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  • オペラ&クラッシック音楽雑談スレッド

  • 投稿者:YUKI@管理人
  • 投稿日:2009年 4月23日(木)14時04分18秒
 
ここはオペラやクラッシック音楽の様々な事に関して雑談するスレッドです。
好きなオペラ歌手の話題やコンサートの感想等を書いて頂けたらと思います。
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ポップス等他のジャンルはご遠慮ねがいます。
だけど、ポップス等でもクラッシック音楽にまつわるネタであればOKです。^_^

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  • [101]
  • 353. デュッセルドルフの「黄昏」のプローべ、10月18日、

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月20日(土)00時50分32秒
  • 返信
 
Richard Wagner
Götterdämmerung, Do18.10, 18.00 Uhr,
Opernwerkstatt: Götterdämmerung

まず1時間前の解説からである。GMDとレジーと舞台美術が出てきた。ここで女の司会者がこのリング・チクルスに全部来たかアンケートを取る。半分ぐらいか?何しろチケットが他のオペラハウスよりも高すぎる。同時進行していた台本に晩年の特有の宗教的な「ナゼレのイエス」にも言及。「ジークフリート」の第二幕の第二場の作曲中に休憩が入り「トリスタン」と「マイスタージンガー」が一連の楽劇の中に挿入される。今回のチクルスは16か月間かけて全部出す予定で足かけ3年かけた思い出と反省会は自己批判も含みレジーのコンタクトが絶えない。演出家はこのチクルスが好きでも無ければ間違っているかも知れないと言うが、アシスタントを凄く褒める。結局は実際の舞台はどうなるかわからないとも言う。部外者でも良いアイディアは積極的に採用。何を持って良いアイディアかは判らないが。

指揮者はロリオの1晩ためのリングの経験を披露するが全部振るのは既にバイロイトで数年振てても今回が初めてで、来年の1月にはそれがもとでウィーン国立歌劇場のリングを任されていることを披露する。ここでは12回から16回のオケのプローベが許されているが、ウィーンでは全く無いから経験者以外全く指揮者としては使えないのだ。

このNRWのAクラスのボン、デュッセルドルフ、ケルンは4何時でも管編成のリングができるが上流のマインツとコブレンツはBクラスで3管編成なのでリングができない現実。

「黄昏」はどう響くの質問に対してラインの乙女たちはとても深いキャラクターを持っていると言う。今日の公開プローベは第二幕の3場までだが、ここで同じプロジェクトのデュイスブルクのリングの違いについても言及。最初の基音Esはエンジンの雑音に感じるらしい。ローレライやハインリッヒ・ハイネの詩に言及。自由の女神、デュマの詩を読む。ライン地方の伝説を非常に重要視。ヴォータンは英雄ではない。リングのキャラクターは非常に良くない。ジョージ・バーナード・ショーの詩の引用するが演出家が否定。

最後にプローベなので指揮者はオケを止めることを断って、今日はワッツは歌わないでレジーのアシスタントが歌うとか。聴衆はパルケットで見てもらうとか言って終わる。

実際には男性陣が素晴らしい歌唱力。舞台は船の上。このレベルだと歌は止められない。数年前に「ワルキューレ」未熟だった指揮者が今回は速めでも見事にポイントを押さえている。コンバスは5.GMDだとオケもまとまる。トロンボーンも十分に出しまくる。7の7つ前。歌手がプロンプターとリズムの確認のためのコンタクト。木管の和音の手入れ。弦だけのプローベ。木管の32分音符を揃えるプローベ。1の3つ前。Asの前のアクセント。元の下降のパッセージの手入れ。6の5つ前。スビト・ピアノ。テンポを間違える。もう一度最初から。トレモロが綺麗に一様に響かない。2回目、歌手は声を節約する。ホルンが良くなっている。これだとウィーンでも問題は出ない。船が回り舞台の様になっている。ジークフリートはこの程度でも上出来であろうバイロイトぐらいの水準。元の細かいところが良く聴こえる。8Aもう一回のプローベでホルンの小さなミスが無くなる。徐々にオケ全体も良くなっていく。3連符は遅すぎる。8の6つ前。もっと静かに。8A.もっと弦がかかっても声は大丈夫。ハイホーのところ速く。グルトゥルーネは最高ではないけれども不満が出るほどの出来ではない。年が若いのだろう。第二場の複雑さ。木管の3連符。弦のトレモロ変奏。12Aは木管、そんなに小さく無く。どちらかというとテクニック・プローベ。11A高いところにいるので声も分離して良く聴こえる。シュティール・ホルンはどうしてもヴィブラートがかかってしまうらしい。コーラスが合わない、飛び出しすぎ。15の7つ前、9つ前。ポザウネ、少し遅れてる、もっと強く。13A。繰り返しで良くなる。歌わない女達が混じっている。テンポ速すぎ。16の4つ前。コア全員も前で歌うので良く聴こえる。19、木菅、とても生き生きと。26A歌詞、合唱指揮者に言われる。73分で終わり。
Opernhaus Düsseldorf
Premiere
Sa 27.10.
17.00 - 22.30 Uhr
ausverkauft
Premieren-Abo Düsseldorf

Tagesbesetzung
Musikalische Leitung Axel Kober
Inszenierung Dietrich W. Hilsdorf
Bühne Dieter Richter
Kostüme Renate Schmitzer
Licht + Video Volker Weinhart
Dramaturgie Bernhard F. Loges
Chorleitung Gerhard Michalski
Siegfried Michael Weinius
Gunther Bogdan Baciu
Alberich Michael Kraus
Hagen Hans-Peter König
Brünnhilde Linda Watson
Gutrune Sylvia Hamvasi
Waltraute Katarzyna Kuncio
1. Norn Susan Maclean
2. Norn Sarah Ferede
3. Norn Morenike Fadayomi
Woglinde Anke Krabbe
Wellgunde Kimberley Boettger-Soller
Floßhilde Ramona Zaharia
Chor Chor der Deutschen Oper am Rhein
Orchester Düsseldorfer Symphoniker

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  • [100]
  • 352.ケルンの「トゥーランドット」10月10日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月12日(金)04時58分4秒
  • 返信
 
おなじみの誰でも知っている曲なので上演の前の解説は無し。ボンでは今でもかかっているので比較されるのは免れない。

オーケストラが後ろで音響的にモニターのアインザッツで歌を前にするもうおなじみになってきた形。平均台のような手すりだけの舞台装置は最初からボンよりも見劣りがする。

KINOと書いてあり西欧貴婦人が映画を見に行くふりの演技をする。しばらくして音楽が始まり。始めに指導動機、その後に近代13の和音が続くがトロンボーンが始終割れっぱなしで煩いが歌を隠すことは一切ない。

舞台脇が見えて合唱指揮者は蛍光ペンで合唱を指揮する。この形の場合合唱がハウプト指揮者が見れないのでテンポを取るために合唱の第二指揮者がどうしても必要になる。バランスは良いのだがオーケストラの細かいリズムの刻みが見えない。

平均台の上をレール代わりにしてやっと大道具がやって来てやっとボンの舞台と見劣りしない舞台になってきた。KINOの文字はPEがあたまについてPEKINOに完成。北京映画をもじっているらしい。児童合唱の屋台コスチュームがどんどん派手に美しくなってくる。トランペットのファンファーレ隊は舞台脇に出て来無いのでボンよりも物足りないしかっこよくも無い。首を切る場面も無い。ピン・ポン・パンの役は中国人が一人もいなくてほとんど韓国人が占める。周り舞台かつ移動舞台はオケを完全に隠してしまって細かいリズも絵をもっと聴き取りにくくしてしまう。33分12秒。

休みなしの舞台転換。役者の着替えとメイクアップを舞台上で見せる。皇帝のクソジジイが泣きべそをかきながら情けなく歌う。クレオパトラのようなトゥーランドット。相変わらずオケのリズムの詳細が掴めないが、低音弦の半音階はワーグナーをたっぷり表出させる。44分10秒。

「西部の娘」の夜明けのような鈍い前奏。北京の昔の残酷な死刑ドキョメント・フィルムを汚いボロボロのスクリーンに映し出す。有名なテノールのアリアの後メトロポリタン・オペラの様に拍手をするのが止めて欲しい。ボンの聴衆の方が遥かに良かった。何時ものようにどんどん変形された指導動機が曲の内部を内容づける。やはり流のアリアの後のテノールとオケのフェルマータが一緒に出れない。このまま何時ものアルファーノ版だからオケはショスタコーヴィッチ風の5度に入っていく。この版で捨てきれないところは「カラフ」と白状した後のトランペットとホルンのファンファーレの信じられない天才構成力。これは捨てられないのでべリオの原典版にも是非入れたい。合唱指揮者も湧きに頻繁に出てくる。その後は映画音楽によるどうでも良い大衆をバカにしたアポテオーゼは最後まで楽譜通りに終わる。37分07秒。

菅野茂


Giacomo Puccini
Turandot
Dramma lirico in drei Akten
Libretto von G. Adami und R. Simoni
nach dem gleichnamigen Theaterstück von Carlo Gozzi
Musik von Giacomo Puccini (1858 - 1924)
10 Zum Kalender hinzufügen
Mi /Okt 18
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:00 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Inhalt
Mit ?Nessun dorma …? (?Keiner schlafe …? ), den ersten Worten der wohl berühmtesten?Tenorarie Puccinis, greift Prinz Calaf den gleichlautenden kaiserlichen?Erlass auf: Unter Androhung der Todesstrafe sind die Bewohner Pekings dazu angehalten, unter?Verzicht auf Schlaf seinen Namen herauszufinden. Der Tatarenprinz … hat vermocht,?was keinem zuvor gelang: Er hat die drei Rätsel gelöst, die Prinzessin Turandot?jedem ihrer Bewerber zu stellen pflegt. Damit hat er nicht nur unerwarteter Weise?seinen Kopf gerettet, sondern auch das Recht erworben, die Prinzessin zu heiraten.?Da sich diese, entgegen der Abmachung, dazu nicht wirklich bereitfindet, hat der?Prinz ihr ? freiwillig, unter erneutem Einsatz seines Lebens ? das Ultimatum gestellt,?innerhalb einer Nacht seinen Namen herauszufinden …
Mit allem hatte Prinzessin Turandot gerechnet, nicht jedoch damit, sich einmal?tatsächlich einem Mann ergeben zu müssen. Unter Verweis auf eine sagenhafte?Prinzessin, die sich vor Urzeiten nach einer Vergewaltigung das Leben genommen?hat, hat sie sich jeglicher Annäherung der Männer bisher erfolgreich entzogen und?sich aller Bewerber durch das tödliche Rätselraten entledigt. Nun ? zu Beginn der?zweiten Hälfte dieser Oper ? besteht ihre einzige Chance, ?unerkannt? bleiben zu?dürfen, darin, den Namen des Prinzen in Erfahrung zu bringen.
Es sollte Puccinis letzte Oper bleiben, und in keinem seiner Werke stellt sich die?Annäherung des zentralen ?Liebespaares? aneinander gefahrvoller und rätselhafter?dar als hier. Bis zum Ende geht es einzig darum, die Liebe der Frau zum?Erwachen zu bringen.
Fragile emotionale Zustände kontrastieren in seiner exotischen, ostasiatisches?Flair entfaltenden ?Turandot? mit größtmöglicher Kraft- und Prachtentfaltung:?Was die Anforderungen betrifft, die dieses Werk stellt ? den großen Orchesterapparat,?die gewaltigen Massenszenen, die exorbitant hochdramatische Titelpartie?betreffend ? hat Puccini sich hier so weit vorgewagt wie noch nie.?
Inszenierung
Mit dieser Inszenierung stellte sich die junge, viel beachtete Regisseurin Lydia Steier?erstmals in Köln vor. Am Pult steht Maestro Claude Schnitzler, in Köln zuletzt mit?Puccinis ?Madama Butterfly?, ?La Bohème? und Jules Massenets ?Manon? erfolgreich.
?Du, von Eis umgürtet, wirst von Glut erfasst ihn lieben!?
(Liù, III. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Claude Schnitzler / Inszenierung Lydia Steier / Bühne & Video fettFilm (Momme Hinrichs, Torge Møller) / Kostüme Ursula Kudrna / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Rustam Samedov / Dramaturgie Georg Kehren /
Turandot
Catherine Foster?/ Erika Sunnegårdh
Altoum
Alexander Fedin
Timur
Önay Köse?/ Lucas Singer
Calaf
Martin Muehle
Liù
Ivana Rusko?/ Yitian Luan
Ping
Hoeup Choi?/ Wolfgang Stefan Schwaiger
Pang
Jeongki Cho
Pong
Martin Koch?/ Young Woo Kim
Ein Mandarin
Insik Choi?/ Michael Mrosek
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Kinderchor
Mädchen und Knaben des Kölner Domchores
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [99]
  • モンセラート・カヴァリエ

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月 6日(土)19時50分4秒
  • 返信
 
バルセローナのリリック・ソプラノ:モンセラート・カヴァリエが死去。85歳!

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  • [98]
  • 351. GO、マーラーの3番10月2日ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年10月 4日(木)05時46分59秒
  • 返信
 
1時間前の解説には全盲の定期会員も聴きに来ていた。解説者の演壇のすぐそばに身体障碍者用のトイレもある。その演壇からトイレの距離約3mか?

マーラーの解説は多分一揃いの情報を言うと思うが、その全体像を定義する。分厚い船、6楽章、独自の子供たちのための太陽系。「不思議な角笛交響曲」。

最近は頻繁に3番の演奏が多い。このホールで見るのも3回目。1回目はビチコフで6楽章だけ、去年の前回はサラステ指揮のWDRで91分33秒かかっている。先月もSWRがクエンチスの指揮でネットで心の籠ったライブをしている。99分32秒。https://www.youtube.com/watch?v=xyAkS-9wRPc
そして今はネルソンズ指揮のボストン響のFM。20.04
WDR 3 Konzert BBC Proms

Andris Nelsons dirigiert Mahler

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 3 d-moll für Altsolo, Knaben-, Frauenchor und Orchester
Susan Graham, Mezzosopran; Damen des City of Birmingham Symphony Chorus;
City of Birmingham Symphony Youth Chorus; Boston Symphony Orchestra,
Leitung: Andris Nelsons
Aufnahme aus der Royal Albert Hall, London

それではこの交響曲のプログラムから行く。「真夏の世の夢」ではなく「夏の朝ではない昼の夢」。第一楽章は8本のホルンで始まるのは当たり前。音例。提示部の終わりはこれがめちゃくちゃに発展して展開部に流れ込む。この録音は誰のか知らないけれどテンポが速め。ここで第一楽章が終わった後に初演がそうであったので休みを入れるらしい。なぜ解かるかと言うとクレフェールドのオケは小さいのでギュルツニッヒのオケのメンバーが大量にトラで行って演奏したらしい。第二楽章の音例。皮肉的、花の章。ヴァイオリンの極端に高い高音の芸。第3楽章。「言葉の無い子供の不思議な角笛」の素材は若き日の歌の「夏の終わり」から取られているスケルツォと瞑想。最初の旋律にKukukku ist Todを当てはめてみる。ポストホルンは第二交響曲と同じ空間音楽は経5人のトラペット奏者を使うので第5楽章の最後の息切れ防止に使えばよい。SWRが1番が切れて2番だけに吹かせていたのがビデオでわかる。音勢はそんなに変わらないがもう1本加わればもっと安定するのは確実。第4楽章:もちろんニーチェの詩。Gib Acht!音例。第4交響曲のように通り雨のように過ぎて行くが、4番のような4楽章制だとここで一旦終わる。やる気と情熱。第5楽章の音例。貧しい子供の歌。乞食の歌。Bimn Bammの歌。最後の晩餐。第6楽章からは三部にしたいらしい。ならばこそ20分で終わるのではなくてもっとゆっくり25分はかけたい。死ぬ場面の第九との比較が出てきて最後のアポテオーゼは今回の指揮者も答えられないと言うし、テオドール・アドルノもこの部分はどうしてこう終わるのか解からないと言っている。ザルツ・カンマーグートの作曲、ポスト・モダン、全音階を批判できない作品。4番と8番のミュンヘンよりも5番、6番と合わせて3曲も初演したNRW州の誇り。

今回の定期は3回とも売り切れで立ち見しかないが、これも出してしばらくして売り切れてしまった。何時ものようにクロークに飴が用意してあって包み紙が音の出るセロハンではなくて滑らかな紙だった。

クレンツィスよりも早めに進行する。10番と似ている打楽器だけの経過部。ベートーヴェンからの戦争交響曲からの伝統?ポザウネンの荒い割れ方。普段聴こえないコントラバスの低温が十分に聴こえる。行進曲が入り違った種類の音楽との組み合わせはアイヴス二引き継がれる。第4ポザウネとチューバの完全なユニゾン。31分40秒。初演に習ってここで20分お休み。9人の打楽器奏者のうち一人が帰ってしまう。横に韓国人留学生がやってきて座る。抒情部が速いのはブーレーズ譲りで霊気がまだ抜けないようだ。こういったオートメーションの処理は一生引き摺るかもしれない。クレンシスはちょっと違ってネゼ・セガンの「パルシファル」のように長く心に温めたような演奏。この指揮者だと弦のしなやかさは出ない。コンマスの違和感はこの楽章でやっと取れる。木管とヴァイオリンのピチカートのバランスの良さ。ルーテのバランス感覚もおろそかにしない。8分50秒。第三楽章のポストホルンはWDRと逆で左後ろ。木管が一斉に上げたり下げたりするのはサッカーの応援席の波のように面白い。16分14秒。第4楽章はドイツ人みたいに正確に発音して歌う。ホルンがどうしても同時に出れない。合唱と共に合唱席の上の2階。イングリュッシュホルンの滑るポルタメントは難しいらしい。9分00秒。第5楽章のBimmBammのリズムが不明確、打楽器がどこに行った?テンポが遅め。後半になってやっと鐘が響いてきた。合唱指揮者で無いと音量が足りない。グロッケンシュピールは2人。フィナーレはシンバル2人、ティンパニは同じ音を両手で叩く。そんなに大きな音ではないがかっこだけは良い。テンポは速く22分36秒。合計92分40秒。昨日のコンサートのヴィデオがもう出ている。 https://www.youtube.com/watch?v=jiCNWzzS_mw


ちなみにネルソンスは33分35秒、9分45秒、17分03秒、9分28秒、4分07秒、22分25秒、計96分43秒。こっちの方がすべての音が聴こえるとされていてブーレーズ真似たのよりも遥かに成功してる。



02.10.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
S. Mingardo, Frauen der Schola Heidelberg, Mädchen und Knaben der Chöre am Kölner Dom, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Mahler
Kölner Philharmonie

Sara Mingardo Alt

Frauen der Schola Heidelberg

Mädchen und Knaben der Chöre am Kölner Dom

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Gustav Mahler
Sinfonie Nr. 3 d-Moll (1895?96, rev. 1899)
für Alt, Frauenchor, Kinderchor und Orchester. Texte aus "Also sprach Zarathustra" von Friedrich Nietzsche und "Des Knaben Wunderhorn" von Achim von Arnim und Clemens Brentano

keine Pause | Ende gegen 21:45
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [97]
  • 350. WDRルトスワフスキーの管弦楽のための協奏曲、9月21日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 9月23日(日)05時00分37秒
  • 返信
 
何時ものように1時間前のゲシュプレッヒ。今回も1回だけの定期だと思ってたが昨日ドルトムントでやってしまったらしい。

まず「真夏の夜の夢」から解説。5楽章の組曲版。今日演劇で演奏されることは無い。委嘱者などを話して次に行く。

ブリテンの『イルミナシオン』は英語読みではなくてフランス語読み。前年に亡命先のアメリカで書いて1940年の初演はソプラノだったが、後でホモの友人にも歌わせたくてテノール用でも許可している。アルトゥール・ランボーの詩だがそのまま乱暴な人生を紹介する。ここで第一の詩をヘンニガンとアムステルダム・シンフォニエッタの音例。何時もの繰り返しでちっと気になってしまうがそんなにひどくはない。第二の詩の朗読。アクセント付きに和音の変化が面白い。間奏曲、「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」を思わすハーモ二ーの運び第二の詩の朗読の録音を流す。地味だが狭いテクニックに最大の工夫を凝らす。ハープのようなピチカート。ここでペーター・シュライヤーがTVで歌詞の無い歌はただのバカな曲だと言うのが良くわかる。

ガードナーとBBCは最近ルトスワフスキーの管弦楽曲を全曲CDに録音したらしい。まず最初に我々のTVのZDFの音楽番組に使われているモティーフについて音を流して解説する。この曲はショスタコーヴィッチと同じように第一交響曲が演奏を拒否されてから射殺や党の宣伝などが巧みに入り込んだ政治的な影響があるらしい。1954年はスターリンの死後でショスタコーヴィッチに10番と兼ね合っている一方バルトークのオケコンの影響も強く受けている名作。冒頭はブラームスの1番と深刻な類似性がありチェロのテーマは民謡から来ているらしいが、少しもスラヴ民族のそれとは感じないからっと乾いた印象である。第二主題は抒情的。クラスターや鐘の音。第二楽章のカプリチオでヴァイオリンのトレモロがメンデルスゾーンの作品21に類似しているので奏者は多大な尊敬を持って弾くらしい。途中のトリオはハリウッドの映画音楽を思わせる。終楽章のパッサカリアはショスタコーヴィッチの8番の4楽章に接近する。相変わらず民族的旋律は出現しトッカータになる。最初の楽章の第二主題の活躍。金管のコラールとソロヴァイオリンの掛け合い。最後のカオス。ショスタコーヴィッチの交響曲レベルの価値がある曲と見た。

実演では序曲が大振りで合いにくい。12,10、8、6、4.オフックレイドの代わりにコントラファゴットを使用。スタッカートを変なテヌート、トレモロは一定ではないし、ホルンは安全圏で何時もクレシェンドで吹いてしまう。1回だけのコンサートはTVカメラでも撮り直して修正は難しい。ホルンの強奏はここでは珍しいが悪くない。金管は心理的に緊張を強いらなければならない。11分43秒。スケルツォ4分33秒。ノットウルノのホルンが見ないように5分42秒。間奏曲3分44秒。結婚行進曲のファンファーレは何時も楽屋にトランペット持ってきてるネルソンスのように金管奏者出身で無いと細く弱い4分35秒。

イルミナシオンは寒く暗く水っぽい音楽。ピチカートの安定性やハーモニックスはOP.10そのもの。和音の扱いは印象派に準ずるかそのものである。いろんな伴奏形の多様さ。ソロから増えてきてユニゾンのヴァイオリン群になる面白い増減法。構造系もOp. 10と「ピーター・グライムス」の「7つの海の間奏曲」を思わせる。10、8、6、4、3.波のように返す弓、いろんな伴奏形による短い曲の集まり。歌のヴィブラートが少し付きすぎ、頭の中で声が少しバカなり。23分42秒。

オケコンはトランペットとトロンボーンが4つずつなのがスコアを昔から所有していてもあまり気が付かなかった、バルトークよりも少し大きい16型。ZDFの音楽は始まって間もなく出て来る。6分50秒。第二楽章の軽さは本当にメンデルスゾーンのスケルツォに近い。スネア4個で音色を変化させるのが趣味が気持ち良い。5分50秒。終楽章は第一と第二楽章それぞれの3倍近い長さ。パッサカリアはどっちかと言うとショスタコよりもブリッテンの工夫をもっと凝らした『ピーター・グライムス』に似ている。15分07秒。


21.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum.
C. Landshamer, WDR Sinfonieorchester, E. Gardner: Britten, Lutosławski, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Christina Landshamer Sopran

WDR Sinfonieorchester
Edward Gardner Dirigent

Große Sinfonik ? Ein Sommernachtstraum

Felix Mendelssohn Bartholdy
Musik zu "Ein Sommernachtstraum" op. 61 (1842?43)
für Solostimmen, Frauenchor und Orchester. Text von William Shakespeare in der Übersetzung von August Wilhelm von Schlegel

Orchestersuite

Benjamin Britten
Les Illuminations op. 18 (1939)
für hohe Stimme und Streichorchester. Text von Arthur Rimbaud

Pause

Witold Lutosławski
Konzert für Orchester (1950?54)

Das Konzert im Radio: Freitag, 5.10.2018, 20.04 Uhr
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [96]
  • 349. WDR シェーンベルクの「ペレアス」9月7日ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 9月 9日(日)04時38分52秒
  • 返信
 
出かける前にSWRのFMでヴァレンティーナ・リシッツァと言うピアニストのライヴをちょっと聴いた。昔チェリビダッケの指揮の講習会をしたマインツのフランクフルター・ホッフのピアノの定期に呼ばれた演奏会で、その人選理由が新しい領域に入って面白い。必ずしもコンクール出身ではなくて、多くのヴィデオのユーチューブのクリック数が軒並み300万回超えていると言う話題であった。それで興味を持って音を聞いてみたが特にでも無く、ユーチューブで見ると凄い美人な事だけは確かだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%A1

https://www.youtube.com/results?search_query=valentina+lisitsa

ケルンでは時間が無いので図書館でフリッカーやルッブラの珍しい交響曲のスコアを数曲買ってくる。自宅でユーチューブで調べてみると多くの曲がアップされている。無数の曲がなかなか表に出ないまま隠れているらしい。

今日のプログラムは2曲だけだがそれぞれ45分ぐらいかかるのでピアノはもう前に出されている状態で解説。今回は休み明けで1回だけの本番だが、一回だけでTVの映像に撮ってしまうらしい。

まず放送予定を言う。それからこの2曲を組み合わせた理由。ブラームスとシェーンベルクの若い時の作品。27歳と28歳。モデルとしては前者がベートーヴェン、後者がリヒャルト・シュトラウス。両作品ともニ短調なのはモーツァルトのレクイエムや第九と厳粛に繋がっている。ブラームスの当時の批評は全部めちゃくちゃで酷評。

更にこの2曲は結婚相手ともう一人の男が関係するのでワーグナーのトリスタンやマイスタージンガーに近い関係。まずロベルトとクララ、そしてブラームスの関係。シェーンベルクはゴローとメリザンデ、そしてペレアスとの関係。それらに絡む嫉妬。

対比は抽象的な絶対音楽と具体的な標題音楽。シューベルト・シューマンの流れのブラームスとワーグナー・R・シュトラウスの流れを汲むシェーンベルク。しかしブラームスとシェーンベルクはウィーンで知ってはいたが出会ったことはない。

ブラームスの原曲はピアノ2台。デットモルトのシーボルトとの愛の物語。音例は冒頭トフィナーレ。シェーンベルクはベルリンでの初の仕事。同じ題材でドビッシー、シベリウス、ラヴェル、フォレーなどが書いている。音例は冒頭、次にワーグナーから来る指導動機の解説、メリザンデ、ゴロー、ペレアス、焼もちのテーマ。ドビッシーの5幕のオペラと同じ順で話を追い楽劇のようにかつベルクのピアノソナタのように40分枠に凝縮して作曲されている。ホルンの跳躍はR・シュトラウスから。そしてペレアスの死。

TVカメラ8台。ブラームスは14型でヴァイオリン出身だとどうしても弦だけを豊かにしたがる。この前シェーンベルク弾いてたレヴィットは今回はタブレット見ないで普通に暗譜して弾いてた。ヴィオラとクラリネットのユニゾンはヴィオラは10なんだものだからクラリネットがほとんど聴こえない。21分50秒。第二楽章は伴奏よりもピアノの方が遥かにゆっくり弾いているが2度の音のぶつかりが聴くものを非常に納得させる。13分27秒。第三楽章も弦が多いもんだからピチカートが非常な威力になる。11分40秒。アンコールで楽譜を持ってきてパウル・デッサウの人種差別反対のピアノ曲は海上の支持を非常に受けて長い拍手。かなり深そうな無調作品。

シェーンベルクの作品5は4管編成でもトロンボーンが5だがベルクやウエーベルンでもトロンボーンがやたらと多い新ウィーン楽派の特徴。16型だがチェロだけが9で一人欠席?室内交響曲にも見られるシェーンベルクの諧謔。「パルシファル」から抜け出せないドビッシーのオペラよりもはるかに深刻な内容は同じ「パルシファル」を完全に消化し超越しているので調性をも越えられる準備ができた水準に達する傑作。38分50秒。

07.09.2018 Freitag 20:00 Uhr
Igor Levit spielt Brahms.
I. Levit, WDR Sinfonieorchester, J. Saraste: Brahms, Schönberg
Kölner Philharmonie

Igor Levit Klavier

WDR Sinfonieorchester
Jukka-Pekka Saraste Dirigent

Igor Levit spielt Brahms

Johannes Brahms
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll op. 15 (1854?57)

Pause

Arnold Schönberg
Pelléas und Melisande op. 5 (1902?03)
Sinfonische Dichtung nach dem Drama von Maurice Maeterlinck

Pause gegen 20:55 | Ende gegen 22:00

Das Konzert im Radio: Freitag 14.09.2018, WDR 3, 20:04
TV-Aufzeichnung
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [95]
  • 348. 今年のボンの無声映画音楽祭 8月23日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 8月24日(金)23時14分39秒
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Donnerstag, 23. August 2018, Arkadenhof der Universität Bonn

16日にも行ったが客が多すぎて入場制限で入れなかった。一週間後またトライしたが今度は全部埋まらなかった。出し物は特に自分は選んでないが邦画のせいかもしれない。しかし入場の荷物検査が厳しくなった。爆弾を持ち込むテロリストはいないと思うが、飲み物は一切ダメ。とにかく戦前の酷い映像でもライブで音楽家が即興してくれるので頼もしい。それを録音、録画した場合には電子音楽となるのか?今回ユーチューブで短編無声映像を録画して7通りの即興を与えるアイディアが醸造して来た。

大きな前線が来て雨の予報だったが今回も降らない。とにかくみんな飲んで酒臭い。まず最初に十数分間の解説があり、1本目のチェコの実験作品は実験作品と言われるが、当時音楽家がいなくて制作だけで一回の映画館で上映されたことのない作品で、今回も音楽は取りやめるらしい。日本からも松竹フィルムセンターのスタジオ女性が英語で文を読んでいた。読まないで物事を断片的に語った方が遥かに印象は良い。川端康成の『伊豆の踊子』であるがこれまで通算6回映画化されているらしい。今回はその戦前の一番最初の戦前の映像。

とにかく1本目は音楽が無いのでせめてピアノだけでファンファーレを弾いて見せる。それかな何も聴こえて来ない8分間の映像だけ。路面電車、汚いドブなどを素朴な風景を写しただけ。野原、寝る人、タバコ吹かす人、馬の餌、また路面電車。鳩、思索。今はすべてでデジタル化されているのでフィルムの故障はない。

Spaziergang ins Blaue
Spaziergang ins Blaue_Foto: Foerderverein Filmkultur Bonn e.V.
Tschechoslowakei/ CSR 1930
Regie / Directed by: Alexander Hackenschmied
Länge / Running time: 8 min
Das Erstlingswerk des tschechischen Fotografen, Filmkritikers, Kameramanns und ?Regisseurs Alexander Hackenschmied, der später als Alexander Hammid in Amerika bedeutende Avantgardefilme drehte sowie an der Entwicklung von Mehrfachprojektionen mitwirkte. Ein junger Mann fährt mit der Straßenbahn durch Prag, flaniert an der Moldau, streift durch die Vororte der Stadt und genießt die Natur. Eine impressionistische Studie, gefilmt mit subjektiver Kamera. / The debut film by Czech photographer, film critic, cinematographer and director Alexander Hackenschmied, who, after emigrating to the US and changing his name to Hammid, produced several major avant-garde films and helped develop multiscreen projection. A young man takes a tram ride through Prague, strolls along the Vltava River, roams the city suburbs and enjoys the nature. An impressionist study filmed from a subjective point of view.
?
Ein noch heute verblüffendes, formal vollendetes und in jeglicher Hinsicht ?einzelgängerisches“ Werk: Gedreht auf Wegwerfmaterial und mit einer von einem Freund geborgten 35mm-Handkamera, beschreibt der Film den vormittäglichen Spaziergang eines namenlosen Mannes durch jenen depravierten Arbeiterbezirk am Rande der Stadt, in dem Hackenschmied seinerzeit lebte. ?Mein Film SPAZIERGANG INS BLAUE war nicht geplant“, erinnert sich Hammid später. ?Ich hatte kein Skript. Es war mehr eine Improvisation. Ich beschloss zu versuchen, meine Gefühle zu diesem Stadtteil auszudrücken. Anstatt eines Belichtungsmessers verwendete ich nur meine Augen und beurteilte nach Erfahrung, was die Belichtung sein könnte.“ Bis der Film als das erkannt wird, was er ist, nämlich als erster tschechischer Avantgardefilm von bleibendem internationalem Rang, vergehen Jahre, ja sogar Jahrzehnte.
Michael Omasta: Tribute to Sasha. Wien 2002
AIMLESS WALK was Alexander Hammid’s debut ? however, it is a mature work in terms of its message, and a highly professional piece of filmmaking. From the point of view of visual language, it is especially worth noting the structure and rhythm of the film. Hammid, who had no technical equipment for editing, achieved a dynamic, purely cinematic tension by rhythmically altering static and dynamic shots, employing close-ups and extreme close-ups. AIMLESS WALK is not simply a documentary about Prague, nor is it a Modernist vision of urban civilization. The author constructs instead a world in its own right, an idea of living space, rather than reproducing any concrete social plan. AIMLESS WALK invites several comparisons ? with the notion of urbanity in the ?contemporary “city symphony” films of ?Walter Ruttmann (BERLIN. DIE SINFONIE DER GROSSSTADT, 1927) and Dziga Vertov (THE MAN WITH THE MOVIE CAMERA, 1929).
Michel Bregant: Alexander Hammid’s Czech Years. Vienna 2002


「伊豆の踊子」の伴奏はとりとめのない印象主義的テクニックで始まる。全音階はもちろんあるが無調は巧みに避ける。最初はミスが多いが、今回9人の即興演奏家の中でも常連でベテランらしい。ピアノからヴァイオリンへの持ち替えや一緒に違うリズムを弾く手法は巧みである。三味線やもちろんヴァイオリンのシーンもヴァイオリンで弾いて見せる。それをすべて人口的な西洋風の5音階で弾いて見せる手法はどっかみたされない違和感が出て来る。

何しろ日本的な日常の細かい問題の積み重ねなのでハリウッドの派手な映画に慣れている一般聴衆にとっては地味で映像も携帯電話に収まらないほど暗ので退出者が相次ぐ。最後に自分も最終電車に乗り遅れるので退出して今回も終わった。
Die Tänzerin von Izu
Japan 1933
Regie / Directed by: Heinosuke Gosho
Länge / Running time: 124 min
Musik / Music by: Günter A. Buchwald (piano & violin)
Einführung / Introduction by: Mika Tomita (National Film Archive of Japan)
Deutsche Erstaufführung einer neuen Restaurierung

Ein Meisterwerk des japanischen Stummfilms nach dem Erfolgsroman von Yasunari Kawabata, der 1968 als erster japanischer Autor mit dem Literatur-Nobelpreis ausgezeichnet wurde. Die melodramatische Geschichte eines Studenten aus Tokio, der sich auf der Halbinsel Izu in eine Tänzerin einer ärmlichen Wandertheatertruppe verliebt, beschreibt Heinosuke Gosho in poetischen Bildern und einer Stimmung, die der den später entstandenen großen Filmen von Yasujiro Ozu ähnelt. / A masterpiece of Japanese silent cinema based on the popular novel by Yasunari Kawabata, who, in 1968, became the first Japanese author to receive the Nobel Prize for Literature. The melodramatic tale of a student from Tokyo, who falls in love with a dancer in a poor traveling theater company on the Izu peninsula, is told by director Gosho with poetic imagery and a tone reminiscent of Yasujiro Ozu’s later major works.
?
Der Roman schildert die Romanze zwischen einem Studenten und einer Wanderschauspielerin vor dem Hintergrund der schönen Landschaft von Izu. Es heißt, Kawabata habe den jungen Helden nach sich selbst gestaltet. Während populäre Fortsetzungsromane gängige Vorlagen für Verfilmungen waren, war es selten, dass wie hier reine Literatur verfilmt wurde. Der Erfolg des Films öffnete dem ?literarischen Film“ die Tore. Als er diesen Film drehte, hatte Heinosuke Gosho seine Position als führender Regisseur bei Shochiku mit über 50 Stummfilmen und dem bei Kritik und Publikum gleichermaßen erfolg?reichen ersten Tonfilm gefestigt. Dennoch drehte er weiterhin Stummfilme, nur hin und wieder erhielt Gosho die Gele?gen?heit, Tonfilme zu realisieren. Goshos Stummfilm-Könnerschaft wird deutlich in diesem Film, der wirkungsvoll die frische Lyrik der Romanvorlage in Bilder umsetzt.
Fumiko Tshuneishi, Le Giornate del Cinema Muto, 2005
One of Goshos greatest successes was his adaptation of Kawabata Yasunari’s novel, “Izu no Odoriko”, a bittersweet tale of doomed love. It was this film that established Gosho as a master of lyrical love stories. It also demonstrated his ability to depict the plight of the poor and the oppressed of society, especially women. As for Gosho’s visual style, it remained remarkably consistent throughout his career. Known as “the director who uses three shots where others use one,” he favored a form of piecemeal montage, which he said owed much to Ernst Lubitsch (i. e., cutting together numerous shots to reveal the texture of his characters’ lives and convey their innermost feelings). As he once said, “All films, as all works of art, must touch the emotions of the audience and touch them deeply. Only if we love our fellow human beings can we ?create. From this love of humanity streams all creativity.”
Arthur Nolletti: Word and Image in Japanese Cinema. Cambridge 2001

