Rasch: Rasch
SA 04. Mai | 17:00
Kulturbunker Mülheim
Eintritt frei
Magali Sander-Fett | Tanz
Jenny Ecke | Tanz
Uwe Rasch | Klangregie


Uwe Rasch sechszehn (2011), für Tänzerin und Video
aus: aus vierundzwanzig (2008?2019)

Uwe Rasch zwanzig. Glissandoflöten (2012), Videofassung
aus: aus vierundzwanzig (2008?2019)

Uwe Rasch fünf (2018), für Tänzerin und Video
aus: aus vierundzwanzig (2008?2019)
keine Pause | Ende gegen 17:30
Ort: Café KUBUS
Die Ausstellung zu "aus vierundzwanzig" findet vom 4. bis 6. Mai 2019 statt.
Ort: Galerie
Öffnungszeiten:
04.05. | 16:00 - 19:00
05.05. | 11:00 - 15:00
06.05. | 16:00 - 19:00 Gefördert durch das Ministerium für Kultur und Wissenschaft des Landes NRW
次のクルトゥア・ブンカーはなかなかわからない。地下の防空壕ではなくて2階に通された。最初は笛の電素音の合奏の電子音楽だけ、次はタンツと映像が入る。3曲目は技術的理由で中止なので各部屋の展示物だけ見て帰った。明日もやるがもう来ない。結局詩を読んでそのように音付ければ合うように、音楽聴いてそのように踊りをつければ合うということで簡単な技術である。シューベルトだけ残ったゲーテの魔王に百数十曲の作品があるのはそのため。若いお姉ちゃんなので少しエロチックなのがせめてものの救い。

ACHT BRÜCKEN
Samstag 04.05.2019, 20:00
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:
Das Orchester ist ein vielfältiger und sensibler Resonanzraum, geeignet zur Rekonstruktion und Vernetzung akustischer Erinnerungen, wie es Gerhard Stäbler einsetzt, oder für persönliche Studien und Standortbestimmungen, wie Georges Aperghis seine Études verstand, nachdem er zuvor lange Zeit nicht mehr für die große Besetzung gearbeitet hatte. Im Fall von Christophe Bertrand, des hochbegabten Franzosen, der sich 2010 mit gerade 29 Jahren das Leben nahm, hört man unwillkürlich in virtuelle Sphären, erahnt die künstlerischen Dimensionen, in die sich dieses begnadete Komponistentalent noch hätte entwickeln können. Bertrands ?Mana? - wirkungsvoll platziert zwischen zwei Soli für sprechenden Schlagzeuger - gibt allen Anlass zu weitreichenden Spekulationen.

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 21:40
Das Konzert im Radio und als Livestream: 20:04 Uhr auf WDR3 und WDR3.de
Mitwirkende
Christian Dierstein Schlagzeug
WDR Sinfonieorchester
Brad Lubman Dirigent
Michael Struck-Schloen Moderation
Programm
Georges Aperghis
Graffitis (1980)
für einen Schlagzeuger

Christophe Bertrand
Mana (2004?05)
für 75 Musiker
Deutsche Erstaufführung

Georges Aperghis
Étude IV
aus: Études I?VI (2012?14)

Georges Aperghis
Étude V
aus: Études I?VI (2012?14)

Georges Aperghis
Étude VI
aus: Études I?VI (2012?14)

Pause gegen 20:45

Georges Aperghis
Le Corps à corps (1978)
für einen Schlagzeuger und seine Zarb

Gerhard Stäbler
Den Müllfahrern von San Francisco (1990/2019)
Ein Akronym aus akustischen Erinnerungen an eine Reise für Orchester
Kompositionsauftrag des WDR
Uraufführung
Veranstalter
Westdeutscher Rundfunk
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert mit Georges Aperghis und Gerhard Stäbler
19:00 Uhr, Konzertsaal
解説はシュテーブラーだけ出てきた。発音はっきりしているが相変わらず難しすぎて良くわからない。サンフランシスコのごみ?呼子はアイヴス的?ビートルズの影響もあるとか?師のN・A・フーバーはマルキスト?それでノーノのとこに?また地下鉄プロジェクトやるらしいがそっちが本業のようだ。1分の音楽劇?

本番はTVカメラがあるので本番はYouTubeで流すであろう。アペルギスの打楽器・ソロの曲はずいぶんあるらいい。ロビーの「Parcours/パークール」のヴィデオと似たような声を使った曲。すべて撥無しはフェルドマンの「デンマークの王」を思わす。ペダル・トムトム。コンガを指でこすってもグリッサンドできる。14分。

クリストフ・べトランも2010年に29歳で夭逝しているガこれも今回のテーマらしい。コンマスが後ろでバラバラなセッティング。3管編成ぐらい。ブーレーズがルツェルンで推薦した曲はどこでも良く売れる。9分。

アペルギスの管弦楽の練習曲。ブーレーズのノータシオンのように4管編成、ティンパニ2人で7個。IVは和音でグリセイのような絶えなる交差と生成。6分。Vは全然コラールの音がしない聖歌でフェルドマンのような和音の掛け合い。10分。VIも同じようなクラスター和音。短くて2分。

クンスとシュテーブラーに久しぶりに挨拶して後半はタラブッカ・ソロ。声は入っても表現の範囲が限られる。8分。

最後のシュテーブラーは1990年に書いた曲の大編成への編曲改訂版の委嘱らしい。オケが同時に同じリズムでしゃべる。ジャズのリズム崩れが出て来ると思う弦。3管だが金管は2管。チューバとコンバスのリズム違いのユニゾンは珍しい。最後にオケ全員が歌って終わり。15分。

最後に電車の中で講談社の「本」という出版ニュースをなんとなく広げるとあの例のボンの哲学者のマルクス・ガブリエルが「なぜ世界は存在しないのか」の訳書の解説してた。先ほどの4月30日に演劇の小屋で語ったことと全く同じ内容で宣伝はしたが日本でこんなに短期間に出ていることはドイツ語では言及しなかったので驚異的である。

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  • [131]
  • 383.アハト・ブリュッケン、5月1日 III.

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 5月 2日(木)23時19分26秒
  • 返信
 
先のこの曲の解説を受けてすぐに6時から本番。この実況中継は2時間遅れてFMラジオで放送されるしネットでその時間に日本でも聴ける。まず曲順の変更。ポサダスの曲が最初に来て、さっきGPで全曲聴いたハースの曲が次になる。多分後の2台のハープのセッティングの関係だと思う。ポサダスはスペイン人であるが本人に聞けば多分カタロニア人というであろう。珍しくスライド・トランペットが入っている。更にアコーディオンとコントラ・ファゴットが目立っている。トランペットはピストン・トランペットもあるがやはりこれにもスライドが付いていて更に2重音を試みる。トロンボーンもこれを受けて2重音で応答するガ時々テナーホルンに持ち替え更に2重音も試みる。バスクラリネットは譜面ではなくてタブレットを見て演奏して更にサクソホーンに持ち替える。

トランペットにクラリネットのマウスピースを取り付けた工夫は面白い。自分は昔フルーティストに楽器の中にトランペット双方するように勧められたがその逆を行っている。昔懐かしいハーモニウムも入っている。これで半音階クラスターすると以外に新鮮に響く。スライド・トランペットはベルを手でワウワウ・ミュートする。24分。

ハースの曲はさっきGPで正面から聴いた。もう一度聴くが今度は後ろから聴いてみる。さすがに本番は誰も子供を連れてこない。同じくスライド・ピストン・トランペットを使っている。スライドがあると微分音を作るのが楽になる。更にピッコロ・トランペット持ち替え。それにしても繰り返しのクレッシェンドは笑っちゃう。23分。

休憩が長い。アペルギスは全楽器ライブ・エレクトロニックするからセッティングが複雑すぎるのだ。取り直しは許されない。歌とシュプラッヘの歌手もマイクで増幅。配線が複雑極まる。ポザウネの長時間のペダル・トーン、ファゴットの微分音のグリッサンドで、最後の弦楽器のフラジェオレットのクラスターはそれでも美しかったけれども、しかしこの時点でこの曲はあまり傑作だとは思われない。

コンサートが2時間かかったのでインテンダントが出てきて次のコンサートの行きたい人はあまり急がないように開始を遅らせることを報告。

6.Contretemps
Contretemps.
D. Michel-Dansac, , G. Preinfalk, C. Walder, A. Nyqvist, M. Rudolfsson, V. Tarrête, Klangforum Wien, S. Cambreling: Aperghis, Haas, Posadas

ということで口実で5ユーロで買って交通費代わりにいた7時からの放送局でのベートーヴェンのSQコンサート音はまったくキャンセルした。急いで博物館の中の映画館に移動。

MI 01. Mai | 18:00 ?

19:00 Funkhauskonzert
Kuss Quartett & Bas Böttcher

ということで最後の曲だがこれも4時半に一回最初の20分まで聴いているが今回は反対方向から全曲聴く。既にかなりの聴衆が入っている。ここでやっと最初の映像は声帯ではなくて口の中の舌の映像とわかった。映像はすべて白黒反転らしい。いろんな映像を出すがすべて生で作ったものを出す。歌唱のほうはべリオのセクエンツァIIIのレベルとそれをライブ・エレクトロニックしたもの。部分的にロシア語とみられる言語も使うが、まさか今日来るときに電車で話してた連中ではあるまい!?50分で終わる。

7. Machinations
Ensemble de Théâtre Musical der Hochschule der Künste Bern, , B. Piccand, L. Inauen, O. Pasquet, P. Sublet, N. Radivojevic: Aperghis
MI 01. Mai | 20:00 ?
Kino im Museum Ludwig






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  • [130]
  • 382.アハト・ブリュッケン、5月1日 II.

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 5月 2日(木)22時20分44秒
  • 返信
 
昼休みに音大が閉まっていたので近くの公園をちょっと歩く。そのあとで直通で電車で放送局へ。遅れると去年みたいに席がない可能性がある。このシンセサイザー・オケの曲はFMのSWR2で聴いたことがある。改定はしたかもしれないが同じ曲であると思われる。というかこの編成はヤマハのシンセサイザー・オケを思い出す。即興演奏のように失敗したのでなかなか忘れない。苦労して珍しい音を出してないのでポップ・ソングのようにちっとも価値があるように思えないのである。そういう似たような音楽形態にオルガン曲も入ると思われる。それでも十分に難しいが一旦機械的に音が出たらその後の音に細かい細工ができないのが音楽家としては寒しい。放送局の席はやはり2階まで満員になった。ヤマハで失敗したものを7件の委嘱者が総がかりでプロジェクト組んでいるのは空しいし予算の無駄遣いのように思える。

リーダー=作曲者はノートPCで時間を指示するようにできているらしいが、解釈の余地は相当薄れる。ほとんど電子楽器ならぬ電子音楽そのものの世界である。子供の声が聴こえるので連れてきた人がいるらしい。5分遅れて始まった。最初から平均率から来る微分音にしているらしいがどうも左手の蒲鉾で操作するらしい。作品自体はリゲティ以降のプロセス・コンポジションで常に徐々に移り変わる。美学的には機械的な美しさを楽しむしかない。動きが少ないのでテープ音楽のようにつまらないせいか出ていく人がかなりいる。
ハモンド・オルガンの音色が出て来るのは安っぽい。ミニマル音楽の様な突然の終わり。58分。

3.  Rundfunk
Rundfunk.
ensemble mosaik: Poppe
MI 01. Mai | 15:00 ?
Funkhaus Wallrafplatz

スイスのベルン音大のヴォカール・アンサンブルはまだドイツ語圏なのにみんなフランス系が多く、作品に使われているテキストもフランス語だった。4声の原曲を9声に編曲した版。この映画館は小さいので夜8時から同じコンサートをもう1回繰り返すがそれでも満席。去年入り切れなかったコンサートへの反省である。ライブ・エレクトロニックで録音した声を加工して変調して出す。電気の付いたカメラがあり声帯を思わせる口の中を撮影して後ろの4つのスクリーンに出す。指揮係のノートパソコンでも雑音の素材は少し出すらしい。各出演者が舞台のテーブルにいろんな視覚的な操作をした映像を撮って拡大して後ろのスクリーンに出す。シュトックハウゼンの「シュティンムンク」に似ているがこちらは映像付きになっている。20分過ぎたところで席を外してこの作曲家の解説のゲシュプレッヒに行く。去年はロビーでやったので入りきれなくて今年は反省して大ホールの客席でやってる。ここでも聴衆はフランス語でしゃべっているんが多い。どこから来るのか?

4. Machinations
Ensemble de Théâtre Musical der Hochschule der Künste Bern, , B. Piccand, L. Inauen, O. Pasquet, P. Sublet, N. Radivojevic: Aperghis
MI 01. Mai | 16:30 ?
Kino im Museum Ludwig

テーマ作曲家はアペルギス。インテンダントが出てきてフランス語下手だと断って英語で話すのかと思えば一切なく、一応こっちもかなりわかるが全部フランス語で質問して出てきた答えをドイツ語に全部直している。本人の親が楽器弾いてた。作品は全ジャンルに及ぶことを紹介。特にムジーク・テアターはカーゲルと似ているが違うのは必ずしもお笑いを目指さないでまじめにやっているということ。パリ時代クセナキスが非常に助けた。オペラ作品が最初のデビュー作。筋のない劇場形式がドラマトゥロギーで重要。ソナタとオペラの境界を無くす。今日の作品はザルツブルク音楽祭で初演。現代作品の理解のため演奏に視覚的要素を入れることは非常に重要。最後に質疑応答。パリでギリシャ音楽を聴くと踊りだすかというくだらない質問があった。Non!

5.Komponistengespräch
G. Aperghis, L. Langevoort
MI 01. Mai | 17:00 ?
Kölner Philharmonie

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  • [129]
  • 381.アハト・ブリュッケン、5月1日 I.

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 5月 2日(木)18時02分21秒
  • 返信
 
メーデーの電車の中は山歩きしたいロシア語とフランス語を喋る人でいっぱい。これはケルンの登りなのでどう考えてもケルンに住んでいるのでも旅行者でもないのにここの大田舎のどっかに住んでいるらしい。

ホテルの車が遠慮なしに来るフィルハーモニーの前で吹奏楽が始まるが、注目すべきは演奏曲目に「ほんだ・ゆうや」とか言う日本人作曲家が入っていること。もちろんどういうことかプログラムで調べる。1977年に生まれて2004年に死んでいる。これを普通の学校の吹奏楽に加えてケルンの日本人が作った8人のチンドン屋バンドでやる。自分もかなり長く吹奏楽の指導をしたが、ここでも至るところに日本人作曲家のレーパートリーが入ってきてる。曲そのものは典型的なサン・サーンスの「サムソンとデリア」を思わすポップの吹奏楽だが、シューベルトと同じ31歳で死んだ日本人作曲家の曲を残したいということでプロのチンドン屋バンドをケルンで組んだらしい。大きな吹奏楽のほうはイギリス風でコルネット、スーザーホーン、バリトン、シンバル付きの小太鼓などである。現代音楽祭で吹奏楽を委嘱したのは十数年前のドナウエッシンゲンでもあった。今回は委嘱ではないが、日本の若い作曲家を偲ぶという意味でやったらしい。それで大聖堂の周りを30分で行進する。中央駅に至る前の階段を行進を休止して雛壇として使ったのは良い方法だがそこまで行進するのに楽譜見て指揮見てよく転ばないものと思った。もちろん11時31発の電車の出発音が入った。


ACHT BRÜCKEN Freihafen
1. TRAVEL MUSICA
TRAVEL MUSICA.
TRAVEL MUSICA - High-powered CHING DONG Band , Youth Brass Band NRW, M. Schädlich: Honda, Meures
MI 01. Mai | 11:00 ?
Bischofsgartenstraße


次は公開練習、準備のプローベがダルムシュタットのように遅れてなかなか始まらない。みんな外で待ってたが特に目立つのは自分の前に身長2mのカップルが立っていることである。女でも2mの身長は良くいるのでそんなにここでは珍しくはない。ペダル式のブルントップフは初めて見た。ここで予定にはないモルティエの弟子のインテンダントが出てきて解説をカンブルランに聞く。ベルリン国立歌劇場やケルン・オペラの演目政策にもかかわっているらしいく、そのためにベルリンでもオペラの委嘱初演が多くなったらしい。14分遅れで開始。昔クレムスで初めて会ったクラング・フォルム・ウィーンのヴィオラもチェロも歳を取った。ここでハースの曲を通すという。去年の11月にポルトガルのポルトで初演した曲。ハープが調律の違う別のハープにも持ち替え。どうも微分音で調律しているらしい。ppppのグリッサンドの開始は好感が持たれる。ハープのお姉ちゃんはシュトックハウゼン・アンサンブルかどっかで見たチャーミングなメガネ・フランス人。フランス人の指揮者にフランス語で質問。弦の非常にゆっくりとした下降グリッサンドもしくはトレモロ付き。16小節目のフェルマータ。金管同士の微分音とグリッサンドト掛け合い。2つのハープを同時に弾く場面。ティンパニの非常に遅いグリッサンド。コントラバスは4弦。どう聴いてもこの曲は倍音だらけなどのオーストリア風のスペクトル楽派でしかない。このアンサンブルをクレムスで初めて出会った時もラモンテ・ヤングやジェームス・テニーのプローベに参加して最後にORFが放送用の録音してた。ストックハウゼンが死んでから現代音楽は終焉したかに見えたがところがどっこいどこにでも生きているし、それどころか聴衆が増えている。この倍音調率は非常に正確にされているらしく。BbもF♯も普通の平均律のそれではなくちょっと低いしちょっと高いのである。コントラバスの高次倍音はとても高く手が届かないので楽器を半分固定してやっている。282小節。なんか名を出して金が欲しくなったジョン・アダムスの繰り返しをふんだんに身に付けたお笑い作品に変貌。

それにしても聴衆でフランス語話してるのが多い。タダなのでフランスからわざわざ来たのか?さっきの電車の山歩きのフランス人ではないと思う。それともケルン周辺にもこんなに住んでいるのか?とにかくこういう作品を分析するには調音アナリーゼが非常に役に立つ。日本の音大にもぜひ取り入れたい授業である。売れもしない楽譜を出版しいちいち聴衆にサービスで配るわけではないし、楽器の方向向いて聴いた方がはるかに早く要点をアナリーゼできる。百見は一聴にしかずである。

帰りにどっかの会社が現代音楽の聴衆に丈夫な手提げ袋を寄付したので1袋貰って帰った。
中にメモ帳と貼り付ける栞が入っていた。外のポスター見ると今度来るウィーンフィルはソキエフと来るらしい。指揮者の顔ぶれもどんどん変わる。
2. im Schatten der Harfen
Klangforum Wien, S. Cambreling: Haas
MI 01. Mai | 12:00 ?
Kölner Philharmonie
Eintritt frei
Klangforum Wien
Sylvain Cambreling | Dirigent
Benedikt Leitner | Moderation


Georg Friedrich Haas
im Schatten der Harfen (2018)
für Ensemble
Kompositionsauftrag von Casa da Música Porto, ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln und dem œnm . österreichisches ensemble für neue musik
keine Pause | Ende gegen 13:00

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/


  • [128]
  • 380. シュテーブラー・パフォーマンス 4月30日HÖR?FLECKEN

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 5月 2日(木)15時51分9秒
  • 返信
 
何時もの様に音楽図書館で楽譜を2冊買う。ボッケリーニのチェロ・ソナタ全曲とバルトークの歌曲集。

それからこの大がかりなパフオーマンスに1駅なので歩いた方が早いのでそのまま行く。2つの両方のエスカレーターをはさんだり真ん中にアンサンブルがセットしてある。この地下鉄の駅は最近できたばっかりで東京駅や上野駅のように地下3階まであって広くて深い。例の文書館の水漏れ事故の場所から半駅。いまだに例の事故で次の駅に繋がらないのだ。これにソリストや合唱が加わるがどこにセッティングするのかはわからないが後で移動しながら演奏するとわかった。合唱はヴォカールアンサンブル程度の数人。大学の学生高できる人だけの中執メンバー。

もちろん駅は通常の業務をしなければならないから電車が発着し煩いのでそれは作曲の際に織り込み済みでなければならない。ニコラス・A・フーバーがダルムシュタットでやった演奏途中に外のドアを直接開けて雑音を入れる作品に似ている。当時は誰かが演奏中にバスケットボールやっててその雑音が入ってきたものだ。一般客の誘導は確実にエスカレーターに乗れるように駅員が協力して誘導している。聞いたら「全曲」2時間かかるそうだ。

まずメタル・プラッテで走者がエスカレーターで降りてくる。逆方向からはガラガラやラッチェで入場してアンサンブルの席に着席、コンバスは5弦。まずA 音の音合わせ。もうクラリネットが移動で他の場所でやっている。アコーディオンも別のアンサンブルに移動。

電車の発着する再下階のホームでは楽器の箱の中に入って歌唱。それから別人がタップダンス。この駅の雑音は昔やったシュトットガルトのFM放送周波数のデモ・コンサートに似れいる。当時はクラシックばかりで「パシフィック231」とか「カルミナ・ブラーナ」とかしたものだ。

クンスとシュテーブラーが浮浪者みたいな恰好でステンレスのフォーリエをほどいて新たに山を作って丸めている。我々が昔シュトットガルトでやったパフォーマンスのムーミエの話に似ている。口に手を当てて歌う。微分音。一般の乗客もちょっと立ち止まって聴いている。連れて来られた子供たちはローラーボードで音響の中で遊んでいる。こういうところから現代音楽に対する抵抗感が全くないように育っていく。おっさんが怒鳴ってエスカレーターで下がっているのでびっくりするがこれは名前が入ってないので演出なのか本物の浮浪者なのかわからない。音楽そのものは意味のない断片のごみの集まり。

次の口実の催し物に間に合いそうで、結局は1時間42分かかった。誰かが冗談で十分長くのにアンコールしろを笑いを誘った。

HÖR?FLECKEN.
A. Luz, T. Szorek , Z. Madesi , Ensemble Musikfabrik, Studio Musikfabrik ? Jugendensemble des Landesmusikrats NRW, Kammerchor der Universität zu Köln, M. Ostrzyga, Schülerinnen und Schüler des Albertus-Magnus-Gymnasiums Köln: Stäbler
DI 30. Apr | 18:00 ?
U-Bahnhof Heumarkt  Eintritt frei
ボン大学の有名な若き哲学者のラジオのための質疑応答らしい。とにかく満杯。まず司会者がネクタイをしている人が哲学者と紹介。なんかの答えが出てきそうで出て来ないのが哲学。とにかくブリリアントな人格で頭の切れがすごく良いし引用の分野が幅広く決して飽きない。なぜ世界は無いのか?哲学的な再考。しかし哲学はプラトンから始まった神を考え無い学問。存在の意義。蛇の話でバイブルの時代は常識が違って誰も宇宙を解明しようとは思わなかった。ニーチェやハイデッガーの引用と正義。動物の進化とインテリ。アメリカ哲学の歴史で新現実派を強調。幻覚も現実にある事象と現実の嘘。化学は自然の物質的な学問。人間は機械ではない問題。革新哲学。ポスト・モダン哲学。サイトロジーに言及。最後に質疑応答で80分。
Unter vier Augen Vorstellungen
GESPRÄCHSREIHE
Di 30.04.2019
20.00
Offenbachplatz
Jakob Augstein (?der Freitag?) trifft Markus Gabriel

Jakob Augstein diskutiert in einer regelmäßigen Gesprächsreihe mit Künstler*innen, Politiker*innen, Wissenschaftler*innen und Expert*innen über Themen der Gegenwart und Zukunft. Im Gespräch mit jeweils einem Gast greift Augstein aktuelle Debatten, Zeitgeist und Abwegiges auf. Jakob Augstein ist seit 2008 Verleger und seit 2013 Chefredakteur. Er studierte in Paris und Berlin Politikwissenschaft, Germanistik und Theaterwissenschaft und arbeitete für die??Berliner Zeitung?, die??Süddeutsche Zeitung? und??DIE ZEIT?. Seit 2011 schreibt er für die??Spiegel Online?-Kolumne??S.P.O.N. ? Im Zweifel links??und ist bei Phoenix in AUGSTEIN UND BLOME zu sehen. In seinen Kolumnen und Sendungen schreibt und diskutiert er über Digitalisierung, Panama und Paradise Papers, Sexismus, Altersarmut, Bildungs- und Europapolitik, über das Gefühl, das wir Heimat nennen.
?Es geht darum, die Menschen mit überraschenden Argumenten zum Nachdenken zu reizen, auch zum Widerspruch?, sagt er. Die Veranstaltungsreihe findet regelmäßig am Offenbachplatz statt und ist sonntags um 18.00 Uhr auf WDR 3 zu hören.




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  • [127]
  • 379. 「ルクレシアの凌辱」28.04.19

  • 投稿者:S,K.
  • 投稿日:2019年 4月29日(月)22時28分4秒
  • 返信
 
Opernabend "The Rape of Lucretia" von Benjamin Britten
Sonntag, 16:00 Uhr, Konzertsaal (Köln)

マチネーの学校オペラにしては珍しく字幕が付いている。会場は舞台のために両側の客席を潰しても使っているのでみんな真ん中に集まって満員状態。演奏は学生陣だが、指導はシュトットガルトと同じくすべてケルンやクレフェールド、メンヒィングラードバッハ・オペラでやった連中が集まって教えている。このピアノ譜は前から自分で所有しているが、あくまでもあの傑作「ピーター・グライムス」の次の作品で、「コジ・ファン・トゥッテ」のような女の貞操の話から始まる。しかし後半は結婚に引き込むのではなくてレイプに走り犠牲者が自害する「ムツェンスク群のマクベス夫人」のような話になる。何時ものようにプログラムが客席では暗くて読めないのであらかじめピアノを含む予習してきてよかった。

舞台は奥が幻灯のスクリーン。指揮者はレシタティーヴォだけはピアノを自分で弾く。後ろにもプロンプターのような副指揮者がいるがモニターがないので去年の「兵士たち」のように歌手が指揮者の後ろに来たら補助的に指揮する役割。2人の語り手はすべて歌う。最初の酒盛りは特になく5台のベット上の出来事として上演。4弦の個人所有のコンバス。学校オペラなのでここでは韓国人をめいいっぱい使っているが、すぐにでもプロでも使えるほどのすごい歌唱力。一人はスピーカーよりの大きな声が出ていた。45分08秒で休憩。

パウゼは2階以降の廊下に行くことを推薦される。カトリック教会だけとが限らないレイプ問題の展示会で告白のヴィデオや写真など。

第二幕の「鎮魂交響曲」風の出だしは当時のジョージ・ベンジャミン風の才能を思わせる。レイプの場面は主役の韓国人に任せる。まあー、学校オペラなので「マクベス夫人」程度の演出で全部脱ぐことはない。語り手同士までちょっとレイプ。残りの2人の女はレズらしい。「ピーター・グライムス」を思わせるフルートとクラリネットの分散和音。自殺した後のエピローグが長々しい。56分50秒。

夜はこのオペラの口実のために交通費として買ったチケットの演劇に移る。「メデア」はケルビーニやライマンのオペラで親しい。いきなり英語のセリフ。効果音が煩い。メデアの殺した2人の息子を棺に入れる象徴的演技。子供のギリシャ悲劇風な長すぎるセリフは小柄な女の大人の役者がやっている。原作をバラバラにしたようなかなり違った話の運び。役者は歌も歌いパントマイムもする。2人の音楽家は舞台の脇で楽器で雑音を出したり電子音で効果音をする。主に電子音にギターや打楽器に雑音を乗っける方法。象牙マンの登場。

5つのオッパイと3つの顔を持った女。2つの顔を持った男。幻灯のデフォルメスクリーン。もみの枝を踏みそれをマイクで増幅し効果音として流す方法。いかにも終わったような1時間52分だが実は休憩だった。

後半も1時間ぐらいかかりそうと思ったがそうではなくて巨大な蛍光灯の屋根を横にひっくり返すのに30分もかかるらしい。そこの踊りもしくはパントマイム。演技を前方の巨大スクリーンに映す。とにかくこういったいろんな演出法は作曲の際の良いアイディアの源になる。あっけなく23分で後半が終わる。電車1時間寒い外で待たないといけないので通算2時間15分で続けてやって欲しかった。

Mitwirkende:
Es singen Studierende der Gesangsklassen der Hochschule für Musik und Tanz Köln
Musikalische Leitung: Prof. Stephan E.Wehr
Inszenierung:?Prof. Gabriele Rech??
Bühnenbild/ Kostüme: Tobias Flemming??
Licht: Thomas Vervoorts
Bühnenmeister: Wolfgang Fey
Maske: Doris Königstein??
Orchester der Hochschule für Musik und Tanz Köln
Begleitprogramm:
Vor den Vorstellungen und in der Pause findet in verschiedenen Räumlichkeiten der HfMT eine künstlerische und assoziative Sensibilisierungsausstellung zum Thema sexueller Missbrauch und Machtmissbrauch statt, die sich auf die Thematik der Oper Rape of Lucretia bezieht. Organisiert wird das Ganze von Studentinnen der HfMT Köln in Zusammenarbeit mit Prof. Gabriele Rech und der Gleichstellungskommission.
Organisation: Desiree Werlen, Scarlett Pulvey, Hedwig Ritter und Anna Lautwein
Zur Pressemitteilung vom 25.03.19.

Bitte beachten Sie: Bei Veranstaltungen im Konzertsaal mit hohem Besucheraufkommen sind wir aus Brandschutzgründen verpflichtet, auf die Abgabe von Mänteln, Jacken, großen Taschen, Rucksäcken etc. zu bestehen. Bitte haben Sie dafür Verständnis.?
Eintritt:
6 Euro
Tickets:

Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln
Termine:
29.4.2019, jeweils Konzertsaal
Medea
nach Hans Henny Jahnn
Nächste Vorstellung25.04.
Es ist sicherlich eine der radikalsten Bearbeitungen des Medea-Stoffes, die Hans Henny Jahnn 1926 vorlegt. Die Magierin und Nichte des Sonnengottes Helios, mit Jason aus Kolchis geflohen, hilft ihm nicht nur beim Diebstahl des goldenen Vlieses, sondern schenkt Jason durch einen Zauber ewige Jugend. Als Ausgestoßene lebt sie in Korinth, ihr Körper verfällt, während ihr Geliebter in zeitloser Schönheit gefangen ist. Jason, der Held ohne Auftrag, verliert sich in erotischen Abenteuern, gequält von einem unersättlichen Begehren. Auch in ihren Kindern, die bei Jahnn erstmals eine eigene Stimme haben, erwachen die Triebe, und es ist nicht der Vater, der Kreons Tochter anfangs begehrt, sondern sein älterer Sohn. Es ist eine Welt voller Triebe und Aggressionen, Inzest und Begehren, eine Geschichte von Entwurzelung, Ausgrenzung und metaphysischer Sehnsucht.

Nach IWANOW inszeniert Robert Borgmann Jahnns sprachmächtige Überschreibung eines antiken Stoffes, eine antike Tragödie, in der sich das Drama des modernen Menschen in seiner Zerrissenheit widerspiegelt.?
Besetzung
Medea
Melanie Kretschmann
Jason
Astrid Meyerfeldt
der ältere Knabe
Marek Harloff
der jüngere Knabe
Kristin Steffen
Amme | Knabenführer
Sophia Burtscher
Bote | Kreon
Maximilian Mayer
Kentaur | Sklave
Claudia Ortiz Arraiza
Kinder
Erik Ameling ? Ole Ameling
?
Robin Bachmann ? Leonardo Jakusho
?
Musiker
Robert Borgmann ? Tom Müller
?
Regie | Bühne
Robert Borgmann
Kostüme
Bettina Werner
Musik
Robert Borgmann ? Tom Müller
Licht | Video
Carsten Rüger
Tanz | Choreographie
Claudia Ortiz Arraiza
Dramaturgie
Julian Pörksen

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  • [126]
  • 378. 演劇:素敵な混乱von Julian Pörksen 17.04.19

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 4月19日(金)03時24分10秒
  • 返信
 
その前に前回振られた12時からの30分のプローベ映画の鑑賞が中止にならないであった。今回はドイツのジャズバンドの紹介映画だと思ったらなんと昨日のフィルハーモニーのライブの映像を34分間放映。「ロッキーのテーマ」から始まって何時ものサウス4とかが出てくる。トロンボーンとアコーディオン、ギターとコントラバス、サックスとクラリネットまたはフルート、歌とトロンボーンの持ち替えは素晴らしい。モーツァルト時代にも交響曲でフルート奏者がオーボエに持ち替えたようにどうもこういうことがドイツのジャズバンドの特徴らしい。司会の冗談も入って音楽も解り安いがそれだけの話。

6時の音楽学の講義までに時間があるので音大のホールに行って見ると、案の定来週やるオペラ「レクルシアの屈辱」のリハーサルをやっていた。客席に両脇を潰して派手な舞台づくり。弦楽五重奏。木管よりどり4本、ホルン、ティンパニ、ハープと指揮者もピアノ弾くらしい。

音楽学の発表会は「世界の音楽地域の概要」、そんなに音楽的ではない研究。でも音楽に意味を理解するには音大のはこういう講義がないと存在の意味をなさない。いろんな世界の音楽の違いはその地域の文化、人種、習慣、言語、生活などに影響されるということ。人が住んでいないとこでは文化は発生しない当たり前の事象。そういう現象は元々気候の影響にも左右される。例えば日本では言語的にも音楽的にも少数派と言われるが、ドイツ人のようにたくさん作曲されることはないしオペラも毎日日替わりで幕が開けられるわけではない。それは温度に左右されるし明るさにも左右される。また日本は生活の多様性にも非常な影響を受ける。いろんな物質的事象が絶えず明るく入ってきて気分が分裂し物事に集中できないでも大作などが創作しにくい小品だけの世界。しかしここで日本を取り上げたのではなくて世界中の一般論だけ。世界の音楽と言葉の問題は大きい。歌曲でなくとも非常に連動している。更に宗教との関係は凄い。その日もこの前に音楽図書館に行ってカリッシーミのオラトリオ「イェフテ」のスコアを50セントで買ってきたが、イタリアだけでも中世からだけでも億単位で曲が残っている。このスコアを買ってみたのは伴奏がすべて通奏低音だけだからだ。結局ピアノ譜と同じですべてピアノで弾けてしまうのでこれ以上は要らない。

次に民族音楽との関係は民俗学から。アイデンティティ、特に肌の色が目立つ人種と歴史、文化、これらの展望。音楽の役割、なぜやるのか?解るのは宗教音楽の儀式性。マネージメントとアマチュア、歌曲と器楽曲の相違。アンサンブルの形態、音階システムと旋律。楽器法、独特なリズム、音楽のプロ化、ポピュラー音楽についてなどなど。

夜8時のコンテナ演劇はもう3回目、ロシア語を話すおばあさんたちや黒人にお姉ちゃんも入っていく。まず演劇は小道具と大道具を入れるとこから自然に始まる。もう初めからライブ映像を撮って後ろのスクリーンで流す。じゃないとこの狭いコンテナの中狭すぎて演技が十分に見えない。車に乗ったカップルを撮影する。トラブルがありしょっちゅう撮影が中断するのも台本のうちに入ってる。一人が怒り出し、残りのカップルのほうは大きな葉っぱの中に隠れる。

イタリア語とドイツ語の同時会話はわかってもわから無くともかまわない。劇中劇ではなくて劇中映画。最後に全員が控室で黒い口紅を塗るのをスクリーンに写して終わる。60分。
Tom Gaebel & His Orchestra: Perfect Day
Dienstag 16.04.2019, 20:00
Die Veranstaltung liegt in der Vergangenheit!
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:
iCal/Outlook -Kalender Google -Kalender Yahoo -Kalender
zzgl. Vorverkaufsgebühren
Im Herbst 2018 erschien mit ?Perfect Day“ Tom Gaebels bereits achtes und bisher wohl persönlichstes Album, bestückt mit 13 Songs ? dreieinhalb davon Adaptionen, ansonsten ausschließlich Originale. Mit diesem Album hat der Vollblutmusiker einen musikalischen Kurs abgesteckt, der direkt in seine Welt führt, jenen Kosmos zwischen lässig vorgetragenem, fingerschnippend-gutem Big-Band-Swing, gehobenem Easy Listening und eindrucksvollem Pop-Jazz-Spektakel. Ob nachdenklich-feines Crooning, große, theatralische Freddie-Mercury-Geste oder James-Bond-Anklänge: Tom Gaebel hat all seine Lektionen gelernt und brilliert als Sänger und Entertainer im Studio ebenso wie auf der Bühne. Mit seinem neuen Album geht er nun auf Tournee und feiert in der Kölner Philharmonie die NRW-Premiere.

Dieses Konzert wird auch live auf philharmonie.tv übertragen.
Der Livestream wird unterstützt durch JTI.
Pause gegen 20:55 | Ende gegen 22:15

Ringvorlesung
Mittwoch, 18:00 Uhr, Kammermusiksaal (Köln)
?
Music Earth ? Musikregionen der Welt im Überblick

Prof. Dr. Hans Neuhoff (HfMT Köln)
Music Earth: Einführung in das Thema

Konzeption und Leitung: Prof. Dr. Hans Neuhoff
Eintritt:
frei
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln



La Bella Confusione 素敵な混乱
von Julian Pörksen
Nächste Vorstellung17.04.
Sie wollten einen Film drehen ? und sind gescheitert. Umgeben von unfertigen Kulissenteilen suchen drei Schauspieler*innen nach einer gemeinsamen Geschichte. Sie planen Szenen über die Flucht in eine neue, unverbrauchte Existenz, suchen nach Träumen, die sie glauben können, verlieren sich in ihrer Überforderung, Streit und Melancholie. Was kann ich der Bilderflut entgegensetzen? Gibt es eine Erzählung, ein Bild, das mich befreit? Wie gehe ich durch eine Welt, in der das Grausame und Schöne von allen Seiten ständig an mich herangetragen werden? Was muss vorkommen in einem Film über das Leben? Ein Stück über das defekte Leben, zerfallende Utopien und die Poesie der Krise. Geschrieben von Julian Pörksen für Simon Kirsch, Paul Langemann und Ines Marie Westernströer.


Besetzung
?
Simon KirschPaul LangemannInes Marie Westernströer
?
Regie
Julian Pörksen
Bühne
Marina Diez Schiefer
Kostüm
Jean Louis Frère

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  • [125]
  • 377. ボンの「マクロブーロス事件」、DIE SACHE MAKROPULOS、4月11日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 4月13日(土)05時14分20秒
  • 返信
 
どうも主役はこの前歌った黒人の女性らしい。まあー、上手いが黒人がタイトルロールになるのはここでも珍しい。木管楽器と金管楽器も正面、音響的に方向が聴きやすい。今回は全3幕96分であるが2幕までで休憩を入れるらしい。今日も病気で言いわけが出てきて9時半に声の調子がおかしいことを報告、12時にはそこら中に電話かけてちょうど非番のベルリン・ドイツ・オペラで歌ったことがある歌手がいてすぐに飛行機で連れてきてぶっつけ本番となり、病気の歌手は演技だけということになったらしい。明日も「エレクトラ」で出演する予定なのだがベルリンの歌手はそれもレパートリーに入っているらしい。この演出は途中でダンスも入っているので演技はもう初日の二回目でプローベはないし代役が効かないらしい。4分遅れで開始。

遺産相続のオペラは「ジャンニ・スキッキ」と言う名作がある、東欧独特なさみしい音響はバルトークと類似性がある。何時ものように序曲はこの作曲家らしく繰り返しで始まるが、これは国民楽派が使用する民謡の繰り返しの伴奏を敷衍したものでカール・オルフやNYミニマル楽派とは違う。。3管編成、コンバス5だから、順に6、8、10、12であろう。途中で舞台裏の金管とティンパニも響く。バランスは声よりもオーケストラが大きめ。何とか聴こえるが完全に満足はできない。ドイツ語字幕付きのチェコ語なので韓国人は入っていないがこの黒人の主役は良くこなしていると思う。でも脇役のソプラノの出は苦しい。36分。

カーテン閉めて舞台転換。無言の演技だが無体転換が長い。更に掃除婦も出てきた。やっと舞台が開いて注目できるのは黒板にパフォーマンスのようにギリシャ語で主人公の名前を書く。台本通り。30分。

歌手陣は韓国人がいなくなったがチョコ人よりも東欧人が多い。黒人のタイトルロールはそのどれにも属さないが立派にチェコ語で歌っている。このオペラは昔良くミュンヘンでやっていて行けなくて聴くのも見るのも初めてだが音楽は典型的なヤナーチェクの音楽で演出はほぼ台本通り。事前にシューマンハウスで楽譜を見ようとしたが偶然なかったのでオーボエなどのピアノ伴奏曲4曲余りを買ってきた。

とにかく初めての舞台なので他との演出との違うを言うことができない。ただ言えるのは粗筋は知っているのでほぼ台本通りだということだ。幕が開けた曲の最初に大量の紙が天井から降ってきたがこの主人公のE.M.のサインの山であることがこの場面で解ったが、人生などいくら長く生きても意味がないという哲学を最後に含んでいる。男たちが何やら黒板でギリシャ文字で黒板に公式を書きまくる。和声感覚はバルトークの「青髭公の城」を思い起こさせヤナーチェク対斜はブルックナー対斜ともバルトーク対斜とも異なる。

男たちが全員同じお遊戯をしている演出は滑稽で決まり切って面白くないしおかしい。最後までオケは煩いのが直らなかった。最後に長寿の薬の処方箋を燃やさなかったがマクロプ―ロスは破いて力尽きて地面に倒れて死ぬ。28分。

丁度今電車が出たころに終わってしまった。1時間時間が余ったのでゆっくり歩いて市の中心分を通って中央駅まで行くことにした。ところが地下鉄のホームを間違え、丁度電車が入ってきたのでエスカレーターを急いで戻る途中、誰かの投げた石が強く足の筋肉に当たるような電撃的な痛みが走った。悪い奴がいるものだと後ろを見たら誰もいなくて足に怪我をしたかと思えばどこも血が出てない、結局筋肉の酷い肉離れということでその電車に遅れて乗れなくて更、にその次の電車に乗るまでに必死の思いで戻った。結局は更に乗り換えて、終点の駅からは自分の車が動いてよかったが車椅子なんてないから必死の思いで家に帰った。

Věc Makropulos
Bilder Karten kaufen

11 Apr
19:30 H

20 Apr
19:30 H

04 Mai
19:30 H

19 Mai
18:00 H

26 Mai
16:00 H

31 Mai
19:30 H

19 Jun
19:30 H
Opernhaus
LEOŠ JANÁČEK (1854 ?1928)
Oper in drei Akten nach der gleichnamigen Komödie von Karel Čapek
Dichtung vom Komponisten
? In tschechischer Sprache mit deutschen Übertiteln ?
In Kooperation mit der English National Opera, London?
Die Opernsängerin Emilia Marty ist ein Star der Gegenwart (im Stück zugrundegelegt 1922) ? aber geboren wurde sie 1566, nachdem ihr Vater, ein Alchemist, im Auftrag des Kaisers die Formel für das unendlich lange Leben gefunden hatte. Seit Elina Makropulos auf die Welt gekommen ist, hat sie unter verschiedenen Namen leben müssen (u. a. Eliane MacGregor, Elsa Müller, Ekaterina Myschkin), immer gezwungen, sich in der um sie herum jeweils absterbenden Epoche neu finden und erfinden zu müssen. Vom Schicksal vor die Wahl gestellt, erneut die Identität zu wechseln, entschließt sie sich nach 356 Jahren Beteiligung am Treiben der Welt zum Verzicht und stellt sich freiwillig dem Tod.
Leoš Janáček selbst bezeichnete DIE SACHE MAKROPULOS als ?moderne historische Oper“, was angesichts der unverkennbaren Züge des Phantastischen, die das Werk aufweist, nicht ganz nachvollziehbar ist. Er schrieb die Oper unmittelbar nach dem Ersten Weltkrieg und verarbeitet das große Sterben der Zeit mit dieser auf faszinierende Weise Klang gewordenen Grübelei über die Unsterblichkeit. Neben JENŮFA, KÁŤA KABANOVÁ und dem SCHLAUEN FÜCHSLEIN ist DIE SACHE MAKROPULOS mittlerweile eine von Janáčeks meistgespielten Opern weltweit geworden, nicht zuletzt wohl Folge des mit geschicktesten Mitteln verarbeiteten phantastischen Sujets.
Bereits seit drei Jahrzehnten arbeitet Christopher Alden an Opernhäusern in Europa, aber auch in Kanada und den USA. So inszenierte er beispielsweise in New York, Sydney, Toronto, Melbourne und erarbeitete mit Gustavo Dudamel als Musikalischem Leiter einen vielbeachteten Zyklus mit Mozarts Da Ponte- Opern in Los Angeles. Seit seinem Europa-Debüt 1980 in Basel mit Mozarts DON GIOVANNI waren seine spannungsgeladenen Inszenierungen auch an der Opéra Comique in Paris, an der English National Opera London und an der Deutschen Oper Berlin zu sehen.
?
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 17. MÄRZ 2019, 11 UHR
Moderation: Michael Struck-Schloen, Autor und Musikjournalist
?… und außerdem …
LEOŠ JANÁČEK: ZÁPISNÍK ZMIZELÉHO (TAGEBUCH EINES VERSCHOLLENEN)
OPERNFOYER | MO, 6. MAI 2019, 19.30 UHR?
Besetzung
Emilia Marty
Yannick-Muriel Noah
Jaroslav Prus
Ivan Krutikov
Janek
David Lee
Albert Gregor
Thomas Piffka
Hauk-Sendorf
Johannes Mertes
Dr Kolenatý
Martin Tzonev
Vítek
Christian Georg
Krista
Kathrin Leidig
Komorná (Kammerzofe)
Susanne Blattert
Strojník (Maschinist)
Miljan Milovic
Poklízečka (Putzfrau)
Anjara I. Bartz
?
?
Chor des Theater Bonn
?
Statisterie des Theater Bonn

Beethoven Orchester Bonn
?
?
?
Musikalische Leitung
Hermes Helfricht
Regie
Christopher Alden
Bühne
Charles Edwards
Kostüme
Sue Willmington
Licht
Adam Silverman
Lichteinrichtung Bonn
Andy Cutbush
Choreinstudierung
Marco Medved


Regiemitarbeit
Nina Brazier
Regieassistenz und Abendspielleitung
Mark Daniel Hirsch
Regiehospitanz
Johanna Brodmann
Musikalische Assistenz/Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Igor Horvat, Miho Mach
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Marina Rosenstein
Inspizienz
Karsten Sandleben
Sprachcoach
Šárka Grondžel

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [124]
  • 376. Schostakovich 7. GO 4月9日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 4月10日(水)23時08分9秒
  • 返信
 
この元音楽監督である指揮者の解説は今月曜日の午後WDR3でインタビュー形式で放送。パリ・オペラ座を経てスタジオーネ・システムのできてから33年しかたってないロサンゼルス・オペラとイタリア・トリノのRAIのシェフをやっているらしい。この曲の重要度について予備知識は非常に重要と同時にちょっとも重要でないと語る。音例、この曲のボレロ風のテーマと第二楽章。ケルンで取り上げたのは「マクベス夫人」ぐらいで少ないが辞めてから他のオケで集中して指揮するようになったらしい。音例は全集出してるキタエンコ指揮のGO.この曲最後に生聴いたのががアロノヴィッチ指揮のシュトットガルト放送響。当時はGPから付き合った。ハープの山畑さんが終楽章のハープのリズムが合わないのでどうなってるのと自分のとこにスコア見に来た。不規則なので指揮見ないと合いませんよと言っておく。

行きで先行の電車に犯人が逃げ込んだとかで警察が探しているので後続の電車が一斉に20分間止められる。DBは良く遅れるがDBだけの責任ではなく昔と比べて犯罪も多くなったらしい。

演奏1時間前の解説。先週に続いてショスタコ―ヴィッチの大きな交響曲が続く。今回は音楽評論家ではなくドラマトゥローグでもなく放送局でもなく指揮者でもなく、ドイツ・ショスタコーヴィッチ協会の会長が出てきた。さすがにショスタコーヴィッチの専門家ともなると情報がもの凄く入ってくるので我々鑑賞者の収穫もそれだけ大きい。「もちろん良い音楽」と最初から断る。ナチの軍隊による800日以上・3年近くのレニングラードの包囲は人肉食を生む。この曲のアメリカ初演はトスカニーニの指揮で初演されたがそれを聴いたのがシェーンベルク、アイスラ―、アドルノ、ストラヴィンスキーなど。シェーンベルクが15分の音楽を35分に伸ばしただけと勘違い。内容が希薄だと言いたいのだろう。もちろん実際は75分はかかるので比べることはできない。ロンドンでもジェームス・ウッドの指揮で初演されミトロプーロスやオーマンディ、ストコフスキーらも聴いている。音例:冒頭の祝祭的な部分。アレグレットはアレグロよりも遅いのでアクティヴな表現ではない。第一楽章は展開部がない。マーチによるエピソード。音程:ボレロ風の初めのとこ。13回変奏する。ラヴェルはその昔「自分のボレロは最高傑作、でも音楽ではない」と言った。第5変奏曲。この行進曲はラヴェルのパクリではない。実はチャイコフスキーの第6交響曲のスケルツォの行進曲が模範。作曲者はラヴェルを考えていない。最後の頂点は10番の第二楽章と同じ「暴力機械」。ドイツ軍の侵攻は頭に入ってなくてそのように見えるだけ。本質は「ムツェンスクのマクベス夫人」の暴力シーンからきている。こういう作曲法がこの人の通常。音例:チャイコの6番の第三楽章はドイツ人の指揮らしく遅い演奏。こういう作曲のユーモアは「ペトルーシュカ」や「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」のように良くあるし「ステパン・ラージンの処刑」や13番のスケルツォにもある。

マーラーの7番なんかも話に出てくるが、要は第二と第三楽章のスケルツォとアダージョの交換、マーラーの3番や9番の終楽章が遅いのもチャイコフスキーの6番がきっかけ。最終楽章がバナリテート。この曲のテーマはベートーヴェンのような暗黒から光明へではなく、「ボリス・ゴドゥノフ」のようにロシアは誰が政治をしても上手く行かない事への証。音例:第二・第三楽章―特にフルートの掛け合い。この楽章の交換も作曲者の遊び。これらは共産主義政権の犠牲者へのレクイエム。

終楽章は「祝え、じゃないと射殺するぞ」がテーマ。単なる戦勝ではないことを強調。作曲者が「ダヴィデの詩編」を引用している。

以上の解説はすべて忘れて音楽を鑑賞することを要求、とても賢い考え方だ!

実際のセッティングはソロ小太鼓が指揮者の前、それ以外は16型のドイツ方式。打楽器奏者8名のうち小太鼓が3.合わせと懸垂シンバル2対ずつ。ハープ2.ホルン8だけホルンの席の中。

第一楽章は少し早めに始まる。アメリカ風に甘い音楽。先週のフィンランドの厳しい音色とは違う。シュトットガルト放送響はGPでも弦が変拍子間違えてた。27分55秒。ソロ小太鼓が後ろの打楽器に席に移る。プッチーニ風の閉口4度の旋律。12分05秒。どうしても隣の開放弦を触ってしまうミス。サンドル・ヴェークのように右手で譜面をめくるのはやめて欲しい。欲管楽器が聴こえない。ショスタコーヴィッチではヴィオラが良く出るので先週同様ドイツ式配置が非常に成功している。21分33秒。運命の動機のハープが霞過ぎ。19分58秒。結局全体はバーンスタイン風にテンポが遅く81分31秒。

Sinfoniekonzert 8
Dienstag 09.04.2019, 20:00
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:
?
38,-
30,-
24,-
16,-
14,-
9,-
Z: 16,-
zzgl. Vorverkaufsgebühren
Keine Pause | Ende gegen 21:30
Mitwirkende
Gürzenich-Orchester Köln
James Conlon Dirigent
Programm
Dmitrij Schostakowitsch
Sinfonie Nr. 7 C-Dur op. 60 (1941)
"Leningrader"

Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Empore

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  • [123]
  • 375. Schostakowitsch 11. WDR 4月5日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 4月 7日(日)05時06分22秒
  • 返信
 
まず解説、今日は一回だけの定期だがTVカメラが入っている。撮り直しが効かない。電子音楽の主任のお姉ちゃんが出てくる。今日の公演はFM生中継だが明日以降はネットでも見れるらしい。

この曲についてのいつもの一般的な知識、ワルシャワ条約、共産党プロパガンダ、ドイツでは壁が明けるまで1回だけの演奏、自分はウィーンでその壁の前にホーネックが指揮する青少年オケのプローベをムジークフェラインで聴いてはいるが、1957年の作品、作曲家協会における自己批判、革命の前哨戦の映画のように写し取った音楽、音例:第一楽章の描写音楽、第二楽章殺戮の場面、第三楽章は音がない、第4楽章:警鐘―このカタストル的な終わり方はワーグナーの「リエンチ」と同じト短調。テーマのオリジナルの革命歌の合唱曲の録音を聴かせ「ポーランドのマルセイユ」と称する。この曲は戦後の1956年のソヴィエトの飢餓とも描写が共有するらしい。

代わってアデスのヴァイオリン協奏曲は初演じゃなくて2005年の再演。第二楽章のパラドックスから解説。旋律の付け足しを音で聴かせる。次にオケの和音とソロの対比、高音のコラール風のメロディ。次に第一楽章。蜂が輪になって飛ぶような音型と木管楽器のアルペジオを2回繰り返して聴かせる。最後に作曲者が自分で絵を描いたという初演のCDの宣伝。

ロビーは5月の「8ブリュッケン」のテーマ作曲家:ジョージ・アペルギスの展示。

本番のアデスのソロはこの前のロシアのシェーンベルクの協奏曲を弾いたピアニストのようにタブレットを見て演奏するらしい。譜捲りのためにべダルも用意してある。2222-3211-PK, 打楽器、10、8、6、5、3.トランペットはピッコロ持ち替え。

最初から速い、流れる音色リズムの往来。ソロは合奏協奏曲のように一緒になって弾いて裸になることがないし目立たない。高音域ばかりを動き回っている。短い第一楽章。さっきのオーケストラの和音は金管楽器からだったらしい。ここでティンパニ5個を使う。やはりヴァイオリンはそんなに活躍しないで全部伴奏のように聴こえる。相変わらず調性と無調の区別がつかない音楽。長めの第二楽章のパッサカリア。第三楽章は原始主義の静かなリズム。オスティナートみたいで曲の質が下がる。カデンツァの無い曲で19分。

ナイジェル・ケネディーのようなヒッピー風のソリストは名前からイギリス人ではなくてフィンランド人か?花束を客席のばあさんに差し上げる。アンコールはバッハのロ短調パルティータを予告してすぐ帰ろうとして笑わせるがちゃんとやる。

ショスタコは16型だがヴィオラが14人もいる。チェロが中に入ったドイツ型配置。この曲はサラステがイギリスのオケ振ったのユー・チューブに入っている。特にあまり繊細で最高に清潔とも言えない演奏でテンピが意外と速くそんなに時間かからなかったと思う。第一楽章はソロが裸になる14分12秒。第二楽章はレガートでも意外とリズムがはっきり合っている。非常に強いピッコロの音。銃乱射の場面は小太鼓の音色の質が非常に求められる。バカ鳴りのしない違和感のある音色はpppでも常にスネアを十分に響かせるのが求められる。厚くてすごく重い弦の音。固い撥を多用するティンパニ。発砲の場面からテンポが全く違った曲に変わるのはロシア風。最後の死体の折り重なった寒々とした風景。スネアのピアニッシモに不満。潰れた和音はスラブ的。ハープと金管が離れているので一緒に出れない。20分04秒。第三楽章は際立たせるのが非常に難しい音楽。そこをヴィオラ14に増強させて成功を図る。トゥッティで全管弦楽が爆発して特にピッコロが主導権を握る。11分58秒。終楽章は重く図太い弦。ほぼ定刻通りに本来の快速調にたどり着く。スネアがリムショット的な音でちょっと物足りないが4個も用意している。オケの原色の魅力が最大に発揮された実例。本物の金を固い撥叩いたらしく1回限りの定期も手伝って全精力をそこに投入した非常に劇的な演奏。15分22秒。計61分44秒。

Freitag 05.04.2019, 20:00
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:
?
45,-
36,-
27,-
18,-
16,-
9,-
Z: 27,-
zzgl. Vorverkaufsgebühren
Pause gegen 20:30 | Ende gegen 22:00
Das Konzert im Radio: WDR 3 live & WDR 5
TV-Aufzeichnung
Mitwirkende
Pekka Kuusisto Violine
WDR Sinfonieorchester
Jukka-Pekka Saraste Dirigent
Programm
Thomas Adès
Concentric Paths op. 24 (2005)
Konzert für Violine und Kammerorchester

Pause gegen 20:30

Dmitrij Schostakowitsch
Sinfonie Nr. 11 g-Moll op. 103 (1956?57)
"1905 god" ("Das Jahr 1905")
Veranstalter
Westdeutscher Rundfunk
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Konzertsaal

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  • [122]
  • 374. ケルンの「フィデリオ」3月29日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 3月31日(日)06時28分12秒
  • 返信
 
まず最初にボンに回る。シューマンハウスに回って楽譜を漁る。ピアノ伴奏のヴァイオリンの曲が出されていて、当然現代音楽優先で6冊3ユーロで買いこむ。譜面だけで判断して多いと重いのでペンデレツキ、イエリネック、ハーメル、シェーンベルクのOp.26 の編曲、アイヴス2冊に絞る。

ケルンに行く途中先行のインターシティーが完全に故障して全く動かなくなり後続が立ち往生する。1時間以上待たされて最後の駅に逆戻りして左側の線路を使ってケルン方面に行く。しかし、DBは日本と違って線路だけではなく車両故障も多すぎる。だから死傷者事故も良く発生する。

ケルンは日本文化センターを回って音楽図書館に行く、ここでもブラームスの歌曲集第一巻とモーツァルトの「牧人の王」とヴァイオリン協奏曲第一番、シューベルのSQ集第一巻、4冊を2ユーロで買ってくる。これで手下げ袋が十分に重くなった。