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  • [94]
  • 347. シャベール伯爵OBERST CHABERT

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月15日(日)05時48分26秒
  • 返信
 
HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN

意外と入っている。オケはピットまでカーテンで隠されているが3管編成で更にバスクラリネットが加わる。まずはスコアに無いはずの電子音が鳴り響く。スコアの音楽が鳴り始めたらまた中断して電子音が出る。R・シュトラウスのような調性音楽の印象だがシュレッカーと同じ世代でも少し古いと感じる。30分。

休みなしに第二幕でまた電子音。舞台は目つぶしされている。同時代のコルンゴールドよりは深刻でまじめな内容。この指揮者は既にベルリン・ドイツ・オペラでこの曲を取り上げている。多分その時の歌手を連れて来たように歌の演技が板に付いている。実際は重複してない。プッチーニ的な劇的構成法。30分。

また電子音で目つぶし照明。木の映像が凄くきれいだ。更に花火の映像が加わり凄く近く見せてくれるのは初めて。R・シュトラウスの甘さは出て来ない。そのうちに廃墟の映画になってしまう。フランス国家『ラ・マルセイユ』の断片が指導動機のように出る。経歴を見るとこの複雑な作曲家がキルマイヤーの先生だったとは全く想像がつかない。最後にシャベールは自分を撃って死ぬ。ロジーネを毒を飲んだかに見えるが死ぬところまでは演出されていない。35分。

最後にロビーでゲシュプレッヒがあった。シュトットガルトのギーレンの「死者の家から」やケルンの「セラン」までこう言ったちょっと無名なオペラは聴衆の反応を聞くために時々質問させる。

まず、来年度にまた掛けることは可能かの質問。本当はやりたいがもう予定が出ており、完全に抜け落ちている。他のオペラハウスがこの舞台を持って行ってくれることに期待している。とにかく長い時間がかかる。

何のための電子音かは、歌手の着替えの時間に当てたらしい。5つのオペラと2曲の交響曲があり全部で27曲の作品番号があるが、指揮者も他のワルタースハウゼンの曲は全く知らない。今ストラースブールのオペラと上演の交渉しているらしい。このオペラには6週間の準備期間が必要。ワーグナーの面影もあるがもっと近代的である。

なぜこの作品が当時は大成功にもかかわらずツェムリンスキーのように残らなかったのか誰も知らない。少なくともシュレッカー並みの水準があることは確かであるが、3管編成で目立たないこと。3時間近くかかる「刻印された者たち」と比べて90分ちょっとでは印象が弱いことは確かである。上演記録はベルリン・ドイツ・オペラの他に1961年にバーゼルで上演記録があるだけ。

所謂ミュンヘン楽派でワーグナーの源流がある。主役のバリトンが着替えが終わって出て来るが、今までに『ラインの黄金』や『ジークフリート』のヴォータンを歌ったように、いわゆるヘルデン・バリトンの役割らしい。

その他の話題はオーケストラ・マネージメント。WDRがこのオペラ全曲を放送するために来ていた。

Premiere
17 Jun
18:00 H

21 Jun
19:30 H

27 Jun
19:30 H

05 Jul
19:30 H
Letzte Aufführung
13 Jul
19:30 H
Opernhaus
HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
Musiktragödie in drei Aufzügen
Text frei nach Honoré de Balzacs Comtesse à deux maris und Musik von Hermann Wolfgang von Waltershausen
? mit deutschen Übertiteln ?
Von Waltershausens Oper OBERST CHABERT wurde heute Abend erstmals in England am Covent Garden gespielt. Alles verlief reibungslos und wurde begeistert, wo nicht enthusiastisch vom sehr zahlreichen Publikum aufgenommen. - Die Kritiken bewillkommnen das Stück als aufrichtig und gekonnt mit Augenblicken starker Gefühle ... Diese Meldung war am 25. April 1913 in der New York Times zu lesen, bereits einen Tag nach der so erfolgreichen Premiere von Hermann Wolfgang von Waltershausens Oper OBERST CHABERT am Royal Opera House Covent Garden. Nach der Uraufführung am 18. Januar 1912 trat die Musiktragödie einen für einen deutschen Komponisten dieser Jahre jenseits von Richard Strauss selten dagewesenen Siegeszug an. Innerhalb kürzester Zeit war die Oper in Berlin, München, Laibach, Straßburg, Stockholm, Wien, Basel, Brünn, Budapest, London, Prag und Riga zu sehen. La Transaction, Le Comte Chabert, La Comtesse à deux maris, Le Colonel Chabert: Unter vier verschiedenen Titeln erschien Honoré de Balzacs hochemotionaler und zutiefst erschütternder Roman um den vermeintlich von den Toten auferstandenen napoleonischen Oberst Chabert, der nach vielen Jahren der Verschollenheit wieder Zutritt zu seinem wirklichen Leben begehrt. Waltershausen, als Komponist gleichermaßen versiert wie als Schriftsteller, erkannte die dramatischen Qualitäten dieses Stoffes und schrieb auf ein eigenes Libretto einen der wichtigsten Beiträge zum musikalischen Realismus in Deutschland. Seine Musik erreichte sofort ihr Publikum, Waltershausen war über Nacht ein gefeierter Komponist ? bis 1933, als die Nazis ihn als Direktor der Münchner Musikakademie in den Ruhestand zwangen, erlebte seine erfolgreichste Oper weltweit 100 Inszenierungen.
?
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 3. JUNI 2018, 11 UHR
Moderation: Markus Schwering, Musikredakteur Kölner Stadtanzeiger
mit Brunch
…und außerdem…
DER KOMPONIST HERMANN WOLFGANG VON WALTERSHAUSEN
EIN KLINGENDES PORTRAIT
OPERNFOYER | MO, 25. JUNI 2018, 19.30 UHR
?
HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Graf Chabert
Mark Morouse
Graf Ferraud
Peter Tantsits
Rosine
Yannick-Muriel Noah
Derville
Giorgos Kanaris
Godeschal
Martin Tzonev [P] [17.6.|21.6.|27.6.|13.7.]
Stephen Bronk [5.7.]
Boucard
David Fischer
Beethoven Orchester Bonn

Musikalische Leitung
Jacques Lacombe
Regie
Roland Schwab
Bühne
David Hohmann
Video
Janica Aufmwasser, Niclas Siebert, David Sridharan
Kostüme
Renée Listerdal
Licht
Boris Kahnert
Dramaturgie
Andreas K. W. Meyer
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst
Bühnenbildhospitantin
Ida Oline Kuhlmann

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  • [93]
  • 346. マヌリのフルート協奏曲10.07.2018 Dienstag 20:00 Uhr

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月11日(水)23時29分9秒
  • 返信
 
1時間前の解説はパユとマヌリが出て来た。テーマは『革命』。ベートーヴェンの5番が3番と共にフランス革命と関係するからとかである。パユはフランス人でもベルリン・フィルで働いているだけあってドイツ語が完璧に上手い。ここで5番の音源を少し流す。当時にウィーンの反応を聞くがパユは音楽学者ではないので無茶な質問。マヌリは5番の最初のホルンの3度のクレッシェンドが好きだと言うが実際には譜面にクレッシェンドは書いて無いのもあるが、書いてあるものもある。次の木管がクレッシェンドするのでホルンもするのが普通の常識である。ここでロートの学生時代の過去がフルーティストだったという話題になるがこれがこの時点ではコンサートにどう関係するのかわからなかった。フルート協奏曲を振ることは確かである。

新しいアイディア、新しい道、新しいパルスを目指してパユは既に15曲の委嘱をしたらしい。今日のはモーツァルトよりも最も長い25分かかると言っている。他にイベールの協奏曲があるが20分ぐらいらしい。音源として今夜の協奏曲の『劇的な構成』と称する部分を聴かせる。フィルムのシナリオの演出法のように作ってあると強調。ユ二ヴァーサルの時間、トライ、注目、ゲーム感覚のジョーク、ディスコ、印象的などのいろんな語句を並べる。最初の部分は増大の美学と言い切って自立の哲学。ブーレーズのドローンをまた聴かせられる。ピーター・セラーズの会話を聞かせて引用する。直接関係なくともパユがそう終わらせると言う。とにかく終わりにいろんな状況が生まれ、迷路に嵌ってしまうと言う。本当は革命は考えていないと本音も吐く。

ロビーは各国の国家の展示会。イスラエル、トルコ、韓国、アメリカ、フランス、ソヴエトユニオン、もちろん「君が代」もありできたいきさつを解説。アイスラーによるDDRの国歌。ハイドンのドイツ国家は吹奏楽伴奏のパート譜を全部展示して見せる。ラッヘンマンの「ドイツ・リート」の弦楽四重奏曲協奏曲のスコアの展示、もちろんシュトックハウゼンの『ヒムネン』の展示も出て来る。エッゲルトのピアノ曲はいろんな国家のメドレーらしい。ウッドストックもある。それ以外にはザールランドの「州歌」がある。

ドイツが予選で負けたのにフランスとベルギー戦のサッカーの途中経過と結果をロビーに張り出している。後でわかったがチケットが当日売りの立ち見しかない。座りの席売り切れでもがら空きなのはチケットを持っている客がコンサートに来るようにの配慮なのであろう。それでも自宅でTV見てる人が多すぎる。負けずにコンサートもネット生中継でTVカメラが3台入っている。

『フィンガルの洞窟』は自分は初めて高1で生のプロオケに行った時以来聴く曲目。当時は山田和夫指揮の読売日響だった。その後有名なヴァイオリン協奏曲、最後が『新世界』だった。実際に見るとベートーヴェンの一般交響曲と同じ2222-2200PK‐12、10、8、6、4であることがわかる。チェロの旋律に凄く艶があるが意外とフレーズが霞んで切れてしまう。トゥッティがトランペットに弦が覆われ弦の刻みが良くわからない。十分に硬くて重くていいが、必ずしもトゥッティが一緒に出れるわけでもない。コーダはサワリッシュ・N響の様な幸せなロマンティシズムは二度と出て来ない別な物。最終稿で10分14秒。

これでオーソドックスなコンポーザー・イン・レジデンスが終わるマヌリの最後の曲。アンティックシンバルが加われると鍵盤打楽器が7になり4人でやれるようになっているらしい。マリンバは高音の木琴まで繋いだように長大な物。弦はそのまま12型。

スペクトルのような音の広がり方。ルトスラフスキーのように各パートを繰り返してテンピを自由にする。普通の長いカデンツァ。メシアンのような和音の房。駒の上では全弦のトゥッティにすると良く聴こえるようだ。もうマリンバのトレモロだけはもう二度と聴きたくないが、ここにもすぐ出て来て非常に残念だ。フルートがオーソドックスに良く動く。『イタリアのハロルド』の様にひねくれたらもっと面白かったろうに。リムスキー・コルサコフ風のピチカートの繰り返し。和音の塊の早いパッセージ。最後のクライマックスで指揮者が素早くピッコロに持ち替え一緒に吹く。この部分はフルート全員が休みだから吹けない指揮者でも「指揮」はできるようだ!23分9秒。

休みはロビーでサッカー情報。0対0.

ベト5はこれまでアマでは4年前に福島大学の学生オケで、プロが晩年のチェリで本番は売り切れているのでミュンヘン・フィルのGPで聴いた。フルトヴェングラーを除いてこの曲は豪快にならしまくると成功する。ベーム、バーンスタイン、チェリビダッケ、みんなそうだ。普通は木管だけ倍管で16型だが今回は12型そのまま。

ヴィブラートの無い弦、穴空きトランペット、トロンボーンはアルトも含むバロックポザウネンらしい。拍手が終わらないうちにすぐ始まる。ファゴットがあんなに強いアクセント吹いてもひっくり返らないのが驚異的。6分53秒。変なチェロの旋律の切り方。コンバスはオクターブ低いCも弾いている。9分17秒。トランペットの音の出し方はサロネンを思わせ良く弦に混ざる。5分12秒。管楽器が皆綺麗にハーモニー化している。テインパニのトレモロは最高に速い。全体的に速くテンポを動かしまわるので全部合い切れない。10分22秒。最後のアップラウスで指揮者がフランスチームのユニホーム着て出て来てフランスが勝ったことを告げて解散。

帰りは木が倒れて架線が切れて単線通行で24分遅れで着く。


E. Pahud, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Beethoven, Manoury, Mendelssohn Bartholdy
Kölner Philharmonie

Emmanuel Pahud Flöte

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Felix Mendelssohn Bartholdy
Ouvertüre h-Moll "Die Hebriden oder Die Fingals-Höhle" op. 26 (1829?30/1832)
für Orchester

Philippe Manoury
Konzert für Flöte und Orchester (2017?18)
Auftragswerk des Gürzenich-Orchesters Köln

Pause

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 5 c-Moll op. 67 (1804?08)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 21:45

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [92]
  • 345. ケルンの「秘密の結婚」、7月5日Domenico Cimarosa

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月 6日(金)23時27分40秒
  • 返信
 
12時半からの公開プローベは今年でやっと2回目。日曜日のギュルツニッヒの今シーズン最後の定期のための練習で、何時もの「フィンガルの洞窟」や「運命交響曲」の傍らに委嘱されたマヌリのフルート協奏曲が含まれる。まだ初演してないで練習中なので間に合わないのでその練習を公開してる。フルートはこれまたベルリン・フィルのパユで作曲者も同席している。

フルートのソロから始まるらしい。旋律のところどころにフラッターツンゲが入っているのはブーレーズの「メモリアル」を徹底的に勉強した跡が見られる。スコアだけではなくパート譜もきれいにPCで浄書されているのが今日では主流らしい。さすがパユのフルートのアタックは凄い迫力。ロートがアナリーゼして解説。フランス語で作曲者にも質問して練習風景のすべてをドイツ語にも直して公開する。「そんなにppではなく」という答えが返ってくる。9小節目のトレモロがはっきりしないという注文。ヴァイオリンのリズムは完全に記譜されていなくて自由だという事を解説。ブーレーズのようにすぐフェルマーターでテンポを止めるところは完全に「メモリアル」の手法。3管編成であるがフランス流らしくティンパニは無く鍵盤打楽器がメシアン流に結構多く3人で少なくとも6台を受け持つ。34小節目は「静かに」。2・3Undと言う始め方は2拍目と3拍目ガ2:3になっている変拍子であることを悟る。

弦楽器の分割に付いて説明。15小節はもっと分離してキャラクター化するように注文。47小節目の木管楽器のパッセージではなくて和音の方を整理するのはフランス流らしい。67小節目はMeno mp と注文。ポザウネンが出て来ないので曲を客のために飛ばして特別練習。原画12、10、8、5、4らしい。168小せつぃめの弦のトレモロの練習。更に駒の後ろで弾く奏法をコンマスで解説。作曲者がもっとプレスと注文。トゥッティでデモンストレーション。全体的に何時ものフランス・アカデミズムでそんなに面白くない。

ギュルツニッヒはこのようにしてブラームスやマーラー、R・シュトラウスの作品を初演してきたから今もやっているとこの意義を強調。3回のコンサート全部来るように(笑)または最終日の火曜日はインターネットでライブもあると聴衆に宣伝。一応火曜日だけのチケットは確保したがそんなに行けない!

夜の「秘密の結婚」は結局解説はなかったようなので遅く定刻までに行く。行く前で図書館が楽譜見たが、1792年2月7日の初演稿はウイーン版の序曲があったらしい。ビデオを見る限り最も長いのは3時間越しているが、この日も定刻の7時半に始まるのでカットしているだろうと思っていたのが甘かった。

チマローザはボッケリーニ、ペルゴレージ、ケルビーニらと並ぶイタリア古典派の代表格。ピットはコンバスを両端に一人ずつ並べる第一第二ヴァイオリンに次ぐ対象配置。

まず始まり方が1年前にウィーンで初演された「魔笛」と全く同じ始まり型。これはニ長調であるが、絶対に当時作曲者も聴いていたと確信できる。指揮者は立ってチェンバロ弾けるようにセットされている。ティンパニの短い撥は隣の穴空きトランペットより暴走してしまう。指揮者は聴くよりも煽るタイプなのか?オーボエとファゴットとホルンが正面だが、フルートとクラリネットが左横なのは出番が少なくしょっちゅう出入りができるためらしい。

にぎやかな台本通りの舞台、衣装も当時のもの。テノールが生々しくすべてが聴こえる音程ではない。女声は安定しているが少し声が小さいのは舞台が前方ほど下がっているためか?指揮者の装飾のふんだんなチェンバロが始まるが、もう一人第二チェンバロもいてカラヤン方式に見えるがユニゾンではなくて互いに受け渡して即興しているらしい。従ってオケのアリアの最中でもチェンバロが響く。ウィーンで30年前やっていたラインスドルフやマッケラス、フランクフルトのカンブルランのソロの弾き振りともちょっと違う。

バレエ団と思われる3人組がしょっちゅう入ってきて曲芸を披露してくれる。途中でちょっと聴衆にも単純な繰り返しを歌わせる。鶏のようなスカートと鶏冠のような被り物、それに大きな本の階段は子供オペラみたいなお笑い演で羽目まで出ている!アリアの終わりは当時のモーツァルトと同じカデンツだがオーケストレーションがシューマンみたいに重ねっぱなして色彩感がない。100分。

この第二チェンバロ奏者は変な奴で明かりを最小限に落としっぱなしでほとんど暗闇で弾いている。歌手たちが鶏の鳴き声の真似をして面白い。ロッシーニのような低音の早口アリア。守護霊のようなオーケストラの伴奏はしょっちゅう歌手を守るプロンプターと共に次ノ道を案内している。「愛の妙薬」のドゥルカメラを思わせるバスのインチキ臭い歌唱。それにしても2台のチェンバロの反応する即興が素晴らしい。各幕の長いフィナーレがモーツァルトと同じ作り方。ティンパニのDの調律が高すぎてすぐに直さない。全曲カットなし。後半は90分で合計3時間10分。

Il matrimonio segreto
Dramma giocoso per musica in zwei Akten
Libretto von Giovanni Bertati nach der Komödie "The Clandestine Marriage" von George Colman und David Garrick
Musik von Domenico Cimarosa (1749 - 1801)
Übernahme einer Produktion der Festwochen der Alten Musik Innsbruck, aus dem Sommer 2016
Do /
Jul 18
StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:55 / Vorstellung / 12 ? - 69 ?
Inhalt
Der?reiche Kaufmann Geronimo will seine jüngere Tochter Carolina unbedingt mit einem Adeligen verheiraten, um selbst in die feine Gesellschaft aufzusteigen. Diese hat jedoch Paolino geheiratet ? um dem Zorn ihres Vaters zu entgehen ? heimlich. Das Ehepaar hofft, dass Elisetta die ehrgeizigen Vorstellungen des … Vaters erfüllen wird. Deshalb hat Paolino den verarmten Grafen Robinson als Heiratskandidaten ins Haus des Kaufmanns eingeführt. Doch der schöne Plan geht schief: Robinson verliebt sich in Carolina, die Witwe Fidalma in Paolino. Die verschmähte Elisetta überzeugt ihren Vater Geronimo, ihre Schwester Carolina in ein Kloster zu schicken. Daraufhin unternehmen Carolina und Paolino einen Fluchtversuch, werden jedoch von Elisetta entdeckt und vor allen Hausbewohnern gestellt. Die heimlich vollzogene Ehe fliegt auf, die Pläne des Vaters werden kurzerhand umstruktuiert ...
Der früh verwaiste Domenico Cimarosa erhielt seine umfangreiche Ausbildung als Organist, Geiger, Cembalist und Sänger in Neapel. Kompositionsunterricht erhielt er bei Piccinni, der, wie Paisiello, bald zu seinem schärfsten Konkurrenten wurde. Erst als Piccinni nach Paris und Paisiello nach St. Petersburg berufen wurden, festigte Cimarosa sein Ansehen. 1777 schrieb er erstmals eine Oper für Rom, 1781 eine für Venedig ? und Mitte der 1780er Jahre gehörte er zu den meistgespielten italienischen Komponisten. 1791 ernannte ihn Kaiser Leopold II. als Nachfolger Salieris zum Hofkapellmeister in Wien, wo er am 7. Februar 1792 an der dortigen Hofoper ? heute Burgtheater ? mit ?Il matrimonio segreto? seinen größten Dauererfolg erzielen konnte.
Cimarosas Librettist Giovanni Bertati griff auf die englische Komödie ?The Clandestine Marriage? zurück, die wiederum von William Hogarths Stichen inspiriert wurde. Bertati milderte die beißende Satire der englischen Vorlage und näherte das Stück der italienischen Komödie an. ?Il matrimonio segreto? ist ein liebenswert empfindsames Stück, das bis heute nichts von seinem Reiz eingebüßt hat. Cimarosas Typen stammen zwar aus dem Arsenal der Commedia dell’arte, doch sind seine Figuren nicht nur einseitig komisch, sondern um die Fähigkeit zu wahren Gefühlen erweitert.
Bei der zweiten Vorstellung von ?Il matrimonio segreto? am Burgtheater geschah in der Geschichte der Oper etwas noch nie Dagewesenes: Kaiser Leopold II. bat um die Wiederholung nicht nur einzelner Arien, sondern der ganzen Oper!
?Ihr glaubt, dass Bräutigame sich wie Liebhaber benehmen?? (Geronimo, I. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung Gianluca Capuano / Inszenierung Renaud Doucet / Bühne & Kostüme André Barbe / Licht Andreas Grüter /
Geronimo, ein reicher Kaufherr
Donato di Stefano
Elisetta, seine Tochter
Emily Hindrichs
Carolina, seine Tochter
Anna Palimina
Fidalma, seine Schwester
Jennifer Larmore
Graf Robinson
Renato Girolami
Paolino, Buchhalter bei Geronimo
Norman Reinhardt
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [91]
  • S-2. 書評:芸術・メディアの視座―

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月 2日(月)05時15分10秒
  • 返信
 
映像と音楽を学ぶ人へのアート・スタディーズ 単行本 ? 2008/3 芸術メディア研究会編

これは読んでからもう4年が経とうとしている。いわゆる現代の総合芸術と言われる問題の整理と新たな発展を展望している論文集の集まりである。

自分は本来パフォーマンス・アーティストではないが、最近この手法はオペラや演劇までに広まり、音楽や筋以外に毎回主に視覚的な方法で見せられているので無視できない時代に入ったことを悟らせられる。

項目は大きく「写真」、「映画」、「音楽」、そしてインターネットなどが入り込むマルチメディアまで入って来るが、この本が出版された時期はまだ2005年であるから今年2018年の預言の書のような役割を果たしている。

その結果、どう具体的に実現したかと言うと余りパフォーマンスなどではなくて直接毎晩日替わりで上演されている通常の演劇やオペラに取り入れられるのが多くなってここで重い腰を上げて見た結果次第である。筋や音楽はそのままでも台本の読み替えによって設定か180度変わる演出が現代では主流であり流行である。もちろん機械的や電気的な手段を通さなくとも素手で嬰を掻いたり文字を書くことは既に頻繁に行われている。

写真は主に舞台背景として良く使われている昔で言う幻灯機みたいなもので設定を安易に素早く変えることができる。ただ舞台の進行に従って動かないので舞台美術段階止まりで、それをしょっちゅう替えるかいっそのことフィルムの一場面として取り込まれるかの運命にある。

映像は映画としてベルクの「ルル」でオペラの中に取り入れられたのが最初ではなかろうか?特に第三幕は未完成で本来のフリードリッヒ・ツェルハの完成版を著作権の理由から使いたがらない上演が多く、休憩と共にそこにオペラ映画としてボンでまとめて「上映」してしまった記憶が思い出される。それも当時の白黒映画ではなくてその演出のためにわざわざ撮った映像を使うことが多くなったが、長い再演が多くなると歌手そのものが交代して映像と噛み合うことが無くなってしまう。

最近は無声映画のライブ演奏が多くて、有声の映画でもわざわざ高い生オケを出してきて上映するパターンが多くなってきている。今年のボン大学でも例年のようにソロかソリの恒例の生演奏での無声映画大会が開催されるであろう。ほとんどすべては即興なので上演の毎に音楽は変わるがそういう専門の即興音楽家がドイツにたくさん生息していることにも注目すべきである。主にピアノであるが一番多いのがヴァイオリンの持ち替えで、次に多いのがフルートとか打楽器であろうが二重同時演奏も自由は少なくなるが可能ではある。

その音楽部門であるが、河合明がケージの偶然性や不確定性から始まって集団即興へと向かう筋道を立てているが、実際に毎晩の常打ちに使われるのは無声映画の上演であろう。次の環境音楽の環境音は音楽の無い演劇の効果音と同じ種類で昔から既に使われているが、ジャズなどの即興音楽そのものは毎回変わるのでここでは書評の対象とはできない。そう書いても、普通は映像が無いし、次の上演は違うので誰も確認できないためである。もちろんこれは生を原則としている。CDで固めてもTakeで違うし音楽を掴みようがない。昔からあるライブの音楽映画もここでは言及できない。

最後にマルチメディアであろうが、結局行き着いたのはインターネットであることになってしまったらしい。ユーチューブでいろんな音楽の素材を呼び出しそれを組み合わせることによって新しい音楽を構成することが可能だからである。まとめてマルチ録音もできるが、映像の場合はすべての画像を一緒にするのが難しく、それぞれの画像の数だけスクリーンに出してバイロイトのシュリンゲンズィーフの「パルシファル」のようにオペラの中で同時上映するしかない。

いずれにせよこの本は当時の芸術・メディアの展望途中論と言う領域を出ないと思われる。

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  • [90]
  • 344. ボンの「2人のフォスカリ」I DUE FOSCARI

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 7月 1日(日)05時04分54秒
  • 返信
 
29  Jun  19:30 H GIUSEPPE VERDI

シューマンハウスで世界の国ごとのピアノ現代曲集を漁る。ドイツは言うまでもないが、色々譜面を見比べて一番前衛そうなブラジルとルーマニアの現代ピアノ音楽も買ってくる。それぞれ2巻に分かれているが、第一巻はほとんどドビッシーかバルトークのような近代音楽と言うべき作品の羅列、第二巻からラジカルが記譜法が並んでいる。計6冊を買い出ようとしたら「現代音楽の展望」に関する論文集に目が留まる。ウォルフガング・ブルデが監修しハンス・ハインツ・シュテユッケンシュミットの65歳の誕生日に捧げられた1968年代のそうそうたるメンバーが揃っている。テオドール・w・アドルノやヨーゼフ・ルーファーらに交じって吉田秀和の論文に目が留まる。この人は自分を音楽評論家と称しているので日本国内ではその評論しか読んだことがないが、ドイツなどの国外で音楽学の仕事を特に難解な現代音楽において本気でまじめにしてたのは知らなかった。今の偽評論家と比べると雲泥の差である。テーマは「日本の最近の100年間の音楽の発展」と言う題名であるが、難解なドイツ語でびっしりと書いてある。重宝なのでピアノの楽譜と一緒に買って来た。全7冊3ユーロ也。

その後オペラの前に鈴木昭夫の音響アートを地図で探して行って見たが現地には何もなく未だに謎で結局探しきれなかった。

肝心のオペラの方であるがこのオペラはスカラ座だったか一度通してヴィデオで見たことがある。筋が地味だが、「フィガロの結婚」と同じ長さの2時間50分かかったと記憶している。今回はそれよりも早く終わりそうなので繰り返しはかなりカットしていると思われる。

ボン・オペラはここ数年ヴェルディの初期の珍しいオペラを片っ端から上演して、これらはすべてイタリアオペラ専門のフンブルクの指揮である。彼もさすがに歳を取って白髪だらけで凄く円熟して未だに大振りではあるが既に巨匠の地位にまで進化している。木管が正面に座る。弦が10型ぐらいでコンバスは3だがさすがにバランスが良く、前回まで聴こえなかった弦の霞までも聴こえる、かと言って歌が聴こえないわけでもない。

しかし短い前奏の後の狭い舞台だが綿密に作られている中での歌手の立ち上がりが良くなくて、男性陣:フランチェスコとヤコポ声が生煮えでちぐはぐに聴こえる。本番の前の発声を十分にやってないような感じである。現代的な服装であるが、回り舞台で合唱もその前でしか歌わないのでピアニッシモでも何時ものヴェルディ節の音響のバランスが文句なしに出て来る。「リゴレット」や「椿姫」のような単純書法のアリアが頻繁に出てくる。TVカメラを持った合唱団は映さないで演技だけ。父が息子を解放する。イタリア系の歌手たちであるがエンジンがかからなくて生々しく聴こえる。すべての音域が一様でなく斑があるのだ。フランチェスコが特に大きくかぶって無理に出そうとするから声が一様にならないし息が続かない。マシンガンを持った警備兵。ドニゼッティが良く使う伴奏形。舞台の大きなテープ・レコーダーが回る。
ルクレツィアの声はロシア系だが最初から申し分なしノドラマティコ。40分でカットしないと60分と思われる。

2幕はヴァイオリンとチェロのソリで始まる。回り舞台を使っていちいちすべての舞台を転換する。元気で激しく劇的な伴奏。鋭いピッコロなどは作曲技法の欠陥を良く補っている。舞台裏のバンダは録音らしい。ここでやっとフォスカリ親子の声のエンジンがかかって満足のいくような声になる。26分。2幕途中で大きく舞台転換。ドージェの講演。子をまた監獄に送る親子の葛藤。法律がすべてだとするどっかの国ようなテーマを強調する。10分。

3幕の頭はエクストラ・コアが入っているので音量が豊富に出て来る。イタリア賛歌の豪華な舞台。ヤコポがまず最初にピストル自殺をする。ドージェのモノローグト血だらけの妻のモノローグ。血を総督にも塗る。更にフランチェスコの長いアリアは合唱の支えを伴う。妻はドージェにも自殺させようとピストルを持たせたところで終わる。32分。



Opernhaus
GIUSEPPE VERDI
Lyrische Tragödie in drei Akten
Libretto von Francesco Maria Piave nach George Byrons
Drama THE TWO FOSCARI
? in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln ?
I DUE FOSCARI ist erst die sechste Oper des jungen Giuseppe Verdi, und doch zeigt das Werk schon viel von späterer Meisterschaft: große theaterwirksame Szenen, aber auch intime, lyrische Momente, und eine Tendenz, vor allem in den Finali des zweiten und dritten Aktes, einzelne musikalische Nummern zu größeren Einheiten zusammenzufügen und so die dramatische Spannung zu steigern. Auch faszinierten den Komponisten der Stoff und vor allem die handelnden Personen: Ein tragischer alter Mann ? der Doge Francesco Foscari, dessen Familie durch Hass und Intrigen zerstört wird ?, sein unschuldig verurteilter Sohn, ein bösartiger Gegenspieler und schließlich eine aufopfernd liebende Frau. Vor dem Ambiente des Venedig des 15. Jahrhunderts entfaltet sich ein Renaissance-Drama voller glühender Intensität und Spannung. Vorlage für Giuseppe Verdi und seinen Librettisten Francesco Maria Piave war die 1821 erschienene Tragödie THE TWO FOSCARI des englischen Dramatikers Lord Byron. Dreizehn Jahre vor SIMON BOCCANEGRA bearbeitete Verdi hier erstmals einen Dogen-Stoff, und vieles, was in späteren Werken wie RIGOLETTO oder IL TROVATORE zur Meisterschaft entwickelt ist, lässt sich in I DUE FOSCARI schon erahnen. Mit dieser Oper schließt die Oper Bonn ihren Zyklus mit frühen Verdi- Opern ab; in dieser Reihe waren zuvor GIOVANNA D’ARCO, JÉRUSALEM und ATTILA zu erleben gewesen.

HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere
ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich
auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Francesco Foscari???????????????????????????????????????????????????????
Lucio Gallo [P] [6.5.|11.5.|19.5.|26.5.|3.6.|24.6.|29.6.]
Jacopo Foscari????????????????????????????? ????????????????????????????????
Felipe Rojas Velozo
Lucrezia Contarini???????????????????????????????????????????????????????
Anna Princeva
Pisana
Ava Gesell *
Jacopo Loredano????????????????????????????????????????????
Leonard Bernad
Barbarigo
Christian Georg
Chor / Extrachor des THEATER BONN
?
Beethoven Orchester Bonn
?
Musikalische Leitung
Will Humburg
Regie
Philipp Kochheim
Bühne
Piero Vinciguerra
Kostüme
Mathilde Grebot
Licht
Max Karbe
Choreinstudierung
Marco Medved
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
* Studentin der Hochschule für Musik und Tanz Köln

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  • [89]
  • 343.ボンの「トゥーランドット」6月22日TURANDOT

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 6月24日(日)05時22分25秒
  • 返信
 
まずジークブルクの図書館に行ってカフカの「城」などの小説の本を貰ってくる。全813ページにその文芸の価値を感じる。

次にサンクト・アウグスティンに降りてタンツ・グロッケンシュピールを自分が踏んだのをヴィデオに撮ってみる。1個壊れているらしく市役所前は新しくとも作ったのは古くてかなり年季が入っているようだ。子供が広場や公園で体を動かしながら遊べる音楽の玩具である。

その後に何時ものようにシューマンハウスに行く。楽譜や本ががいっぱいあったがハイドンのピアノトリオだけでそれ以上は重くなるのでやめとく。次回は世界の現代ピアノ曲集に関心がある。一応シューマンの博物館の晩年の遺品などのヴィデオを出しとく。

その後にSuzuki・Akioの博物館に住所がめちゃくちゃでやっと行ったが他の人の作品ばかりで肝心の本人のは見当たらなかった。どうも歴代の街のアーティストの展示をしているらしくて。多くは一人に一部屋与えられて好きな物を音付きで展示しているようだ。学校の廃校の後で黒板などが残るボロボロの校舎だか肝心のトイレなどはちゃんと機能している。音響作曲家と言うよりも視覚的なクンストが多い。絵画、ヴィデオ、音響、オブジェなどが何時もの特徴である。

最後にオペラに行く。最後の公演にも関わらずチケットは売り切れで満席の状況。右のバルコニーにファンファーレ隊の譜面台が陣取っていた。

肝心の舞台そのものはこじんまりとしているが装置は巧妙に作られ飽きにくい設定になってた。ケルンと違って歌手が近いので音響上の問題が非常に少ない。「トゥーランドット」そのものはウィーンからシュトットガルトまで長くお供しているが何時ものようにプッチーニはマーラーと同じくらいの数の作品しかないのに豪華な音を響かせる。

小さな目つぶしの光が来るが舞台転換ではないらしい。ファンファーレ舞台はかっこいいが舞台上に合唱とは合わないでずれている。コーラスを無理やり指揮して合わせようとするので余計に合わなくなる。アバドはこういう状況の時は指揮を止めて彼らに任せたものだ。6本のトランペットは3パートしかないので3本に縮小されている。サクソホーンはそこにはいなくて舞台に直接1本出てくる。2本とスコアに書かれているがユニゾンらしく1本に節約できるのか?ほかの打楽器も同様で多分ピットにまとめて全部入れられているのだと思う。しかしこんなにコアとオケが合わない演奏って他には知らない。ファンファーレは飛び出さないのでちっとも豪華でなく面白くない。指揮者がイタリア系で馬鹿の一つ覚えで歌を常に出さなければいけないからか?トゥーランドット、カラフ、リューの主要3役は十分に声が出ていてヴェローナでも使えるレベルの声だ。クビが切られて血が流れるがその前に下に過去に切られて首が1ダースは転がっている。ピン・ポン・パンも合いにくい。31分45秒。

金管がとにかく鳴らないので不満。12型で4つのコンバスもそんなに鳴らないが、金管を抑えて響かすこともありそれほど面白いもんではない。我々の普段使っている生ごみ専用のゴミ箱が出て来て首を片付けて笑いを誘う。水パイプが出て来て吸う。最後に女たちが出て来て生首を全部ゴミ箱に入れて持って行ってしまう。次に出てくるのは諸氏百家か?裁判官又は審査員の働きをする。45分22秒。

また目つぶしの照明。裸の女や金銀財宝でカラフを誘惑するが拒否する。ピン・ポン・パンがリューを拷問する。子供のコーラスも大量に使って祝典は終わる。アルファーノ版、どっかで何時か原典のピアノ譜に沿ったべリオ版を聴いてみたい。40分14秒。


Letzte Aufführung
22 Jun
19:30 H
Opernhaus
Giacomo Puccini
Lyrisches Drama in drei Akten [fünf Bildern]
Dichtung von Giuseppe Adami und Renato Simoni
In italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Ein lebensgefährliches Quiz: Prinzessin Turandot wird nur denjenigen Bewerber königlicher Herkunft heiraten, der ihre drei Rätsel zu lösen vermag. Wer die Probe nicht besteht, ist des Todes. Schon viele Große haben ihr Glück versucht und ihr Leben verloren. Auch Prinz Kalaf, im Mondschein dem Zauber Turandots erlegen, fordert die Prinzessin zum (selbst)mörderischen Spiel. Und siegt. Hat er erkannt, was niemand zuvor bemerkte: Dass es nicht gilt, Turandots Stolz zu brechen, sondern die Liebe und das Vertrauen der schwer Traumatisierten [einst hatte ein fremder König ihre Ahnin Lou-ling geraubt und getötet] zu erringen?

Das Team Silviu Purcarete/Helmut Stürmer hat am THEATER BONN wiederholt mit großem Erfolg Inszenierungen auf die Bühne gebracht, darunter SATYAGRAHA und LUCIA DI LAMMERMOOR. Bisherige Stationen ihrer internationalen Arbeit für Oper und Schauspiel waren unter anderem die Wiener Staatsoper, die Scottish Opera und das Glyndebourne Festival.
Besetzung
Turandot
Zoya? Tsererina
Altoum?
Johannes Mertes
Timur
Leonard Bernad
Kalaf
George Oniani
Liù
Yannick-Muriel Noah
Sumi Hwang
Ping
Yang Di *
Pang
David Fischer
Pong
Christian Georg
Ein Mandarin
Sven Bakin
2 Fanciuelle
Brigitte Jung
Christina Kallergis
2 Fanciuelle
Jeannette Katzer
Martina Kellermann
Chor und Extrachor des Theater Bonn
Kinder- und Jugendchor des Theater Bonn
Statisterie des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung
Marco Medved
Inszenierung
Silviu Purcarete
Austattung
Helmut Stürmer
Regiemitarbeit
Nikolaus Wolcz
Licht
Max Karbe
Choreinstudierung
Marco Medved
Einstudierung Kinderchor
Ekaterina Klewitz
Szenische Leitung der Wiederaufnahme
Mark Daniel Hirsch
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Inspizienz
Tilla Foljanty

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  • [88]
  • 342. 「アトランティスの王」と「ロメオとジュリエット」15.06.18

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 6月17日(日)04時54分15秒
  • 返信
 
始めケルンの音大で学会があったが、汽車は運休するし皇族の電車は遅れるで出席どころではなかった。そもそもやる気が無いらしく誰も来てなかった。来ゼメの音大オケの予定表を見ると2回の演奏会が組まれ、ベートーヴェンの5番と6番は普通だが、ブルックナーの9番の完成版には斬新さで打たれた。サマーレ・フィリップス・コールズ・マズッカの共同完成版である。楽器編成の原画16、16、12、12、8と言うワーグナーの「リング」から来る編成なのも光った。
Musik in Innenräumen - Workshop Freitag, 09:15 Uhr, Raum 14 (Köln)
そこで音楽図書館で楽譜を眺めていたら最近出版されたべーレンライターのメンデルスゾーンの協奏曲や序曲は交響曲だけは無くてそれぞて初稿があるという事に気が付いた。まず「へブリデン」はローマ版とロンドン版がありそれぞれ2稿ずつに分かれているのはワーグナーの「タンホイザー」の計5稿もあるドレスデン版を思い起こさせる。「静かな海と楽しい航海」も1828年版と1834年版があり、「美しきメルジーネ」も1834年版と1835年版に分かれる。普通の現行版は最終稿版である。更に第5交響曲も2稿に分かれ、ヴィオリン協奏曲も1844年版と1845年版がある。
とにかく楽譜を買いながら夜まで待って、今生きているドイツ人のヤコブ・ウールマンではなくて戦前に殺されたヴィクトル・ウールマンの「アトランティスの王」に急遽演劇を変更していくことにした。このオペラは30年まえにシュトットガルトの音大の公演で舞台上演を見たことがあるが、結局は残らなかった作品として二度と出会わないであろうと思って大した興味も無く過ぎて行った。作曲者は人智学作曲家で後にナチスに捕まりアウシュヴィッツの収容所で殺された一人である。ピアノ・ソナタが良く取り上げられるが、他にオペラは「壊された知性」などがある。
この会場のプロテスタントの三位一体教会は一度来たことがある。ケルン・オペラの公演で「ねじの回転」だったが、当時は大掛かりな舞台装置に隠されてどんな教会かよくわからなかった。昨日は外国の大学による学生オケもコンサートしてて礼拝よりも人が入るので頻繁に演奏会に貸すらしい。運よく脇にトイレもあり聴衆が入り安くなっている。ブリテンのオペラは教会オペラが多いのでそれもあるようだが、今回は指揮科の卒業試験に使っている。お金が十分に無いので演奏会形式だがちょっとした装置なしの演技は付いている。昨シーズンはケルン・オペラでもかかっていたが見逃したので来てみた。弦5部一人ずつでコンバスが4弦、7人のソリスト、フルート、オーボエ、クラリネット、サックス、トランペット、打楽器2名、バンジョー、ギター、ハーモ二ウム、ピアノの編成はくルシェネックや、クルト・ヴァイルを思わせる。
ここの。教会は凄く良く声が響き、ケルン・オペラが使いたがったのも良くわかるが、当時は巨大な舞台装置でその利点の大半が失われてしまった。今回は学生の演奏とは言え音響が良くないスターテンハウスの不満を思う存分に解消することができた。とにかくこの曲は30年ぶりに聴くが、ツェムリンスキーやシュレッカー聴いた後の耳には作曲上の未熟さは全く感じなくなってしまった。結局当時の自分の耳は間違っていたことになる。
小太鼓が行進曲のように常になっているが、繰り返しは少なく定常リズムはない。当時下り来る戦争を予期したかのようだ。53分。
暑くて500mlで28セントの安缶ビールを飲み干してしまったので頭が痛い。
Masterprüfung Dirigieren Musiktheater
Freitag, 19:30 Uhr, Trinitatiskirche (Köln)
?
Masterprojekt Yoorina Bae, Klasse Prof. Alexander Rumpf - Dirigieren Musiktheater
Der Kaiser von Atlantis oder die Tod-Verweigerung
Kammeroper in einem Akt von Peter Kein, Musik von Viktor Ullmann
konzertante Aufführung in deutscher Sprache?
mit Gesangssolist*innen der Hochschule für Musik und Tanz Köln und der Oper Köln
Boyan Di, Kaiser Overall
Maximilian Haschemi, Der Lautsprecher
Lucas Singer a.G., der Tod
Martin Koch a.G., Harlekin
Maximilian Fieth, ein Soldat
Svenja Lehmann, Bubikopf, ein Soldat
Rina Hirayama, der Trommler
Ein Instrumentalensemble der Hochschule für Musik und Tanz Köln?
Yoorina Bae, Dirigentin
Eintritt:
frei
Adresse:
Filzengraben 6, 50676 Köln
Termine:
Mi, 27. Juni 2018, 20:00 Uhr, Aula Uni Köln

と言うわけで「ロメオとジュリエット」は90分は遅れて途中から入る。オペラと同じ現代的舞台とコスチューム。Hでいやらしい演技は当時にはなかった。セリフは現代的にかなり書き換えられたらしい。理想と現実の愛のシーン。みんな不自然にならないくらいにマイクを通している。2人のベット・シーンの映画が現実の芝居と並行して流れる。心の中で思っていることが録音で流れる。ジュリエットの立ったままの死亡が象徴的、ナイフもベットも何も出て来ない。ロメオも死ぬ、スリルの無い舞台。役者は素晴らしく演出が大した面白く無い上演だった。休みなしの2時間20分。
342. Romeo und Julia
von William Shakespeare
In der Übersetzung von Gesine Danckwart

Eigentlich war Romeo nur in der Hoffnung zum Maskenball des verfeindeten Capulet-Clans gegangen, seine Angebetete Rosalinde dort zu sehen. Stattdessen begegnet er Julia ? Nachname: Capulet ?, verliebt sich haltlos, heiratet sie heimlich, ermordet ihren Cousin, geht in die Verbannung, kehrt zurück in seine Heimatstadt Verona, um sich in der Gruft der vermeintlich toten (in Wahrheit jedoch nur betäubten) Geliebten umzubringen. Und Julia folgt ihm in die Unterwelt wie Orpheus der Euridike. ?Two star-crossed lovers? … in unausweichlichem Schicksal oder frei und mutvoll handelnd? Zwei jedenfalls, die inmitten einer identitätswütenden Umgebung begreifen, dass man die Welt auch ?vom Unterschied aus erfahren kann? (Alain Badiou). Zwei Liebende.

Die junge Regisseurin Pınar Karabulut eröffnete zuletzt die Außenspielstätte am Offenbachplatz mit ihrer Uraufführung von Dirk Lauckes Stück KARNICKEL. Mit dynamischen Inszenierungen, in denen sie klassische wie zeitgenössische Stoffe aus überraschenden Blickwinkeln betrachtet und mit großem szenischen Einfallsreichtum auf die Bühne bringt, hat sie sich innerhalb kurzer Zeit einen Namen in der deutschen Theaterlandschaft gemacht. Mit Shakespeares großer Liebestragödie ROMEO UND JULIA ist erstmals eine Arbeit von Pınar Karabulut im Depot 1 des Schauspiel Köln zu sehen.

Besetzung
Romeo
Thomas Brandt
Julia
Kristin Steffen
Mercutio
Simon Kirsch
Benvolio
Nicolas Lehni
Tybalt
Nikolaus Benda
Paris / Apotheker
Mohamed Achour
Lady Capulet
Yvon Jansen
Escalus / Bruder Lorenzo
Benjamin Höppner
Amme
Sabine Waibel
?
Regie
Pınar Karabulut
Bühne
Bettina Pommer
Kostüme
Teresa Vergho
Musik
Daniel Murena
Licht
Michael Frank
Video
Leon Landsberg
Dramaturgie
Nina Rühmeier

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  • [87]
  • 341. 演劇「ドン・キホーテ」Don Quijote、ケルン、6月1日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 6月 3日(日)04時46分43秒
  • 返信
 
早朝の豪雨で電車が6時から止まり、10時になっても復旧はせず、車でヘンネッフまで行く羽目になり非常に多くの時間が失われた。電車が動いてもまともにスピード出せないのでボンはカットすることになり直接ケルンに直行した。楽譜をコピーして送り、音楽図書館に回り払い下げの現代ピアノ曲12冊分を買って来た。

「ドン・キホーテ」と言うと知ってるだけで2曲のオペラ作品があるが、マスネのは未だに当たったことが無い。ハンス・ツェンダーのはGPから本番まで付き合ったが、特徴的なのは音楽無しの場面で絵だけ見せて「音楽」としたことだが、「4分33秒」その部分は録音物にならないのでCDの商業向けではない。

この演劇版は小学生の子供たちが学校ぐるみで来ているらしく出入りがかなり騒がしい。オペラで働いている片腕のおっさんも客を席に着かせるために整理してる。まず初めにオペラの言い訳男みたいのが出て来て3時間かかる事や90分後の休みを入れることをホラとしていい。カットが多いことを断って、そのまま260ページの台本の弁士の中に入る。4人分の弁士の譜面台が用意されているが3人だけ出て来て、後の一人は遅刻して、テキストを忘れたとか言い訳をし、そのまま下がってまたすぐ出て来てギャグが始まる張本人がドン・キホーテの役であった。若い役者でサンチョパンサの髭面の男がドン・キホーテの役に相応しいほど配役が逆になっていた。

舞台は大きなテレビがあって家にキャンピングカーが付いている。この演劇はそれらしく当初から話の筋が荒れている。テキストさえもめちゃくちゃになっているが暗記しており、演出が台本通りではなくてオペラと同じく読み替えて非常に現代的にアレンジしてある。時々マイクを入れてしゃべり、客席に入って聴衆に質問する。その人から食べ物を貰い食べながら更にその余った分の食いかけをまた別の聴衆にやって食べさせる。

一昨日プレミエしたばかりの舞台と演技は新鮮である。ドン・キホーテは一旦村に帰る。村では女が手と洗濯機で選択している。また聴衆の中に入って行って質問。舞台では犬同士の様な腹の探り合い。噴霧器が出て来てパーティーの紙屑が撒かれる。ヴィデオで南の島の海岸の風景。マイクを通された声がライブ・エレクトロニクス変調される。また客席に入り、通路の有無に関係なく動き回る。

自家用車とトラクターのタイヤを馬代わりに移動する。ぬいぐるみを忘れる。 TVカメラが出て来て今演技中の映像をスクリーンに流す。扇風機で吹雪を作る。ドン・キホーテは空中を回る。家の脇にオルガンの演奏台があるが弾いて見せるわけではない。

4体のマネキンが出てくるがライトの目つぶしに合う。ドン・キホーテはマネキンを切りつけ首を取ってみせる。上から大量の箱が落ちて来る。上の屋根だけが持ち上がる大きな仕掛けの上で演技。代わって水の中のシーンは音響が上手く噛み合っている。霧と光の調和が素晴らしい。

血の赤い色を塗る。キャンピングカーの中でのダイアローグはスクリーンに大きく映し出される。今度は映画の「スター・ウォーズ」のロボットや動物や王女様の服装と音楽。映像にはドン・キホーテのことを「スター・ウォーズ」と同じ映像に作り変えで出てくる。宇宙の星々の映像。安っぽい下手な真似事は聴衆を笑わせる古典的ギャグの始まり。光るサーベルで戦う。またキャンピングカーの対話が丸写し。それとは別にチンパンジーの喧嘩と交尾の映像。

裸の女装のドン・キホーテ。ヴィデオカセットのテープでぐりぐり巻きにされ倒れる主人公。サンチョパンサが馬を引き連れる映画の映像。

帰りのガルデローベではあの片腕も係員が自分の重い2個の荷物を片手で取ってくれた。

nach Miguel de Cervantes

Alonso Quijano ist ein Müßiggänger von einfachem Adel. Abseits allen Trubels frönt er in der ödenspanischen Provinz Mancha einer einzigen Leidenschaft: dem Lesen von Ritterromanen. Bis er eines Tages beschließt, selbst ein fahrender Ritter zu werden. Fortan nennt er sich Don Quijote de la Mancha und macht sich daran, die Wirklichkeit, die er sich erlesen hat, in die Welt zu überführen. In dem Bauern Sancho Pansa findet er einen treuen Knappen, der Frau und Kinder zurücklässt, um Don Quijote auf seinen Abenteuern zu folgen. Und da ein Ritter ohne Herzensdame wie ein ?Baum ohne Blatt? ist, erwählt er ein Bauernmädchen, in das er als Junge heimlich verliebt war, seine mythisch ferne Dulcinea von Toboso zu werden, der seine ganze Minne und alle seine Taten gelten.?

Nach seiner Inszenierung des CYRANO DE BERGERAC setzt sich der Regisseur Simon Solberg erneut mit einem der großen Stoffe der Weltliteratur auseinander, mit der Macht der Worte und des Willens und mit der Frage, was geschieht, wenn die Fantasien des Einzelnen auf die ihn umgebende Gesellschaft prallen.
Besetzung
?
Nikolaus BendaStefko HanushevskyBenjamin HöppnerJustus MaierAnnika Schilling
Regie
Simon Solberg
Dramaturgie
Nina Rühmeier
Bühne
Simon Solberg | Franziska Harm
Kostüme
Franziska Harm

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  • [86]
  • ディッター・シュネーベル

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 5月21日(月)19時09分2秒
  • 返信
 
昨日作曲家のディッター・シュネーベルがベルリンで死去、88歳!

http://www.maz-online.de/Nachrichten/Kultur/Komponist-Dieter-Schnebel-gestorben

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [85]
  • 340. ケルンの「フィガロの結婚」5月16日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 5月18日(金)04時14分26秒
  • 返信
 
今年はボンで見たばかりでその比較は免れない。とにかく超有名で何処でも学生も含めてやる作品なので事前の解説は一切なし、なのにそれを小学生の子供たちに聴かせようと学校ぐるみで生徒たちが入って来た。黒人の生徒が増えた。難民の子供であろう。この10時25分終了の賞味2時間50分の複雑で刺激の少ない作品を子供たちにいきなり全部を生で見せようとするケルンの小学校の音楽鑑賞教育の熱心さにも驚く!

今日の舞台は少し高めでこじんまりしている。コンバスは3だと思ったが一人はプロンプターであったので2しか入ってない。序曲からフォルテピアノも一部を弾いているが、我々はいろんな劇場の演出を通してこの曲を少しずつ長い時間をかけて理解して学んでいく。ボンの時とは違って何時もの筋がわかりにくい演出であると思ったが予想通りであった。フィガロは悪くはないがギラギラ声の若者。1幕から外の雷が煩い。演出ではない本物の夕立である。近くの北の方で大竜巻が出てかなりの被害が出た。メッセの建物と違って最初からオペラハウスとして建築されていないので外部の音を完全に遮断はできないらしい。弦はヴィブラート無しでティンパニとトランペットが古楽器で演奏してる簡易方式。

舞台の奥付近に巨大な鏡。何度も見てる筋が演出を変えて再現される。この複雑で長い曲の構成が徐々にはっきりわかってくる。通奏低音はボンよりは器用ではないらしい。自分も初見で弾いたらこうなるって感じの装飾音。結構早めに曲は進んで行き最後の軍隊行進曲も速めで歌手が付いて行くのがやっと。指揮者が若すぎるのか今日のホルンはかなり弛んでいる。46分47秒。

伯爵夫人のモノローグは風呂の中。伯爵はボンではピストルを持って出て来たがここではハンマーで大して驚かない。それで隠れていると思われるケルビーノのドアを打ち付けて閉じ込める。スザンナはいける声だがちっと馬鹿鳴りもする。ファゴットの吹き流しが大きすぎるのでヴァイオリンの細かなパッセージが良く聴こえない。ここでは全曲に渡って第一と第二ヴァイオリンが小さすぎる音響上の問題が残っている。得意の霞み奏法も災いしているらしい。フィナーレでコンバスのCはオクターブ下を弾く何時もの奏法。歌は浮き出るが高音弦の伴奏が余りにも小さすぎる。47分50秒。

88442で多めにヴァイオリンが入っているがすぐ霞んでしまうのであんまり聴こえないし木管とのバランスが悪い。今後この音響問題を解決する必要があろう。隣に座って1幕から2幕までぐっすり寝てたとてもタバコ臭いカップルは休憩になるとすぐ帰ってしまったらしい。この曲に対する知識が全くないと必ずこうなる。

あるアリアは大振りで分割して振るもんだからテンポがどんどん遅くなる。別のアリアは分割しないもんだから、リズムが曖昧になって速くなり喋り切れない歌手が追いかける格好になる。1幕と対の対になってる合唱。結婚式らしい広い舞台構成。43分34秒。

4幕の頭に管弦楽の前にフォルテピアノで分散和音を入れる。何時もの2つのアリアのカット。やっぱりあるアリアは早すぎたり別のアリアは遅すぎたり。バランスも曲の性格をよくつかんでないようで良くない。ドイツ式のプロンプターはほとんど動かず口パクだけ、昔プロンプターの穴から2・3人総出で大ゼスチャーで指揮者みたいに大げさにやってたヴェローナのプロンプターが懐かしい。鏡に付いた手を立てまくって庭園の情景を光で投射する。33分17秒。

子供にとっては最後まで残ってもさすがに疲れたらしく前列が束になってさっさと帰る。

Wolfgang Amadeus Mozart
Le nozze di Figaro
Commedia per musica in vier Akten
Libretto von Lorenzo da Ponte
nach Beaumarchais’ Komödie
?La folle journée ou Le mariage de Figaro?
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Musik von Wolfgang Amadeus Mozart (1756 ? 1791)
18 Zum Kalender hinzufügen
Fr /Mai 18
StaatenHaus Saal 2 / 19:00 ? 22:25 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Ticket kaufen
Inhalt
Mit einem Fußtritt ? angeblich in den Allerwertesten ? entließ Graf Arco den Komponisten?Mozart aus dem Salzburger erzbischöflichen Dienst. Mozart war entsetzt?über das ungebührliche Verhalten eines Adeligen, wie ein Brief an seinen Vater?verdeutlicht: ?Wegen dem arco darf ich nur meine vernunft und mein Herz … zu rathe?ziehen, und brauche also keine damme oder Personn vom stande dazu, um das zu?thun was recht und billig ist, was nicht zu viel und zu wenig ist; ? das Herz adelt den?Menschen; und wenn ich schon kein graf bin, so habe ich vielleicht mehr Ehre im?leib als mancher graf; und hausknecht oder graf, sobald er mich beschimpft, so ist er?ein hundsfut.? (20. Juni 1781)
Vielleicht hat sich Mozart, als er die deutschsprachige Ausgabe von ?Le mariage?de Figaro? in die Hände bekam, dieses demütigenden und unwürdigen Ereignisses?wieder erinnert: Im Vorwort zu ?Der tolle Tag oder Figaros Hochzeit? schreibt?Beaumarchais: ?Ein spanischer großer Herr (Conte Almaviva) liebt ein verlobtes?junges Mädchen (Susanna), das er zu verführen sucht. Die Verlobte, der Mann, den?sie heiraten soll (Figaro), und die Frau des Edelmanns (Contessa Almaviva) finden?sich zusammen, um den Plan eines absoluten Heuchlers zum Scheitern zu bringen,?dem Rang, Vermögen und Freigiebigkeit alle Macht verleihen, sein Vorhaben zu?verwirklichen. Das ist alles, nichts weiter.?
Mozart und sein Librettist Lorenzo da Ponte schufen mit ?Le nozze di Figaro?,?am 1. Mai 1786 im Hoftheater in Wien uraufgeführt, etwas gänzlich Neues: ein?modernes, realistisches, französisches Intrigenlustspiel in italienischer Sprache.?Individuelle, lebendige Menschen werden auf die Bühne gestellt, und Mozart?gelingt es, in seelische Bereiche seiner Figuren vorzudringen, die sich hinter dem?(adeligen oder nicht-adeligen) Stand verbergen und die Machenschaften eines Mächtigen aufdecken.?
Inszenierung
Eine Inszenierung der französischen Regisseurin Emmanuelle Bastet, die im StaatenHaus gemeinsam mit Ausstatter Tim Northam bereits für Mozarts ?Don Giovanni? verantwortlich zeichnete.?Am Pult der Wiederaufnahme steht der Dirigent Rubén Dubrovsky.
?Fühl ein Begehren voller Verlangen, bald Freude, bald Schmerz.?
(Cherubino, II. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Rubén Dubrovsky / Inszenierung Emmanuelle Bastet / Bühne & Kostüme Tim Northam / Licht Nicol Hungsberg / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Tanja Fasching, Georg Kehren /
Conte Almaviva
Michael Nagy?/ Bo Skovhus
Contessa Almaviva
Ana Maria Labin
Susanna
Claudia Rohrbach
Figaro
Adam Palka?/ Matthias Hoffmann
Cherubino
Catriona Morison
Marcellina
Kismara Pessatti
Basilio
Michael Laurenz
Don Curzio
Alexander Fedin
Bartolo
Donato di Stefano
Antonio
Reinhard Dorn
Barbarina
María Isabel Segarra
zwei Mädchen
Sara Jo Benoot
Maria Kublashvili
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [84]
  • 339. ケルンの「兵士たち」Soldaten、5月11日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 5月13日(日)05時03分22秒
  • 返信
 
何時もの昼の30分のムジーク・ファブリックによる無料コンサートは完全に忘れていて結局は行けなかった。かなり悔やまれる。

このオペラは32年前自分が一番初めてシュトットガルトに住んだ時に頭からGP入場に成功してそのまま本番まで付き合った音楽だがその極端さにショックを受けた最初のオペラ。

何時ものように40分前に解説があって、さすがに難解なのでチーフ・ドラマトゥローグが出て来て全部原稿なしでしゃべりまくった。1965年2月15日が初演の月日。やはり話題は作曲者がキャンセルしようとしている指揮者を近くの公園に呼び出し散々怒って説教したこの極端な演奏技術の問題が大半を占める。当時の音楽総監督のサワリッシュの上手い棒でもこの曲は歯が立たず当時若かったストックホルム・オペラのGMDミャエル・ギーレンに全指揮を任せる。

まず1960年に歌なしの交響曲の形ができる。その後で1963年に歌付きのヴォカール交響曲が出来上がりWDRの放送局で初演されている。

ツィンマーマンは高校卒業後シェーンベルクのように軍隊に取られる。ロシアまで遠征したが幸運にも生き延びて帰ってくる。その後のケルンの音大に入り、ダルムシュタットに通う。この「兵士たち」の作曲後も「レクイエム」の壮大な作品がある。最後に疲れまくり全く作曲できなくなって絶望し自殺して死ぬ。リブレットは18世紀のヤコブ・レンツに戯曲から自分で作った戦争の音響をちりばめた音楽にする。リームにも「ヤコブ・レンツ」のオペラがある。それを現代的な音響でアレンジしているのだが、単なる時代錯誤ではなくて台本と無調音楽の時代の違った時間的な昨日・今日・明日の同時進行になる。シュトットガルトの公演では最後にレイプに伴って原爆のキノコ雲や戦車が出て来たのが印象的だった。今回の公演はさらに補助指揮者2人が付く17人のソリストたちの演奏。更に「ルル」に習って始終フィルムが入る。最後にツィンマーマンの言葉の長い引用だけ原稿を見る。

今もDLRで放送しているが、先週はWDRで放送していた。その間ウィーンフィルのザルツブルクでの講演をヴィデオとスコア見て確認していた。さすがに上手いが、ドイツではA級劇場では首都だけではなくどこでもできる強みがある。

シュトットガルトでは6だったがコンバスが指定の7ではなくて8入っている。弦全体も指定の14型ではなくて16型であろうと思われる。オケの中だけで打楽器は少なくとも十数人はいると思う。完全に満席に関心が凄く高い事を示している。席が全部回転椅子に取り替えられ360度歌手たちが見れるようになっている。最初の前奏曲からそこら中でレイプが始まる。

補助指揮者はモニターだけでは十分でないので3グループに分かれた打楽器軍と歌手のアインザッツを担当し、時間的に正確な位置に歌手の声を乗っける仕事で、「グルッペン」のように主指揮者と全く違うテンポを指揮するのではない。更にそれにプロンプターも付き一緒に口パクで喋るだけみたいだが、それでも歌手の正確なアインザッツに心理的に伝わるらしい。

細長い高い舞台が客席とピットを囲むようになっているので伴奏と声の分離が確実であるが、歌手は小さなマイクを付けていて少し増幅しているらしい。地声でも十分大きいので聴こえるが、たまに小さい声が出たときのアインザッツを確実にするためと思われる。この難解なオペラはドイツ語でも字幕を出す、歌手も後ろで歌うと見えるから更にアインザッツが確実になる。

ノーノのように原則繰り返しの無い無調で書かれているので本当は凄くきついはずだが、どころどころに引用がふんだんにあるので、しょっちゅう横断歩道の安全地帯に踏み込んだようで安心して聴きやすい。兵士たちが女たちを釣りまくる。36分40秒。

樽みたいな打楽器を叩く音が変に印象的。男のバレエ。ジャズ・コンボは別舞台で立体的に聴こえる。壮大な「怒りの日」のコラージュが始まリバッハの受難曲のコラールのツィタート。近くのティンパニが強打するとずしんと来る。奥の舞台でまたセックスシーンが始まる。内容が物凄くあり過ぎる音楽。27分50秒。

娼婦たちの誘惑で始まリ兵士たちとの情事。日本のような平和な慰安婦制度ではなくてここの戦争はISに見られるように勝った兵士が相手の家族を襲い、まず旦那をすぐに銃で射殺し母親を子供たちの見ている前でレイプする深刻な内容しかない。その厳しさ・深刻さはキリスト教により慰安婦制度が禁じられている戦勝兵士の欲求不満のはけ口になり、日本軍が作ったような甘ったらしい制度では全然ない!「バラの騎士」の最後のような3人のソプラノだけの長い三重唱。戦争で死んで行く兵士たちの最後の交尾の願望。34分15秒。

ビューネン・ムジークのティンパニがここで炸裂。前奏曲の再現部。また強姦が始まる。多数のスピーカーから声が出て来て音響的に立体的に壮大になる。本火の松明の比が出て来過ぎて会場の温度が異常に上がる。ジャズ・コンボは今度は右側の特設ボックス舞台になり立体的音響になる。大砲の音。最後の中太鼓。兵士たちはみんなマスを掻きながら全員首を釣って死ぬ演出は全曲一番異常で面白かった。18分07秒。

これに先立ちWDRは放送響でヴォカール・シンフォニーを演奏したが歌手の配役が全部別人なのが、このレパートリーの置ける歌手の層がふんだんに広がったことを示唆している。帰りはメッセの竹やぶでタケノコを採って来たので今食べてる。

Bernd Alois Zimmermann Die Soldaten
Oper in vier Akten
Libretto vom Komponisten nach dem gleichnamigen Schauspiel von Jakob Michael Reinhold Lenz
Musik von Bernd Alois Zimmermann (1918 - 1970)
11 Fr /Mai 18
Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:00 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Eine Oper, deren Uraufführung zu einem epochalen Ereignis wurde: Anlässlich des 100. Geburtstags von Bernd Alois Zimmermann zeigt die Oper Köln ?Die Sol?daten?, jenes Werk, dessen Uraufführung in der Domstadt 1965 in der öffentlichen Wahrnehmung bis heute nachwirkend als das wohl bedeutendste Ereignis in der Nachkriegsgeschichte … dieses Hauses gilt. Der Realisierung des über mehrere Jahre hin entstandenen, kompositorisch hochkomplexen und in seiner musiktheatrali?schen Konstruktion bahnbrechenden Meisterwerks hatten im Vorfeld viele Hinder?nisse und Bedenken entgegengestanden ? bis hin zur zeitweiligen Ablehnung als ?unaufführbar?. Umso schwerer wogen der weithin beachtete Premierenerfolg und die mittlerweile zahlreichen Inszenierungen und Deutungen in aller Welt.
Im Zentrum der Handlung ? angesiedelt im französischen Flandern, ?gestern, heute und morgen? ? steht Marie, die Tochter eines angesehenen Galanteriehändlers in der Regimentsstadt Lille. Ursprünglich dem Tuchhändler Stolzius zugeneigt, gerät sie an den Verführer Desportes, wird von diesem verlassen, lässt sich mit einem Haupt?mann ein, wird wieder verlassen, büßt ihren guten Ruf ein, wird Opfer einer Intrige und schließlich von einem Soldaten vergewaltigt, landet als Hure auf der Straße ? am Ende, auf der Gasse bettelnd, wird sie selbst von ihrem eigenen Vater nicht mehr erkannt. Das Schlussbild des Werks ist apokalyptisch: Die Gestalten gefallener Soldaten ziehen in einer endlosen Kette vorüber, man hört Marschtritte, Exerzier? befehle, Bombenabwürfe. Langsam senkt sich ? so die szenische Anweisung ? die Atomwolke herab.
Die Besonderheit dieses überwältigenden Musiktheaterwerks ergibt sich aus seiner Form und der sie bestimmenden musikdramatischen Konzeption. In dieser offenbart sich Zimmermanns Idee einer ?Kugelgestalt der Zeit?, bei der Vergangenheit, Gegen?wart und Zukunft als gleichzeitig stattfindend und untrennbar miteinander verknüpft zu verstehen sind. Nicht nur in der Simultaneität verschiedener szenischer Abläufe schlägt sich dieses gedankliche Konzept nieder, sondern auch in der Allgegenwart der Musikgeschichte, der Einbindung von musikalischen Stilen unterschiedlicher Epochen (Bach-?Choräle, Jazz?-Zitate, Tanz-?Rhythmen) ? und in der kunstvollen Ver?mischung von Orchesterklang, Schlagwerkgruppen, elektronisch?-experimentellen Klang-?Zuspielungen sowie Film? und Originalton-?Einblendungen. Bernd Alois Zimmermann war kein Künstler im Elfenbeinturm, sondern immer auch wacher Zeitzeuge und kritischer Denker: Mit ?Die Soldaten? traf er auch eine wesentliche inhaltliche Aussage, abgeleitet aus seiner sehr persönlichen Erfahrung von Weltkrieg und Propaganda, angesichts der ständigen atomaren Bedrohung und vor dem Hintergrund der von gesellschaftlichen Umbrüchen gekennzeichneten 1960-er Jahre. Dabei zeugt sein Werk von einer hellsichtigen, illusionslosen, geradezu schmerzhaft empathischen Wahrnehmung der Zeitläufte.?
Inszenierung
Generalmusikdirektor François-?Xavier Roth steht am Pult, Regisseur Carlus Padrissa (La Fura dels Baus), Bühnenbildner Roland Olbeter und Kostümbildner Chu Uroz sind ? nach ?Parsifal? und ?Benvenuto Cellini? ? für die szenische Um?setzung verantwortlich.
?Ach, ihr Wünsche junger Jahre seid zu gut für diese Welt!? (Marie, III. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung François-Xavier Roth / Inszenierung Carlus Padrissa (La Fura dels Baus) / Bühne Roland Olbeter / Kostüme Chu Uroz / Licht Andreas Grüter / Choreografie Mireia Romero Miralles / Video Alberto de Gobbi, Marc Molinos / Klangregie Paul Jeukendrup / Dramaturgie Georg Kehren /
Wesener, ein Galanteriehändler in Lille
Frank van Hove
Marie, seine Tochter
Emily Hindrichs
Charlotte, seine Tochter
Judith Thielsen
Weseners alte Mutter
Kismara Pessatti
Stolzius, Tuchhändler in Armentières
Nikolay Borchev
Stolzius' Mutter
Dalia Schaechter
Obrist, Graf von Spannheim
Miroslav Stricevic
Desportes, ein Edelmann
Martin Koch
Pirzel, ein Hauptmann
John Heuzenroeder
Eisenhardt, ein Feldprediger
Oliver Zwarg
Haudy
Miljenko Turk
Mary
Wolfgang Stefan Schwaiger
Drei junge Offiziere
Young Woo Kim
Dino Lüthy
Peter Tantsits
Die Gräfin de la Roche
Sharon Kempton
Der junge Graf, ihr Sohn
Alexander Kaimbacher
Andalusierin
Katerina Giannakopoulou
Drei Fähnriche
Alexeider Abad Gonzalez
Adrián Castelló
Charles de Moura
Madame Roux, Inhaberin des Kaffeehauses
Silke Natho
Der Bediente der Gräfin de la Roche
Alexander Fedin
Der junge Fähnrich
Ján Rusko
Der betrunkene Offizier
Hoeup Choi
Drei Hauptleute
Heiko Köpke
Carsten Mainz
Anthony Sandle
Offiziere und Fähnriche
Mitglieder des Herren- & Extrachores der Oper Köln und Gäste
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln
Musik der Zeit - Sinfonien.
E. Hindrichs, A. Radziejewska, B. Ranch, P. Tantsits, H. Begemann, O. Katzameier, WDR Sinfonieorchester, E. Pomarico, , M. Struck-Schloen: Bauckholt, Zimmermann
Kölner Philharmonie

Emily Hindrichs Sopran
Anna Radziejewska Mezzosopran
Bettina Ranch Alt
Peter Tantsits Tenor
Hans Christoph Begemann Bariton
Otto Katzameier Bass

WDR Sinfonieorchester
Emilio Pomarico Dirigent

Michael Struck-Schloen Moderation

ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln
Musik der Zeit - Sinfonien

Bernd Alois Zimmermann
Sinfonie in einem Satz (1951)
für großes Orchester. 1. Fassung

Carola Bauckholt
Im Auge des Klangs (2018)
für Orchester
Kompositionsauftrag des WDR
Uraufführung

Pause

Bernd Alois Zimmermann
Die Soldaten (1957?63)
Vokalsinfonie für sechs Gesangs-Solisten und Orchester. Text von Bernd Alois Zimmermann und Erich Bormann nach dem gleichnamigen Schauspiel von Jakob Michael Reinhold Lenz

Raum, Resonanz, Echo, Ferne und Nähe. Das sind die Tiefenstrukturen, aus denen Carola Bauckholt ihr neues Werk für das WDR Sinfonieorchester aufbauen will. Den Rahmen dazu schaffen zwei Werke von Bernd Alois Zimmermann.
Die frühe ?Sinfonie? ist 1951 als das erste Auftragswerk des WDR in die Geschichte eingegangen. Die Vokalsinfonie aus ?Die Soldaten? erlebte 1963 im viel zu engen Kölner Funkhaus ihre Uraufführung. Dieses Ereignis setzte dem Mythos der Unspielbarkeit der gesamten Oper ein Ende. ?Die Soldaten? nach dem gleichnamigen Drama von Jakob Michael Reinhold Lenz verlangen zwar auch heute noch Außergewöhnliches von Sängern und Instrumentalisten, sind aber längst zu einem Klassiker der Avantgarde aufgestiegen.

Allison Bell ist leider erkrankt.
Wir danken Emily Hindrichs für die kurzfristige Übernahme der Sopran-Partie.