オペラは普通の舞台設定。今回のチケットは3ユーロ高かったがペーター・ザイフェルトが出演するかららしい。それでも無名時代にデュッセルドルフで散々使ってケルンでも育てたので有名になった今でも格安で使えるらしい。それでチケット代3ユーロ上積みさせられた。オケも正面で舞台装置に対応して小じんまりしている。弦は多分10,8,6,5,3だと思う。プロンプターの屋根がない。この小編成で弦がお得意に霞んでくれるので木管とのバランスが悪くて聴こえない。穴あきトランペットとバロックポザウネン、古風なティンパ二。序曲はホ長調を使わないで初演と同じレオノーレ第三番を使う。そのあとのアリアなどはすべて通常通り。走らないがスリルもない。コーダの前の弦のプレストパッセージは危なっかしい。それでも指揮者のベテラン性に助けられる。歌が始まるとそれでも声が隠れる。舞台はほぼ程当時の様式で現代的ではない。50分経過すると前の列の色気だらけのお姉ちゃんが退屈して話し始めてまとめて動き出す。やはりこういう有名作曲家オペラでもどんなに著名人が出ても少しでも知っていないと面白くないものだ。序曲は次のアリアとの対比を意識して傑作でも長ったらしいハ長調よりも簡潔なホ長調に限る。オケが十分に抑えすぎてクライマックスの感動が足りない。3本のホルン付きのアリアでも十分に出せないのでミスでないとしてもウィーンで見られるような劇的性と抒情性は表出できない。これ以上オケは抑えられないから歌のほうが強弱無視してffで通すしかない。囚人の歌はもっと合唱ばかり振る必要がある。心理的に意識するのでかなり聴こえるようになる。75分05秒。

第二幕もワーグナーの「黄昏」第二幕の暗さから始まるが前のお姉ちゃんたちが煩い。今にも壊れてしまいそうは不安定のアンサンブルは指揮者のベテラン性でカバー。最初のテノールの入りはリート歌手でないので意外と不純物が入る。コントラファゴットとバロック第三ポザウネの席が一緒らしい。トロンボーンが2人の時に脇に座らせて第三トロンボーンの役割を果たさせるらしい。ザイフェルトの声はさすがに出るときはオケに負けないくらい出るが強引で強靭な声なのでそんなに繊細な音にはならない。さすがに世界中で歌っているので100%役に嵌っている。15分経過してお姉ちゃんたちが飽きて話して動き始まリ後ろから注意される。ザイフェルトのダイアローグの声は普段よりもさらに高い。遠くのラッパは穴あきトランペットではなく普通のを使っているらしい。最後の弦の速攻もあんまり合わないし指揮に従うので十分に速くない。合唱もあんまり指揮しないし合わない。間奏曲なしの45分23秒。

日中から夜中まで帰りの汽車のドアが壊れて開かないとこばかりである。
Ludwig van Beethoven Fidelio
Oper in zwei Aufzügen
Libretto von Joseph Sonnleithner und Friedrich Treitschke
nach Jean-Nicolas Bouilly
Musik von Ludwig van Beethoven (1770 - 1827)
https://www.youtube.com/watch?v=b0VDje5U_Jg
Sa /Mär 19
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:10 / Vorstellung / 15 ? - 93 ?
Inhalt
Inszenierung
Besetzung
Weitere Termine
Inhalt
Florestan, der sich im Kampf für Recht und Freiheit den Gouverneur Don Pizarro?zum Feind gemacht hat, ist auf dessen Betreiben hin widerrechtlich in den Kellern?eines Staatsgefängnisses verschwunden. Leonore, seine Frau, schreitet zur Selbsthilfe,?indem sie sich ? als Mann verkleidet ? eine Stellung als Gehilfe … des Kerkermeisters?Rocco verschafft. Dabei gelingt es ihr tatsächlich, die geplante Liquidation?ihres Ehemannes zu verhindern. Nachdem die unrechtmäßigen Machenschaften?Pizarros ans Licht gekommen sind und ein rechtsstaatlich gesinnter Minister in?Florestan seinen tot geglaubten Freund erkannt hat, bildet ein Hohelied auf Freiheit?und Gattenliebe das krönende Finale.
Ludwig van Beethovens in verschiedenen Fassungen zwischen 1805 und 1814 entstandene?einzige Oper ist in musikalischer wie textlicher Hinsicht sehr idealistisch?auf Weltverbrüderung und Humanität angelegt. Dabei wirft sie ? in dem Nebeneinander?von Musik und gesprochenen Dialogen, von ungebrochenem Pathos und?unserem Wissen um die zu allen Zeiten schlimme Realität ? immer wieder Fragen auf. Letztendlich?lässt sich die Überlegung anstellen, ob Beethoven hier nun tatsächlich eine Oper?geschaffen hat, oder ? dem Camouflage-Einsatz der verkleideten Leonore in den?Kerkern des Regimes vergleichbar ? nicht eher eine als Oper getarnte große Freiheitssymphonie,?an der sich auf ewig die Geister scheiden werden.?
Inszenierung
Das digitale Programmheft zu ?Fidelio? gibt es hier.
Nach ?La Bohème? ist Ludwig van Beethovens ?Fidelio? die zweite Inszenierung des früheren Kölner Intendanten Prof. Michael Hampe im StaatenHaus. Die musikalische Leitung übernimmt Stefan Soltesz, einer der renommiertesten Dirigenten unserer Zeit. Peter Seiffert, … einer der bedeutendsten Tenöre unserer Zeit, ist als Florestan in einer seiner Paraderollen zu erleben. Bariton Johannes Martin Kränzle, Sänger des Jahres 2018 und aktueller Gewinner des Rheingold-Preises des Richard-Wagner-Verbands Frankfurt, ist als Pizarro zu Gast.
?Liebend ist es mir gelungen, dich aus Ketten zu befrei'n!? (Leonore, 2. Aufzug)
Besetzung
Musikalische Leitung Stefan Soltesz / Inszenierung Michael Hampe / Bühne, nach dem Konzept von John Gunter Darko Petrovic / Kostüme Darko Petrovic / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Rustam Samedov /
Don Fernando
Insik Choi
Don Pizarro
Heiko Trinsinger?/ Johannes Martin Kränzle
Florestan
KS Peter Seiffert
Leonore
Anna Gabler
Rocco
Karl-Heinz Lehner
Marzelline
Kathrin Zukowski?/ Ivana Rusko
Jaquino
Martin Koch
1. Gefangener
Anton Kuzenok
2. Gefangener
Yunus Schahinger
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [121]
  • 373. ボンの「エレクトラ」ELEKTRA、3月23日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 3月25日(月)06時04分43秒
  • 返信
 
何時ものように行きの電車の中でハンブルクのロシア系のシコルスキー出版社の出版ニュースを見る。先月ボンで「雪の女王」を見たマルクス・ランゲのオペラのほかのドイツ公演のことが書いてある。いろんなとこでやっているらしいが、今月の新作も紹介されている。びっくりしたのは「桃太郎」という子供用オペラが3月9日ルクセンブルクで初演されたことだ。この純日本的題材が「蝶々夫人」よろしくドイツ系の作曲家によって先取りされるとはショックである。こんな傾向がいつまでも続くと日本の主要文化はすべてヨーロッパ文化に吸収されてしまうんではないかという危惧さえ感じる。確かに日本題材のオペラで「蝶々夫人」を超えるものはない。ここの誰も知らない「夕鶴」だって素人の音楽芝居だ!世界に残るオペラとはそんな低レベルのようなものじゃないのだ。

「エレクトラ」は予定通りピットがいっぱいの管打が正面のワーグナー用のバイロイト配置である。多分コンバス5の12型であろうが、舞台の下まで取っ払っているので回り舞台を入れることは不可能である。クラリネット8やトランペット7などの管楽器は全部入っているはずであるがティンパ二だけ一人でやるらしい。

出だしは何時ものようではない元気いっぱいのファンファーレみたいなウィーンフィルに対して、なんかミスではないが自信なさそうに出る。弦が何時ものように霞むのでアクセントやリズムがよくわからない。この曲はウィーンの後シュトットガルトでウィーンと同じ演出を何度も練習から見てきたのでわかってるが、弦は別にまともに強く弾いても歌が完全に聴こえるようにオーケストレーションされている。たまに聴こえないときは歌手がよほど舞台の奥に引っ込んで歌う場合ぐらいである。

最近クライバーのバイロイトやウィーンの「トリスタン」と他の指揮者の「トリスタン」を録音で比較する機会があったが、クライマックスになると歌手の声が聴こえても聴こえなくともそのままオケに手加減なしでフォルテッシモでやらせるところがその音楽の興奮を十分に醸し出している所以であろう。オペラ通の知ったかぶりして伴奏を抑えることがいかにその音楽全体を壊しているかが良くわかる演奏であった。このことが今回のエレクトラにも共通性があるような気がする。それにもともと悪い劇場の音響も加わって細部がさらに不明確になってしまった。弦の早い走句もウィーンだと指揮者よりも率先して速くするのだがここでは指揮者に引っ張られて奴隷のように重く進んでいく。

舞台はゴミ袋の山を集めるシーンから始まる。やはりいくら管打が大きくともR・シュトラウスの歌は原則的に良く聴こえる。歌手はすべて新人メンバーらしい。韓国人が少し入っているようだが技術的にはどこをとっても安心できるレベル。オーケストラのバランスがやはり不満。こういうのはピアノ・プローベが多いはずなのでピアノのリズム感覚でオーケストラも見習ってほしい。弦を抑えすぎて音楽にヴオータができてしまった感がある。やはりこの音響ではバランスに不満。コーフマンやブルニエ時代のベルリン・フィルに負けない完璧さはいったいどこに行ったのか?大編成になればなるほどリズムはずれて合いにくくなるのを考慮しているとは思えない。それは大振りの指揮だけでは歌手にはよく見えて成果が出れても伴奏のオケのずれは到底直せないとわかっているのがこの曲を振った経験のある指揮者である。

ほどなくしてライトモティーフのリズムの展開はティンパニのリムショットも手伝って毒々しくない。第二のライトモティーフのリズムの展開もほどなく終わる。しかしこのオペラのオリジナル性はワーグナーが手本になってもその辺のジークフリート・ワーグナーやフンパーディンクのスタイルコピーよりも群を抜くので聴衆のリクエストが自然に集中する。同時代のマーラーと時代様式を共有するが短い人生、そんなにたくさんの無限な時間があるものでもない。

ブルックナーの第九交響曲のフィナーレと同じ複付点の鋭いリズムは死の動機である。既成の8人の婦人たちと更に上から8人の娘たちはすべて歌わないべヴェーグンクスコアであろうが、全員斧を持っていて登場するぞっとする演出は成功してる。そのあとの全員の出演者の大笑いのシーンはオケの音がほとんど聴こえなくなる。テノールとみられる韓国人はいい声だがあまり大きな声ではなく本当に脇役になっている。プレミエを抜いてこの人がずっと担当するらしい。1幕なので短く感じるが実際は4幕の「ラ・ボエーム」と同じ分量の長さ。107分12秒。


23 Mrz
19:30 H

06 Apr
19:30 H

12 Apr
19:30 H

02 Mai
19:30 H

12 Mai
18:00 H

02 Jun
18:00 H

13 Jun
19:30 H
Opernhaus
RICHARD STRAUSS (1864 ?1949)

Tragödie in einem Aufzuge von Hugo von Hofmannsthal
? Mit Übertiteln ??
Atreus, König von Mykene, Sohn des Pelops, Enkel des Tantalos, lag in unversöhnlicher Fehde mit seinem Bruder Thyestes. Er wie auch Thyestes waren bereits vom Vater Pelops verflucht worden wegen der Ermordung des gemeinsamen Halbbruders Chrysippos ? und mit ihren Untaten zeugte sich der Fluch fort. Atreus servierte dem Thyestes dessen drei Söhne als Gastmahl. Anhand der abgetrennten Hände und Füße, die ihm später gereicht wurden, identifizierte Thyestes seine Kinder und zeugte in Verzweiflung mit der eigenen Tochter den Rächer in Gestalt des Aegisth. Kurz nach der Geburt ausgesetzt, wurde Aegisth an den Hof des Atreus gebracht und aufgezogen. Als des Atreus’ Söhne Agamemnon und Menelaos Thyestes aufspürten und in den Kerker des Vaters warfen, sollte ihn der junge Aegisth töten. Stattdessen erschlug er Atreus, während dieser am Strand ein Dankopfer für die vermeintliche Ermordung des Bruders brachte ? der Fluch setzt sich fort: Als Agamemnons Schwägerin Helena, sowohl Gattin seines Bruders als auch Schwester seiner Frau Klytämnestra, von Paris nach Troja entführt wird, beschließen die Könige Griechenlands unter Agamemnons Führung den Rachefeldzug. Um von den Göttern günstigen Fahrtwind für die Überfahrt nach Kleinasien zu erflehen, opfert Agamemnon die erste gemeinsame Tochter mit Klytämnestra, Iphigenie, Schwester von Elektra, Chrysothemis und Orest. Die Mutter beschließt die Rache. Als Kriegsbeute aus Troja bringt Agamemnon Kassandra mit, die mit seherischen Gaben versehene Tochter des trojanischen Königs Priamos. Sie weissagt den Tod des Agamemnon, der in der Tat von Klytämnestra und ihrem Geliebten Aegisth im Bade erschlagen wird. Auch diese Mörder werden gemordet ? Jahre später von Klytämnestras eigenem Sohn, Orest, angefeuert von der Tochter Elektra, die im hingeschlachteten Vater etwas anderes gesehen hat als ein fluchbeladene Monstrum. Dieses ist der kurze Abschnitt aus einer langen mythologischen Verkettung des Schreckens, den Hugo von Hofmannsthal und Richard Strauss in ihrem ersten gemeinsamen Meisterwerk auf die Opernbühne gebracht haben.?
Enrico Lübbe ist seit 2013 Intendant des Schauspiels Leipzig. Inszenierungen von ihm sind und waren zu erleben in u. a. Köln, München, Stuttgart, Frankfurt und Berlin, in Hannover inszenierte er die Deutsche Erstaufführung von Manfred Trojahns Oper OREST, rein stofflich, wenn man so will, die Fortspinnung des ELEKTRA-Stoffes.
Besetzung
Klytämnestra
Nicole Piccolomini
Elektra
Aile Asszonyi


Chrysothemis
Manuela Uhl [10.3.|17.3.|23.3.|2.6.]
Johanni van Oostrum [6.4.|12.4.|2.5.|12.5.|13.6.]


Aegist
Johannes Mertes
Orest
Martin Tzonev [10.03|17.03]
Mark Morouse [23.03]
Der Pfleger des Orest
Egbert Herold
Die Vertraute
Ji Young Mennekes
Die Schleppträgerin
Katrin Stösel
Ein junger Diener
David Fischer [P] /
Jae Hoon Jung
Ein alter Diener
Algis Lunskis
Die Aufseherin
Jeanette Katzer
1. Magd
Charlotte Quadt
2. Magd
Susanne Blattert
3. Magd
Anjara I. Bartz
4. Magd
Rose Weissgerber
5. Magd
Louise Kemény / Mandy Fredrich [12.04]
Chor des Theater Bonn
?
Beethoven Orchester Bonn
?
Musikalische Leitung
Dirk Kaftan
Regie
Enrico Lübbe
Bühne
Etienne Pluss
Kostüme
Bianca Deigner
Licht
Max Karbe
Dramaturgie
Torsten Buß
Choreinstudierung
Marco Medved



Regieassistenz und Abendspielleitung
Sieglinde Sobkowiak / Frank Wöhrmann [5.02.-17.02.2019]
Musikalische Assistenz
Daniel Johannes Mayr
Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Igor Horvat / Miho Mach
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Bühnenbildhospitanz
Leonie Wehnert
Inspizienz
Tilla Foljanty
Sprachcoaching
Stefanie Wüst

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  • [120]
  • 372. 「俺の兄弟を呼んでくる」3月6日とコンクール、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 3月 8日(金)05時48分42秒
  • 返信
 
まずは昼の映画を期待してたが何時ものように勝手にキャンセルされて、それで何時ものように無料なので文句は言えない。

時間が余ったので勝手に音大に行ってみる。予定表には何にもないように書いてあったが、実は青少年のための音楽コンクールをやっていた。主催者は音大ではないが州立で公共建物なのでボンのドイツ音楽局の主催のコンクールにも喜んで場所を提供する日本では考えられないシステム。芸大や国立音大で文化庁主催の音楽コンクールの会場を貸すなんて世が終わるまで考えられない。その代わり予選ではすべて公開。ちょっと音出しする練習まで公開する。部門もたくさんあり、ざっと見ただけでヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コンバス、アコーデイオン、鍵盤打楽器、歌、室内楽のピアノ、ピアノと木管楽器、ピアノと金管楽器、ギター2台、発弦楽器のアンサンブル、ハープ・アンサンブル、古楽器。要はすべてアンサンブルでソロのコンクールは一つもないということだ。他の主催のコンクールは音楽教育のコンクールまである。

まずハープのアンサンブルのコンクール。男の子2人でポップスを弾いている。ここでは男でもハープをやるのが多い。2曲目はポピュラー・クラシックでメロディーのあるリズム。さすがに大きな音が出るか感受性が乱暴で荒っぽいが最後のフラジェオレットはきれいに出る。どうもみな自分のハープと椅子を持ち込んで演奏するので台車を持ち出しての交換にすごく時間がかかるようだ。

今度は女の子ばかり3人。女の子はやはり静かすぎるくらい始まる。綺麗だが他の楽器と一緒にやった場合完全に打ち消される。パッヘルベルのカノン。正確に調律する暇がないので導音が下がったままなのが気になる。3台のハープは完全に合っているわけではないらしい。2曲目はクラシックに近いポップス。女の子はみな器用だ!3曲目は東洋風の五音音階の現代音楽。日本人作品みたいだが確認は不可能。かなり大きな音も出せるみたいだ。4曲目はまたポップス・クラシックに戻る。上がっているせいか弾いた後にまだ音が残っていても弦に爪とか触ってしまう。

隣の大ホールでも同じ時間帯にトランペットのコンクールやってた。正確に言うとトランプとピアノのコンクール。最初のペアはコッホのコンチェルティーノ。トランペットが小学生だから体が未熟で小さい。次の組は凝った現代音楽でジョージ・クラムみたいにトランペットをピアノの中で鳴らす。これはレパートリーとして評価が確実に高くなる。これはここで落とすにはもったいない候補者でもう少し聴いてみたくなる。

最後に訪れたのはヴァイオリンとピアノ。最初それぞれ音出しの練習らしくロマン派やバルトークなどを弾くが音程が正確で頼もしい。

第1組はバッハのパッサカリアニ短調から始まる。その後はポロネーズの音楽。たいした良い楽器ではないがこれだけは弾けるのでたいしたもの。次はこのコンクールの委嘱作品と思われる現代曲はかなり難しそうだが見事に弾きまくる。第2組この時点でクラシックを弾くと上手くともすごく見劣りがする。次は近代音楽だが、現代音楽の壁を破ることはどうしてもできない。

その後の夜の演劇のほうは例のコンテナ劇場。聴衆は30人ぐらいか?時間前から始まっている。最後の聴衆が入ってからセリフが始まる。ストロボ照明、ダンス、客席の中で演技、ホモ劇場。2人目と3人目の役者は今まで聴衆として隣に座っていたのが出て来る。CNN、アルジャジーラ、BBCとTV局の名前。主人公がビニール・スクリーンに投影される。女の役者は若手らしく、まだ声量とはっきりさが足りないのでそんなに聴き取れない。蛍光灯など限定された舞台装置で最高の工夫をした演出。最後にコンテナのドアを2つ開けて外に出て演技。ダルムシュタットで見たニコラウス・A・。フーバーの曲のように外から車などの雑音が容赦なく入って来る。寒気が入る。それでもソロで長々としゃべる。65分。聴衆のお帰りはその開けた扉からみんな出ていく。


Ich rufe meine Brüder von Jonas Hassen Khemiri Nächste Vorstellung06.03.
Deutsch von Jana Hallberg

Ein Mann. Ein Auto. Zwei Explosionen. Amor steht allein auf der Tanzfläche eines Clubs, als Shavi ihn anruft, um von dem Bombenanschlag zu erzählen, der sich in der Stadt zugetragen hat. Shavi ist sein bester Freund, sein Bruder. Während Amors nächtlichem Spaziergang fahndet die Polizei nach der/dem mutmaßlichen Täter*in. Er spürt die Blicke der Passant*innen, die sich unnachgiebig in seinen Rücken bohren. Amor gehört zu den Unauffälligen: Ein liebevoller Kumpel, hilfsbereiter Cousin, fürsorglicher Enkel. Plötzlich beginnt er, daran zu zweifeln. ?Ich bin nicht sicher, wie viel sich nur in meinem Kopf abspielt?, gesteht er seiner Jugendliebe Valeria. Die flüsternden Stimmen in Amors Kopf werden lauter, lassen die Grenzen zwischen Realität und Fantasie verschwimmen, bis er schließlich nicht mehr weiß, wer Täter*in und wer Opfer ist. Ein sprachmächtiges Stück, das von Schuld, Vorurteilen und der Konstruk-tion von Wirklichkeit in einer von Überwachung geprägten Gesellschaft berichtet.

Jonas Hassen Khemiri gehört zu den einflussreichsten Gegenwartsautor*innen Schwedens, dessen Stücke sich stets mit hochaktuellen Stoffen auseinandersetzen. Am Schauspiel Köln war zuletzt ALLES, WAS ICH NICHT ERINNERE und INVASION! zu sehen. In ICH RUFE MEINE BRÜDER verarbeitet Khemiri die Geschehnisse eines Attentats in Stockholm 2010.

Im Rahmen der Inszenierungsreihe ?Werkstücke? gibt Till Ertener sein Regiedebüt am Schauspiel Köln.
Besetzung
?
Nikolaus Benda
Johannes Benecke
Elena Hollender
?
Regie
Till Ertener
Bühne
Marina Diez Schiefer
Kostüme
Jeans-Louis Frère
Dramaturgie
Sarah Lorenz

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  • [119]
  • アンドレ・プレヴィン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 3月 1日(金)15時19分30秒
  • 返信
 
André Previn (April 1929 ? February 2019)
アンドレ・プレヴィンが死去l
89歳、2月28日。

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  • [118]
  • 371. 雪の女王、DIE SCHNEEKÖNIGIN、2月22日、ボン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 2月24日(日)05時13分48秒
  • 返信
 
このオペラは30年ぐらい前にシュトットガルトで見たと思い込んでいたが作曲年代からしてどうやら別人の作曲らしい。ネットで調べるとこの童話に曲付けた作曲家は複数に上る。しかし、てっきりそのオペラと思い込んでいたのは曲想や演出が非常に良く似ていたからである。シュトットガルトでは終わりに聴衆との会話があったように思える。カンマーテアターと言う小さなとこにやったのだが、それでも大きめの2管編成のオーケストラをすっぽりきちんと入れていたと思う。子供だからと言って少しでも手抜きすることはドイツのどこでもあり得ない。上演規律をまじめに守るために本当にちゃんとスコアに書いてある通りに演奏する。そういう事はちゃんと感じ取っているのが子供の恐ろしいとこである。当時の聴衆は多く見積もって300人ぐらいか?

上演時間30分と書いてある。配役にクラーネの役が歌うのと演技するのがそれぞれ別人の名前が書いてある。18時からの開始であるが「ヘンゼルとグレーテル」のように子供たちが大勢来て煩い。70%以上の補助があると民間のミュージカルよりも桁違いに安く聴けるのが公立の劇場である。上演の前に言いわけが出てきたがやはり歌手が風邪らしい。急遽このオペラを歌ったことのある人を探したが直前なのでもう演技は間に合わないが音符で歌ってくれるカナダ人が見つかった。彼に他の「トスカ」とかあっても誰でも歌えるのでわざとキャンセルしてもらって急遽代役の歌のほうに漕ぎつけた。それで4分遅れで始まる。

それでもオペラの歌詞はわからないのでドイツ語字幕。近代和声。ヴォツェックのような新しいものは何一つないクラシックの映画音楽。後でこの作曲者の経歴見ると普通の音大の他にルートヴィックスブルクで映画音楽の勉強もやっていたらしい。これからストラヴィンスキー和声風、プッチーニドラマ風、バルトークリズム風、リヒャルト・シュトラウスのサロメ風と様式にメドレーが連続されていく。とにかく委嘱した側はフンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」程度のありあわせオペラを考えていて革新性は一つも考えていないらしい映画音楽上演もどきの音楽。チェレスタがホルストの「惑星」ごとき綺麗に入る。

子供を飽きさせないための頻繁な場面交換はミュージカルに多いがミュージカル的要素は一つも入ってないロマン派のマジなクラシック音楽にハリウッドの映画音楽の様式が加わる。ラフの交響曲を思わせる軒端。2段舞台と3段舞台が競り上がる。クルト・ヴァイルを思わせれるリズム法と旋律法、ここに新しいものは何一つない。それでもフンパーディンクのようにまだ何も知らない子供の感情をくすぐるというやり方。それでも方向がハンス・アイスラーかパウル・デッサウに方向に引っ張られてしまってオリジナル性は全く感じられない。ぶっとった足と超巨大な腹は聴衆を笑わせる。

最後は映画音楽のごとく長三和音で壮大に終わる。終わりにサイン会があったがはやく帰りたいので後にする。88分。


22 Feb
18:00 H
Schulvorstellung
12 Mrz
11:00 H
Familienvorstellung
31 Mrz
16:00 H

09 Apr
11:00 H

21 Apr
16:00 H

05 Mai
16:00 H

18 Mai
16:00 H
Opernhaus
MARIUS FELIX LANGE (*1968)
Familienoper nach dem gleichnamigen Märchen von Hans Christian Andersen
Libretto von Marius Felix Lange
? Mit Übertiteln ?
Für Kinder ab 6 Jahre
Eine Kooperation des Theater Bonn mit der Deutschen Oper am Rhein Düsseldorf Duisburg und dem Theater Dortmund im Rahmen der Reihe Junge Opern Rhein-Ruhr
Nach den Uraufführungen VOM MÄDCHEN, DAS NICHT SCHLAFEN WOLLTE von Marius Felix Lange und RONJA RÄUBERTOCHTER von Jörn Arnecke, feierte die Kooperation Junge Opern Rhein-Ruhr der Deutschen Oper am Rhein und der Theater Dortmund und Bonn in der Spielzeit 2015/16 bereits die dritte Premiere einer Auftragskomposition für junges Publikum. DIE SCHNEEKÖNIGIN nach Hans Christian Andersens Kunstmärchen ist bereits häufig für die Bühne bearbeitet worden, doch die Faszination, die von dieser Geschichte ausgeht, regt Künstler immer wieder aufs Neue an, sich mit dem Stoff zu beschäftigen.
Der böse Deubeltroll baut einen Spiegel, in dem alles Schöne sich ins Hässliche verkehrt. Als die Schüler seiner Trollschule mit diesem Spiegel dem Himmel entgegenfliegen, zerbricht er in ?hunderte von Millionen, Billionen und noch mehr Stücke“. Wen solche Splitter ins Auge und ins Herz treffen, verliert den Blick für alles Schöne und sieht nur noch das Negative. So geschieht es auch mit dem jungen Kay; er folgt schließlich der Schneekönigin in ihr Reich. Doch seine Freundin Gerda gibt ihn nicht auf und macht sich auf die Suche nach ihm. Dabei begegnet sie unterschiedlichen Wesen, bis ihr letztlich eine Finnin den Weg zum Palast der Schneekönigin weisen kann. Dort trifft sie auf Kay und kann ihn schließlich erlösen. Als die beiden am Ende nach Hause zurückkehren, sind sie ?zwei Erwachsene und doch Kinder, Kinder im Herzen“ ? so heißt es am Schluss von Andersens Märchen.
… und außerdem …
FRANZ SCHUBERT: DIE WINTERREISE
Marie Heeschen, Sopran
Julia Strelchenko, Hammerklavier
OPERNFOYER | MO, 18. MÄRZ 2019, 19.30 UHR? ??
Für Schulen bieten wir folgende Vormittagsvorstellungen zu vergünstigten Preisen an:
29. Januar | 12. März | 9. April
Bei Interesse wenden Sie sich bitte direkt an unsere Theaterkasse:
Tel.: +49 228 - 77 8008 oder per E-Mail: theaterkasse(at)bonn.d
Besetzung
Die Schneekönigin
Julia Bauer / Marie-Pierre Roy [12.03./9.04]
Kay
Di Yang*
Gerda
Marie Heeschen
Krähe
David Fischer / Fritz Stienbacher [31.03.]
Prinz
Christian Georg / Andrés Sulbarán [22.02]
Prinzessin
Louise Kémeny / Maria Carla Pino Cury [9.04.]
Räubermädchen/Blumenfrau
Kathrin Leidig / Katharina von Bülow [P]
Rentier/Deubeltroll
Martin Tzonev / Dong-Won Seo [9.02./9.04]
Großmutter/Finnin
Susanne Blattert / Susan Maclean (9.02)
Tölpeltroll
Ava Gesell*/**
Trotteltroll
Taras Ivaniv


Chor des Theater Bonn

Beethovenorchester Bonn



Musikalische Leitung
Daniel Johannes Mayr
Inszenierung
Johannes Schmid
Ausstattung
Tatjana Ivschina
Choreographie und Einstudierung
Anna Holter
Licht
Ronald Hütten
Choreinstudierung
Marco Medved


Regieassistenz und Abendspielleitung
Mark Daniel Hirsch
Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Igor Horvat, Miho Mach
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
Sprachcoach
Stefanie Wüst
*Student/in im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln / ** gefördert von den Opernfreunden Bonn

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  • [117]
  • Re: 370. 「おもちゃ箱」カチーレックJohnny Lloyd ToyBox、2月16日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 2月23日(土)20時56分16秒
  • 返信
 
歌手のヒルデ・ツァーレックが101歳でカールスルーエで死去。デビューが1947年のヨーゼフ・クリップス指揮のウィーン国立歌劇場の「アイーダ」でたった4日間で暗譜で演技して歌う!