Das Konzert im Radio: Live, WDR 3 Konzert
Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:00
19:00 Uhr, Konzertsaal : ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln Einführung in das Konzert durch Carola Bauckholt

Websites der Künstler:
Anna Radziejewska
Bettina Ranch
Hans Christoph Begemann
Otto Katzameier
Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

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  • [83]
  • 338. GO「ロワ・ウブ」5月8日ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 5月 9日(水)19時13分30秒
  • 返信
 
まず12時半からの音大でB・A・ツィンマーマンのピアノ曲をエマールとミレのクラスの学生がピアノを弾き、教育音楽のクラスが振り付けをし、5年生と10年生のバレエの生徒が踊るという催しもの。これによってピアノだけの視覚的に変化のない音響から体も動かして現代音楽の音響への慣れが子供のころから音が身体に染み付くと教育学習。曲はピアノのための「ハンドブック」と2台のピアノのための「モノローグ」。

一部プロコフィエフの「トッカータ」やバルトークの「民族舞曲」みたいな曲があった。ほとんど引用はないが、最後から2番目の曲だけバッハのカンタータ140番の引用があった。

図書館でミュンヘンでラッヘンマンの新作の初演の広告を見る。8つのホルンとオーケストラのための「私のメロディー」(2018)。あのファタール行進曲も同時に演奏するらしい。バイエルン放送響で6月の7日と8日の2回演奏するらしい。スターになって聴衆が1回では入りきれないようだ。

さて、1時間前のヨーク・ヘラーの一昨日初演されたヴィオラ協奏曲の解説。この人も始めてORFの放送局化で聴いた時から良くラッヘンマンの曲と組み合わされるが両者の音楽は全然関係ない。ヘラーはブーレーズの指揮で上げて貰ったらしく力のない曲ばかり作るが、ラッヘンマンはブーレーズを好きでも存命中一回も上げて貰ったことが無いので最新作までも力強い。退官してから足元がおぼつかなくて目も見えないらしくどう作曲するのかわからない。B・A・ツィンマーマンの弟子だが、すぐシュトックハウゼンによりWDRの電子音楽スタジオの後継者に任命される恵まれた人生を送った人。

なぜタベア・ツィンマーマンに独奏を依頼したか聞かれるが何時ものいいわけなので面白いことはない。3楽章ある。急遅急の伝統的な物。井戸端会議ではなくてまじめな音楽、イヴェント協奏曲。B・Aは凄く深刻にレッスンしたらしいが弟子に距離も置いていたらしい。凄く批判的だったが自宅に自分の弟子数人全部集めてビールを飲みながら新作のブラックユーモア・バレエ音楽の「ロワ・ウブ」を聴いたりしていたとのこと。現代の作曲家の引用はすべてベルリン芸術アカデミー所属の作曲家のみになっている。

この協奏曲は30個の音を使って5種類の和声を醸し出して作って合ってそれで旋律も賄う代物らしい。アドルノの機械的ではなく生物学的なと言う引用がなされる。秋の歌にすでに音楽になってるフランス語の詩を引用してしゃべってみせる。第二楽章は自分をあげてもらったブーレーズへの追悼。名人芸ではイタリアのハロルドを引用。

ここでシュトックハウゼンのピアノ曲IXの144回の反復のオリジナルを聴かせる、次に「ロワ・ウブ」の631回の同じ和音の反復をワーグナーとベルリオーズの引用と共に聴かせる有名な場所。同時に演奏されるマンスタージンガー、ワルキューレ、パルシファルの前奏曲などは引用がこの曲に入っている。

マイスタージンガー前奏曲は現代音楽専門の指揮者に見られるように速め。ツィンマーマンのように長い音がクレシェンド気味。2管編成に弦が16型のままなので煩い。クリュイタンスやブーレーズが指揮するとリズムが溶けすぎてこうなるフランス人の泣き所。全曲版のまま最後の音にシンバルはない。9分07秒。

ヴィオラ協奏曲はツィンマーマンを思わせるクラスターのような和音。2管編成。しかし金管は3本。クラスターが「兵士たち」のように動く。ピアノと打楽器6名。曲の開始3分で独奏ヴィオラの弦が切れて止まって退場。3分の張替の中断。鮮やかな音響でも何時ものようにフランスの作曲家よりもおとなしいくらい。聴きごこちが良いが、何にも問題が無いので一回聴いたらすぐ忘れてしまうような音楽。24分。

ワルキューレの騎行は3管編成?クラリネットだけ4、ホルン6.5分。ここで休憩。

パルシファル前奏曲。フルートとクラリネット3はスコアだけでは気が付かない。同じく16型で弦が強すぎる。分割して振ってもすぐ音楽が流れ安く速くなる。11分30秒。

チケットが立ち見以外全部売り切れているのに空席が目立つ。セッティングでハーンとロートが「現代音楽とこのロワ・ウブ」の話し合い。この演劇版は昔シュトットガルトのカンマーテアターで見たことがあるブラック演劇。生で最後で聴いたのはシュトットガルトでツェンダー指揮のバンベルク響。エレキ、ギター、ギター、サックス、マンドリン、チェレスタ、ピアノ、オルガン、打楽器6名、ジャズコンボ。指揮者が金髪の桂をかぶり犬を連れて来る。途中ヴァイオリンを引き摺って別な人が出て来てナレーション。トロンボーンも出て来て何かしゃべるめちゃくちゃ演出。どちらかと言うとカーニヴァル向けの音楽。まだヴァイオリンが出て来て非番の楽員がサーカスの1輪車で真ん中まで飛び出す。シュトットガルトノオペラで「ヘンゼルとグレーテル」を演出できなかったモスクワのセルベルニコフの話。極右が受賞したベルリンのエコー音楽賞のスキャンダルの話。楽員が一斉に新聞を広げ指揮者と対話する。「クソ」も出てくる。ナレーション付きで29分18秒。

08.05.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln.
T. Zimmermann, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Höller, Wagner, Zimmermann
Kölner Philharmonie

Tabea Zimmermann Viola

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Die Meistersinger von Nürnberg WWV 96 (1861?66)

York Höller
Konzert für Viola und Orchester (2018)
Kompositionsauftrag von ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln und des Seoul Philharmonic Orchestra, unterstützt von der Ernst von Siemens Musikstiftung

Richard Wagner
Walkürenritt
aus: Die Walküre WWV 86B (1851?56)

Pause

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Parsifal WWV 111 (1865?82)

Bernd Alois Zimmermann
Musique pour les soupers du Roi Ubu (1962?67)
Ballet noir en sept parties et une entrée. Nach Alfred Jarry

Renaissancetanz und Radetzky-Marsch, Bach, Beethoven, Berlioz, Stockhausen ? man hört all dies und noch viel mehr, nur kaum originale Klänge Bernd Alois Zimmermanns, der in der ?Musique pour les soupers du Roi Ubu? seine Technik des Collagierens und Zitierens auf die Spitze trieb. Er nannte das Stück ?eine Farce, die bieder und scheinbar fröhlich daherkommt, dick und gefräßig wie Ubu selbst?. Also wie der spießig-brutale Antiheld aus Alfred Jarrys absurden Dramen. Das Gürzenich-Orchester Köln umrahmt Zimmermanns geniale Parodie mit Musik des ebenfalls darin zitierten Richard Wagner sowie einer Uraufführung des Zimmermann-Schülers York Höller.

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:45

Das Konzert im Radio: Live, WDR 3 Konzert
19:00 Uhr, Empore : ACHT BRÜCKEN | Musik für Köln Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

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  • [82]
  • 334. ケルンの「エジプトのモーゼ」4月26日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 4月27日(金)23時48分14秒
  • 返信
 
ロッシーニのオペラと言うと「セビリア」のように不真面目なブッファばかり連想し何時も上演されているが、非常に有名な「ウィリアム・テル」を始め「オテロ」やこの「エジプトのモーゼ」のようなまじめな台本に書かれたオペラはめったに上演されない。ブレゲンツ音楽祭と共同制作らしくそこに連れて行く歌手のレベルがみんな非常に高いが、毎年TVになるのはこの上演ではなくてブレゲンツの方である。

上演40分前に解説があると書いてあったがいくら待ってても解説者が出て来ない。代わって中学1年生たちのパフォーマンスが出て来た。この「モーゼ」の中からアリアなど5曲を引き出しその間に台詞と対話と演技を入れたもの。鍵盤打楽器8にシンバルとピアノを加えた編曲は指導者である音楽の先生がやったらしい。一応「出エジプト記」の筋を追っているが説明の足りないものは幻灯機の人形劇で補助している劇中劇みたいな性格を持つ。編曲そのものはガムランの音楽みたいになって黒人の生徒も入っていてカラフル。こうやって小さい頃から一般生徒にもこの珍しいオペラの親しみを沸かせるが、来シーズンもやるらしい。約15分。

実際のプロの本番の舞台はハイドンの「月の世界」みたいな球体が出てくる。オケは全部舞台の横で歌が聴こえるように音響上の配慮。これからはずっとこの路線で行くらしい。音楽が始まる前から裏方も舞台に出て準備している。これは初稿らしく「エジプトのモーゼ」と言うが、5軍の遅れで開始、操り人形の幻燈を生の合唱と同時に写す。

回り舞台で、シェーンベルクの「モーゼとアロン」の前の話だが十戒はすでにエジプト時代に出てくる。本火も良く使い常に操り人形の幻燈と組み合わせる。エリゼオ役の黒人の声も美しく舞台がアフリカなのでドラマトゥロギーも合っている。脇の方でしょっちゅう動いているのは演出指導も見せる役でべヴェーグンクスコアではない。

オケが遠いからかなり曖昧に聴こえるが、有名なロシアの非常に響きの良い音楽ホールと言う感じである。とにかくアリアや重症でも演技指導が忙しいが小道具から大道具までしょっちゅう運んで用意する。それ以外は操り人形で球に投影。第一幕で切って60分。

プロンプターは完全に一つだけ前売り券を売らないで客席に第一列の真ん中に座っている。場外は幻燈のために模手作りの型の人形だらけで埋め尽くされているが、舞台の上にも模型とランプだらけを並べている。また演技指導もすでに舞台に出て打ち合わせている。

テノールのハイCがやたらと出て来る重唱が大変らしい。何度も急に幻燈を写し間奏曲はそれだけになる。出てくるだけで何もしない役はシュトットガルトの昔の「後宮からの誘拐」の演劇からの無言役者役を思い出す。合唱になって出演者が多くなると演技指導も忙しくなる。

稲妻も球で再現。コル・レーニョ・バトゥートではなくバルトーク・ピチカートもコンバスに出てくるのを確認。最後にエジプト軍が溺れる場面もすべて幻燈のフィルムと模型人形で急に表現しておしまい。後ろの歌はほとんど見えなくて事実上のコンツェルタントのようになっているが、水を象徴するためにバケツで水槽に水を入れているおかしな演出。2幕から4幕まで続けて90分。


Gioacchino RossiniMosè in Egitto
Azione tragico-sacra in drei Akten
Libretto von Andrea Leone Tottola
Musik von Gioacchino Rossini (1792 - 1868)
Koproduktion mit den Bregenzer Festspielen
Do /
Apr 18 Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:30 / Vorstellung / 12 ? - 69 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Rossinis azione tragico?sacra ?Mosè in Egitto?, die den biblischen Stoff von der Befreiung der Hebräer aus der ägyptischen Gefangenschaft auf die Bühne bringt, wird nicht nur handlungsmäßig, sondern auch in der musikalischen Struktur vom Gegensatz ?gottgefällige Hebräer ? heidnische Ägypter? bestimmt.
Die Hebräer … unter ihrem Anführer Mosè sehnen die Rückkehr ins Gelobte Land herbei, sehen sich diesbezüglich aber vom ägyptischen Pharao, der ihnen bereits die Freilassung in Aussicht gestellt hatte, immer wieder hingehalten. Ursächlich für die schwankende Haltung des Herrschers sind Clan-?Intrigen. Der entschiedenste Gegner der Befreiung ist der Pharaonensohn Osiride. Dieser wird von rein privaten Motiven geleitet, ist er doch heimlich mit der Hebräerin Elcia vermählt und will sie nicht verlieren. Die Pharaonengattin Amaltea hingegen entpuppt sich als Anhängerin Mosès. Die Natur als Indikator einer höheren Gerechtigkeit zeigt sich den Heb?räern zugeneigt: Mosè vermag durch Anrufung Gottes und das Schwingen seines Stabes Naturkatastrophen zu beenden oder herbeizuführen. Prinz Osiride wird schließlich, als er sich gegen Mosè stellt, vom Blitz erschlagen. Das große Finale zeigt, wie sich das Rote Meer vor den Hebräern auftut und ihnen so die Heimkehr ins Gelobte Land ermöglicht. Die Ägypter hingegen ertrinken in den Fluten.
?Mosè in Egitto?, uraufgeführt im März 1818 im Teatro San Carlo in Neapel, war Rossinis zweite Oper nach einem biblischen Sujet. Zu diesem Zeitpunkt war der 26-?Jährige bereits mit Opern wie ?Tancredi?, ?L’italiana in Algeri?, ?Il turco in Italia?, ?Il barbiere di Siviglia? und ?La Cenerentola? hervorgetreten. Mit der Uraufführung des ?Mosè? am San Carlo-?Opernhaus nahm man eine während der Napoleonischen Herrschaft kurzzeitig zum Erliegen gekommene Tradition wieder auf, die Aufführungen nach biblischen Motiven vorsah. Einer der ergreifendsten musikalischen Momente der Oper ist das Gebet der Hebräer ?Dal tuo stellato soglio? am Ufer des Roten Meers, unmittelbar bevor sich das Meer vor ihnen teilt.
Inszenierung
Der britische Dirigent David Parry ist ein ausgewiesener Spezialist auf dem Felde der Opern Rossinis und Donizettis. Die niederländische Regisseurin Lotte de Beer entwickelt gemeinsam mit Ausstatter Christof Hetzer und dem Theaterkollektiv Hotel Modern eine szenische Version, die auch das Figurentheater zum Bestandteil des Spiels werden lässt.
?Befreie Israel, sonst bist du ohne Rettung!? (Mosè, II. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung David Parry / Inszenierung Lotte de Beer / Bühne & Kostüme Christof Hetzer / Figurentheater Theaterkollektiv Hotel Modern / Licht Alex Brok / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Georg Kehren, Olaf A. Schmitt (Bregenzer Festspiele), Peter te Nuyl (Bregenzer Festspiele) /
Faraone
Joshua Bloom
Amaltea, seine Frau
Adriana Bastidas-Gamboa
Osiride, sein Sohn
Anton Rositskiy
Elcia, Hebräerin
Mariangela Sicilia
Mambre, Vertrauter des Pharao
Young Woo Kim
Mosè
Ante Jerkunica
Aronne
Sunnyboy Dladla
Amenofi
Sara Jo Benoot
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [81]
  • 333. GO 定期,シェーンベルクのピアノ協奏曲、4月17日。

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 4月18日(水)23時41分5秒
  • 返信
 
コンサートの前に音楽図書館で桜が満開で美しかったので出しておく。チャイコフスキーのヴァイオリンとピアノのための楽譜だけ買ってきた。

何時ものように1時間前に解説。まずプログラミングの理由から。両端にメンデルスゾーンを挟んで、中間にブゾーニとシェーンベルクと言う同時代の作曲家と作品を挟んだ形。

弦楽のための交響曲第一番はまだ20歳にならないときの作品。音源をかける。ハンブルクで生まれたがユダヤ人の人種差別によりベルリンに移住。彼を世に出した先生はツェルターで、ベルリン・ジングアカデミーの指揮者。同時によく学んだ作曲家はエマヌエル・バッハのベルリン交響曲、グルックの「オルフェオ」オペラなどの音源もかける。なるほど良く似ている。

次にイタリア交響曲。当時ローマにいたのはベルリオーズが奨学金で滞在。ゲーテ?第一楽章、第二楽章の音源をかける。この曲がイタリアを志向にした「タンホイザー」にも影響したことの言及、第二楽章の旋律のもとになったイタリア民謡をかける。

ブゾーニの父親はそもそもイタリア人、母親がオーストリア人。小ピアノ協奏曲みたいな「ロマンツァとスケルツォ」はあの80分かかるピアノ協奏曲の前哨戦みたいなものか?その後、オペラの「ファウスト博士」にも同じ曲想が使われていることを音源で確認。シェーンベルクよりも保守的に聴こえるがそれでも比較的現代的には、いや近代的と言うべきであろうが聴こえる。

次にシェーンベルクは超保守的なウィーンにとって12音音楽は警察も毎回出動するくらいのスキャンダルの連続。ほどなくしてブゾーニのいるベルリンに移る。それでも頭のところにウィンナー・ワルツが後映として残っていることを音源で確認。

休みに入りロビーの展示物が代わった。今回はトイ・ピアノ、玩具缶詰、パンチされた円盤楽器・機器、オルゴール、機械仕掛けの楽器群などを良く集めたものだ。

本番のメンデルスゾーンの弦楽のための交響曲はコンバスとチェロ以外全員立つ。12型でチェロ4、コンバス3.かなりの音が出る。2楽章の走句とピチカートの対称が涼しい。3楽章のオクテットのような楽句はこのころから用意されて意味の薄い速い音の連続。10分。

ブゾーニは大きめの2管編成だが弦の規模はそのまま。ピアニストは紙のではなくタブレットに映し出された楽譜を見て演奏。良くわからないのはどうやってめくるのか不明。自動的にめくれるのなら曲の進行によって違うはず。9分。

すぐシェーンベルクで弦楽がそのままでチューバだけが加わる。打楽器4名。ピアニストは相変わらずタブレットを見て演奏している。21分05秒。アンコールに凄く速いワルツを演奏。ショパンの影響を受けたスクリャービンのものか?

メンデルスゾーンは提示部を繰り返す。ヴァイオリンは固いままだがヴィオラが今日は特に美しい。10分12秒。第二楽章は初稿で無いのが残念。6分03秒。3楽章の出はどうしてもドルチェにならないか?チェロは立派に音楽全体を支えている。信号音がやたらと大きい。6分12秒。終楽章もティンパニとトランペットが古楽器らしく何時もやたらに飛び出してくる。5分30秒。

17.04.2018 Dienstag 20:00 Uhr
Karten bestellen
K. Gerstein, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Busoni, Mendelssohn Bartholdy, Schönberg
Kölner Philharmonie

Kirill Gerstein Klavier

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Felix Mendelssohn Bartholdy
Sinfonia Nr. 1 C-Dur (1821)
für Streichorchester

Ferruccio Busoni
Romanza e Scherzoso op. 54 (1921)
für Klavier und Orchester

Arnold Schönberg
Konzert für Klavier und Orchester op. 42 (1942)

Pause

Felix Mendelssohn Bartholdy
Sinfonie Nr. 4 A-Dur op. 90 (1833?34)
"Italienische"

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 21:45
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte

Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [80]
  • 紙屋信義: Adagio

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 4月17日(火)17時48分54秒
  • 返信
 
カラヤンと同じ趣向でアダージョだけを集めたもの。カラヤンの場合当時ドイツグラモフォンのスタッフはバカにして嘲笑したが、いざ出してみると売れ行きが非常にバカ売れで当時の大ヒット商品になった。それをオルガンで試したアルバムで、今回はここでオリジナルではなくて編曲物ばかりを扱うが、いずれも知られた曲ばかりで作曲者の範囲がオルガン曲の領域に閉じ込められることがなく知らないオリジナルのオルガン曲ばかりを聴くよりは疲れないので気軽に楽しめる。
収録曲
01. アダージョ 所謂アルビノーニのアダージョは管弦楽曲で有名である。これがマンネリ化するとピアノで弾くことが試みられるが、無数のレパートリーの多さに押されてピアノ編曲でコンサートに出されるのは非常に珍しい。それをオルガンに置き換えているのだが、この地味な管弦楽曲の色彩を補うのはかなりの工夫を要すると感じる。

02. デンマーク王子の行進 有名なクラークの曲。筆者はこれをポザウネンコアだけや合唱も入れて何度も指揮したことがあるが、しかしオルガン曲はほとんど未経験でこの曲だけは手を手を付けたことがないがピアノで伴奏して振ったことは良くある。自分としては少し速めにテンポでやったものだがこの曲の指定がアダージョだったかはもう覚えていないが生き生きとした曲である。

03. 主よ、人の望みの喜びよ この。有名すぎるバッハの作品は何と言ってもピアノ編曲で有名であるため、ほとんど編曲でさえも弾いたことがないが、自分でカンタータとして合唱で参加して原典を体験したことがある。

04. アリオーソ BWV 1056 バッハのチェンバロ協奏曲の第5番のアダージョは筆者も今スコアで調べたばっかりでそんなに名が通っているものではないが、原典の協奏曲を弾く人は良く弾く音楽。それも最近はピアノが多い。

05. オンブラ・マイ・フ ヘンデルの原典のオペラ「セルセ」の上演にはいまだに当たったたことはないが、このアリアだけは非常に有名な旋律でバッハとは違ったふ不変的不滅な存在である。

06. パヴァーヌ フォーレの作。何時ものように平易に書かれているがそんなに名が通った曲ではなくとも鑑賞にも非常に容易で適している。

07. 亡き王女のためのパヴァーヌ 有名なこのラヴェルの作は様々な楽器に編曲されている王者的な存在である。ここでドイツ風の渋い音は厳禁でありレガートがもう少し余分に欲しくなる。

08. ジムノペディ 第1番 有名なサティのピアノ曲。強弱が落ちないのはちっと辛かった。そもそもオルガンではほとんどクレッシェンドもできない。

09. ジムノペディ 第3番 ここでサティを入れたのは正解だったが2曲も同じ傾向の曲を入れるべきだったかは判断が分かれる。なるほど2曲分の時間的なスペースの確保は必要だったが、似た曲であるべきかは疑問。

10. プロムナード 「展覧会の絵」より このムソルグスキーの編曲は上手く行っている。教会音楽調の金管のように響けば問題が無いのだ。誰が編曲したか最後の長い音は要らないものだ。普通教会の石の壁が響かせてくれるから。

11. ラルゴ 「新世界」より ドヴォルザークはもっとイングリュッシュホルンの旋律が浮き出ていればもっと良い。それだけみんなの頭にこの管弦楽曲が入っている。コラールの色彩は文句なし。中間部がカットされてない。あったとしてもオルガには適さないが、最後の和音はもっと静かに追われる。

12. ラデツキー行進曲 ヨハン・シュトラウス・ファーターのこの曲はアダージョではないが、アコーディオン編曲にあるようにオルガンでも上手く編曲ができている。

13. 巡礼の合唱 「タンホイザー」より ブルックナーと同じくオルガン編曲には最適。スタッカートも重くなるべきなのでそんなにはっきり出ることはできない。

14. パラフレーズ (ヘンデルの「マカベウスのユダ」による)  クリスマスの音楽、自分も良く教会で毎年弾いた。ストップがたくさんあるのが羨ましい。弱い変奏曲形式。モデラートぐらいか?

15. ツァラトゥストラはかく語りき リヒャルト・シュトラウスを象徴する代表作はもちろん頭の部分。当然打楽器的な効果になると弱くなる。オルゲルプンクトのハの最低音が羨ましい。

16. ジュピター 組曲「惑星」より 中間部だけ取り出しているがこれも編曲としてはほぼ成功してる。

17. 弦楽のためのアダージョ この曲はフィルム・アカデミー時代ドイツ語でアナリーゼの論文書かせられたので良く知っている。弦楽だけなのでオルガンで表現するだけでも十分でお釣りか来る演奏。

総じて日本の音楽ホールは音響が長くないのでレガートが厳しく付けにくい。奏者が自分の著書でそのことを気にしていた気持ちが良くわかる。
http://www.hmv.co.jp/artist_Organ-Classical_000000000042373/item_%E7%B4%99%E5%B1%8B%E4%BF%A1%E7%BE%A9-Adagio_8293459
内容詳細
ドイツでオルガンと教会音楽を学んだ紙屋の3枚目のアルバムは、クラシックの名曲の数々をアレンジし、オルガンの魅力をより身近に感じてもらう趣向。安土文芸セミナリヨのオルガン(イギリス製でネオ・バロック様式)から、多彩な表情を引き出しつつ、名曲に新しい息吹を吹き込んだ。(堀)(CDジャーナル データベースより) :マイスター・ミュージック

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  • [79]
  • イルヴィン・ゲージ

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 4月16日(月)22時43分12秒
  • 返信
 
スイスの伴奏ピアニスト:イルヴィン・ゲージが68歳でチューリッヒで死去。

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  • [78]
  • 331. フンクハウス・オケとエクソドュス「出国」3月22日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 3月24日(土)06時10分53秒
  • 返信
 
まず久しぶりにフィルハーモニー・ランチに行く。今年になってやっと初めてである。WDRの3管の第二オケであるフンクハウス・オケは2回目だが実力が上がっている。放送響より合っているのではないかと思う。メンバーがどんどん変わり東洋人がどんどん多くなり、3人のコンバスは2人までが女性が占めるようになった。メジャーに入りきれずマイナーに若手がどんどん入ってくるので実力の逆転現象みたいになっているようだ。

エルンスト・フォン・ドホナーニは指揮者クリストフの祖父。この一族は現在ハンブルクに住んでいて代々市長などの重要な要職を務める。司会はこのオケの女のマネージャーがでてアナウンサー並みに手際よくしゃべる。こういう養成も最近は音楽学の一学科としてやっているところが多く知識も十分にある人間が多い。

「交響的分単位の曲」はかなりストラヴィンスキーに近く絵画的で色彩的な音楽。作品3の「幻想的なスケルツォ」を思い出される音楽。音がよく合い夜行きたいが今夜は映画に行くので来れない。指揮者の解説の後速い第一曲5分。第二曲はコダーイかバルトークを思い起こさせ、ハンガリー音楽の彼らの様式はこの時代にすでに準備されていたものと確信した。ゆっくりとした第三曲はリゾルートで速い。2分。第四曲は遅くハンガリー原野を思い起こさせる。チェレスタが色彩的。4分。第五曲。「熊蜂が飛ぶ」ような速い音楽。
すでにバルトークを準備している。演奏もも十分に速く良く合っている。3分。

グラスはティンパニとトロンボーンが無くなりオーケストレーションがコープランドに近くなる。サクソホーン四重奏協奏曲から終楽章だけ。先週見た「エヒナートン」からは明らかに音楽が少し飽きないように変化してる。それでもやっぱり飽きるのであんまり音楽の価値は感じないが。調性があるので簡単なのでゾリスデンたちは皆暗譜でやっている。4分。客席から出るときに何時も渋滞になるが脇にイタリアおばさんが大きな声でイタリア語でしゃべっていた。

その後の音大に行ってみるが、バレエ科のGPやっていた。もうケルンのオペラには予算難でバレエ団はないが教育だけは依然として続けられている。音楽が是非必要なので音大の学科の中に組み入れられているのである。演劇科はオペラとの演出法の関係でアナウンサー科はそのレトーリックと話法で音大の中に組み入れられている。そのうち日本には指揮かや作曲科などオケに金のかからる学科は少ない。東洋人もいるがスペイン語をしゃべる学生もいる。

22.03.2018 Donnerstag 12:30 Uhr
Vergangene Veranstaltung
WDR Funkhausorchester Köln, B. Videnoff
Kölner Philharmonie

SIGNUM saxophone quartet
??? Blaž Kemperle Sopransaxophon
??? Erik Nestler Altsaxophon
??? Alan Lužar Tenorsaxophon
??? Guerino Bellarosa Baritonsaxophon


WDR Funkhausorchester Köln
Boian Videnoff Dirigent

Auszüge aus

Ernst von Dohnányi
Szimfonikus percek (Symphonische Minuten) op. 36 (1933)
für Orchester

Philip Glass
Konzert für Saxophonquartett und Orchester (1995)

30 Minuten einer Probe erleben: eine halbe Stunde vom Alltag abschalten, die Mittagspause oder den Stadtbummel unterbrechen und das tägliche Einerlei vergessen.

PhilharmonieLunch wird von der KölnMusik gemeinsam mit dem WDR Sinfonieorchester, dem WDR Funkhausorchester und dem Gürzenich-Orchester Köln ermöglicht.

PhilharmonieLunch ist für den Besuch mit Babys und Kleinstkindern nicht geeignet. Wir behalten uns vor, bei diesen Veranstaltungen Kinder erst ab dem Kindergartenalter (3 Jahre) in den Saal einzulassen.

Bitte nutzen Sie stattdessen die zahlreichen Musikangebote für Familien mit Babys und kleinen Kindern unserer Reihe PhilharmonieVeedel.


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

その後、日本文化センターに行ってアニメを30分だけ見る。2007年の「秒速5センチメートル」。アニメなので台詞は別に取るので音響が良く聴きやすい。毒にも薬にもならない筋だが映像も美しい。しかし第一部だけで退散。

8時から演劇の建物でドキュメンタリー映画「エクソドゥス/出国」を見る。フリーのカメラマン監督らしくてWDRとRBBの放送局を味方に入れて解説。昨日がベルリン・プレミエで今日がケルン・プレミエだそうだ。難民のドキョメント映画で出演者を始め放送関係を引き込んでコネも十分に作っている。

まずアラビアの映像。サハラ砂漠の真ん中の人々の「自由」らしい絵文字をドローンで撮っている。シリアの女の射撃訓練とブラジルに逃げ込む難民。アフリカ黒人のナポリの風景。スーダン現地の難民の様子。すべて英語でインタビューがなされている。トーゴの難民。東ドイツの自由の無し難民施設。ミャンマー難民は現在話題のロンギアではなくてキリスト教徒も仏教徒が迫害受けてて中国国境の生活の映像。アルジェリアの国連の給水車トモロッコ難民。それで死んだ人たちの墓場の映像。サハラ砂漠のおばあさんの地雷の掘り出しと処理。ドレスデントケルンのライン川上の人種差別反対のデモ。アフリカ現地の祭りの風景。

またミャンマーで銃を構えて見張る兵士。キューバに行った難民の映像。ギーセンの難民収容所。またブラジルのその後を撮影。アルジェリア。コンゴ。

ロケ地の各国に協力者がたくさんいてこの映画は出来上がった。

最後に出演者によるディスカッション。監督や協力者だけじゃなて今出た本物の難民・主演も出てくるが電車のために帰る。かなり長いが今後TVで放送されることは確実。
Exodus
Regie Hank Levine
Laut UNHCR sind aktuell über 200 Millionen Menschen auf der Flucht. Flüchtlinge sind ein globales Phänomen, die geopolitischen Hintergründe komplex.??Exodus“ erzählt die Geschichten hinter den Statistiken und?begleitet über einen Zeitraum von rund zwei Jahren fünf Protagonisten aus vier Erdteilen auf ihrer Odyssee. Dabei sind die einen noch unterwegs und kommen nicht zur Ruhe, die anderen sind aufgenommen im Lager oder Heim als transitorischem Ort, oder schon angekommen in einem unbekannten Land. Die anderen kehren nach Jahrzehnten zurück in ihre ehemalige Heimat, die nicht mehr dieselbe ist. Mit ihnen erlebt der Zuschauer die ungeheure Anpassungsfähigkeit von Menschen in Ausnahmesituationen, aber auch ihre Kraft, mit der sie ihremSchicksal begegnen.

D / BRA 2017 | 105Min. | OmdtU | Regie Hank Levine


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  • [77]
  • 330. ボンのエヒナートン、3月16日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 3月18日(日)05時07分48秒
  • 返信
 
まずサンクト・アウグスティンに回ってあそこに新しくできたIT大学にコンサートのチラシを置きに行ってくる。帰りに市庁舎の広場にタンツグロッケンシュピールを発見する。昔これに作曲してCDにしたので非常に懐かしく思える。http://archive.is/14QQ5 あいにく子供が遊んでいたので自分は試さなかったがまた来るので何時か試そうと思う。

ボンの市内はアラブ系のデモがあった。プラカートが無いので誰が何を主張しようとして行進してるのがわからなかったが、今日のニュースを見て初めて分かった。エドアンのシリア侵略の爆撃の抗議らしい。クルド族もアルメニアのように滅ぼされようとしていて大変である!

夜のエヒナートン(アクナーテン)と言う3番目のミニマル・オペラは何回かシュトットガルトのグラスの初期の3部作と言うことで連続して見たが、ボンではすでにサティアグラハを見ている。最初の「浜辺のアインシュタイン」を上演できないのはその長さでカネが底を付くからであろう。この1番目のオペラは本体が3時間40分もかかる上に上演の前から演奏が90分も始まっていて聴衆を入れないで聴かせないことが指定されている。結局は5時間10分かかるのでオケのギャラが軽く倍超えてしまうのである。観客動員力はミュージカル並みで現代オペラではなくポップ・オペラの範疇である。

まず音楽の前の序劇、荒れた学校の授業の様子から始まる。生徒は皆体の小さいバレエ団である。いかにもアメリカ映画によくある舞台設定であるが説明やセリフはミュージカルのようにドイツ語で行われる。音楽が始まってそれに合わせてわさわさする。ファラオの子供が入ってきて授業を邪魔して騒いでいる。アメノフィスIII世。

地下の舞台が地上に舞台を押し上げて合唱団が歌っている。荒れた学校の表現はますます酷くなっていく。生徒の一人を全裸にして髪を切る。片方の教室では踊りがまだ続いている。動きがミュージカル並みに激しく視覚的に飽きない。これは意味の全くないミニマル音楽だから自由に解釈できる演出ができるということであり、音楽の中身は内容のない映画音楽と全く変わっていない。

次に机を並べ替えてみんなが犬食いを始めて中毒で全員倒れる。後ろでは生殖行為が行われている。また舞台が上下し後ろの舞台が沈む。とにかく音楽が悪いだけ演出も振り付けもとても上手く行く。第一幕70分。

後半は第二幕と第三幕が繋がっている。オペラのように音楽を聴く舞台設定ではなくて、舞台を見るための意味のない音楽設定は、丁度音楽の内容そのものを聴くための全く退屈な舞台演出のワーグナーの音楽と正反対である。繰り返しの音楽はやり易いが更に機械でやれば演奏もより完璧になる。幕が開くと講演と言うよりもエジプトの遺跡探訪の様である。

初めからどんどんバレエ団が出っ放しで駆け回るが、こんなところで気を抜いたのかチェロが合わなくなるほとんど歌が少ないバレエ音楽。モーツァルトのように遊んでいるが中身だけは全然ない音楽で演出が自由に独り歩きしている。

壁に天使や神の名前を書いて順次に否定していき最後にハトのような花を加えた鳥が描かれるが、その速さと上手さは専門の絵描きであると思われる。次に戦争の映像、過去のか今の中東付近なのかはわからなかった。

更にバレエのさっき一旦裸にされた一人が殴り殺され処刑される。爆弾で回りのすべての壁を吹き飛ばし最後に全員死ぬがすぐに生き返る。

また学校の中、生徒が先制と和解してやっとまじめに勉強する風景。徐々に教室が静かになっているが、後奏がR・シュトラウスのように非常に長い。60分で計2時間10分。
PHILIP GLASS
Oper in drei Akten
Libretto vom Komponisten in Zusammenarbeit mit Shalom Goldman, Robert Israel und Richard Riddell sowie mit Originaltexten von Shalom Goldman
? in deutscher, ägyptischer, akkadischer und aramäischer Sprache ?

Zu den größten Erfolgen der Oper Bonn zwischen 2003 und 2013 gehörte zweifelsohne die Produktion von Philip Glass’ Oper SATYAGRAHA, des zweiten Werks der sogenannten Trilogy, einer Reihe von drei Portraitopern des US - amerikanischen Komponisten über Albert Einstein, Mahatma Gandhi und den schillernden ägyptischen Pharao: Nach dem großen, weithin strahlenden Erfolg von Achim Freyers SATYAGRAHA-Inszenierung schrieb Glass AKHNATEN (oder eben, in deutscher Schreibung, ECHNATON) für die Oper Stuttgart unter ihrem Generalmusikdirektor Dennis Russel Davies (der anschließend nach Bonn wechselte). Das Werk erlebte am 24. März 1984 ebenfalls in Stuttgart, wiederum von Freyer produziert, seine Uraufführung. Wie schon in den beiden vorangegangenen Werken EINSTEIN ON THE BEACH und SATYAGRAHA stellt der Komponist auch mit ECHNATON eine für die Entwicklung ihrer jeweiligen Epochen maßgebliche Gestalt ins Zentrum: Der titelgebende Pharao schaffte im 14. vorchristlichen Jahrhundert die bis dahin geltende Vielgötterei ab und ersetzte sie durch einen monotheistischen Kult, der als einzige Gottheit die Sonnenscheibe Aton anerkannte. Seinen ursprünglichen Namen legte er ab und nannte sich ?der Aton dient“ ? Echnaton. Die Anhänger der neuen Religion wurden zu Bilderstürmern gegen das Alte, was zur Folge hatte, dass schon der zweite Nachfolger des Pharaos, Tutanchamun, nicht nur den Polytheismus wieder einführte, sondern das Andenken an Echnaton verdammte. Der Bringer von Licht und Vernunft stürzte ins Nichts.
Mit Laura Scozzi inszeniert eine Regisseurin das Werk, deren BENVENUTO CELLINI das Bonner Publikum im Sturm erobert hat.

HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere
ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich
auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung
Echnaton
Benno Schachtner
Nofretete
Susanne Blattert
Teje
Marie Heeschen
Haremhab
Giorgos Kanaris
Der Hohepriester Amuns
Johannes Mertes
Ajeh
Martin Tzonev [P] [11.3.|16.3.|23.3.|21.4.|29.4.|9.5.|31.5.|14.6.|20.6.|28.6.]
James Homann [12.4.|13.5.]
Zwei Töchter
Rose Weissgerber* / Sheva Tehoval*/**
Amenhotep
Thomas Dehler
Tänzerinnen und Tänzer
Phaedra Pisimisi, Francesca Perrucci, Shan-Li Peng, Juliane Bauer, Katharina Therese Glas, Javier Ojeda Hernandez, Katharina Platz, Michal Czyz, Diego de la Rosa, Yunjin Song, Tobias Weikamp, Muwala-Paulo Lando, Simon Wolant
Chor / Extrachor des THEATER BONN
?
Beethoven Orchester Bonn
?
Musikalische Leitung
Stephan Zilias
Regie
Laura Scozzi
Bühne
Natascha Le Guen de Kerneizon
Kostüme
Fanny Brouste
Licht
Friedel Grass
Video
Stephan Broc
Choreinstudierung
Marco Medved
Dramaturgie
Johanna Mangold
Regieassistenz und Abendspielleitung
Mark Daniel Hirsch
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Tilla Foljanty
Sprachcoach
Stefanie Wüst
Regiehospitanz
Dorothee Pahnke
* Student im Rahmen der Kooperation mit der HfMT Köln
** gefördert von den Opernfreunden Bonn

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  • [76]
  • 329. ケルンの「マノン」、3月9日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 3月11日(日)05時11分23秒
  • 返信
 
まずこのオペラはプッチーニの「マノン・レスコー」よりはなかなか上演されないので40分前に解説があった。筆者も30年以上も前の年末に一回だけウィーン国立歌劇場で見ただけである。1884年にパリのオペラ・コミックで初演されたロマン小説に題材を求めた台本によるオペラ化で台本作者は「音楽劇の歴史」の本を書いた人でもある。

指揮のクロード・シュニッツラーは苗字がドイツ語なのでドイツ人かと思ったが、祖先をドイツに置くフランス人でアーノンクールらと反対の立場の指揮者である。ネーティヴ・フランス人なのでフランス語は信用できるらしい。演出はもうここのケルンですでにアイーダ、オルフェウスなどを演出したのでこれも信頼がおけるらしい。衣装を1950年代に置いて演技をやってもらう。

マスネの音楽はセンチメンタルで甘いという批判があるが、ここではそれは無いと否定して解説。

もちろんこのオペラはプッチーニの「マノン・レスコー」とよく比較される。筋がほぼ同じなのは第一幕と第二幕で第三幕以降がプッチーニのそれとは違っている。

上演の前にもう外とロビーで演技が始まっている。雨の降りそうな外ではアコーディオンが鳴りロ、中の暖かいビーでは女の人がテーブルに悩み多くうつぶせになって座っている。

実際の会場の音響は今回は凄く成功している。まずオケを客席に近くしたこと、人形劇のような細長い舞台を普段よりも高くし、天井を若干後ろに傾け歌が後方に行かないでオケから分離してはっきり聴こえることにしたこと。これで少なくとも本来のオペラハウス並みの音響になった。

上演の前に言い訳男が出て来て今回は歌手の一部が風邪を引いているがそれでもなんとかやるということで「ブー」などは避けてくれるようにお願いした。

オケは出だしはそんなにバランスがわかっているのでもないらしい。薄いカーテン付けたまま歌手は歌う。やっとカーテンが降り細長い舞台は壮麗でもある。40分34秒。

休みなしで第二幕。細長い分だけ奥にも2つ舞台が重なり合ってそれぞれ机に人が頭を抱えている。カルメンのようにたくさん台詞が入っているのでフランス語がわからないと指揮はできない。ここまでで68分07秒。

休みなしの第三幕。着せ替え人形のような遊び。マネキンなのか人なのか良くわからない。
股裂きをして前に倒す。韓国人のセリフにもフランス語でしゃべるが全く訛りの無いのには非常に驚いた。良くトレーニングしたらしい。黒人も合唱に入って歌うので現代のパリのフランスらしい。トロンボーンの脇の席はチューバではなくてアコーディオンだった。バレエのペアがパントマイムで踊る。主要主題を歌う合唱が出て来てここまでで1時間41分00秒で切り1回しかない休みに入る。

またロビーで男の人が机に座って思索にふけった演技をしている。トランペットは無くコルネット2本でやるのは、「カルメン」みたいなオーケストレーションであるが番号オペラではなく、プッチーニ同様ワーグナーの影響をかなり受けていると言われる。第三幕の後半はオルガンで女声合唱で始まる。22分40秒。

第四幕はワルプルギスの夜のような音楽。きらきらと光る中でのバレエは美しい。「スペードの女王」のような展開。ここまで45分30秒。

第五幕は楽譜通りではなくてシャンソンの録音された音楽から始まる。死の前の終幕と言う感じで、合唱もアコーディオンを持ってくる。「ボエーム」か「ホヴァンシチーナ」のような終幕の風景である。しかし最後の和音は「ゥェルテル」のような長三和音で終わるからやはり曲が甘いと言われても仕方があるまい。ここまで62分48秒。

Jules Massenet
Manon
Opéra-comique in fünf Akten (sechs Bildern)
von Henri Meilhac und Philippe Gille nach dem Roman ?Histoire du Chevalier Des Grieux et de Manon Lescaut? von Abbé Prévost
Musik von Jules Massenet (1842 - 1912)
Mär 18 Zu dieser Veranstaltung findet eine Begleitveranstaltung statt.
StaatenHaus Saal 1 / 19:30 ? 22:45 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
Der Roman ?Histoire du Chevalier Des Grieux et de Manon Lescaut? des Abbé Prévost, erschienen 1731, schildert die Entwicklung einer schicksalhaften amourösen Verbindung im Geiste des Rokoko, die bis heute bewegt und interessiert, auch was die Ambivalenz der geschilderten Gefühle betrifft. Die Vertonung dieses … Stoffes durch Jules Massenet, mit der er sich zur lyrischen Tradition der Opéra?-comique des 19. Jahrhunderts bekannte und zu Lebzeiten eine große Reputation sicherte, wurde nach seinem Tod eine Zeit lang als sentimental abgetan und in der Beachtung deut?lich hinter der kurz darauf entstandenen ungestüm-?leidenschaftlicheren ?Manon Lescaut? des Italieners Giacomo Puccinis eingeordnet.
Erst zum Ende des 20. Jahrhunderts besann man sich wieder auf die besondere Qualität dieser im besten Sinne ?französischen? Partitur, die mit der ihr eigenen Subtilität und flexiblen Wort?-Klang?-Feinzeichnung atmosphärische und psycho?logische Stimmungsbilder auf das Genaueste vermittelt ? und dabei nicht zuletzt ein großes Fragezeichen hinter die im Fokus der Betrachtung stehende Liebes?geschichte setzt.
Manon liebt den ihr ergebenen Des Grieux, mit dem sie vor dem Kloster flieht und für kurze Zeit in wilder Ehe zusammenlebt, doch vor allem liebt sie es, beachtet zu werden und sich in den Blicken anderer zu sonnen. Sie besitzt die Gabe, mit ihrer Erscheinung zu glänzen und zahlungskräftige Männer dazu zu bringen, die Rech?nungen zu begleichen. Die Momente der Bewunderung, die man ihr zollt, sammelt sie wie Trophäen, doch die Zeit ihrer Triumphe auf diesem Feld ? etwa als gefeierte Schönheit auf der Promenade Cours de la Reine ? währt nicht lange. Am Ende, wenn sie auf dem Weg in die Deportation auf einer Landstraße im Sterben liegt, ist es wieder (der mittellose) Des Grieux, der sie in den Armen hält ? jener Mann, der für sie alles aufs Spiel gesetzt hat und am Ende mit ihr alles verliert.
Inszenierung
Der französische Maestro Claude Schnitzler, der in Köln zuletzt ?Tosca? und ?Turandot? leitete, steht am Pult. Es inszeniert Johannes Erath und legt damit ? diesmal im Bühnenbild von Herbert Murauer ? nach ?Orfeo ed Euridice? und ?Aida? seine dritte Kölner Regiearbeit vor. Dabei kommt es u. a. zu einer Wieder?begegnung … mit dem brasilianischen Tenor Atalla Ayan, der sich das Publikum der Oper Köln bereits mit seinen Auftritten in Donizettis ?L’elisir d’amore? und ?Lucia di Lammermoor? erobert hat.
?Meine Schönheit allein, sie regieret!? (Manon, III. AKT)
Besetzung
Musikalische Leitung Claude Schnitzler / Inszenierung Johannes Erath / Bühne Herbert Barz-Murauer / Kostüme Gesine Völlm / Video Bibi Abel / Licht Nicol Hungsberg / Chorleitung Sierd Quarré / Ballett-Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Georg Kehren /
Manon Lescaut
Zuzana Marková?/ Netta Or?/ Sydney Mancasola
Poussette
Menna Cazel
Javotte
Marta Wryk
Rosette
Dara Savinova
Chevalier des Grieux
Atalla Ayan?/ Jeongki Cho
Graf des Grieux, dessen Vater
Nikolay Didenko
Lescaut, Manons Cousin
Wolfgang Stefan Schwaiger
Guillot de Morfontaine
John Heuzenroeder
de Brétigny
Insik Choi
Wirt, Pförtner, Croupier
Julian Schulzki
zwei Gardisten
Zenon Iwan?/ ?/
Kevin Moreno?/ ?/
Tänzerin Double Manon
Franziska Gassmann?/ Tamara Gigauri
Tänzer Double Des Grieux
Dwayne Holliday?/ Ivica Novakovic
Akkordeonist
Marko Kassl?/ Filip Erakovic
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [75]
  • ヘスス・ロペス・コボス

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 3月 2日(金)23時58分24秒
  • 返信
 
スペインの指揮者、ヘスス・ロペス・コボスが死去。78歳。ベルリンドイツオペラのGMDでしたね。

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  • [74]
  • 328. ケルンの「ドン・ジョヴァンニ」2月23日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 2月25日(日)05時47分52秒
  • 返信
 
同時刻にフィルハーモニーでベートーヴェンの交響曲全集の録音とコンサート開いているが今、時第九は聴きたくないのでオペラの「ドン・ジョヴァンニ」の方に行く。放送響は初めてらしく、原因は隣のボンのベートーヴェンオケが何度も全集出しているから今まで無視されてきたらしい。さすがに2020年の生誕250年記念となるとバイエルンとライプチヒ・ウィーン交響楽団・バスチーユオペラ管弦楽団ははもう録音・録画済み。ウィーンフィルが今進行中で無視できなくなったようだ。コンサートは各1回で2回まで持たないほど曲が疲労している。
20.04  WDR 3 Konzert live

Beethoven-Zyklus III

Ludwig van Beethoven
Sinfonie Nr. 8 F-dur, op. 93 / Sinfonie Nr. 9 d-moll, op. 125 mit
Schlusschor über Schillers Ode "An die Freude"
Laura Aikin, Sopran; Ingeborg Danz, Alt; Maximilian Schmitt, Tenor;
Tareq Nazmi, Bass; NDR Chor; WDR Rundfunkchor; WDR Sinfonieorchester,
Leitung: Jukka-Pekka Saraste
Übertragung aus der Kölner Philharmonie
Parallele Ausstrahlung in Dolby Digital 5.1 Surround-Sound
Jukka-Pekka Saraste und das WDR Sinfonieorchester spielen in der Jubiläumssaison zum 70. Orchestergeburtstag sämtliche Sinfonien von Ludwig van Beethoven ? zum ersten Mal im Zyklus!
Alles hätte so heiter Enden können: Ludwig van Beethoven veröffentlicht 1814 seine achte Sinfonie, ein etwas skurriles, relativ kurzes Werk, in dessen Finale er, ganz in Haydnscher Tradition, mit den Hörerwartungen seines Publikums spielt. Leider bekommt die Achte bei der Uraufführung nicht die erhoffte Anerkennung, was Beethoven, laut seinem Schüler Carl Czerny, mit einem ärgerlichen “weil sie viel besser ist!“ kommentiert. Zehn Jahre später legt der Meister nochmal nach und bringt mit seiner gewaltigen neunten Sinfonie die Gattung an eine Grenze der Ausdrucksmöglichkeit. Die folgenden Musikergenerationen beeindruckt er damit nachhaltig, was sich in einem Zitat des jungen Franz Schubert niederschlägt: "Wer vermag nach Beethoven noch etwas zu machen?“
前もって解説はない。ケルンのモーツァルトはどういうわけか混むのでなかなかチケット取りにくい。

木管楽器が正面で振り易いし音色的にもバランスの取れた方向からくる良い配置。少し速めのテンポでピリオド奏法と言えども、最初をシュトットガルトのアラン・ハッカーのように2拍子で振ってオケをいたずらに混乱させるわけではない。序曲は昔レッスンで散々スコアを弾かされたりオケでやったりで良く知っている。舞台は開いていて机の上に雪が降っている。アンサンブルはここでもボンのように舐めてかかっているのでそんなに良くは合っていない。オケのダイナミックの凹凸が少ない平坦な音楽。序曲はコレペティの伴奏とは違う。

アリアもかかなり速め。通奏低音も常時鳴らしている。ボンと同じようにルネ・ヤコブスのCDのように凝った装飾が凄い!

音響的な理由のためオケにもfを全部mpに抑えさせる。声は聴こえるが伴奏がとにかく面白く無い。あまりに霞むので弦の刻みでさえわからずみんなmpに聴こえる。

雪合戦の場面。面白そうでそれだけ?ドン・ジョヴァンニの役はテノールの声質らしい。ちょっと普通と違うが聴けないことは無いがテノール歌手が歌ってるのかと勘違いしてしまう。舞台上の第二・第三オケはヴァイオリン1丁とコンバス1丁ずつでしか編成しない。節約ビューネンオケはなんか同格には聴こえない。86分53秒。

この前の定期を振ったイギリスの青少年オケの常任のコロンが振っているいるが、この出し物が終了するまでずっとケルンに滞在するらしい。86642の節約型の弦はなんかバランス悪い。オケが全部歌の為に抑えすぎている。ウイーン・フィルは絶対にこんなことはしないでfはfで弾いてもちゃんと歌が聴こえるように楽器ができていて良く聴いているしそういう奏法をする。心理的にもそう聴こえる。

騎士長の像は出ない?予算不足なのかと思ってしまう。声だけでは面白く無い。イタリアの客演演劇を昔シュトットガルトで見たことはあるが、イタリア語だがこれよりは面白い演出だと思った。さすがにここから出てくるトロンボーンの伴奏は荘重で美しい。

結局お迎えも騎士長は出て来なくてドン・ジョヴァンニが床に倒れて死ぬだけ。後ろの客がさっさと帰っていく失敗した演出の上演である。71分21秒。



Wolfgang Amadeus Mozart
Don Giovanni
Dramma giocoso per musica in zwei Akten
Text von Lorenzo da Ponte
Musik von Wolfgang Amadeus Mozart (1756 - 1791)
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
StaatenHaus Saal 2 / 19:00 ? 22:10 / Vorstellung / 12 ? - 81 ?
Inhalt
?Die Angst, nicht da zu sein, bleibt keineswegs in sich. Denn wer tritt hier als Klang auf, jagt und glänzt? Ein Mann, rasch, treulos, schlägt eine Klinge wie keiner, genießt. Um den Genuss gleich wieder zu verlassen, denn am nächsten Mädchen lockt ein unerprobter. Don Giovanni wird dazu von einem Wunsch und Trieb … gejagt, der ganz als sein eigener wirkt. Er ist ganz in ihm auf die Spitze gelangt und durchbohrt, was in den Weg kommt. Jedes hübsche Weib ist recht, weil noch keines die Rechte ist, zu jeder wirft der Verführer die Angel aus, in jeder wird sie nach dem Fisch ausgeworfen, der nicht entflieht, aber auch nicht sättigt. Doch haben alle Mädchen und Frauen besonders wesentliches Vergnügen in diesem Umgang genossen. Das Geschlecht zeigt mit der höchsten erreichbaren Bildung, auf allen Umwegen, was es kann; nichts mehr besteht neben ihm. Auch die noch so seelenvollen Blicke gehören seiner Lust, müssen ihr, als einer durchaus wechselseitigen, zum Besten dienen. Immer wieder geht der Ritter eine andere an, verletzt, erheitert, vergisst.
Der Hörer wird selber jäh in das Spiel gerissen, mitten hinein. Da bereitet kein Held langsam Taten vor, verstrickt sich darin nur mehr und mehr. Sondern Mozart beginnt in der Blüte Don Giovannis, in der Blüte seiner Sünden. So der erste Auftritt: Hin und Her Leporellos, trübe Nacht, Lärm im Haus, Don Giovanni stürmt die Treppe herab, wird festgehalten, schleudert das Weib von sich, im schiefgegangenen Abenteuer. Donna Anna unterlag ihm nicht oder noch nicht, die Entführung missglückt, der Komtur wirft sich dazwischen, der graue Alte, noch verwegen. Schreie, Zweikampf, Mord, Flucht, Klage um den Vater, mit Tönen, fast aus Irrsinn geholt, Racheschwur ? welch ein Atem! Wie eine Blutwelle geht die Musik hoch, Schändung, Tod, Schuld bleiben am Weg.?
Ernst Bloch
Inszenierung
Maestro Nicholas Collon, seit Beginn der Spielzeit 2017.18 1. Gastdirigent des Gürzenich-Orchesters, übernimmt die musikalische Leitung der Wiederaufnahme von ?Don Giovanni?. Das profilierte Ensemble setzt sich u. a. aus Miljenko Turk als Don Giovanni und Federica Lombardi als Donna Anna zusammen.
?Viva la libertà!?
(Don Giovanni, II. Akt)
Besetzung
Musikalische Leitung Nicholas Collon / Inszenierung Emmanuelle Bastet / Bühne & Kostüme Tim Northam / Licht François Thouret / Chorleitung Andrew Ollivant /
Don Giovanni
Miljenko Turk
Donna Anna
Federica Lombardi?/ Mandy Fredrich
Don Ottavio
Sebastian Kohlhepp?/ Marco Ciaponi
Komtur
Bjarni Thor Kristinsson
Donna Elvira
Ivana Rusko
Leporello
Samuel Youn
Masetto
Matthias Hoffmann
Zerlina
Anna Lucia Richter
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [73]
  • 327. GO,コロン、メンケマイヤー、2月20日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 2月22日(木)05時45分50秒
  • 返信
 
定例の1時間前の解説。演奏者は出て来ない。わかり切ったことでもまだどっかに知ってないことを発見する期待が残る。

マラメの詩。1898年9月10日の牧神の午後。冒頭の有名なフルートを聴かせるが昔指揮のレッスン受けたので良く知っている。ここからアナリーゼに入る。増4度の悪魔の音程。TVでプレートルがシュトットガルト放送響のベルギー人のフルート奏者だけ残してしつこくレッスンしてたのが記憶に残る。次にホルン、クラリネット、2つのハープによる和音が来る。ずっと最後まで変拍子はあるが感じない。ブーレーズの「現代音楽の始まり」は有名。

バルトークの最晩年の未完のヴィオラ協奏曲。およそ30年近く前にベルリン・フィルで生を聴いた切り記憶がない。ソロの箇所の音例は第二ヴァイオリン協奏曲の第二楽章と思われる。次のアダージョ・レリギオーソのトン・バイシュピール。アタッカで第三楽章。リトルネル形式のフィナーレは舞踊音楽。

ここでサロネンの2008年のヴィオラソロの音楽を挿入。ピアノの黒鍵と白鍵の音の交換。

「トリスタン前奏曲」は昔から自主的にピアノで最後に指揮にレッスンで暗譜させられて、「愛の死」はシュトットガルトのレッスンでそのままスコアを弾かされたので良く知っているが、この4時間超える全曲のピアノスコアはワーグナーの中で最大の難曲であたかもおなじ長さの無調の音楽を仕上げるぐらいのエネルギーがいる。この徘徊性調性は完全には分析できないで片付けられてしまう。

リゲティの「大気」は「ロンターノ」と同じくもう完全にどのオケの定期にもしょっちゅう出てくる。1961年ドナウエッシンゲン初演から見ると今のドナウエッシンゲンの選曲は完全に堕落しまくっている。何時ものネック・ストルクトアやミクロ・ポリフォニーなどの言葉が並ぶ。音響作品なので聴衆に何も考えないで、すなわちあるはずがないメロディーやリズム・和音を探さないで心配しないで聴くことを勧められる。冒頭のトン・バイシュピールを聴きながら初演の際のプログラムノートを読み上げる。

ラヴェルの2組はアタッカで続くらしい。日の出、徐々に弦のセンザ・ソルディーノ、男の羊飼いと女の羊飼いの愛の物語。外では調性は崩壊し始まった1909年の作。テーマは愛らしいが、ヴィオラ協奏曲とアトモスフェアには愛がない。

何時ものようにTVカメラが入っているがカメラの後ろの席になってしまった。牧神はプレートルのようにオケを絞りまくった音の形跡はない。ブーレーズのような強烈は個性は認められない。オーボエはどうした?アンティック・シンバルを2人でやるのがちょっと新発見。前からは余り気が付かない。10分48秒。

サロネンはバルトークの協奏曲の前奏曲として、またはカデンツァとして奇妙に東洋系民族同士に血が混ざりあっている。フルトヴェングラー同様指揮よりも作曲の方が大切を考えるのはどの作曲家も普通であろう。7分35秒。アタッカでバルトーク。ィサン・ユンのようなトロンボーン2とチーバを組み合わせて3管としている。やはり第二ヴァイオリンコンツェルトのように難解に聴こえる。23分35秒。

ツーガーベはケージのドリームである。ピアノ曲であって楽譜を所有していて弾いたことがあるが面白く無い曲。元々アルト記号だけで書いてあるのでヴィオラで弾くという発想で、残りの和音は他のヴィオラ奏者に手伝ってもらう演奏。ピアノと違ってなかなか面白い音楽。

トリスタン前奏曲と愛の死は普通の演奏であろう。これくらいはどこでもやる。

「アトモスフェア」が最初のクラスターは幼いころ松島に鶏のエサ工場を見学した機械室のような音。あまりに奇妙な音だったので耳をふさいでしまった記憶がある現代の音。次に絹の織物の美。低弦の爆発。特に地球の大気の描写音楽で無くとも十分に音響の変化を楽しんで聴ける音楽。最後の聴衆の咳はピアノの内部奏法の音を消してしまった。8分12秒。

アタッカでダフニスの2組。前日にラジオでバイエルン放送も聴いたばかりで全員の踊りのテインパニのミが合わなくても大ブラヴォーだったのを不満に思ったが、この日の演奏もトリトヌス。ここで満足できる音程の演奏はなかなかない。16分18秒。

20.02.2018 Dienstag 20:00 Uhr

N. Mönkemeyer, Gürzenich-Orchester Köln, N. Collon: Bartók, Debussy, Ligeti, Ravel, Salonen, Wagner
Kölner Philharmonie

Nils Mönkemeyer Viola

Gürzenich-Orchester Köln
Nicholas Collon Dirigent

Claude Debussy
Prélude à l'après-midi d'un faune L 86 (1891?94)
für Orchester. Nach einem Gedicht von Stéphane Mallarmé

Esa-Pekka Salonen
Pentatonic Étude (2008)
für Viola solo

Béla Bartók
Konzert für Viola und Orchester op. posth. Sz 120 (1945)

Pause

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Tristan und Isolde WWV 90 (1857?59)

Richard Wagner
Isoldes Liebestod
aus: Tristan und Isolde WWV 90 (1857?59)

György Ligeti
Atmosphères (1961)
für großes Orchester

Maurice Ravel
Daphnis et Cloé. Ballet en un acte. Fragments symphoniques (1913)
für Orchester (und Chor). 2. Suite

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 21:50

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [72]
  • 226. GO定期, 2月6日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 2月 8日(木)05時46分35秒
  • 返信
 
まずは風邪を押して何時ものように音楽図書館で払い下げのスコアを買い取りに行く。もう有名どころは全部あるので知らない作曲家中心に漁る。ハイモ・エルプセとウィリー・ブルクハルトの知らない作曲家が売れないとみて1冊30セントを付けているので5冊ごっそり取ってきた。両方とも20世紀の近代音楽で印象派ではなくて無調だ。なんかの参考になりそうだ!

1時間前の解説は何時ものあの話好きの指揮者が出て来てくだらない問答を始めるが、決まって何で今日の作曲家は何でこういう組み合わせになったのか聞かれる。古臭いドイツ3大Bならぬ、新しいヨーロッパ3大Bらしい。ベートーヴェンは残るとしてもバッハはもう古楽の領域だし、ブラームスは古臭いだけまだまだグローバル化してない。

ベト2の3楽章の破行リズムを真面目ではないと刺激的だと茶化して見せる。次にブーレーズの話になる。SWRの常任時代地元のバーデン・バーデンのブーレーズの家に良く行ったらしい。今回のは20歳ぐらいの作品。名前をベルリオーズと間違ったりする。彼の権力はポスト・カラヤンと言われ世界中にベルリン・フィルをはじめ息のかかった常任指揮者とメジャー作曲家を配置しているので、当時世界中からの参拝客が後が絶たないが、何回行っても彼自身の謎が晴れないらしい。彼の書斎には自作のすべての版の原稿があるらしく、音例として「弦楽のための本」から中間部。

次にバルトークの話は昨日したから話したくないらしく指揮者が帰ってしまい、司会のお姉ちゃんが当たり前の原稿を読み始める。音例は最初の4度だけの跳躍と2楽章の並行メロディー、4楽章の引用の引用、終楽章のクラシックなフガート。

演奏になると解説とは全く違って、東京の学生時代にレコードでしか聴いたことのない「本」はノーノのような線描的音楽。あたかもノーノの作品1の「変奏付きのテーマ」を思い出す。それを16型の弦楽でやる。ウェーベルンやベルクと言うよりもシェーンベルクの書法を受け継いでいるように見える。最期に12音全部とも思えるクラスターで終わる。約12分。

ベートーヴェンの2番。さっぱりしたピアノ。弦はしっかりと音を合わせているが何時もの硬さが抜けない。14分18秒。注意深く丁寧に演奏してるし良く合わせている第二楽章。8分28秒。飛ばすことはなく普通にコンパクトなフィナーレの第三楽章。5分40秒。

アンコールは多分グリーグのピアノ曲。あの和声の使い方は絶対に北欧的。

オケコンはここでは最後に3楽章抜きの昼間のプローベで見たきりかもしれない。プローべと言うと昔ウィーンフィルでメータの指揮でも見たことがあるし、レッスン受けたし、青少年オケちょっと振ったし、良く知っている。弦が無いように本当にPPから始める。その後のffへの伸びが凄いこと。金管の交互の繰り返しのバランスが凄く良い。特にトロンボーン、トランペットにミスが多いのはアカデミーのトラが入っているせいか?10分02秒。すぐ2楽章。やはりここでもトランぺットの複調メロディーに不完全さ。トロンボーンが最高級。再現部の前の間はかなり開ける。6分24秒。非常に濃い弦の第三楽章。6分53分。同じく豊かすぎる弦の4楽章。4分07秒。フィナーレも16型の弦は多すぎると思うくらい。14型で充分だった。トランペットのソロが聴こえないくらいに弦がいっぱい。終わり方が第一稿の従っていて珍しい。9分35秒。

その後でアナウンス、首席ヴィオラ奏者の引退と、今回は良くも悪くとアカデミーの学生が多く入っていること、様子は全部インターネットで公開していること、明日からはマドリードから始まって今週いっぱいスペイン演奏旅行に行くこと。

それでアンコール?第二稿で終わるのかと思ったらスラヴ舞曲。それも3管編成16型でやるので凄い音。マーラーのようなシンバル付き大太鼓だが、16型で第三クラは第一ト一緒に吹いているのだろう?

サイン会は無視して電車に乗ったらアラブ系か肌の浅黒いおっさんが前の席で携帯で正々堂々とポルノ動画を見ていた!

06.02.2018 Dienstag 20:00 Uhr
B. Grosvenor, Gürzenich-Orchester Köln, F. Roth: Bartók, Beethoven, Boulez
Kölner Philharmonie

Benjamin Grosvenor Klavier

Gürzenich-Orchester Köln
François-Xavier Roth Dirigent

Pierre Boulez
Livre pour cordes (1968)
für Streichorchester

Ludwig van Beethoven
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur op. 19 (1786?1801)

Pause

Béla Bartók
Konzert für Orchester Sz 116 (1943)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:00

GO PLUS ? dieses Konzert wird live im Internet übertragen
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [71]
  • 325. ボンの「フィガロの結婚」FIGAROS HOCHZEIT、1月31日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 2月 2日(金)06時03分43秒
  • 返信
 
学校オペラを含めどこでもやる演目で、それでも簡単に把握できる内様ではなく、イタリア語も含めいろんな要素がいっぱい詰まっているので、歌科のみならず指揮科にもコンクールまで良く採用される基本の基本・基礎の基礎と言われるオペラ作品。

何時ものコンバス2でやる小編成の伴奏形態の好きなオペラハウス。しかし出はミスが無くとも余りにも貧弱な音。弦が左で管が右。チェロが3?ヴィオラが4?トランペットとティンパニが正面だが低い段差でほとんど隠れている。太鼓が勢い良く聴こえてトランペットが良く聴こえない。

ここで魔笛もコジ・ファン・トゥッテもやったスザンナの韓国人の調子が今回も最高に良い。フィガロは典型的なバリトンではなくてリリック・テノールの声が少し入っている。舞台が回り舞台で変化が多く面白い。通奏低音のたくさん修飾入った伴奏形も楽しい。

小道具に電話などの電子機器があるが古い背広のように違和感はない。弦の伴奏はヴィブラートがない古楽奏法。でも弱すぎて余り聴こえない。歌手も一瞬伴奏形を見失ってテンポを外すのでちょっと危険。アリアのカデンツァは長く遊びまくっている。ドイツ語のGefundenがアドリブで入る。アリアはそんな歌手を無視してどんどん速く行ってしまう。48分23秒。

伯爵夫人はそれほど音程が完璧ではないか次第に調子を上げていく。ファゴット・ソロにそんなにヴィブラートがかかるのか?意外とレチタティーヴォも道草を散々食っている。まだ音程が不安定なケルビーノは女に着せ替えするところを見せて「薔薇の騎士」を思い起こさせる。股を何回も開いて笑わせる。それにしても弦が静かすぎて良く聴こえない。歌手もテンポを取りにくいらしい。とにかくこの複雑で細かい筋が良くわかる演出法。「魔弾の射手」や「ヘンゼルとグレーテル」でもあるまいし、伯爵のウサギの獲物が出て来てまたここで笑う。ピストルでケルビーノを撃とうとする。どうもこの指揮者はルネ・ヤコブスのCDでやったことを真似て舞台化したようだ。それにしてはクラリネットのトレックが多すぎて不ぞろいすぎる。ウィーン国立歌劇場もそうだけどモーツァルトはやり慣れているので易しいと舐めると途端にミスが出まくる。コンバスはオクターヴ出す習慣の箇所はその通りにやる。49分35秒。

一番前に移ってヴァイオリンだけは8丁と6丁らしいがそれでも聴こえにくい。スチーム風呂に入りながらのレチタティーヴォ。伯爵夫人が徐々に完璧になって調子を上げてきたプレミエから2回目の公演。タイプライター。結婚式のメヌエットは歌いながら踊る。ファゴットの縦の線が合わない。43分47秒。

「ボナ・セーラ」は台本に無い。今までの回り舞台の家が空中に吊り上げられた舞台。パフォーマンスみたいにチョークで絵を描く。ホルンのffの動機の強奏も細かいミスが目立つ。ところどころに「クソー」とかのドイツ語をアドリブで入れて笑わしかつ複雑な話が分かりやすい演出が終幕はそれでも普通のカット上演。トランペットは最後まで聴こえない。32分03秒。計2時間53分57秒。

WOLFGANG AMADÉ MOZART
Premiere
28 Jan
18:00 H

31 Jan
19:30 H

03 Feb
19:30 H

14 Feb
19:30 H

23 Feb
19:30 H

02 Mrz
19:30 H

18 Mrz
18:00 H

01 Apr
18:00 H

14 Apr
19:30 H

05 Mai
19:30 H

12 Mai
19:30 H

17 Mai
19:30 H

01 Jun
19:30 H

10 Jun
19:30 H
Letzte Aufführung
30 Jun
18:00 H
Opernhaus
WOLFGANG AMADÉ MOZART
Opera buffa in vier Akten
Dichtung von Lorenzo da Ponte nach dem Lustspiel
LA FOLLE JOURNÉE OU LE MARIAGE DE FIGARO
von Pierre-Augustin Caron de Beaumarchais
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Nach COSÌ FAN TUTTE und DON GIOVANNI steht mit LE NOZZE DI FIGARO das dritte Werk der Zusammenarbeit von Wolfgang Amadé Mozart mit seinem bedeutendsten Librettisten Lorenzo da Ponte in einer Neuinszenierung auf dem Spielplan der Oper Bonn.
Beaumarchais, Komödie DER TOLLE TAG, 1778 geschrieben, war in der deutschen Übersetzung durch Johann Rautenstrauch von 1785 noch für Aufführungen auf Wiener Bühnen verboten worden ? um so erstaunlicher ist es dann, dass Lorenzo da Ponte im direkten Kontakt mit Kaiser Joseph II. die Genehmigung erhielt, es für die Opernbühne des kaiserlichen Hoftheaters als Libretto einzurichten. Auch die Intrigen des Librettistenkollegen Giambattista Casti vermochten diese höchstinstanzliche Entscheidung nicht umzukehren: Am 1. Mai 1786 kam Mozarts FIGARO am Burgtheater heraus und legte den Grundstein für eine in der Geschichte der Oper fast unvergleichliche Zusammenarbeit zweier Künstler diesen Ranges.
Der Verzicht auf Bei- und Rankenwerk, das in der Komödie noch seine Bedeutung haben mag, die Konzentration auf die wesentlichen und allgemein nachvollziehbaren Handlungsstränge verhelfen dem Stück zu seinem einzigartigen Rang. Interessant aus heutiger Sicht ist allerdings nach wie vor, dass es seinerzeit den Autoren gelungen ist, die politisch explosive Kraft des Stoffes nahezu unangetastet zu lassen.
?
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 14. JAN 2018, 11 UHR
Moderation: Tilmann Böttcher, Leitender Konzertdramaturg
mit Brunch
HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere
ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich
auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
みんなレパートリーに入れてるのでローテーションで歌わせるらしい。
Besetzung
Graf Almaviva
Giorgos Kanaris
Gräfin Almaviva
Anna Princeva [P] [28.1.| 31.1.| 2.3.| 18.3.|14.4.|1.6.]
Johanni van Oostrum [3.2.|14.2.|23.2.|1.4.|30.6.]
Celine Byrne [5.5.|12.5.|17.5.|10.6.]
Susanna
Sumi Hwang [P] [28.1.|31.1.|14.2.|23.2.|2.3.|18.3.|14.4.|5.5.|12.5.|17.5.|1.6.|10.6.|30.6.]
Marie Heeschen [3.2.|1.4.]
Figaro
Wilfried Zelinka [P] [28.1.|31.1.|3.2.|14.2.|18.3.|1.4.|5.5.|12.5.|17.5.|1.6.|30.6.]
Leonard Bernad [23.2.|14.4.|10.6.]
Cherubino
Kathrin Leidig
Marcellina
Susanne Blattert [P][28.1.|31.1.|3.2.|14.2|18.3.|1.4.|14.4.|5.5.|12.5.|10.6.|30.6.]
Anjara I. Bartz [12.5.|17.5.]
Basilio
Christian Georg [P][28.1.|31.1.|23.2.|2.3.|14.4.|17.5.|10.6.|30.6]
David Fischer [3.2.|14.2|18.3.|1.4.|5.5.|12.5.|1.6.]
Antonio
Boris Beletskiy
Don Curzio
David Fischer
Bartolo
Martin Tzonev[P] [28.1.|31.1.|14.2.|23.2.|2.3.|18.3.|1.4.|14.4.|5.5.|1.6.|10.6.|30.6.]
Leonard Bernad [12.5.|17.5.]
Barbarina
Marie Heeschen [P] [28.1.|31.1.|3.2.|14.2.|23.2.|2.3.|18.3.]
Claudia Rodriguez [3.2.|1.4.]
Due Donne
Vardeni Davidian [P] [28.1.|31.1.|14.2.|2.3.|1.4.|5.5.|17.5.|10.6.] Jeanette Katzer [3.2.|23.2.|18.3.|14.4.|12.5.|1.6.|30.6.]
Due Donne
Tiina Sahrio [P] [28.1.|31.1.|14.2.|2.3.|1.4.|5.5.|17.5.|10.6.|
Sonja Bük [3.2.|23.2.|18.3.|14.4.|12.5.|1.6.|30.6.]
Chor des Theater Bonn
?
Beethoven Orchester Bonn
?
Musikalische Leitung
Dirk Kaftan[P] [28.1.|31.1.|3.2.|14.2.|23.2.|2.3.|14.4.|15.5.|1.6.|10.6.|30.6.]
Stephan Zilias[18.3.|1.4.|12.5.|17.5.]
Regie
Aron Stiehl
Ausstattung
Timo Dentler
Okarina Peter
Licht
Max Karbe
Dramaturgie
Tilmann Böttcher
Choreographie
bo komplex
Choreinstudierung
Marco Medved
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Studienleitung
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
Soufflage
Stefanie Wüst
Sprachcoach
Maria Teresa Picasso-Menck
Regiehospitanz
Lea Peffekoven

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  • [70]
  • 324. GEISTERRITTER 幽霊騎士・コルネリア・フンケ 1月25日、ボン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 1月27日(土)01時26分48秒
  • 返信
 
子供用のオペラと思っていたが事実上のミュージカルであった。最近のミュージカルはジャズ・ロックだけではなく、クラシック音楽のテクニックも取り入れてるが現代音楽の手法を取り入れるのも日常茶万事である。

まず汽車で旅行風景のアニメーションを見せる。子供のために7時半ではなくて6時開演である。効果的電子音が立体スピーカーで空間音楽になってる。

ヘンツェのオペラみたいにシリアスな手法の始まりかた。アルバン・ベルクのように退廃音楽。字幕付きで幽霊騎士は裏声のカウンターテノールである。電と雷鳴。時々マイクが入ってないで声が聴こえないのはウィーンの安っぽいミュージカルを思い出す。事故らしい。しかし前半はエルンスト・ムジーク路線を踏襲する。セリフありオケにも少ししゃべらせる。子供のための舞台なのでいろんな音色の変化多し。ベルク和声法と音色法。ヒンデミットの伴奏系。ドラムセットが出て来てポップ調になる。このポップの聴きやすさで次の無調の現代手法を子供に教え込むオペラ教育。ミュージカルなのでマイクも歌とセリフの両方に付けて増幅してる。