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  • [116]
  • 370. 「おもちゃ箱」カチーレックJohnny Lloyd ToyBox、2月16日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 2月18日(月)06時52分55秒
  • 返信
 
売れ切れのはずなのに以外と空席なのは良くわからなかったが、開始が遅れていると思ったら7分後に残りの子供たちがまとめて入ってきた。とにかくNHK市民大学講座や放送大学のマスメディアの手抜き教育では困るので、どうしても生で子供達の心の底にアピールするにはこの方法しかなく、お金と手間隙かけて大人が作っていくほかは無い。200人ぐらいしか入らない会場でも手抜きは一切許されない。やはりそういうものは確実に子供達の心の中にも伝わる。

白いコスチュームをつけたチェロと打楽器と電子音担当等らしき3人の音楽家も入場したが生に限る。チェロ以外はキーボードも担当もするのか?電子音が意外と豊富だ!特殊奏法も含めてマイクで増幅、かなりのライブエレクトローニックも行う。

まずシルクロード風のミニマル風の断片から音楽が始まる。バレエ的要素は入っているがどちらかと言うと狭い舞台なのでパントマイムである。チェロのライヴエレクトローニックのオクタヴィーレン。少年が病院で治療されている様子。歌の無い童謡音楽で全体の雰囲気が晴れ渡る。バレエ的な動きも入る。打楽器奏者によるトイピアノも入る。

全体はジャズの演奏のようなもので、60分かかるにもかかわらず、音楽家は全員暗譜でコンツェプトはあるが、それぞれの細かいパッセージは不確定性に属しているしい。舞台が低くて手前の低い動きが良く見えない。病気の介抱とリハビリか?カリンバが鳴る。

Mr.ビーンが持っているようなぬいぐるみ。ウオーターゴングが鳴る。更にウオーターマリンバ!アコーディオンの音は電子的に作ったものらしい。動く人が声を発する。チェロのスルポントのフラジェオレットの増幅。ミニマルの伴奏をする電子音。中太鼓も増幅。打音だけ。ドローンの電子音。とにかく未だに舞台が低く前の演技が見えない。食事を与える。演奏者もマリオネットの演技。マリンバのストップシュラーク。リハビリは更に続く。

ドラムセットのベースドラム。ベーゼンやリムショット。踊り手による長三和音の声はきれいに決まる。ジャズ風の不確定性は更に続く。看護婦の三重唱。退屈な病人の一日。チェロのプレスで狐が出てくる。更にグリッサンド。周りは電子音。黒色骸骨カブトムシ。ほとんど子供が絵に描いたのっぺらぼうの丸い顔の髪の長いお岩さんぬいぐるみ。音楽なし。

次に病人と各キャラクターとの剣の舞。電子音が増えていくが主にドローン。狐の声。またトイピアノ。パッサカリアのような和音交換の上で創作童謡を歌う、56分。

帰りは子供達にユニセフのバッチと小さな絵本を振舞う。

帰りは時間があったので日本文化センターで「デスノート」の邦画。10人ぐらいしか入っておらず。主人公が殺したのだが直接手をくだしておらず、最後まで逮捕できないもどかしさが残る変な映画。

Spielzeugkiste
Tanzstück für Kinder ab 7 Jahren
Dauer ca. 60 Minuten
Musik von Sven Kacirek
Sa /
Feb 19
StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:30 / Uraufführung / ? 12,5,-/7
Inhalt
Tye ist nicht wie andere Kinder. Er verbringt mindestens so viel Zeit beim Arzt wie zu Hause. Und die Außenwelt mag er gar nicht. Mit ihren Regeln, ihrem wütenden Geschrei und all den unbequemen Stühlen. Wenn er könnte, würde er die ganze Zeit in seinem Schlafzimmer verbringen, mit den vielen Spielsachen und Figuren … aus seiner riesigen hölzernen Spielzeugkiste. Mehr als alles andere wünscht sich Tye, das Spielzeug würde so real werden wie seine eigene Haut, so real wie seine Mutter und seine Ärzte. Doch als sein Wunsch eines Tages in Erfüllung geht, entdeckt Tye, dass seine Fantasie weit mächtiger ist, als er geahnt hat ? und dass sie nicht immer auf ihn hört. Als sie immer übermächtiger wird, macht sich Tye mit ein paar seiner Lieblingsspielsachen auf, seiner Fantasie Einhalt zu gebieten, bevor sie die Wirklichkeit ganz erobert hat.
Inszenierung
Durch seine jahrelange Erfahrung im Umgang mit urbanem und experimentellem Tanz sowie durch die choreografische Arbeit mit zeitgenössischen Tanzkompanien erlangte Johnny Lloyd eine einzigartige künstlerische Handschrift. Die Tänzerinnen Lisa Bless, Celine Werkhoven, Maria Demandt, Fhunyue Gao und Julia van Rooijen … stellen die Geschichte dar, begleitet von Yunah Proost (Cello) und Sven Kacirek, der ein musikalisches Panorama mit einem ungewöhnlichen Instrumentarium entwirft, u.a. ist das selten eingesetzte Instrument Theremin zu hören. Für Bühne und Kostüme zeichnet Christof Cremer verantwortlich, der die Kinderoper in eine große ?Spielzeugkiste? verwandelt.
Besetzung
Musik Sven Kacirek / Choreografie & Inszenierung Johnny Lloyd / Co-Choreografie Marion Zurbach / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Philipp Wiechert /
Krankenschwester / Eingebildeter Freund
Julia van Rooijen
Krankenschwester / Zauberer
Fhunyue Gao
Tye
Lisa Bless
Krankenschwester / Drache
Maria Demandt
Krankenschwester / Spinne
Celine Werkhoven
Live-Musik
Sven Kacirek
Cello
Yunah Proost

Samstag,14:00 Uhr
16.02.2019デスノート
DESU NÔTO
DEATH NOTE
© Tsugumi Ohba Takeshi Obata / SHUEISHA Inc. © 2006 "DEATH NOTE" FILM PARTNERS
Regie: Kaneko Shûsuke
Spieldauer: 126 Min.
Produktionjahr: 2006
Sprache: OmdU, FSK ab 16
Ein Notizbuch aus der Welt der Todesgötter fällt dem begabten Studenten Light Yagami in die Hände. Diese neue Macht nutzt er, um die Welt eigenmächtig vom Bösen zu befreien. Doch nicht alle können sein Handeln gutheißen: Privatdetektiv L nimmt die Verfoglung auf ? ein Mindgame der Extraklasse beginnt!

Text: KAZÉ Movie

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  • [115]
  • 369. GO,マーラー5番、2月12日、Sinfoniekonzert 6、

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 2月14日(木)05時58分29秒
  • 返信
 
Dienstag 12.02.2019, 20:00

このコンサートは出かける前にWDR3で曲の指揮者のインタビューと解説やってた。主にわかり切ったマーラーの5番の方だが一昨日か昨日の録音であろうその終楽章をカーラジオで聴きながら駅に向かった。

それでも時間はあるので音楽図書館でこのシューマンのヴァイオリン協奏曲とマーラーの5番のスコアを眺めて他の宗教音楽のスコアを4冊買って演奏会場に入った。自宅でも何冊も持っているがまずは見ないのだ。

解説はノルベルト・ホルニック、多分音楽学者か、評論家か、ジャーナリストか普通はその全部を兼ねていることが多い。評論家と言っても雑誌や新聞に書くよりもラジオで報告することが多い。今日は歴史的な録音を流すと言ってみんなにウキウキさせる。シューマンの協奏曲の初演の記録で当時放送されたエアチェックの個人の所有らしい。独奏のイザベル・ファウストは少ないヴィブラート。非常に晴れやかなはっきりした表現だ評価が高く、古典から現代音楽まで何でもこなす。

この協奏曲は1953年に精神病の中で2週間と言う短い時間で書かれた最晩年の作品の一つ。友人のヨーゼフ・ヨアヒムに見せたかチャイコフスキーやブラームスの協奏曲のように難かしいとかで評価が芳しく無く練習はしたが効果的ではないモノ・トーンだとして初演に至らなかった作品。問題は音域が中音域にあるのでオーケストラの伴奏で聴こえなくなること。単なる練習曲だ心理的な曲だとして当時葬られた。

その後1907年にヨアヒムの長男がこの楽譜をプロイセンの国立図書館に売る。メニューインに初演を頼むが当時はナチ政権でユダヤ人は演奏できない。そこで1937年にクーレンカンプが独奏にあたってベーム指揮のBPが伴奏したが、ヒンデミットの改定が非常に入っていて、多くはオクターブ上げたものだが、そのほかにアウフタクトの音階などが簡単に直されたらしい。雑音だらけの初演の会話の録音を聴かせる。この放送は短波でユーゴスラビアやエジプト、ウルグアイ、オーストラリア、日本まで流され民族音楽的と評されたらしい。その後ハンス・シュミット・イッセルシュテットにより録音があり、原典版による正式の初演はアメリカでメニューインがゴールドマン指揮セントルイス交響楽団でやったものである。それで司会者が80歳の誕生日にロンドンのメニューインの家でこの曲についてインタビューしたドイツ語の録音を聴かせる。

そこで実際の改変版と原典版の相違の録音を聴かせる。第一楽章の第二主題、1オクターブ高いヒンデミット版と原典版。コーダ。次にテンポの問題でフィナーレはポロネーズだと言うクレーメルが出てくる。まずムーティとの録音は普通、次にアーノンクールとの演奏が超遅い。今日はそうではなく普通のテンポであることを断る。そのほかシューマンのリートと2楽章の比較。戦後のシェリング、マーラーなどが出てくるがマーラーの5番はさっきラジオで聴いたしみんな知っているので解説は省略。

ロビーは音楽と天体の展示。
演奏はTVカメラ6台、12,10、8、6、4で譜面を見て弾くが出だしからやさしい曲ではなくて以外に不純物が入っている。14分32秒。2楽章のチェロの難しいシンコペーションが良く聴こえない。5分25秒。しかしオケが全曲にわたって霞んでくれるのでソロ・ヴァイオリンは聴こえる。そのヴィブラートはやるけどまずなしで入って徐々にヴィブラートを増やしてゆく名歌手のような手法。10分22秒。アンコールは無調・微分音の何かの曲。

マーラーも立ち上がりが不純物多く初演者としては最高ではない。21分17秒、14分04秒、17分03秒、9分52秒、14分40秒、計67分56秒。ちなみにSWR時代は12分、28秒、13分35秒、17分00秒、9分57秒、15分02秒で計67分52秒のほぼ同じ。

?
38,-
30,-
24,-
16,-
14,-
9,-
Z: 16,-
zzgl. Vorverkaufsgebühren

Pause gegen 20:35 | Ende gegen 22:15
Mitwirkende
Isabelle Faust Violine
Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent
Programm
Robert Schumann
Konzert für Violine und Orchester d-Moll WoO 1 (1853)

Pause

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 5 cis-Moll (1901?02)

Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Empore

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  • [114]
  • 367. 子供の為のホフマン物語 1月24日、2019年、菅野茂

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 1月26日(土)06時23分5秒
  • 返信
 
Jacques Offenbach Hoffmanns Erzählungen für Kinder

今年はジャック・オッフェンバッハ生誕200年でケルン放送とケルンの市立オペラが必死になって宣伝しているが、路面電車のボディの大広告までケルンとパリ市が一緒になって祝っているようなことが書かれていた。

このシュターテンハウスの他のオペラと同じように音響対策で伴奏のオケは左横にある。リングのような1管編成であると思われる。

序奏・前奏はドイツの重くて遅いそれ、推進力のある序奏ではなくて失望。元気いっぱいの子供たちの気質に全く合わない。ウィーンのフォルクスオーパーでよく勢いの良いのを見たがCD録音を真似たようなこういう重い出だしはちっとも面白く無い。歌詞はすべてドイツ語に直されており、字幕もあるが暗すぎて見えない。歌の途中にもセリフを少し入れる。2時間半を子供用に半分以下に短縮・編曲したもの。問題はその編曲、低音ばかり主流になってしまって肝心に旋律が浮き出てこない。編曲者も指揮者もこの曲が良くわかっていないんじゃないかという演奏。その貧弱な伴奏に合わせて歌手たちが必死に演技でカバーしているが追いつかない状況である。すぐにホフマンの舟歌の予告。3つに恋愛の場面を入れ替えられることができたら自分はオリンピアの場面を最後に持ってっ来る。普通の恋愛を消費し尽くした後に最後の人形に恋した筋なら上手く流れに合っている。

第二幕は有名なテノールのアリアで韓国人が担当。ドミンゴみたいな声で問題なし。マリオネットのような火星人オリンピア。やはり韓国人らしいがコロラトゥーラの歌唱はまず文句なしで同じく普通の正歌劇でも使える。やはり壊れた人形を治すにはラチェットの音が望ましい。しかし子供用オペラだから1番だけで次に行く。最後の完全に壊れた人形の表現はなかなか見ごたえがある。第3幕も有名なアリアなのでカットしないで全部見せる。次にごみ人形が面白おかしく出てくる。どうも韓国人の役は全部ほとんど顔を隠して出てくるらしい。

確かに見ないで聴いていれば一流の公演に聴こえる。人形浄瑠璃のように後ろで黒子が手伝っているのもある。学生歌のようなまたは手品の魔術師のような音楽。ここで有名なホフマンの舟歌。今度は編曲が上手くいっている。

最後のクライマックスは指揮者もキーボードを弾く。73分。この企画はやっぱり子供達には重すぎたようだ。終わってとても喜んで一目散に退散。

in einer Fassung
von Kai Anne Schuhmacher, Rainer Mühlbach und Ralf Soiron
für Kinder ab 8 Jahren
Dauer ca. 70 Minuten
Oper von Jacques Offenbach (1819 - 1880)

Do /Jan 19
StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:40 / Vorstellung / ? 12,5,-/7
Inhalt
Ernst Theodor Amadeus Hoffmann war einer der bemerkenswertesten Geschichtenerzähler Deutschlands. In ?Hoffmanns Erzählungen?, der Oper von Jacques Offenbach, geht es um diesen Dichter, der nicht nur ein toller Erfinder von Figuren und ein großer Künstler, sondern auch ein großer Träumer war. In seiner Welt verschwimmen … Alpträume und Wirklichkeit, Figuren aus dem realen Leben begegnen ihm in verfremdeter Gestalt wieder im Schlaf. Wie jeder große Künstler kann auch er die Abenteuer seiner Fantasiewelt nur in Begleitung seiner Muse bestehen, die ihm auf seiner Reise zwischen Schein und Sein zur Seite steht.
Inszenierung
?Hoffmanns Erzählungen? ist eine Kurzfassung der gleichnamigen großen Oper von Jacques Offenbach, hier für die ganze Familie aufbereitet. Diese kompakte Version vereint die größten Hits der Oper mit einem bunten, aber oft auch schauerlichen Bühnengeschehen. Ein Stück, bei dem das Gruseln garantiert ist!
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung & Puppenbau Kai Anne Schuhmacher / Bühne Julius Theodor Semmelmann / Kostüme Valerie Hirschmann / Licht Philipp Wiechert / Dramaturgie Tanja Fasching /
Hoffmann
Young Woo Kim?/ Dino Lüthy
Die Muse der Dichtung
Arnheidur Eiríksdóttir
Das Phantom
Insik Choi?/ Daniel Choi
Olympia / Muse des Tanzes / Gesichtsloser
Veronika Lee?/ Alina Wunderlin
Antonia / Muse des Tanzes
Kathrin Zukowski
Die Zauberin / Wissenschaftler
Ivana Rusko
Frantz / Cochenille / Muse der Musik / Gesichtsloser
Anton Kuzenok
Spalanzani / Crespel / Muse der Malerei/ Gesichtsloser
Yunus Schahinger?/ Julian Schulzki
Muse des Theaters / Wissenschaftler / Gesichtsloser
Alina Wunderlin?/ Veronika Lee
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [113]
  • 366. ボンの「クセルキス」1月18日、XERXES(SERSE)

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 1月20日(日)06時09分28秒
  • 返信
 
時折かかる演目だが自分にとっては今回が初めて。事前にそんなに売り切れてなかったが、当日にいきなり聴衆がいっぺんにやってきてガルデローベがいっぱいになってしまった。

オケはコントラバスが両サイドに1台ずつ。6.5.4.3.2の弦で声は聴こえやすくなるが何時ものようにすごい節約ぶりである。スコアにはホルン2とトランペット2も入っているがほとんどユニゾンなのでカットされて省略されている。あるのはリコーダー2とオーボエ2だけである。

5分遅れで開始。通奏低音にリュートが加わってほとんどチェンバロと一緒にやっている。序曲の後にすぐガラコンサートでよくかかる有名なアリアが来る。しかし出だしのリズムが曖昧でその緩んだ姿勢が歌手にも移ってしまって立ち上がりが非常に弱い。有名すぎるので一生懸命大振りで指揮をしているのだけれども一旦ついた癖は元には戻らない。元々大振りは必要のないアリア。レチタティーヴォ・セッコはほとんどチェンバロとリュートで仕上げる。舞台の大道具が美しいがむしろ子供向けである。戦車が出てきてモダンなロシア風兵隊人形の服装。モーツァルトの「コジ」を思わせる楽句。弦はソロであっても全部ヴィブラートしていない。

今回はすべてカウンター・テノアを使わないで女のズボン役だけで上演してしまっている。しかしコロラトウーラが多いのでシチリア・バルトリ並みの水準とは行かない。

わざと止まった指揮棒を歌手が愛嬌で叩いてまた始動させる。いたるところにモーツァルトやロッシーニに見られるブッファの要素がちりばめられる。65分。

ピットのパート譜を見るとカットだらけでざっと3分の1はある。これほどカットするとまた代替え歌手が効かない恐れもある。右側の第二ヴァイオリンとヴィオラが入れ替わっている。

兵隊の人形の目が面白く動くが後ろからだとあまり見えない。次にサングラスが動く。しかし照明の明るさには勝てない。レチタティーヴォはハレルヤ・コーラスの出の引用。キリンやシマウマ、ヤギなどが出てきて完全に子供向けの舞台。もうチェンバロの音の調子が狂い始めている。最後に恐竜も出てきてしまう。チェンバロでバッハの平均律のハ長調の有名な前奏曲。小柄な女性歌手のタイトルロールは派手に髭付けて最高にみっともない格好だが最後の歌唱で大いに盛り上げる。55分。



18 Jan
19:30 H

26 Jan
19:30 H

24 Feb
16:00 H

13 Mrz
19:30 H
Opernhaus
GEORG FRIEDRICH HÄNDEL (1685 ?1756)
Dramma per musica in drei Akten
Text nach einem Libretto von Nicolò Minato und silvio stampiglia
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Dauer: c.a 140 Minuten (Pause nach 65 Minuten)
XERXES gehört zu Händels letzten Opern. Der ausgefeilte und virtuose Spätstil des damals schon erheblich kränkelnden Komponisten manifestiert sich hier exemplarisch. Nicht nur die überraschende, ganz für sich stehende erste Xerxes-Arie Ombra mai fu (eine inhaltlich fast absurde Liebeserklärung an einen Baum) deutet auf eine Erneuerung seiner Dramaturgie hin, sondern auch der weitgehende Verzicht auf Da-capo-Formen bei den Arien und deren rasante Wechsel mit extrem knapp gehaltenen Rezitativen. So nimmt die Oper ein schwindelerregendes Tempo auf. Händels Spätwerk ist eine bissige Persiflage auf die Sehnsüchte, die Verzweiflung und Macken sowie auf den (selbst)zerstörerischen Größenwahn des Machthabers und zugleich auf eine in sich verstrickte Gesellschaft.
Am Ende der Oper wird der präpotente Herrscher in seine Schranken verwiesen und gelangt schmerzlich zu der Erkenntnis, dass seine Macht keine Gefühle steuern kann. Kann er denn wenigstens zum Glück bei seiner geliebten Platane zurückfinden?
Leo Muscato, italienischer Theaterautor und Regisseur, gibt mit Händels Oper sein Deutschlanddebut. Für internationale Aufmerksamkeit sorgte seine 2017 in Florenz herausgekommene CARMEN, die, als ?feministische Inszenierung“ charakterisiert, erstmals auf der Opernbühne das serielle Frauenmorden in Italien (femminicidio) thematisierte.
Besetzung
Serse-König von Persien
Luciana Mancini
Arsamene
Kathrin Leidig /
Zvi Emanuel-Marial [15.12]
/ Hasti Molavian [30.12]
Amastre
Susanne Blattert
Ariodate
Leonard Bernad
Romilda
Louise Kemény
Atalante
Marie Heeschen
Elvio
Martin Tzonev
Cembalo
Felix Schönherr / Julia Strelchenko


Statisterie des Theater Bonn

Beethovenorchester Bonn



Musikalische Leitung
Rubén Dubrovsky
Inszenierung
Leonardo Muscato
Bühne
Andrea Belli
Kostüme
Katia Bottegal
Licht
Max Karbe


Regieassistenz und Abendspielleitung
Mark Daniel Hirsch
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenassistenz
Johanna Bajohr, Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Kostümhospitanz
Sophie Gehrke
Inspizienz
Tilla Foljanty
Inspizienzhospitanz
Olaf Reinecke
Soufflage
Stefanie Wüst
Sprachcoach
Maria Teresa Picasso-Menck

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  • [112]
  • 365. GO. ツェムリンスキーの交響曲 1月15日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 1月17日(木)05時52分28秒
  • 返信
 
月曜日のFMのラジオで言っているが、この19歳でイギリスで勉強したスペイン人の指揮者はドイツ楽界を愛と情熱で征服したいらしい。初めて指揮した曲がベートーヴェンの第一交響曲らしい。遅く音楽始めたので自分のできる楽器はフルートらしいが、まず作曲を試みたらしい。スペインでマーラーの交響曲全曲を指揮。現代ではジャン・フランセなども指揮している。前もってラジオで演奏家の解説できるのは日本では全く考えられないし、それだけ理解も深まる。これがこの100万都市で定期を3回繰り返してもほぼ満杯になるからくりの原動力になっている。

例によって解説。そのためか今日は音楽家が出てこないがそれだけ中身が身に入ったものになった。まずシューマンの「ゲノフェーファー」の序曲から、またまた当時のエドワード・ハンスリックの批評の「劇的ではない」と言う引用が入る。最後の部分は死なないのが劇的要素を欠くらしい。オペラの最後の音例。古楽の音なのでアーノンクールであろう。このロマン派におけるハンスリックの批評の引用は現代音楽のアドルノぐらいの頻度で頻繁に出される。当時ワーグナーは2回シューマンをライプチヒで訪れたらしい。特に第三幕を批判してカットするように言っているが作曲者はやらなかったのでそれが劇性を失う根拠になったらしい。音例。序曲の最後の部分。これも古楽の音。しかし当時はそれ以外の他人は評価して情熱的とか文学的とかの賛辞が並んだらしい。次に序曲の初稿は管弦楽の音がないので当時流行したピアノ連弾で聴いてみるが、YouTubeで全部見れるらしい。頭のはっきりした構成の部分。次に今日やる第二稿のオーケストラ版をかけるがどこに行くのか解らないように構成が曖昧に改作されている。

次にショパンの第二協奏曲はリストと同じように作曲年代と番号が逆になっている。これも2つの版で聴いてみる。第一のクラリネットで始まる版はプレトニェフが最近ダニエル・トリフォノフの為に再オーケストレーションして管楽器の比重を重くしたもの。第二の版はピアノソロを弦楽五重奏で伴奏したものでこれはピアノ2台の時とともに当時サロンで演奏されたと思われるもの。ショパンはコンサート・ピニストではなくて演奏旅行は生涯に30回だけ、その演奏活動はパリのサロンだけに限られていたらしい。これを後世はリストを悪魔、ショパンを天使となぞられている。

ツェムリンスキーはウィーンのフォルクス・オーパーで「馬子にも衣装」を何回か見ただけである。あまり世紀末を感じない凡庸に聴こえたオペラだった。この交響曲は三十数年前にレコードが初めて出されて日本でその批評合戦になって名前を覚えたものだが、その曲と「大地の歌」との類似性の上に個人的には避けていた曲目だった。本人も出版社にその続編のように伝えている。「大地の歌」はどの作曲家もあこがれるほど伴奏の構成が美しいが、それが「抒情交響曲」にも当てはまるかどうかは事前に音楽図書館でスコアを見てきたがあまり良くわからない。ただ改めて見て非常にシュレッカーの「烙印された者たち」のオペラに近い様式であることだけは確かに確認した。まず頭が「トゥーランドット」のようにエキゾチックに劇的に始まる。当時の批評は「反リート」と片付けられていて曲を理解するカギとなっている。その論文の考察のDLFのラジオの放送を流すが論文がほとんどないクラシック音楽においては毎日無数に流れてくるラジオの論分的解説が非常に重要である。日本の少なくとも数十年遅れた書物を邦訳よりはネットでこういう無数のラジオ放送を聴きすぐ理解するのがどんなに大切かをまざまざと見せつけられた。

現場では10,9,8,6,4のオペラの実演の弦の編成。シューマンの構成はやはり非常に曖昧に聴こえる。旋律の頭と終わりがよくわからない。弦のバカ鳴りはそのまま温存されている。9分。

そのままの弦の編成でショパン。ホルンは1番と比べて4本から2本に削られている。ヴァイオリンで始まる硬い音のままのファッスンク。そんなに生気がありそうとも思えないピアノソロ。ティンパニと弦のリズムが一緒に出れないか?15分12秒、9分36秒。弦の膨らみすぎを押さえない。ポロネーズのコル・レニョ・バトゥートはもっと合わせられると思う。8分42秒。アンコールはメンデルスゾーンの結婚行進曲。様式からリストではなくてブゾーニ当たりの編曲だと思う。

ツェムリンスキーはマーラーの「大地の歌」と同じ編成の16型。どちらかというシェーンベルクの第一室内交響曲を思い起こされる構成。シュレッカーにもやはりすごく近い世界。ウイーンでシェーンベルクのように直ちに無調に飛び込んだユダヤ人と、「大地の歌」の世界をどこまでも拡大させた2人のユダヤ人の音楽の対比。そういえばこの指揮者自身もシュレッカーの子孫のように似ている。第二ヴァイオリンのすぐ横で聴いているかものすごく霞奏法が上手い。第5曲は完全に「グレの歌」思い起こさせる退廃形式。大地の歌の同じジャズを予測する附加六の和音で終わる。丁度45分。

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:00

Mitwirkende
Jennifer Holloway Sopran
Michael Nagy Bariton
Yeol Eum Son Klavier
Gürzenich-Orchester Köln
Pablo González Dirigent
Programm
Robert Schumann
Ouvertüre c-Moll
aus: Genoveva op. 81 (1847/48)

Frédéric Chopin
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 f-Moll op. 21 (1829/30)

Pause gegen 20:45

Alexander von Zemlinsky
Lyrische Symphonie in 7 Gesängen nach Rabindranath Tagore op. 18 (1922?23)
für Sopran, Bariton und großes Orchester

Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Empore

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  • [111]
  • テオ・アダム

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 1月12日(土)21時10分40秒
  • 返信
 
バス・バリトンのテオ・アダムが10日に死去。92歳!

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  • [110]
  • 363. ボンの「ジョコンダ」のプレミエ、元旦、2019年、演奏会形式、LA GIOCONDA

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2019年 1月 3日(木)05時35分39秒
  • 返信
 
予算がないので演奏会形式となるがやはり舞台上演寄りは格段に評価が落ちる。演出というハンディがないので完璧にできてどこでも当たり前なのだ!これは32年前ウィーンに来たばかりのシーズンで国立歌劇場で見損なったが、たった2回の上演でさらにその年以降は舞台のレパートリーから降ろされて全くチャンスが無くなってしまったが、その壮大な舞台の写真だけを見てさすがに打ちのめされたものだ。

今日は元旦で近くのベートーヴェン・ハウスだけではなく百貨店などのテンポも全部閉まって何も面白いものが無いせいか日本人観光客も最後の楽しみに当日券で見に来てた。

今回も納税者の市民にやさしくオケを最大限にケチって10型であろう、10、8、6、5、4の規模。6時から始まって8時15分終了?3分の1のカット上演の計算になる?チンバッソはイタリアオペラならでは、コルネット2はここでもベルリオーズの管弦楽法が生きている。ピッコロ、打楽器2、ハープ、ヴァイオリンなどの弦がピットでないので十分に大きく力強く聴こえる。

ケルンの韓国人の歌の学生が2人脇役で入っている。この指揮者はそんなに前任者のラコンべのように音を徹底的に変えることはできないようだ。ドイツ人の指揮は総じて音が汚い。特に弦の音が変えられないので生の粗野な音響そのままになる。リズムや強弱は徹底するがどうしても美しさそのものを徹底することができない。特にfffの高音がケルンと同じように汚くなる。この世代は伝統的な東ドイツ特有の音の作り方を失ってしまったようだ。

東欧系と思われるバリトンの声質はケルンよりも落ちる。イタリア人ではないのかイタリア語が凄く曖昧に聴こえる。テノールはなかなかテンションが高くて良い声だがエネルギーそのものを早く消費してしまって最後まで行くか心配になってくる。ドン・カルロを思わせるようなテノールとバリトンの二重唱。韓国企業が日本企業から技術を盗んで現在素晴らしい製品を作っている様に、日本声楽界も韓国声楽界からどんどん技術を盗んで良い声を作って提供してくれ無いかと思うこの頃である。

合唱から抽出したバスやテノールのソロはやはりソリストたちよりは格段に落ちる脇役そのもの。テノールのソロはようやく声が出てきて圧倒的になってきた。1・2幕続けて80分で休憩。

後半は弦や木管の細かいパッセージが合わないままそのままで演奏している。プロだと一言言えさえすれば完璧に合うオーケストラなのだ。何もしないと合わせられない。まもなくして有名な「時の踊り」。クライマックスがマスカーニやレオンカヴァロのような曲の構成の作り方。

この作品はジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」のようにたった1曲しか残らなかった曲。それでも「時の踊り」のバレエ音楽で「シェニエ」よりも親しみが持てる。今回は予算削減でそのバレエも入っていない。

この上演はこの作品の発音コーチが最近死んだのでその人に捧げられているらしい。最後の方になるとピッコロが凄くきつく飛び出して劇的性格を強く表出している。65分で。3時間枠に休憩入れて全部入ったということはカットなしの演奏のようだ。プログラムの終了時間の方が間違っていたのだ。

KONZERTANT
Premiere
01 Jan
18:00 H

13 Jan
19:30 H

24 Mrz
19:30 H

13 Apr
19:30 H

22 Apr
18:00 H

08 Jun
19:30 H

AMILCARE PONCHIELLI (1834 ?1886)
Melodramma in vier Akten von Tobia Gorrio
? Konzertante Aufführung in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln ??
Der Tanz der Stunden hat schon seit langem Einzug in die Konzertsäle gehalten, durch Maria Callas wurde die Bravourarie Suicidio! dem breiteren Publikum bekannt. Doch das Werk selbst führt nach wie vor ein Schattendasein im Opernrepertoire. Auch in Innsbruck war es bisher noch nicht zu erleben: Amilcare Ponchiellis LA GIOCONDA. Dabei zog der Komponist, ein Zeitgenosse Verdis, gekonnt alle Register der Opernkunst und bannte die Zuhörer mit effektvollen Massenszenen, grandiosen Arien und leidenschaftlichen Duetten, zu denen fein instrumentierte Gesänge einen gelungenen Kontrast bilden. Der Librettist freilich war vom Kunstwert nicht ganz so überzeugt und versteckte sich hinter einem anagrammatischen Pseudonym ? kein Geringerer als Verdis letzter Textlieferant Arrigo Boito, seinerseits selbst auch Komponist, verbirgt sich hinter dem Namen Tobia Gorrio. Nach Victor Hugos Drama ANGELO, TYRAN DE PADOUE schuf er einen in jeder Hinsicht hin- und mitreißenden Kolportageklassiker.
Die dramatische Handlung: ein Liebes- und Intrigenkarussell, in dem Straßensängerin La Gioconda von widerstreitenden Gefühlen gequält wird. Sie muss erfahren, dass das Herz des von ihr geliebten Enzo schon lange Laura gehört. Ausgerechnet ihrer Rivalin verdankt Giocondas Mutter aber ihr Leben. Letztendlich siegt Giocondas Dankbarkeit über ihre Rachegelüste. Sie verhilft dem Liebespaar zur Flucht und zahlt dafür einen hohen Preis: vor den Augen des erpresserischen Schurken Barnaba ersticht sie sich.
Besetzung
La Gioconda
Yannick-Muriel Noah
La Cieca
Ceri Williams
Enzo Grimaldo
George Oniani
Alvise Badoero
Leonard Bernad
Laura
Dshamilja Kaiser
Barnaba
Ivan Krutikov
Zuane
Di Yang*
Isepo
Woongyi Lee*
Cantore
Gintaras Tamutis*
Barnabotto
Boris Beletskiy
Una voce
Taras Ivaniv
Un altra voce
Johannes Marx
Chor des Theater Bonn

Ectrachor des Theater Bonn

Beethovenorchester Bonn



Musikalische Leitung
Hermes Helfricht(P) / Daniel Johannes Mayr
Choreinstudierung
Marco Medved


Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Igor Horvat, Miho Mach
Inspizienz
Tilla Foljanty
Sprachcoach
Maria Teresa Picasso-Menck

*Student/in im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln

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  • [109]
  • 362. GO シューマンの4.12月18日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年12月20日(木)06時57分24秒
  • 返信
 
解説は毎朝ラジオでおなじみのヘネッフに住んでいるWDRのミヒャエル・シュトロークが出てきた。まずブラームスと比較して紙の裏側の様にシューマンのオーケストレーションの問題について何時ものように語る。今日の演奏は初稿によるものらしい。ロートも一緒に出てきて「動き」が美しいと語る。

音例としてチェロ協奏曲の第二楽章。ピチカートと和音だけでここには何も無いと言う。それをシュトロークがブラームスの第二協奏曲にも同じ場面があると言う。今回のギュルツニッヒその音楽の本質の真ん中をとらえていて他のオケよりも良い仕上がりになっていると自慢する。とにかくシューマンは特別に狂って演奏しないと面白くないと言う。4番は特に第一・第二楽章がベートーヴェンの第7交響曲のオマージュだと言う。確かにリズムが徹底しているのは似ているが。

次に今夜の現代音楽に付いて作曲者も入れて語る。我々は現代音楽は何でもやるが様式は問わないと言って笑いを買う。作曲者は余り言わないと言うが普通に英語で喋る。故郷のバルセローナは美しい街と言い、パリも凄く好きだが、バルセローナはパリと比べて幾分田舎だと言う。今回の作品はオーケストラの鏡として3か所で電子音と混ざっている。ソリステンは8人。更に客席の後ろに打楽器やトランペット、オーボエなどを配置している空間音楽の音響発展的という。ブラックホールやアトムなどの科学用語が出てくる。

音例として非常に室内楽的な場面を紹介。超新星、重力と言う言葉も出て来るが決して交響詩ではなく人間的音楽と言う。極端な音楽語法と言うが聴いてみないと良くわからない。地平線のイヴェント。最後のカットされた空間の時間。アインシュタインの理論から来る別世界の宇宙。今回は天文学者との共同制作とかも言う。6人の打楽器奏者はリトアル。アイヴスの宇宙交響曲を思わせる。

パラの実演は3管編成の8人のソリステン。最初の語り手がマイクで増幅する。物質、エネルギー、ビックバンとか何時もの用語。ストラヴィンスキー的な和音の重ね方。タムタムのアルコはちっとも聴こえなく効果なし。ファニホー的な高密度な音楽。木管のクラスター和音。ソリステンのメロディーの絡み。バックのアンサンブルのユニットが吠え出す。フラジゲオレットのグリッサンドを大きく増幅した形。

最近のスペイン人は書法が非常に良くなってきたが実際の音は昔から乾きすぎて今一つのようなところがある。今回はそんなに乾燥しすぎてはいないが今一つの感はある。スピーカーでクセナキスのように音が回る。オーケストラ全体を4分の1音から2分の1音に小グリッサンド。ラッヘンマンのような速攻が出て来るが絵を描いた図形だけの即興らしい。最後にオクターヴ。30分、久久しぶりにかなりのブーが出て成功してるとは言い難い作品。

ロビーは指揮者・作曲家の二束草鞋の展示会。なぜ指揮棒を使わないか?それは指揮者が音を良く聴いて集中し振り付けに捕らわれずより良い音に直すことができるからだ!Chute  d´Etoiles 星の落下!来年はオッヘンバッハの生誕200周年でケルンでお祭りになるらしい。

シューマンのチェロ協奏曲は10、8、6、4、3。トランペットとティンパニは離れているが弦が固まっているため細かい構造のトレモロなどが曖昧に聴こえる。12分03秒。見た目はしょぼいが凄く良い音を出すチェロ。3分20秒、8分47秒。計24分10秒。
交響曲はアルトまでバロックポザウネに代わる。どうしてチェロ協奏曲でもやらないのか知らない。例の穴あきトランペット。弦はヴォブラート無し。この曲は第一交響曲と同じくティンパニは3個必要な初期の様式?それとも手を加えた?12,10,8,6,5。古楽のような速め。8分10秒。解説で言ってた通り。金管と打楽器を弦から離して配置しているので音響的な分離度が非常に良く立体的に聴こえる。3分53秒。5分17秒。最後のプレストは本当のプレストよりも速い。6分25秒。計23分45秒。
Sinfoniekonzert 4
Dienstag 18.12.2018, 20:00
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:
?
38,-
30,-
24,-
16,-
14,-
9,-
Z: 16,-
zzgl. Vorverkaufsgebühren
Mitwirkende
Truls Mørk Violoncello
IRCAM
Thomas Goepfer Computermusikalische Realisation
Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent
Programm
Hèctor Parra
Inscape (2017)
Deutsche Erstaufführung

Robert Schumann
Konzert für Violoncello und Orchester a-Moll op. 129 (1850)

Pause

Robert Schumann
Sinfonie Nr. 4 d-Moll op. 120 (1841/51)

Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Empore

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  • [108]
  • 261. べナツキー:白馬亭にて

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年12月15日(土)05時36分40秒
  • 返信
 
Im weissen Rössl Ralph Benatzky 12月13日ケルン

昨日同様これも日曜日のプレミエに続き第2回目の公演。まずセッティングがほとんど歌謡ショー、回り舞台の後ろにバンドが居座る形。台詞はすべてマイクを通して増幅するのでミュージカルの形。ちょっと不自然なのでかなりきつい。耳にイヤホンがあってプロンプターの歌詞のアインザッツとかが直接に解かるらしい。コーラスだけがマイクなし。

オーケストラは2本のクラリネットがサックス2に持ち帰るジャズ方式。バンジョー持ち替えのギターと民族楽器にチター。オルガンの音は録音で後ろのスピーカーから出るらしい。昨日同様べヴーグンクス・コアの踊りも常に入っているが事実上のバレエ団仕事である。

この演目はシュトットガルトの演劇専用の劇場で1回だけ見たことがあるが、台詞が多く半分演劇として見る事も可能である。黒人の水兵、花火のご馳走を消防服を着た消防士が消火器で消す。回り舞台がメリーゴーランドの様に楽しい。

曲自体は難しくないがこれと言った凄い出来でもない。ヨハン・シュトラウスの「ジプシー男爵」や「こうもり」のような天才的閃き、レハールのような耽美主義のような美しさも無い、ツェラーやミレッカー並みのオペレッタの水準である。道理でここのアリアをガラ・コンサートで歌われる例を聴いたことがない。しかしジングシュピールと書いてある通りお笑い専門のオペレッタを想定したわけでもないが、演出やドイツ人歌手が笑われようとしても聴衆は余り反応しない。しかしオペレッタと共に歌手の水準はデュイスブルク、シュトットガルト、ミュンヘン、ベルリンの様に高い。45分。

第二幕と三幕は続けてやるらしい。2管編成でもホルンが3なのはベートーヴェンの英雄交響曲だけ思い出される。ファゴットは吹奏楽の様にどういうわけか1本だけとポップス専用のドラムセット。歌いながら聴衆の中に入ってきてリンゴのかけらを渡し、役者の歌の素人にもマイクを向けて無理に下手に歌わしている。

本物のバイクがエンジンを鳴らして入って来る。霧とローラーボードで舞台の上で水泳。リフトが止まる。山にも霧がかかってスキー場になる。一回行ったことのあるザルツカンマーフートのウォルフガング・ゼーの物語。みんなドイツ人で無理にオーストリアの方言をわざと語るので笑えない。今度は客席に旗を配る。録音でラデツキー・マーチ!更に他の違った調性の曲も入り最後に生のオケで本来のオリジナルも演奏される。カイザー・フランツ・ヨーゼフ2世が出てきて本物のオーストリア人の会話なので軽くていい加減でやっぱり本当に面白い。「微笑みの国」のような「こうもり」のような何時ものオペレッタの最後の後悔の哲学。後ろのアルプスが雪で白くなる。女性歌手のマイクの増幅が1時入らなくなるので聴こえない。雪が降る。男の女装のバレリーナのグループが女のバレリーナ・グループと一緒に踊る。80分。カーテンコールはウィーンのフィルクス・オーパーの様に管弦楽伴奏で手拍子付きの合唱で行う。

Im weissen Rössl Ralph Benatzky
Singspiel in drei Akten
frei nach dem Lustspiel von Blumenthal und Kadelburg
Buch von Hans Müller und Erik Charell
Gesangstexte von Robert Gilbert
Musik von Ralph Benatzky (1884 - 1957)
StaatenHaus Saal 2 / 18:00 ? 20:15 / Premiere / 16 ? - 125 ?
Inhalt
Im weißen Rössl am Wolfgangsee ? da liegt Musik in der Luft und allen geht das Herz auf!
Dem Komponisten Ralph Benatzky, geboren 1884, Musikstudium in Prag und Wien, gelang es, für das ?Weiße Rössl? Elemente der klassischen Operette mit Jodeln, dem Volkslied, Folklore, jazzigen Klängen, einem Tango und mitreißenden Tanzeinlagen zu verbinden. Herzschmerz, Sentimentalität und Kitsch sind gewünscht, werden aber durchaus ironisch gebrochen.
War die klassische Operette in ihrer Blütezeit noch ein Spiegel der Gesellschaft, in dem das Publikum seine kulturelle Identität wiederfinden konnte, zerfiel dieser Lebensnerv der Operette nach dem Untergang der Habsburger-Monarchie, dem Ersten Weltkrieg und mit dem Aufkommen des Radios und des Films. Das Genre änderte sich in den 1920er und 1930er Jahren durch die Einbeziehung von Elementen aus anderen Bereichen der Unterhaltungsmusik und näherte sich damit an die amerikanischen Formen des Musicals und der Revue an.
Das ausstattungs- und personalintensive Singspiel ?Im weißen Rössl? kam in ?schweren Zeiten? ans Licht der Welt: Die Weltwirtschaftskrise erreichte ihren Zenit, die Arbeitslosigkeit war hoch, viele Theater gingen Pleite. Dennoch stand vom Tag der Premiere am 8. November 1930 im Großen Schauspielhaus Berlin bis anderthalb Jahre später ?Im weißen Rössl? vierhundertsechzehn Mal das ?Glück vor der Tür? und das Publikum durfte eintreten und seine Sorgen vergessen.
Die Zuschauer erfreuten sich ebenso an der (klischeebesetzten) heilen Welt Österreichs mit unberührter Natur, beeindruckender Berglandschaft und Dampfschifffahrt wie an den eingängigen Melodien ?Es muss was Wunderbares sein …?, ?Die ganze Welt ist himmelblau …?, ?Zuschau’n kann i net? oder dem Schnadahüpfl-Duett ?Im Salzkammergut, da kann man gut lustig sein?.
Inszenierung
Mit dem musikalischen Leiter Uwe Theimer konnte für diese Neuproduktion ein ausgewiesener Operettenspezialist aus Wien?gewonnen werden. Eike Ecker, die an der Oper Köln zuletzt mit großem Erfolg ?Der Kaiser von Atlantis? inszenierte, zeichnet für die Regie verantwortlich. Der Bühnenbildner Darko Petrovic zaubert ein Stück Österreich auf die Bühne.
?Die ganze Welt ist himmelblau, wenn ich in deine Augen schau!?
(Dr. Siedler, I. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Uwe Theimer / Inszenierung Eike Ecker / Bühne Darko Petrovic / Kostüme Ulrich Schulz / Choreografie Giorgio Madia / Licht Nicol Hungsberg / Chorleitung Rustam Samedov / Dramaturgie Tanja Fasching /
Josepha Vogelhuber, Wirtin zum "Weißen Rössl"
Claudia Rohrbach?/ Netta Or
Leopold Brandmeyer, Zahlkellner
Martin Koch?/ Alexander Kaimbacher
Wilhelm Giesecke, Fabrikant
Matthias Friedrich?/ Alexander Franzen
Ottilie, seine Tochter
Jutta Maria Böhnert?/ Emily Hindrichs
Dr. Erich Siedler, Rechtsanwalt
Michael Siemon?/ Paul Schweinester
Sigismund Sülzheimer
Miljenko Turk?/ Till von Orlowsky
Prof. Dr. Hinzelmann
Alexander Fedin
Klärchen, seine Tochter
Maike Raschke?/ Katerina von Bennigsen
Der Kaiser
Bert Oberdorfer?/ Christian Futterknecht
Die Oberförsterin
Eva Budde
Der Piccolo
Nikolaas von Schrader?/ Vincent Lang
Der Reiseführer
Hoeup Choi
Kathi, Briefträgerin
Alina Wunderlin
Tanzensemble
Janina Clark
Simone Giancola
Greta Giorgi
Florijad Komino
Simone Maier
Michael Seidel
Emmy Thomsen
Julia Marie Wolobuew
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

https://www.youtube.com/watch?v=QQ9TFXnliF0

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  • [107]
  • 360. ジョナサン・ダーヴの「ロンドンのマルクス」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年12月15日(土)00時24分34秒
  • 返信
 
MARX IN LONDON。12月12日、ボンURAUFFÜHRUNG
客に入りは20%ぐらい。事前にミニマル音楽と察知しているのでこれから客が増えるかもしれないが、同じ1959年生まれの非無調的作曲家:ジェームス・マクミランと比べて知名度は低い。とにかく日曜日が初演:新演出だったので今日は第2回目の上演。

始める前にマルクスそっくりの言い訳男が出て来たのでもう始まったのかと錯覚したが、女性歌手の一人が重い風邪を引いているので、当たり前の話だが代役が初演のために絶対に無いのでそれでも歌うので了承されたいとのこと。

まずはタイプライターの音。簡単にが書かれているがそれほどミニマル音楽ではない。予告編のヴィデオを見ただけで判断するのはどんなに危険な事かがわかる。繰り返しはあるが最初のレチタティーヴォの部分はブリテンのオペラぐらいの頻度であろう。その後でフィリップ・グラスの様式が始まるが、どちらかというとジョン・アダムスの様な少し短縮版の形。べヴェーグンクスコアのような振り付けが常に入る。ポップの様な定常リズム。しかし題材はグラスの「浜辺のアインシュタイン」、「サティアグラハ」、「アクナーテン」に続く共産党政治的オペラでその違いは明確な台本があることだ!

エンゲルスはスパイじゃなくてロンドンでは新しいピアノ教師?リズムの軽さとシンコペーションの多さなどから英語圏の臭さでガーシュインのジャズ・オペラ「ボギーとべス」を思わせる。

大道具運びは奴隷に扮した労働者が始終運び、べヴェーグンクスコアの役割も果たす。ポーランド楽派のキラールを思わせる弦楽合奏のクラスター的な厚み。ショパンの軍隊行進曲を思わせるリズムと音の動き。アコーディオンの音が聴こえるがハーモ二ウムらしい。ほとんど音色的に変わら無いがそれとハープとのユニゾンが珍しい。ジョン・アダムスのファンファーレ。労働者の踊りの振り付けはミュージカルそのものでグラスや演出のアーヒム・フレイヤーを思わす。65分。

オケはかなりフルで入ってて3管。ティンパニ5、プログラムにペータースの広告が協賛として載っているが上演権をタダにしたか安くしたのであろう。Excelsior、より高く、向上して!

第二幕、点描ミニマル音楽。巨大ピストル、テロリストと貧乏人。エキストラの労働者としての大道具運びが忙しい。音大からの韓国人が2・3人参加。歌唱や演技で違和感はない。
ここの繰り返しはグラスよりもカール・オルフの世界だ!自由・正義・天命・党員・私有財産の禁止などの共産用語が多い。この共産思想を新本主義の金もうけ音楽と言うミニマルの様式で延々と語り儲けようとする音楽。チャップリンのモダン・タイムスのような演出と音楽。エキストラは始終バレエの様に動く。警察が来て偽マルクスを差し出すが後で本物に代わり、ブリテンのファンファーレと鎌にハンマー。最後にワインを飲んでピストルを突き付けるめでたし、めでたしのオペラ。ここに何の問題意識も無い共産主義の宣伝のような物語。60分。

UraufführungPremiere
09 Dez
18:00 H

12 Dez
19:30 H

22 Dez
19:30 H

28 Dez
19:30 H

12 Jan
19:30 H

20 Jan
18:00 H

02 Feb
19:30 H

08 Feb
19:30 H

14 Feb
19:30 H

URAUFFÜHRUNG
JONATHAN DOVE (*1959)
Eine Komödie
Libretto von Charles Hart
nach einem Originalszenario von Jürgen R. Weber
? In englischer Sprache mit deutschen Übertiteln ?
Auftragswerk des Theater Bonn
Ein Tag im Leben der Familie Marx. Einer der berühmtesten Philosophen und eine Ikone der Politik, Gründer eines der einflussreichsten Denksysteme, in seiner menschlich-allzumenschlichen Alltagsgestalt.
Marx wurde 2003 im ZDF in der Sendung Unsere Besten nach Konrad Adenauer und Martin Luther von den deutschen Fernsehzuschauern zum ?drittgrößten“ Deutschen, 2005 in der BBC zum einflussreichsten Denker aller Zeiten gekürt. Komponist Jonathan Dove und Autor/Regisseur Jürgen R. Weber sowie der Librettist Charles Hart haben sich zum Ziel gesetzt, eine Oper zu schaffen, die nicht nur einen Tag im Leben von Marx, sondern auch einen Tag im Leben der Mutter aller modernen Metropolen, London, erzählt. Einen verrückten, unterhaltsamen, spannenden, aber auch typischen Tag in all seiner Dynamik und Widersprüchlichkeit. Dabei wird inhaltlich und musikalisch die Trialektik zwischen Utopie, Wissenschaft und Realität umgesetzt. Wie Doves Opern FLIGHT oder THE ADVENTURES OF PINOCCHIO hat auch MARX IN LONDON eine echte Chance im Opernrepertoire.
Die Produktion wird beraten von Tristram Hunt, ehemaliges Member of Parliament und Historiker, dessen Engels-Biographie Der Mann, der den Marxismus erfand wertvolles Material beisteuerte. Außerdem mitgewirkt haben der Marx-Experte Prof. Gareth Stedman Jones vom King's College, Cambridge, und Rachel Holmes, deren Biographie von Marx’ Tochter ?Tussi“ Eleanor Marx einen sehr speziellen feministischen Blick auf die Charaktere wirft. Sommer 1871:
Marx ist wieder einmal bedrängt von seiner hysterischen Ehefrau, seinem verleugneten illegitimen Sohn, seiner zu neugierigen Tochter und natürlich seinem notorischen Mangel an ?Kapital“. Außerdem weiß er, dass er allen Beteuerungen zum Trotz den nächsten Band seines Opus Magnum nie zu Ende schreiben wird. Er flüchtet in die British Library, wo er eine Vision hat, die schließlich zu einem Albtraum wird. Am Ende lösen sich alle Probleme scheinbar wie von selbst.??
Eine Koproduktion mit der Scottish Opera | Gefördert durch die Kunststiftung NRW
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 25. NOV 2018, 11 UHR
Moderation: Bernhard Hartmann, Musikredakteur, General-Anzeiger Bonn? ?
… und außerdem …
PHILOSOPHIE IN DER MUSIK
OPERNFOYER | MO, 28. JAN 2019, 19.30 UHR?

Besetzung
Marx
Mark Morouse
Jenny
Yannick-Muriel Noah
Tussi
Marie Heeschen
Freddy
Christian Georg
Helene
Ceri Williams
Engels
Johannes Mertes
Spy
David Fischer
Pawnbroker
Boyan Di*
Melanzane
Jonghoon You
Franz
Di Yang*
Chief Inspector Littlejohn
Enrico Döring
Sergeant
Johannes Marx/Algis Lunskis
Foreman
Egbert Herold
Solo Worker
Miljan Milovic
?
?
Chor des Theater Bonn
?
Beethoven Orchester Bonn
?
?
?
Musikalische Leitung
David Parry
Regie
Jürgen R. Weber
Bühne und Kostüme
Hank Irwin Kittel
Licht
Friedel Grass
Dramaturgie
Andreas K. W. Meyer
Choreinstudierung
Marco Medved


Regieassitenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Musikalische Assistenz
Daniel Johannes Mayr
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty

*Student/in im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln

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  • [106]
  • 359. ケルンの「ピーター・グライムス」11月28日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年11月30日(金)06時08分57秒
  • 返信
 
このオペラは昔ケルンで見たような記憶があったが、記録に無く音大の記録でも探せない。ミュンヘンとデュッセルドルフとボンだけか?とにかくこれでここの地方の3大歌劇場で3つの演出が完結することになる。

40分前に解説があって、流石に難しいオペラは何時もシェフ・ドラマトゥローグが出てきて何も文面を持たないで頭にある事すべてを続けざまに言いまくる。テキストは英語で歌うがそれでも聴衆は理解できないと当たり前のような、念を押しても足りないようなことを言う。そこでケルン・オペラのこれまでのブリテン・オペラの実績を上げる。「ねじの回転」、「ビリー・バッド」、「ヴェニスに死す」、「ルクリーシャの凌辱(りょうじょく)」、「真夏の夜の夢」、それから戦争レクイエムなどの大物作品が並ぶ。この「ピーター・グライムス」は初演に王族が来たことで有名になったそうである。

イギリスの東海岸の漁師の物語の粗筋を始める。ちょっとサジストの白雉が出て来るので「ボリス・ゴドゥノフ」にも似ている深刻な内容。「リア王」や「モビー・ディクス」の引用。上演頻度は今では「サロメ」と同格で近代オペラでは最高の成功作か?繰り返し演出を変えて演奏されるのでその物語の筋も何度も追わされ考えさせられことわざの代名詞となる世の中現象を担っている。

次の作曲テクニック。歌手2人の半音の音の対立はそのまま意見の対立を産ませている。最後の方の女声の重唱が「ばらの騎士」と思わせる。その一連の事象が現在の我々の社会、ブレクセット、政治の話に繋がる。

指揮者が若いので最初の指導動機に不純物が残っている。舞台はどの場面設定にも使える構造。暗く硬く重いドイツのオケはしっかりと合わせるとイギリス物でも立派に聴こえる。コーラスをお遊戯させるのは幼稚でバカらしいんだけど、オペラに登場しないバレエの代わりの目の保養にはなる。第一の間奏曲は何時ものブリテン和声法。「マイスタージンガー」思わせる教会の合唱配置は同じく登場回数も多い。組曲の第4曲の嵐の動機の教会の椅子を引く雑音が煩い。カウンター・テノールのような力強いアルトの声。「ローエングリーン」のような合唱の混乱の場面。53分30秒で第1回目の休み。

第二幕は組曲の第二間奏曲。シベリウスのような西洋音楽の中心から離れた地域の寂しさを表現。オルガンが舞台の横の2階に積み上げられている。要は電子オルガンではなく、舞台装置と一緒に組み立てられた本物の移動式オルガンらしい。合唱指揮者もそれなりの服装で合唱を指揮し副指揮者の役割も果たす。舞台の小太鼓はオケの奏者から編成。アルヴォ・ぺルトに凄く似た楽想は実際にはもちろんブリテンから来たのではあるが、「パッサカリア」の舞台のビオラもオケの奏者から出ていて同じように歌わない。舞台裏の中太鼓と合唱。ファゴットとバリトンの指導動機を含むユニゾン。合唱は嘘をつくものは罰せれなければならないとしつこく歌う。47分13秒で2回目の休み。

横に一緒に座った2人のお姉ちゃんたちはしゃべっている英語からどうもイギリス人らしい。EU辞めたらこういう風に気軽にケルンのオペラに来ることも無くなるようだ!今なら終演後すぐに近くの飛行場からその日のうちにロンドンのヒースロー空港に飛ぶことも可能だ!イギリスに近いこの州のオペラは非常にイギリス物が多い。イタリア物やフランス物が多いシュトットガルトや東欧物が多いウイーンとは傾向が違う。前奏は組曲からの第3曲。オルガンは扉を閉じられてしまってそこに数人のバンドが並んでいた。男の女装と男の性器をぶら下げた女たちが踊りまくって会場の笑いを買う。ムソルグスキーのような死の予告の半音階。マクベス夫人のような女。チューバが舞台裏に出て行く。徐々に自殺の場面が設定される。「ヴォツェック」の様に室内にコンクリートの池がこしらえられている、本当に水が入ってて合唱が死刑執行人の仮面をして死に誘導しピーター・グライムスが自ら入って溺れる。その後で完全に蓋を締めて教会の椅子を並べ合唱は何事もなかったように歌う。37分30秒。