メシアン風のフルートとコントラファゴットの3オクターブ奏法。自然に書かる黒板。ホルンの微分音。騎士の悪魔役のカウンターテノールは印象的だ。既成の名作よりもジャズ・ロックの中に現代手法を投入し子供にこの新しい音響を教え込む手法。机を開くと紙が出て来て散らばる。英語のセリフが多いので原作はもしくは舞台が英語圏の様だ!ミュージカルのようにドラムセットに乗って踊りまくる。

教会でディエス・イレエ。グレゴリア聖歌を歌う。4度のオルガヌムがそれに続く。棺の死者の歌。後に出てくる像と合わせてドン・ジョヴァンニの騎士長を思わせる。オルガンが出てくる。弾いているのは騎士の悪魔。ティンパニのグリッサンドとともにスクリーンのオルガンのパイプが動く。死者の悪魔退治。55分。休み一回。

2管編成の10型で多くの打楽器。サックス、エレキギター、キーボードで完全にミュージカルの編成。またアニメ映画。電子空間音楽。始終暗い雰囲気はマーシュナーの「吸血鬼」に似ている。墓場で悪魔に捕まってるサラ探し。踊りでアクロバットもできる歌手達を優先的に配置。プロコフィエフのロメ・ジュリ・リズム。悪魔が刺され地の底に落ち世界が沈む。オケの生の音と電子音の融合。シンセサイザー化したキーボードが活躍。垂らしたスクリーンにすぐ教会に帰る幻燈技法。またオルガヌム。舞台上のハープ独奏に歌。

生徒と幽霊たちのフィナーレ・パーティー、エレキギターとのアリア。最後にポップ調の学校の中でのダンスで締めくくる。40分。計1時間35分。
Uraufführung

PremiereUraufführung
03 Dez
18:00 H

07 Dez
18:00 H
Schulvorstellung
19 Dez
11:00 H
Familienvorstellung
30 Dez
16:00 H

06 Jan
18:00 H

12 Jan
18:00 H

25 Jan
18:00 H
Schulvorstellung
30 Jan
11:00 H
Schulvorstellung
05 Feb
16:00 H

25 Feb
18:00 H
Letzte AufführungFamilienvorstellung
04 Mrz
16:00 H
Opernhaus
Uraufführung
Oper nach dem gleichnamigen Roman von Cornelia Funke
Libretto von Christoph Klimke
Eine Kooperation des THEATER BONN mit der Deutschen Oper am Rhein Düsseldorf Duisburg und dem Theater Dortmund im Rahmen der Reihe Junge Opern Rhein-Ruhr
Jon Whitcroft kommt an eine neue Schule in Salisbury. Es ist ein altes, traditionsreiches Internat, wo er sehr rasch Begegnungen hat, durch die sein Aufenthalt sich immer mehr zu einem echten Abenteuer entwickelt. Bedrängt vom Geist des Lord Stourton, kann er Hilfe ? außer von seiner Freundin Ella und deren gespensterkundigen Großmutter Zelda ? nur von dem schon lange verstorbenen Ritter William Longspee erhalten, dem er seinerseits im Gegenzug dann auch zur langersehnten Ruhe verhilft: Durch Ellas Mut und einen unerwarteten Einsatz von Zeldas rappenden Fröschen finden die richtigen Herzen am Ende alle zusammen.
James Reynolds’ GEISTERRITTER ist die erste Oper nach einem der Erfolgsromane der deutschen Autorin Cornelia Funke; ein klassisches Familienstück, das sämtliche Voraussetzungen erfüllt, alle Generationen gleichermaßen anzusprechen. Der Komponist James Reynolds hat sich diese Geschichte um Liebe, Tod, Verantwortung und Erwachsenwerden gemeinsam mit dem Librettisten Christoph Klimke zur Grundlage genommen und eine moderne Musiktheaterfassung geschaffen. Funke selbst freut sich besonders darauf, Fans ihrer Romane nun in die Oper locken zu können: ?Ich freue mich mit James Reynolds, der konsequent seiner Vision einer großformatigen Opernfassung von Geisterritter nachgegangen ist, denn Kindern soll man nichts Halbherziges vorsetzen“, so Cornelia Funke bei der Pressekonferenz zur Stückpräsentation nach einer Lesung im Bonner Opernhaus.
GEISTERRITTER ist der dritte Beitrag der Reihe Junge Opern Rhein-Ruhr im Haus am Boeselagerhof, nach VOM MÄDCHEN, DAS NICHT SCHLAFEN WOLLTE und RONJA RÄUBERTOCHTER. In Zusammenarbeit mit der Deutschen Oper am Rhein Düsseldorf Duisburg und dem Theater Dortmund werden jedes Jahr neugeschriebene Familienopern präsentiert, die die Spielpläne insgesamt dauerhaft bereichern sollen.
Alle Infos zu den Sonderveranstaltungen für Familien rund um die Weltpremiere von GEISTERRITTER gibt es HIER.
Einführungsmatinee für Familien
OPERNFOYER | SO, 26. NOV 2017, 11 UHR
Moderation: Stefan Keim, WDR
mit Brunch
Besetzung


Jon Whitcroft
David Fischer
Ella Littlejohn
Marie Heeschen
Zelda Littlejohn / Ela Longspee
Susanne Blattert
William Longspee
Giorgos Kanaris
Angus
Fabio Lesuisse
STU / Aleister Jindrich
Julian Kokott
Lord Stourton
Bernhard Landauer
Alma Popplewell
Anjara I. Bartz
Edward Popplewell
Gintaras Tamutis [P] [3.12.|19.12.|6.1.|12.1.(szenisch)|30.1.]
Johannes Marx [7.12.|30.12.|25.1.]
Mark Morouse [12.1.(musikalisch)]
Jons Stiefvater
Christian Specht [P] [3.12.|19.12.]
Georg Zingerle [7.12.|30.12.]
Mr. Rifkin
Martin Tzonev
Jons Mutter
Barbara Schröder
3 Kröten
Cedric Sprick
Niklas Linder
Maxim Yurin
3 Dämonen
Algis Lunskis
Enrico Döring
Egbert Herold
Musikalische Leitung:
Daniel Johannes Mayr
Regie:
Erik Petersen
Bühne und Video:
fettFilm
Bühnenbild Mitarbeit:
Markus Boxler
Kostüme:
Kristopher Kempf
Choreographie:
Yara Hassan
Licht:
Thomas Roscher
Choreinstudierung:
Marco Medved
Einstudierung Jugendchor:
Ekaterina Klewitz
Regieassistenz und Abendspielleitung:
Barbara Schröder
Studienleitung:
Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz:
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz:
Dieter Hauber
Inspizienz:
Tilla Foljanty
Soufflage und Sprachcoach:
Stefanie Wüst
Regiehospitanz
Kim Sterzel
Raika Nicolai

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  • [69]
  • 323. ベートーヴェン生誕250周年記念のための250曲のピアノ曲集演奏会第4巻、1月14日、ボン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 1月17日(水)19時26分57秒
  • 返信
 
ケルンで良くCDが出ている中国人のピ・ヒシエン・チェンに付いた現代音楽専門の女流ピアニスト:スザンナ・ケッセルが企画するこの長大なプロジェクトは世界中の250人の作曲家に短いベートーヴェンに関するピアノ曲を委嘱して2020年までに片っ端からすべて一人で初演するというもの。ピエール・ロラン・エマールなどにもちょっと習ったらしいが今回は第4巻を数え、1巻に付き25人の作曲家を初演するというものだが、今回もすべてではなく、どういうわけか他の機会にも演奏したらしくてすでに半分近くの110曲を初演してしまったらしい。楽譜は同時にイギリスのエディションズ・ムジカ・ファールムから出版されているが、CD化は後で予算が付き次第にリリースされるらしい。他の機会とは普通の現代音楽祭に加えてボンのベートーヴェン音楽祭などの普通の音楽祭の一環として、更に別に学生が卒業試験に現代音楽として弾く場合などがよくあるらしい。隣の街のジークブルクの作曲コンクールの入賞者かベルリン・フィルの委嘱を受けてるようにどんどん広がっていく。

さすがにピアノ曲となると聴衆が満杯でフルート4本の四重奏の時とは打って違う。やはりピアノという楽器の表現力が非常にものを言い、音楽家も一人で安上がりで経済的な企画ということができるが、その分無数の傑作が十分に存在するので以外に今の作曲家は逆に作曲をかなり躊躇してしまう。

ノルウェイのビョルン・クルーゼの音楽はあくまでも北欧的、透明な音が飛び飛びで、ベートーヴェンのイ短調の弦楽四重奏曲を根底にしたらしい。

次にベートーヴェンのバガテレ作品126の第三。

韓国人のドフン・リは自分のよりも年が丁度20歳下の次の世代の作曲家。ユンを思い起こす力強い和声も見られるが全面的にそうなっているわけではない。ウンスク・チンのように韓国現代音楽の世代交代が見られる。

ブラジルのルイス・サウターはベオトーヴェンの月光ソナタとワーグナーのトリスタン和声を組み合わせた盲目の作曲家だが、現地のブラジルに複数のコンセルヴァトーリオを創設させた逸材的存在。ショパンの練習曲の頭を思い起こさせ荒々しい部分も存在する。

ヤン・コップはミュンヘン訛りのドイツ人。高音をそんなに時間を取らないプリペアードをして打楽器の役割を果たしている。

同じドイツのマルティン・チバは悲壮ソナタを引用。以下国名を書かないのはすべてドイツ人。

アルゼンチンのエルマン・クインテラはラテンアメリカポップ調な作品。

アンドレアス・ワーグナーは詰まった不協和音。無調的な音色の連続。

バーバラ・ヘラーは印象主義的な壮大な和音の塊でフランス語までパラペラ喋る年配のおばちゃん。

ノルウェイのマーク・ラヤン・カンダサミーはスタッカートが多い点描主義的作品でクラスターも後半に頻繁に出てくる。

イギリスのニコラス・スィデリスは宗教的な葬送音楽でやはりクラスターも出てくる。

ルート・ヴィーゼンフェルドは音楽の前に振り付けの芸術大学に行ったらしくておそらくバレエ音楽的に作曲されている。

ギリシャのミヒャイル・トラヴロスは調性を感じるベートーヴェンへの追憶作品。

マルクス・カラスはベートーヴェンから来たと思われる伴奏の繰り返しとオクターヴが目立つ創作。

アルブレヒト・マウラーはヒンデミットのような音の降ろし方で始まりベートーヴェン風なモティーフ、アメリカやメシアンを想起させるユニゾン。

ペーター・ヴットリッヒは回るような音型とオスティナート。それに早い音型が延々と続く。

オーストラリア在住のインドネシア人のロバート・オエトモは繊細な密集和音とポップ調な音楽の処理が特徴的。

イギリスのハワード・ブレイクは第九の歓喜の歌を楽しく美しく引用。

最後にベートーヴェンのバガテレWoO59が「エリーゼのために」だったとは知らなかったが、速いテンポで弾かれた。

以上、全演奏会曲の前に作曲者の解説をドイツ語か英語で入れるが、休みなしの2時間15分。

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  • [68]
  • 322. 子供のための「天国と地獄」とWDR定期、オット、1月12日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 1月13日(土)21時09分23秒
  • 返信
 
行く途中のメッセの建物の中通りに竹やぶにもうタケノコが生えていたが採るのを止めてシュターテン・ハウスに急行。この演目はウィーンに来たばかりのフォルクス・オーパーで2・3回見て懐かしい。ケルンは自分の街の出身作曲家を大切に子供にも「地獄のオルフェ」を伝える。11時半から開始のオペレッタはまた客席の配置が変わっている。サイドのオケは1管編成、弦楽5重奏に編曲でモニター・アインザッツのサロン・オーケストラ。序曲は頭だけですぐに本題。オルフェオのヴァイオリンはゴムでできていて踏みつけても大丈夫で同じゴムの弦で痛くする。セリフはマイクを通してハルを付けている。舞台は客席の真ん中。

天国では相変わらず「ラインの黄金」から来ただらしない神様たち。韓国人の歌唱が入ると歌のとたんに花が咲く。突如入れ歯が出て来てヘッドホンに変わる。ゼウスの長いひげとプルート悪魔のしっぽの格闘。グルックの「オルフェオ」のアリア。「こうもり」のようなポルカ音楽。銀映えにキンチョール。エウリディーチェの歌唱が伸びすぎ。

最後に悪魔が神々に指導するカンカン踊り。またグルック、スイス訛りのドイツ語、マイケル・ジャクソン、さらにスペイン語。アンコールではまたカンカン踊り!1時間。

Jacques Offenbach
Orpheus in der Unterwelt
Opéra bouffon in zwei Akten von Jacques Offenbach
Musikalische Bearbeitung von Uwe Sochaczewsky
Dialogfassung von Elena Tzavara
empfohlen für Kinder ab 7 Jahren
12 Zum Kalender hinzufügen
StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:30 / Vorstellung / ? 12,5,-/7
Inhalt
Zu Hause bei Musiklehrer Orpheus ist der Teufel los! Als Orpheus seiner Frau Eurydike wieder einmal mit seinem Geigen? spiel auf die Nerven geht und die beiden in Streit geraten, taucht plötzlich Pluto, der Herrscher der Unterwelt, in ihrem Wohn?zimmer auf. Er nimmt Eurydike mit in die Hölle, wo es sich viel vergnügter … leben lässt als auf der Erde. Doch jemand will für An?stand sorgen: Ralph Caspers, Schirmherr der Kinderoper Köln, wird wieder als Öffentliche Meinung auf der Bühne stehen.?
Inszenierung
Die farbenfrohe und humorvolle Inszenierung von Jacques Offenbachs Operette ?Orpheus in der Unterwelt? wird in einer szenischen Neueinrichtung im StaatenHaus wieder aufgenommen. Zu hören und zu sehen sind unter der musikalischen Leitung von Rainer Mühlbach die jungen Sängerinnen und Sänger des Internationalen … Opernstudios der Oper Köln sowie das Gürzenich?-Orchester Köln.
?Diese Tätigkeit uns Göttern unbekannt, wird bei den Menschen küssen genannt.? (Juno)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung nach Elena Tzavara / Bühne & Kostüme Elisabeth Vogetseder / Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Tanja Fasching /
Eurydike
María Isabel Segarra
Orpheus
Dino Lüthy
Öffentliche Meinung
Ralph Caspers
Aristeus/Pluto
Matthias Hoffmann
Jupiter
Yunus Schahinger
Merkur
Hoeup Choi
Onkel Mars/Styx
Alexander Fedin
Juno
Judith Thielsen / Constanze Meijer
Venus
Maria Kublashvili
Diana
Anna Herbst
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

夜の1時間前の解説はWDR専属のジャーナリストのおじさんが出て来た。まず指揮者が病気で変更。今晩やる3曲は皆極端に静かに始まる。すべてワイマールと関係のある選曲。サン・サーンスは交響曲ではなくてオペラ「サムソンとデリラ」をリストの指揮で初演している。今の音大の建物が当時の街の伯爵が住んでいた建物で当時に作曲家や作家が集まりめぼしい作曲家ではヨーゼフ・ヨアヒム・ラフやペーター・コルネリウスらも来てたらしい。表現の自由を第一に目指していてその派手な表現や巨大編成もその自由の中に入ってた芸術と学問の新ワイマール学派。音楽の革命の時代!

次はリストの単一楽章の2番の協奏曲のアナリーゼ。ワイマール初演で合計5つの改定を重ね無駄なヴィルトゥーゾ性を薄くする。

オルガン交響曲はフランス初演。テーマの音程がリストと同じグレゴリア聖歌の「怒りの日」から来ている。第二楽章はオルガン、第三楽章はコンツェルト・フリューゲルが出てくる。第四楽章はそれが4手になる。テーマ的に同じのがサン・サーンスの交響詩にある。
ロンドフィルハーモニー協会からの委嘱。音の録音はすべて当日の10時からのゲネプロのを使う。

ロビーは今回は作曲家と小説作家の展示物で溢れている。

本番にはTVカメラが入っている。今回の定期は1回しかなくて昨日はデュイスブルク、明日はビーレフェールドでやるので、チケットは全席売り切れで立ち見しかなくてそれもほとんど売り切れていた。

ローエングリーンはオルガンで弾いたことがあるが音の切り替えが曖昧であると聴くのが難しい。木管と弦とのバランス!8分38秒。

リストの2番はホルンが2だったのを意外と確認。打楽器2人。クラリネットのバランス、ファゴットの音の安定性。ピアノが安定していてもアルゲリッチのようにぶん殴るように出るわけではないのはDGのおかげ。グリモーのように日本人からくる細い体とドイツ人の長い手足、謙虚な挨拶は好かれるが、アラベラ・シュタイバッハのような力強さは1番のCD同様見られない。ただミュンヘンに生まれ育つと腐り切ったウィーンよりも遥かに才能の醸造と言う意味では有利らしい。ホルンのロングトーンは斑がないように。21分17秒。アンコールはシューマンのロマンツェを完璧なドイツ語で言って安心。

オルガン奏者はパイプの陰に隠れていないでオケの中に出て来た。弦のリズムが合いにくい。ファゴットの音がバスーンを想定しているので大きすぎる。10分05秒。アカデミックな第二楽章10分03秒。リズムの移動による第三楽章。フランスのパリでいっぱい。イデー・フィックスや循環形式を思い出す。7分47秒。終楽章はトロンボーンとホルンが安定。トランペットはピストンでないと渋すぎる。ヴァイオリンの濁りは完全には取れない。オルガンのfffはレギスターでも少し音色を変えないと退屈。8分47秒。ソリストのサイン会は無視してすぐ帰宅。

12.01.2018 Freitag 20:00 Uhr
Karten bestellen
Tastentänze
A. Ott, R. Shaw, WDR Sinfonieorchester Köln, A. Shokhakimov: Liszt, Saint-Saëns, Wagner
Kölner Philharmonie

Alice Sara Ott Klavier
Roderick Shaw Orgel

WDR Sinfonieorchester Köln
Aziz Shokhakimov Dirigent

Tastentänze

Richard Wagner
Vorspiel
aus: Lohengrin WWV 75 (1845?48)

Franz Liszt
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 A-Dur S 125 (1839, rev. 1849?61)

Pause

Camille Saint-Saëns
Sinfonie Nr. 3 c-Moll op. 78 (1886)
mit Orgel und Klavier
"Orgel-Sinfonie"

Alain Altinoglu ist leider erkrankt.
Wir danken Aziz Shokhakimov für die kurzfristige Übernahme des Dirigats. Das Programm bleibt unverändert.

Pause gegen 20:40 | Ende gegen 21:40

SinfoniePlus 5,50 Euro (Einheitspreis bis 25 Jahre/keine Ermäßigung)

Das Konzert im Radio: Live, WDR 3
Live im Videostream auf wdr-sinfonieorchester.de
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

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  • [67]
  • 321.ケルンの「リゴレット」1月4日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2018年 1月 6日(土)00時33分7秒
  • 返信
 
12時半のプローベが15分前でも満杯で振られたので仕方なく図書館に行ってワーグナーの「リエンチ」のピアノ譜の買いなおしをする。

音大に行ってみたが4日で新年早々オーケストラの分奏・レギスター・プローベしている。ブラームスノ4番はシューベルトのように弦の出番が多く辛いので良くやるが、終楽章の最後の方だけを見てきた。さすがに音大のオケになるとすぐには合わない。

オペラはザール2の方で、ザール1で「こうもり」やっている最中に準備したらしい。普通のオペラハウスのように毎日替える舞台機能が無いので、2つのザールを使いオペラを代わるがわる上演している。ザール3は子供用オペラ専用で2階にある。

オケピットが本来の形なので歌が奥になり良く聴こえない音響上の欠点が目立ってくる。従って何時ものように声が良く届かないが、今日は全席15ユーロ均一なので客席は空席が全く出ない満杯。隣の若いお姉ちゃんたちはロシア語を大声でしゃべってドイツ語のプログラム読んでいる。オケは木管が正面で通常のコンサートに近い配置なので振り易いし音響上のバランスも良好である。

リゴレット」も普通は行かない、ケルンに行く口実を作るための消化公演。最後に見たのは思い出せない。多分ヴェローナか?ルール地方は1989年にゲルゼンキルヒェンでレベルの高い公演を見たことがある。前奏はウィーンよりもしっかり丁寧に正確にやるのでいい加減なイタリアオペラからかなり疎外される。そのリズムの几帳面さは凄い曲のように思わせるには十分の演奏だが、実際は決して難しくない簡単なスコアである。「前奏の間リゴレットが首を吊ったような格好で立ってる。

次のバンダは小さいミスが目立つので学生かもしれない。全体で6管編成しかないのでコンサートとオペラ同時にやって、残りに4週間の休暇を与えればもうバンダは残っていないからである。舞台はで大砲みたいに巨大な男性器!女の演出にしては大胆。今回もバレエ・ダンサーを数人借り出して躍らせている。かなり声に問題がある決して一流でない車椅子のおんぼろ客たちの娘を狙う。韓国人がいないと声的にこんなに寂しい公演になってしまうのがとても残念。オケは相変わらずこんな単純なスコアを真面目に伴奏するので曲自体が傑作に見えてしまう。終わった合唱団の連中が音を立てて脇の通路を退場で煩い。

ジルダの声はまず目立たないが、コロラトゥーラのアリアを歌いきる。まあーシュトットガルトの学生でも歌ったところを伴奏したことがある簡単な曲だが。56分26秒。

歌の舞台が遠いとリズムまでが曖昧に聴こえる。すべて音響の仕業である。リゴレットのバリトンの声も完全に安定しているわけではない。この日はダブルキャストの韓国人が非番の日。ジルダが調子を上げ声が出て来てリゴレットを抜く。29分33秒でまた休憩か?電車に乗り遅れてしまう!

有名なテノールのアリア。声は最高なのだが奥で歌ってオケには負けてしまって残念。とにかくバランスが悪くて歌自体に火が付かなくてしょうがない。良い声でも声のあんまり出ない人らしい。ちょっとでも舞台の奥に入るともう聴こえなくてダメで、まだジルダやリゴレットの方が聴こえる。しかし誰かが携帯の呼び出し音を切らない。ある朗唱部分でオーボエも弦と同じく長い音が吹けるのを再発見、もうこの時代から使われていた。ロッシーニのような嵐の演奏。ピッチカートも大きくて良く聴こえて頼もしい!リゴレットが歌う雨上がりの「アルプス交響曲」の「日の出」のモチーフ。ここに来るジルダの弱弱しい声は全部聴こえなくて最適。拍手しないですぐ来る汽車に滑り込みでセーフ!32分01秒。

Giuseppe Verdi
Rigoletto
Oper in drei Akten
Libretto von Francesco Maria Piave
nach einem Schauspiel "Le roi s'amuse" von Victor Hugo
in italienischer Sprache mit deutschen Übertiteln
Musik von Giuseppe Verdi (1813 - 1901)
04 Zum Kalender hinzufügen

StaatenHaus Saal 2 / 19:30 ? 22:30 / Vorstellung / Einheitspreis ? 15,-
Inhalt
Am Hofe des Herzogs von Mantua sind menschenverachtende Schikane und sexuelle Ausschweifung gang und gäbe. Der Hofnarr Rigoletto nimmt in diesem Spiel die Rolle eines zynischmachiavellistischen Kommentators ein. Niemand weiß jedoch von Rigolettos schwacher Seite: Fernab der Öffentlichkeit zieht er seine Tochter … Gilda auf, ängstlich bemüht, sie vor den gefährlichen Einwirkungen der Außenwelt zu bewahren. Sein persönlicher Niedergang nimmt seinen Anfang, als Gilda die Bekanntschaft des inkognito auftretenden Herzogs macht.
Inszenierung
Bei der Wiederaufnahme in der Inszenierung von Katharina?Thalbach steht Maestro Gabriel Feltz am Pult des Gürzenich-Orchesters, die Besetzung ist hochkarätig: Die Rolle des?Rigoletto übernimmt Nicholas Pallesen, dem Kölner Publikum?als Ford in der gefeierten Produktion ?Falstaff? bekannt. Liparit?Avetisyan singt … den Herzog von Mantua. Ihr Kölner Debüt gibt?Koloratur-Star Nina Minasyan in der Rolle der Gilda, in der sieu. a. regelmäßig im Moskauer Bolschoi-Theater zu erleben ist.
Besetzung
Musikalische Leitung Gabriel Feltz / Inszenierung Katharina Thalbach / Bühne & Kostüme Ezio Toffolutti / Licht Andreas Grüter / Choreografie Nadine Schori / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Birgit Meyer /
Herzog von Mantua
Liparit Avetisyan?/ Jeongki Cho
Rigoletto
Nicholas Pallesen
Gilda
Nina Minasyan
Graf von Monterone
Michael Mrosek
Graf Ceprano
Insik Choi
Die Gräfin Ceprano
María Isabel Segarra
Marullo
Hoeup Choi
Borsa
Alexander Fedin
Sparafucile
Lucas Singer
Maddalena
Marta Wryk
Giovanna
Judith Thielsen
Ein Page
Constanze Meijer
Ein Gerichtsdiener
Nam-Uk Baik
Chor
Chor der Oper Köln
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [66]
  • 319. ギュルツニッヒ・ベネディッティ、シュテフェンス 

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年12月14日(木)05時52分29秒
  • 返信
 
12.12.2017 Dienstag 20:00 Uhr

7時の恒例の解説にミヒャエル・シュトルックが出て来た。WDRで何時も現代音楽解説してるし、ヘンネッフに住んでいるらしく一緒に電車で帰ってきた事もある。先週はSWRのFMのロシア音楽のアナウンス1週間してた。いろんな放送局を回っているらしい。それに今から10年前ベルリンフィルでクラリネット吹いてたのモーゼル出身でバイエルン放送響にもいた指揮者も一緒で、いろんな問題点は一昨日と昨日の解説で話したらしい。

まずはブラームスの3番の解説から映画音楽で有名な3楽章を聴く。演奏はアーベントロートとライプチヒ放送響だそうだ。何でアーベントロートかと言うとケルンでもその昔良く振りに来てたらしい。その次にジャズの編曲、これは指揮者が好きだからという理由。次に第二楽章の副次テーマ。4楽章で重要な活躍をするからで、指揮者は「心臓の鼓動」と感じるらしい。

それで「作曲する意味は構成すること」と定義する。当時のブルックナーとの対話でいろいろ作曲に注文つけられたブラームスが好きなように書きたいんだと突っぱねたセリフは、最近でもラッヘンマンに追及されたヘンツェの返答と全く同じだ。好きなように書いてなぜ悪い?と抗議!ブルックナーの最終楽章の壮大なコラールはブラームスでは微弱で弱いものとなってしまうカトリックとプロテスタントの違い。劇性が弱い強弱の変化の少ないブラームスが好きだと語る。

次は指揮者論。ハンス・リヒターやヘルマン・レヴィなどの初演者やブラームスの取り巻きが出てくる。ジュリーニは教会の礼拝の司祭みたいだと言う。

次のイタリアの12音主義者ダラピッコラ。なぜ選んだか?何時ものように問われる。ミヒャエル・ギーレンの言葉を引用。「耳直し」ではなく「耳の掃除」と言う。

ここで指揮者が退場して、シュトルックの補充解説になる。この変奏曲は普通で言う旋律のテーマがない。これは最初バッハの音楽帳のようにピアノ・チクルスで作曲され、後で管弦楽曲に編曲された。その元のピアノ曲と当時の標題をすべて消し去ったオーケストレーションされた版を特に対位法に注意して比較して聴く。

本番のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は12、10、8、6、4.ティンパニはほとんど木のような固いもので叩いている。ホルンとトランペットは自然、弦はヴィブラート無し。ソリストの楽器はこの前のイタリア人のようなストラジバリのような最高級の音ではないと思う。管楽器と弦楽器のバランスが良い。カデンツァはティンパニ付きの版。23分55秒。管と弦が押さえないがかなりの音量が出てもヴァイオリンは掻き消されない、ピチカートも大きく良いバランスを保っている。9分14秒。しかしソリストは不鳴り臭い音と高音弦と低音弦の交換の時の雑音の処理に甘い。8分43秒。アンコールにイギリス民謡の何かと言うが後ろの客席向けて話してたので聴き取れない。

変奏曲は打楽器5、2管だがチューバあり14、12,10、8、6。12音でもオスティナートも入っている。シェーンベルクやウェーベルンとは違った12音音楽はスイスのフランク・マルタンのように明るくて聴きやすいが、あくまでもモデルはシェーンベルクの作品31の方であろう。15分。

ブラームスの作品90は最初から全管弦楽に鳴らせっ放し。地味で劇的効果の薄いブラームスが好きだなんてどこ吹く風。普通のテンポで繰り返しあり。13分38秒。コンバスはピアノ曲のように記譜よりも良くオクターヴ下を弾くらしい。9分15秒。第三楽章はウィーンフィルのようにチェロが1本の音楽とは行かないようだ。結局はフィナーレも暴れまくってちっとも中庸な曲ではなかった。9分14秒。すぐに出て行って電車に飛び込む!

菅野茂

Kölner Philharmonie

Nicola Benedetti Violine

Gürzenich-Orchester Köln
Karl-Heinz Steffens Dirigent

Ludwig van Beethoven
Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 61 (1806)

Pause

Luigi Dallapiccola
Variazioni (1954)
für Orchester

Johannes Brahms
Sinfonie Nr. 3 F-Dur op. 90 (1883)

Pause gegen 20:50 | Ende gegen 22:15
19:00 Uhr, Empore : Einführung in das Konzert
Eintritt nur mit gültiger Konzertkarte


Website des Veranstalters:
Gürzenich-Orchester Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [64]
  • 317. WDR現代音楽、モノローグ、フンクハウス、11月30日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年12月 1日(金)20時08分1秒
  • 返信
 
まず初めに木曜日なので公開プローベに行く。パトリック・ハーンが紹介するには、ベルリンフィルの楽員だった30も行かない若い小さなお姉ちゃんが指揮者に転向。カネラキスはギリシャ系の名前。最近はBPから楽器を辞めて指揮者に転向する人が多い。有名なのはルートヴィックスハーフェンのシュテフェンやマインツのボイマー。楽器が上手いのですぐ指揮科に入れ直せるらしい。

昼のプローベはただなので夜の本番よりも客が入る。チャイコフスキーの1番のフィナーレ、練習番号10の8小節前から。低音金管ばかりが充実。意外と弦のプローベに甘い。外国人なのでそんなに練習が上手いほどではない。練習箇所EとD.の弦の馬鹿なりが止まらない。やたらと説明が長い。最後まで行ったので第一楽章に戻る。

その後音大に行ったらケルン国際音楽コンクールの声楽部門の練習やってたので後でまた来ることにする。図書館でヒンデミットの「キャデラック」のオペラのピアノ譜を買って来てそのあとでまた音大に戻る。審査員がすごい。マリアーナ・リポチェック、元ウィーン国立歌劇場の合唱指揮者のヘルムート・フロウシャウアー、ケルン・オペラのインテンダンティンなど。案の定2次予選は韓国人ばかり残っている。そのうちの最後の3人を聴く。

韓国の女性。この声の水準ではオペラで歌ってもおかしくはない。ぴっちーには曲一面を声ばかりで埋める間違った努力。オペレッタになるとかなり暗くて真面目過ぎる。単純さが不足。ヴェルディは徹底さに欠ける。細かいテキストに配慮が欠けるがそれでも使える。

2番目はドイツ人。日本人の伴奏者はオケで実際どう響くのかわかっていない。ヴィブラートで安定し無い言葉を味わわない歌唱。声の中に言葉の意味が溺れてしまう。しかしフランス語のあいまいなオペラにはこのやり方が意外と合う。最後はアメリカの安っぽいオペラ歌手。曲が多すぎるのかプッチーニは割愛。オペレッタも何とか雰囲気を保つ。

最後も韓国人で同じ韓国人の伴奏。ヘンデルの細いがはっきりとした声はキャラクター・ソプラノ。コロラトゥーラまでもう少し。オペレッタは表情が豊か、これは明日のフィナーレまで行きそう。最後の声の伸びもフレーニを思わせ演技も完全に体に入っている。ドニゼッティは今までのグルベローヴァなどのルチアとは違うが実際のオペラに投入するのは問題がない。巧みにいろんな役をこなせる。カデンツァもその声でやってしまう。スミ・ジョーのレベルまであと少し。

7時15分から作曲者の解説。英語だけじゃなくてイタリア語もフランス語も達者でニコニコしてるコルネリア・ビットマンが司会。今日は弦楽四重奏の話。ミュラーユの他に、バスケンラントのラスカーノとデンマークの若手グラーアップも招待されている。

このデンマーク人は演奏されない第一弦楽四重奏曲の発展の形で2番を時間の発展の興味がないサミュエル・バケットの文学作品の助けを借りて作曲。しかし弓の押しつけはあるそうだ。バスケン人は今までの後を振り返ったプロセスとして作曲したので他の芸術とは関係ないエネルギーの豊富な建築的絶対音楽。ミュラーユも第一SQ。ベルリオーズの固定想念を持ってくる。リゲティのテクニックも多量に挿入だが違って聴こえると言う。演劇のようにオルガニゼーションしてるとも言う。

本番にはビットマンが衣装を替えて出現して同時に生放送が始まる。デンマーク人は北欧的に透き通ったしゃれた曲。弱音気を付けたまま。一旦初めのユニゾンに戻る。そのあとにアレグロが来てプレスも始まる。また元の静寂が来るが小さな細かいフガートなどで十分に静かにならない。またプレス、良い曲なのに金属の弱音器を床に落としてしまう。

B・A・ツィマーマンのダイアローグに対するモノローグの版があるのを初めて知った。多分ソリの部分の楽譜だけで演奏時間が1分だけ協奏曲より短い。曲の良しあしがわからないがただ与えられた仕事だけを黙々とこなすというピアノ・デュオ。WDR来年の生誕100周年に向けてB・A・ツィンマーマンの録音を片っ端からしまくっている。バッハのカンタータ140番の引用。次は音の塊でかなり乱暴なクラスター。印象主義の復活などで構成。

ロルカーノはノーノのSQのように微分音。ディオティマ・カルテットにふさわしい音色の戯れ。プロセス作曲法。予定の13分よりかなり越しているが良い曲である。

ミュラーユはオクターヴも4分音もあるらしい。駒の上だけで弾いたような側面奏法。太鼓のようなピチカート。書き慣れているが無名新人のようなフレッシュ感はないいつも頭の部分が戻ってくる構成法。4分音は重ねるのではなく音階的にいつも下がってくるそれ以上の曲でないしそれ以下の曲でもない。メシアのトリルもあるが30分で終わらない曲だったのですぐに帰りの電車に飛び込む。

30.11.2017 Donnerstag 20:00 Uhr
Musik der Zeit - Monologe.
Quatuor Diotima, GrauSchumacher Piano Duo: Glerup, Lazkano, Murail, Zimmermann
Funkhaus Wallrafplatz

Quatuor Diotima
??? Yun-Peng Zhao Violine
??? Constance Ronzatti Violine
??? Franck Chevalier Viola
??? Pierre Morlet Violoncello


GrauSchumacher Piano Duo
??? Götz Schumacher Klavier
??? Andreas Grau Klavier

Musik der Zeit - Monologe

Tristan Murail
Songes, ombres et fumées (2017-2018)
Quatuor à cordes
Deutsche Erstaufführung

Bernd Alois Zimmermann
Monologe (1964)
für zwei Klaviere

Ramon Lazkano
Etze (2016)
für Streichquartett
Deutsche Erstaufführung

Rune Glerup
Neues Werk (2017)
für Streichquartett
Deutsche Erstaufführung

Bach und Messiaen, Beethoven, gregorianische Hymnen und Boogie-Woogie: Bernd Alois Zimmermanns Klavierduo ?Monologe? ist ein ?weit verzweigtes Gebilde von musikalischen Zeit und Erlebnisschichten?. Die beiden Pianisten ?monologisieren?, hängen ?ihren ?eigenen Gedanken?? nach, spielen gleichzeitig, doch stets auch ? in heikler Balance ? unabhängig voneinander. Während die ?Dialoge?, aus denen die ?Monologe? 1965 hervor ? gegangen sind, am Folgetag zu hören sein werden, trifft das Klavierduo hier auf neue Streichquartette von Tristan Murail, Ramon Lazkano und Rune Glerup.

Ort: Klaus-von-Bismarck-Saal

Die Preise zu dieser Veranstaltung finden Sie auf der Webseite des Veranstalters.