Benjamin Britten
Peter Grimes
Oper in drei Akten und einem Prolog
Libretto von Montague Slater
nach dem Gedicht ?The Borough? von George Crabbe
Musik von Benjamin Britten (1913 - 1976)
Mi /
Nov 18 Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 1 / 19:00 ? 22:00 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Der Fischer Peter Grimes, ein Einzelgänger innerhalb seines Dorfes, steht im Verdacht, für den Tod seines Lehrjungen auf See verantwortlich zu sein. Dass er im Rahmen einer gerichtlichen Untersuchung freigesprochen wird, kann nicht darüber hinwegtäuschen: Die meisten der Dorfbewohner halten den Sonderling für … schuldig, denn er gilt als jähzornig, und das Verhältnis zu dem Jungen, den er aus einem Waisenhaus geholt hatte, gibt zu Spekulationen Anlass. Es herrscht eine Atmosphäre des schwelenden Misstrauens und der mehr oder weniger verhohlenen Unterstellungen, inmitten derer sich lediglich die Lehrerin Ellen Orford als Lichtpunkt abzeichnet: Nur sie und der aufrechte Kapitän Balstrode begegnen dem eigenbrötlerischen Fischer mit Offenheit und Solidarität. Gleichwohl bleiben Fragen offen, auch was das Verhältnis des raubeinigen und keineswegs fürsorglichen Grimes zu seinem nächsten Lehrling, dem Waisenknaben John, angeht. Als schließlich auch dieser Junge zu Tode stürzt und daraufhin eine dörfliche Lynchaktion droht, kommt Grimes der sich anbahnenden Eskalation zuvor: Mit seinem Boot versenkt er sich im Meer.
Die Uraufführung von Benjamin Brittens erster großer Oper, am 7. Juni 1945 im von den Zerstörungen, Verlusten und Entbehrungen des Zweiten Weltkriegs versehrten London, wurde zu einem nationalen Ereignis: Seit Henry Purcell, mehr als 250 Jahre zuvor, hatte es keine derart bedeutende Oper eines englischen Komponisten mehr gegeben. Das Libretto geht auf eine Episode der epischen Dichtung ?The Borough? (?Der Weiler?) des aus Brittens Wohnort Aldeburgh stammenden anglikanischen Geistlichen George Crabbe aus dem Jahr 1810 zurück. Eigentlicher Hauptträger der Handlung, wie ihn die Partitur dieser Oper vorsieht, ist das Meer: Dieses alles beherrschende Element vermittelt sich nicht nur in den farbig-impressionistischen sinfonischen Zwischenspielen, sondern auch innerhalb der Handlung ist die See als der lebensbestimmende Faktor ausgewiesen, von dem nicht nur die Existenz aller Dorfbewohner abhängt, sondern der in sich darüber hinaus ewig gültige Wahrheiten ? und die abschließenden Antworten auf alle etwaigen Fragen ? birgt.
Inszenierung
Der junge britische Regisseur Frederic Wake-Walker inszenierte bereits in Glyndebourne und an der Mailänder Scala, ?Peter Grimes? ist sein Debüt an der Oper Köln.
?Peter Grimes, we are here to investigate the cause of death of your apprentice ...?
(Swallow, Prolog)
Besetzung
Musikalische Leitung Nicholas Collon / Inszenierung Frederic Wake-Walker / Bühne & Kostüme Anna Jones / Co-Kostümbild Linda Tiebel / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Rustam Samedov / Dramaturgie Georg Kehren /
Peter Grimes
Marco Jentzsch
Ellen Orford
Ivana Rusko
Balstrode
Robert Bork
Auntie
Malgorzata Walewska
1. Nichte
Monica Dewey
2. Nichte
Kathrin Zukowski
Bob Boles
Dino Lüthy
Swallow
Lucas Singer
Mrs. Sedley
Rebecca de Pont Davies
Horace Adams
Philip Sheffield
Ned Keene
Wolfgang Stefan Schwaiger
Hobson
Darren Jeffery
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [105]
  • 358. ケルンの「子供ためのワルキューレ」11月22日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年11月24日(土)05時20分47秒
  • 返信
 
今回もオケは1管編成だがトロンボーンが2本になっている。バス・トロンボーンはコントラバス・トロンボーン持ち替えらしい。演奏時間はさすがに1時間で終わらなくて75分の予定だ。相変わらず生きのいい子供たちが煩い。今回は遅く来た人のための補助席も脇にある。オーボエが休みに水飲みながらやってる。クア・オーケストラみたいで温泉保養地に最適で使える。

楽譜通りの嵐の前奏曲、途中から4人だけのワルキューレの騎行が始まるが、すぐに止んでまた嵐が始まる。ハープがありマリンバが常に和音をトレモロで埋めている。ヘルデンテノールで韓国人は珍しい、曲を中断しての台詞も訛り無しで頼もしい。歌の部分は全部字幕付き。切れ目なしで第二幕に移るまで26分に短縮。

韓国人のヴォータンも様になっている。声に問題は一切なし。ちょっと曲を短縮しカットし話を繋ぐためのフリッカとのダイアローグが弱いが。ピチカートとハープが何時もユニゾンでやって足りない弦を補充する。意外と第二幕の前半は全部カットしないでやっている。しかしもう犬の仮面を冠ったフンディンクが来た。それで最後にジークムントは何時ものように殺されるが子、供たちは初めてのはずなのに非常に残念がって悲しんでいてこちらまで移ってきた。子供たちにはちゃんと話の筋が解かっていたのだ!大人だと当たり前で誰感じないがこんな小さな子供が惜しむとは凄く感動的だ!!26分。

一人韓国系が入っているような4人の「ワルキューレの騎行」は細かくカットされているのですぐにジークリンデを連れて来る。割れた剣を渡した後この件は次の「ジークフリート」に繋ぎ、すぐにヴォータンが出て来る細かいカットで主要は話のポイントはすべてやる。「魔の炎の音楽」は本物の火を使いブリュンヒルデを釜茹でみたいにする。窯みたいな装置が煤けて真っ黒になる。21分。1時間過ぎるとさすがに子供たちがじっとしてられなくて動き出す。終演後数人の子どもが慌てて帰る。計1時間17分。

帰りにRTLの民間放送の「24時間TV、愛は地球を救う」の準備作業を見る。まもなくクリスマスなので日本TVとは関係が無いようだ!その後図書館に入って残りのスコアを2冊買い、そのままボンの図書館に直行。ここでもハイドンのトリオ6曲合冊とモーツァルトのトリオ合冊7曲とキューベースを買う。

ボン大学で少し食べて、クリスマス市のボートーヴェン像を撮って、新作初演の「ロンドンのマルクス」と「ラ・ジョコンダ」のチケットを買って帰路に就く。

Richard Wagner
Die Walküre für Kinder
in einer Fassung von Brigitta Gillessen und Rainer Mühlbach
Arrangement von Stefan Behrisch
für Kinder ab 8 Jahren
Dauer ca. 70 Minuten
Text und Musik von Richard Wagner (1813 - 1883)

StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:45 / Vorstellung / ? 12,5,-/7
Inhalt
Seit vielen Jahren steckt rätselhafterweise ein Schwert in einem Baumstamm in der Hütte des Ehepaars Sieglinde und Hunding. Für wen ist es bestimmt? Und welchen verborgenen Zauber bewahrt dieses Schwert?
In ?Die Walküre? mischen sich die Schicksale der Götter und der Menschen. Gottvater Wotan und seine Gemahlin … Fricka kommen auf die Erde herab und nehmen Einfluss auf das Leben der Sterblichen: So findet Sieglinde ihren verloren geglaubten Zwillingsbruder Siegmund wieder, muss Siegmund gegen Hunding kämpfen und auch noch einer übermenschlichen Gefahr ins Auge sehen. Unerwartet bekommen Siegmund und Sieglinde Hilfe von der mutigen Walküre Brünnhilde, Tochter des Gottes Wotan. Brünnhilde und ihre Schwestern streiten auf Befehl ihres Vaters und sichern so die Herrschaft der Götter. Doch als sich Brünnhilde der Anweisung Wotans widersetzt, kommt es zu einem furchtbaren Streit zwischen Vater und Tochter, und Brünnhilde muss ihre außergewöhnlichen Kräfte abgeben und von nun an als gewöhnlicher Mensch in einem Ring aus Feuer schlafend warten … und nur ein Held, der freier als die Götter ist, kann dieses Feuer durchschreiten.
Inszenierung
Nach ?Das Rheingold für Kinder? in der vergangenen Spielzeit zeigt die Oper Köln die zweite Oper aus dem Zyklus ?Der Ring des Nibelungen?, der speziell für Kinder und Opern-Einsteiger eingerichtet wird.
?Hojotoho! Heiaha! Heiaha!?
(Walküren)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Nicol Hungsberg / Dramaturgie Tanja Fasching /
Siegmund
Young Woo Kim?/ Jeongki Cho
Sieglinde
Claudia Rohrbach?/ Adriana Bastidas-Gamboa
Hunding
Julian Schulzki?/ Yunus Schahinger
Wotan
Insik Choi?/ Matthias Hoffmann
Brünnhilde
Jessica Stavros?/ Christiane Kohl
Fricka/Schwertleite
Judith Thielsen?/ Regina Richter
Helmwige
Veronika Lee
Rossweiße
Kathrin Zukowski
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [104]
  • 356. 合唱付きの「法悦の詩」12.11.18.GO

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年11月15日(木)05時44分36秒
  • 返信
 
本当はこの日ブルックナーの9番の完成版のゲネプロを聴くはずだったのが5時に始まる予定なのにいくら待っても始まらず、しびれを切らして音大に予定表を見に行ったら開始が7時半に変更されて、しょうがないのでその時になってに行ったら大聖堂の聖職者が公開しないから出ろと言われて、ギュルツニッヒのオケのチケットでせっかく来たのに、結局はフィルハーモ二ーでギュルツニッヒのオケだけ聴いて帰った。当然7時から始まる解説は聴けず、本番のコンサートだけのつまらない日になってしまった。

コンサートの前で言い訳が出てきたが、休憩をチャイコフスキーの後にするという断りだけ。「セレナーデ」はサイトウ記念オケの定番プログラム、これをキタエンコは16型の弦楽でやるが普通は室内オケでやって6型か4型が普通である。地味な弦楽器であっても1つの大きな物語のある完結した作品である。最初の指揮は分割でやらないので速いと思ったらアレグロが遅く老いを感じさせる。10分43秒。次のワルツも速くない。4分05秒。もっとも深い音楽のアダージョ。地味なピアノ・ソナタを聴くようだけど深刻な音楽。和音の連結はこれ以上巧みになれないほど精巧。中間部はボロディンの第二弦楽四重奏の世界は元々チャイコフスキーの1番にもあった。暗い冬の暖かい暖炉の前の陰気なくつろぎ。9分24秒。終楽章はアタッカで行かない。会場が咳をしてしまう。やはりテンポが遅めになる。7分47秒で休憩。咳をハープのすぐ横に移動。その距離1,5メートル。

デ・メストレはウィーンフィルのスター・ハープ奏者。後ろの「法悦の詩」を弾く2人の女性奏者が恨めしそうに見つめている。やはり男だけあって大きな音ではっきりシャープな音を出す。この協奏曲は一番有名なヘンデルのハープ協奏曲しか知られていない世界。2重音ずつに更に2重の3連符を楽々と重ねる。しばらくしてソの音が狂ってきたが休めないので弾きっぱなし。2楽章は変奏曲らしい。伴奏の全弦はミュートしてる。終楽章の速い走句は2音間をアルペジオの様にずらす。リズムに乗っているんだけど貧乏揺すりも盛ん。グリッサンドが物凄い音で突っ走る。28分。アンコールはロマン派のオペラ当たりのメロディーの変奏曲。fpの対比がくっきり出る。3重フラジェオレット。ハープではジャズのブルーノートもできない純粋なクラシック音楽の楽器。

「法悦の詩」で混声合唱がフィンランディアの原典版の様に入って来る。最初5番の「火の詩」の間違いかと思ったが独奏ピアノがないので第4交響曲の方。何時ものトランペット5、トロンボーン3、ティンパニ1人の後期のスクリヤービン4管編成は「神聖なる詩」から未完成の神秘劇まで続く。ワーグナーの「トリスタン」第3幕の作曲テクニックが良く聴こえてくる。どうやら原典版らしい。コーラスは最後のコンバスのCとヴァイオリンの声部をなぞるだけの1分歌わない出演。22分42秒。
Sinfoniekonzert 3
Dienstag 13.11.2018, 20:00
Veranstaltung in meinem
Kalender hinzufügen:

Pause gegen 20:30 | Ende gegen 22:00
Mitwirkende
Xavier de Maistre Harfe
WDR Rundfunkchor
Gürzenich-Orchester Köln
Dmitrij Kitajenko Dirigent
Programm
Sinfoniekonzert 3

Peter Iljitsch Tschaikowsky
Serenade C-Dur op. 48 ČS 45 (1880)
für Streichorchester

Pause gegen 20:30

Reinhold Glière
Konzert für Harfe und Orchester op. 74 (1938)

Alexander Skrjabin
Poème de l'extase op. 54 (1905?07)
für großes Orchester

Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Empore

357.大聖堂のブルックナーの9番の完成版 11月13日。
翌日乗車券を買い直してケルンに。帰りのチケットはフィルハーモニーの殻の立ち見の空券を買ってそれを当てるので前日と同じのコンサートにはもう行かない。

入り口でこの前の映画大会の様に荷物のコントロールががあってテロ警戒が厳しい。30分前にすでに行列ができていた。このドームもシュパイアーのドームの様に残響が10秒と長すぎないか心配だ。とにかく礼拝用だから仕方がない。立ち見も出るくらいつまらないミサよりも遥かに多くの人が来るので毎日でもやってくれればみんな救われる。

今まで晩年のバーンスタイン、ジュリーニと見て来たのでブルックナーの9番は本当はどうでも良いのだが完成版はまずめったにやらないので音大の学生オケでも聴きに来る。弦を16、16、12、12、8とワーグナーのリングと同じ指定をする。コンバスも両脇に4本ずつ別れてバイロイト配置。

案の定残響が長くテンポとアインザッツが曖昧。8秒はあるであろう。確実にリズムなどを掴んで演奏しているとは言えないオルガンみたいな曖昧な演奏。

ホルンはバーンスタインの様に鉢を上げた演奏。バーンスタインの時はウイーン・フィルを全員立たせたがミスが多いのでまた座らせていた。22分25秒。

何も知らない一般人も入っているので楽章間で拍手が起こる。トリオは初稿を2つ並べてやりたい。やはりテンポが曖昧なのでずれる。全休符は前の音が完全に消えてから次の楽想に移りたい。10分50秒。

アダージョは残念ながら速め。それでも遅いので前に残った残響が次の楽想を邪魔することは少ないが。すぐに転調するゼクエンツ。ポリフォニーのテクニックから来る対斜。駅が近いので救急車や電車のレールの音も入って来る。アダージョがどんどん速くなる。クライマックスの後は残響を完全に消したしたとは言えなく前の音がまじりあっている。22分05秒。

すぐにフィナーレ。死の対斜がちりばめられている三途の川。ここでやっと残響を全部取り払って次の楽想に入って行った。コーダがやはり問題。どうしても和声法的に複雑ではあっても解かりやすいブルックナー様式が浮き出て来ない。この部分は1990年代から問題になっている。自分が補筆やるばあいはモデルとして交響曲第五番を上げる。展開部でフーガがあるからである。コーダでは十分に時間をかけてコラールを全部吹いてしまえば長大で壮大な音楽になる。コーダと本来第三者によって創作される本体は完全に分離したい。どうしても各アインザッツにアクセントを付けないとテンポやリズムを失ってでたらめな礼拝オルガンのような音になって見失ってしまう。それにしても気温が落ちて寒い聖堂での演奏になった。22分22秒。

昨日は真夏の様に大変暑く、今日は真冬の様に大変寒い中での演奏。
Sinfoniekonzert im Kölner Dom - Neue Anfangszeit: 20.00 Uhr!
Dienstag, 20:00 Uhr, Kölner Dom (Köln)
?
?Dem lieben Gott gewidmet?
Anton Bruckner: 9. Sinfonie mit Finale
Aufführungsfassung
von Samale-Phillips-Cohrs-Mazzuca (1984?2012)
mit dem Sinfonieorchester der Hochschule für Musik und Tanz Köln
Dirigent: Prof. Alexander Rumpf
Achtung: Die Anfangszeit wurde von 19.30 Uhr auf 20.00 Uhr verschoben!
Eintritt:
frei
Adresse:
Domkloster 4, 50667 Köln

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  • [103]
  • 355. GO、シューベルト1番.10月30日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年11月 1日(木)05時50分52秒
  • 返信
 
1時間前の解説はテキスト無しで喋られるミヒャエル・ケーベ。目玉は期待してないシューマンの歌曲集のオーケストラ編曲と言う。我々は常に前進しなければならないが合言葉。

何時もの様にどうやってプログラムを決めたか?歌曲を除いてウィーンフィルより長い歴史にギュルツニッヒ・オケが未だに一回も演奏しなかった曲を選んだ。1876年のブラームスの第一交響曲に話が飛ぶが、彼がデュッセルドルフのシューマンを訪れて自作のピアノを弾いて曲を披露した話を始める。とにかくシューマンの歌曲集は日曜日に初演で成功したので是非期待するように勧める。

次にワーグナーの1833年から34年に書かれた「妖精」序曲。音例としてその頭。黄昏ではなくて夜明けの情景をCDにもYouTubeにも出ていないBBCウエールズの演奏で流す!次に「恋愛禁制」の話に移り今回の歌曲のテーマ「愛の告白」との比較に移る。シューマンにはやはりドイツオペラである「ゲノフェーファ」がある。その二重唱とも比較。今回のはハンス・ツェンダーの様に「作曲された解釈」が要点らしい。シューマンの名前で自分の現代風の音を聴かせてしまう試み。だから「初演」と言ってるのだ!べリオのレンダリングにも似ているしデニソフの「ラザロの復活」にも似ている。最近はこの種の編曲は何処でも流行している。ほとんど全11曲をマーラーの10番の様に補作している。金管は移動して脇からファンファーレも流す。

次にシューベルトの話。交響曲の前に何曲かの序曲が書かれる。アレグロの音例は1813年に書かれ、ワーグナーの生まれた年。そしてシューベルトのオペラの話に移るが誰も聴いたものはいないほど無名。その第一交響曲は16歳の作。

少なめの弦は10、9、8、6、4を最後まで保持する。この指揮者は意外と音色の詰めが甘いらしい。同時に出てもいろんな色彩がばらばらに聴こえて詰めが甘く思える。暗譜でやってても楽譜を見てどこの音色が合わないのか指摘するサインがあれば良い。

弦が少なめなのでオペラハウスで聴く生のオペラの序曲の様である。そんなに管に対して弦は伸びない。「妖精」に大太鼓とサンダーシートがあったのかは疑問なので、今備え付けのスコアで見て見たがやはりないので効果音として付け加えたのだ。ファウスト序曲とリエンチ序曲の繋ぎ曲のような感じ。13分54秒。

次の曲は煩い3本のポザウネンと4本のホルンがファンファーレ台に上がってゆく。独唱3人に薔薇1本。石を擦るノイズで始まる。ツェンダーの「冬の旅」みたいな編曲。途中で子供が大声で泣き出して母親と退場。2曲目以降は別の場所で金管が奏楽。マリンバ2、ヴィブラフォン2。弦はあまり使わず、使っても特殊奏法程度、これだけ色彩的にやられるとさすがにシューマンに親しみを持ってしまう。「詩人の恋」の編曲が何曲か来る。オリジナルの連作歌曲でなくて寄せ集めたらしい。ホルンとヴァイオリンは全員金属ミュート付けて特殊な音にしている。フルートとトランペットの細かい音形。薔薇の花は演技用だった。途中木管やチェレスタに違った種類の調の曲がアイヴスの様に入る。切れ目はほとんどなくメドレー状態。元のフラジェオレット、マリンバ、ヴィブラフォン、アルト・フルートによる間奏。オリジナルの和声法に時々異質な音も混ぜる。終いにウォーター・ゴング。保守的客層もシューマンの名前でどんどん現代奏法に巻き込んでいる。37分。

シューベルトは劇的に始まる。第一トランペットはピッコロ、第二もBb管じゃなくてC管なのはそんなに音が高いのか?今スコア見たら初めから最後までバッハのような3点二が出てくる。12分00秒。2楽章は古楽の様に2つ振りで途中6つ振りになるので後で2つに戻ってもテンポが戻るまでに時間がかかる。6分15秒。古楽の様にメヌエットではなくてスケルツォ、4分07秒。終曲も今流行りの古楽的終わり方。6分05秒。
C. Tilling, M. Mitterrutzner, S. Genz, Gürzenich-Orchester Köln, P. Steinaecker: Schubert, Schumann, Wagner
Dienstag 30.10.2018, 20:00

Pause gegen 20:55 | Ende gegen 21:55
Mitwirkende
Camilla Tilling Sopran
Martin Mitterrutzner Tenor
Stephan Genz Bariton
Gürzenich-Orchester Köln
Philipp von Steinaecker Dirigent
Programm
C. Tilling, M. Mitterrutzner, S. Genz, Gürzenich-Orchester Köln, P. Steinaecker: Schubert, Schumann, Wagner

Richard Wagner
Ouvertüre
aus: Die Feen WWV 32 (1833?34)

Robert Schumann
Liebesverrat (2018)
Lieder und Duette für Stimmen und Orchester bearbeitet von Stefano Gervasoni
Kompositionsauftrag des Gürzenich-Orchesters Köln

Pause

Franz Schubert
Sinfonie Nr. 1 D-Dur D 82 (1813)

Veranstalter
Gürzenich-Orchester Köln
Begleitprogramm
Einführung in das Konzert
19:00 Uhr, Empore

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  • [102]
  • 354.ケルンの音楽学会と「サロメ」24.10.18

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月26日(金)05時04分42秒
  • 返信
 
Dr.Dr.と指揮者のシノポリやウィーン大学の様に2つ以上の博士号を持つ人が出てきて学位の大切さを説く。音楽家は学歴に全く関係なく実力が第一であるが、音楽家が途中で病気になったり怪我をしたりして音楽活動を辞めなければいけない時の保険として音楽の学位は教師として機能しなければならないが、今までは博士方号を持つと音楽の質が下がる人が大半で、その現実をアメリカの大学で散々見て来たドイツの音大は卒業試験で合格させても学位は全く与えないのが常であった。しかし途中で引退する人も多くてCDが売れない今世その後の生活保障のためにボローニャ・プロコトールで90年代に世界基準が決められた。

弁護士でもある彼は芸術上の著作権にも詳しくそれと経済を組み合わせて多くの芸術振興の道を切り開いてきた人であるが、必ずそもその講義が悪い音響も加わって聴きやすいものではない。芸術経済と手作業の作品は同一ではないとか、芸術と経済は共同体だとか、教授と学生はいずれも研究のために自由な楽器が必要だとかいろんな断片的な主張を積み重ねて学者特有の売れない自分の本の宣伝も入る。

「芸術は脳から来る」と言うシュトックハウゼンの引用はケルン音大にとって誇り高きことではあるが、彼自身は美術大学出身でも学者であって絵描きではないようだ。音大のも博士号をもっと与えるべきかの議論に入る。ここで何度も言うべきではなるが、たかが博士号のタイトルのために芸術作品の水準がアメリカの無数の大学の様に下がっては元も子もないという事であり。現在ではバッチェラー・マスター・ドクターの3段階まで用意されているという事である。

最後に5対のテーゼを与え批判的な質問を待つ。
1.メロディー作曲家に関する基礎思索
2.法律の例外扱い。
3.芸術家と芸術学者の共同制作
4.学位の意味と展望
5.研究活動

質問で芸術と学問を対立させて共同させる前提が目立った。45分。
Ringvorlesung
Mittwoch, 18:00 Uhr, Kammermusiksaal (Köln)

Musik, die Wissen schafft! Perspektiven künstlerischer Forschung?

Peter M. Lynen (Nordrhein-Westfälische Akademie der Wissenschaften)
Künstlerische Forschung ? gute Ansätze unter problematischen Begriffen und Strategien

Konzeption und Leitung: Prof. Dr. Arnold Jacobshagen

Die Beziehungen zwischen Musik und Wissenschaft sind komplex und vielfältig. Während die Musikwissenschaft mit ihren Methoden Musik analytisch untersucht und über sie nachdenkt, privilegiert die künstlerische Forschung einen anderen Ansatz: Hier wird unmittelbar aus der musikalischen Praxis heraus verallgemeinerbares Wissen gewonnen. "Artistic Research" ist in vielen Ländern seit langem eine etablierte akademische Disziplin. In Deutschland tut sie sich bislang allerdings noch sehr schwer - aus zahlreichen Gründen, die in der Ringvorlesung im Wintersemester untersucht werden sollen. Auswärtige Experten und Hochschulangehörige widmen sich im wöchentlichen Wechsel grundlegenden Fragen nach dem Verhältnis von Kunst und Wissenschaft und stellen künstlerische Forschungsbeispiele zur Diskussion.
Eintritt:
frei
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln

10月の新演出の夜の「サロメ」はオケが右後ろにある形で当然モニターでこの複雑なオペラのアインザッツを見て歌う形。40分前に解説があったが小さく書いてあるので忘れて出なかった。水曜日なので入りがガラガラで3列目に移動する。舞台の柱などがここのシュターテン・ハウスを模倣して完全に客席の柱などに調和している。目立つのは護衛の兵士の1人をカウンター・テノールに歌わせている。サロメと待女のコスチュームが反対で間違っている。声とオケのバランスは良いように思われるが、オケはバイロイトの様に音を出し放題に近い音圧でさすがに声に一部は隠れてしまうが。リヒャルト・シュトラウスの固定された音の複雑さは十分に味わえる。

ハウプトマンはピストルで派手に自殺。トランプを思わせるバカなヘロデス王様はこれもイヴァンカのようなサロメとマクベス夫人のようなヘロディアスを従えていて、起こる騒動はセックス放尿乱交パーテーを思わせ、更にここで更に3人の女のバレエ団も出演する7つのベールの踊りも含めると悪魔主人の住む現在の乱痴気騒ぎのホワイトハウスそのもの。ヨハナーンが爆弾を送り付けられたオバマを思わせ気の毒。ヨハナーンは実際は首が切られないでイヴァンカ・サロメは直接刺し殺す。狂ったバカ王様も流石にサロメに愛想を尽かすが、実際に殺されるのは周辺の警察や兵士たちで事がどんどん悪くなるのはホワイトハウスの今の政治みたいだ!。
前に座ったために見える面白いことは指揮者はなんと途中で指揮をしながら隣のコンマスの水を奪って飲む。95分28秒。

Richard Strauss Salome
Musik-Drama in einem Aufzug nach Oscar Wildes gleichnamiger Dichtung
in der Übersetzung von Hedwig Lachmann
Libretto und Musik von Richard Strauss (1864 - 1949)
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Mi /
Okt 18 Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 21:15 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
In der dekadenten Atmosphäre des orientalischen Palastes, in dem Prinzessin Salome als Stieftochter des Tetrarchen Herodes lebt, erscheint ihr der eingekerkerte Prophet Jochanaan wie eine faszinierende Verlockung. Dass dieser asketische Mann, der wie die Stimme aus einer anderen Welt daherkommt und die Ankunft … eines Heilands verkündet, ihre erotischen Annäherungen hasserfüllt und unter Flüchen von sich weist, verleiht ihm in den Augen Salomes einen noch höheren Reiz. Als Herodes seine Stieftochter dazu auffordert, für ihn zu tanzen und ihr als Gegenleistung die Erfüllung jedweden Wunsches in Aussicht stellt, verlangt Salome den Kopf des Jochanaan auf einer Silberschüssel. Angesichts des abgeschlagenen Kopfes gerät Salome in einen rauschhaften Taumel, erfährt das Mysterium der Liebe und küsst die Lippen des Propheten.
?Das Geheimnis der Liebe ist größer als das Geheimnis des Todes? legt Oscar Wilde ? und mit ihm Richard Strauss in seinem 1905 uraufgeführten epochalen Einakter ? der judäischen Prinzessin als Aussage in den Mund. So sehr man geneigt sein darf, diese Feststellung für sich genommen zu bejahen, so aberwitzig und extrem bleibt die ungeheuerliche Geschichte um diesen seelisch unbehausten weiblichen Teenager, der die Zerstörung des von ihm begehrten ?Objekts? als ein ultimatives Mittel für dessen Vereinnahmung anwendet.
Richard Strauss hat mit ?Salome? Musiktheatergeschichte geschrieben, indem er anlässlich dieser Oper für das moderne Orchester neue Welten des Klangs und des Ausdrucks eröffnete. So besteht die Partitur aus einer ganzen Folge einander an Intensität übertreffender Höhepunkte. Das orchestrale Kernstück bildet Salomes ?Tanz der sieben Schleier?, an den sich ihre große rauschhafte, an den Kopf des Jochanaan gerichtete Liebeserklärung, zugleich die ?einsamste? Liebesszene der Bühnengeschichte, anschließt.
Inszenierung
Auf die Begegnung von Maestro François-Xavier Roth, dem Generalmusikdirektor der Stadt Köln und Gürzenich-Kapellmeister, mit diesem packenden Spitzenwerk des Opernrepertoires darf man sich freuen. Der junge US-amerikanische Regisseur Ted Huffman, auf den Bühnen unseres Kontinents ein hoch gehandelter ?Newcomer?, … stellt sich ? zum zweiten Mal überhaupt an einem deutschen Opernhaus ? erstmals an der Oper Köln vor. Die schwedische Sopranistin Ingela Brimberg, zuletzt hier als Senta in ?Der fliegende Holländer? gefeiert, alterniert mit ihrer österreichischen Kollegin Kristiane Kaiser, der Kölner ?Tannhäuser?-Elisabeth, in der alle gesangsdarstellerischen Register fordernden Partie der Salome.
?Hättest du mich gesehn, du hättest mich geliebt!?
(Salome)
Besetzung
Musikalische Leitung François-Xavier Roth / Inszenierung Ted Huffman / Bühne Ben Baur / Kostüme Annemarie Woods / Licht Andreas Grüter / Choreografie Samuel Pinkleton / Dramaturgie Georg Kehren /
Herodes
John Heuzenroeder
Herodias
Dalia Schaechter?/ Michaela Schuster
Salome
Ingela Brimberg?/ Kristiane Kaiser
Jochanaan
Kostas Smoriginas?/ Markus Marquardt
Narraboth
Dino Lüthy
ein Page der Herodias
Judith Thielsen
1. Jude
Martin Koch
2. Jude
Ján Rusko
3. Jude
William Goforth
4. Jude
Alexander Fedin
5. Jude
Nicolas Legoux
1. Nazarener
Luke Stoker
2. Nazarener
Anton Kuzenok
1. Soldat
Matthias Hoffmann
2. Soldat
Lucas Singer
Ein Cappadocier
Julian Schulzki?/ Yunus Schahinger
Ein Sklave
Alina Wunderlin
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [101]
  • 353. デュッセルドルフの「黄昏」のプローべ、10月18日、