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  • [63]
  • 316, 子供用音楽劇「ここにいなかった熊」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年11月23日(木)05時19分35秒
  • 返信
 
Der Bär, der nicht da war11月21日ケルン音大

パフォーマンスだと思ったが小さな話の断片の集まりで始終クラリネットとファゴットがつく音楽劇。朝9時から始まるので非常に早く自宅を出た。5分遅れで開始、前列には幼稚園児とみられる小さい聴衆が数十人座っている。左奥にはミキシングとみられるアド・ホック・シュピーラー。いろんな打楽器的な効果を醸し出しそれを増幅変換してスピーカーで出す。語り手もやる。野菜を始終切り刻む。今年のベートーヴェン音楽祭との共同制作で音大における再演はこの後午前11時からもある。

かっこ悪い熊と称するおっさんが出てきて転んでもなかなか立ち上がれない。プロコフィエフのピーターと狼のような音楽をパーシケッティー風に近代和製感で包む。野菜を切る様子はスクリーンにも映す。それを見ながら更に演技。作曲者は書いてない。

ダイアローグ。風船を口に入れて膨らませる。空気を抜く時のゲオゲロ音も音楽にマッチさせる。突然チャイコフスキーの「白鳥の湖」。アド・ホックの一人が小さいおじさんを演技。アド・ホックのキーボード演奏。木管の無調的分散和音。タクシーのおばさんに変身と盛り沢山。熊もおばさんも一緒に歌う。キーボードに付いているリズムも加わる。手の影絵で狐か狼を演技する。熊は切られたミカンを食う。口によるパーカッション。スクリーンに自分を映す。生だと思ったらあらかじめ取られたヴィデオと会話する。それを真似してずっと切っていた野菜を食べる。45分。

ちょっとしたおかしな顔の表情一つで子供を笑わせる演技は見事。ヴィデオカメラも雑音の変換もみなちょっとした工夫で子供たちを始終笑わせ飽きさせない。テーマも断片的でつながっていないがその都度物事を解決させることができる。
21.11.17
Dienstag, 09:00 Uhr, Konzertsaal (Köln)
Musiktheater-Uraufführung nach dem gleichnamigen Bilderbuch von Oren Lavie
für Kinder von 4 bis 8 Jahren
Es war einmal ein Juckreiz. Der kratzt sich und ist plötzlich: Ein Bär, der vorher nicht da war. Er findet einen Zettel auf dem steht: “Bist du Ich?“ ?Gute Frage“, denkt sich der Bär und macht sich auf den Weg es herauszufinden.
Auf seiner Suche begegnet er dem bequemem Bergrind, dem saumseligen Salamander und dem vorletzten Vorzeige-Pinguin, lauscht seiner eigenen Stille und folgt ihrem Klang, erfreut sich an Blumen und schönen Gedanken, verirrt sich beim Geradeausfahren auf dem trägen Schildkröten-Taxi und findet schließlich und - zu seiner großen Freude ? sich selbst.

?Der Bär, der nicht da war“ erzählt lustvoll und philosophisch von der Suche nach der eigenen Identität und der Freude an der (Selbst-) Erkenntnis und ermutigt dazu, der Welt offen, neugierig und gelassen zu begegnen.
Eine Koproduktion von Theater Marabu, Beethovenfest Bonn und dem Jungen Nationaltheater Mannheim in Kooperation mit der Hochschule für Musik und Tanz in Köln und der Alanus Hochschule für Kunst und Gesellschaft.
Autor: Oren Lavie; Komposition: Markus Reyhani
Regie: Claus Overkamp; Ausstattung: Regina Rösing; Künstlerische Mitarbeit Video: Norman Grotegut
Performance & Musik: Tina Jücker, Bene Neustein, Faris Yüzbaşioğlu
Tobias Gubesch (Klarinette), Daniel Staravoitau (Fagott)
Theater- und Musikpädagogik: Melina Delpho, Marion Dietrich, Corinna Vogel
Regieassistenz: Anaïs Durand-Mauptit

Rechte: schaefersphilippen, Theater und Medien GbR, Köln
Illustration: Wolf Erlbruch mit freundlicher Genehmigung durch den Kunstmann Verlag

Informationen zu weiteren Spielterminen in 2017:
www.theater-marabu.de
Gefördert von: Ministerium für Kultur und Wissenschaft des Landes NRW, Stadt Bonn, Landesbüro freie darstellende Künste NRW, Kunststiftung NRW und dem Kultursekretariat NRW Gütersloh
Eintritt:
Erwachsene 8 Euro / erm. Kinder 6 Euro
Tickets:
Kindergruppen ab 15 Personen: 5 Euro pro Person Reservierungen über mail@theater-marabu.de oder 0228/ 433 97 59
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln
Termine:
Uraufführung: 23.09.2017, im Rahmen des Beethovenfestes Bonn;
Spielort: Theater Marabu, Kreuzstr. 16. 53225 Bonn
Aufführungen in Köln:
Di. 21.11. 9 Uhr & 11 Uhr


夜は6時から音大のフルート・クラスの発表会。こういうのはプロの世界では売れないからほとんどやらない。音大時代の無料発表会が最高の花である。有名なプーランクのソナタ。中国系の学生による演奏。黒人の学生譜めくり。カール・エラートのソナタ。特殊奏法がない無伴奏。ピアッツォラのギター伴奏はバランスがいつも理想的に出る。ムジンスキーのソナタはやたらと暴れまくる。マルタンもフランス系ソナタだが無調。ここで自分の第3フルート四重奏曲に「不確定性」という表題を与えることを思いついた。
有名なニールセンの協奏曲。ベリオのセクエンツァIは現代フルートテクニック入門の書。さっき譜めくりやってた黒人学生の音量の凄いこと。なかなか安定して音量があり上手い。今まで女性ばかりだったのでその差が歴然としている。ヒンデミットの8つの小品も白人の男でやはり音量がすごくある。フランスの作曲家ボッツァもフルート作品が多い。みんな音のミスはしないが男女で音量の差が極端にあるのには驚いた!最後のモーツァルトのフルート四重奏曲。弦が3人出てきてこういうことに東洋人の学生はしょっちゅう使われる。中国系2人が入りみんな上手いが日本人ほど良い楽器を持っている人はいないらしい。休みなしで2時間近く。
21.11.17
Querflötenabend
Dienstag, 18:00 Uhr, Kammermusiksaal (Köln)
mit Studierenden der Klasse Prof. Robert Winn
Achtung: Die Anfangszeit wurde von 19.30 Uhr auf 18.00 Uhr vorverlegt.
Eintritt:
frei
Adresse:
Unter Krahnenbäumen 87, 50668 Köln

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  • [62]
  • ドミトリー・ホロトフスキー

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年11月22日(水)20時10分44秒
  • 返信
 
ロシアの歌手のドミトリー・ホロトフスキーがガンで死去。55歳!!

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ゆき@管理人
ここ数年前からネットで内職するようになって、オペラの事を調べる余裕がなく、御無沙汰してました。^^;
このニュース、今日のYahooニュースで見てびっくりでした。
2年前から闘病してたそうですね。
脳腫瘍の闘病しながら舞台に立ち続けたとの事で、凄いプロ魂を感じます。
私が応援しているテノールのルイス・リマとの共演も何度もあっただけに残念です。

  • [61]
  • 315. 子供のための「ラインの黄金」11月8日、ケルン

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年11月 9日(木)19時13分16秒
  • 返信
 
車が故障したので近くの駅まで歩いて行ったので電車が1時間遅いのに乗り10分余りの遅刻。第一場がちょうど終わったとこだった。しかしその後の音楽野カットを聴いてやはり序奏は低音部のEbで始まったと推測されかなりの無駄な繰り返しを省略し第一場を10分程度にまとめたことが伺える。何時ものようにラインの乙女たちがアルベリッヒを小さいと馬鹿にしたのでアルベリッヒが怒ってラインの黄金を盗んだらしい。

この子供用の1時間余りのオペラは調性の古典物でも現代の無調でも区別なしにドイツのどの劇場も毎日のように積極的にやっていて、予定表では既成の大人用オペラと比べても上演回数はほぼ同じであり、毎月のように新しい新演出かヴィーダーアオフナーメを出し、如何に手を抜かないで子供たちのためにオペラの聴衆の後継者作りをしているかが伺えるが、今回はそのクラシックオペラの短縮版である。案の定この日の晩の正規のオペラは休んでいる。さすがに本来に「ラインの黄金」は2時間40分と子供達にとっては長すぎるので1時間ちょっとにカットしたステファン・べーリッシュの一管編成の編曲版が使われるが、正式の筋を壊さない生演奏であることだけは手を抜かない。

正規のそれは今年はすでにデュッセルドルフで見たが、休みなしで長いので大人にとってもきついが、要は音楽の理解にかかっているので、これを子供のころから親しむのは、幼児ソリスト教育の楽器や幼児外国語教育と全く同じで、子供時代が一番抵抗が少なくすんなり出し物が入っていくので、最初難しく感じても楽に音楽的に教育できるのである。

これは無調の新作オペラでも全く同様である。それで子供用の大半のオペラは1時間程度のクラシックが圧倒的に少ないので新作・無調が断然多く、どこの歌劇場の躊躇なく子供のために上演し誰でもそれが当たり前のものとして大人になっていく。ここで確実に言えるのは子供たちにとっては無調の音楽を舞台美術とともにどんどん聴かせても全く問題は無いことである。

ところでその編曲された楽器編成であるが、予想通りあの「ジークフリート牧歌」の1管編成を基本にしている。弦楽五重奏を主体としてトロンボーン、チューバ、ハープ、2人の打楽器奏者が付くだけである。最近はBクラス以下の劇場でもショット社の3管編成の伴奏パート譜が良く使われるが、108名の4管編成を十数名の室内管弦楽に縮めてなぜそれでも十分な効果があるのかは「ジークフリート牧歌」を聴けばすぐわかるはずである。それでもドイツのオーケストラはヴァイオリンなどの低音を除いて十分な厚みを作ることができるが、声とのバランスも全く問題ない。

肝心な筋であるが、時々全音楽を止めてセリフだけにして話の進行をレチタティーヴォのように速めていることがわかる。肝心のヴォータンは韓国人が演じている。正規の上演は白人が演じるがいつもかっこ悪い役が多いので韓国人でも違和感はないしドイツ語の訛りもない。さらに巨人がしょっちゅう出てくるのでヴォータンはむしろ小さい方がコントラストが付いて良い。巨人族のコスチュームが子供たちにとってはそれとすぐわかるように良くできていて、小柄なフライアを担保に担いでいくところは子供たちにとっては見ものになる。更に今回はダイアローグ以外子供オペラに珍しい字幕が付いている。

しかしわき役のミーメやエルダ・ドンナーなどは人件費の節約のために出て来ない。管弦楽で象徴的に奏されるだけである。金床は部隊の登場人物も一緒に叩く。大蛇はやはり韓国人のアルベリッヒが背中から巨大な尻尾を出し、蚤は背負っている枕みたいなものを膨らませてぴょんぴょん跳ねる。面白いやり方である。ヴォータンはアルベリッヒからリングを毟り取る。ファーフナーは脇で呪いをかけたアルベリッヒが見ている中弟を金塊で撃ち殺す。雷の頂点は鍋の蓋か壊れた洗面器みたいのを叩いてハンマーの代わりで何ともかっこ悪い音になる。ラインの乙女も節約して2人だけ。しかしちゃんと最後の変二長調の和音まで入っている。何と子供達でも解りやすい演出であろうか?75分。

Richard Wagner
Das Rheingold für Kinder
in einer Fassung von Rainer Mühlbach und Brigitta Gillessen
Arrangement von Stefan Behrisch
Text und Musik von Richard Wagner (1813 - 1883)
für Kinder ab 8 Jahren
Dauer ca. 65 Minuten

StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:35 / ? 12,5,-/7
Inhalt
Im ?Rheingold?, dem Vorabend zu ?Der Ring des Nibelungen?, lässt Richard Wagner das ganze Personal der nordischen Mythologie auftreten: Götter, Riesen, Zwerge sowie Drachen und die verspielten Rheintöchter. Alle befehden sich um den zaubermächtigen Ring, der von Nibelungenzwerg Alberich aus dem geraubten Rheingold … geschmiedet wurde. Nur durch den Verzicht auf die Liebe konnte er dieses Werk schaffen, so wie die Rheintöchter es verkündet hatten:
?Nur wer der Minne Macht entsagt,
nur wer der Liebe Lust verjagt,
nur der erzielt sich den Zauber,
zum Reife zu zwingen das Gold.?
Als Göttervater Wotan den Ring mit Hilfe des listigen Loge raubt, und die Riesen Fasolt und Fafner den Ring als Lohn für ihre Arbeit an der Götterburg Walhall einfordern, nimmt die verhängnisvolle, zeitlos gültige Geschichte um Gier, Selbst? sucht und Ausbeutung ihren Lauf.
Inszenierung
Die Oper Köln bringt Richard Wagners Gesamtzyklus ?Der Ring des Nibelungen? in einer neu eingerichteten Fassung für Kinder heraus. Dieses große Projekt erstreckt sich über vier Spielzeiten. Die Fassung von Regisseurin Brigitta Gillessen und dem Musikalischen Leiter Rainer Mühlbach in der Orchestrierung von Stefan … Behrisch stellt das Zeitlose und Märchenhafte der ?Ring??-Opern in den Mittelpunkt, so dass Kinder und erwachsene Einsteiger sich mit Richard Wagners dramatischem Kosmos vertraut machen können.
?Weia! Waga! Woge, du Welle!? (Rheintöchter)
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Nicol Hungsberg / Dramaturgie Tanja Fasching /
Wotan
Insik Choi
Loge
Dino Lüthy
Alberich
Hoeup Choi
Fasolt
Miroslav Stricevic
Fafner
Lucas Singer?/ Yunus Schahinger
Fricka / Floßhilde
Judith Thielsen
Freia
María Isabel Segarra
Woglinde
Maria Kublashvili
Wellgunde
Sara Jo Benoot
Stimme der Erda
Jing Yang
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [60]
  • 314. 「あるセールスマンの死」10月27日、

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年10月29日(日)05時07分33秒
  • 返信
 
Tod eines Handlungsreisenden
von Arthur Miller
Deutsch von Volker Schlöndorff

著者のアーサー・ミラーはアメリカ人。1915年にニュー・ヨークに生まれて2005年にコネチカット州で89歳で死んでいる今まで知らなかった劇作家。それをシュレンドルフがドイツ語に訳したもの。

ここも何時もの仮設劇場だが、オペラの様な変な作りはしない。ギリシャ風建築のように一番下にステージがありそれから階段状に客席があるから舞台の見えない部分はない。今同時にやっている「ペール・ギュント」や「ファウスト」ほどの人気はないが客席はほぼ埋まっている。

まず初めにフリューゲル・ホルンと思われるジャズ風の音楽だが実際はトランペットを弱音している。これが電子音と重なる。次にセールスマン業の夫婦が出てきて長い会話。真ん中に机を椅子が置いてあるが昔見たウイーンのブルク劇場の「シェークスピアの「嵐」のように舞台一面に水が張ってある。

次に友人が出てきて会話。ミュートされたトランペットの生の音。カリフォルニアとかアラスカとかフロリダとかニュー・ヨークとかが儲かるとかアメリカの地名が出てくる。トランペットは弱音気つけていても電気的に増幅され変化されライブ・エレクトロニックになっている。更に口笛が乗っかる。

ちょっとした喧嘩が始まり水面に寝転んで水浸しになる。周りの人は主に見ているが、トランペットのように動いて演技もしているベヴェーグンクスコアの役割も果たす。

突如トランペットがミニマル音楽風の断片を吹く。ママと息子たちの車が壊れたとかセールスが上手く行かないとかの会話。

トランペットは動きながら断片を奏す空間音楽。家族みんなでの会話。トランペットと一緒にボディー・パーカッションをやって増幅する。

みんなで踊りが始まりこれは更にびしょ濡れになる。今度は同僚の会話。トランペット奏者は口笛も吹く。息子たちの不良交友の女友達は父親の愛人だった。父親と愛人は脱いで水の中で事を始める。今度は舌打ちのリズムだけを増幅。2人の兄弟は水の中で争い戦う。

最後にセールスマンがあっけなく水の中に倒れて死ぬ。途中で客がかなり出ていくので不人気な作品と見えるが、やはりかなりの客も入ってきて、または戻ってきて、拍手は立つ人もいるほどの盛況。まあ―、一口に言ってオペラ化には難しい作品ではある。1時間55分。


Unterm Strich lief es doch eigentlich ganz gut. Fast vierzig Jahre lang war Willy Loman als Handlungsreisender unterwegs. Und auch wenn er es nie bis nach oben geschafft hat, hat es irgendwie doch immer gereicht: Um die Familie mit den beiden Söhnen zu ernähren und sogar, um die Hypotheken für das kleine Mittelschichtshaus abzubezahlen. Doch der Traum vom kleinen Lebensglück ist ein zerbrechlicher: Kurz vor dem Ruhestand geht Willy die Puste aus. Die Welt dreht sich zu schnell für den alten Handlungsreisenden. Die alten Kontakte greifen nicht mehr, er verliert seinen Job und bei genauerem Hinsehen geht es nicht nur bei ihm, sondern auch bei seinen Söhnen ans Eingemachte. Wie konnte ihm das passieren? Hätte er noch härter für die eigene Zukunft arbeiten können? Gibt es eigentlich Gerechtigkeit? Oder hat Willy sich einfach ein Leben lang geirrt?

Arthur Millers Stück stellt 60 Jahre nach seiner Uraufführung die Fragen nach dem gefühlten und tatsächlichen Abstieg einer ganzen Gesellschaftsschicht mit erschreckender Aktualität.

Besetzung
Willy Loman
Martin Reinke
Linda Loman
Birgit Walter
Happy Loman/ Howard Wagner, Willys Chef
Peter Miklusz
Biff Loman/ Bernard, Charlys Sohn
Seán McDonagh
Charley, Willys Freund und Nachbar
Winfried Küppers
Ben, Willys verstorbener Bruder
Benjamin Höppner
Die Frau in Boston, Willys Geliebte/ Miss Forsythe
Ines Marie Westernströer
Musiker
Pablo Giw
?
Regie
Rafael Sanchez
Bühne
Thomas Dreißigacker
Mitarbeit Bühne
Hedda Ladwig
Kostüme
Maria Roers
Musik
Pablo Giw
Licht
Jan Steinfatt
Dramaturgie
Thomas Laue

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  • [59]
  • 313. オットマール・シェックの「ペンテジレア」

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年10月21日(土)18時34分10秒
  • 返信
 
PENTHESILEA VON OTHMAR SCHOECK、10月20日、ボン
最近ケルンのオペラがよくやるようにオーケストラが舞台の奥に行って歌が前に出てきて歌うと言うセッティング、は音響に問題が無い限り演出がペーター・コンビチュニーにとっては絶対に躊躇しない。演歌のように声がよく聴こえるのが取り柄である。コンチェルタンテと間違いやすいが、舞台はあるしその大道具は2台のフルコンのピアノであリ、演技が入り、「下着」の衣装も作られている。
台本のハインリッヒ・フォン・クライストは自分にとっては非常に親しい。昔30年も前にウィーンのブルク劇場で彼の戯曲を散々立ち見で見たからである。オーストリアでは当時よく上演される劇作家であった。
舞台にも客席があり聴衆と合唱団が半々ずつごちゃごちゃ入り交ざって座っているらしい。もちろん合唱団が座る席のチケットは販売してない。それが一般客席の前の方の列にもあリ一般聴衆と混ざっている。コーラスの行動はワーグナーのそれとは違ってバラバラに演技し行動して何時もカオス状態になる。出演者と聴衆を全く分けない演出設定。
肝心の舞台にはピアノ2台があるが実際はオケの中のアップライトの2台のピアノとパート譜を分けて弾いているので演技演奏とも言うべきである。椅子はピアノに固定されいていくら動かしても音が出ない設定になっている。
スイス出身のオットマール・シェックはよく出版社の作曲家カタログに出てくるが実際にそんなに直接聴いたことはない、シェーンベルクと同じ世代の作曲家。プロンプターは客席の一番前に陣取っているが、座っている形跡がなく主に複数のモニターでアインザッツを確認しているらしい。
オケはコントラバス5であるから第一ヴァイオリンは12のはずで、これは思うに4管編成にしか使われない大きさなので、よく見ると実際は変則的な編成で実際にクラリネットは8本でこれは現在リヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」にしかない大きさである。しかし金管はホルンからトロンボーンまで4本ずつで打楽器奏者は5人の重量級の規模。
5分遅れで開始。最初は原始主義に近いアタックなのでストラヴィンスキーと想起させる。歌手がすぐに客席の入り口から出て来る。ヒンデミット的な音楽を予想してたが、印象主義的な和声、バルトーク的な暗さはシュレッカーの「刻印された者たち」に似ている。違うのはオケの和音を下敷きにして語るセリフが多い事。演奏時間は80分と言われるがナクソスのCD1枚に入りやすい長さである。マーラーのハンマーを想起させる幾分小型のハンマー。
後半にアルプホルンが出てきてへたくそな音が出るが、わき役の歌手がわざと吹いているらしい。多分スコアには書かれていないスイス音楽の象徴としての演出みたいだ!オケの中の4本の若い奏者のホルンは最高の品質で、ケルン放送響とても言えどもここまでは吹けない。
タイトルロールのペンテジレアはエレクトラのように高音部を容赦なく歌いまくり、彼氏を射殺し自分も自殺する。最後に残った配役によるマイクを通した長いダイアローグ。登場人物の一人は演技ピアノの楽譜を2台同時にめくりまくる。
ラジオのレポートでは80分かかかると言ってたが実際は90分かかった。

- in deutscher Sprache -

Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist in einem Aufzug
Dichtung vom Komponisten?
Koproduktion mit dem Landestheater Linz
Penthesilea ist die Königin der Amazonen, sie zieht mit Pfeil und Bogen bewaffnet in den Krieg gegen die Griechen. Dabei geht es nicht nur darum, ihr Land zu verteidigen, sondern auch, sich einen Liebespartner zu erobern, denn laut amazonischem Gesetz dürfen sich die Kriegerinnen nur mit von ihnen besiegten Feinden paaren. Bei Homer nur angedeutet, später im Umfeld der Ilias verschiedentlich ausgeschmückt, wurde uns die Legende überliefert, dass Achilles sich in Penthesilea verliebt hätte, nachdem er sie tödlich verwundet hatte. Achilles muss erleben, dass sein Sieg ihn teuer zu stehen kommt und ihm die Geliebte für immer entreißt. Diese Geschichte inspirierte Künstler aller Zeiten und lebt in verschiedenen Gemälden und Gedichten fort. Bei ihm ist es nicht Achilles, der die Geliebte tötet, sondern umgekehrt Penthesilea, deren fehlgeleitete Liebesenergie in Wahnsinn umschlägt und sie zur Mörderin macht. Schonungslos legt Kleist die Mechanismen bloß, wie aus liebesbedürftigen jungen Menschen durch politische Manipulation mordende Ungeheuer gemacht werden. Unermüdliche Kriegspropaganda, falsche Ehrbegriffe und der Zwang zum Siegen verhindern das Liebesglück und führen mit tödlicher Konsequenz zum tragischen Ende. Die entsprechend überhitzte, oftmals explosive Sprache scheint zwar auf den ersten Blick für eine Vertonung als Oper eher ungeeignet, doch dem Komponisten Othmar Schoeck ist das Kunststück gelungen, ein atemberaubendes Stück Musiktheater zu schreiben, indem er aus dem Drama die wirksamsten Szenen auswählte und mit seiner expressiven und gefühlsgeladenen Musik für die Bühne nachempfand. Seit der Uraufführung 1927 an der Dresdner Semperoper hat dieses Stück Dirigenten, Regisseure und Publikum immer wieder fasziniert, obwohl ? oder vielleicht gerade weil ? es sich nicht so einfach in eine musikhistorische Schublade stecken lässt. In der Inszenierung von Peter Konwitschny sitzt das Publikum wie bei einem Boxkampf in der Arena und kann unmittelbar Anteil nehmen an dem gnadenlos blutigen Lebenskampf der Heroen. Mit PENTHESILEA stellt sich der neue GMD Dirk Kaftan dem Bonner Opernpublikum vor.
Einführungsmatinee
OPERNFOYER | SO, 1. OKT 2017, 11 UHR
Moderation: Michael Struck-Schloen, Autor und Musikjournalist
mit Brunch
…und außerdem…
OTHMAR SCHOECK LIEDER
OPERNFOYER | MO, 13. NOV 2017, 19.30 UHR

HINWEIS | Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Besetzung



Penthesilea
Dshamilja ?Kaiser
Prothoe
Aile Asszonyi
Meroe
Kathrin Leidig
Die Oberpriesterin der Diana
Ceri Williams
Erste Priesterin
Marie? Heeschen
Achilles
Christian Miedl
Diomedes
Johannes Mertes
Ein Hauptmann
Christian Specht
Zweite Priesterin
Brigitte Jung
1. Amazone
Christina Kallergis / Martina Kellermann
2. Amazone
Katrin Stösel / Nina Simone Unden
Bühnen-Pianisten
Lucas Huber Sierra
?
Meri Tschabaschwili


Chor des Theater Bonn // Extrachor des Theater Bonn // Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung
Dirk Kaftan
Inszenierung
Peter Konwitschny
Ausstattung
Johannes Leiacker
Licht
Thomas Roscher
Konzeptionelle Mitarbeit & Dramaturgie
Bettina Bartz
Choreinstudierung
Marco Medved


Regieassistenz
Andreas Beuermann
Regieassistenz und Abendspielleitung
Barbara Schröder
Musikalische Assistenz
Carolin Barbara Nordmeyer
Studienleitung
Julia Strelchenko
Korrepetition
Christopher Arpin / Julia Strelchenko
Bühnenbildassistenz
Ansgar Baradoy
Kostümassistenz
Dieter Hauber
Inspizienz
Karsten Sandleben
Soufflage und Sprachcoach
Stefanie Wüst



op. 39 Penthesilea Nach dem Trauerspiel von Heinrich von Kleist, in einem Aufzug. Widmung: Werner Reinhart gewidmet Komponiert: 1923-1925 in Brunnen und St. Gallen. Revidiert 1927. Personen: Penthesilea, Königin der Amazonen - Mezzosopran - Prothoe, Meroe, Fürstinnen der Amazonen - Soprane - Die Oberpriesterin der Diana Alt - Achilles, König des Griechenvolkes - Bariton - Diomedes, König des Griechenvolkes - Tenor - Ein Herold - Bariton - Griechen und Amazonen. Ort der Handlung: Schlachtfeld bei Troja. Orchesterbesetzung: Fl (auch Pic), 2 Pic (auch Fl), Ob (auch EH), 6 Kl, 2 kl Kl in Es, 2 Baßkl, Cfg - 4 Hr, 4 Trp, 4 Pos, Tb - Stierhorn - Pk, Schlgz (kl Tr, gr Tr, Bck, Trgl, Rute, Tamt) - 2 Klav - 4 Solo-Vl, Str (nur Vla, Vc, CB). Hinter der Szene: 3 Trp in C Dauer: 1 Stunde 20 Minuten Autograph: Partitur in Privatbesitz. Einlagen von 1927 in CH-Zz, Nachlass Othmar Schoeck, op. 39. Entwürfe zum Textbuch in CH-Zz, Mus OSA Ms 11; Gedruckter Klavierauszug mit hs. Änderungen von Schoeck (d.h. die Umarbeitung von 1927): Mus OSA Ms 46 (Beil. OSA Ms 51). Handexemplar der Orchesterpartitur aus dem Besitz von Max Conrad (Dirigent der UA der revidierten Fassung): Mus OSA 88 Verlag: Musikhaus Hüni, Zürich 1927, später: Bärenreiter, Kassel. Part. (M.H.Z. 205), KlA von K. Krebs (BA 3652), Aufführungsmaterial leihweise. Uraufführung: 8. Januar 1927 an der Sächsischen Staatsoper in Dresden (Dirigent: Hermann Kutzschbach). Erstaufführung der revidierten Fassung: 15. Mai 1928 am Stadttheater Zürich (Dirigent: Max Conrad).

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  • [58]
  • 312.  ケルンの「タンホイザー」10月6日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年10月 7日(土)19時34分47秒
  • 返信
 
何か昔ケルンで一回「タンホイザー」見たと思ったら2008年5月10日にステンツの指揮で見てる。当時はドレスデンの通常版で何の変哲もない。2時間55分20秒かかってる。

今回は10年も経たないのにまた新演出。40分前に予告した解説によるとバレエが節約できる予算配慮に優しい同じドレスデン版であるが、計5稿あるうちの第一稿。要するに初稿の初稿。ドレスデンの最終稿が1845年、パリ版の最終稿が1861年。まあ―、ほかには番号オペラの廃止とかゥォルフラム・フォン・エッシェンバッハとかヴェーヌスベルク―ヴェーヌスとヴァルトブルク―エリザベートの対比とかチューリンゲンの聖エリザベートの伝説とか普通の当たり前のお勉強会になる。

演出のキンマンスはすでにケルンでバタフライやリングの衣装や照明を担当して今回演出に回ったとか?

開幕10分前にバイロイト風にシュトットガルトの外でもでもやったようにロビーで大行進曲のトランペットの生のファンファーレ。まあ―上手く行った。

オケは舞台の真ん中を大きくくりぬいて全部入れて歌手の演技はその周りでやる。多分歌唱は潰されないで聴こえるがオケそのものの音響はどうだろうか?ハープは2台に増幅、コンバスは6ぐらい入っていて豊からしい。それは良いとしても第一と第二ヴァイオリンが聴こえない。何時ものお得意の霞み奏法も災いして全面的に聴こえない。ティンパ二だけ飛び出して煩い。更に他の楽器とアインザッツが合わない。とにかく変なバランス。ピットの周りに布もあってかなり音が吸収されているらしい。プロンプターは客席に陣取っている。

序曲からパントマイムが動いている。バレエ団の連中なのでパリ版のバレエを節約したわけではないらしい。アレグロの移る前の楽想がこの版では少し違う。カナダのヘルデン・テノールはかなり苦しく120%の力で声になっているのは70%ぐらいか?若き日のスパース・ヴェンコフって感じの声質でそんなに音程が正確なわけでもなし。オテロよりはきついがトリスタンやジークフリートよりは楽なはず。それにしても劇的な高い弦の細かいパッセージが聴こえないのは音響のせい。布に吸収されているか前のピットの板に止められているのか祖の両方かわからない。ヴェーヌスはヴィブラートが多すぎ鬼婆の様な声。「マリア」後の舞台転換は証明が変わっただけでつまらない。ホルンのファンファーレが周りの空間からやって来る。ちょっと速く59分22秒。

歌手は客席まで遠く離れても子音まで聴こえる。男声陣の燕尾服演出はシュトットガルトと同じ。タンホイザーは依然として滑らかさが無く純度の低い声である。エリザベートの声はこじんまりとしている。行進曲のファンファーレは後ろから。12本のトランペットは7本の縮小されているがそれでも煩い。音の不純物が多いのでシュトットガルトのように学生使っているのかと振り向くとみんな若い顔だらけ。シュトットガルトも練習でミスだらけでも本番では完璧にやってたがここは逆か?タンホイザーが斧で女性を切ろうとする。エクストラ・コアが多量に入って総勢150人くらいで大音量だが、後ろ向きに歌わせるのでトランペットの7人のファンファーレに完全に負けている。テンポが意外とせっかちで68分22秒。

第三幕の前奏曲は東京の学生時代散々ピアノで弾いて室内管弦楽に編曲して自分で振ったことがあるので非常に良く知っているが、この初稿と言う奴は後で出て来る指導動機とか万遍なく出て来て全曲に散らばり非常に長く軽く11分超してしまう。とにかくこの2転3転してしていきなり決まった指揮者はアインザッツが合わない。ロートは「べヴェヌート・チェルリー二」も初稿持って来たので来年のB・Aツィンマーマンの「兵士たち」のプレミエも極度に難解な初稿でやる可能性あり楽しみだが。ただ誰かが風邪で欠けると代替えが効かない。弦と管楽器、ティンパ二何時もバラバラ。次のレチタティーヴォもオケがかなり動く。合唱は弦バスの支えが良く効いてる。ヴィルフラムの「夕星の歌」の声はリリックすぎて「ヘルデン」テノールのフォクトみたいだ!最後の残りのチェロは蚊のように聴こえないので全然物足りない。最後に真ん中から出て来るエリザベートの死体の火葬と生きた今までのエリザベート2体が出て来て合計3体になる。何の意味があるのか解らない。テンポが速めでも1時間近く58分13秒。このドレスデン版は長い方で全曲3時間5分57秒。


Richard Wagner
Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg
Große romantische Oper in drei Aufzügen
Libretto und Musik
von Richard Wagner (1813 - 1883)

StaatenHaus Saal 1 / 18:30 ? 22:35 / Vorstellung / 15 ? - 93 ?
Begleitveranstaltung
Mit Kurzeinführung in Saal 3 ab 40 Minuten vor Vorstellungsbeginn.
Inhalt
In der Lebenskrise des Minnesängers Tannhäuser offenbart sich der Konflikt zweier Prinzipien, die ihre Verwirklichung in streng voneinander getrennten Welten erfahren und jeweils von einer Frau repräsentiert werden:
In der Welt der Wartburg mit Elisabeth als weiblicher Lichtgestalt gefällt man sich im Besingen … von Idealen und in einer auf sittliche Sublimierung angelegten Lebens?weise. Im Venusberg wird dem Hedonismus und der Ich-?Erfahrung gehuldigt, die Bewusstseinserweiterung im Rausch gesucht und der Sex vergöttlicht. Tannhäuser, gleichermaßen mit künstlerischem Genie wie mit der Fähigkeit zum Genuss begabt, hat es in jeder dieser beiden Welten weit gebracht ? und dabei zugleich die jeweiligen Unzulänglichkeiten dieser Lebenskonzepte an sich selbst erfahren. Sein Versuch, sich dem von ihm empfundenen Wahn des Venusbergs zu entziehen und in die Sphäre seiner Seelenfreundin Elisabeth zurückzukehren, scheitert skandalös, als er sich während des Sängerwettbewerbs auf der Wartburg zu einer Eloge auf Venus hinreißen lässt. Damit führt er nicht nur seinen Ausschluss aus der Gesellschaft herbei, sondern zerstört auch das Leben der geliebten Freundin. Von nun an ist für Tannhäuser keine Welt mehr greifbar, in der zu leben für ihn eine Perspektive darstellen könnte.
In seinem Künstlerdrama stellt Richard Wagner einen charismatischen Charakter in den Mittelpunkt, dessen Aufbegehren gegen überlebte Normen und verbrämte Konventionen auf der einen Seite ihre Berechtigung hat, auf der anderen Seite, qua Überstrapazierung, die Gefahr des Selbstverlustes in sich trägt.
Wagners Beschäftigung mit dem Stoff dokumentiert sich in den verschiedenen Ver?sionen, die er von dieser Oper vorlegte, und sie fand nie wirklich ein Ende. ?Ich bin der Welt noch einen Tannhäuser schuldig?, äußerte er noch kurz vor seinem Tod.
Inszenierung
Generalmusikdirektor François?-Xavier Roth wird Richard Wagners ?Schmerzens?kind? in der puristischen Dresdener Urfassung von 1845 dirigieren. Der britische Allround?-Künstler und Ästhet Patrick Kinmonth, an der Oper Köln zuletzt mit ?Die Gezeichneten? und ?Solaris? vertreten, begibt sich mit seinem Ausstatter … Darko Petrovic in die verunsichernden Grenzbereiche zwischen virtueller und realer Welt.
?Doch such ich wen, der mir den Weg wohl zeige ...? (Tannhäuser, 3. Aufzug)
Besetzung
Musikalische Leitung Arne Willimczik / Inszenierung Patrick Kinmonth / Bühne Darko Petrovic / Kostüme Annina von Pfuel / Licht Andreas Grüter / Chorleitung Andrew Ollivant / Dramaturgie Georg Kehren /
Hermann, Landgraf von Thüringen
Karl-Heinz Lehner
Tannhäuser
David Pomeroy
Wolfram von Eschenbach
Miljenko Turk
Walther von der Vogelweide
Dino Lüthy
Biterolf
Lucas Singer
Heinrich der Schreiber
John Heuzenroeder
Reinmar von Zweter
Yorck Felix Speer
Elisabeth
Brit-Tone Müllertz / Kristiane Kaiser
Venus
Dalia Schaechter
Ein junger Hirt
María Isabel Segarra
Vier Edelknaben
Eva Budde / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang
Susanna Martin / Mariola Mainka / Barbara Ochs / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Barbara Ochs / Mariola Mainka / Susanna Martin / Martina Sigl / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Martina Sigl / Mariola Mainka / Susanna Martin / Barbara Ochs / Franka Wagner / Constanze Meijer / Jing Yang / Eva Budde
Chor
Chor der Oper Köln
Extrachor
Extra Chor
Orchester
Gürzenich-Orchester Köln

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  • [57]
  • 311. ドイツ音楽局指揮者コンクール 

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 9月30日(土)20時52分9秒
  • 返信
 
9月29日、ケルン・フィルハーモニー

指揮者コンクールと言うと人の曲と人の楽器で音出しするので作曲以上に誰が本当に実力者かちっともわからないのが特徴。棒が上手い人でも練習が上手い人でも暗譜が得意な人でもない。それはあったほうが良いという程度の話である。あんまり個性が強すぎるとアーノンクールやシュルティ、ブーレーズ、バーンスタインのようにカラヤンに左遷されるし良く解ったものではない。その最終日を観る。

10時からギュルツニッヒ・オケで魔笛の第一幕のフィナーレのレチタティーヴォで良く指揮のオペラ講習会などで出る。自分もガーディナーのとこで学んだ。意外と難しい箇所。少年コーラス無しで入る。弦は86443の編成でドイツ人最終選考者が35、50、58、59、68小節と止める。弦のトリルはウィーン・フィルのように完全に合うわけじゃないし、音をどうしても出したくなりヴィブラートすると弦が強くなって重たくなる95小節。弦の純度はかなり混ざっているザラストロの113小節。古楽の影響でテンポは速め。良く聴いているが棒が意外といい加減。テヌートが来ると曲が重くなる152小節。スビトPは残響が残るので間を開ける常識。通しでコンバスの第5弦が美しいがトロンボーンは煩い。最後のウィリアムテル序曲はやはり速めで案外合わない。チェロのソロは安物っぽい。嵐はテンポ。音階は見過ごしたが打楽器にアインザッツがあっても良い。トランペットのファンファーレはPでちっぽけなもの。マーチのテンポが遅く燃えない。瞬発力がない。審査委員長のツァグロセックもその傾向があるがピッチが甘い。ここで最初の休み。

次はロッシーニのリゴレット第三幕の4重唱No.18。イラン人の候補者。外国人は言葉が不自由なのでそこから素質を見出されるのが大変だ。マーラーの「復活」交響曲イランで聴いたらあ指揮者になりたくなったのだそうだ。コンバスが4になりチンバッソが本格的に入る。以外と乱暴でアレクサンダー・ラハバリを思い出す。男は皆韓国人。一人はこの前の子供オペラの出演者でネズミ役。パヴァロッティまがいのテノール。押して押してもどんどん声が出て来るが音階上同じ声質には留まらないしフレージングもまだ未熟なのが若いところ。19、24、49、68、70小節と止める。88小節はアクセントを言うがイタ・オペはどうしても感情的な歌手への指導が中心になり、監視すべきオケに何もしないと勝手にどんどん音が大きくなるのがドイツのオケ。Tb.が煩すぎる。暴力的なアラブのクレッシェンド。sfzは34と37小節。又ロッシーニの序曲。今度はソロのチェロの安っぽさが少なくなるがまだある。更にソリのアンサンブルになる。嵐の木管の雨粒の音程はましだがもう少し詰められる。大太鼓とティンパニのバランスは同じでなければならない。トロンボーンはドイツのそれだが悪魔的なのでこのままで良いだろう?ストリングスが弱い。ホルンはきれいに割れて問題なし。田園のテンポは先ほどより落ち着いて直っている。ファンファーレは少し大きくなったがPのとこだけ大きくffは何処に行った?。ティンパ二は固すぎて煩い。ホルンは弦をかぶせない。最後の和音は長すぎない。またパウゼ!

フィガロの結婚の第二幕のフィナーレ。昔メクレンブルクのオペラのオケを振ったことがあるから良く知っているし良く出る演目。まずオケだけ857小節、899小節と止める。ハンブルクで勉強してるロシアの女の子だが英語で練習する。チェロのスケールが聴こえないが、木管はただのアップゼッツェンなので弱くて聴きたくない。ヴァイオリンのレガートはあんまり一緒に出ない。やはり木管のピッチが合わない899小節。同じ個所に歌を入れるが余り振らない851小節。最後のトランペットのドミソの和音形ぐらい派手に欲しい。戻って671、589小節。ホルンが大きすぎて弦が聴こえない。26小節でも注意。3度目のロッシーニ。ソリが慣れすぎて注意力が薄れてちょっと崩れて来る。ちょっと速め。嵐はリズムは合うがピッチは完全に直ってない。大太鼓のバランスが良くなった。ホルンは素晴らしく割れる。田園のテンポも良くなっている。ファンファーレもfまでは良くなっているがffではない。弦も大きくなったがシンクロンが完全なわけではない。

午後もあったが音楽図書館に行ってB・A・ツィンマーマンのスコアを買いまくったので見てない。

本番の前の解説はない。余りにも誰でも知っている演目すぎるからだ。ケルン放送響でまずブラームスから暗譜で。重い指揮ではないが音は重い。木管の迫力はないがバランスよくまとまっていてもハウプト・シュテインメが小さすぎる。係留音も小さすぎるが和音そのものはよく合っている。弦は16型で十分に厚いしヴィオラの精度も良いがこんなにシンクロンが合わないか?管楽器は弦ほど霞み切れない。14分07秒。

イラン人のマンフレッド序曲。国家に核兵器開発を止めさすにはそこの音楽を振興するしかない。ファジル・サイの様な乱暴さがある。第3トランペットはppしか出てこない代物。
木管の一緒に出るアインザッツは上手く行かない。12分20秒。

ドイツ人の「ティル・オイレンシュピーゲル」。ドルチェで始めるのが難しい。スコアにあるトランペットとホルンの倍管の演奏って見たことないがここでもそうだ。誰かがクラリネットの蓋を落とす。最後の小太鼓はスネアがあったほうが死刑にできる。Esクラは絶叫で音がひっくり返って全部出て来なくなってミスだが反ってこの曲に合ってる。15分54秒。

休みの後ギュルツニッヒ・オケに代わって、魔笛。タミーノの良い声。やっぱりここのレチタティーヴォが一番難しい。次にリゴレット。ここでケルンとボンの市長が出て来て話す。所為賞金の1万ユーロは税金から、残りの1万ユーロは金持ちからの寄付らしい。指揮者はオペラとコンサート同等に振れて初めて一人前とか話す。最後のフィガロ。一時歌手のテンポが速くなるが持ち直す。それで休みで出て行くときにボンの市長と選挙で首刺されたケルンの市長の会話がイラン人は出て来るのが苦労してるから良いとか丸聞き。それからバレンボイムとそのイスラエル・アラブ・オケの会話が耳に入ってくる。最後のウイリアムテルはもう3回練習で聴かされたので汽車も無くなるからここで出てきた。多数決に決まってるが誰が一位がは知らない。

こういうのは必ず国籍や性別がバランスよく配慮されるのは何処でも決まっている。楽器のようにカーテンではなく作曲のように名無しの楽譜プログラムのスコア審査でもないのでとにかく見ないとわかんないからである。言葉で有利なドイツ人も入る。だから最終にドイツ人、イラン人、ロシア人が入り、女が一人残るのはどこでも同じである。後はヨルマ・パヌラが言うように完全に宝くじであるが最後は非常に政治的である。今SWRのラジオで言うにはイラン人が一位でギュルツニッヒ・オケのアシスタントが約束された。北朝鮮人だったらもっとよかっただろうが亡命されるので参加させられない、市長らが決めたわけでもないがこれで原爆開発の抑制と世界平和が少し促進される。音楽が豊かな甘ったれ国から来た指揮者の順位は言わなかったので知らん。

29.09.2017 Freitag 20:00 Uhr
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Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert.
Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln, WDR Sinfonieorchester Köln, Gürzenich-Orchester Köln
Kölner Philharmonie

Ensemble und Internationales Opernstudio der Oper Köln

WDR Sinfonieorchester Köln

Gürzenich-Orchester Köln

Deutscher Dirigentenpreis
Finalkonzert

Namhafte Wettbewerbe für junge Musiker gibt es viele, aber nur wenige für Dirigenten. Der Deutsche Dirigentenpreis wird 2017 erstmals vergeben und soll als Sprungbrett für große Karrieren dienen. Denn den Preisträgern winken nicht nur hohe Preisgelder, sondern auch Konzert-Engagements und Assistenzen bei deutschen Orchestern und an Opernhäusern. Durch die Nachwuchsförderung wird ein wichtiger Beitrag für die von der UNESCO-Kommission als immaterielles Weltkulturerbe ausgezeichnete deutsche Orchester- und Theaterlandschaft geleistet.

2 Pausen | Ende gegen 22:45

Das Konzert im Radio: WDR 3 live

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  • [56]
  • 310.Die Heinzelmännchen zu Köln 

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 9月20日(水)19時01分38秒
  • 返信
 
ケルンへのヘッジホッグ(ハリネズミ)9月19日

プログラムは売ってない。予習無しの子供でもすぐ解るように曲も話も演出されているから。子供と同じく車椅子の老人も第一列目に多い。子供用のオペラと言うことだが舞台と各席の配置が前回とはまた異なる。本来のオペラハウスではないメッセ用の広い空間なので毎回自由にアレンジできるのである。ジャズ・オペラと言うことで伴奏するのはジャズバンドが正面の舞台の天井に配置、歌手は客席のモニターでアインザッツを見る。天井のコンボはサックスがクラリネット持ち替えで、クラシックなバイオリンも1丁入っている。

始まる前から指揮者無しでジャズバンドによる序曲が始まる。所謂地域オペラでこれだけの為で残らない方が多い。器楽も作曲する名が通った作曲家だとノーノ、シュトックハウゼン、リゲテイ、ラッヘンマンのように外国に出るのが多いが、地域オペラはまず外には出て行かない。

歌手の伴奏のジャズ・コンボはほとんど即興はしないと思う。その都度変られたら歌手のアインザッツがわからなくなって混乱する可能性があるからである。実質は吹奏楽で伴奏したオペラと言う感じの出来上がり。

歌手がチンドン屋のように打楽器を体に背負って叩く。字幕は横にあるが薄くて全く見えないので意味なし。歌手が伴奏の前なので後が煩くとも良く聴こえるが、更にマイクも通しているので当たり前。台詞があるのでオペレッタでもあるが、歌いながらの踊りもあるから事実上のバーンスタインみたいなミュージカルである。しかしヴァイオリンのソロはクラシックの要素も思い起こさせる。何時も出て来る韓国人の台詞も訛りはないヘルメットをかぶったハリネズミ。

原色が多い子供用の舞台。突如キーボードの音色をチェンバロにして古典的なレチタティーヴォ。ジャズ、クラシック、オペレッタ、ミュージカルの総合舞台。間奏の間に舞台転換。携帯電話の電波が来ない演技。紙飛行機がブーメランでよく飛ばない。プッチーニの「ジャンニ・スッキッキ」の引用歌唱。合唱指揮の真似。

ケルンはジャズ・オペラが昔からある。B・A・ツィンマーマンの「兵士たち」にも入っていて異常な効果を出している。管弦楽曲にも素材としてよく入る。

ジャズ・バンドが背広を反対にして衣替えと同時に歌詞たちも服装チェンジ。会場の子供たちにも歌わせる。最後のほうに照明がディスコみたいになってくる。声が増幅されているのでどの方向から誰が歌っているのかがわからない。ジャズバンドが9人なのでクルト・ヴァイルの様な「3文オペラ」にも近い。

最後の打楽器、コンバス、ピアノ、ヴァイオリン以外のジャズ・バンドが行進して出て来る。最後には完全にディスコ。80分。

Ingfried Hoffmann
Die Heinzelmännchen zu Köln
fröhliche Jazzoper für Kinder
Text und Musik von Ingfried Hoffmann
empfohlen für Kinder ab 6 Jahren
Auftragswerk der Oper Köln
19 Zum Kalender hinzufügen
Di /
Sep 17
StaatenHaus Saal 3 / 11:30 ? 12:50 / Vorstellung / ? 12,5,-/7

Inhalt
Wer glaubt denn an Heinzelmännchen? Peter, der ein berühmter Musiker werden will, jedenfalls schon. Doch er muss die New Yorker Musikstudentin Eve erst von der Existenz der Heinzelmännchen überzeugen. Obwohl Heinz und die anderen Heinzelmännchen immer wieder heimlich in die Begegnungen von Peter und Eve eingreifen, … lacht Eve über die Leichtgläubigkeit Peters. Erst als Heinz die beiden jungen Musiker auf die Bühne einer einzigartigen Live-Show bringt, lässt sich Eve umstimmen. Denn es gibt nur ein Zaubermittel, mit dem Heinzelmännchen sichtbar werden können: die Macht der Musik.
Inszenierung
Vergnügte Melodien, hitverdächtige Songs und raffinierte Harmonien kennzeichnen die Kompositionen von Ingfried Hoffmann, der sich bereits mit der überaus erfolgreichen Jazzoper ?Vom Fischer und seiner Frau? in die Herzen ? nicht nur die der Kinder ? schrieb. Es inszeniert Kinderopernleiterin Brigitta Gillessen, … die im StaatenHaus zuletzt Carl Orffs ?Die Kluge? in Szene setzte.
Besetzung
Musikalische Leitung Rainer Mühlbach / Inszenierung Brigitta Gillessen / Bühne & Kostüme Christof Cremer / Licht Philipp Wiechert / Choreografie Athol Farmer / Dramaturgie Tanja Fasching /
Eve
María Isabel Segarra
Peter
Dino Lüthy
Heinz, Chef-Heinzelmann
Matthias Hoffmann
erstes Heinzelmännchen
Young Woo Kim
zweites Heinzelmännchen, umsatzverrückter Ladenbesitzer
Insik Choi
Heinzelkindchen, shoppingsüchtige Passantin, erste übermütige Kellnerin
Maria Kublashvili
erstes Heinzelfrauchen, zweite übermütige Kellnerin
Judith Thielsen
zweites Heinzelfrauchen, dritte übermütige Kellnerin
Sara Jo Benoot
Orchester
Jazz-Ensemble der Kinderoper Köln

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  • [55]
  • 309. WDR今シーズンの第一回定期、9月15日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 9月16日(土)22時37分45秒
  • 返信
 
まずは何時ものように1時間前の解説から。お姉ちゃんが出て来て自己紹介。ケルンの大学で音楽学やってその後音楽マネージメントも学んだとか?ここの職業教育だけはちゃんと正しい人が正しい仕事をしている。

まずはショスタコ―ヴィッチの1953年の10番から解説。これもマーラーの5番と同じ共良くやりすぎる演目。アマチュアも良くやる。前回は同じWDRでビチコフの指揮でハイドンの44番のホ短調の交響曲と共に聴いている。最後にティンパニのソロのパッセージで良く濁ってしまうもマーラーの5番と同じである。カラヤンが生前にレコードに入れたたった1曲のショスタコ―ヴィッチなので後続の弟子指揮者たちもやるわやる。楽器編成が手ごろで歌はないし演奏時間も50分超えるので時間つぶしも十分にできるプログラムである。

何時の通りスターリンの死の話が出て来る。音例として曲の冒頭から聴く。第二楽章のスターリンの暴力シーン、第三楽章のD.SCHモティーフ、対4楽章の喜び組シーンは何時もの通りで、それぞれ音例が付く。

次に今晩のカレヴィ・アホの打楽器協奏曲の解説が続く。今までなんかの現代音楽の教科書でスェ―デン人かと思ったが、もう一人のサーリアホと同じくフィンランドの作曲家だった。音例を聴くがやはりリズムがあるのでちょっと失望。

とにかく作曲者が来てたので舞台に上がってもらって解説。子供の頃はマンドリンで育つ、作曲界のヨルマ・パヌラと言われるこの前死んだラウタヴァ―ラの弟子。ドイツ語は喋れるがボソボソと早口で話すので聞き取りにくいがまあーわかる。英国の打楽器い奏者のために2010年に作曲。ドイツだけでも去年だけで12回の再演。タイトルは初めにあるのではなく後からでっち上げで付く。舞台のセッティングは20m必要。1日1ページ書き3か月もかかっているので速く作曲すると本人は言う。オーボエ協奏曲のようにアラビアのリズムも使って、会場の質問ではピアノ使うのかとか基本的な質問ばかり。普通はわかる。実際に音が出ると思ったよりも良いとわかるのは同僚と同じ。後で見直すのも非常に少ない、当たり前か?委嘱無しでも作曲はできる、これも当たり前。

実際のコンサートではこの前死んだペーター・サドロのようなスター打楽器奏者のグルービンクが鉄棒・重量挙げ選手のように滑り止めの粉を手に塗っているらしい。太鼓を背負って日本太鼓のような始まり方。彼が有名になったのはその実力よりも毎週放送される世界のソリスト紹介のTVで司会をやっているからである。これを世の人は世界最大の打楽器奏者と簡単に思い込んでしまうのはトランプのフェイク・ニュースと昔から同じ現象。

ソリストは体操選手みたいに動き回るので譜面台観てる暇なくて全部暗譜で演奏する。次第にポップ長にリズムで調子に乗る。フィンライド調に流れる音楽。3管編成14型、サックス、オケのティンパニ6個はソリスト的役割。両脇の2X 2 のステレオ大太鼓が印象的。TVカメラが入っている。ノルウエー人のお姉ちゃんが打楽器との長いデュエット。ペーター・サドロの様な見世物場面でスター的太鼓叩きは毎夏日本から来る日本太鼓グループにもある。ヴァイオリンとのソリ。日本の安物時代劇の様なパッセージまたは楽想。ショーマンシップ旺盛。FMラジオの予告で40分と言ったが実際にかかったのは37分。

それで調子に乗ってアンコール。撥の後ろで叩いたり見世物ばかりするから、ほどなくして撥を落とす。終わったら客が帰ったのか少し少なくなった。

ショスタッコの10番はヴィオラが一番冴えてる。ティンパニがダメ。木管も良い。次に低音弦。並なのが高音弦、ホルンは甘すぎて最悪。23分23秒、4分30秒、12分12秒、序奏のオーボエの極度のダイナミックのコントラストが素晴らしい!12分00秒。手を叩く暇もなしに電車に飛び乗る。

15.09.2017 Freitag 20:00 Uhr
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Martin Grubinger in Köln
M. Grubinger, WDR Sinfonieorchester Köln, J. Saraste: Aho, Schostakowitsch
Kölner Philharmonie

Martin Grubinger Percussion

WDR Sinfonieorchester Köln
Jukka-Pekka Saraste Dirigent

Martin Grubinger in Köln

Kalevi Aho
Sieidi (2010)
Konzert für Percussion und Orchester

Pause

Dmitrij Schostakowitsch
Sinfonie Nr. 10 e-Moll op. 93 (1953)

Pause gegen 20:45 | Ende gegen 22:00

SinfoniePlus 5,50 Euro (Einheitspreis bis 25 Jahre/keine Ermäßigung)

Das Konzert im Radio: WDR 3 live
und im Livestream auf www1.wdr.de/orchester-und-chor/sinfonieorchester/
19:00 Uhr, Konzertsaal : Einführung in das Konzert


Website des Veranstalters:
Westdeutscher Rundfunk Köln

http://www2.hp-ez.com/hp/kan-no/page6


  • [54]
  • 308.国際無声映画祭、ボン、8月18日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 8月20日(日)05時32分3秒
  • 返信
 
その前に雨の中ボンからデュッセルドルフまで図書館に回る。ホリガーの木管五重奏曲「h」はスコアが無いがパート譜だけ売りに出ててた。特に構造や形式は見なくとも木管楽器の専門家が書く譜面は信用できるから個々の楽器の奏法の勉強でも信頼できるので買いである。ベートーヴェンのハ長調ミサのパート譜も手に入れたがこちらは全部揃っていなかった。一方ケルンの図書館はデンマークの作曲家ベアヴァルトの1番があった。これから新しく研究しようとする作曲家である。結局メンデルスゾーンの合唱曲やヘンデルの合唱曲含めて両方の図書館で17冊を10ユーロで済ませた。

途中地下鉄の映画音楽のポスターに目が留まった。どうも最近フィルハーモニーでライブのオケの映画音楽やらないと思ったら数万人入るアレーナの方でやっていた。どんなに高くとも売り切れるので最近出てこないなと思ってたら巨大なアレーナに引越ししていたのだ。今回は「スター・ウォーズ全曲」らしい。ここでは日本の自己満足的なCDやDVDは売れないで、その代わりどんなに高くともみんなライブ音楽の方にだけ集まる。とにかく雨が酷い1日だった。

2年ぶりにボン大学の構内に入るともう準備が始まっている。2人の音楽家は始まる前からウォーミング・アップ、と言っても書かれた音楽ではないから練習してもしかたが無いのであるが。今回はドラムセットが入っているのが珍しい。何時ものように即興演奏しか興味が無いから即興演奏家の後ろの席に座る。演奏家だけにテントがある野外映画館。生のフィルムに焼き付けない二度と聴けない即興音楽の無声映画は、集まりが違って雨天でも最前列以外はほぼ満員。

始まりが遅れている。フィルムの長さは決まっているので演奏は急げない。日本の戦前の東京の風景。文部省の制作。予想通りに五音音階で始まる。汽車の旅。日本語の字幕も載ってる。そこに西洋音階が混ざって来る。田舎の駅の切符売りの様子。

最近は即興演奏家の小さなミスまで細かく解るようになった。自分でも何度も経験あるからだ。高音を半音で隣の音も触ってしまった。このミスを隠そうと素材として思い直して使って堂々と展開・発展させてしまう。途中で何回もピアニストはヴィオリンに持ち替え。雨が降ってきて会場がザワザワとなる。脇の石の廊下に引っ越して立って見た。顎に抱えたままピアノも弾く。ドビッシーの「沈める寺院」の様な5度の音楽。音楽の多くは自由な調性。これが原爆や宇宙映画だと無調に変化するはずだ!

宿屋の風景。また五音階。外の空で誰かが光るドローンを飛ばしている。日本橋・上野公園・動物園。ライオンに移った時の音楽の変化は凄く遅かった。小さなミスの一つ。予め映像は見てるはずだが、音楽に集中し過ぎてスクリーンを見てなかったのか?帝国図書館、講演会。チャップリンの様なコメディーはみんなが笑う。最後は「さくらさくら」で汽船が出向して終わり。休憩。

WIE MAN SICH IN TOKIO BENIMMT
Freitag, 18.8.2017, 21.00 Uhr ? Arkadenhof der Universität Bonn
Von einem Provinzbahnhof aus treten ein Vater und seine erwachsene Tochter eine Reise in die Hauptstadt an ? drei Jahre, nachdem das Große Kantō-Erdbeben 1923 weite Teile Tokios zerstört hat. Durch die Augen der Reisenden nehmen die Kinozuschauer inszenierte Alltagsszenen entlang der Strecke und dokumentarische Bilder des Bergs Fuji wahr. Vom ältesten Sohn, der sie am Tokioter Bahnhof erwartet, werden die Gäste vom Lande im offenen Automobil zu öffentlichen Plätzen, Geschäftshäusern und Sakralbauten chauffiert. Nach einem Mahl im Verwandtenkreis geht es mit der Tram quer durch die Stadt, von alten Wohnquartieren zu den großzügigen Neuanlagen. Bei diesem Sightseeing lässt der volkspädagogische Film keine Gelegenheit aus, den Neuankömmlingen in der modernen, wachsenden Metropole in lustigen Episoden falsches und richtiges Verhalten zu demonstrieren ? in der Straßenbahn, in der Universitätsbibliothek, bei Vorlesungen und im Restaurant. Jörg Schöning
The Ministry of Education became aware of the importance of film as a medium for documentation and reportage just after the Great Kanto Earthquake, and continued to produce educational films after that. In 1925 they produced as many as 20 films. PUBLIC MANNERS: TOKYO SIGHTSEEING introduces the tourist spots of Tokyo just as the city is recovering from the earthquake damage. The film also shows what the Westernized and urban lifestyle was like at the time, and
humorously highlights the geographical and psychological distance between the city and the countryside. Kaname Mori (1878?-?) was a veteran director who had started making films at Yoshizawa Shoten, and continued to direct a large number of period films at the Shochiku Kamata studio. By the time Mori directed this film he had moved to Teikoku Kinema, after the earthquake, and switched to making educational films. Fumiko Tsuneishi, Le Giornate del Cinema Muto, Pordenone 2005
Zur Verabschiedung des Sohnes besuchen Vater und Tochter zum ersten Mal die Groß stadt Tokio. Der Film wurde vom japanischen Bildungsministerium produziert, um aufzuzeigen, wie man sich in der Stadt zu verhalten hat. Die vergnüg liche Rah men handlung führt uns in beeindruckenden Bildern das von westlicher  Kultur beeinflusste Großstadtleben vor, das die Protagonisten staunen lässt. Das  National Film Center in Tokio hat den Film wunderschön restauriert. / Father and daughter travel from the country to the capital to see their son and brother off and visit the attractions of Tokyo. This film was produced by the Japanese Ministry of Education to display the rebuilt capital, following the  devastating earthquake of 1923. The enjoyable background story guides us through impressive images of the Western-influenced metropolis. A beautiful restoration by the National Film Center of Tokyo.
KOSHU SAHO TOKYO KEMBUTSU Japan 1926 Regie / Directed by: Kaname Mori Kamera / Cinematography by: Shigeru Shirai Darsteller / Cast: Kaoru Hose Hanako Kitamikado Namiko Matsuyama Teiichi Yanagida Produktion / Produced by: Mombusho Format: 35mm Farbe / Color: schwarzweiß / black and white Länge / Running time: 57 min Zwischentitel / Intertitles: japanisch mit englischer und deutscher Übersetzung / Japanese with English and German translation Musik / Music by: Günter A. Buchwald (piano & violin)

雨が演奏者に当たるらしく背中もビニールで覆う。ピアノは交代して次のイギリス人の演奏者はアコーディオンに持ち替えるようだ!アメリカ映画の前に2分間に短いフィルム・ファンファーレ!ピアノとドラムセットの即興演奏は良く合う。更にこのピアニストはフルートにも持ち帰るようだ!左手で演奏して右手でピアノを弾く。

アリゾナ・バー。ライアーの音が聴こえる。あまり使わない高音域にプレペアードもしているのか?またフルート持ち替えてモノローグ。喧嘩の風景。又右手でピアノ。今度は内部双奏法か?しかしどっちかと言うとジャズの様なポップス音楽。とにかく電車が無いので15分前に出る。帰りは何時もの地獄の風景で家まで徒歩でたどり着いた。午前2時。

BRANDING BROADWAY
Arkadenhof der Universität Bonn ? Freitag, 18.8.2017, 22.30 Uhr
23
Hart spielt seine übliche Rolle des Wild-West-Schlägertypen, bis er vom Sheriff an Händen und Füßen gefesselt und auf einen Schnellzug Richtung Osten gesetzt wird. Da er auf Abenteuer aus ist, geht er nach New York. Was für ein Ver gnügen, Hart in einer ganz neuen Rolle zu sehen, wenn sie auch auf seiner bevorzugten Linie liegt. Und was für ein Vergnügen, eine köstliche Komödie zu sehen, mit brillanten Zwischentiteln von einem Mann, der weiß, wie man sie schreibt! Die Geschichte ist fast bis zur Farce überspannt, aber so logisch aufgebaut, dass sie durchweg möglich erscheint. Das gemeinsame Bestreben von Autor, Regisseur und Hauptdarsteller bringt eine feine Kunst hervor. Die
Komödie ist in ihrer Entwicklung weitgehend körperbetont, voll zeitgenössischem Sportsgeist, aber sie sprüht vor Humor. Louis Reeves Harrison, in: Moving Picture World, 7.12.1918
In this new Artcraft William S. Hart brings his breezy, highhanded western methods east and gets away with a lot of rough stuff right in New York. For the first time in his screen career the star is seen in a dress suit and he wears his clothes remarkably well. The only thing that does not suit him is a “topper” for which he seemed to have a particularly unfriendly feeling. Mr. Hart directed the picture himself, under the supervision of Thomas H. Ince. The story was written by C. Gardner Sullivan and it is one of the best he has done for the star. From Bob Sands, a hard riding, hard drinking cattle puncher, to a guardian and “nurse” to the obstreperous son of a New York millionaire, Mr. Hart gets a wide scope of acting and fills the bill to a nicety in both extremes. Wonderful locations west and east have been chosen and the photography is unusually good. BRANDING BROADWAY will undoubtedly be a popular feature. Variety, 29.11.1918
William S. Hart war der große Westernheld des frühen amerikanischen Stummfilms, der am Ende der Filme nach gelöstem Konflikt regelmäßig in die weite Landschaft davonritt. In dem Film BRANDING BROADWAY, den das Museum of Modern Art in New York restauriert hat, landet in New York und arbeitet als Bodyguard für den verzogenen Sohn eines reichen Eisenbahnmagnaten. Die sehr unterhaltsame Komödie, die Hart selbst inszeniert hat, zeigt ihn von seiner besten Seite. / William S. Hart was the great Western hero of early American silent film, who regularly rode off into the
sunset after resolving a conflict. In BRANDING BROADWAY,  restored by New York’s Museum of Modern Art, the westerner finds himself in New York to work as a bodyguard for the spoiled son of a rich railroad magnate. This very entertaining comedy, directed by Hart himself, shows him from his best side.
BRANDING BROADWAY USA 1918 Regie / Directed by: William S. Hart Drehbuch / Written by: C. Gardner Sullivan Kamera / Cinematography by: Joe August Darsteller / Cast: William S. Hart Seen Owen Arthur Shirley Lewis W. Short Andrew Robeson Produktion / Produced by: William S. Hart Productions Premiere: 15.12.1918 (New York) Format: 35mm Farbe / Color: viragiert / tinted Länge / Running time: 59 min Zwischentitel / Intertitles: englisch / English Musik / Music by: Stephen Horne (piano) Frank Bockius (drums)

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  • [53]
  • ヨアヒム・カイザー、音楽評論家

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 8月 9日(水)06時16分43秒
  • 返信
 
ヨアヒム・カイザー、音楽評論家、批評界の法王とも言われる。88歳で5月11日に死去。フランクフルト大学のテオドール・アドルノの弟子のひとり。

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  • [52]
  • 307. ボンの「ピーター・グライムス」7月15日

  • 投稿者:菅野茂
  • 投稿日:2017年 7月17日(月)01時29分52秒
  • 返信
 
これでこの演目も「ヘンゼルとグレーテル」、「トスカ」などとともにケルン、デユッセルドルフ、ボンと3つのハウスでそれぞれ違った音楽家と演出で全部見たことになる。しかもデユッセルドルフのように有名な歌手が演出したというのは同じで、更に美術も担当し自分も自らタイトルロールも歌うという公演にぶつけるためだが、5月は現代音楽があってダメで、6月は代役で7月まで待ってて結局は今シーズン最期の公演になってしまった。今回はこのオペラを見る前にピアノでヴォーカル・スコアを全部自分で弾いて確認した。

木管が何時ものように正面に座ってて耳のバランスに優しい。騒ぎの音。オーケストレーションが歌手を邪魔しない様にきちんと配色されている。これだけ上演されるとこの曲の価値は「リング」や「ヴォッツェック」様な革命的な音楽史に残らなくとも、常時演奏されるベートーヴェンの「フィデリオ」やウエーバーの「魔弾の射手」の価値に匹敵する。序幕は中幕を通した裁判対話形式。ケルンやデユッセルドルフでも時々出すスター歌手だが普通狙って行かないが、今回のホセ・クーラははっきり聴こえる張りのある声でもそれでも脇役も質が高いのでかなり埋まってしまう。オケがドイツ風にがさついている。最初から音そのものを磨いて無ければ!

第一の間奏曲、コントラ・ファゴットが良いスパイスを効かせる。ブリテンの分三和音による印象主義的和声効果。ウィーンやヴェローナのような伝統的な舞台は本職の演出家ではなくて素人の歌手が演出したせいで非常に解り易く暗い。韓国人のダメ牧師の声が良いし、黒人のエレンは舞台がイギリスなので違和感がない。プッチーニの「三部作」の最初の2作の様なので事は深刻な音楽に乗って運ぶ。第二の稲妻と雷を伴う嵐の間奏曲は回り舞台。イサン・ユンを思わす弦の語法。戸が風で回って音をわざと立てている。ワーグナーの「パルジファル」に見られる同度カノン風の語法。頻繁にオスティナートの伴奏の上に交響組曲「シエラザード」のような歌などが繰り返さない自由に動く。53分11秒。

二幕は第三間奏曲の後にその家に十字架の穴を開けただけで教会にする。面白い工夫だ!合唱が何時も前で歌ってくれるので良く聴こえて頼もしい。音楽を犠牲にするプロの演出家とは正反対である。間奏曲としてのパッサカリア。またイサン・ユン的なヴァイオリンの語法が聴こえる。バルトーク風の音響音楽。最初の指導動機が歌に現れる。46分56秒でリヒト・パウゼなので聴衆は出て行かれないで次の幕を5分間ぐらい我慢して待つ。

第三幕の間奏曲。舞台上のバンダは意外と長時間演奏する。「ヴォツェック」の安っぽいダンスみたいなのを踊りまくる。この合唱の場面はかなり集中し長く圧倒するので「ボリス・ゴドゥノフ」のような異常な凄さを少し感じる。ヴィラッソンのようにしょっちゅう幕を下ろし結局家の4面体をすべて見せ少しずつ舞台を徐々に変えていく。組曲には含まれない無名の間奏曲。骸骨の家。グライムスが死んだ3人の子供を船で引き連れている。最初の呑気な指導動機が歌に表れる。戦争レクイエムのような合唱の伸びた増4度。ショスタコ―ヴィッチとそんなに変わらない長いモノローグ。又無名の間奏曲。船を沈めて自殺するように歌わないでよくわかるように舞台照明で船長に喋らせる。死んだ子供はエレンを迎え誘導する。何時もと変わらぬ宴会は続いている。37分27秒。

カーテンコールではクーラが後の裏方まで舞台に出した。
PETER GRIMES
Premiere
07 Mai
18:00 H

10 Mai
19:30 H

13 Mai
19:30 H

26 Mai
19:30 H

11 Jun
18:00 H

22 Jun
19:30 H

30 Jun
19:30 H

08 Jul
19:30 H
Letzte Aufführung
15 Jul
19:30 H
Opernhaus
Benjamin Britten
Oper in drei Akten und einem Prolog
Libretto nach George Crabbe von Montagu Slater
in englischer Sprache mit deutschen Übertiteln
In Koproduktion mit der Opéra de Monte-Carlo
HINWEIS |?Eine Stunde vor Aufführungsbeginn stehen im Foyer unsere ehrenamtlichen OPERNFÜHRER für Sie bereit und freuen sich auf Ihre Fragen zu Werk und Inszenierung.
Erfolglos als Chirurg und unerfüllt als anglikanischer Pfarrer, von seinen Zeitgenossen wie Jane Austen oder Lord Byron jedoch als Dichter geschätzt, spielt George Crabbe heute als literarische Größe freilich kaum mehr eine Rolle ? wenn er nicht in seinem reale Personen widerspiegelnden Gedicht THE BOROUGH eine Figur beschrieben hätte, die auf überraschende Weise zur Unsterblichkeit fand: Letter XXII dieses Gedichts trägt den Titel PETER GRIMES, und es ist dieser Abschnitt aus der poetischen Chronik des Städtchens Aldeburgh, der Benjamin Britten und seinen Librettisten Montagu Slater zu einem der raren, aber tatsächlichen Welterfolge der Oper des 20. Jahrhunderts inspirierte. Mindestens 38 Neuinszenierungen allein in den zurückliegenden drei Jahren seit Brittens 100. Geburtstag verzeichnen die einschlägigen Seiten des Internets, hinzu kommen noch jene, die an den großen Repertoirehäusern eine noch längere Laufzeit haben. Zahlen sind zuweilen von beredter Ausdruckskraft!
Seit der Uraufführung am 7. Juni 1945 im Sadler’s Wells Theatre in London ist Brittens erfolgreichste Oper unumstrittener Bestandteil internationaler Spielpläne. Die Geschichte um einen Außenseiter, der ? durchaus durch eigenes Verschulden wie z. B. übertriebenen beruflichen Ehrgeiz als Fischer und Rücksichtslosigkeit ? von einer feindseligen Dorfgemeinschaft in den Tod getrieben wird, hat wegen ihrer unverminderten Gültigkeit bis heute nicht an Unmittelbarkeit verloren.
José Cura, der in den zurückliegenden Jahren bereits in einigen Vorstellungen der Oper Bonn (als Cavaradossi in TOSCA und als Calaf in TURANDOT) zu erleben war, gibt mit der Produktion nicht nur sein Debut in einer Traumpartie, sondern wird auch selbst im eigenen Bühnenbild inszenieren.
Weitere Informationen:
- "In allen Aspekten der Arbeit": Interview mit José Cura über die Arbeit am THEATER BONN

Weitere Veranstaltungen:
Einführungsgespräch
OPERNFOYER | So, 23. APR 2017, 11h
Besetzung
Peter Grimes - José Cura [P] / Johannes Mertes [11.6., 22.6., 30.6.]
Ellen Orford - Yannick-Muriel Noah?[P] / Johanni van Oostrum [13.5., 26.5.]
Balstrode - Mark Morouse
Auntie - Ceri Williams
1. Nichte - Marie Heeschen
2. Nichte -??Rosemarie Weissgerber* [P] /?Panagiota Sofroniadou?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Bob Boles - Christian Georg
Swallow -?Leonard Bernad
Mrs. Sedley - Anjara I. Bartz [P] / Susanne Blattert?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Pastor Adams -?David Fischer?[P] / Jonghoon You [10.5., 26.5., 8.7., 15.7.]
Ned Keene -?Fabio Lesuisse* [P] / Ivan Krutikov?[26.5., 11.6., 8.7.]
Dr. Crabbe - Goswin Spieß [P] / Jan Löcher [10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Hobson - Daniel Pannermayr
Fischersfrau -?Asta Zubaite?[P] / Marianne Freiburg?[10.5., 13.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
Fischersmann - Nicholas Probst
Ein Anwalt - ?Georg Zingerle [P] / Dong-Wook Lee?[10.5., 26.5., 22.6., 8.7.]
John (Der Lehrling) - Jaydon Morouse [P] / Moritz Hamelmann / Clemens Risse
William - Clemens Risse / Mika Wagner
Chor / Extrachor des Theater Bonn
Beethoven Orchester Bonn
Musikalische Leitung: Jacques Lacombe
Inszenierung und Ausstattung: José Cura
Licht: Thomas Roscher
Choreinstudierung: Marco Medved
Regieassistenz und Co-Ausstattung: Silvia Collazuol
Regieassistenz und Abendspielleitung:?Christian Raschke
Bühnenbildsassistenz:?Ansgar Baradoy
Musikalische Assistenz:?Stephan Zilias
Inspizienz:?Karsten Sandleben
*gefördert von den Opernfreunden Bonn
Aufführungsdauer ca. 2 Stunden. 45 Minuten; eine Pause nach dem ersten Akt.

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