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月20日(土)00時50分32秒
  • 返信
 
Richard Wagner
Götterdämmerung, Do18.10, 18.00 Uhr,
Opernwerkstatt: Götterdämmerung

まず1時間前の解説からである。GMDとレジーと舞台美術が出てきた。ここで女の司会者がこのリング・チクルスに全部来たかアンケートを取る。半分ぐらいか?何しろチケットが他のオペラハウスよりも高すぎる。同時進行していた台本に晩年の特有の宗教的な「ナゼレのイエス」にも言及。「ジークフリート」の第二幕の第二場の作曲中に休憩が入り「トリスタン」と「マイスタージンガー」が一連の楽劇の中に挿入される。今回のチクルスは16か月間かけて全部出す予定で足かけ3年かけた思い出と反省会は自己批判も含みレジーのコンタクトが絶えない。演出家はこのチクルスが好きでも無ければ間違っているかも知れないと言うが、アシスタントを凄く褒める。結局は実際の舞台はどうなるかわからないとも言う。部外者でも良いアイディアは積極的に採用。何を持って良いアイディアかは判らないが。

指揮者はロリオの1晩ためのリングの経験を披露するが全部振るのは既にバイロイトで数年振てても今回が初めてで、来年の1月にはそれがもとでウィーン国立歌劇場のリングを任されていることを披露する。ここでは12回から16回のオケのプローベが許されているが、ウィーンでは全く無いから経験者以外全く指揮者としては使えないのだ。

このNRWのAクラスのボン、デュッセルドルフ、ケルンは4何時でも管編成のリングができるが上流のマインツとコブレンツはBクラスで3管編成なのでリングができない現実。

「黄昏」はどう響くの質問に対してラインの乙女たちはとても深いキャラクターを持っていると言う。今日の公開プローベは第二幕の3場までだが、ここで同じプロジェクトのデュイスブルクのリングの違いについても言及。最初の基音Esはエンジンの雑音に感じるらしい。ローレライやハインリッヒ・ハイネの詩に言及。自由の女神、デュマの詩を読む。ライン地方の伝説を非常に重要視。ヴォータンは英雄ではない。リングのキャラクターは非常に良くない。ジョージ・バーナード・ショーの詩の引用するが演出家が否定。

最後にプローベなので指揮者はオケを止めることを断って、今日はワッツは歌わないでレジーのアシスタントが歌うとか。聴衆はパルケットで見てもらうとか言って終わる。

実際には男性陣が素晴らしい歌唱力。舞台は船の上。このレベルだと歌は止められない。数年前に「ワルキューレ」未熟だった指揮者が今回は速めでも見事にポイントを押さえている。コンバスは5.GMDだとオケもまとまる。トロンボーンも十分に出しまくる。7の7つ前。歌手がプロンプターとリズムの確認のためのコンタクト。木管の和音の手入れ。弦だけのプローベ。木管の32分音符を揃えるプローベ。1の3つ前。Asの前のアクセント。元の下降のパッセージの手入れ。6の5つ前。スビト・ピアノ。テンポを間違える。もう一度最初から。トレモロが綺麗に一様に響かない。2回目、歌手は声を節約する。ホルンが良くなっている。これだとウィーンでも問題は出ない。船が回り舞台の様になっている。ジークフリートはこの程度でも上出来であろうバイロイトぐらいの水準。元の細かいところが良く聴こえる。8Aもう一回のプローベでホルンの小さなミスが無くなる。徐々にオケ全体も良くなっていく。3連符は遅すぎる。8の6つ前。もっと静かに。8A.もっと弦がかかっても声は大丈夫。ハイホーのところ速く。グルトゥルーネは最高ではないけれども不満が出るほどの出来ではない。年が若いのだろう。第二場の複雑さ。木管の3連符。弦のトレモロ変奏。12Aは木管、そんなに小さく無く。どちらかというとテクニック・プローベ。11A高いところにいるので声も分離して良く聴こえる。シュティール・ホルンはどうしてもヴィブラートがかかってしまうらしい。コーラスが合わない、飛び出しすぎ。15の7つ前、9つ前。ポザウネ、少し遅れてる、もっと強く。13A。繰り返しで良くなる。歌わない女達が混じっている。テンポ速すぎ。16の4つ前。コア全員も前で歌うので良く聴こえる。19、木菅、とても生き生きと。26A歌詞、合唱指揮者に言われる。73分で終わり。
Opernhaus Düsseldorf
Premiere
Sa 27.10.
17.00 - 22.30 Uhr
ausverkauft
Premieren-Abo Düsseldorf

Tagesbesetzung
Musikalische Leitung Axel Kober
Inszenierung Dietrich W. Hilsdorf
Bühne Dieter Richter
Kostüme Renate Schmitzer
Licht + Video Volker Weinhart
Dramaturgie Bernhard F. Loges
Chorleitung Gerhard Michalski
Siegfried Michael Weinius
Gunther Bogdan Baciu
Alberich Michael Kraus
Hagen Hans-Peter König
Brünnhilde Linda Watson
Gutrune Sylvia Hamvasi
Waltraute Katarzyna Kuncio
1. Norn Susan Maclean
2. Norn Sarah Ferede
3. Norn Morenike Fadayomi
Woglinde Anke Krabbe
Wellgunde Kimberley Boettger-Soller
Floßhilde Ramona Zaharia
Chor Chor der Deutschen Oper am Rhein
Orchester Düsseldorfer Symphoniker

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  • [100]
  • 352.ケルンの「トゥーランドット」10月10日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月12日(金)04時58分4秒
  • 返信
 
おなじみの誰でも知っている曲なので上演の前の解説は無し。ボンでは今でもかかっているので比較されるのは免れない。

オーケストラが後ろで音響的にモニターのアインザッツで歌を前にするもうおなじみになってきた形。平均台のような手すりだけの舞台装置は最初からボンよりも見劣りがする。

KINOと書いてあり西欧貴婦人が映画を見に行くふりの演技をする。しばらくして音楽が始まり。始めに指導動機、その後に近代13の和音が続くがトロンボーンが始終割れっぱなしで煩いが歌を隠すことは一切ない。

舞台脇が見えて合唱指揮者は蛍光ペンで合唱を指揮する。この形の場合合唱がハウプト指揮者が見れないのでテンポを取るために合唱の第二指揮者がどうしても必要になる。バランスは良いのだがオーケストラの細かいリズムの刻みが見えない。

平均台の上をレール代わりにしてやっと大道具がやって来てやっとボンの舞台と見劣りしない舞台になってきた。KINOの文字はPEがあたまについてPEKINOに完成。北京映画をもじっているらしい。児童合唱の屋台コスチュームがどんどん派手に美しくなってくる。トランペットのファンファーレ隊は舞台脇に出て来無いのでボンよりも物足りないしかっこよくも無い。首を切る場面も無い。ピン・ポン・パンの役は中国人が一人もいなくてほとんど韓国人が占める。周り舞台かつ移動舞台はオケを完全に隠してしまって細かいリズも絵をもっと聴き取りにくくしてしまう。33分12秒。

休みなしの舞台転換。役者の着替えとメイクアップを舞台上で見せる。皇帝のクソジジイが泣きべそをかきながら情けなく歌う。クレオパトラのようなトゥーランドット。相変わらずオケのリズムの詳細が掴めないが、低音弦の半音階はワーグナーをたっぷり表出させる。44分10秒。

「西部の娘」の夜明けのような鈍い前奏。北京の昔の残酷な死刑ドキョメント・フィルムを汚いボロボロのスクリーンに映し出す。有名なテノールのアリアの後メトロポリタン・オペラの様に拍手をするのが止めて欲しい。ボンの聴衆の方が遥かに良かった。何時ものようにどんどん変形された指導動機が曲の内部を内容づける。やはり流のアリアの後のテノールとオケのフェルマータが一緒に出れない。このまま何時ものアルファーノ版だからオケはショスタコーヴィッチ風の5度に入っていく。この版で捨てきれないところは「カラフ」と白状した後のトランペットとホルンのファンファーレの信じられない天才構成力。これは捨てられないのでべリオの原典版にも是非入れたい。合唱指揮者も湧きに頻繁に出てくる。その後は映画音楽によるどうでも良い大衆をバカにしたアポテオーゼは最後まで楽譜通りに終わる。37分07秒。

菅野茂


Giacomo Puccini
Turandot
Dramma lirico in drei Akten
Libretto von G. Adami und R. Simoni
nach dem gleichnamigen Theaterstück von Carlo Gozzi
Musik von Giacomo Puccini (1858 - 1924)
10 Zum Kalender hinzufügen
Mi /Okt 18
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:00 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Inhalt
Mit ?Nessun dorma …? (?Keiner schlafe …? ), den ersten Worten der wohl berühmtesten?Tenorarie Puccinis, greift Prinz Calaf den gleichlautenden kaiserlichen?Erlass auf: Unter Androhung der Todesstrafe sind die Bewohner Pekings dazu angehalten, unter?Verzicht auf Schlaf seinen Namen herauszufinden. Der Tatarenprinz … hat vermocht,?was keinem zuvor gelang: Er hat die drei Rätsel gelöst, die Prinzessin Turandot?jedem ihrer Bewerber zu stellen pflegt. Damit hat er nicht nur unerwarteter Weise?seinen Kopf gerettet, sondern auch das Recht erworben, die Prinzessin zu heiraten.?Da sich diese, entgegen der Abmachung, dazu nicht wirklich bereitfindet, hat der?Prinz ihr ? freiwillig, unter erneutem Einsatz seines Lebens ? das Ultimatum gestellt,?innerhalb einer Nacht seinen Namen herauszufinden …
Mit allem hatte Prinzessin Turandot gerechnet, nicht jedoch damit, sich einmal?tatsächlich einem Mann ergeben zu müssen. Unter Verweis auf eine sagenhafte?Prinzessin, die sich vor Urzeiten nach einer Vergewaltigung das Leben genommen?hat, hat sie sich jeglicher Annäherung der Männer bisher erfolgreich entzogen und?sich aller Bewerber durch das tödliche Rätselraten entledigt. Nun ? zu Beginn der?zweiten Hälfte dieser Oper ? besteht ihre einzige Chance, ?unerkannt? bleiben zu?dürfen, darin, den Namen des Prinzen in Erfahrung zu bringen.
Es sollte Puccinis letzte Oper bleiben, und in keinem seiner Werke stellt sich die?Annäherung des zentralen ?Liebespaares? aneinander gefahrvoller und rätselhafter?dar als hier. Bis zum Ende geht es einzig darum, die Liebe der Frau zum?Erwachen zu bringen.
Fragile emotionale Zustände kontrastieren in seiner exotischen, ostasiatisches?Flair entfaltenden ?Turandot? mit größtmöglicher Kraft- und Prachtentfaltung:?Was die Anforderungen betrifft, die dieses Werk stellt ? den großen Orchesterapparat,?die gewaltigen Massenszenen, die exorbitant hochdramatische Titelpartie?betreffend ? hat Puccini sich hier so weit vorgewagt wie noch nie.?
Inszenierung
Mit dieser Inszenierung stellte sich die junge, viel beachtete Regisseurin Lydia Steier?erstmals in Köln vor. Am Pult steht Maestro Claude Schnitzler, in Köln zuletzt mit?Puccinis ?Madama Butterfly?, ?La Bohème? und Jules Massenets ?Manon? erfolgreich.
?Du, von Eis umgürtet, wirst von Glut erfasst ihn lieben!?
(Liù, III. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Claude Schnitzler / Inszenierung Lydia Steier / Bühne & Video fettFilm (Momme Hinrichs, Torge Møller) / Kostüme Ursula Kudrna / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Rustam Samedov / Dramaturgie Georg Kehren /
Turandot
Catherine Foster?/ Erika Sunnegårdh
Altoum
Alexander Fedin
Timur
Önay Köse?/ Lucas Singer
Calaf
Martin Muehle
Liù
Ivana Rusko?/ Yitian Luan
Ping
Hoeup Choi?/ Wolfgang Stefan Schwaiger
Pang
Jeongki Cho
Pong
Martin Koch?/ Young Woo Kim
Ein Mandarin
Insik Choi?/ Michael Mrosek
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Kinderchor
Mädchen und Knaben des Kölner Domchores
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [99]
  • モンセラート・カヴァリエ

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月 6日(土)19時50分4秒
  • 返信
 
バルセローナのリリック・ソプラノ:モンセラート・カヴァリエが死去。85歳!

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  • [98]
  • 351. GO、マーラーの3番10月2日ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月 4日(木)05時46分59秒
  • 返信
 
1時間前の解説には全盲の定期会員も聴きに来ていた。解説者の演壇のすぐそばに身体障碍者用のトイレもある。その演壇からトイレの距離約3mか?

マーラーの解説は多分一揃いの情報を言うと思うが、その全体像を定義する。分厚い船、6楽章、独自の子供たちのための太陽系。「不思議な角笛交響曲」。

最近は頻繁に3番の演奏が多い。このホールで見るのも3回目。1回目はビチコフで6楽章だけ、去年の前回はサラステ指揮のWDRで91分33秒かかっている。先月もSWRがクエンチスの指揮でネットで心の籠ったライブをしている。99分32秒。https://www.youtube.com/watch?v=xyAkS-9wRPc
そして今はネルソンズ指揮のボストン響のFM。20.04
WDR 3 Konzert BBC Proms

Andris Nelsons dirigiert Mahler

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 3 d-moll für Altsolo, Knaben-, Frauenchor und Orchester
Susan Graham, Mezzosopran; Damen des City of Birmingham Symphony Chorus;
City of Birmingham Symphony Youth Chorus; Boston Symphony Orchestra,
Leitung: Andris Nelsons
Aufnahme aus der Royal Albert Hall, London

それではこの交響曲のプログラムから行く。「真夏の世の夢」ではなく「夏の朝ではない昼の夢」。第一楽章は8本のホルンで始まるのは当たり前。音例。提示部の終わりはこれがめちゃくちゃに発展して展開部に流れ込む。この録音は誰のか知らないけれどテンポが速め。ここで第一楽章が終わった後に初演がそうであったので休みを入れるらしい。なぜ解かるかと言うとクレフェールドのオケは小さいのでギュルツニッヒのオケのメンバーが大量にトラで行って演奏したらしい。第二楽章の音例。皮肉的、花の章。ヴァイオリンの極端に高い高音の芸。第3楽章。「言葉の無い子供の不思議な角笛」の素材は若き日の歌の「夏の終わり」から取られているスケルツォと瞑想。最初の旋律にKukukku ist Todを当てはめてみる。ポストホルンは第二交響曲と同じ空間音楽は経5人のトラペット奏者を使うので第5楽章の最後の息切れ防止に使えばよい。SWRが1番が切れて2番だけに吹かせていたのがビデオでわかる。音勢はそんなに変わらないがもう1本加わればもっと安定するのは確実。第4楽章:もちろんニーチェの詩。Gib Acht!音例。第4交響曲のように通り雨のように過ぎて行くが、4番のような4楽章制だとここで一旦終わる。やる気と情熱。第5楽章の音例。貧しい子供の歌。乞食の歌。Bimn Bammの歌。最後の晩餐。第6楽章からは三部にしたいらしい。ならばこそ20分で終わるのではなくてもっとゆっくり25分はかけたい。死ぬ場面の第九との比較が出てきて最後のアポテオーゼは今回の指揮者も答えられないと言うし、テオドール・アドルノもこの部分はどうしてこう終わるのか解からないと言っている。ザルツ・カンマーグートの作曲、ポスト・モダン、全音階を批判できない作品。4番と8番のミュンヘンよりも5番、6番と合わせて3曲も初演したNRW州の誇り。

今回の定期は3回とも売り切れで立ち見しかないが、これも出してしばらくして売り切れてしまった。何時ものようにクロークに飴が用意してあって包み紙が音の出るセロハンではなくて滑らかな紙だった。

クレンツィスよりも早めに進行する。10番と似ている打楽器だけの経過部。ベートーヴェンからの戦争交響曲からの伝統?ポザウネンの荒い割れ方。普段聴こえないコントラバスの低温が十分に聴こえる。行進曲が入り違った種類の音楽との組み合わせはアイヴス二引き継がれる。第4ポザウネとチューバの完全なユニゾン。31分40秒。初演に習ってここで20分お休み。9人の打楽器奏者のうち一人が帰ってしまう。横に韓国人留学生がやってきて座る。抒情部が速いのはブーレーズ譲りで霊気がまだ抜けないようだ。こういったオートメーションの処理は一生引き摺るかもしれない。クレンシスはちょっと違ってネゼ・セガンの「パルシファル」のように長く心に温めたような演奏。この指揮者だと弦のしなやかさは出ない。コンマスの違和感はこの楽章でやっと取れる。木管とヴァイオリンのピチカートのバランスの良さ。ルーテのバランス感覚もおろそかにしない。8分50秒。第三楽章のポストホルンはWDRと逆で左後ろ。木管が一斉に上げたり下げたりするのはサッカーの応援席の波のように面白い。16分14秒。第4楽章はドイツ人みたいに正確に発音して歌う。ホルンがどうしても同時に出れない。合唱と共に合唱席の上の2階。イングリュッシュホルンの滑るポルタメントは難しいらしい。9分00秒。第5楽章のBimmBammのリズムが不明確、打楽器がどこに行った?テンポが遅め。後半になってやっと鐘が響いてきた。合唱指揮者で無いと音量が足りない。グロッケンシュピールは2人。フィナーレはシンバル2人、ティンパニは同じ音を両手で叩く。そんなに大きな音ではないがかっこだけは良い。テンポは速く22分36秒。合計92分40秒。昨日のコンサートのヴィデオがもう出ている。 https://www.youtube.com/watch?v=jiCNWzzS_mw


ちなみにネルソンスは33分35秒、9分45秒、17分03秒、9分28秒、4分07秒、22分25秒、計96分43秒。こっちの方がすべての音が聴こえるとされていてブーレーズ真似たのよりも遥かに成功してる。



02.10.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
S. Mingardo, Frauen der Schola Heidelberg, Mädchen und Knaben der Chöre am Kölner Dom, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Mahler
Kölner Philharmonie

Sara Mingardo Alt

Frauen der Schola Heidelberg

Mädchen und Knaben der Chöre am Kölner Dom

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 3 d-Moll (1895?96, rev. 1899)
für Alt, Frauenchor, Kinderchor und Orchester. Texte aus "Also sprach Zarathustra" von Friedrich Nietzsche und "Des Knaben Wunderhorn" von Achim von Arnim und Clemens Brentano

keine Pause | Ende gegen 21:45
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [97]
  • 350. WDRルトスワフスキーの管弦楽のための協奏曲、9月21日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 9月23日(日)05時00分37秒
  • 返信
 
何時ものように1時間前のゲシュプレッヒ。今回も1回だけの定期だと思ってたが昨日ドルトムントでやってしまったらしい。

まず「真夏の夜の夢」から解説。5楽章の組曲版。今日演劇で演奏されることは無い。委嘱者などを話して次に行く。

ブリテンの『イルミナシオン』は英語読みではなくてフランス語読み。前年に亡命先のアメリカで書いて1940年の初演はソプラノだったが、後でホモの友人にも歌わせたくてテノール用でも許可している。アルトゥール・ランボーの詩だがそのまま乱暴な人生を紹介する。ここで第一の詩をヘンニガンとアムステルダム・シンフォニエッタの音例。何時もの繰り返しでちっと気になってしまうがそんなにひどくはない。第二の詩の朗読。アクセント付きに和音の変化が面白い。間奏曲、「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」を思わすハーモ二ーの運び第二の詩の朗読の録音を流す。地味だが狭いテクニックに最大の工夫を凝らす。ハープのようなピチカート。ここでペーター・シュライヤーがTVで歌詞の無い歌はただのバカな曲だと言うのが良くわかる。

ガードナーとBBCは最近ルトスワフスキーの管弦楽曲を全曲CDに録音したらしい。まず最初に我々のTVのZDFの音楽番組に使われているモティーフについて音を流して解説する。この曲はショスタコーヴィッチと同じように第一交響曲が演奏を拒否されてから射殺や党の宣伝などが巧みに入り込んだ政治的な影響があるらしい。1954年はスターリンの死後でショスタコーヴィッチに10番と兼ね合っている一方バルトークのオケコンの影響も強く受けている名作。冒頭はブラームスの1番と深刻な類似性がありチェロのテーマは民謡から来ているらしいが、少しもスラヴ民族のそれとは感じないからっと乾いた印象である。第二主題は抒情的。クラスターや鐘の音。第二楽章のカプリチオでヴァイオリンのトレモロがメンデルスゾーンの作品21に類似しているので奏者は多大な尊敬を持って弾くらしい。途中のトリオはハリウッドの映画音楽を思わせる。終楽章のパッサカリアはショスタコーヴィッチの8番の4楽章に接近する。相変わらず民族的旋律は出現しトッカータになる。最初の楽章の第二主題の活躍。金管のコラールとソロヴァイオリンの掛け合い。最後のカオス。ショスタコーヴィッチの交響曲レベルの価値がある曲と見た。

実演では序曲が大振りで合いにくい。12,10、8、6、4.オフックレイドの代わりにコントラファゴットを使用。スタッカートを変なテヌート、トレモロは一定ではないし、ホルンは安全圏で何時もクレシェンドで吹いてしまう。1回だけのコンサートはTVカメラでも撮り直して修正は難しい。ホルンの強奏はここでは珍しいが悪くない。金管は心理的に緊張を強いらなければならない。11分43秒。スケルツォ4分33秒。ノットウルノのホルンが見ないように5分42秒。間奏曲3分44秒。結婚行進曲のファンファーレは何時も楽屋にトランペット持ってきてるネルソンスのように金管奏者出身で無いと細く弱い4分35秒。

イルミナシオンは寒く暗く水っぽい音楽。ピチカートの安定性やハーモニックスはOP.10そのもの。和音の扱いは印象派に準ずるかそのものである。いろんな伴奏形の多様さ。ソロから増えてきてユニゾンのヴァイオリン群になる面白い増減法。構造系もOp. 10と「ピーター・グライムス」の「7つの海の間奏曲」を思わせる。10、8、6、4、3.波のように返す弓、いろんな伴奏形による短い曲の集まり。歌のヴィブラートが少し付きすぎ、頭の中で声が少しバカなり。23分42秒。

オケコンはトランペットとトロンボーンが4つずつなのがスコアを昔から所有していてもあまり気が付かなかった、バルトークよりも少し大きい16型。ZDFの音楽は始まって間もなく出て来る。6分50秒。第二楽章の軽さは本当にメンデルスゾーンのスケルツォに近い。スネア4個で音色を変化させるのが趣味が気持ち良い。5分50秒。終楽章は第一と第二楽章それぞれの3倍近い長さ。パッサカリアはどっちかと言うとショスタコよりもブリッテンの工夫をもっと凝らした『ピーター・グライムス』に似ている。15分07秒。


21.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum.
C. Landshamer, WDR Sinfonieorchester, E. Gardner: Britten, Lutosławski, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Christina Landshamer Sopran

WDR Sinfonieorchester
Edward Gardner Dirigent

Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum

Felix Mendelssohn Bartholdy
Musik zu "Ein Sommernachtstraum" op. 61 (1842?43)
für Solostimmen, Frauenchor und Orchester. Text von William Shakespeare in der Übersetzung von August Wilhelm von Schlegel

Orchestersuite

Benjamin Britten
Les Illuminations op. 18 (1939)
für hohe Stimme und Streichorchester. Text von Arthur Rimbaud

Pause

Witold Lutosławski
Konzert für Orchester (1950?54)

Das Konzert im Radio: Freitag, 5.10.2018, 20.04 Uhr
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [96]
  • 349. WDR シェーンベルクの「ペレアス」9月7日ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 9月 9日(日)04時38分52秒
  • 返信
 
出かける前にSWRのFMでヴァレンティーナ・リシッツァと言うピアニストのライヴをちょっと聴いた。昔チェリビダッケの指揮の講習会をしたマインツのフランクフルター・ホッフのピアノの定期に呼ばれた演奏会で、その人選理由が新しい領域に入って面白い。必ずしもコンクール出身ではなくて、多くのヴィデオのユーチューブのクリック数が軒並み300万回超えていると言う話題であった。それで興味を持って音を聞いてみたが特にでも無く、ユーチューブで見ると凄い美人な事だけは確かだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%A1

https://www.youtube.com/results?search_query=valentina+lisitsa

ケルンでは時間が無いので図書館でフリッカーやルッブラの珍しい交響曲のスコアを数曲買ってくる。自宅でユーチューブで調べてみると多くの曲がアップされている。無数の曲がなかなか表に出ないまま隠れているらしい。

今日のプログラムは2曲だけだがそれぞれ45分ぐらいかかるのでピアノはもう前に出されている状態で解説。今回は休み明けで1回だけの本番だが、一回だけでTVの映像に撮ってしまうらしい。

まず放送予定を言う。それからこの2曲を組み合わせた理由。ブラームスとシェーンベルクの若い時の作品。27歳と28歳。モデルとしては前者がベートーヴェン、後者がリヒャルト・シュトラウス。両作品ともニ短調なのはモーツァルトのレクイエムや第九と厳粛に繋がっている。ブラームスの当時の批評は全部めちゃくちゃで酷評。

更にこの2曲は結婚相手ともう一人の男が関係するのでワーグナーのトリスタンやマイスタージンガーに近い関係。まずロベルトとクララ、そしてブラームスの関係。シェーンベルクはゴローとメリザンデ、そしてペレアスとの関係。それらに絡む嫉妬。

対比は抽象的な絶対音楽と具体的な標題音楽。シューベルト・シューマンの流れのブラームスとワーグナー・R・シュトラウスの流れを汲むシェーンベルク。しかしブラームスとシェーンベルクはウィーンで知ってはいたが出会ったことはない。

ブラームスの原曲はピアノ2台。デットモルトのシーボルトとの愛の物語。音例は冒頭トフィナーレ。シェーンベルクはベルリンでの初の仕事。同じ題材でドビッシー、シベリウス、ラヴェル、フォレーなどが書いている。音例は冒頭、次にワーグナーから来る指導動機の解説、メリザンデ、ゴロー、ペレアス、焼もちのテーマ。ドビッシーの5幕のオペラと同じ順で話を追い楽劇のようにかつベルクのピアノソナタのように40分枠に凝縮して作曲されている。ホルンの跳躍はR・シュトラウスから。そしてペレアスの死。

TVカメラ8台。ブラームスは14型でヴァイオリン出身だとどうしても弦だけを豊かにしたがる。この前シェーンベルク弾いてたレヴィットは今回はタブレット見ないで普通に暗譜して弾いてた。ヴィオラとクラリネットのユニゾンはヴィオラは10なんだものだからクラリネットがほとんど聴こえない。21分50秒。第二楽章は伴奏よりもピアノの方が遥かにゆっくり弾いているが2度の音のぶつかりが聴くものを非常に納得させる。13分27秒。第三楽章も弦が多いもんだからピチカートが非常な威力になる。11分40秒。アンコールで楽譜を持ってきてパウル・デッサウの人種差別反対のピアノ曲は海上の支持を非常に受けて長い拍手。かなり深そうな無調作品。

シェーンベルクの作品5は4管編成でもトロンボーンが5だがベルクやウエーベルンでもトロンボーンがやたらと多い新ウィーン楽派の特徴。16型だがチェロだけが9で一人欠席?室内交響曲にも見られるシェーンベルクの諧謔。「パルシファル」から抜け出せないドビッシーのオペラよりもはるかに深刻な内容は同じ「パルシファル」を完全に消化し超越しているので調性をも越えられる準備ができた水準に達する傑作。38分50秒。

07.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Igor Levit spielt Brahms.
I. Levit, WDR Sinfonieorchester, J. Saraste: Brahms, Schönberg
Kölner Philharmonie

Igor Levit Klavier

WDR Sinfonieorchester
Jukka-Pekka Saraste Dirigent

Igor Levit spielt Brahms

Johannes Brahms
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll op. 15 (1854?57)

Pause

Arnold Schönberg
Pelléas und Melisande op. 5 (1902?03)
Sinfonische Dichtung nach dem Drama von Maurice Maeterlinck

Pause gegen 20:55 | Ende gegen 22:00

Das Konzert im Radio: Freitag 14.09.2018, WDR 3, 20:04
TV-Aufzeichnung
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [95]
  • 348. 今年のボンの無声映画音楽祭 8月23日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 8月24日(金)23時14分39秒
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Donnerstag, 23. August 2018, Arkadenhof der Universität Bonn

16日にも行ったが客が多すぎて入場制限で入れなかった。一週間後またトライしたが今度は全部埋まらなかった。出し物は特に自分は選んでないが邦画のせいかもしれない。しかし入場の荷物検査が厳しくなった。爆弾を持ち込むテロリストはいないと思うが、飲み物は一切ダメ。とにかく戦前の酷い映像でもライブで音楽家が即興してくれるので頼もしい。それを録音、録画した場合には電子音楽となるのか?今回ユーチューブで短編無声映像を録画して7通りの即興を与えるアイディアが醸造して来た。

大きな前線が来て雨の予報だったが今回も降らない。とにかくみんな飲んで酒臭い。まず最初に十数分間の解説があり、1本目のチェコの実験作品は実験作品と言われるが、当時音楽家がいなくて制作だけで一回の映画館で上映されたことのない作品で、今回も音楽は取りやめるらしい。日本からも松竹フィルムセンターのスタジオ女性が英語で文を読んでいた。読まないで物事を断片的に語った方が遥かに印象は良い。川端康成の『伊豆の踊子』であるがこれまで通算6回映画化されているらしい。今回はその戦前の一番最初の戦前の映像。

とにかく1本目は音楽が無いのでせめてピアノだけでファンファーレを弾いて見せる。それかな何も聴こえて来ない8分間の映像だけ。路面電車、汚いドブなどを素朴な風景を写しただけ。野原、寝る人、タバコ吹かす人、馬の餌、また路面電車。鳩、思索。今はすべてでデジタル化されているのでフィルムの故障はない。

Spaziergang ins Blaue
Spaziergang ins Blaue_Foto: Foerderverein Filmkultur Bonn e.V.
Tschechoslowakei/ CSR 1930
Regie / Directed by: Alexander Hackenschmied
Länge / Running time: 8 min
Das Erstlingswerk des tschechischen Fotografen, Filmkritikers, Kameramanns und ?Regisseurs Alexander Hackenschmied, der später als Alexander Hammid in Amerika bedeutende Avantgardefilme drehte sowie an der Entwicklung von Mehrfachprojektionen mitwirkte. Ein junger Mann fährt mit der Straßenbahn durch Prag, flaniert an der Moldau, streift durch die Vororte der Stadt und genießt die Natur. Eine impressionistische Studie, gefilmt mit subjektiver Kamera. / The debut film by Czech photographer, film critic, cinematographer and director Alexander Hackenschmied, who, after emigrating to the US and changing his name to Hammid, produced several major avant-garde films and helped develop multiscreen projection. A young man takes a tram ride through Prague, strolls along the Vltava River, roams the city suburbs and enjoys the nature. An impressionist study filmed from a subjective point of view.
?
Ein noch heute verblüffendes, formal vollendetes und in jeglicher Hinsicht ?einzelgängerisches“ Werk: Gedreht auf Wegwerfmaterial und mit einer von einem Freund geborgten 35mm-Handkamera, beschreibt der Film den vormittäglichen Spaziergang eines namenlosen Mannes durch jenen depravierten Arbeiterbezirk am Rande der Stadt, in dem Hackenschmied seinerzeit lebte. ?Mein Film SPAZIERGANG INS BLAUE war nicht geplant“, erinnert sich Hammid später. ?Ich hatte kein Skript. Es war mehr eine Improvisation. Ich beschloss zu versuchen, meine Gefühle zu diesem Stadtteil auszudrücken. Anstatt eines Belichtungsmessers verwendete ich nur meine Augen und beurteilte nach Erfahrung, was die Belichtung sein könnte.“ Bis der Film als das erkannt wird, was er ist, nämlich als erster tschechischer Avantgardefilm von bleibendem internationalem Rang, vergehen Jahre, ja sogar Jahrzehnte.
Michael Omasta: Tribute to Sasha. Wien 2002
AIMLESS WALK was Alexander Hammid’s debut ? however, it is a mature work in terms of its message, and a highly professional piece of filmmaking. From the point of view of visual language, it is especially worth noting the structure and rhythm of the film. Hammid, who had no technical equipment for editing, achieved a dynamic, purely cinematic tension by rhythmically altering static and dynamic shots, employing close-ups and extreme close-ups. AIMLESS WALK is not simply a documentary about Prague, nor is it a Modernist vision of urban civilization. The author constructs instead a world in its own right, an idea of living space, rather than reproducing any concrete social plan. AIMLESS WALK invites several comparisons ? with the notion of urbanity in the ?contemporary “city symphony” films of ?Walter Ruttmann (BERLIN. DIE SINFONIE DER GROSSSTADT, 1927) and Dziga Vertov (THE MAN WITH THE MOVIE CAMERA, 1929).
Michel Bregant: Alexander Hammid’s Czech Years. Vienna 2002


「伊豆の踊子」の伴奏はとりとめのない印象主義的テクニックで始まる。全音階はもちろんあるが無調は巧みに避ける。最初はミスが多いが、今回9人の即興演奏家の中でも常連でベテランらしい。ピアノからヴァイオリンへの持ち替えや一緒に違うリズムを弾く手法は巧みである。三味線やもちろんヴァイオリンのシーンもヴァイオリンで弾いて見せる。それをすべて人口的な西洋風の5音階で弾いて見せる手法はどっかみたされない違和感が出て来る。

何しろ日本的な日常の細かい問題の積み重ねなのでハリウッドの派手な映画に慣れている一般聴衆にとっては地味で映像も携帯電話に収まらないほど暗ので退出者が相次ぐ。最後に自分も最終電車に乗り遅れるので退出して今回も終わった。
Die Tänzerin von Izu
Japan 1933
Regie / Directed by: Heinosuke Gosho
Länge / Running time: 124 min
Musik / Music by: Günter A. Buchwald (piano & violin)
Einführung / Introduction by: Mika Tomita (National Film Archive of Japan)
Deutsche Erstaufführung einer neuen Restaurierung

Ein Meisterwerk des japanischen Stummfilms nach dem Erfolgsroman von Yasunari Kawabata, der 1968 als erster japanischer Autor mit dem Literatur-Nobelpreis ausgezeichnet wurde. Die melodramatische Geschichte eines Studenten aus Tokio, der sich auf der Halbinsel Izu in eine Tänzerin einer ärmlichen Wandertheatertruppe verliebt, beschreibt Heinosuke Gosho in poetischen Bildern und einer Stimmung, die der den später entstandenen großen Filmen von Yasujiro Ozu ähnelt. / A masterpiece of Japanese silent cinema based on the popular novel by Yasunari Kawabata, who, in 1968, became the first Japanese author to receive the Nobel Prize for Literature. The melodramatic tale of a student from Tokyo, who falls in love with a dancer in a poor traveling theater company on the Izu peninsula, is told by director Gosho with poetic imagery and a tone reminiscent of Yasujiro Ozu’s later major works.
?
Der Roman schildert die Romanze zwischen einem Studenten und einer Wanderschauspielerin vor dem Hintergrund der schönen Landschaft von Izu. Es heißt, Kawabata habe den jungen Helden nach sich selbst gestaltet. Während populäre Fortsetzungsromane gängige Vorlagen für Verfilmungen waren, war es selten, dass wie hier reine Literatur verfilmt wurde. Der Erfolg des Films öffnete dem ?literarischen Film“ die Tore. Als er diesen Film drehte, hatte Heinosuke Gosho seine Position als führender Regisseur bei Shochiku mit über 50 Stummfilmen und dem bei Kritik und Publikum gleichermaßen erfolg?reichen ersten Tonfilm gefestigt. Dennoch drehte er weiterhin Stummfilme, nur hin und wieder erhielt Gosho die Gele?gen?heit, Tonfilme zu realisieren. Goshos Stummfilm-Könnerschaft wird deutlich in diesem Film, der wirkungsvoll die frische Lyrik der Romanvorlage in Bilder umsetzt.
Fumiko Tshuneishi, Le Giornate del Cinema Muto, 2005
One of Goshos greatest successes was his adaptation of Kawabata Yasunari’s novel, “Izu no Odoriko”, a bittersweet tale of doomed love. It was this film that established Gosho as a master of lyrical love stories. It also demonstrated his ability to depict the plight of the poor and the oppressed of society, especially women. As for Gosho’s visual style, it remained remarkably consistent throughout his career. Known as “the director who uses three shots where others use one,” he favored a form of piecemeal montage, which he said owed much to Ernst Lubitsch (i. e., cutting together numerous shots to reveal the texture of his characters’ lives and convey their innermost feelings). As he once said, “All films, as all works of art, must touch the emotions of the audience and touch them deeply. Only if we love our fellow human beings can we ?create. From this love of humanity streams all creativity.”
Arthur Nolletti: Word and Image in Japanese Cinema. Cambridge 2001

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  • [94]
  • 347. シャベール伯爵OBERST CHABERT

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月15日(日)05時48分26秒
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HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN

意外と入っている。オケはピットまでカーテンで隠されているが3管編成で更にバスクラリネットが加わる。まずはスコアに無いはずの電子音が鳴り響く。スコアの音楽が鳴り始めたらまた中断して電子音が出る。R・シュトラウスのような調性音楽の印象だがシュレッカーと同じ世代でも少し古いと感じる。30分。

休みなしに第二幕でまた電子音。舞台は目つぶしされている。同時代のコルンゴールドよりは深刻でまじめな内容。この指揮者は既にベルリン・ドイツ・オペラでこの曲を取り上げている。多分その時の歌手を連れて来たように歌の演技が板に付いている。実際は重複してない。プッチーニ的な劇的構成法。30分。

また電子音で目つぶし照明。木の映像が凄くきれいだ。更に花火の映像が加わり凄く近く見せてくれるのは初めて。R・シュトラウスの甘さは出て来ない。そのうちに廃墟の映画になってしまう。フランス国家『ラ・マルセイユ』の断片が指導動機のように出る。経歴を見るとこの複雑な作曲家がキルマイヤーの先生だったとは全く想像がつかない。最後にシャベールは自分を撃って死ぬ。ロジーネを毒を飲んだかに見えるが死ぬところまでは演出されていない。35分。

最後にロビーでゲシュプレッヒがあった。シュトットガルトのギーレンの「死者の家から」やケルンの「セラン」までこう言ったちょっと無名なオペラは聴衆の反応を聞くために時々質問させる。

まず、来年度にまた掛けることは可能かの質問。本当はやりたいがもう予定が出ており、完全に抜け落ちている。他のオペラハウスがこの舞台を持って行ってくれることに期待している。とにかく長い時間がかかる。

何のための電子音かは、歌手の着替えの時間に当てたらしい。5つのオペラと2曲の交響曲があり全部で27曲の作品番号があるが、指揮者も他のワルタースハウゼンの曲は全く知らない。今ストラースブールのオペラと上演の交渉しているらしい。このオペラには6週間の準備期間が必要。ワーグナーの面影もあるがもっと近代的である。

なぜこの作品が当時は大成功にもかかわらずツェムリンスキーのように残らなかったのか誰も知らない。少なくともシュレッカー並みの水準があることは確かであるが、3管編成で目立たないこと。3時間近くかかる「刻印された者たち」と比べて90分ちょっとでは印象が弱いことは確かである。上演記録はベルリン・ドイツ・オペラの他に1961年にバーゼルで上演記録があるだけ。

所謂ミュンヘン楽派でワーグナーの源流がある。主役のバリトンが着替えが終わって出て来るが、今までに『ラインの黄金』や『ジークフリート』のヴォータンを歌ったように、いわゆるヘルデン・バリトンの役割らしい。

その他の話題はオーケストラ・マネージメント。WDRがこのオペラ全曲を放送するために来ていた。

Premiere
17 Jun
18:00 H

21 Jun
19:30 H

27 Jun
19:30 H

05 Jul
19:30 H
Letzte Aufführung
13 Jul
19:30 H
Opernhaus
HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
Musiktragödie in drei Aufzügen
Text frei nach Honoré de Balzacs Comtesse à deux maris und Musik von Hermann Wolfgang von Waltershausen
? mit deutschen Übertiteln ?
Von Waltershausens Oper OBERST CHABERT wurde heute Abend erstmals in England am Covent Garden gespielt. Alles verlief reibungslos und wurde begeistert, wo nicht enthusiastisch vom sehr zahlreichen Publikum aufgenommen. - Die Kritiken bewillkommnen das Stück als aufrichtig und gekonnt mit Augenblicken starker Gefühle ... Diese Meldung war am 25. April 1913 in der New York Times zu lesen, bereits einen Tag nach der so erfolgreichen Premiere von Hermann Wolfgang von Waltershausens Oper OBERST CHABERT am Royal Opera House Covent Garden. Nach der Uraufführung am 18. Januar 1912 trat die Musiktragödie einen für einen deutschen Komponisten dieser Jahre jenseits von Richard Strauss selten dagewesenen Siegeszug an. Innerhalb kürzester Zeit war die Oper in Berlin, München, Laibach, Straßburg, Stockholm, Wien, Basel, Brünn, Budapest, London, Prag und Riga zu sehen. La Transaction, Le Comte Chabert, La Comtesse à deux maris, Le Colonel Chabert: Unter vier verschiedenen Titeln erschien Honoré de Balzacs hochemotionaler und zutiefst erschütternder Roman um den vermeintlich von den Toten auferstandenen napoleonischen Oberst Chabert, der nach vielen Jahren der Verschollenheit wieder Zutritt zu seinem wirklichen Leben begehrt. Waltershausen, als Komponist gleichermaßen versiert wie als Schriftsteller, erkannte die dramatischen Qualitäten dieses Stoffes und schrieb auf ein eigenes Libretto einen der wichtigsten Beiträge zum musikalischen Realismus in Deutschland. Seine Musik erreichte sofort ihr Publikum, Waltershausen war über Nacht ein gefeierter Komponist ? bis 1933, als die Nazis ihn als Direktor der Münchner Musikakademie in den Ruhestand zwangen, erlebte seine erfolgreichste Oper weltweit 100 Inszenierungen.
?
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 3. JUNI 2018, 11 UHR
Moderation: Markus Schwering, Musikredakteur Kölner Stadtanzeiger
mit Brunch
…und außerdem…
DER KOMPONIST HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
EIN KLINGENDES PORTRAIT
OPERNFOYER | MO, 25. JUNI 2018, 19.30 UHR
?
HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Graf Chabert
Mark Morouse
Graf Ferraud
Peter Tantsits
Rosine
Yannick-Muriel Noah
Derville
Giorgos Kanaris
Godeschal
Martin Tzonev [P] [17.6.|21.6.|27.6.|13.7.]
Stephen Bronk [5.7.]
Boucard
David Fischer
Beethoven Orchester Bonn

Musikalische Leitung
Jacques Lacombe
Regie
Roland Schwab
Bühne
David Hohmann
Video
Janica Aufmwasser, Niclas Siebert, David Sridharan
Kostüme
Renée Listerdal
Licht
Boris Kahnert
Dramaturgie
Andreas K. W. Meyer
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst
Bühnenbildhospitantin
Ida Oline Kuhlmann

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  • [93]
  • 346. マヌリのフルート協奏曲10.07.2018 Dienstag 20:00 Uhr

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月11日(水)23時29分9秒
  • 返信
 
1時間前の解説はパユとマヌリが出て来た。テーマは『革命』。ベートーヴェンの5番が3番と共にフランス革命と関係するからとかである。パユはフランス人でもベルリン・フィルで働いているだけあってドイツ語が完璧に上手い。ここで5番の音源を少し流す。当時にウィーンの反応を聞くがパユは音楽学者ではないので無茶な質問。マヌリは5番の最初のホルンの3度のクレッシェンドが好きだと言うが実際には譜面にクレッシェンドは書いて無いのもあるが、書いてあるものもある。次の木管がクレッシェンドするのでホルンもするのが普通の常識である。ここでロートの学生時代の過去がフルーティストだったという話題になるがこれがこの時点ではコンサートにどう関係するのかわからなかった。フルート協奏曲を振ることは確かである。

新しいアイディア、新しい道、新しいパルスを目指してパユは既に15曲の委嘱をしたらしい。今日のはモーツァルトよりも最も長い25分かかると言っている。他にイベールの協奏曲があるが20分ぐらいらしい。音源として今夜の協奏曲の『劇的な構成』と称する部分を聴かせる。フィルムのシナリオの演出法のように作ってあると強調。ユ二ヴァーサルの時間、トライ、注目、ゲーム感覚のジョーク、ディスコ、印象的などのいろんな語句を並べる。最初の部分は増大の美学と言い切って自立の哲学。ブーレーズのドローンをまた聴かせられる。ピーター・セラーズの会話を聞かせて引用する。直接関係なくともパユがそう終わらせると言う。とにかく終わりにいろんな状況が生まれ、迷路に嵌ってしまうと言う。本当は革命は考えていないと本音も吐く。

ロビーは各国の国家の展示会。イスラエル、トルコ、韓国、アメリカ、フランス、ソヴエトユニオン、もちろん「君が代」もありできたいきさつを解説。アイスラーによるDDRの国歌。ハイドンのドイツ国家は吹奏楽伴奏のパート譜を全部展示して見せる。ラッヘンマンの「ドイツ・リート」の弦楽四重奏曲協奏曲のスコアの展示、もちろんシュトックハウゼンの『ヒムネン』の展示も出て来る。エッゲルトのピアノ曲はいろんな国家のメドレーらしい。ウッドストックもある。それ以外にはザールランドの「州歌」がある。

ドイツが予選で負けたのにフランスとベルギー戦のサッカーの途中経過と結果をロビーに張り出している。後でわかったがチケットが当日売りの立ち見しかない。座りの席売り切れでもがら空きなのはチケットを持っている客がコンサートに来るようにの配慮なのであろう。それでも自宅でTV見てる人が多すぎる。負けずにコンサートもネット生中継でTVカメラが3台入っている。

『フィンガルの洞窟』は自分は初めて高1で生のプロオケに行った時以来聴く曲目。当時は山田和夫指揮の読売日響だった。その後有名なヴァイオリン協奏曲、最後が『新世界』だった。実際に見るとベートーヴェンの一般交響曲と同じ2222-2200PK‐12、10、8、6、4であることがわかる。チェロの旋律に凄く艶があるが意外とフレーズが霞んで切れてしまう。トゥッティがトランペットに弦が覆われ弦の刻みが良くわからない。十分に硬くて重くていいが、必ずしもトゥッティが一緒に出れるわけでもない。コーダはサワリッシュ・N響の様な幸せなロマンティシズムは二度と出て来ない別な物。最終稿で10分14秒。

これでオーソドックスなコンポーザー・イン・レジデンスが終わるマヌリの最後の曲。アンティックシンバルが加われると鍵盤打楽器が7になり4人でやれるようになっているらしい。マリンバは高音の木琴まで繋いだように長大な物。弦はそのまま12型。

スペクトルのような音の広がり方。ルトスラフスキーのように各パートを繰り返してテンピを自由にする。普通の長いカデンツァ。メシアンのような和音の房。駒の上では全弦のトゥッティにすると良く聴こえるようだ。もうマリンバのトレモロだけはもう二度と聴きたくないが、ここにもすぐ出て来て非常に残念だ。フルートがオーソドックスに良く動く。『イタリアのハロルド』の様にひねくれたらもっと面白かったろうに。リムスキー・コルサコフ風のピチカートの繰り返し。和音の塊の早いパッセージ。最後のクライマックスで指揮者が素早くピッコロに持ち替え一緒に吹く。この部分はフルート全員が休みだから吹けない指揮者でも「指揮」はできるようだ!23分9秒。

休みはロビーでサッカー情報。0対0.

ベト5はこれまでアマでは4年前に福島大学の学生オケで、プロが晩年のチェリで本番は売り切れているのでミュンヘン・フィルのGPで聴いた。フルトヴェングラーを除いてこの曲は豪快にならしまくると成功する。ベーム、バーンスタイン、チェリビダッケ、みんなそうだ。普通は木管だけ倍管で16型だが今回は12型そのまま。

ヴィブラートの無い弦、穴空きトランペット、トロンボーンはアルトも含むバロックポザウネンらしい。拍手が終わらないうちにすぐ始まる。ファゴットがあんなに強いアクセント吹いてもひっくり返らないのが驚異的。6分53秒。変なチェロの旋律の切り方。コンバスはオクターブ低いCも弾いている。9分17秒。トランペットの音の出し方はサロネンを思わせ良く弦に混ざる。5分12秒。管楽器が皆綺麗にハーモニー化している。テインパニのトレモロは最高に速い。全体的に速くテンポを動かしまわるので全部合い切れない。10分22秒。最後のアップラウスで指揮者がフランスチームのユニホーム着て出て来てフランスが勝ったことを告げて解散。

帰りは木が倒れて架線が切れて単線通行で24分遅れで着く。


E. Pahud, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Beethoven, Manoury, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Emmanuel Pahud Flöte

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Felix Mendelssohn Bartholdy
Ouvertüre h-Moll "Die Hebriden oder Die Fingals-Höhle" op. 26 (1829?30/1832)
für Orchester

Philippe Manoury
Konzert für Flöte und Orchester (2017?18)
Auftragswerk des Gürzenich-Orchesters Köln

Pause

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 5 c-Moll op. 67 (1804?08)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 21:45

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [92]
  • 345. ケルンの「秘密の結婚」、7月5日Domenico Cimarosa

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月 6日(金)23時27分40秒
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12時半からの公開プローベは今年でやっと2回目。日曜日のギュルツニッヒの今シーズン最後の定期のための練習で、何時もの「フィンガルの洞窟」や「運命交響曲」の傍らに委嘱されたマヌリのフルート協奏曲が含まれる。まだ初演してないで練習中なので間に合わないのでその練習を公開してる。フルートはこれまたベルリン・フィルのパユで作曲者も同席している。

フルートのソロから始まるらしい。旋律のところどころにフラッターツンゲが入っているのはブーレーズの「メモリアル」を徹底的に勉強した跡が見られる。スコアだけではなくパート譜もきれいにPCで浄書されているのが今日では主流らしい。さすがパユのフルートのアタックは凄い迫力。ロートがアナリーゼして解説。フランス語で作曲者にも質問して練習風景のすべてをドイツ語にも直して公開する。「そんなにppではなく」という答えが返ってくる。9小節目のトレモロがはっきりしないという注文。ヴァイオリンのリズムは完全に記譜されていなくて自由だという事を解説。ブーレーズのようにすぐフェルマーターでテンポを止めるところは完全に「メモリアル」の手法。3管編成であるがフランス流らしくティンパニは無く鍵盤打楽器がメシアン流に結構多く3人で少なくとも6台を受け持つ。34小節目は「静かに」。2・3Undと言う始め方は2拍目と3拍目ガ2:3になっている変拍子であることを悟る。

弦楽器の分割に付いて説明。15小節はもっと分離してキャラクター化するように注文。47小節目の木管楽器のパッセージではなくて和音の方を整理するのはフランス流らしい。67小節目はMeno mp と注文。ポザウネンが出て来ないので曲を客のために飛ばして特別練習。原画12、10、8、5、4らしい。168小せつぃめの弦のトレモロの練習。更に駒の後ろで弾く奏法をコンマスで解説。作曲者がもっとプレスと注文。トゥッティでデモンストレーション。全体的に何時ものフランス・アカデミズムでそんなに面白くない。

ギュルツニッヒはこのようにしてブラームスやマーラー、R・シュトラウスの作品を初演してきたから今もやっているとこの意義を強調。3回のコンサート全部来るように(笑)または最終日の火曜日はインターネットでライブもあると聴衆に宣伝。一応火曜日だけのチケットは確保したがそんなに行けない!

夜の「秘密の結婚」は結局解説はなかったようなので遅く定刻までに行く。行く前で図書館が楽譜見たが、1792年2月7日の初演稿はウイーン版の序曲があったらしい。ビデオを見る限り最も長いのは3時間越しているが、この日も定刻の7時半に始まるのでカットしているだろうと思っていたのが甘かった。

チマローザはボッケリーニ、ペルゴレージ、ケルビーニらと並ぶイタリア古典派の代表格。ピットはコンバスを両端に一人ずつ並べる第一第二ヴァイオリンに次ぐ対象配置。

まず始まり方が1年前にウィーンで初演された「魔笛」と全く同じ始まり型。これはニ長調であるが、絶対に当時作曲者も聴いていたと確信できる。指揮者は立ってチェンバロ弾けるようにセットされている。ティンパニの短い撥は隣の穴空きトランペットより暴走してしまう。指揮者は聴くよりも煽るタイプなのか?オーボエとファゴットとホルンが正面だが、フルートとクラリネットが左横なのは出番が少なくしょっちゅう出入りができるためらしい。

にぎやかな台本通りの舞台、衣装も当時のもの。テノールが生々しくすべてが聴こえる音程ではない。女声は安定しているが少し声が小さいのは舞台が前方ほど下がっているためか?指揮者の装飾のふんだんなチェンバロが始まるが、もう一人第二チェンバロもいてカラヤン方式に見えるがユニゾンではなくて互いに受け渡して即興しているらしい。従ってオケのアリアの最中でもチェンバロが響く。ウィーンで30年前やっていたラインスドルフやマッケラス、フランクフルトのカンブルランのソロの弾き振りともちょっと違う。

バレエ団と思われる3人組がしょっちゅう入ってきて曲芸を披露してくれる。途中でちょっと聴衆にも単純な繰り返しを歌わせる。鶏のようなスカートと鶏冠のような被り物、それに大きな本の階段は子供オペラみたいなお笑い演で羽目まで出ている!アリアの終わりは当時のモーツァルトと同じカデンツだがオーケストレーションがシューマンみたいに重ねっぱなして色彩感がない。100分。

この第二チェンバロ奏者は変な奴で明かりを最小限に落としっぱなしでほとんど暗闇で弾いている。歌手たちが鶏の鳴き声の真似をして面白い。ロッシーニのような低音の早口アリア。守護霊のようなオーケストラの伴奏はしょっちゅう歌手を守るプロンプターと共に次ノ道を案内している。「愛の妙薬」のドゥルカメラを思わせるバスのインチキ臭い歌唱。それにしても2台のチェンバロの反応する即興が素晴らしい。各幕の長いフィナーレがモーツァルトと同じ作り方。ティンパニのDの調律が高すぎてすぐに直さない。全曲カットなし。後半は90分で合計3時間10分。

Il matrimonio segreto
Dramma giocoso per musica in zwei Akten
Libretto von Giovanni Bertati nach der Komödie "The Clandestine Marriage" von George Colman und David Garrick
Musik von Domenico Cimarosa (1749 - 1801)
Übernahme einer Produktion der Festwochen der Alten Musik Innsbruck, aus dem Sommer 2016
Do /
Jul 18
StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:55 / Vorstellung / 12 ? - 69 ?
Inhalt
Der?reiche Kaufmann Geronimo will seine jüngere Tochter Carolina unbedingt mit einem Adeligen verheiraten, um selbst in die feine Gesellschaft aufzusteigen. Diese hat jedoch Paolino geheiratet ? um dem Zorn ihres Vaters zu entgehen ? heimlich. Das Ehepaar hofft, dass Elisetta die ehrgeizigen Vorstellungen des … Vaters erfüllen wird. Deshalb hat Paolino den verarmten Grafen Robinson als Heiratskandidaten ins Haus des Kaufmanns eingeführt. Doch der schöne Plan geht schief: Robinson verliebt sich in Carolina, die Witwe Fidalma in Paolino. Die verschmähte Elisetta überzeugt ihren Vater Geronimo, ihre Schwester Carolina in ein Kloster zu schicken. Daraufhin unternehmen Carolina und Paolino einen Fluchtversuch, werden jedoch von Elisetta entdeckt und vor allen Hausbewohnern gestellt. Die heimlich vollzogene Ehe fliegt auf, die Pläne des Vaters werden kurzerhand umstruktuiert ...
Der früh verwaiste Domenico Cimarosa erhielt seine umfangreiche Ausbildung als Organist, Geiger, Cembalist und Sänger in Neapel. Kompositionsunterricht erhielt er bei Piccinni, der, wie Paisiello, bald zu seinem schärfsten Konkurrenten wurde. Erst als Piccinni nach Paris und Paisiello nach St. Petersburg berufen wurden, festigte Cimarosa sein Ansehen. 1777 schrieb er erstmals eine Oper für Rom, 1781 eine für Venedig ? und Mitte der 1780er Jahre gehörte er zu den meistgespielten italienischen Komponisten. 1791 ernannte ihn Kaiser Leopold II. als Nachfolger Salieris zum Hofkapellmeister in Wien, wo er am 7. Februar 1792 an der dortigen Hofoper ? heute Burgtheater ? mit ?Il matrimonio segreto? seinen größten Dauererfolg erzielen konnte.
Cimarosas Librettist Giovanni Bertati griff auf die englische Komödie ?The Clandestine Marriage? zurück, die wiederum von William Hogarths Stichen inspiriert wurde. Bertati milderte die beißende Satire der englischen Vorlage und näherte das Stück der italienischen Komödie an. ?Il matrimonio segreto? ist ein liebenswert empfindsames Stück, das bis heute nichts von seinem Reiz eingebüßt hat. Cimarosas Typen stammen zwar aus dem Arsenal der Commedia dell’arte, doch sind seine Figuren nicht nur einseitig komisch, sondern um die Fähigkeit zu wahren Gefühlen erweitert.
Bei der zweiten Vorstellung von ?Il matrimonio segreto? am Burgtheater geschah in der Geschichte der Oper etwas noch nie Dagewesenes: Kaiser Leopold II. bat um die Wiederholung nicht nur einzelner Arien, sondern der ganzen Oper!
?Ihr glaubt, dass Bräutigame sich wie Liebhaber benehmen?? (Geronimo, I. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung Gianluca Capuano / Inszenierung Renaud Doucet / Bühne & Kostüme André Barbe / Licht Andreas Grüter /
Geronimo, ein reicher Kaufherr
Donato di Stefano
Elisetta, seine Tochter
Emily Hindrichs
Carolina, seine Tochter
Anna Palimina
Fidalma, seine Schwester
Jennifer Larmore
Graf Robinson
Renato Girolami
Paolino, Buchhalter bei Geronimo
Norman Reinhardt
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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